ただいまの時間

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廃線跡

2017年7月19日 (水)

相鉄線大和駅付近廃線跡

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 神奈川県の大和駅です。小田急線と相鉄線が交差しています。小田急は高架、相鉄は地下になっています。その駅前の様子です。駅前は「なでしこ広場」と名付けられています。大和市と大和撫子とにどういうつながりがあるのかは定かではありません。

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 こちらは大和駅西方の様子。相鉄線は1993年に地下化され、かつて線路があった部分は遊歩道化されています。遊歩道化に伴って植えられたと思われる木々は四半世紀経ち大きく成長しています。

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 こちらは大和駅東方の線路跡の様子。廃線脇の建物は南向きにもかかわらず窓がほとんどありません。かつて線路に面していた名残を思わせます。

 この遊歩道上には廃線跡を示すモニュメントのようなものが何一つないのがちょっと残念でしたが市街地で手軽に楽しめる廃線ウォークでした。

2017年6月16日 (金)

対星館スロープカー廃線跡

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 箱根の宮ノ下の対星館にあったケーブルカーです。谷底にあった旅館までこのケーブルカーで下っていきました。このケーブルカーは老朽化に伴って、数年前にスロープカーに取り替えられました。

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 ところが残念なことにその後旅館自体が休業してしまいました。リニューアルオープンの噂はあるようですが、再開の話は聞こえてきません。

 対星館の隣のホテルから見えたスロープカーです。旅館の休業とともにスロープカーの運行も停止したのですが、車両自体は山上駅に停車したままでした。山下駅に停車させていたほうが転落の危険もなく何かの時に安全なような気がしますが、どういう事情かこのような状態でした。

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 真上から眺めたスロープカーの廃線跡です。1本のレールが谷底へと続いています。旅館が早く復活して、このスロープカーに乗れる時が来るのが楽しみです。

2017年3月16日 (木)

西寒川線廃線跡

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 相模線にはかつて西寒川支線がありました。寒川駅から西寒川駅までの1.5kmの枝線です。運行は朝1往復、夕方3往復で、私は昭和58年に乗車しましたが、翌年に廃止されました。西寒川駅跡の碑が立っています。

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 こちらが現在の様子。

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 これは廃線後4ヶ月ほどした時のもの。

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 廃線跡は遊歩道になっています。

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 踏切跡です。

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 一之宮公園付近では線路が残されています。よく見ると長さ10mの短尺レールでした。

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 こういう駅はありません。

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 車輪も残されていました。

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 相模線の本線に合流します。遊歩道の距離は1kmほどでちょうどいい散歩道になっていました。





2017年2月 6日 (月)

武州鉄道廃線跡

 かつて埼玉県の蓮田市と川口市の神根というところまで16.9km結んでいた武州鉄道という路線がありました。1924年に開業し、わずか12年後の1936年に廃止になりました。先日その廃線を見てきました。

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蓮田駅付近の駐車場。ここが廃線跡らしい。

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 道路を渡った反対側。民家が道路に対して斜めに建てられている。

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 こちらは東武野田線との交差部分。武州鉄道のほうが先に開業したので、東武野田線が上をまたいでいる。交差部分がプレートガーター橋になっている。当時は単線の築堤だったはずだが、その後複線の高架橋になったときも交差部分だけはプレートガーター橋のまま残っている。

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 そこを南下すると、「武州鉄道の小径」という標識が現れる。ここが廃線跡であることを示している。幅からすると単線だったようだ。

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 こちらは旧浮谷駅を移築したとされる建物。

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 今は倉庫として使用されている。

 今から80年ほど前に廃線になったので、ほとんど遺構はないが、それでも廃線跡らしき雰囲気が残っているところもあり、楽しい探検だった。

 

2017年2月 5日 (日)

西武大宮線橋台跡

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 昨日紹介した西武大宮線の唯一の遺構が川越市古谷の郊外に残っています。セブンイレブン古谷上東店の脇の道を入ります。

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 ここを路面電車が走っていたはずです。

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 水路の両側にレンガが積まれています。これが当時の橋台だったらしいです。民家の間に突然出現します。

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 100年の風雪に耐え、よくぞ残っていたものです。


2017年2月 4日 (土)

西武大宮線久保町駅跡

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 かつて西武大宮線という路線がありました。最初は川越電気鉄道と呼ばれた線で1906年に開業し、1941年に廃止になった路面電車です。大宮駅西口から川越市の川越久保町駅まで12.8kmを結んでいました。路面電車の廃線なので遺構はほとんど残っていません。こちらは終点の川越久保町駅跡で、現在の川越市中央公民館があるところです。

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 隣には街中なのに火力発電所もあったようで、そこからの電力で路面電車の運行を行っていました。 

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 ここは線路がループ状になったようです。貨物列車もあったようです。

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 ここが廃線跡らしいです。この幅からすると単線の専用軌道だったのでしょうか。



2017年1月31日 (火)

本庄電気軌道

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 本庄電気軌道は本庄と児玉を結んでいた路面電車で、1915年に開業したが、わずか15年後の1930年に廃止された。路面電車なので廃線跡もまったく残っていないが、ところどころに当時を偲ぶ物件がある。

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 まず本庄駅から5分ほど歩いた踏切近くにある看板。平成21年に設置されたものらしい。本庄電気軌道の歴史が記されている。この付近に七軒町という停留所があったらしい。本庄駅からここまでは高崎線の線路際を専用軌道だったようだ。また路面電車なのに貨物の営業もあったらしい。

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 こちらは四方田停留所があった近くにある産泰神社。ここの境内の石造りの腰掛けが国宝級の逸品だ。

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 これがその腰掛け。

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 かなり摩耗しているが、「寄贈 本庄電気軌道株式會社」と右から左に書かれているのがかすかに分かる。いつ寄贈されたものか分からないが、1915年から1930年の間のものだろうから、すでに100年前後は経過している。よくぞ風雪に耐え抜いて今まで生き残ってきたものだ。

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 こちらが終点の児玉付近。JRの児玉駅北側の高架橋付近にあったらしい。路面電車の廃線跡なので当時を偲ぶのは困難だが、それでも記念碑が設置されていたり、かつての社名が記されている物件があったりと、意外と収穫のある廃線探訪だった。

 

2017年1月21日 (土)

上武鉄道廃線巡り3

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 寄島駅跡を少し行くと遊歩道は終わりになる。

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 そこを回り込むと画像では見にくいが、茶色いプレートガーターらしきものが見える。廃線の数少ない遺構だ。

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 そのすぐそばにある地元のスーパー。この店を見て私は30数年前の記憶が蘇った。1984年の夏、たまたまこのあたりをドライブしていた私はトイレを借りるのに立ち寄ったこのスーパーの裏手に線路があるのに気付いたのだ。それがこの上武鉄道だったのだ。当時は既に貨物営業のみであったが、実際の列車は見ることはできなかった。

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 スーパー裏手の通路。ここに上武鉄道の線路があったはずだ。非常に懐かしい。

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 このスーパーの少し先が終点の西武化学前駅。今は朝日工業という会社の工場になっていて中に入ることはできない。

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 丹荘駅から6.1kmの路線なので手軽な廃線ウォークだった。帰りは先ほどのスーパーの近くにバス停があり、本庄駅行きのバスが運行されていたので、それに乗って丹荘駅まで戻った。埼玉県北でよく見かける朝日自動車の路線バスだった。

2017年1月20日 (金)

上武鉄道廃線巡り2

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 遊歩道の右手には雪をいただいた浅間山も見えている。

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 再び一般道路に転用された区間になる。

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 橋りょう部分。

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 築堤上を進む。

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 寄島駅跡。民家の裏口がホームになっている。この線が現役の時は家の門を出るとすぐホームだったのだろうか。

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 寄島駅近くの道路交差部分。レールが埋め込まれていて踏切跡であることを示している。踏切部分は何ヶ所かあったがレールが見られたのはここだけだった。

2017年1月19日 (木)

上武鉄道廃線巡り1

 上武鉄道は八高線の丹荘駅から西武化学前駅までの6.1kmを結んでいた線で1942年に開業した。当初は貨物輸送のみであったが、1947年に旅客営業を開始したが、旅客営業は1972年に、貨物営業は1986年に廃止された。その廃線跡が遊歩道として残されているらしいので先日行ってみた。

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 こちらは八高線丹荘駅裏手。かつてここに上武鉄道の丹荘駅があったが、今は更地となり、当時の面影はない。

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 しかし、その敷地内に1本だけまくらぎが残されていた。これが上武鉄道のものかは分からない。

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 更地を抜けると廃線跡がスタートする。緩くカーブしていて廃線らしい。このあたりは一般道路として利用されている。

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 そこを1kmほど行くと専用の遊歩道が始まる。廃線跡なので平坦で歩きやすい。地元のお年寄りが散歩しているのによく出くわす。

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 こちらが神川中学校前駅跡。丹荘駅から1つめの駅だ。ホームの土台は新しめの雰囲気だからあとから作ったものと思われる。この裏手には県道が通っていて、同名のバス停もあった。