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旅日記

2017年5月26日 (金)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​太平洋石炭販売輸送春採駅1)

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 炭鉱展示館で炭鉱に関する基礎知識を習得した我々は続いて運炭列車の見学を行うために太平洋石炭販売輸送の春採駅に向かった。同社はかつては釧路臨港鉄道と呼ばれ、釧路コールマイン(太平洋炭鉱)が採掘した石炭を春採(はるとり)駅から釧路港に近い知人(しりと)駅まで貨車輸送する会社である。以前は旅客輸送も行なっていたが現在は石炭輸送のみである。

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 駅構内で星さんから説明を受ける。

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 石炭輸送専用貨車は1編成24両(積載数量720t)で、編成の前後に機関車を配置するプッシュプル方式を採用し、連結器の操作や荷卸は運転室からリモートコントロールで行っている。

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 残念ながら5月は石炭の産出が減少する時期でこの日の運行はなかった。春採駅を発車した列車は知人駅の手前で走行中に12両ずつに分割され、前の12両と後ろの12両がそれぞれ別の荷降ろし線に入り、高架橋の上から石炭を下に放出する仕組みになっている。ここが中間部で自動的に分割される。その様子は多くの人がYouTubeの動画にアップしているので興味のある方は探してみてください。荷降ろしが終わり、春採駅に戻るときにも自動で連結される仕組みになっている。意外と人手がかからないシステマティックな運行になっている。

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 知人駅に向かって先頭になる機関車は電気式DLで、後部は通常のDLになっている。電気式DLとはディーゼルエンジンで発電し、その電気でモーターを回す方式の機関車でJRでも最近DF200型で採用されているが、ここでは1970年から採用されている。その技術はアメリカのGE(ゼネラルエレクトリック社)によるものらしく、それを示すプレートが付いている。

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 貨車は2両で1ユニットになっていて中間の台車は連接台車になっている。

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 石炭を下ろすときは貨車の下が開くようになっている。真冬の時は石炭が凍結して落ちないこともあり、そういう時は機関車で車両を前後に揺すって振動を与えて石炭を落とすこともあるらしい。

2017年5月25日 (木)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(炭鉱展示館)

​ 和商市場での昼食を堪能した後、再びバスで移動する。案内人の星さんの母校釧路湖陵高校前を通過し、太平洋炭鉱の炭鉱展示館に向かう。太平洋炭鉱は大正時代から釧路で炭鉱を運営していたが、太平洋というくらいで釧路沖の海底炭鉱だった。その後エネルギー革命やそれに伴う国の石炭政策の変更などで業績が低迷し、2002年には閉山となった。現在は釧路コールマインという会社が事業をそのまま引き継ぎ、国内で唯一採炭しているとともに、外国人研修生の受け入れを行っているらしい。

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 この展示館は高台の丘にあり外見はこじんまりとしているが、地下にも展示施設があり、中は意外と広い。釧路の炭鉱の歴史や採掘の方法、坑道の様子や坑道で使用されたドリルカッターやトロッコなどが展示され、かつて太平洋炭礦で働いていて人がガイドをしていて当時の様子を教えてくれる。

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 坑道は7〜8km先まで続いているが、今はあまり深いところまで掘り進めておらず、手前の上部層が中心らしい。

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 ドリルカッターで掘り進めて、その後を1メートル間隔でシールド枠をはめている。この炭鉱は採炭できる層は厚さ10m前後はあるらしいが、機械の関係で2.8mの高さで掘っていき、その上や下は掘らないらしい。もったいないようだが、機械やシールドの設置の関係でそうなっているらしい。

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 展示館の人によると、炭鉱マンはかつては身入りのいい仕事で、住宅、水道、石炭はタダで福利厚生も充実していたとのこと。ただし炭鉱事故が起きると命の保障はなく、また自分は命を落とさなくても大規模な事故が起きた炭鉱は閉山になってしまうことが多いので、突然路頭に迷うことになる。そういった場合、雇用保険の給付などは通常の失業よりはかなり手厚くなっているとのこと。

 ところで私は今まで日本全国を旅行し、旅先で博物館や展示館を見ることも多かったが、たいていは誰の解説も受けずにひとりでざっと見て、何だか古いものが展示してあるなあといった感じで分かったような分からないような感想を持つことが大半だったが、今回は元炭鉱マンの解説付きでとても分かりやすく良かった。今後はそういった人たちの力を借りて見聞を広めたいと思った。

2017年5月24日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(幸町公園)

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 和商市場での食事を終えて、その裏手にある幸町公園に行ってみた。星さんやバスガイドさんの話で、そこに蒸気機関車が静態保存されているとのこと。昭和天皇の行幸の際にお召し列車を牽引した由緒ある車両らしい。星さんは国鉄OBの仲間とボランティアでこの蒸気機関車の清掃作業を行っていて、その仲間の中にはそのお召し列車の機関士もいるとのこと。こちらも釧路製作所と同様屋根付きなので状態はいい。

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 その蒸気機関車を見学していると、そばにまくらぎが無造作に置かれている不思議な空間がある。

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 あたりを見回すといかにも廃線跡らしい雰囲気を醸し出している。

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 周辺を少し歩いてみると国鉄釧路工場跡地の碑があった。今は釧路地方合同庁舎があるあたり一帯が工場だったらしい。ここから本線まで引き込み線があって現在の地図を見てもそれらしき弧を描いている道路がある。引き込み線は釧路駅に直通する線形ではなく、新富士駅方面から釧路駅手前で分岐してここまで続いていたようだ。

2017年5月23日 (火)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(和商市場)

​  和商市場は1954年にその当時の露天商などが集まってつくった市場で、釧路駅からも近く信号待ちの時間も含めて歩いても5分もかからないところにある。ここは市場なのでいろいろな海産物やみやげ物が買えるのだが、その他に勝手丼と言って、お店でご飯を購入し、その上にいろいろな食材を乗せてもらいマイチョイスの海鮮丼を作ることできて、それが人気になっている。

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 市場の中の店が全て勝手丼をやっているのではなく、海産物の販売しかやっていない店も多い感じだ。どこの店にしようかと何となく眺めていると「日本の方ですか?」とお店の人から声がかかる。海外でもないのに日本の方ですかでもないだろうが、最近は中国や韓国からの旅行者も多いのだろう。「えっ、日本人です」と答える。その人から勝手丼のやり方について教えてもらう。ここではご飯は売っていないので、あそこにある店でご飯を買ってからここに来てほしいとのこと。指示に従いご飯を買う。サイズは4種類あり、私は普通サイズ200円にした。

 そして先ほどの店に戻って来てネタを乗せてもらう。ホッケ、タラの刺身をまず乗せてもらう。これがこの店のおすすめ品とのこと。ホッケの刺身は珍しい。そのほかにイクラ、甘エビ、アジ、サーモン、マグロなども乗せてもらう。売り子は「お兄さん、これもどうですか」といろいろ薦めてくる。カモと見られたようだ。結局あれこれススメられて乗せたので刺身だけで軽く1000円を超えてしまった。市場だから素朴で安く食べられると期待していたが意外と観光地価格になっている。その昔は北海道を旅するライダーが安くておいしい海鮮丼を食べるためにできたシステムらしいのだが、今では観光地仕様に変わってしまったようだ。

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 市場の一角にテーブル席があり、他の観光客とともに食べる。

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 ご覧のようなビジュアルで意外とボリューム感がない割に値段は1300円くらいになっている。これならば新宿にある「タカマル鮮魚店」のランチのほうがボリューム、値段とも上を行っているし、この市場の中にも食堂があり、同じくらいの値段でもっとボリュームのある海鮮丼が食べられるから、お得感だけを考えるとおススメはできないが、釧路に来たからには一度はやってみたいものであることは変わらない。皆さまも釧路を訪れた時にやってみることをおススメしたい。

2017年5月22日 (月)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(和商市場まで)

​ 釧路製作所で1時間ほど見学した後、和商市場に向かう。バス車中では案内人の星さんが、釧路の街や鉄道についていろいろと解説してくれる。落ち着いた語り口で、鉄道に対する愛情が溢れ出ている。

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 バスは釧路駅前を通過する。星さんの話によると釧路駅舎は1961年開業で道内に残る唯一の民衆駅らしい。民衆駅とはかつて国鉄が地元資本を利用して建設した駅ビルで、内部にはステーションデパートなどの物販の店舗が入る施設だ。札幌、旭川、函館なども民衆駅だったが、すでに建て替えられている。

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 今は昭和レトロ感が漂う寂しげな施設だが、完成当時は最新の近代建築で、おそらく相当なにぎわいを見せていたのだろう。

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 そういったお店の中にはコイン商もあり、古い記念きっぷなども販売されていた。

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 自動券売機は1台しか設置されていない。過去にはもう1台あったようだが、撤去されたようだ。JR北海道釧路支社も併設される道東の代表駅だが、この程度の機器で間に合う旅客需要のようだ。

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 バスは和商市場の裏手で止まる。バスを降りたちょうどその路上には「官設鉄道釧路線」のプレートが埋め込まれていた。かつてはこのあたりに線路があったのあろうか。

2017年5月21日 (日)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(釧路製作所)

​ 今回のツアーの最初の訪問地は、株式会社釧路製作所に静態保存されている蒸気機関車の見学だ。

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 本社前でバスを降りるとすぐそこに1台の蒸気機関車が屋根付きで保存されている。写真を撮りたくなるが、まずは会社の中に入りレクチャーを受けることになっている。

 ツアーの案内人である星さんもここで合流した。星さんは昭和62年3月に国鉄分割民営化で国鉄を退職した後、JTBを経て釧路新聞社に移られた方で、釧路臨港鉄道の会の代表をされている。地元釧路や北海道の鉄道に大変造詣の深い方である。

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  星さんと釧路製作所のO様(画像左端の方)により、ここの蒸気機関車の説明を受ける。この車両は雄別炭鉱鉄道で石炭輸送に従事していた車両で、元は明治44年に英国ノースブリティッシュ社から輸入された車両を参考に、汽車製造会社で翌年に追加製造された18両のうちの1両の8722号機で、8700形として唯一現存する車両となっている。

 蒸気機関車のナンバーは頭にCとかDとかのアルファベットが付いていて、それが動輪の数を表しているが、そうなる前の時代は最初の数字が動輪の数を示していて8ならば3つ、9ならば4つとなっているので、ここのは動輪が3つとなる。

 この車両が走っていた雄別炭礦鉄道はその後雄別鉄道と名前を改めるが、釧路駅と雄別炭山駅との間44.1kmを結ぶ鉄道だった。石炭輸送と共に旅客輸送も行っていたが、1969年に発生した炭鉱事故を契機に翌年炭鉱が閉山になると鉄道自体も廃止されてしまった。

 この8722号機は戦後国鉄から北海道拓殖鉄道に譲渡された後、1957年に雄別炭鉱鉄道に再び譲渡され、同鉄道の廃止に伴い、同社の関連会社の釧路製作所に引き取られた。その歴史的価値の高さから2007年には近代化産業遺産に指定され、現在に至っている。

 昭和38年頃の雄別炭鉱鉄道のカラー映像なども見せていただき、その中には雄別炭鉱鉄道と鶴居村村営軌道が釧路湿原の中で立体交差している貴重なものもあった。

 釧路製作所はかつては道内の炭鉱鉄道の車両整備などを手がけていたが、現在は橋梁の施工が中心で、瀬戸大橋にも携わるなど高い技術力を有する釧路を代表する企業のようだ。

 釧路製作所の担当者O様は説明がかなり詳しく、自己紹介でも自分のことを「テツ」と呼んでいたが、後から知ったことだが、夕張の出身の方で宮脇俊三さんとも親交があり、宮脇さんから著作物の献本を受けたり、道内鉄道の廃線跡などを宮脇さんと同行取材するなどの間柄だったようだ。

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 30分ほどでレクチャーが終わると記念グッズの販売が始まる。社員の方が3人ほど待機している。参加者のうちの1名の方は、「ここにあるものを全部ひとつづつください」と言って、1万数千円を支払っていた。

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 私は新釧路駅の模擬入場券を購入した。全部買った人の100分の1くらいの出費だ。その後、外に出て撮影タイムとなる。

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 炭水車が後ろに付いた大型の車両で、屋根付きなので保存状態も良く、製造から100年以上も経っているとは思えない。釧路製作所の方の苦労がしのばれるととともに、我々のような見学者に仕事の時間を割いて対応に当たってくれたO様他の担当者にも感謝申し上げたい。

 写真を撮っていると添乗員の方が近づいてきて「SLに興味があるんですか」と聞いてくる。私は蒸気機関車自体に特段の思い入れがあるわけではないのだが、相手の気持ちを”忖度”して、「えー、そうですね、鉄道全般が好きですが、SLも好きです」と答えてしまった。

 

2017年5月20日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(合流)

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 釧路空港ターミナルビルに到着すると、ツアーの主催者であるANAセールスの担当者が待ち受けていた。このツアーは最少催行人員が20名で最大32名の募集だが、実際の参加者は11名で想定外の少なさだ。これでは赤字だろうが、催行していただき私にとってはありがたい。。

  私の見立てでは参加者の年齢は若い人は30代後半くらい、最高齢は70代くらいで、平均すると50代半ばといったところだろうか。そのうち女性が2名で、1人はご夫婦、もう1人はおひとりでの参加だ。こういう鉄道系ツアーも女性参加者が増えてきている。

  我々はまず空港ターミナルの駐車場に用意されたバスに乗り込む。空港の気温は7度となっていて冷え込んでいる。今回のツアーは1泊2日なので私はリュック1つでやって来たが、大半の客がキャリーバッグを持ってきて、バスの下に収納してもらっている。カメラなどの機材が多いからだろうか。

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 バスは真っ赤な色をした阿寒バスで、大型観光バスなので座席には余裕があり過ぎて、1人で横1列を占領する感じだ。私は後ろから3列目に座った。この列だけが他の列よりシートピッチが広くなっているから狙い目だ。

 バスは9時35分に空港をスタート。ツアーの添乗員さんは落語家の桂南光さん似の男性で、バスガイドさんはピンクの電話のみやちゃん(太っている方、失礼)似の女性だった。お笑い系風の引率者2人で楽しいツアーになりそうだ。その他に白糠町の活性化に取り組んでいるANA総研の担当者も同行している。このツアーの案内人の星さんはこの先の釧路製作所で合流するとのこと。

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 バス車内でこれからの行程の案内を受けながら、釧路湿原を左手に見て釧路環状道路を進んで行く。バスガイドの方の話では釧路市の人口はかつては23万人ほどだったが現在は市町村合併をしたにもかかわらず17万人ほどに減少しているが、それでも札幌、旭川、函館に次いで道内4番目の規模で、水産、製紙、石炭が主要産業となっていると教えられる。

2017年5月19日 (金)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(エア・ドゥ71便)

​ 今日5月13日にはブログ仲間のrailwayさんが利尻・礼文の旅で北海道に出かける予定になっている。railwayさんは8時ちょうどのANAで札幌に向かうので、あいさつをしようと出発の61番搭乗口に行ってみたが残念ながらお会いできず諦めて引き返した。すると動く歩道上で反対方向から来るrailwayさんとすれ違った。お互い動く歩道を降りた後少し引き返して手短かにあいさつを交わした。どうやらお互いがそれぞれの搭乗口に探しに行っていたようだ。これでは見つからない。

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 釧路行きが出発する55番搭乗口に戻るとすでに搭乗できる時間になっていた。飛行機はボーイング737-300で、北海道に向かう飛行機にしては小ぶりで、これで本当に北海道に行けるのか心配になる。機内は通路をはさんで3人掛けが両方に並ぶ配置で私の席は23番Aでほとんど最後尾に近かった。座席はほぼ満席の状態だ。

 定刻の5分前の7時40分には「バーセット」というCAの素っ気ないアナウンスとともに早くもドアが閉まり、定刻の1分前にはゲートを離れた。55番搭乗口はほとんど空港の北のはずれにあるので、離陸の時には誘導路を少し進んだだけですぐにC滑走路から離陸した。外は雨模様で窓の水滴が真横に流れる。

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 B滑走路を離陸するとD滑走路の上空を通過し、左に旋回し、ディズニーリゾートを見下ろしながら高度を上げていく。この日は雨模様なので、その後雨雲の中に突入し外は見えなくなった。   

 以前エア・ドゥに乗った時には機長はロシア人で、日本人の副操縦士が機内アナウンスを担当したが、今回は日本人機長で、釧路の天候は曇り、気温は4度と放送してくれ、ちょっと安心する。

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 エア・ドゥはLCCではないので、無料のドリンクサービスがあり、私はじゃがバタースープを選んだ。コクがありおいしい。クマの顔のイラストもかわいらしい。

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 ウイングレットにもクマのイラストがあったので、これがキャラクターのようだ。

 ほとんど雲の上を飛んで下界は見えなかった。釧路空港が近づくとようやく陸地が見え、庶路ダムなどを見下ろしながら、空港北側から着陸した。飛行時間は1時間15分ほどで、気流の影響で定刻より10分早着となった。

2017年5月18日 (木)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(羽田空港)

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 今回のツアーは羽田空港出発だが集合場所は釧路空港なので参加者は各自で飛行機に乗り込むことになっている。私は5時45分ころリムジンバスで羽田空港第2ターミナルに到着した。この時間帯であれば渋滞を心配せずにバスを利用できる。

 ゴールデンウイークの翌週のせいなのか、それとも単に早朝のせいなのか、空港内はまだ閑散としている。出発までまだ2時間もあるのでゴールドカード会員用ラウンジを利用してみることにした。羽田空港第2ターミナルビルにはゴールドカード会員用に3ヶ所のラウンジがあり、2つは保安検査場内、もう一つは保安検査場外にある。

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 私は保安検査場外にあるラウンジを利用してみた。朝6時からの営業で少し早めに来てしまったが、すでに行列している。6時の開店とともに中には入る。ゴールドカードと飛行機の搭乗券を示して中に入る。カードはリーダーを通され有効無効の判定をしているようだ。

 内部は喫煙専用ブースもあり、全部で6〜70人は入れそうだ。

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 アルコールはないがドリンクはひととおりそろっている。パンはひとり2つまで無料なので朝食にはちょうど良い。注意書きをよそに3つも4つも取っている人もいた。私はここで15分ほどくつろいでいたが、窓から見える保安検査場の行列が長くなって来たので早めに出ることにした。

 航空券は宅配で送られてきていて、往復利用にもかかわらず行きと帰りが1枚の用紙になっていて、QRコードも1ヶ所だけだ。これで往復利用できるのだろうか。

 長く見えた保安検査場の行列は実際にはまだ短く、5分ほどで抜けられた。

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 保安検査場を抜けると出発までまだ1時間以上あるのでビル3階にあるカード会員専用ラウンジ「Power Lounge North」を利用してみた。ここでもカードリーダーを通される。先ほども利用したので2度目はダメと言われるか心配だったが無事入れた。

 ところで疑問に思ったのが、先ほど利用したラウンジは保安検査場外にあるので搭乗券を示すように言われ、それは当然だと思うが、この保安検査場内にあるラウンジでも搭乗券を示すように言われた。搭乗券のない人がこのエリアに入れるのだろうか。

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 それはともかくここはとても広い。データによると140人収容となっている。

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 滑走路や飛行機もよく見えて眺めが良い。

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 ここもドリンクはひととおりあって、しかもパンは個数制限なく食べ放題なのはうれしい。ここでも2度目の朝食を軽く済ませた。

 このラウンジは空港のアナウンスが入らないので静かなのはいいが、乗り遅れる恐れもあるのでその点は注意が必要だ。


2017年5月17日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(初めに)

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 5月13日、14日の土日を利用して北海道の道東を巡ってくることになった。ANAのツアーで「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」というのがあり、国鉄白糠線の廃線跡を歩けるツアーになっているのだ。白糠線は私が乗れなかった唯一の国鉄線でかねてから廃線でも良いからぜひ歩いてみたいと思っていた。このツアーは昨年10月にも催行されたのだが、その時は休暇が取れずに見送った。

 白糠線が私にとってはメインとなるが、その他に太平洋石炭輸送販売が運行する運炭列車の見学などもあり鉄分の濃いツアーであるとともに炭礦展示館や釧路コールマインの見学などもあるから炭礦マニアにも楽しい内容になっている。

 費用は往復の航空券、ホテル代、現地での交通費、3食分の食事を含めて61,800円となっている。土曜日の朝7時45分の飛行機で羽田を発ち、日曜日の夜20時55分に羽田に戻ってくるという2日間の弾丸ツアーではあるが、新緑の道東を楽しめる良い旅行になるだろう。

 というわけで、これからしばらくその時の様子について連載していく予定ですのでお楽しみいただければ幸いです。

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