ただいまの時間

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旅日記

2017年6月11日 (日)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​終りに)

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 やまかんでの夕食を終えた我々は公民館前からバスに乗り込む。ここで白糠町役場の方と別れる。今日一日我々のツアーを支えていただき感謝だ。ここから釧路空港へと向かう。

 空港には18時10分ころに到着した。今回のツアーは基本は2日間だが、もう1日フリーで滞在することもできて、そういう人が2名いた。私もそうしたかったが、月曜に休みを取ると周囲からひんしゅくを買いそうなのでやめておいた。

 ANA総研の方の話では空港で厚岸のおいしいソフトクリームが食べられるとの話だったが、先ほどのやまかんさんで食べすぎて別腹にも入りそうもない。次回の楽しみにしようと思う。

 乗る飛行機は19時10分発のエアドゥ74便で1時間ほどある。釧路空港にもラウンジがあり利用しようと思ったのだが、羽田のようにゴールドカード利用者やプレミアムクラス利用者が無料で利用できるものではなく、誰でもお金を払って利用する方法しかないという珍しいタイプだった。利用料は1人500円となっているから羽田の半額だ。

 帰りの飛行機もほぼ満席だったが、後ろから2列めに座った私の隣だけ運良く空席で3人がけをひとりで占領できた。とっくに日没時刻は過ぎているが西の空にはかすかに夕焼けが見えている。

 帰りの飛行機では、やまかんさんで飲んだビールと焼酎のおかげで爆睡し、機内のドリンクサービスも気づかなかった。

 

 

 これで「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」を終ります。今回の旅行では、私の念願の白糠線廃線ウォークに参加できたことが一番の収穫でしたが、各地の見学場所で接した多くの人がそれぞれ皆親切で分かりやすい説明をしてくれたり、地元のことを多くの人に知ってもらおうと休日返上で応対してくれたりして、本当に熱い思いを感じました。ツアーの参加者は少なかったですが、内容は濃く、良いツアーに参加できたと思います。

 なお今回のツアーに参加されたニーコさんという方が旅行記をアップされています。私のような説明口調のブログではなく、旅の楽しさがそのまま伝わるような旅行記で、そちらもぜひお読みいただければと思います。

 また、釧路製作所を訪問した際の様子が同社のHPに掲載されていましたので併せてご紹介いたします。

2017年6月10日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​やまかん)

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 今回のツアーは夕食付きになっている。白糠の水産加工会社が運営する「やまかん」というお店で、なかなか予約が取れないらしい。それもそのはず完全予約制で1日に一組しか入れないそうだ。したがって今日は我々一行だけの利用となる。16時半ころに着いたのでかなり早めの夕食になる。

 店内は最大60人が入れる大部屋一つだけで、床は体育館のような板張りになっている。その広い大広間の中央部にポツンと我々用のテーブルが用意されている。

 まずはお刺身の盛り合わせ。マグロ、ホタテ、タコなどがあるが、特にサバがおいしく、私はたぶん他の人の分まで食べてしまったに違いない。

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 続いて海鮮鍋。キンキ、あさり、カキなどが入ってダシがきいていておいしい。

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 こちらはウニの茶碗蒸し。上にウニが乗っているだけでなく、茶碗蒸し自体もウニ色をしている。クリミーな味わいでプリンのようだ。こんな茶碗蒸しは今まで食べたことがない。

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 こちらは白糠産のシシャモ。白糠沖は暖流と寒流が交わるところで、いいシシャモが取れるらしい。我々が普段食べているのは実はシシャモではなく、たいていがカラフトシシャモというシシャモに似ているが全く別の種類の魚らしい。ANA総研の方は、白糠産シシャモをもっと積極的にアピールすることを求めていたが、そのとおりだろう。一つは普通にいただき、もう一つはチーズが乗っている。こういう食べ方は初めてだ。どちらも頭から丸ごと食べられる。

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 こちらは白糠のシソ焼酎鍛高譚。シソの香りがさわやかだ。町役場の人が我々のためにと差し入れてくれたもので、これまた一民間のツアーの参加者に対して破格の待遇だ。

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 締めはいくらご飯。ホカホカご飯で、これも最高だ。新鮮な海鮮料理に皆満足し、満腹になつた。

 

2017年6月 9日 (金)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​道の駅しらぬか恋問まで)

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 白糠線の北進駅を後に帰路へ着く。白糠町中心部に戻る国道沿いに「酪恵舎」というチーズ工房があり、そこに立ち寄る。店の入口が閉まっていて、用のある方は電話してくださいとの表示。町役場の方が電話すると2分くらいで担当者がやって来た。常時客が来るわけではなさそうなので、普段は工房にいるのだろう。我々一行はここでお土産用のチーズを買い求めた。

 白糠駅で案内人の星さんがこれから別の仕事があるとのことで下車した。地元の鉄道に関する知識が豊富なことはもとより、行政などと接点を持ちながら、鉄道を通じた町の紹介、発展をサポートされていて、本業多忙な中、本当に頭の下がる思いで、単に鉄道や廃線跡を歩いて楽しんでいる私などは、星さんを見習いたいと思った次第だ。

 星さんはFM釧路で鉄道番組も担当されていて、ポッドキャストで聴けるのでぜひこちらもお楽しみください。

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 白糠駅で星さんと別れた我々は白糠町の西庶路コミュニティーセンターに立ち寄った。

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 ここには白糠炭田石炭資料室があり、白糠炭田の歴史を知ることができる。しっかりした内容だが、ネット上ではヒットしない施設で、せめて白糠町のホームページには載せてもらいたいものだ。

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 その後は道の駅しらぬか恋問に立ち寄り、そこでお土産タイムとなる。私は先ほどの酪恵舎でチーズを買ったのだが、ここでも追加で購入した。それから白糠産の焼酎鍛高譚も買った。

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 道の駅の裏手にはなだらかな海岸線が広がるが、風は強いので長くは見ていられなかった。

2017年6月 8日 (木)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​北進駅)

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 上茶路駅から再びバスで移動した我々はかつての北進駅があった近くにやって来た。私が8年前に来た時は白糠町二股のT字路のバス停付近を捜索したのだが結局駅跡を見つけられなかった。実際はそこからもっと東に行き、砂利道のS字カーブを下った谷底にあった。集落の中心部から10分ほど歩いたところで地元の人も坂の上り下りで不便だっただろう。この先足寄方面へ線路を伸ばす計画だったから、それを踏まえての駅配置だったのかもしれない。

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 開業当時の写真などを総合的に勘案するとこの位置が北進駅跡になるようだ。宮脇俊三さんが時刻表2万キロの中で「コンクリートの片面ホームと片屋根の物置があるだけの駅で、人家もなにもない」と書いているとおり当時ですら何もなかったから、廃線から34年も経てばそのホームや物置はおろか、線路、まくらぎ、バラストなども跡形もなくなっている。

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 草むらのなかに境界標がひとつだけ見つかった。「工」の表示があるから鉄道関連の標識に間違いない。

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 廃線跡らしい未舗装路が南に向かって伸びているのでみんなで進んでみる。道幅は単線にしては意外と広い。

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 第23茶路川橋りょうが現れた。橋りょうはコンクリートで舗装されていて両側に手すりもあるので歩くのに問題はない。

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 橋の上からはきれいな景色が広がっていて、本当に気持ちのいいウォークだ。数日前の天気予報では今日は雨だったのが信じられないほどの好天になっている。

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 手前のオレンジの服の人がANAセールスの添乗員の方で、先月下見に来たときには吹雪いて何も見つけられなかったでの今回どうなるかと不安だったと言っていたが、駅跡を見つけられてホッとしていた。

 私も廃線跡とは言え乗り損なった白糠線跡を歩くことができて、34年間の無念さもようやく晴れて本当に満足できた。

 白糠線の廃線跡は今でも多くの橋りょうやトンネルが残っていて、自然も豊かで穏やかな地域なので廃線と自然の両方を満喫できる施設や取り組みができれれば、きっと白糠町の活性化にもつながるだろう。

2017年6月 7日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​上茶路駅での昼食)

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 上茶路駅ホームでの記念撮影を終え、ちょうどお昼時となった。道の駅「しらぬか恋問」で販売されている北海道の道の駅の駅弁第1号に認定された「この豚丼」を食べる。白糠町役場の人が我々のためにホカホカのできたてをわざわざ運んできてくれたのだ。一民間ツアーのお弁当を役場の人が運んでくれるとは都会では考えられないことだ。

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 私は駅構内の線路に腰を掛けて食べた。大ぶりの豚肉3枚に専用のタレと漬物がついているだけのシンプルな弁当だが、炭火焼きの肉と甘口のタレがとてもおいしかった。

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 食後は腹ごなしを兼ねて上茶路駅周辺の廃線跡を散策する。このあたりは線路が撤去されずにそのまま残っている。40キロレールが使用されているから結構しっかりしている。10年ほど前には何者かがこの周辺のレールの一部を持ち去る事件があり星さんは自分がその犯人に疑われかけたと笑っていた。

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 自然の中にいい感じで残っている線路だから、これを白糠町の活性化につなげられないだろうかと思う。

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 キロポストも残っていて25.5kmを示しているから、上茶路駅から300mほど北進寄りの位置になる。上茶路から先の区間は1972年に開業したが鉄道建設公団により工事はすでにその数年前に完成していた。当時「赤字83線」と呼ばれた既存ローカル線廃止が問題になっていて、開業しても赤字が増えるだけなので国鉄が引き受けを拒んでいたところ、佐藤内閣が退陣し田中内閣が誕生すると運輸大臣に北海道出身者が就任しわずか一週間で開業認可が下り、その2ヶ月後には北進まで延長開業した。さすがは田中角栄だ。いい悪いは別にしてこういう実行力がある政治家は今はいない。

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 お昼休みが終り、上茶路駅を後にする。駅が廃止になっても駅に通じる道は「道道上茶路上茶路停車場線」となっていた。

2017年6月 6日 (火)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​上茶路駅まで)

​  再びバスに乗り込み少し行ったところからまた廃線ウォークが再開する。

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 今度はコンクリート橋で直下が見えないので怖さは少ないが、片側はサイドに手すりがないからあまり端に寄ると危ない。橋の上には鹿の骨があったり、動物のフンがあったりで、意外と野趣に富んでいる。

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 カーブをしながら道路と茶路川をまたぐ。

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 コンクリート橋を渡り終えると上茶路駅構内に入り、信号機や信号装置の跡が現れる。

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 この辺りは線路が残っていた。以前ここで廃線跡に乗れるトロッコが運行されていてその名残りらしい。レールや路盤はまだしっかりしているから、雑草を刈り取ってうまく整備すれば再びトロッコを楽しめそうでこのままにしておくのはもったいない。

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 上茶路駅に到着。白糠線は開業から8年間はここが終点だった。旅客用ホームは1面2線の島式でこの他に貨物用ホームが別にあったが、それは残っていない。今は樹木がうっそうと繁るだけのところだが、かつては炭鉱関係者などがこの周辺に住み、250戸ほどの集落を形成していたとのこと。ホームは頑丈にできていて我々全員がここに乗ってもビクともしない。このホーム上で駅名標をバックに全員の集合写真を撮った。撮影はANAセールス、白糠町役場、釧路新聞社によって行われ、それぞれの報告書などに添付されたようだ。

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 ホームに残る駅名標は数年前に盗まれて作り直したもので今回のようなイベントのときだけ町役場の人が設置するとのこと。

2017年6月 5日 (月)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(第7茶路川橋りょう)

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 トンネルを抜けてしばらく廃線跡を進んでいく。一部ぬかったところがあり、それを避けて歩く。舗装道路がない時代は雪解けの時期になるともっとひどい状態だったはずで、物資の輸送に苦労したことが容易に想像される。やはりインフラの整備は産業発展の要だ。

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 ここから茶路川にかかる第7茶路川橋りょうを渡る。白糠線はコンクリート橋が多いがここは鉄橋だ。昭和34年竣工とあるから完成してから開業まで5年間も待たされたようだ。竣工は昭和34年なのに昭和39年に設立された日本鉄道建設公団のプレートが添付されていた。

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 レールは撤去されまくらぎは朽ち果てている。我々が歩くところは線路上ではなく、その脇にある保線作業員などが通行する部分だ。路面は網目状になっていて下が透けて見えている。昨年明石海峡大橋を渡ったときよりも脇の手すりもずっと低いので、こちらのほうが転落の可能性がはるかに高い。

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 そんな鉄橋を渡り終えホッとし、斜面を上がると道路上から今渡った橋を見下ろせるところに来た。

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 いい鉄道写真が撮れそうなお立ち台だが、この道路は白糠線が廃線になった後にできたから、残念ながら現役時代にはここから写真を撮ることはできなかった。

2017年6月 4日 (日)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​縫別トンネル)

​  白糠インターからバスで少し行ったところにある縫別トンネルからいよいよ廃線ウォークがスタートする。

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 まず牧草地の中を歩き築堤を上る。牧草地は私有地なので今回のために所有者の許可を得ている。

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 鍵付きの鹿よけフェンスを開けて中に入る。

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 星さんの話ではこの時期は地面が雪解けでぬかっていることもなく、かと言って雑草も少ないので、北海道の廃線ウォークとしては一番歩きやすいとのこと。確かにその通りだ。それにこの日は気温は低いが、雨や風がなく日差しも弱いのもウォークにとっては好条件だ。

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 縫別トンネルに入る。長さ500mほどと短いが途中でカーブしているので少し歩くと中は真っ暗に近くなる。持参の懐中電灯で照らして歩く。この辺りの勾配は1000分の12.5くらいなので緩やかだ。白糠線は蒸気機関車も走っていたが勾配も緩やかなので、星さんが聞いた先輩たちの話では運転での苦労は少なかったとのこと。

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 線路やバラストは撤去されている。懐中電灯に照らされて地面がキラキラ光って見えるが、これは地面が凍結しているためらしい。

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 トンネルの天井が一部剥落してコンクリートの大きな塊が落ちているところがありヘルメットは必須だ。というよりこんなものが落ちてきたらヘルメットがあっても助からないだろう。

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 地圧によってトンネルの側面が内側に膨らんでヒビ割れしているところもあり、自然の威力に驚かされる。廃線トンネルを歩ける今回のような機会は珍しいが、トンネルのメンテナンスは大変そうだから、このトンネルを歩けるのもそう長くはないかもしれない。

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 トンネルを抜け出たところ。廃線から34年経過し苔むしたトンネル出口を眺め、一同感慨深く現役時代に思いを馳せる。

2017年6月 3日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(縫別トンネルまで)

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 白糠駅を出発し根室本線をまたぎ進路を北に取る。すると右窓に白糠線の築堤やトンネル、橋梁などが続々と見えてきた。白糠線は昭和39年開業なので基本的には踏切はほとんどなく道路と立体交差になっている。コンクリート橋も多く見え、まだ国鉄が黒字だった時代に計画された線のためか意外とぜいたくな構造になっている。

 白糠線はまず上茶路まで開業したが、その当時は上茶路炭鉱からの石炭輸送が大きな役割だった。昨日紹介した白糠線の開業ポスターにも「開発の動脈」というフレーズが見える。

 この白糠はあまり知られてはいないが石炭の産地として歴史が古く、石炭岬という地名もある。1854年に日米和親条約が締結され下田、函館の2港が開港し、そこで米国船へ薪水、食料、石炭などの供給が始まったが、函館において提供された石炭がこの白糠の石炭だったのだ。ここから海路で函館まで運んだらしい。一方下田港で提供された石炭はどこのものなのかネット上を調べてもヒットする情報はなかった。

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 道東自動車道の白糠インター入り口に除雪ステーションがあり、そこが簡易パーキングエリアになっていて廃線ウォーキング前のトイレ休憩となった。新しくてとてもきれいなトイレで、ドライブでの利用価値も高そうだ。

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 今回のツアーでは釧路臨港鉄道の会の星さんが案内人になっているが、もうひとり同会のメンバーで、バスには乗らず自分の車で同行しているSさんという方がいる。今回のツアーはバスの運転手も知らないような道を行ったり路上に駐車したりするので、観光バスの誘導などを行うためにサポートをしてくれているのである。

 そのSさんの車には北進のサボが飾ってあった。国鉄末期の増収策で販売されたレプリカとのこと。このSさんも星さんと同じく国鉄OBで昭和62年4月の分割民営化で釧路からJR東日本に移り、中央線の乗務員を経て八高線電化時のダイヤ作成に関わったのちJRを退職し地元に戻り郵便局で働いているとのこと。話の内容からするとどうも私と同じ年のようだ。ボランティアで今回のツアーを支えてくれている人で感謝申し上げたい。

2017年6月 2日 (金)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​白糠駅まで)

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 本日は国鉄白糠線の廃線跡を巡ることになっている。白糠線は根室本線の白糠を起点とし北進までの33.1kmを結ぶローカル線で、1964年10月に上茶路までの25.2kmが開業し、その後1972年9月に北進まで延長された。その後も池北線の足寄を経由して根室本線の新得までの計画線もあったが、その実現はなく1983年10月には国鉄の赤字ローカル線廃止第1号となってしまった。白糠線は白糠町内だけを走る路線だったので、調整の当事者が少なくあっという間に廃止が決まってしまったようだ。廃止になるという情報は1ヶ月ほど前には知っていたが、大学2年の時なので今のようには資金力がなく急に思い立って北海道に行くこともできなかったので指をくわえて廃止になるのを見送った

 その後、北海道旅行でたまたま沿線を車で走った時、築堤や橋りょうが意外と新しい感じで残っているのに驚き、いつか廃線跡をたどって見たいと思うようになっていた。そんな折、このツアーが発売されたのですぐさま申し込みをした次第である。

 数日前の天気予報では降水確率は60%だったが、今朝の予報では10%に下がっているから雨の心配はなさそうだ。しかし今日も予想最高気温は8度だから寒い1日となりそうだ。

  クラウンヒルズホテル釧路を出発したバスはANAクラウンプラザホテルで残りのメンバーをピックアップして再び全員がそろった。

  車中ではANA総研で白糠町の活性化をサポートしているMさんから資料を交えて白糠線について説明を受ける。Mさんによると白糠線の終点北進駅がどこにあったか分かっておらず、今日白糠町役場の人とともに探すことになっているという。私も8年前に北進駅跡を探そうとして見つからなかったのだが、廃止から35年も経つと所在すら分からなくなってしまうのだろうか。地元でも所在を知る人がいないということなのだろうか。秘境探検の様相を呈してきた。

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 国道を進むこと30分で白糠駅に着いた。その隣にあるバスターミナルは白糠線廃止の転換交付金で建てられたようだ。ここで星さんとともに白糠町役場の担当者も2名合流した。一民間のツアーに町役場の人が休日に2名も同行してくれるとは破格の待遇だ。星さんも町役場の方も長靴姿なのでまさに秘境探検だ。

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 白糠バスターミナルの中は白糠線の写真や資料が張り巡らされていて、立派な白糠線資料館になっている。それを星さんがていねいに説明してくれる。

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 その中でも秀逸だったのが白糠線の開業を告知するポスターだ。シンプルだが洗練されたデザインで、こんな無人の待合室に飾っていたら誰かが持って行ってしまうことはないのだろうかと心配になるほどの素晴らしさだ。

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