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2024年4月30日 (火)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(箕面萱野駅と箕面船場阪大前)

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箕面萱野駅改札を出るといきなり駅前にキューズモールという大規模な商業施設がある。

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新線開業というと駅前整備はこれからというところが大半だが、こちらは既存商業地域に新線が乗り入れた形で、すでに完成された都市になっていた。地元民にとっては待ち遠しい延伸開業だったに違いない。

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箕面萱野駅ホームにはカルピスの自販機があり、何やら表示がしてある。よく見るとカルピスの発明者三島海雲は箕面市の出身者とのこと。

続いて途中駅の箕面船場阪大前に向かう。

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駅改札階から地上までは長いエスカレーターがあり、これで一気に地上2階まで上る。大きな吹き抜けの空間でみなとみらい駅を思い出す。

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駅前には箕面市立図書館や大阪大学の箕面校舎があった。駅前にキャンパスがあるので通学にとても便利だろう。

2024年4月25日 (木)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(小松駅)

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IRいしかわ鉄道で小松駅に到着した。新幹線ホームの様子は後ほど見学するとして、まずは駅舎の様子を見てみる。白山の雄大な山並みをイメージした駅舎は多面的なデザインで構成されている。

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駅前はブルドーザーの小松が運営するこまつの杜という公園があり、巨大な建設機器が展示されている。

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ちょうどお昼時になので、駅の高架下の商業施設で、チャーハンが名物の店「焼きめしつねを」で食事をした。しっとり系のチャーハンでおいしかった。

12時44分発のはくたかで金沢に向かう。ここまでの新幹線乗車ではICカードによるチケットレスで乗車してきた。各駅では初乗りを楽しもうとする乗客で窓口も券売機も行列していたので、並ばずに済むチケットレス乗車は便利だった。

駅構内は石川県産の木材や石材を使用した小松らしさを感じせせるデザインになっている。この駅の警備員は親切で、ホームに上がってきた客1名1名に何号車に乗るか尋ねて、乗る位置をていねいに教えていた。

2024年4月24日 (水)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(加賀温泉駅)

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芦原温泉駅の見学を終えて、11時29分発のはくたか562号で加賀温泉駅に向かう。加賀温泉駅は2面4線の相対式ホームで通過線があるタイプだ。

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駅舎は温泉郷の風情と城下町の歴史を感じさせるデザインで加賀特有の赤瓦をイメージさせるデザインとされている。

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今までの駅は新幹線の改札と在来線の改札がそれぞれ独立して存在して自由通路を介して相互に行き来できる構造だったが、この駅には自由通路がなく、駅の反対側に行くには在来線の駅を通らないと出入りできない構造になっていた。昔ながらの国鉄駅にありがちな構造だ。私はIRいしかわ鉄道の一日乗車券を購入したいのだが、新幹線側の改札では販売しておらず反対側の改札での購入となるので、改札係に申し出て駅構内を通過させてもらった。一般の人で駅の反対側から来て新幹線に乗りたい人は申し出れば通り抜けを認めてくれるようだ。

1日乗車券は部数限定での発売だったので、すでに売り切れていると思っていたがまだ大丈夫だった。倶利伽羅・金沢間乗り降り自由で1,000円である。

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この駅な在来線はIRいしかわ鉄道の管轄だが、JR時代と大きな変化はない。駅名票もJR時代のものにIRいしかわ鉄道のロゴマークを貼っただけだ。

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ここから11時53分発の普通列車で小松駅に向かう。4両編成で立ち客も出る混み具合だ。私は先頭車で前面展望楽しみながら、13分で小松駅に到着した。

2024年4月23日 (火)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(芦原温泉駅)

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福井駅発11時05分のつるぎ12号で芦原温泉駅に向かう。2面2線の相対式ホームで、ここも木調タイルが使用され、ホームの待合室は温泉街をイメージしているとのこと。

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改札階もやはり和のイメージで和やかな雰囲気になっている。

駅舎は「あわら温泉の癒しと旅情が漂う駅」がテーマになっているが、これも言われてみないと分からない。

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まず東口に出てみる。駅前ロータリーは整備されているものの狭く、また駅右手にはいきなり工場があって新幹線の駅らしくない。

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駅の東西連絡通路には恐竜の足跡がプリントされている。西口に出てみるとこちらは商業施設が設けられ、賑わいを見せている。

2024年4月22日 (月)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(福井駅)

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敦賀駅をあわただしく見て回り、敦賀駅10時18分発のつるぎ10号で福井駅に来た。福井駅は前にも記した通り、島式ホームの駅で新幹線の駅としては非常にこじんまりとした印象を受ける。ホームの床にはここでも木調のタイルが使用されている。一方天井には明かりとりがあり、木漏れ日が差し込むような構造になっている。コンコース階は木材や和紙を使用した和の空間が演出されている。

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駅舎は「悠久の歴史を未来につなぐシンボルゲートとなる駅」をデザインイメージとしていて、唐門をモチーフとしてガラス面を多用したデザインとのことだが、そういうことは言われないと分からない。

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新幹線ホームに臨接して展望デッキがあり、ここからはガラス越しに新幹線が間近に見られる。隣りにはえちぜん鉄道のホームも見えている。えちぜん鉄道は新幹線工事中の一時期、開業前の新幹線ホームを借用して運行していた時期があった。

ここでハピラインふくいの乗り場に行って、後程使用する一日乗車券をあらかじめ購入しておく。敦賀・大聖寺間乗り降り自由で1,500円である。

2024年4月21日 (日)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(敦賀駅)

越前たけふ駅の見学を終えて、9時50分発のつるぎ13号で敦賀駅に向かう。自由席は後ろ2両なのでホームの端まで歩いていく。

えちぜん武生からはほとんどトンネル内を走行し12分で敦賀駅着。将来的には新大阪への延伸が予定されているが、まだルートも決定されておらず、敦賀駅は当面北陸新幹線の終点駅としての地位が続く。ホームは2面4線で新大阪方には車両基地への引き込み線が延びている。

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ホームの床は体育館のような木の床で、これは船の甲板をイメージしているとのこと。敦賀は港町でホームも待合室も船がイメージされているようだ。

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ホーム階を下りて、コンコース階に来ると天井が大きな弧を描いていて、これは北前船の帆をイメージしているらしい。

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トイレの入り口にはレールが埋め込まれている。これはかつて欧亜国際連絡列車が発着していたことを想起させるものらしい。各所にいろいろな仕掛けがあるが、私はJRTT(鉄道・運輸機構)のホームページなどで事前に情報を仕入れてきてあるのでその意味が分かるが、そうでなければ凝ったものがあるなくらいしか感想がないかもしれない。

敦賀駅は新幹線と在来線との乗り換え駅になって大勢の客が行き来するようになったので乗り換え自動改札機が19台も設置されている。私が乗ってきたつるぎ号はサンダーバード、しらさぎと接続しているため、乗り換え改札は大渋滞している。改札機が19台あると言っても実際は入場出場で半々に使用されているので、半分の改札機は遊んでおり、これではもったいない。もっと柔軟な対応が求められる。

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乗り換え改札を抜けると乗り継ぐ特急により床面が色分けされていてサンダーバードは青、しらさぎはオレンジになっている。これにしたがって歩いていけば目的の列車のホームに誘導されるようになっているのは分かりやすい。

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駅舎は敦賀湾の波のきらめきを表現している。前後のルートの関係で駅舎は高さが37mあり、新幹線駅で最も高い駅になっている。

2024年4月20日 (土)

北陸新幹線敦賀延伸+αの旅(越前たけふ駅)

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越前たけふ駅に9時22分に到着し、ここから北陸新幹線の新駅をひとつずつ巡っていく。越前たけふ駅は2面4線で通過列車の待避ができる構造になっているが、現時点ではここで待避する列車はない。ホームはモノトーンの色合いで、ホーム待合室は白壁風のデザインで屋根には格子状になった鳥かごがある。ホーム全体が屋根に覆われていて積雪対策は万全だ。

ホーム上の駅員は列車が行ってしまうと事務室に戻って行ったが、ホームやコンコース階には大勢の警備員が配置され、乗客の誘導や案内を行なっていた。少なくとも6名はいただろう。開業直後の特別対応なのか、今後も続いていくのか気になるところである。

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改札階はホーム下にあり、待合室は越前和紙の技法を用いた和紙照明で落ち着いた色調になっている。全体的に非常に手の込んだ造りで相当にお金がかかっている印象だ。

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駅舎はコウノトリをイメージした白い色合いで壁面には越前瓦が使用されている。

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駅前には道の駅が併設されている。新幹線の駅前に道の駅があるのはとても珍しい。駅にはセブンイレブンしかなく、おみやげを買うならば道の駅の方が品数が断然豊富だ。

えちぜん武生駅は在来線の併設がない単独駅だが、駅周辺には無料駐車場が600台分あり、朝からかなりの台数が停まっていたから、地元の人にとっては武生市内から離れていることはそれほどデメリットではないようだ。

2024年3月12日 (火)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(大畑駅)

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薩摩大口駅跡を眺めた後、続いて向かったのは大畑駅である。大畑駅は人吉地方の水害の影響により列車の運行が行われていないが、日本三大車窓の一つとして知られる絶景駅である。ここで先ほど嘉例川駅で買ったお弁当を食べようと思っている。

カーナビの音声認識機能を利用して「大畑駅に行きたい!」と発声すると大畑駅までのルートが示され、それに従って車を進める。人吉市内を経由するルートである。市内を抜けて山道に入ると上り坂になり道幅も急に狭くなってきた。しかし意外と交通量が多い。そういう道を進んで行くと梅林が現れた。人吉梅林と呼ばれる場所らしい。ちょうど梅が見頃だ。そんなところを抜けてさらに上って行くと大畑駅が現れた。

鉄道は運休中なのに駅の駐車場には5台くらい車が停まっている。おとといの西大山駅もそうだったが、九州のローカル駅は観光客に人気のようだ。

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駅には自由に出入りできるようになっている。地元のボランティアガイドと思われる人が来訪者に駅の案内などをしてくれている。運休になってから4年近くになるのに駅は雑草もなく整備された状態である。ボランティアの方の努力だろうか。

駅舎には来訪者が貼った名刺が無数にある。私も昔ここで名刺を貼ったはずだが見つかるはずもない。

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大畑駅はスイッチバック駅であるとともにループ線もあるダイナミックな駅だ。嘉例川駅の駅弁を食べる絶好の場所だと思っていたが、駅舎自体は山中にあり、視界が開けていないことに気がついた。三大車窓の絶景が広がるのは駅ではなく、駅から進んだループ線上だったのを思い出した。駅で駅弁を食べても仕方ない。ちょうど上ってくる途中にあった梅林ならば眺めも良さそうだ。そこで駅弁を食べることにした。

2024年3月11日 (月)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(薩摩大口駅跡)

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薩摩永野駅跡の見学を終えて続いて向かったのが薩摩大口駅跡である。薩摩大口駅は先ほど訪れた宮之城線の終点にあたり、山野線の中間駅でもある。山野線は数少ないループ線のある線で私は1986年に乗車したが1988年に廃止された。

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駅跡の看板はあるが、線路があるのと車掌車が1台保存されているだけで、それ以外何もない。とても簡素な状態だ。周辺は全国展開のロードサイド店舗などもある地域で、鉄道が廃線になるような寂れた街には見えない。バスターミナルと大規模なバス駐車場もある。先ほどの薩摩永野駅跡は廃線になってもやむを得ないと感じたが、ここはそうではない感じがした。

2024年3月10日 (日)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(永野鉄道記念館)

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嘉例川駅を後に次の目的地へと車を進める。駅を出た直後に曲がる道を一本間違えてしまい、ちょうどそのタイミングで踏切で列車待ちとなった。この道は車1台がやった通れる狭さで、これがしばらく続き、対向車が来たらどうしようと心配をしたが、結局1台も来なかった。

次に向かったのは宮之城線の薩摩永野駅跡だ。宮之城線は鹿児島本線の川内駅から山野線の薩摩大口駅に至る66.1kmの路線で私は1986年に乗車したが、その翌年1987年1月、国鉄民営化の直前に廃線となった。薩摩永野駅は行き止まり式のスイッチバック駅になっていて、全ての列車はこの駅で折り返して目的地へと向かっていた。

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駅舎のように見えるのは記念館で、当時のものでなく、後から建てられたものである。

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薩摩永野駅跡にはシーサスクロッシングが残されている。スイッチバック駅だった証で、列車はこのポイントを渡って目的地へと向かっていたわけである。

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ホームや作業車なども残されている。駅名票も残っていたが、これは後から製作されたもののようだ。

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