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2025年4月

2025年4月30日 (水)

普段と違う信越本線乗車体験(新潟駅電留3番線)

ツアーの集合は新潟駅お忘れ物センター9時20分となっている。受付を済ませると知った顔が何名かいて今後の乗り鉄イベントの情報交換を行う。

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参加者がそろい担当者の誘導で5番線に移動する。イベント列車の出発は9時38分である。

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車両はE129系4両編成で今回はA01編成とA20編成を使用しており、ふたつあわせて120となるとの担当者の話し。新潟駅開業120周年にちなんでいるとのことだが、それに最初から気づいていた人は皆無だろう。各号車8名定員での利用でゆったり利用できるのはありがたいが、引き上げ線や車両基地内を走行する際は揺れるので必ず着席するよう指示があり、前面展望写真が撮れないのは残念だ。

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新潟駅から高架線を西に進み、本線から左に分岐し電留3番線に入った。電留線は4番線まであり、他の3線にはすでに留置車両があったので、普段から使用頻度の高い電留線のようだ。通常の運行では車掌はここまで乗務することはないらしく、案内係として参加していた元車掌はここに入るのは初めてだと言っていた。

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ここまでのルートはご覧のとおり。

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ここで折り返し、すぐに新潟駅に戻ると思ったら、電留線内の引き上げ線に入った。これは想定外だ。引き上げ線で待機していると別の車両が電留3番線に入線し、新潟駅に戻っていった。新潟駅で転線する場合、この電留線を経由する必要があるので結構頻繁に出入りがあるようだ。

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ここまでルートはご覧のとおり。

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引き上げ線から再び電留線3番線に入り、10時28分今度は本当に新潟駅に戻った。

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2025年4月29日 (火)

普段と違う信越本線乗車体験(新潟まで)

朝食を終えて高崎発7時35分のガーラ湯沢行きたにがわ401号に乗車。高崎駅ホームの案内によればガーラ湯沢スキー場は積雪206cmで滑走可能とのこと。しかし車内にスキーヤーらしき人はほとんど見かけずスキー人口もかなり減っているのを実感する。上毛高原付近はちょうど桜が見頃だった。

越後湯沢で下車し、後続のとき303号に乗り換えた。とき303号は高崎を通過するので越後湯沢で乗り換える必要がある。ときは8割ほど席が埋まっていて、私の隣りにも先客がいた。

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浦佐付近もかなり積雪が残っていて、4月半ばを過ぎているというのに新潟でこの積雪は予想外だった。

新潟には8時56分に到着し、ここでも駅構内のスタバに立ち寄ってスタバ限定のポテトチップを購入し新潟県制覇のメダルを獲得した。

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デザインは米どころ新潟らしく米俵だった。

2025年4月28日 (月)

普段と違う信越本線乗車体験(高崎まで)

JR東日本新潟支社から4月19日開催で「新潟駅開業120周年企画!普段とは違う信越本線乗車体験」というツアーが発売された。新潟駅開業120周年イベントの一環で、普段の営業運転では走ることのない新潟駅引き上げ線、上沼垂信号場、新津駅にある留置線を入れるという車庫線好きには見逃せない内容になっている。本ツアーは代金をJREポイントで支払うと1,000円引きとなるので、この特典を利用して貯まっていたJREポイントで予約した。

まず東京駅6時08分発のとき301号でスタート。東京駅から乗車だったので自由席利用とした。東京駅発車時点で窓側がすべて埋まる程度の混み具合だったが大宮で8割方埋まった。

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とき301号を6時57分着の高崎で下車し、駅ビルモントレーにあるスターバックスに立ち寄る。朝7時からの営業で開店と同時に入店し、ヨーグルト&バナナグラノーラで軽く朝食を取った。これで群馬県のスタバを制覇した。この店は群馬県1号店とのことで、今まで奈良県と広島県でも1号店に入ったことがあり、1号店制覇は3店舗になる。

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メダルは高崎のダルマのデザインだった。

2025年4月27日 (日)

新幹線連結プリン

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JR東日本から「JR福島駅新幹線連結湯庵プリン」が発売されます。福島駅でやまびことつばさが連結されることにちなんでいて、2個ひとつで販売されています。地元食材を使用し、新幹線デザインの容器に入って販売されます。

新幹線の連結が外れる事故が最近2件連続するなか、このような商品を販売している場合かという気もしますが、逆に話題になっていいのかもしれません。

2025年4月26日 (土)

上野東京ライン川口駅停車

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川口駅に上野東京ラインのホームができることになりました。川口駅は現在は京浜東北線しか停車せず、上野東京ラインの停車は市民の悲願でした。今後調査測量が始まり、実際の開設は早くても15年くらい先になるようでまだ先は長いです。このホームができると川口・東京間は京浜東北線で行く場合より7分ほど短縮されます。工事費はほとんど川口市が負担しますが、市民の利便性は大幅に向上するでしょう。

ただ川口市民には悪いのですが、上野東京ラインは停車駅が多くなり過ぎて速達性はもの足りません。かつては赤羽・大宮間を日中は無停車で浦和も通過していました。それが浦和終日停車になり、その後さいたま新都心駅ができ、今度は川口駅なので、浦和以北を利用する人にとっては余計なことをするなと言いたいかもしれません。

いずれにしてもまだ15年も先のことで、利便性うんぬんより自分の命の心配をしたほうが良さそうです。

2025年4月25日 (金)

宿泊全国制覇

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私は日本全国の鉄道を全て乗車しているので当然のことながら全ての都道府県に行ったことがあります。しかし全ての都道府県で宿泊したことがあるかどうかは別の話しです。先日気になって調べてみたところ、茨城県以外の全ての都道府県で宿泊していたことがわかりました。

茨城県は関東地方なのでわざわざ泊まらなくても、その日のうちに帰れる近さなので、宿泊につながらなかったものと思われます。鉄道の旅を通じて日本全国を乗り歩いてきたわけですがまさに灯台下暗しでした。

そうと分かると早いうちに茨城県を制覇して、日本全国完宿を果たしたくなりました。茨城県で鉄道イベントがあるときに日帰りでなく1泊で出かけて来ようと思いました。

2025年4月24日 (木)

横浜市マンホールカード

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横浜に出かけたときに、横浜市のマンホールカードを手に入れました。左は横浜ベイブリッジがデザインされていて横浜駅にある観光案内所でもらえます。右は横浜市河川水道局のキャラクター「かばのだいちゃん」とみなとみらい地区が描かれていて、桜木町駅の観光案内所でもらえます。どちらも駅構内にあるので、乗り換えの時でも手に入れることができます。

2025年4月23日 (水)

日本海縦貫線100年

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旧新橋停車場鉄道歴史展示室で「日本海縦貫線100年」という企画展が開催されています。日本海縦貫線は大阪から青森まで日本海側を結ぶ線ですが、実際にその名称の線があるわけではなく、経由する東海道線、湖西線、北陸本線、信越本線、白新線、羽越本線、奥羽本線の総称になり、最後の区間である羽越本線が全通してから今年で100年になります。全通に至る苦難の道と全通後の発展について写真や資料で解説されています。

東海道本線、東北本線経由よりも距離が短いことから、貨物列車はこちらのルートで走行するものが大半ですが、かつては大阪・青森間の特急白鳥、日本海、大阪・札幌間のトワイライトエクスプレスなどの長距離旅客列車も運行されていました。私はトワイライトに一度だけ乗ったことがあり、ゆったり優雅な旅をしたことを思い出しました。

2025年4月22日 (火)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(終わりに)

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鷹の台駅を発車し、小川駅5番線を経由して、東村山駅1番線に入りイベント列車は終了した。東村山駅は高架化工事の真っ最中で、現在のホームは仮の姿である。この仮ホームからは早朝に1日1本だけ西武園方面に出発する列車があるという情報をTさんから知らされた。高架化工事が終了すると乗れなくなるので早めに乗っておきたい。

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団体専用の行き先幕から回送を表示させるまでの幕回し中には秩父鉄道の駅名なども表示された。

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ここでツアーは解散となるが、帰りにマンホールカードを集めながら帰ろうと思う。同行のNさんもマンホールカードを集めているので、ふたりで国分寺市のマンホールカードを手に入れた。国分寺の駅前には0系新幹線のタイルが設置されていた。新幹線開発の拠点となった鉄道技術研究所が国分寺市にある関係だろう。

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Nさんとは国分寺駅で別れ、私はその後立川、八王子でマンホールカードを手に入れて自宅に帰った。

これで「川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅」を終わります。

2025年4月21日 (月)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(鷹の台駅)

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鷹の台駅では折り返し時間が約1時間設けられている。この時間帯を利用して、車内アナウンス体験、幕回し撮影会、ヘッドマーク展示などいくつかのイベントが用意されている。ホームでは撮り鉄が集結して撮影に余念がない。バックの桜はもう1週間早いと満開だっただろう。

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こちらは今回の列車のヘッドマーク。

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車内には開業当時の時刻表のレプリカも展示されていた。これによると川越から国分寺を経由して甲武鉄道の起点飯田町まで直通列車が運転されていたようだ。

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今回のツアーはどちらかというと子ども向けの設定になっていて、車内放送体験では子どもたちは楽しそうに車掌の真似事をやっていた。することがなく車内で時間を持て余している私には退屈でうるさいイベントに感じたが、これはやむを得ない。

鷹の台駅でのイベントが終わると小川方に発車した。

2025年4月20日 (日)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(小川駅5番線)

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小平駅1番線を出発し、拝島線を小川に向けて進む。萩山駅を通過した後、ブリヂストンの工場脇を抜けて、小川駅ではホームのない5番線にサプライズ入線した。

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小川駅は2面4線でホームは4番線までなのだが、4番線の東側にさらにホームのない5番線があり、列車はそこに入線してくれた。

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ここで待機した後、本線に合流して鷹の台駅に向かった。

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小川駅入線から鷹の台駅2番線までのルートはご覧のとおり。

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鷹の台駅は2面2線の交換可能駅で、朝夕のラッシュ時はここで交換し、日中は1番線のみを使用する。2番線は両方向に発車可能である。

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鷹の台駅で折り返し、再び小川駅5番線に入った。

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鷹の台駅2番線から小川駅5番線を経由して東村山駅に向かう。ルートはご覧のとおり。

2025年4月19日 (土)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(小平駅引き上げ線)

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南入曽車両基地を出発し本線を上り、小平駅に到着した。ここで引き上げ線を経由して新宿線から拝島線に転線する。この引き上げ線は通常の営業列車では入れない貴重な体験で、これがなかったら私は参加しなかった。

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引き上げ線は小平駅の新宿寄りにある。今回のイベント列車は4両編成なので奥まで入らなかったのは少し残念だ。

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引き上げ線で折り返し、小平駅1番線に入る。

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ここまでのルートはご覧のとおり。

2025年4月18日 (金)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(洗車機体験)

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車庫8番線で折り返し、今度は0番線に入る。

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0番線は車両基地内で折り返す際に必須の線である。

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車庫8番線から0番線までのルートはご覧のとおり。

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0番線で折り返し、今度は洗車機体験になる。子どもたちが歓喜の声をあげているのはいつもどおりである。

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洗車機を抜け洗い場2番線で停車する。両側に簡易ホームがあり、ここでモップなどを使って仕上げをする線である。以前車両基地祭りで入ったのはおそらくここか、その隣りの1番線と思われる。

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ここまでのルートはご覧のとおり。洗い場2番線を出るとゼロ番線に戻り、再び洗い場2番線に戻ってきて、結局洗車機体験が2度行われた。当初ピット線に入る予定が車両基地内作業の関係で取り止めとなったため、2度洗車機体験が行われたと思われる。

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2度の洗車機体験を終えて洗い場2番線を発車し、

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駅2番線で待機した後、本線に合流した。

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最後のルートはご覧のとおり。結局入庫から出発まで6回エンド交換を行なったが、ロスタイムの少ないキビキビとしたエンドだった。

2025年4月17日 (木)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(南入曽車両基地)

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本川越を11時50分に発車し、新宿線を上っていく。車掌により川越鉄道に関するさまざまな知識が放送され、これがあらかじめ配られている川越鉄道クイズのヒントにもなっている。本川越駅は1895年の開業で、当時は国鉄も東武も開業していなかったので、今の本川越駅が川越駅を名乗っていた。

入曽駅を通過すると速度を落として南入曽車両基地に入った。画像は後部運転台からの眺め。

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下り線を横断し、さらに分岐して駅2番線で停車した。

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ここまでのルートはご覧のとおり。

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車両基地内から運転士が現れ、後部運転台に乗り込み、

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進行方向を変えて車庫8番線へと進んでいく。

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駅2番線から車庫8番線までのルートはご覧のとおり。

2025年4月16日 (水)

川越鉄道開業130周年記念特別臨時列車の旅(本川越まで)

西武鉄道から「川越鉄道開業130周年記念 特別臨時列車の旅『家族で130年の軌跡を刻む特別な日』」と題するツアーが発売された。川越鉄道とは国分寺と川越を結ぶ鉄道で1895年に全通した。今年がちょうど開業130年にあたり、それを記念して臨時列車が運行される企画である。臨時列車は本川越駅を出発し、南入曽車両基地に入った後、小平駅引き上げ線を経由し鷹の台駅で折り返して東村山駅で解散するルートになっており、車庫線好きには見逃せない。南入曽車両基地には今から20年以上前に入ったきりで、その時は所沢方から入線したが、今回は川越方からの入線なのもうれしい。

ただこのツアーは4人1組での申込なのでどうしようかと思案していたところ、ありがたいことにTさんから声がかかり、仲間に入れてもらえることになった。

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開催日は4月12日土曜日で本川越駅11時20分となっている。集合が少し遅いので川越でマンホールカードを2枚ゲットし、本川越駅にあるスタバを休憩してから集合場所に向かった。

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埼玉県制覇のメダルは川越の蔵造りの街並みだった。ちょうど入った店のすぐそばがモチーフになっている。

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集合時刻になり、乗り鉄仲間が現れ、今後の乗り歩きの予定交換などを行い、私の知らなかった情報も入手でき、得るところが大きかった。

本川越駅に来るのは久しぶりだ。終着駅なので頭端式ホームであることは認識していたが、中線付きの1面3線構造で、中線は特急専用ホームになっていることに初めて気が付いた。

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車両はボックスシートの3000系4両で、我々4人で一つのボックスに収まった。

2025年4月15日 (火)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(帰り)

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大牟田駅に14時30分ごろに戻りレンタサイクルを返却し、利用料金400円を支払い今日の予定は全て終わった。

西鉄大牟田駅14時53分の特急に乗車。薬院から地下鉄に乗り換えて16時02分博多駅に到着した。ここから16時42分発のぞみ188号で帰る予定である。本来ならば飛行機で帰りたいところだが、日曜日の夕方で羽田便はほぼ満席で、希望のフライトを予約することができなかった。一方新幹線は2週間前の時点ではかなり空きがあり、希望の列車を予約することができた。博多からの乗車になるのでグリーン車を予約したが早割りで24,000円ほどなので飛行機で株主優待を利用するよりも安い。所要時間は新幹線が4時間半で飛行機は1時間半とかなり違うが、前後に要する時間を勘案すると最終的に家に着く時間は1時間程度の差しかない。

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博多駅でお土産を買い、予定の列車に乗る。枕カバーはN700a(スモールa)であることが分かるデザインで、こういうデザインがあるのは初めて知った。

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博多を発車してもまだ夕方5時前だが、お酒を飲みながら家路ついた。博多発車時点ではほとんどガラガラで、途中でだんだん乗ってきて、名古屋発車時点では8割方埋まったが、幸い私の隣りは最後まで空席でゆったりできた。

これで「北陸鉄道と炭鉱電車の旅」を終わります。

2025年4月14日 (月)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(三川坑)

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万田坑の見学を終えて続いて三川坑に向かう。三川坑は日本の近代化を支えた三池炭鉱の最主力坑である。万田坑から三川坑にかけては一部区間で廃線跡を歩けるようになっていた。真ん中にゴムで敷かれた歩行路があるが、結構路面が荒れていて自転車のカゴに入れた荷物が飛び出しそうだ。

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廃線が整備されているのは一部のみで途中からは一般道路を走行し約30分ほどで三川坑に着いた。こちらは三川坑の手前にある三池炭鉱鉄道専用の変電所。

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三川坑には4両もの炭鉱電車が静態保存されていた。屋根付きなので状態は良いが、塗装が少々色あせていた。

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炭鉱へ進入するトロッコ線路跡。

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ここで最後のスタンプを押してコンプリートした。コンプリート賞の缶バッチは炭鉱電車がプリントされている。

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三川坑に隣接して三井港倶楽部と言う施設がある。現在はレストランとして営業されているが、かつては三井グループの迎賓館としての役割を担っていた。

ここから大牟田駅に戻る。約4時間で炭鉱電車スタンプラリーや炭鉱電車見学を終えることができたが、3月というのに夏日を記録しかなり体力を消耗した。

2025年4月13日 (日)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(万田坑)

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ステーションゼロの炭鉱電車見学を終えて次に向かったのは万田坑だ。万田坑は三池炭鉱の主要な坑口で、竪坑櫓や巻き上げ機、そして炭鉱電車などが保存され、世界文化遺産にも指定されている。万田坑までの道すがら宮原坑あたりからは廃線跡も見えた。

万田坑に到着し、まずまるごとあらお物産館でスタンプを押し、3個目をスタンプをゲット。続いて万田坑を見て回る。ガイド付きで見学することができるが、私は訪れた時間が少し遅かったのでガイドツアーは先に進んでいるようだ。

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入るとまず山神社があり、そこにお参りしてから中を見て回る。トロッコの線路跡などもあって気分が高揚してくる。見学して行くうちにガイドツアーに追いついた。やはりガイドの人の説明を聞いた方がわかりやすい。三池炭鉱の事故の話も出て暴走したトロッコから発生した火花で炭塵爆発が発生し、坑内にいた労働者のうち458名が死亡し、助かった人の多くも一酸化炭素中毒患者となるなどの大惨事となった。

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見学が進み洗炭場に着いた。ここでは月2回だけ炭鉱電車の動態保存が見られ、ちょうど今日がその日である。炭鉱電車は基本的に架線集電式だが、こちらの車両は後部にバッテリーカーを連結しその力により走行している。架線からのスパーク事故防止のため現役時代もそのような形で走行することがあったらしい。

 

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ここは先ほどのステーションゼロと違い乗車はできない。ガイドの方も人が乗れるようになればもっと人気が出るだろうと言っており、そうした動きも実際あるようだが、安全確保を模索しているようだ。

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約50分ほどで施設内の見学が終わった。最後にガイドの人が言っていたことであるが、炭鉱で働く人は常に命と隣り合わせの仕事をしており、一日の仕事を終えて無事家に帰れる保障はない。だからこそ家族大事にする思いが人一倍強く、皆さんもぜひそういう気持ちを大切にしてくださいと結んだ。私は炭鉱電車を見ることだけを目的にここに来たが、ガイドの人から良い話を聞けたと感動した。

2025年4月12日 (土)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(ステーションゼロ)

中島信号場を体験して、各駅に停車しながら大牟田駅に到着した。大牟田は炭鉱の町で、かつては市内と三池港を結ぶ三井三池炭鉱の専用鉄道が運行されていた。しかし炭鉱の閉山に伴い廃止され、一部残っていた三井化学の専用鉄道も2020年5月には廃止となった。しかし炭鉱鉄道の車両を残す取り組みも行われ、今日はそういった車両を見て回る予定である。炭鉱鉄道は電気機関車で運行されていたが、当地では電気機関車のことを炭鉱電車と親しみを込めて呼んでいた。それと3月31日までの予定で炭鉱電車スタンプラリーが開催されていて、4か所でスタンプを押すと缶バッジがもらえるのでそれも楽しんできたい。

まずは大牟田駅にある観光案内所でスタンプ用紙を手に入れ、ここで一つ目のスタンプを押す。その後西鉄大牟田駅でレンタサイクルを借りる。レンタサイクルは意外と人気で、私が借りたのが最後の1台だった。これが借りられないと今日のスケジュールが成り立たないから助かった。

まず向かったのは動態保存している炭鉱電車に乗れるステーションゼロである。ここは地元の運送業者白石ホールディングスが昨年オープンした施設で、炭鉱電車の保存や資料展示に取り組んでいる。

大牟田駅から約15分、11時少し前にステーションゼロに到着した。この日は3月だというのに夏日に達する暑さで上着を脱いで自転車を走らせた。大牟田の街は車道も広いが歩道も広く、歩道を自転車で走っても全く問題なかった。受付を済ませ、入場料金500円と炭鉱電車の料金500円を支払う。受付でスタンプラリーのスタンプも押しておく。

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受付を済ませるとちょうど試運転を行なっている時間帯だった。踏切もあり本格的である。架線が張られておらず後部に連結されたディーゼルカーで走行する仕組みである。

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炭鉱電車に乗った誘導員の手旗信号でディーゼルカーを進行させる。

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炭鉱電車の乗車は11時から始まる。私がこの日いちばん最初の乗客となった。

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乗客は炭鉱電車の運転席に乗せてもらえ、発車するときには床下のペダルを踏んで汽笛を鳴らすよう指示され、汽笛とともにスタートした。走行する距離は20メートル程度だが、それでも普段乗れない鉄道に乗ったことになるので私としては大満足である。1回の料金で2往復してくれた。私の乗車が終わると相次いで2組の家族が乗車した。

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炭鉱電車は2両あり、もう1両は静態保存で動かないが車両内部は見学できるようになっていた。このような歴史的価値のある車両を1民間企業が保有し、一般に公開してくれているのは非常にありがたい話だ。

2025年4月11日 (金)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(大牟田まで)

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小月駅中線を体験した後、下関乗り換えで小倉に着いた。ここでアミュプラザにあるスターバックスに立ち寄り、朝食を取るとともに福岡限定のスタバカードも手に入れた。

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福岡県制覇のメダルは博多どんたくでの踊りがデザインされているようだ。

小倉から新幹線で博多に出る。こだまは通常4号車は指定席だが、早朝に自由席になる場合がある。私はそこを狙って乗車した。自由席料金で普通車指定席用の2&2シートを利用できる。しかしそれを知っている人はわずかでガラ空きだったから、さらに快適に過ごすことができた。

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博多から地下鉄で西鉄福岡に出て9時ちょうど発の特急に乗車。観光列車水都の車両が充当されていて転換クロスシートの快適な乗り心地を楽しみながら柳川で各駅停車に乗り換えた。

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西鉄は柳川から先は運行本数が減り、単線区間もある。大手私鉄の本線なのに単線区間があるのはめずらしい。そのうち塩塚・西鉄中島間には列車交換用の中島(なかしま)信号場がある。特急に乗っていると本線側を走行するので各駅停車に乗って待避線側に入ってみた。

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信号場を左側に分岐する。本来であれば次の西鉄中島駅で行き違いができるようにするのが望ましいが、矢部川の堤防が迫っていてスペースが確保できないのだろう。

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対向の特急電車を待避するとすぐに発車した。

2025年4月10日 (木)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(厚狭駅2番線)

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厚狭駅前のホテルを朝5時半にチェックアウトし厚狭駅に向かう。この時間帯に厚狭駅に来たのは、1日1本だけ使用される2番線からの列車に乗車するためである。5時38分発の下関行きがそれである。厚狭駅在来線ホームは1番線から7番線まであり、そのうち1番線が災害で不通になっている美祢線用、その他の番線が山陽本線用になっているが、2番線が使用されるのは早朝の1本だけなのである。

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あたりはまだ暗く窓外を眺めることはできないのは残念だが、いくつもポイントを渡り本線下り線に合流した。

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この列車を長府で下車する。長府駅は1面2線の島式ホームなのに乗り場が1番線と3番線になっており、2番線が欠番になっている。かつては2番線もあったのだろうか。

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長府駅から小月駅に戻る。小月駅には中線があり、当駅発着の列車が入線する。

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小月駅発着の列車は毎時1本程度あるので難易度は高くないがせっかく近くに来たので乗っておきたい線である。

2025年4月 9日 (水)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(厚狭まで)

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新大阪で19時20分発のさくら571号に乗り換える。これもグリーン車に乗ったが、1両の半室がグリーン車という構造で、新幹線でこういうタイプのグリーン車があるのは初めて知った。定員は24名と少なく、客はさらにその半分くらいである。山陽新幹線区間は普通車指定席でも横4人掛けだからグリーン車に乗るメリットは少ないと思っていたが実際に座ってみるとシートピッチは広く、レッグレスト、フットレストも装備され、快適性は明らかにこちらが上だ。

徳山で後続のこだまに乗り換え、厚狭には22時07分に到着した。今夜は駅前にある「エクストールイン山陽小野田厚狭駅前」という長い名前のホテルに宿泊する。素泊まり1泊で12,700円もする。インバウンド需要のせいか山陽新幹線の小駅でも安く宿泊するのは難しくなっている。大浴場もあり、多少はくつろぐことはできたが、滞在時間は7時間ほどでかつ早朝に出発するので無料朝食にもありつけずもったいない思いがする。

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北陸鉄道のイベントで手に入れたグッズ類がこちら。ボックスティッシュがかさばり、もったいないがここで処分した。

2025年4月 8日 (火)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(新大阪まで)

鶴来車庫と廃線跡の見学を終えて、鶴来発15時19分発の野町行きで北鉄西金沢まで戻り、IRいしかわ鉄道で小松に出た。乗り鉄仲間のIさんは舞鶴に向かうとのことで、小松までご一緒する。明日開催される舞鶴湾周遊のツアーに参加して御船印を手に入れるのが目的とのこと。

私は今日中に山口県の厚狭まで向かう。小松から厚狭まではJR西日本の区間なので株主優待券利用で乗車券、特急券、グリーン料金が半額になる。乗車できる列車は最大4本で、その4本を無駄なく利用する。グリーン料金も半額になるのでグリーン車を連結している車両はすべてグリーン車にした。

小松発16時31分発のはくたか565号に乗車グリーン車は金沢でほとんど客が降りたらしく10人くらいしか乗っていないのに私の前の席の人だけ、リクライニングをフルに倒していて圧迫感があるのは残念だ。終点敦賀には17時17分に到着。

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乗り換えに30分ほどあるので駅前のスターバックスでポップコーン&プレッツェルというお菓子を購入。これで福井県のスターバックスを制覇した。

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福井県制覇のメダルは越前ガニがデザインされている。

17時44分発のサンダーバード36号に乗車。これもグリーン車である。先ほどスタバで買ったお菓子とレモンサワーで一杯やる。夕暮れの湖西線を快走し京都に停車した時、車掌が列車から降りたら安全のために「L空間」から離れて歩くよう放送した。「L空間」とは聞き慣れない言葉で調べてみると点字ブロックより外側の空間を言うようだ。関西では定着している用語なのだろうか。

2025年4月 7日 (月)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(鶴来市内散策)

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廃線散策は中鶴来駅までで、ここから市内散策をしながら鶴来駅に戻る。こちらは鶴来発電所。街中にある発電所は非常に珍しい。ダム式ではない落差5mの低落差発電所とのこと。

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こちらは地元の小堀酒造。萬歳楽という銘酒の蔵元である。日本酒だけでなく梅酒も人気があるようだ。

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鶴来の象徴のもみの木。道路拡幅の際、移転されることなく残された。

そのほかに行列のできるうどん屋や醤油蔵なども見て回った。醤油蔵にはカフェが併設されていて、醤油をかけたアイスクリームが人気らしい。

鶴来の街歩きは最初は余計なものと思っていたが、実際に歩いてみると古くから栄えていた街の良さが残っていて、時間があればじっくり歩いてみたいと思った。

2025年4月 6日 (日)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(北陸鉄道廃線跡)

車庫線体験や除雪車撮影会が終わり、私の目的は達せられたが、この後ガイド付きで廃線巡りと市内散策が予定されている。

北陸鉄道は現在は鶴来が終点だが、かつては白山下まで線路が延びていた。私は1984年11月に白山下まで乗車したが、その翌月、橋梁老朽化により加賀一の宮・白山下間が休止となり、その後復旧することなく1987年に廃止扱いとなった。加速時に車内灯が減光してしまうとても心細い車両に乗車したのをよく覚えている。今回散策するのは2007年に廃止された鶴来・加賀一の宮間のうち鶴来駅に近い部分である。

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まず駅から10分ほど歩き、農業用水にかかる橋梁跡に来た。白山からの伏流水を源流とし水量豊富な農業用水である。

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廃線跡にはレールや架線柱がそのまま残っている。廃線跡に観光用のトロッコを走らせようとする動きもあったらしいが実現には至っていない。

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さらに進み、中鶴来駅跡に来た。ホームの土台が今も残っている。病院に隣接しているから現役時代は地元の人に重宝されていたに違いない。

2025年4月 5日 (土)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(鶴来車庫)

12時14分、鶴来着。集合は12時50分とかなり余裕がある。大半の客がこの電車でやってくるのだから、もう少し集合を早めたらいいと思うが、そういかない事情もあるのだろう。

受付を済ますと参加記念グッズなどをいただく。そのうちひとつが北鉄バスのボックスティッシュで、大きすぎてこれからの道中邪魔になりそうだ。

少し時間があるので線路の様子を見てみた。かつての白山下方面は廃線になっているが、折り返し用の引き上げ線が残っていて、ここを経由して車庫に入るだろうと推察する。

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集合時刻となり担当者から諸注意の後、13時05分2番乗り場に移動する。

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車両の窓ガラスが汚れていたので、先ほど撮った写真で代用させていただく。奥から手前に向かって走行する。

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白山下方面にある車止めの手前まで進む。

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そこで折り返し、今度は2番線の隣りにある線路を走行していく。

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洗車機を通過し

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ピット線で停車した。運転士はこの線を「車イチ」と称呼していた。車庫1番線の略だろう。ここで再びエンド交換をして来た道を引き返し、元のホームに戻ってきた。この間約15分ほどでロスタイムはほとんどなかった。

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この後、運転席の着座体験と除雪車の撮影会が行われた。

2025年4月 4日 (金)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(金沢)

富山駅10時26分発のかがやき505号で金沢に向かう。この列車もほぼ満席だった。外国人観光客も多く、旅行需要はコロナ前を上回っているのではないだろうが。

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駅前のスタバでミルクコーヒーを買って、次の列車まで休憩する。金沢のご当地スタバカードも購入した。

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石川県制覇のメダルは兼六園のことじ灯篭がデザインされていた。

スタバで休憩してから、金沢発11時30分発のIRいしかわ鉄道で1駅、西金沢で北陸鉄道に乗り換えた。

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北陸鉄道の西金沢駅は列車別改札を行なっていて、乗客は狭い待合室の中で発車を待っており今どき珍しい。そんな中知り合いの乗り鉄仲間がふたり現れた。お互い約束していたわけではないのに車庫に入れるイベントだと誰かしらに必ず会う。我々は11時47分発の鶴来行きに乗車し、車内で情報交換をした。

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12時14分終点着の鶴来駅に到着した。有形文化財に指定されそうな由緒ありげな木造建築物だ。

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駅の待合室には北陸鉄道の駅名票や列車種別板などが展示され、ミニ博物館になっていた。

2025年4月 3日 (木)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(富山市内めぐり)

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長野発8時05分のはくたか551号はほぼ満席の混み具合で、各駅に停車しながら9時08分富山に到着。富山駅ではまず駅構内の観光案内所でマンホールカードを手に入れる。配布場所は路面電車乗り場近くにある。新幹線改札を出ると、路面電車乗り場手前に案内所が見えた。ここでカードを手に入れようとすると、ここではなく路面電車の線路を渡った先にある案内所を指示された。言われたとおり路面電車を渡ったところにあった案内所で声をかけるとなんとここも違った。向かいにあるマクドナルドの裏側にあるとのことでさらに移動し、路面電車等公共交通案内所でようやくゲットできた。苦労してカードを手に入れたら、マンホールカードと同じデザインの紙製コースターももらえた。丸型なのでこちらのほうがマンホールカードらしい。それにしてもほぼ同じ場所に観光案内所を3箇所も設けておく必要があるのだろうか。

マンホールカードめぐりはさらに続く。富山駅から路面電車に乗って市民プラザに向い、ここで路面電車がデザインされたマンホールカードを手に入れた。先ほどと同様に紙製のコースターももらえた。コースターが付くのが富山の流儀らしい。

さらに市民プラザから10分ほど歩いたところある富山市ガラス美術館に移動する。ここはハローキティで、ここでもコースター付きだった。

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3枚のマンホールカードを手に入れて富山駅に戻り、電鉄富山駅にあるスタバに立ち寄った。先ほどドリンクを飲んだばかりなので、バームクーヘンをテイクアウトし後で食べることにした。富山県制覇のメダルは世界一美しいスタバと言われている富山環水公園店がデザインされていた。

2025年4月 2日 (水)

北陸鉄道と炭鉱電車の旅(長野まで)

日本旅行から「北陸鉄道・電車に乗って洗車機体験と廃線&街中ウォーク!」と題するツアーが発売された。電車に乗ったまま北陸鉄道鶴来車庫に入れるとともに、北陸鉄道の廃線跡を巡るツアーで、車庫線好きと廃線跡好きに見逃せない内容となっている。開催日は3月22日土曜日でせっかく金沢に行くならばそのまま帰るのはもったいない。翌日に別の乗り鉄イベントがあれば一緒に回りたい。いろいろ検討した結果、大牟田で動態保存の炭鉱電車に乗れるイベントがあり、金沢の帰りに九州まで行ってくるという壮大な乗り歩きとなった。その他に楽しんできたいこともあり、3月22日、23日の2日間で出かけてくることになった。

まず大宮駅6時41分発のかがやき501号に乗車。私は窓側A席を予約してあるが、飛び石連休中でもあり普通車は8割程度の混み具合で、私の列もB席を除いて埋まっている。

大宮を出るとかがやき号は長野まではノンストップで走行する。軽井沢で右手に雪をいただいた浅間山を眺めながら約1時間で到着した。

長野で下車し、本日最初の目的は長野県のスタバ制覇である。店舗は駅ビルMIDORI 1階にあり、ここで朝食をテイクアウトした。長野限定のスタバカードもあり、それもあわせて購入した。

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こちらが長野県制覇のメダル。猿が露天風呂に入ることで有名な地獄谷野猿公苑の様子がデザインされている。

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長野発8時05分発のはくたか551号の車内で、先ほどテイクアウトした粗挽きソーセージパイをいただく。朝食時間帯はドリンクが無料でサイズアップされるのはありがたい。

2025年4月 1日 (火)

「やがぴぃカー」で行く直通会津田島行(新藤原駅電留1番線)

会津田島駅での撮影会などを終えて、13時22分、新藤原に向けて出発した。途中のいくつかの駅で交換待ちを利用してホーム撮影会が行われて、14時29分新藤原駅4番線に戻ってきた。

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ここから駅に隣接する留置線に入る。ホームでいったん停車したものの30秒ほどですぐに発車した。こういう時は列車指令と無線でやり取りしてから進入することが多いが、ここでは入換信号機が切り替わるとすぐに発車した。

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走行距離は100mほどで所要時間は1分ほどだったが、普段は乗れない区間に乗れてとても貴重な体験ができた。ここは電留1番線と呼ばれているようだ。

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ここでも幕回し撮影会が行われた。

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さらに野岩鉄道開業記念ヘッドマークまで出してくれての大サービスだ。撮影会は1時間半に及び私はかなり退屈したが、多くの参加者は熱心に撮影していた。撮影会終了後は徒歩で駅に戻り、そこで解散となった。

帰りは下今市からリバティけごんに乗り換え帰途に着いた。

これで「やがぴぃカーで行く会津田島行き」を終わります。

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