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2024年6月

2024年6月30日 (日)

ダイヤ作成講座(ダイヤ作成講座1)

新潟駅に到着し、イベントの受付に向かう。参加者は25名程度で、昨日も開催されているから予想外に人気だ。参加者は女性と子どもが数名で、あとは30代から60代の男性が中心だ。イベントの内容上、他のイベントで見かける撮り鉄風の人はほとんどいない。

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講座はここから5分ほど歩いた新潟支社で行われる。真新しいビルでそこの2階にある大会議室が会場だ。最初に担当者の紹介があったが15名くらいいて力の入れ具合が分かる。担当者は主にモビリティサービスユニット(輸送計画の策定を行ういわゆるスジ屋)と指令・サービス品質改革ユニット(運行管理・運転整理等を行ういわゆる列車指令)の部署の人が中心だ。

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講座はまずスジの見方から始まる。新潟支社では2分毎に時間軸が引かれている2分目ダイヤを使用している。首都圏などではさらに細かい1分目ダイヤになっている。新潟支社では新潟駅を縦軸のいちばん上に表記しており、結果として上り列車が右肩下がりになるダイヤグラムとなっていて、下り列車が右肩下がりになる東海道線などとは正反対だ。

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列車のスジは基本的に時間軸(横軸)の数字を読み取って判断するが、ダイヤが15秒単位なのでそれを示す刻み(新潟支社ではそう呼ぶが他の支社ではヒゲと呼ぶところもある)という記号が付されている。だから単に時間目盛りを読むだけでなく、そこに付されている「刻み」を一緒に読み取らないと正しい発着時刻が分からない。

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この刻みが表記されている定規を参加記念品としていただいたが、慣れないうちはこれを見ないと時刻が分からない。

特急、普通、回送、貨物などによりスジの太さや破線の有無があり、また通過や運転停車も記号によって判断する。また駅・信号場は実線、停留所は点線で示すルールなどもある。

最初に基礎知識の習得があり、それが終わると練習問題があり、事例に基づき実際にスジを引いてみる。それがこちら。

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2024年6月29日 (土)

ダイヤ作成講座(とき305号)

中央線のエアセクション停車で冷や汗をかいたものの無事新幹線に乗り換えられ、7時48分発のとき305号に乗車する。

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株主優待券が余っていたのでグリーン車利用である。E7系のグリーン車に乗るのは初めてだ。

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格子柄の入った紺色のシートでE5系や東海道新幹線などとは異なるコンセプトのようだ。シート下に照明が付いていて通路を照らしているのも他ではみない設備だ。

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シートの肘掛け部分には持ち上げ式のドリンクホルダーが付いていて、JR西日本らしさを感じる。

コンビニのおにぎりで軽い朝食を取るうち大宮に到着した。大宮で多少乗ってきたもののグリーン車は半分くらいの乗車だ。晴れていれば左側に富士山も見えるが、今日はあいにくの曇り空で、夕方には雨の予報になっている。熊谷、本庄早稲田を通過して高崎に8時36分に到着。ここから先は各駅に停車していく。先日北陸新幹線の延伸部分の各駅を乗り降りした時に感じた駅舎やホームの豪華さは上越新幹線には感じられない。ホーム床面はコンクリート打ちっぱなしで、ホーム上の待合室も部屋があるだけといった印象だ。赤字国鉄の末期に完成したから仕方ないのだろう。

浦佐、長岡、燕三条では自由席付近に行列ができていて新潟に向かう人が多いようだ。定刻9時51分に新潟駅に到着した。

2024年6月28日 (金)

ダイヤ作成講座(エアセクション停車)

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JR東日本新潟支社から「ダイヤ作成講座&臨時列車乗車体験in信越本線」と題するツアーが発売された。鉄道ダイヤの作成やダイヤグラムの見方を勉強するとともに、実際に臨時列車のスジを作り、その列車に乗ってみるツアーになっている。さらにその臨時列車が新津駅の引き上げ線に入るので、私としてはこちらの方が見逃せない。このツアーは昨年も開催されたが、その時は風邪をひいてしまい参加できなかった。人気があったらしく再び開催が決まり私としてはとてもうれしい。開催日は5月19日の日曜日で、新潟まで日帰りで行ってくることにした。

まず新宿7時12分発の快速東京行きに乗車する。日曜の早朝なので客は少なく立っている人はいない。御茶ノ水を定刻に出発し少し加速したとたん非常ブレーキがかかり車内灯が消えた。非常ブレーキは時々経験するが車内灯まで消えたことはない。これは大事になるかもしれないと緊張する。すぐに車掌のアナウンスがあり、異常を知らせる信号を受信し緊急停車したとともに、エアセクションに停車中であることが告げられた。エアセクションは変電所の受け持ち範囲の境い目にあるところで、電位差が生じているので対応を誤ると架線が溶断して復旧に長時間を要する。今までにも桜木町や大宮で大規模な輸送障害を引き起こしたことがある。停電したのは運転士がパンタグラフを下ろしたからと思われ初動対応は問題ないようだ。しかし東京駅での乗り換え時間が20分ほどしかないから今後の対応が非常に心配である。一般にエアセクションに停車すると指令とのやりとりやパンタグラフの位置確認で最低でも20分は要すると言われているので乗り換えは絶望的だ。

心配な気持ちで待っていると再び放送が入り、非常無線は京浜東北線であり中央線に影響はないこと、エアセクション外に移動するための点検を行なっていることが伝えられた。車内灯も復旧したからエアセクション外にあるパンタグラフを上げたのだろうか。私は後ろから2両目に乗っていたので運転士の様子は分からなかったが、通常は車外に出てパンタグラフの位置を確認しているはずである。

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100mくらい移動し旧万世橋駅付近でいったん停車した。再び安全確認を行い、運行が再開された。この間約6分で予想外にスピーディーだった。車掌の放送も分かりやすかった。運転士、車掌の連携も良かったのだろう。その後東京駅まで問題なく運行し新幹線の乗り換えも余裕でできてホッとした。

2024年6月27日 (木)

東西線運休激安乗り歩き(書泉グランデ)

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大機関車展の見学を終えて神保町の書泉グランデに向かった。書泉グランデの鉄道書コーナーは以前は6階と5階の2フロアを使用していたが、いつのまにか5階だけになっていた。しかも鉄道グッズのコーナーが半分くらいを占めていてだいぶ構成が変わってきた。さらに驚いたのが鉄道紀行文学の最高峰に位置付けられる宮脇俊三さんの著作が文庫本だけわずか10冊程度しか置かれていないのだ。紙媒体の鉄道書が衰退しネットから情報を得る時代になったが、鉄道書のバイブルとされる宮脇俊三さんですらこの状況だから種村直樹さんの著作などは見つけることはできなかった。

私は今回「北海道の簡易軌道」を購入した。簡易軌道は北海道の開拓に大きく寄与したにもかかわらず資料が少ない。以前「釧路・根室の簡易軌道」という著作があったが、今回は北海道となっており、道北の歌登町営軌道や道央の当別町営軌道なども取り上げられていて読み応えがあった。また実際に簡易軌道の跡を訪ねる場合に便利な探訪ガイドもついており、遺構散策にも役に立ちそうだ。これを手に散策に出たくなる内容だ。

今日は東京メトロ東西線の運休に関連しての普段は乗れない渡り線や逆走運転などを体験でき、しかも割安な運賃で移動ができて、収穫の大きな一日だった。これで「東西線運休激安乗り歩き」を終わります。

2024年6月26日 (水)

東西線運休激安乗り歩き(大機関車展)

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竹芝で東海汽船の御船印をゲットし、次は旧新橋停車場鉄道歴史展示室に向かった。ここでは現在企画展「大機関車展」が開催されている。かつての鉄道車両は機関車が牽引するものが大半だったが、その後電車、ディーゼル車の進展で活躍の場が狭まり、現在は貨物列車の牽引が主になっている。その機関車も動力が蒸気から電気、ディーゼルに移っている。そういった過去からの流れを写真と資料で概説したのが本展示だ。DD51機関車の取り扱い説明書などもあり貴重な資料が多かった。

かつては日本の石炭消費の3割を国鉄が占めており、国鉄の電化を推進することにより、貴重な石炭を他産業に回し、日本の戦後復興につなげるという政策があったようだ。

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そんな展示を身終えて1階に降りると伊藤園のおーいお茶ミュージアムというのができていた。以前は銀座ライオンのレストランがあったところで長らく空きスペースになっていた。

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ここではおーいお茶の歴史を知ることができ、おみやげコーナーなども併設されている。おーいお茶は夏場に売り上げが落ちるお茶を冷やして販売することにより売り上げアップにつなげようとするのが狙いだったが当初はまったく売れなかったらしい。

2024年6月25日 (火)

東西線運休激安乗り歩き(東海汽船御船印)

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 ジールの御船印収集を終えて、次の目的は東海汽船の御船印である。天王洲アイルから大崎経由で浜松町まできた。これも振替輸送の範囲だ。浜松町駅から10分ほど歩いて竹芝の客船ターミナルに到着した。

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 ここでは10種類くらいの御船印が用意されていたが、私はご来港記念のシンプルなものにした。

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 ここでは書き置きだけでなく、その場で書いてくれる御船印もあるようだ。

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12時過ぎに着いたが、この時間帯は客船の発着がなく、ターミナル内は閑散としていた。ここからは伊豆諸島や小笠原諸島行きに船が発着しており、今回は御船印の収集だけだが、いつかはここから島々に行ってみたいものだ。

2024年6月24日 (月)

東西線運休激安乗り歩き(ジール御船印)

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宗谷の御船印を購入し東京テレポート駅に戻る。途中にガンダムの立像があり大勢の人が撮影していた。

次の目的は天王洲アイル駅そばのジールという観光船の御船印になる。ジールはクルーズ船で東京湾観光を行なっている会社だ。

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船着場にはクルーズ船が3艘ほど係留されている。御船印は乗船窓口ではなく隣接するレストランで発売されている。

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レストラン内はおしゃれな雰囲気でランチを楽しむ客が数組いた。そんなお店で御船印だけを買うのは少々場違いな感じだった。

2024年6月23日 (日)

東西線運休激安乗り歩き(南極観測船宗谷御船印)

葛西駅渡り線の乗車を終えて西船橋駅に戻ってきた。今日の乗り鉄の予定は全て終了したのだが、この後都内で鉄道関係の予定をいくつか済ませたいと思っている。まずJRとりんかい線を乗り継いで東京テレポート駅までやってきた。この区間もメトロの振替輸送の範囲内なので24時間券で乗車できる。りんかい線利用者でメトロ運休の影響を受ける人などごく少数だろうが手厚い保護がなされている。

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テレポート駅から15分ほど歩いて南極観測船宗谷までやってきた。

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 ここで初代宗谷がモチーフになっている御船印を購入する。宗谷の内部は無料で見学できるので中に入ってみた。宗谷は1938年(昭和13年)日本海軍の軍艦として建造され、戦後は引き揚げ船・灯台補給船として活躍した後、1956年(昭和31年)初代南極観測船となった。南極に置き去りされたカラフト犬タロとジロの実話にも出てくる船として知られている。

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船室は乗る人の階級に応じて個室、2人部屋、4人部屋などになっている。2人部屋、4人部屋は2段ベッドになっているが、ベッドの高さはかなり低く、旧型の3段式B寝台よりも低く見えた。ベッドの下に引き出しが付いているのでスペースを取るからだろう。その他、食堂や浴室、医務室などがあるがどれも非常にコンパクトに作られていた。船体も意外と小さく、2月に乗船した桜島フェリーくらいの大きさに感じた。こんな船で太平洋を縦断して南極まで行ったかと思うと相当に困難な航海だったことは容易に想像が着く。当時の観測員の苦労が偲ばれるし、それにもめげずに観測に従事した人々の強い意志に感動する。

2024年6月22日 (土)

東西線運休激安乗り歩き(葛西駅渡り線)

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 葛西・西葛西間の単線運転を体験した後、続いて葛西駅東方にある渡り線に乗車した。葛西駅は2面4線構造の駅で東方には通常は使用されない渡り線がある。今回の工事に伴い、この渡り線を使用して折り返し運転を行っている。

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運転席後方に陣取り、前方を注視する。

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B線を逆走し片渡りの分岐器を通過した。

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 乗ってしまえば大したことはないが、めったにできない貴重な体験である。1_20240516101701

この渡り線は事故などの折り返し運転の場合にも使用されるようだ。

2024年6月21日 (金)

東西線運休激安乗り歩き(単線運転)

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東海神から戻り、西船橋で東西線に乗り換え、葛西に向かう。ホームの自動放送ではちゃんと葛西行きであることを放送している。葛西駅に到着し、西葛西行きに乗り換える。葛西・西葛西間は折り返し設備の関係で単線運転を行う。東行き線路(A線)を使用して1編成が往復運転する形態だ。そのため西行きは右側通行となる貴重な運転方式だ。

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 一駅区間だけの単線でしかも1編成の電車しか運転されないので衝突事故の恐れはないはずだが、運行上の決まりでタブレット(スタフ?)を用いて安全運行を確保している。西葛西行きの電車となるが、液晶ディスプレイは西葛西の行き先は表示できないようでブランクになっていた。

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 発車時刻になるとホーム端にいた助役の指示で別の社員が青旗を降って出発の合図を行った。車内にも運転士の他にもう1名乗車している。

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発車するとA線を逆走する。速度は通常よりも低い運転で3分ほどで西葛西駅に到着した。これで単線運転体験は完了である。

運転士は折り返し運転のため速足でエンド交換を行った。帰りは運転席から車上信号のベル音が聞こえたからATCによる通常の運転が行われているようだ。速度も往路より速かった。

2024年6月20日 (木)

東西線運休激安乗り歩き(西船橋駅8番線)

JR線で西船橋に到着し、JR改札を通る。JR側の改札にもスタッフと表示されたベストを着用した係員が大勢いる。メトロ24時間券を見せると丁寧にお辞儀をしてくれて、改札を出させてもらった。

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東西線の工事に伴い東葉高速鉄道はメトロとの直通運転を行わず、全列車が西船橋折り返しとなっている。その関係で下り電車は通常5・6番線から発車するところ、今回だけ上り7・8番線から発車する運用となっている。この運用は最初見過ごしていたが、乗り鉄仲間のTさんからの情報で知った。西船橋駅利用者には工事についてかなり前から周知されており、大きな混乱はなさそうだ。ただ外国人観光客がスタッフに質問しており、ただでさえ難しい説明を外国語で行うのは大変だろう。

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8番線を発車すると左へ左へと分岐していく。

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左の線路がこれから進入する線。右が行き止まりの引き上げ線。

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 赤線の通り進行し、次の東海神で下車し西船橋に戻る。この区間も振替輸送の対象になっている。

2024年6月19日 (水)

東西線運休激安乗り歩き(メトロ24時間券で乗り鉄)

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新横浜駅1番線発の電車に乗車し、その電車で目黒までやってきた。これから東西線工事に伴い使用される葛西駅渡り線に乗車しに行く。工事運休に伴って振替輸送が行われるのだが、その範囲がかなり広くなっている。都営地下鉄全線、周辺のJR、東葉高速鉄道全線、りんかい線全線、さらに西武鉄道所沢駅までなどが対象になっている。振替輸送は乗車券、定期券以外に24時間券も対象となる旨告知されている。600円の東京メトロ24時間券を購入すればかなり広範囲が乗り放題になるわけだ。西武鉄道の所沢駅周辺の人が今回の工事の影響をどれだけうけるかは疑問だが、中途半端に設定するとそれはそれで苦情も多くなるから大盤振る舞いの対応もやむを得ないのだろう。

私は目黒から西船橋までJRで行くが、これもメトロ24時間券で乗車可能である。JRの駅員に「東西線の振替乗車です」と言って改札を通してもらった。

結局この日は東京メトロは504円分しか乗らなかったがJR1,056円、東葉高速鉄道420円、都営地下鉄618円、りんかい754線円で合計3,352円分乗車できた。タイトルに激安となっているのはそのためである。

2024年6月18日 (火)

東西線運休激安乗り歩き(新横浜駅1番線)

東京メトロ東西線南砂町駅を2面3線化する工事の関係で、5月11日と12日に東陽町・葛西間が運休となった。その際、葛西駅で通常使用されない渡り線が使用されたのでこの様子を見て来るのを主目的に都内を乗り歩いてきた。

まず最初の目的は相鉄東急新横浜駅1番線から上り方向への渡り線乗車だ。新横浜駅は2面3線構造で上り電車は基本的に3番・4番線から発車するのだが、1日に数本1番線から発車する電車がある。そのうちの1本が早朝6時24分発の西高島平行きである。

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それに乗るため大和駅5時53分発の新横浜行きに乗車する。大和駅にはロマンスカーMSE塗装の自販機が設置されていた。6時16分に新横浜駅中線の2番・3番線に到着した。上り電車が中線に入る運用も少ないので貴重だ。この電車は折り返し6時22分発の湘南台行きになる。この電車が中線を占領しているので、これから乗る上り電車が1番線から発車することになっている。新横浜駅に到着すると進行右側のドアが開いた。上り電車が中線に入る場合緩急接続が行われるので進行左側のドアが開くのが一般的である。これから乗る電車が1番線から発車するので同じホームで乗り換えられるありがたい配慮だ。

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6時24分に新横浜駅を発車。

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画像では分かりにくいが日吉方にある渡り線を通過した。

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配線図で示すとご覧の通りだ。右側が日吉方面になっている。これでまず一つ目の目的を達成した。

2024年6月17日 (月)

回転寿司の分岐器

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回転寿司のスシローに行って来ました。最近の回転寿司はレーンを回っているものを取るのではなく、タブレットで注文したものが届くシステムになっています。

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鉄道の線路を思わせる分岐器があってポイントが自動で転換し、自分の注文したものだけが自分のテーブルに届きます。

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ポイントの動作は素早く正確です。

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自分のテーブル前は引き込み線のような行き止まり式で取り損ねる心配はありません。

2024年6月16日 (日)

京王レトロヘッドマーク記念乗車券

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京王電鉄から「令和6年6月6日京王レトロヘッドマーク記念乗車券」が発売されました。6並びを記念した乗車券であるとともに、6つながりで6000系の懐かしいヘッドマークがデザインされています。6000系は1972年のデビューで、当時京王線沿線に住んでいたので私にとって思い出深い車両です。それまでの5000系がパノラミックウインドウと呼ばれる曲線で構成された前面デザインだったのに対して、6000系は直線で構成された角ばった車両で対照的でした。当時の京王帝都電鉄は週末やシーズンにヘッドマークを掲げて運行することが多く、「迎光」「陣馬」「高尾」など懐かしいです。合計6000部限定発売で売り切れが心配だったので、橋本駅に発売30分前に行ったところ3番目で無事購入できました。

2024年6月15日 (土)

明智平ロープウェイ

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中禅寺湖近くの明智平ロープウェイに乗ってきました。運行開始から90年も経つ歴史があるロープウェイです。東武グループの運行なのでスペーシアXの塗装になっています。

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明智平と山上駅を結ぶ3線交走式のロープウェイで、距離0.3km、高低差86m、所要時間3分です。

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山頂駅に到着すると展望台があり、中禅寺湖と華厳の滝が見えます。今年は中禅寺湖の水位が低く、滝の見ごたえは今ひとつでしたが、それでも雄大な眺めが展開しています。

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明智平駅の近くに東武日光鋼索鉄道線(ケーブルカー)の駅跡がありました。明智平と麓の馬返駅を結んでいたケーブルカーでしたが、いろは坂が上り下り別ルートになり車での利便性が向上したことなどにより1970年に廃止されました。距離1.2km、高低差420m、361‰の急勾配でした。

2024年6月14日 (金)

東武ワールドスクエア

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東武ワールドスクエアに行って来ました。世界の建造物を25分の1のスケールで再現したミニチュア博物館です。入り口を入るとまず東京駅があります。東武ワールドスクエアは1993年の開業で、その当時の東京駅は2階建てでしたが、ここの東京駅は復原後の丸型ドーム、3階建て駅舎です。

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東京駅の裏手には中央線ホームと東北新幹線ホームが再現されています。中央線は201系、東北新幹線は200系の模型が運転されています。

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こちらは架空の町並みゾーンでスペーシアXとSL大樹が走行しています。

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ワールドスクエア入り口前にはSLワイパウ号が静態保存されています。こちらは1897年製造でハワイの製糖会社などで使用された後、栃木県のウエスタン村で運行されていましたが、東武ワールドスクエア駅開業に伴い現在地で展示されるようになりました。カウキャッチャーが付いたアメリカンスタイルのSLです。

2024年6月13日 (木)

界鬼怒川スロープカー

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栃木県の鬼怒川温泉に行ってきました。泊まったのは星野リゾートの界鬼怒川というホテルです。ホテルのエントランスからフロントまで急坂なのでスロープカーが設置されていて宿泊者が無料で乗れます。

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乗車時間が短いので座席はありません。詰めて乗れば6人くらいは乗車可能です。

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ホテルの担当者は同乗せず、自分でボタンを押すと自動で運転が始まります。スピードは極めてゆっくりで歩きより遅い感じです。

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線路脇には作業用の通路が設置されています。地形に応じて勾配が変わり、水平区間もあります。

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木立の中をゆっくりと上って行きます。

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最後はかなりの急勾配になりましたが、それをものともせず力強く上って行きます。

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所要時間は2分ほどでフロント前に到着しました。宿泊者だけが体験できる貴重な乗り物でした。24時間いつでも利用できるとのことでした。

2024年6月12日 (水)

西日本レア鉄道乗り歩き(帰り)

マインロードトロッコに乗り終えて、尾小屋での体験は全て終わった。その他にもNPO法人カラミの街保存会による尾小屋の街歩きなども行われていて、そちらも人気があり20名くらいが参加されていた。カラミとは銅を生成する際に発生する副産物で、これを利用して瓦などが生産され、それが利用されている尾小屋の街並みを見学するイベントだ。しかし私はそちらには興味がないのでTさんとともに尾小屋を後にすることにした。

ゴールデンウィーク中ではあるものの、このあたりの道路は渋滞もなく、30分ほどで小松駅に戻ってきた。カーシェアのレンタカーを駐車場の所定の位置に戻し返却手続きは完了となる。料金はスマホに通知が来てカード決済される。料金は2,800円と安く、これをTさんと割り勘にさせていただいた。

小松駅の新幹線口はコマツの杜が広がる整備された駅前だが、かつては尾小屋鉄道と北陸鉄道小松線があるだけのローカルな駅前だったと思われる。私は尾小屋鉄道には乗ったことがないが、北陸鉄道小松線には1984年に乗車した。ただ当時の記憶を呼び起こすものは全くなかった。

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小松発11時30分のつるぎに乗り、次の金沢でかがやきに乗り換えて家路に着いた。かがやきはゴールデンウィーク中にもかかわらず、乗客は半分も乗っておらず意外さに表示抜けした。車中で昼からビールを飲んで、2日間のレア鉄道乗車を振り返りながらいい気分になって眠りながら東京に向かった。

2024年6月11日 (火)

西日本レア鉄道乗り歩き(マインロードトロッコ)

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キハ3や鉱山電車の乗車を終えて、マインロードトロッコの乗り場にやってきた。尾小屋鉱山の坑道は徒歩で見学できるのだが、その通路に線路を敷いてバッテリーカーが走れるようにしたのがマインロードトロッコだ。

車両はバッテリー車を先頭に客車1両、鉱石車1両で1便あたり5人程度しか乗れない。後部の鉱石車は鉱石を積む車両なので座席がないので人気がない。我々は早く乗りたいので鉱石車に乗せてもらった。

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係員に「ご安全に」と声をかけてもらいながら坑道に入っていく。

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バネもない台車なので乗り心地はすこぶる悪い。坑道のところどころには鉱石の採掘の様子などを示す展示がある。坑道の天井は鋼材で覆われているが時折り水滴が落ちてくる。

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120mほど走ると終点に着き、ここですぐ折り返す。

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往復約3分で入り口に戻ってきて、マインロードトロッコの乗車は終了した。

2024年6月10日 (月)

西日本レア鉄道乗り歩き(尾小屋ポッポ汽車展示館鉱山電車)

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キハ3の乗車を終えて次は鉱山電車に乗る。鉱山電車は前回きた時にはなかったので今回が初乗車になる。しかも通常は園内を半周するだけだが、年に2回だけ周回運転を行うことになっていて、ちょうど今日がその日に当たっている。担当者が普段はつながっていないレールを所定の位置に組み込んでいた。

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ちゃんと通過できるか試運転を行なっているところ。脱線することなく試運転は完了した。

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鉱山電車は2編成あり、もう1編成がちょうど留置線から出庫するところだった。同行者が頼み込むと運良くその出庫編成に乗せてもらえることになった。

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出庫編成はそのまま周回線路を1周してくれた。

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右奥の線路が先ほど乗車した留置線。

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乗り場に戻ってきてこれで鉱山電車の乗車も終了となったが、乗り場付近が行き違いができるように複線になっているので、反対編成にも乗車し、全線を完乗した。

2024年6月 9日 (日)

西日本レア鉄道乗り歩き(尾小屋ポッポ汽車展示館キハ3)

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マインロードトロッコの整理券を無事手に入れたので、トロッコの出発前に鉱山資料館に隣接している尾小屋ポッポ汽車展示館のキハ3の体験乗車を行なっておく。10時から1時間毎の運行になる。キハ3は以前乗ったことがあるので今回乗車する必要はないといえばないのだが、せっかく時間の余裕があるので乗っておく。屋根付きの展示スペースに3両設置されており、左からキハ3、ハフ1、5号機関車で、乗車できるのは左のキハ3だけである。

ところで前回乗った時は左から5号機関車、キハ3、ハフ1という並びで、機関車を左に移動させ、キハは移動させた機関車までの走行だった。今回は並びが変更になっており、前回走行できなかった車止めまで走行できそうだ。前回の記事はコチラ

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前回はシートが破れているところもあったが、今回は修復されており、色も変更されたようだ。

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10時になるとともに走行を開始した。距離は20mあるかないかといったところだ。昔の路線バスで見かけたような長いチェンジレバーを操作するマニュアルトランスミッションだ。車止めまで走行すると運転士は長いチェンジレバーを抜き取ってエンド交換した。

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短い区間であるが2往復してくれて、最後に乗車記念の硬券をいただいた。

2024年6月 8日 (土)

西日本レア鉄道乗り歩き(尾小屋鉄道資料館)

本日の予定は尾小屋鉱山資料館で開催されるマインロードトロッコの乗車だ。昨年から開催されているが、年2回しか乗れないレアイベントなのである。このトロッコに乗るには朝9時から配布される整理券を手に入れる必要がある。尾小屋は公共交通機関の便がなく、ここに行くにはイベント開催時に予約制で運行される連絡バスを利用するかレンタカーで行くしかない。連絡バスは尾小屋着が9時30分なので整理券が終了してしまう可能性がある。どうしようかと思案していたところ、昨日もお世話になった乗り鉄仲間のTさんがレンタカーで行くことが分かり、それに便乗させていただくことになった。

Tさんはタイムズカーシェアの会員になっていて、予約してある車を小松駅前のタイムズ駐車場で借り出した。スマホで予約し、専用ICカードを乗用車後部にタッチするとドアが開錠しすぐに車が利用できる仕組みで営業所での人手を介した手続きが不要でとてもスピーディーだ。利用時間で料金が決定され、ガソリン代込みになっているから満タン返しの必要もなくとても便利そうだ。ただ会費が必要なので利用頻度が低い場合は割り高になってしまう。

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小松駅から尾小屋までは渋滞もなく8時半には鉱山資料館に到着した。まだ資料館前には誰もいない。整理券は午前、午後各80枚との告知なので、まずは一安心である。先日の東武鉄道亀戸線120周年のイベントもそうだったが、こういうイベントは実際どれくらい人気があるかは来てみないと分からないことが多く、杞憂に終わることもあれば、開始前に並んでも間に合わないこともある。打ち合わせたわけでもないのに、9時を待つ間に知った顔がチラホラ現れた。やはり乗り鉄はこのイベントは見逃さない。9時になり整理券の配布が始まった。乗車開始は1便が10時だが、その他のイベントの兼ね合いから、10時15分の便を押さえた。

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尾小屋は江戸時代から歴史がある銅山の町で、明治になってから本格的な採掘が始まった。その銅山関連の資料を収めるのがこの銅山資料館だが、それとともに銅山輸送を担っていた尾小屋鉄道の資料も展示されている。

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尾小屋鉄道は1919年の開業で、新小松駅と尾小屋駅間の16.8㎞を結ぶ軌間762㎜のナロー鉄道だったが、尾小屋鉱山の閉鎖などで収支が悪化し、1977年には廃止となった。

2024年6月 7日 (金)

西日本レア鉄道乗り歩き(小松まで)

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 福井に19時26分に到着し、今夜の宿は駅前の東横インだ。ゴールデンウィーク期間中でなかなか予約が取れなかったが、前日に空きが出てかろうじて宿泊できることになった。

 駅前のホテルだがトレインビューは効かない。ただ通過する貨物列車の汽笛が時おり聞こえるからトレインサウンドホテルだ。

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 朝食は朝6時半から始まるので、6時25分ころ行ってみるとすでに20人くらい行列している。福井駅7時ちょうどの列車に乗る予定だから間に合うかどうか心配になる。ただここの朝食会場は工夫がされていて行列の割りに時間はかからなかった。一般にバイキングスタイルで料理を取っていく場合、料理のテーブルの前を客が一列になって順繰りに進んで行くものだが、ここは料理自体は一列に並んでいるが、料理をテーブルの両側から取れるようになっており、2列に並んで料理を取れるから実質的に2倍のスピードで人が流れていく。スペースの制約もあるから、どこでもこの方式というわけにはいかないだろうが、他でも見習ってもらいたい工夫だ。

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 福井から小松へはハピラインふくいで移動する。前回乗ったときはJR時代と同じ塗装の車両だったが、今回はハピライン塗装の新車に乗車できた。ラインカラーのピンクが印象的だ。休日の早朝なので客は少なく、2両編成で1両に10人も乗っていない。私は転換クロスシートの4人ボックスを一人で占領し、7時46分小松駅に到着した。

2024年6月 6日 (木)

西日本レア鉄道乗り歩き(福井まで)

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森林散策散策を終えて山頂からモノレール乗り場(上の平駅)まで斜面を下りていく。枯れ葉が多く滑りやすいので下りといえども気を抜けない。レールにつかまりながらゆっくり下っていく。

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モノレールは2両編成なので帰りは車両を変えて乗車し、私は後部車両に乗った。バックで下って山麓駅に戻りモノレール体験は終わった。ここからTさんの運転で日吉駅まで送ってもらい、17時04分発の列車に乗車した。日吉駅は民間委託駅でマルスによる乗車券の販売が行われていた。同行者はこの駅の窓口発行の切符を入手したいらしく、これから乗る切符を発行してもらっていた。私は切符は買わずにICカードで乗車した。

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日吉駅は列車交換ができる島式ホームだが、線形の関係で右側通行でホームに進入するようになっていた。構内踏切がある古めかしい構造だ。列車は2両編成で座席がほぼ埋まる混み具合だった。園部で快速に乗り換え、17時53分京都駅に到着。

 京都では18時07分発のサンダーバード32号に乗り換えた。ゴールデンウィーク中にもかかわらずサンダーバードは空いていて私の乗った4号車は客が4分の1も乗っていない。

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サンダーバードは京都を出ると敦賀までノンストップで走行し、19時01分、1分遅れで敦賀駅に到着した。ここから3階新幹線ホームまで移動となる。車内は空いていたが、それでも12両編成の列車が到着したからエスカレーターは乗り換え客で大混雑となった。その結果乗り継いだつるぎは定刻より1分遅れで敦賀を発車した。ガラガラのサンダーバードからの乗り換えですらこれだけ乗り換えに手間取るので、満員だったら果たして8分の乗り換え時間でさばききれているのだろうか。 

2024年6月 5日 (水)

西日本レア鉄道乗り歩き(府民の森 森林散策)

山頂駅に到着し、これでみかん山モノレールの乗車は終了だが、これから山頂付近の森林散策がある。このイベントは「モノレールで行く森林散策」というのがタイトルである通り、本来は森林散策が目的でそこに至る手段としてこのモノレールを利用するのだが、我々は手段と目的が逆になっている。

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山頂駅の上の平駅では森林散策の担当者が出迎えてくれていて、ここから担当者による案内が始まる。モノレールで上って来るほどの小高い山だが鹿による樹木の被害が大きく、鹿の背丈が届く範囲は葉が全て食べ尽くされ、幹だけになっている。これをベアラインというらしい。確かに地上1.5mくらいまでは先が見通せるほど避けて見える。ただシダ類などは鹿が好まないのでそのまま残っている。

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樹木の中には合体木と呼ばれるものもあり、2本の樹木の幹の部分が1本にからまっているのも多く見られた。

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そういった樹木の茂る山中を上って行く。枯れ草が降り積もったかなりの急斜面で、こんな山道を上るイベントとは想定していなかったのでかなり身体にこたえる。

ところどころ運休区間のモノレールのレールがあり、それを手すりのように利用して斜面を上って行く。こんな区間までモノレールの整備メンテナンスするのは大変だから、客を乗せられる区間が限定されているのもやむを得ないだろう。

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ようやく山頂に着いた。ここはふたつの村の境界になっていて、それを示す境界くいがあった。

担当者は熱心な方で樹木の成り立ちや維持に関する多くの話しをしてくれたが、基礎知識を持ち合わせない私は半分も理解できなかっただろう。

2024年6月 4日 (火)

西日本レア鉄道乗り歩き(府民の森モノレール)

帷子ノ辻駅の見学を終えて太秦駅から山陰線に乗って、14時54分に日吉駅に到着した。ここで乗り鉄仲間のTさん達と合流し、4人で車で府民の森に向かった。府民の森は家族連れがキャンプやバーベキュー、昆虫採集などの自然体験などが楽しめる施設なのだが、年1回この時期に新緑祭が開催され、その一環でみかん山モノレールに乗れるのだ。予約制だがTさんが15時30分の便を予約してくれている。

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ごらんのような広々とした公園で家族連れが休日のひとときを過ごすにはもってこいの場所のようだ。

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入り口から3分ほど歩いたところに乗り場がある。典型的なみかん山モノレールで4人乗りになっている。人を乗せて走るのは年1回らしいが、その他に山林の点検などで年10回ほど使用しているらしい。ただメンテナンス部品の在庫がなくなり、メーカーからはいつまで使えるか分からないと言われており、来年もこのイベントが開催されるかどうかは不確かだ。

受付で参加料200円を支払う。最近は万単位のイベントも少なくないからあまりの安さに驚いてしまう。ヘルメットを渡されて我々一同は乗車した。

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みかん山モノレールはディーゼルエンジンを動力とし、動輪の歯車とラック式レールを噛み合わせて斜面を上って行く仕組みになっている。レールは地面から30センチから50センチくらいのところに敷設されていて、こんな華奢なレールで横転しないかと心配になるが、地中深くまで杭が打ち込まれていてしっかり安定している。

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ガツンと衝撃がきて発車した。私は運転席直後の席だったのでディーゼルエンジンの排気ガスがモロに流れてきて、みかん山モノレールらしい。斜面をグイグイと上っていく。運転手も含めると成人男性5人の乗車なので合計体重はおそらく350kg以上で、それでこの斜面を上って行くのだから相当なパワーだ。勾配はかなり急で仰向けになるような感じで背もたれにからだが押し付けられる。最大斜度は39度で真上に向かって上っているような感覚にとらわれる。樹林の間を上っていき下界があっという間に遠くに見えるようになった。

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そんな状態が15分ほど続き終点に到着した。走行距離は約400m、標高差100m弱で、終点の先もレールは続いているが、この先はメンテナンスされていないので人を乗せて運行できないとのことで全線完乗できず少々残念だ。

2024年6月 3日 (月)

西日本レア鉄道乗り歩き(帷子ノ辻3番線)

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帷子ノ辻駅は2面4線構造で1番線が嵐山行き、2番線が四条大宮行き、3番線と4番線が北野白梅町行きになっている。このうちが3番線が切り欠きホームになっていて多客時のみ使用されている。3番線からの列車に乗ったことがあるかないか記憶がはっきりしないので、今回乗車することにした。この時間帯は3番線と4番線が交互に使用されているようだ。

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私は13時16分発の列車に乗った。3番線はバラストを入れ換えたようで新しくなっている。隣りの撮影所前まで乗って、歩きで帷子ノ辻駅に戻ってきた。歩いても2分くらいの距離しかない。

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帷子ノ辻駅には地下道があり、そこに昭和レトロ調の駅が再現されている。昔風の窓口や看板などがある。通常の出改札は別にあるので、こちらは展示だけで実際の駅としては利用できないのは少々もったいない。

2024年6月 2日 (日)

西日本レア鉄道乗り歩き(帷子ノ辻駅まで)

高師浜駅の趣きある駅舎を眺めてから、次の目的地である嵐電帷子ノ辻駅に向かう。そのまま高師浜駅から乗車しても良かったが、次の伽羅橋駅まで近いので一駅歩いてみた。

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高架下が遊歩道になっている。

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伽羅橋駅は高架下商店街があったが全て閉店しているシャッター商店街だった。あるいは駅の改装工事を行なっていたので、これから再開するのかもしれない。

伽羅橋駅11時19分発の羽衣行きに乗車。この駅からは20人くらい乗ったので意外と利用客が多いようだ。

羽衣、天下茶屋、淡路と乗り換え、淡路から阪急京都線特急に乗車する。混んでいたので先頭車で前面展望を楽しんだ。

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水無瀬駅手前では新幹線と並走する区間で、ちょうど運良く隣りを新幹線が駆け抜けていった。

西院で嵐電に乗り換え、帷子ノ辻駅には12時58分に到着した。

2024年6月 1日 (土)

西日本レア鉄道乗り歩き(高師浜線)

御崎公園の中線乗車を終えて、次に向かったのが南海高師浜線だ。高師浜線は羽衣・高師浜間1.4kmの支線で、羽衣駅付近高架化工事に伴いしばらく運休していたのだが、先月工事が完了した。羽衣駅付近が高架になったので乗りにきたわけだ。鉄道の高架化工事は至るところで行われているので、いちいちそれに付き合うことは難しいが、せっかく近くまで来たのだから乗っておきたい。

地下鉄ハーバーランド駅からJR神戸駅に出て、大阪、新今宮と乗り継いで、10時40分に羽衣駅に着いた。高師浜線ホームは本線上りホームの南端を切り欠くかたちで設置されている。

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「おかえり高師浜線」というヘッドマークを付けた2両編成の列車が待機していた。

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10時48分、真新しい高架橋を進み、本線を離れると右に旧カーブし、最初の停車駅伽羅橋(きゃらばし)に到着した。

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ここから先はバラストが古くなり、既存の高架線に接続した。高師浜線は伽羅橋から先はもともと高架だった。高師浜線に乗るのは約40年ぶりである。

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終点の高師浜駅は趣きある駅舎だった。著名な建築家の設計かもしれないと思って調べてみたが作者は不明だった。

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