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2024年3月

2024年3月31日 (日)

枇杷島分岐乗車体験の旅(枇杷島分岐入線)

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集合時刻から実際にイベント列車に乗れるまで1時間ほど時間があり、参加者からは不満が噴出していた。過去の経験から言うと名鉄、小田急は集合から出発までの時間が長い。一方近鉄はあらかじめ乗車券が送られてきて、直接列車に乗り込む方式なので自分のペースでやってくることができる。主催者側としては遅れてくる人を見越して集合時刻に余裕を持ちたいという気持ちは分かるがバランスも必要だ。実際この日も確信犯で遅れて来る参加者もいた。 

列車は6両編成で私は3号車を指定されている。乗り鉄仲間の人たちと4人でワンボックスを占領し、今後の乗り鉄予定を交換するうち、列車は下小田井駅を通過し、速度を落として右に分岐して枇杷島分岐線に入った。

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沿線にはこの列車の様子を撮ろうとする人たちが集結していた。 

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手動操作の踏切があり係員が待機していた。

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分岐線内の左側の線に停車した。走行ルートは以下の通り。

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2024年3月30日 (土)

枇杷島分岐乗車体験の旅(鵜沼連絡線)

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新鵜沼駅に着いたが、集合時刻まではまだ時間があるので、かつての鵜沼連絡線跡を歩いてみた。名鉄新鵜沼駅とJR鵜沼駅を結ぶもので、名鉄特急北アルプス号がここを通っていた。この連絡線は新鵜沼駅の手前で名鉄から分岐し、鵜沼駅の先でJR線に合流していた。78

廃線跡に明確な遺構はないが、緩やかな道路のカーブがここが鉄道線であったことを感じさせる。線路跡に沿って新しい住宅が多いから廃線後、整地され分譲されたのだろう。

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JRとの合流部分は鉄道柵が新しくなっていて、鉄道用地の幅も広くなっているので間違いないだろうか

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こちらは美濃太田駅に到着した北アルプス号。ここで特急ひだと連結して高山方面に向かっていた。かつて旅行した時に撮ったもの。

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鵜沼連絡線跡を歩いた後、新鵜沼に戻り、受付を済ます。駅前には参加者が大勢集結していて知った顔も多い。前回枇杷島分岐に乗った人はわずか3ヶ月で今回のイベントが開催されたことに困惑し、前回参加しなかった人はいずれ枇杷島分岐を完走する列車が運行されるに違いないと思っていたと得意になっていた。

2024年3月29日 (金)

枇杷島分岐乗車体験の旅(初めに)

名鉄観光サービスから「名鉄観光×名古屋鉄道 共同企画2月23日(金・祝)限定運行パノラマsuperが逆転編成で疾走!名鉄1200系貸切列車で行く枇杷島分岐乗車体験の旅」というツアーが発売された。枇杷島分岐乗車体験は昨年11月に乗車したことがある。その時は分岐点の中間で折り返したのだが、今回は分岐線を端から端まで走破することになっている。前回の時に分岐線全線を走破してくれればいいのにと思い、その思いを伝えていた乗り鉄もいたが、こんなにも早くその思いが実現した。うれしい気持ちもあるが、最初からそういうツアーにしてくれれば良かったと逆にくやしい思いもしてくる。せっかく乗ったことが報われない結果になってしまう。とは言うもののやはり乗らずにはいられない。と言うことで2月23日天皇誕生日に日帰りで出かけてくることにした。

新横浜6時18分発ののぞみ1号に乗車する。N700S車両だ。3連休の初日で普通車は満席だ。私は通路側C席に最後に残った1席をかろうじて予約できた。新横浜を出た時は雨で、予報では名古屋方面は曇りだったが、実際に来てみると雨だった。

名鉄に乗り換え、7時52分発の新鵜沼行き快速特急に乗車。名鉄名古屋駅は列車の発着が頻繁で2本の線だけでよくさばいていると感心する。アナウンスが途切れることもなく流れている。

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8時25分、新鵜沼着。木曽川にかかる鉄橋はかつては道路併用橋だったが、現在は隣に道路専用の橋ができて鉄道単独橋になっている。

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こちらは道路併用橋時代の写真。

2024年3月28日 (木)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(終わりに)

大阪南港で下船し、あとは自宅に戻るだけだ。行きは名阪国道経由だったので帰りは名神高速道路経由にしてみた。合流、分岐の多い阪神高速をカーナビの指示に従い車線変更を繰り返して進む。京滋バイパス経由で名神高速道路に出る。ところどころで渋滞があったものの多賀サービスエリアまで約2時間で到着した。ここでひと休みする。

岐阜羽島付近では新幹線と並走する区間に来た。新幹線に乗っていると名神高速の車をごぼう抜きにする区間だが残念ながら新幹線はやって来なかった。

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浜松サービスエリアで2回目の休憩を取る。ピアノの街らしくサービスエリアの建物も鍵盤をモチーフにしたものだった。

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ここで浜松餃子で昼食とした。

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このあと海老名サービスエリアでも休憩し自宅に戻った。

今回の旅では車の走行距離は1700kmに達したが、パワーのある車なので快適なドライブを楽しめ、疲れやストレスはほとんど感じなかった。また温泉や食事、廃線跡、船旅などを堪能でき大満足だった。しかし無事故無違反で帰ってくることができたのが何よりも良かった。今回行けなかった場所も多く、また次回フェリーでの九州の旅を楽しみたい。これで「さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅」を終わります。

2024年3月27日 (水)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(瀬戸内海)

部屋での食事で満足し、旅の疲れもあり、早めに就寝する。この船は瀬戸内海航路であるとともにLNG船なのでほとんど揺れずに進行している。

早めに就寝したが、スマホのアラームをセットして夜中に何度か目を覚ました。この船は瀬戸内海にかかる海峡大橋をいくつかくぐるのでそれを眺めておきたいからだ。橋の通過時刻は船内に掲示されている。まず23時24分頃しまなみ海道の来島海峡大橋をくぐる。橋はライトアップされておらず闇夜に溶け込んでいるようだ。

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続いて日が変わって1時34分瀬戸大橋をくぐる。右手には坂出の工場群が稼働しているようで煙突から煙が上がっているのがみえる。

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最後は5時15分に明石海峡大橋をくぐる。ここがいちばんスパンの長い橋だ。ここもライトアップされていない。

いずれの橋も夜間の航行なので、その勇姿をはっきり見ることはできなかった。昼間のクルーズがあればとても楽しいだろう。

大阪南港には6時35分定刻に到着。トラック優先で乗用車は最後の下船となる。7時過ぎに車両甲板に下りるようアナウンスがあった。自分の車で下船の順番を待っていると係員がバックするような仕草をしている。何だろうと思っていると、どうやら私の前の車の運転手がまだ戻っておらず、私にバックして横にずれてほしいという合図だった。

2024年3月26日 (火)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(さんふらわあくれない船内)

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船内にはレストランもあるが、お昼に田楽や焼きおにぎりなどを食べ過ぎて、まだおなかが空いていない。バイキングはひとり2,300円なので、そんなに食べられそうにない。バイキング以外にカレーやパスタのテイクアウトも取り扱っていたので、さんふらわあカレーを選んでみた。サラダ付きで700円だから良心的だ。受付で注文すると5分ほどでできあがった。

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スイートルーム利用者にはスパークリングワインが無料でサービスされている。売店で買ったおつまみとともに乾杯する。カレーもコクがありおいしかった。

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スイートルーム利用者限定の専用ラウンジもある。コーヒーマシーンとアイスクリームが置いてあり、自由に利用できるようになっていた。アイスは温泉旅館などにあるチープなアイスキャンディーではなく、森永のパルムでチョコ、ストロベリー、抹茶の3種類が選べる。一流ホテルから比べれば大したことのないサービスだが、フェリーでこんなサービスが受けられるのはぜいたくな気分になる。ラウンジから部屋に持って行ってもよく、実際ラウンジで飲食している人は見かけなかった。

2024年3月25日 (月)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(さんふらわあくれない乗船)

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別府観光港に17時30分に到着し、フェリーターミナルで受付を済ます。往復でさんふらわあを利用したので帰りの運賃が半額になる舟遊(しゅうゆう)割引が適用されている。

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平日なのでトラックが多く、当初言われていた18時になっても乗用車の乗船が始まらない。結局出港15分前の18時30分頃になり、ようやく乗船が始まった。船首部分から乗船し、船に入るとワンフロア下の階に誘導された。

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今回乗船したのは昨年3月に新造されたばかりのさんふらわあくれないで、国内初のLNG船である。液化天然ガスを燃料として動く船で環境にもやさしく、ディーゼルエンジンよりも振動が少ないらしい。

大きな吹き抜けを最上階まで上がって、8階にあるスイートルームに宿泊した。部屋の鍵はなく、乗船券に印刷されたQRコードをかざして開ける仕組みである。

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車両の積み込みに時間を要したので定刻より5分遅れて18時50分頃出航した。

2024年3月24日 (日)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(宮原線跡)

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宮原線の廃線跡沿いに進んでいくと、北里駅跡が現れた。ホーム1面のみの駅だ。ここは新千円札の顔となる北里柴三郎の生地として知られ、駅跡近くには北里柴三郎記念館もある。

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さらに進んで行くと町田駅跡が現れた。町田駅というと東京の町田駅を思い出すが、ここが元祖町田駅だ。

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駅名票も残っている。 

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ホームの裏手には階段があり、ここを上ってホームに出入りしていたのだろう。

廃線巡りをしているうちにフェリーの時間が迫ってきた。別府観光港発18時45分だが、その1時間前には到着する必要かある。すでに16時30分だが渋滞していなければ間に合うだろう。九重インターから九州横断自動車道に入る。渋滞はないものの霧で速度制限がかかっていたが、走行には支障のない程度の霧でホッとした。

別府湾スマートインターで高速を下りる。スマートインターを利用するのは今回が初めてだ。バーがふたつあり、それぞれのバーの手前で一旦停止する仕組みになっていて、ふたつ目のバーで料金が精算された。

スマートインターを出て別府の町までは10分ほど急勾配を下っていく。ハイブリッド車なので回生ブレーキが働き、車のバッテリーがすぐに満充電になる。インター付近には立命館大学がある。ここの学生は毎日この急勾配を上り下りして通学しているわけではその苦労が偲ばれる。

別府湾沿いに下りてきて、17時30分フェリー乗り場に到着した。 

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本日の走行距離は143km、平均燃費は19.1kmだった。

2024年3月23日 (土)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(肥後小国駅跡)

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田楽の里での昼食を終えて1時間ほど走って着いたのが道の駅小国だ。ここはかつて国鉄宮原(みやのはる)線の終点肥後小国駅があったところである。宮原線は久大本線の恵良駅から分岐し肥後小国駅に至る26.6kmの線で、私は1984年10月に乗車したが、その乗車している車中で車掌からその年の12月に廃線になることを知らされた。秋の夕暮れをのんびり走る列車が印象的だった。

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道の駅には線路と駅名票が残されている。

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こちらが私が乗車した時の肥後小国駅。遺構とは雰囲気も違うので当時とは場所が少し違うかもしれない。駅前にタクシーが停車しており、ここから黒川温泉などに向かう客もいたのだろう。黒川温泉は今でこそ熊本を代表する人気温泉だが、当時はひなびた温泉地だったようだ。

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肥後小国駅跡から車を進めると幸野川(こうのがわ)橋梁が見えてきた。シンプルなデザインの6連アーチ橋で、戦時中に建造されたため鉄筋ではなく竹筋が使用されているらしい。しかし廃線から40年ほど経つのに意外としっかり残っている。

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橋梁部分も含めて廃線跡を歩ける区間もあるが、歩行は自己責任で行うようにとの看板があり万が一に備えて写真を撮るだけにとどめておく。

2024年3月22日 (金)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(高森田楽の里)

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高森湧水トンネル公園の見学を終えて、お昼になったので食事にしようと思う。今日が九州最終日で、それまでの昼食はスーパー、コンビニで買ったものや嘉例川駅の駅弁だったので、ちゃんとしたものを食べておきたい。ネット情報を元に、トンネル公園から10分ほど走ったところにある「阿蘇高森田楽の里」に行ってみた。本館は満席で、離れに案内される。平日なのに観光客が多く、駐車場もほぼいっぱいだ。外国人観光客もチラホラ見える。

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田楽は高森の郷土食で、豆腐、しいたけ、鶏肉を囲炉裏端に刺して炭火で焼いて食べる仕組みである。味噌や柚子味噌を田楽に塗って食べてみる。肥後赤牛の肉も追加した。焼きおにぎりはセットで元から付いている。

すっかり満腹になり、運転もしたくない気分だが、今日は夜に別府港からフェリーに乗るのでゆっくりもしていられない。

ここからまず道の駅小国を目指す。阿蘇を南北に横断する形で北へと進路を取る。阿蘇の山々は、樹木に覆われているところと草原の部分があり、草原の部分は現在は枯れた草が茂っているので遠目には土が露出しているように見えるのが特徴だ。

阿蘇周辺は午前中は晴れていたが、午後から曇り空になり、晴れていれば絶景が広がっていると想定されるところで視界が広がらず残念な思いで通りすぎる。

2024年3月21日 (木)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(高森湧水トンネル公園)

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道の駅でおみやげなどの買い物をして、次に向かったのが高森湧水トンネル公園である。ここ高森と県境を超えた高千穂とは鉄道で結ぶ計画があり、実際にトンネル工事も始まった。しかし異常出水に見舞われ工事が中断し、その後国鉄再建法の関係で工事自体が凍結されてしまった。そのトンネルが現在では観光用に残されて内部が見学できるようになっている。入場料は300円である。

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トンネルは建設から50年くらい経過しているが状態は良い。トンネル内には地元の幼稚園や団体によるイルミネーションが施されている。私としては純粋にトンネルを見学したいのだが、それでは退屈する人もいるのだろう。

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中央部に水路があり、水流は速い。鉄道トンネルなので勾配は緩やかだが、毎分32tの出水なので水量も豊富で、もし転落したら流されて命を落としかねない。安全柵など何もないので慎重に進んでいく。

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水車が設置されてマイクロ水力発電の実験も行われている。その隣りの壁にはウォーターパールというものがあり、壁から飛び散る水滴が光の加減で空中で止まっているように見える。

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入り口から500mほどのところでトンネルが行き止まりになり、ここから湧水が湧き出ている。湧水をさわってみると意外と温かかった。地下水なので温度の変動が少ないのだろう。

実際のトンネルは入り口から2,000mほど掘り進められたが、中を歩けるのはここまでである。ここは今まで歩いた廃線や未成線のトンネルでいちばん状態がよく、歩きやすいトンネルだった。

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高森駅とトンネル公園の位置関係からすると、もし未成線が完成したら、高森駅の位置を変更しないと高千穂方面に進めない線形になっていた。

2024年3月20日 (水)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(道の駅あそ望の郷くぎの)

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いよいよ本日が九州最終日になる。長いようであっという間の5日間だった。まずホテルから5分ほどのところにある道の駅「あそ望の郷くぎの」に立ち寄る。広い駐車場を備えていて、阿蘇五岳が一望できる絶景スポットだ。

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2月にもかかわらず、気温はそれほど低くなく、セーター1枚でも大丈夫だ。

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雄大な景色で身も心も安らいでくる。定年後はこんなところでのんびり過ごしたいものだ。

道の駅ではみやげ物の他に地元農家生産の野菜などの品揃えも充実していて、ここでいろいろ買い物をして車のトランクに詰め込んだ。おみやげの量や重さを気にしなくて済むので車の旅はこういう時に便利だ。

2024年3月19日 (火)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(南阿蘇温泉ホテル夢しずく)

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今日の宿は高森駅から車で20分ほどのところにある「ホテル夢しずく」である。本日の走行距離は153km、燃費18.7kmだった。

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阿蘇は熊本県を代表する温泉地であるものの温泉街を形成するというより、各所に温泉が点在している形態である。このホテルも単独でポツンと存在している。

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本日も昨日に続き露天風呂付きの部屋に宿泊した。部屋に露天風呂があると大浴場に行かなくても、サッと入れるのでとても楽だ。

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夕食は和食のコース料理で、アルコールが1杯無料になっている。昨日まで焼酎などを飲みすぎたので、今日は中生だけで我慢する。

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翌日の朝食では目玉焼きを自分で作るスタイルだった。左側の蓋は阿蘇の火山を象徴している。焼き上がると頂上から湯気が吹き上がる仕組みでとてもおもしろい。

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ホテルからの朝の眺め。雲海が見られた。

2024年3月18日 (月)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(南阿蘇鉄道鉄印)

御代志駅の線路移設区間の乗車を終えて鉄印収集のため南阿蘇鉄道の高森駅に向かった。高森駅に向かうルート上で、菊陽町に新しく建設されたTSMCの工場前を通過する。台湾の半導体メーカーの熊本工場で、日本の半導体生産力の向上が期待されている。畑の中に突然現れ、その規模の大きさに驚かされる。周辺の道路は片側1車線の県道で、工場が本格稼働したらこんな細い道路で大丈夫なのかと不安になる。

大雨が降りしきり、立野駅付近では霧が垂れ込めて視界が30mくらいしかない区間もあった。私の車には障害物を検知して非常ブレーキがかかる機能があるので、霧の中でも先行車に追突する心配はないのだろうが、後続車に突っ込まれる心配もあり、慎重に運転していく。

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御代志駅から約1時間で高森駅に到着した。駅舎は建て替えられていて前回の面影は全くない。その時の記事はこちら。http://mktabi.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/2013in-b32b.html

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駅舎の中にはみやげ物屋を兼ねた切符売り場がある。ここで鉄印を購入する。いくつか種類がある中で私が選んだのは全線運転再開記念の鉄印だ。南阿蘇鉄道は熊本大地震の影響で一部区間が長らく運休していたが、昨年復旧した。今回は復旧区間には乗車しないが、いずれまた乗りに来たい。

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高森駅構内は車両基地を兼ねている。ここから出庫する列車に乗れるイベントが過去にあったので復活してくれることを期待する。

2024年3月17日 (日)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(御代志駅線路移設)

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肥薩おれんじ鉄道の鉄印を収集した後、次に向かったのが熊本電鉄の御代志駅である。御代志駅は熊本電鉄の終点駅だが、駅周辺の区画整理の関係で駅が移設されるとともに、営業キロが0.2km短くなった。距離が短くなったのは残念だが、線路の移設を伴うものなので私としては乗り直しておく必要がある。

前に来た時は道路の脇にホームが1面あるだけの簡易な構造だったが、現在はバス乗り場、タクシー乗り場、送迎車用駐車場などが整備されて以前の面影はまったくない。

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駅舎の入り口にICカードの簡易端末が設置されていて、乗車時はここにタッチし、降車時は車内で運賃精算機にタッチする仕組みのようだ。ホームは1面1線構造だが、ホームの片面にもう1本線路が敷けるスペースが用意されていた。

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12時41分発の藤崎宮前行きに乗車。真新しいバラスト上を進んでいく。

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最初の停車駅再春医療センター前に停車。駅間はわずか0.4kmだ。

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まだ線路移設区間が続き、次の熊本高専前の手前でようやく旧線に合流した。0.6kmほど新線区間が続き意外と乗りでがあった。

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ホームの前は県道でひっきりなしに車の通行がある。

2024年3月16日 (土)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(肥薩おれんじ鉄道鉄印)

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九州4日目の朝を迎える。昨日までは天候に恵まれたが、今日は朝から激しい雨が降っている。まず肥薩おれんじ鉄道の鉄印収集のため八代駅に向かう。人吉インターから九州自動車道に乗る。インター入り口には高速バスの乗り場があり、10人ほどの客が待っていた。現在人吉への鉄道は全て不通になっているため、遠くから公共交通機関で人吉に来るには高速バス以外手段がない。しかも高速バスはインター入り口でのみ乗降を扱い、人吉駅や市内中心部には立ち寄らない。インター入り口から人吉の中心部まではさらに路線バスに乗り継いで15分くらいかかるからとても不便なところになっている。JR九州は肥薩線の復旧に消極的で、これでは人吉の観光は成り立たない。

雨の降りしきる高速を進み、八代インターで降りる。近接する国道が水害で通行止めの区間がある関係で人吉インターから八代インターまでは無料だった。インターを降りて10分ほどで八代駅に到着。くまモンがお迎えしてくれた。趣きある駅舎だが後ろには日本製紙の工場があり、これではせっかくの駅も台無しだ。

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肥薩おれんじ鉄道の八代駅はJRの隣にこじんまりと存在していた。

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オレンジ色をした鉄印を購入。おれんじ鉄道そのものの色合いだ。

2024年3月15日 (金)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(人吉温泉あゆの里)

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本日の霧島から人吉までの走行距離は129km、平均燃費は20.7km、ルートは上記のとおりである。

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今夜の宿は人吉駅から車で3分のところにある「人吉温泉あゆの里」で地元の名旅館のようだ。受付担当は外国人で流暢な日本語で応対してくれる。この旅館も水害で大きな被害を受け、目の前を流れる球磨川が氾濫したため1階は2m以上も水没したようだ。今はリニューアルが完了し当時の面影は全く見られないが、地下のギャラリーでは被災当時の写真が多数展示されていた。宿泊客は2階以上に避難して1名の犠牲者も出なかったとのこと。

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源泉掛け流しの露天風呂付きの部屋に泊った。球磨川の対岸には人吉城址が見えている。 

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1階ロビー奥には焼酎の試飲コーナーが設置されていて6種類ほどの焼酎が飲み放題だった。昨日の霧島のホテルでも焼酎の試飲があり、さすが本場でうれしいサービスだ。こういう時は全線完乗者の性が出て、昨日同様全種類試飲してみた。それぞれの違いは説明できないが、それぞれにおいしい焼酎だった。宮脇俊三さんの時刻表2万キロでは湯前線(現くま川鉄道)乗車を終えて人吉に着いた時、「旅館より寝台車のほうが性に合う私でも、人吉には泊まりたいと思う。温泉はあるし、鮎の季節にでも泊まったら、ながいこと飲んだことのない焼酎に手が出るかもしれない」とつづっているが、まさにそのとおりで自然と焼酎に手が出てしまう。

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販売コーナーもある。

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夜の食事には鮎をはじめ、地元のおいしい食材がたくさん出てきた。

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焼酎の飲み比べセットもいただいた。常圧と減圧の蒸留方法があり、減圧のほうがまろやかな味わいだった。

2024年3月14日 (木)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(くま川鉄道鉄印)

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人吉梅林で散策をしたりお弁当を食べたりして、のんびりした時を過ごした後、くま川鉄道の鉄印を収集に向かう。人吉地方は2020年7月の大水害で球磨川が氾濫し大きな被害をもたらした。先ほど訪れた大畑駅もその影響で運休中だった。くま川鉄道も人吉温泉駅と肥後西村駅間で不通となっている。人吉温泉駅からの列車は運休中だが鉄印の販売は行われている。

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人吉温泉駅は旅行センターを兼ねていて係員が2人待機していた。鉄印を購入するには通常その鉄道会社の乗車券を持っていないといけないが、乗車券無しで結構ですとの担当者のお言葉。この駅からは列車に乗れないので特例措置なのだろう。ありがたい話だが、それでは申し訳ないので何でもいいから切符はないのかと問うと、「あさぎり→おかどめ幸福」の切符ならあるとのこと。広尾線の幸福駅廃止後、おかどめ幸福駅が幸福駅として人気があるので、そのあやかり切符を常備しているようで、その切符を1枚購入した。

鉄印は何種類があったが、私が購入した鉄印はくま川鉄道の社長がしたためたもので、普通の鉄印の2倍の大きさだった。こんなビッグな鉄印は初めてだ。鉄印帳からはみ出すので折り曲げて格納するしかない。

来年には全線復旧予定なので、その時は是非乗りに来たい。

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くま川鉄道の人吉温泉駅の隣りはJRの人吉駅だ。この駅も水害の影響で列車の発着はないが、駅は開いていて切符売り場に駅員がひとりだけ待機していて乗車券類の発売が行われていた。

2024年3月13日 (水)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(人吉梅林)

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大畑駅から山道を下り、3分ほどで人吉梅林に着く。山の斜面に一面の梅林が広がり良い眺めだ。気温も暖かくセーター1枚で大丈夫だ。

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駐車場も用意されていて多くの市民が車でやってきて散策している。大畑ループからの眺めもこのような感じだろう。

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ここで梅を眺めながら嘉例川駅の駅弁を食べることにする。渋い掛け紙に竹籠の容器に入ったお弁当だ。

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たけのこの炊き込みご飯に、しいたけ、ガメ(紅さつまの天ぷら)、田楽、嘉例川コロッケ(しいたけ、たけのこを混ぜ込んだコロッケ)、切り干し大根などが乗っている。素朴な味わいのお弁当だ。ボリューム多めで食べ終えると満腹になった。人気のほどが分かるが、値段は1個1,500円と少々お高めだ。

2024年3月12日 (火)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(大畑駅)

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薩摩大口駅跡を眺めた後、続いて向かったのは大畑駅である。大畑駅は人吉地方の水害の影響により列車の運行が行われていないが、日本三大車窓の一つとして知られる絶景駅である。ここで先ほど嘉例川駅で買ったお弁当を食べようと思っている。

カーナビの音声認識機能を利用して「大畑駅に行きたい!」と発声すると大畑駅までのルートが示され、それに従って車を進める。人吉市内を経由するルートである。市内を抜けて山道に入ると上り坂になり道幅も急に狭くなってきた。しかし意外と交通量が多い。そういう道を進んで行くと梅林が現れた。人吉梅林と呼ばれる場所らしい。ちょうど梅が見頃だ。そんなところを抜けてさらに上って行くと大畑駅が現れた。

鉄道は運休中なのに駅の駐車場には5台くらい車が停まっている。おとといの西大山駅もそうだったが、九州のローカル駅は観光客に人気のようだ。

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駅には自由に出入りできるようになっている。地元のボランティアガイドと思われる人が来訪者に駅の案内などをしてくれている。運休になってから4年近くになるのに駅は雑草もなく整備された状態である。ボランティアの方の努力だろうか。

駅舎には来訪者が貼った名刺が無数にある。私も昔ここで名刺を貼ったはずだが見つかるはずもない。

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大畑駅はスイッチバック駅であるとともにループ線もあるダイナミックな駅だ。嘉例川駅の駅弁を食べる絶好の場所だと思っていたが、駅舎自体は山中にあり、視界が開けていないことに気がついた。三大車窓の絶景が広がるのは駅ではなく、駅から進んだループ線上だったのを思い出した。駅で駅弁を食べても仕方ない。ちょうど上ってくる途中にあった梅林ならば眺めも良さそうだ。そこで駅弁を食べることにした。

2024年3月11日 (月)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(薩摩大口駅跡)

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薩摩永野駅跡の見学を終えて続いて向かったのが薩摩大口駅跡である。薩摩大口駅は先ほど訪れた宮之城線の終点にあたり、山野線の中間駅でもある。山野線は数少ないループ線のある線で私は1986年に乗車したが1988年に廃止された。

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駅跡の看板はあるが、線路があるのと車掌車が1台保存されているだけで、それ以外何もない。とても簡素な状態だ。周辺は全国展開のロードサイド店舗などもある地域で、鉄道が廃線になるような寂れた街には見えない。バスターミナルと大規模なバス駐車場もある。先ほどの薩摩永野駅跡は廃線になってもやむを得ないと感じたが、ここはそうではない感じがした。

2024年3月10日 (日)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(永野鉄道記念館)

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嘉例川駅を後に次の目的地へと車を進める。駅を出た直後に曲がる道を一本間違えてしまい、ちょうどそのタイミングで踏切で列車待ちとなった。この道は車1台がやった通れる狭さで、これがしばらく続き、対向車が来たらどうしようと心配をしたが、結局1台も来なかった。

次に向かったのは宮之城線の薩摩永野駅跡だ。宮之城線は鹿児島本線の川内駅から山野線の薩摩大口駅に至る66.1kmの路線で私は1986年に乗車したが、その翌年1987年1月、国鉄民営化の直前に廃線となった。薩摩永野駅は行き止まり式のスイッチバック駅になっていて、全ての列車はこの駅で折り返して目的地へと向かっていた。

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駅舎のように見えるのは記念館で、当時のものでなく、後から建てられたものである。

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薩摩永野駅跡にはシーサスクロッシングが残されている。スイッチバック駅だった証で、列車はこのポイントを渡って目的地へと向かっていたわけである。

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ホームや作業車なども残されている。駅名票も残っていたが、これは後から製作されたもののようだ。

2024年3月 9日 (土)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(嘉例川駅)

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霧島神宮参拝を終えて次に向かったのが肥薩線嘉例川駅だ。この駅は1903年開業で、駅舎は開業当時のものが今も使用されている日本最古の駅ということになっている。補修されているが、基本構造は当時のままということだろう。私は2007年に特急はやとの風号に乗車した際、停車時間の合間に駅を見学したことがあった。その時の記事はこちら。今回この駅を訪れたのは、ここで販売されている駅弁を購入するためだ。地元の弁当業者「やまだ屋」が販売している「百年の旅物語かれい川」が素朴な味わいで大人気なのだ。お弁当は2日前までの事前予約制で、10時から12時までの間に駅で受け取ることになっている。駅の駐車場には何台もの車が停まっていて、この駅の人気のほどが分かる。駅弁を買うだけでなく、駅自体に興味がある人も多そうだ。

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無人駅なのでホームには自由に出入りできる。かつては交換可能駅で相対式ホームだったが現在は駅舎側の1面だけを使用している。桜も咲き始めていて春らしい風情だ。

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駅舎の中にはかつて使用していた通票閉塞機が展示されていた。

駅に来たのが11時前だったのでお弁当は後で食べることにする。

2024年3月 8日 (金)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(霧島神宮)

旅行4日目はまず霧島神宮に向かう。ホテルからは車で15分ほどのところにある。霧島神宮は天孫降臨神話の主人公であるニニギノミコトを祀ったとされ、数少ない「神宮号」を名乗る神社とされている。朝9時半ころに到着したので参拝客もそれほど多くない。

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駐車場からはゆっくり歩いて10分ほどで本殿に到着。国宝に指定され、神々しい雰囲気だ。

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 おみくじを引いてみると小吉だった。「たびだちよろし」となっていたから、いい旅行が楽しめそうだ。

 ここ霧島神宮は日本で初めて新婚旅行をしたとされる坂本竜馬が妻お龍と訪れた地として知られ、神宮内には記念撮影用の顔出しパネルも設置されていた。

2024年3月 7日 (木)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(ラビスタ霧島ヒルズ)

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加世田駅の見学を終えて、今夜の宿「ラビスタ霧島ヒルズ」に到着した。本日の走行距離は208km、平均燃費は20.1km、ルートはご覧のとおりである。

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リゾートホテル風で、土曜日のせいか家族連れが多い。

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部屋には専用の露天風呂が付いている。この日は少し曇り空で桜島がかすかに見える程度だったが、晴れていれば絶景が広がるに違いない。

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フロントそばではウエルカムドリンクサービスとともに、週末限定で焼酎の試飲もできるようになっている。全部で6種類あり、私はそれをすべて飲んでみた。すきっ腹に6杯も飲んだのですぐに回ってきた。おつまみのサービスがあるとなおうれしい。

食事が19時30分からなので、その前にひと風呂浴びる。露天風呂、サウナもあり、くつろげる。風呂上りにはアイスキャンディーのサービスもあり、さらに19時まで限定で黒豚肉まんの無料サービスもある。

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 夕食は1階にあるレストラン「アリアセレーナ」でイタリアンのコースをいただく。昨日が和食系だったのでバランスが取れていい。こちらは黒毛和牛のローストビーフ。その他に金目鯛のカルパッチョ、パスタ、スープ、デザートなどが出た。地ビールの飲みくらべセットもいただき、満足した夕食だった。

翌朝は朝風呂に入り、再びサウナ、露天風呂を楽しみ、風呂上りにサービスのヨーグルッペを飲む。ヨーグルッペは宮崎県のご当地乳酸菌飲料で、南九州に来たら飲まずにはいられない。

朝食はバイキングのモーニングで、鶏飯(奄美大島のご当地グルメ)が食べられた。

2024年3月 6日 (水)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(加世田駅跡)

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西大山駅に続いて向かったのが、鹿児島交通加世田駅跡である。鹿児島交通は1914年に南薩鉄道として開業し、伊集院・枕崎間の枕崎線の他に知覧線、万世線を有していた。私が乗ったときは既に知覧線、万世線は廃止になっていたが枕崎線は残っていた。国鉄指宿枕崎線で枕崎に着いた後、鹿児島交通に乗り換えた。枕崎・加世田間は山間部を走ったが、加世田・伊集院間は水田地帯を走行した。ちょうど夕暮れ時で黄金色に輝いて見える稲穂を眺めながら乗車した。私が乗ったのは1983年6月17日だったが、そのわずか4日後に集中豪雨で線路が寸断され、一部区間は復旧したものの結局翌年3月に全線廃止となってしまった。

西大山駅から加世田駅の道はアップダウンが多いが道幅は広く走りやすい。知覧周辺では茶畑が広がっていた。

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鹿児島交通の加世田駅は現在はバスターミナルとして使用されている。構内には南薩鉄道で使用されていた2号機関車やDD12型ディーゼル機関車などが静態保存されている。

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私が当時乗ったのは一般のディーゼルカーで、その車両がバスターミナルの一角に保存されているとの情報があったが、整備工場の中にあるらしく残念ながら見ることはできなかった。

今回は立ち寄らなかったがバスターミナルに隣接して南薩鉄道記念館も併設されていて、バスターミナルの職員に依頼すると見学可能のようだ。

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 お昼を過ぎて食事がまだだったので、加世田バスターミナルの隣にあった地元大型スーパー「ニシムタ」でパンと牛乳を購入。こういうとときはなるべく地元メーカーの製品を購入したい。パンは鹿児島のイケダパンのじゃりぱんにしてみた。ピーナッツクリームをはさみこんだパンだった。ドリンクはデーリィのブランドで知られる宮崎の南日本酪農協同のコーヒー牛乳だ。社名は知らなくても関東地方などでも販売されている高千穂牧場ブランドのカフェオレなどは飲んだことのある人も多いだろう。

2024年3月 5日 (火)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(西大山駅)

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九州2日目の旅が始まる。よく晴れていて暖かい。ホテルを出発し、今日最初の目的地西大山駅に向かう。西大山駅はJR最南端の鉄道駅として有名である。モノレールも含めての最南端は沖縄都市モノレールの赤嶺駅だが、いわゆる鉄道としてはここが最南端となる。駅自体は無人駅だが、駅は観光地と化していて、駅の駐車場には10台以上の車が駐車している。大型観光バスまで停まっていて観光コースに組み込まれているようだ。

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観光客が大勢来ていて、こんなにぎやかな場所になっていたとは知らなかった。日本の東西南北端にある駅ではここがいちばんにぎやかな駅だろう。最南端駅の碑の前は撮影待ちの行列ができている。正面に見えるのは開聞岳でそれをバックに写真が撮れるようになっているもありがたい。周辺は菜の花も見ごろだった。

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駅前には黄色いポストもあって幸せ感を演出している。みやげ物屋もあって、こちらも混雑しており、店の中には有名人のサインがたくさん飾られていた。

2024年3月 4日 (月)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(指宿白水館)

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今夜の宿「指宿白水館」の入り口。車寄せに着けると、担当者が出てきて車から荷物を運んでくれる。駐車場に車を戻すと、半分はレンタカーだった。飛行機などでやって来て九州ドライブを楽しんでいるのだろう。関東地方のナンバーの車は見当たらなかった。受付はフロントではなく、ロビーで行うスタイルで老舗高級旅館といった感じで少々緊張する。

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ホテルは錦江湾に面した海沿いにあり、道端からも湯気が上がっていて温泉気分が盛り上がる。

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よく手入れされた中庭もある。

温泉はホテル内に2か所あり、そのうち1か所は指宿名物の砂蒸し温泉になっている。追加料金が1,100円かかるがせっかくなので試してみた。下着もすべて脱いだ状態で砂蒸し用の浴衣に着替え、担当者の誘導で砂蒸しスペースの仰向けに寝転がる。両手を体の脇に密着させるように指示をされ、その後に体の上に砂が掛けられる。温度は想定外の熱さで、その熱さとともに砂の重みも心地いい。じんわりと体が暖まっていくのが体感できて気持ちいい。10分から15分くらいが一般的のようだが、制限時間はないようなので私は20分くらい温まっていた。砂蒸しは男女混浴になっている。ここではだかになるわけでないので、砂蒸しされている様子を写真に撮ってもらいたかったのだが、撮影禁止だったのは残念だった。料金を払うと専属のカメラマンが撮影してくれるサービスはあるようだ。

砂蒸しが終わった後は浴衣を脱いでシャワーで砂を落として隣りにある大浴場に入った。露天風呂を含め、いくつかの浴槽があり、浴室内も広くてゆったりしていた。

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食事は食事処で行われる。刺身や鹿児島黒牛しゃぶしゃぶなどがあり、また鹿児島県の幻の焼酎森伊蔵や村尾などもいただき、満足な夕食だった。

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 翌朝は2つある大浴場のうち昨日入らなかったほうに入る。ちょうど日の出の時刻で水平線から太陽が昇って来るところを湯船につかりながら眺める。この画像は部屋に戻って撮ったもの。

 ホテル内はおみやげ売り場も充実していた。幻の焼酎森伊蔵も販売していたが、4合瓶の一年もので1万円以上していた。 

2024年3月 3日 (日)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(いちにいさん)

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鹿児島港に到着しフェリーを下りて鹿児島市内を進む。路面電車が並走する区間もあり、普段の運転ではこういうことに慣れていないので慎重に運転する。

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知人に教えてもらった「いちにいさん」という店で昼食を取る。鹿児島中央駅アミュプラザ7階にある鹿児島黒豚の店だ。黒豚野菜蒸しセット1,180円を賞味する。豚汁とちらし寿司も付いてくる。

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このレストランは窓から市電が見えるトレインビューレストランだ。ここで昼食を済ませた後、今夜の宿指宿白水館へと向かう。錦江湾沿いを走るルートで、喜入付近では備蓄用の大きな石油タンクが見えてきた。

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16時15分、指宿白水館に到着。入り口を入ると左手に立派な日本家屋風の建物が見えている。あとでわかったが、ここはホテルではなく隣接する「さつま伝承館」という建物だった。

本日の走行距離は133km、平均燃費は20.7km。ルートは以下のとおりで渋滞もなく快適なドライブを楽しめた。

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2024年3月 2日 (土)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(桜島)

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鹿屋市鉄道記念館の見学を終了し、続いて桜島に向かう。先日の噴火で噴煙が5,000mまで達したというニュースに接して降灰が心配だったが、今日は大丈夫そうだ。私が桜島に来るのは2回目で、前回は高校1年生の時に一人旅で九州旅行をしていた最終日のことだ。その時の記事はこちら

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道の駅桜島で休憩。桜島大根の大きさにびっくりする。

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桜島からは噴煙が出ているが、特に降灰は感じない。ここから桜島フェリーで対岸の鹿児島市に渡る。車両航送料金は1,950円で運転者料金込み、その他に同乗者1名あたり200円がかかる。高速道路のような料金所があり、そこで運賃を支払う仕組みになっているので、長距離フェリーのように車を降りてターミナルビルで手続きをする必要はない。

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車両甲板は2階建てになっていて、港側の乗用設備も2階建てになっているので、それぞれのフロアで同時の乗り込みができ効率的だ。車両が前後にぴったり駐車しているので車外に出るのに一苦労する。

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車両甲板から降りてデッキから離れ行く桜島を眺める。所要時間は15分であっという間だ。このフェリーに乗るのも高校生以来なので私は嬉しくてデッキから眺めていたが、地元に人はいつものことなので車両に待機したままの人も多い。

船内では名物のうどんの店があって、これを食べている人も結構いる。その時は気付かなかったが、このフェリーでも御船印を販売していたようでもったいないことをした。

2024年3月 1日 (金)

さんふらわあで往復する九州鉄道遺産巡りの旅(鹿屋市鉄道記念館)

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志布志鉄道記念公園を見学し次に向かったのは旧鹿屋駅跡地にある「鹿屋市鉄道記念館」だ。鹿屋駅は大隅線の中心駅だったが大隅線の廃止とともに1987年に廃止になった。その旧駅跡地を使用して大隅線に関する資料の展示を行っているのがここだ。鹿屋市役所の隣にある。建物自体は当時の駅舎ではなく、後から建てられたものである。

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内部は大隅線で使用されていた運賃表や通票閉そく機、保線用車両など400点あまりが展示されている。パンフレットも用意されている。入場料は無料で、内部は無人かと思ったら管理人がいて、来館記念の模擬乗車券をくれた。なかなか充実した資料館で、私が今まで訪れた廃駅にある資料館では西春別駅糠平駅と並ぶしっかりとした資料館だった。

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駅舎の裏側にはキハ20が静態保存されていた。だいぶ色あせているが屋根もあるので廃車から40年経過している割りには状態はいい。車両わきには駅名標が設置されていたが、これは後から制作したもののようだ。

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車両の内部にも入れる。両運転台でトイレも設置されている車両で、国鉄時代のローカル輸送を担っていた。

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