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2022年6月30日 (木)

未成線長倉線の旅(第一小井戸コンクリート管まで)

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 この川は坂井川でかつてはここに眼鏡橋があった。1986年の豪雨でこの橋脚で流木などが堰き止められたことにより被害が拡大し、町内一帯が人の背の丈以上に浸水する惨事となったことから、その後眼鏡橋は撤去された。それが残っていれば長倉線随一の見どころになったに違いない。1986年の豪雨は小貝川が決壊した時の豪雨で、私が就職した年でもあるので特に印象に残っている。ニュースでアナウンサーが小貝川を「おみがわ」と誤読していたことも今でも覚えている。原稿が悪筆で判読困難だったのだろう。

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 最初のうちは築堤を撤去してならされた路面を歩いていたが、そのうち実際に鉄道の路面だったところを歩くようになった。道の脇にはところどころに境界くいが現れる。旧工部省を示す工のマークが入ったくいである。長さ120cmのくいで地中には70cm埋まっているのが基本らしいが周囲に土砂が堆積し、ずっと短くなっているものが多い。

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 未成線跡が県道に合流し、道幅も広がった。ここは並松(なんまつ)切り通しと呼ばれる跡だが、Sさんの見立てでは鉄道の勾配にしては急ではないかとのご指摘。このあたりは本来は1000分の20の勾配であるが、確かにそれより急な感じがする。Sさんがガイドに確認すると鉄道跡は県道より低いところを走っていて当初は段違いだったものが県道拡幅により未成線跡が埋められたとのこと。

 並松切り通しを過ぎ、ここで1回目び休憩ポイントになる。簡易トイレも設置されている。ここがサミットになりその先は下り勾配となる。

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 周辺が棚田となり、農業用水の水路が未成線の下をくぐっている。このガードは第一小井戸コンクリート管と呼ばれ、今も残る当時の遺構として貴重なものだ。このあたりの棚田で取れる米が棚田米と名づけられ、茂木の特産品になっている。先ほど配られたおにぎりにもその棚田米が使われているとのこと。

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