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2021年7月10日 (土)

チバザポークトレインの旅(伊能忠敬記念館)

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 サッパ舟での水路観光が終わり、乗り場のすぐ前にある伊能忠敬旧家に入ってみる。無料で入れる。伊能家は酒屋を営んでいたらしいが、小さな建物でここで質素な生活を送っていたのだろうか。

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小野川を挟んで反対側には伊能忠敬記念館がある。そこに行くに樋橋(とよはし)を渡る。この橋には水路が通っていて、その水路を水が流れ落ちるのでジャージャー橋という別名が付いている。かつては絶えず水が流れ落ちていたが、今は時間を決めて流しているようだ。

 伊能忠敬記念館の入場料は500円だがツアー参加者は50円引きになる。

 伊能忠敬は17歳の時、伊能家の養子となり、伊能家の当主として酒蔵などを営みその在職中に伊能家の財産を3倍に増やすなど功績を残した。隠居してからは天文の知識を得ようと50歳の時江戸に出て天文方高橋至時に弟子入りした。その後55歳の時、初めて東北・北海道南部の測量に出た。その後、10次に渡る測量の旅に出て、今の衛星写真と比べても誤差の少ない地図を作成したのは皆様もよくご存知だと思う。ただ旅に出るだけでも大変な時代に、太陽や星の位置、山の位置などを頼りにデータを収集蓄積し、それを地図にまとめあげるのは想像を絶する作業だっただろう。断崖絶壁の海岸などはどうやって測量したのだろう、北海道にはどんな舟で渡ったのだろう、旅での食事はどうしたのだろう、泊まる場所はどんなところだったのだろう、気になることはたくさんある。今の私とほとんど変わらない年齢で、よくそれだけの体力があったと感心する。

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 伊能忠敬の人生や功績を知ると、私もただ鉄道に乗って楽しんでいるだけではダメだと大いに反省した次第で、もっと伊能忠敬のことを知りたいと思うようになった。記念館の裏手には「象限儀」という測量機が置いてあった。記念館は約30分ほど見学したが、しっかり見るにはとても時間が足りない。また機会があれば訪れてみたいと思った。

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 市内を散策しながら佐原駅に戻る。こちらは三菱館と呼ばれる旧三菱銀行佐原支店の建物。かつては三菱銀行の支店があるほど栄えた佐原の街なのだ。

 

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コメント

こんにちは、伊能忠敬は定年後の人生が話題になったときにマスコミなどに取り上げられたことがありました。
量程車のような道具はほとんど役に立たなかったようで、距離は歩数で調べていたようです(歩測といいます)。断崖絶壁の海岸などは、両端などを迂回路を歩測したり目立つものが有れば歩測できた2地点からの方位を調べ、図面に三角形を書いて目立つものの位置を決めていたようです。
私も、同じ方法でオリエンテーリングの競技用地図を作ります。
井上ひさしの「四千万歩の男」は、事実とほとんど違いが無いだろうな、と感じられるような小説です。水平なら誤差の少ない歩測が出来ますが、現実には坂や曲線がたくさん有るので誤差が生じます。そこで忠敬は夜間に天体を観測して誤差を修正していたといいます。(続きが有ります、後日)

京葉ライン様、こんばんは。

面白そうな小説ですね。井上ひさしさんの著作なので正確な知識と長い文章なのでしょう。いつか読んでみたいと思います。続きを楽しみにしています。

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