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2020年5月 2日 (土)

1999年ケーブルカー完乗旅行(中村)

 新横浜駅に入線してきたひかり117号は、自由席の乗車率75%といったところ。行列の前から2番目なので難なく座れた。しかし、窓側は無理で車両中央部のD席を見つけて座る。車内はビジネスマンがほとんどで一般の旅行客風は20%ぐらいだ。

   新横浜を出た時点ではくもりだったが、浜名湖のあたりから雨になってきた。このまま行くと関ヶ原付近では雪かもしれないと心配したがそれは大丈夫だった。

 新大阪で客の半数が下車し乗ってくる客がほとんどいないので乗車率は50%弱になった。東海道区間と山陽区間で輸送量がこれだけ差があるわけだ。

 新大阪を出て乗客が少なったので窓側の席に移ってシウマイ弁当を食べる。ご飯が弁当の容器にこびりついて食べにくいのはいつものことだが、やはりこのシウマイはうまい。冷めても味が落ちないような工夫がされていると何かで読んだがその通りだ。この駅弁は神奈川県では駅弁として食べるためだけでなく、普通の持ち帰り弁当と同じように自宅などで食べる人も多い。長距離旅行と無縁な大和や海老名といった相鉄線の駅にも売店があるのはそのためだろう。

 駅弁を食べると眠くなり一眠りすると岡山到着5分前であった。岡山には定刻15時00分着。   

 ここで南風に乗り換える。指定席が取れなかったので自由席の列に並ぶ。新横浜と同じくここでも前から2番目となり、これなら100%座れることが確実となった。ここでも荷物に留守番をさせてホームをぶらつく。

 15時45分、定刻に発車。自由席の乗車率は60%程度。雨に煙る瀬戸大橋を渡り、16時29分多度津着。ここで高松からの特急しまんと13号を後ろに増結するために10分停車する。増結のためとはいえ昼間の特急で10分も停車するのは珍しい。

 琴平、阿波池田と駅毎に乗客が降り、乗車率は20%くらいになった。岡山を発車したときに降っていた雨も止んだ。土佐山田間を過ぎるころには日も暮れた。

 振子を気持ちよく作動させながら進み、高知着18時20分。ここで多度津から増結してきたしまんと13号を切り離す。そのために14分も止まる。これもまた、いまどきの特急にはない長時間停車だ。

 これまで減る一方だった客が高知からはどっと乗ってきて90%位の乗車率になって定刻18時34分発車。

 佐川、土佐久礼では、「乗車券、特急券は車掌が回収します」というアナウンスがあった。特急停車駅でも時間帯によっては無人駅となるようだ。

 窪川から土佐くろしお鉄道に乗り入れ中村着20時14分定刻。中村までは国鉄時代の昭和57年と第3セクター化された平成3年に乗っている。ここから先宿毛までが未乗であるが、ここから先は明日に持ち越し。駅から徒歩5分ほどのホテルサンルート中村に泊まる。

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