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2020年5月

2020年5月31日 (日)

逆線発車大崎駅8番線

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 渋谷駅ホーム並列化工事のため、5月30日と31日、埼京線、湘南新宿ラインが大崎・新宿間で運転を取りやめ、それぞれ新宿、大崎駅で折り返し運転が行われました。この工事に伴い大崎駅7番線、8番線は湘南新宿ライン折り返し、5番線、6番線が臨海線折り返しに使用され、普段乗れないポイントを通過する列車が運行されました。新型コロナウイルスの緊急事態宣言も解除されたので、外出自粛に反しない範囲で乗車してきました。

 大崎駅8番線から西大井方面に発車する列車です。通常は渋谷、新宿方面に発車しますが、こういう事態に備えて逆に発車できるよう出発信号機が設置されています。

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 まず臨海線の大崎行き路線に合流します。

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 続いて臨海線の新木場行き路線に移ります。

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 最後に西大井行き路線に移り、転線完了です。こういったときや事故発生時だけに臨時に利用できる線に乗車でき、満足でした。

2020年5月27日 (水)

JR東日本の株主優待券がスクラッチカード化

Img_4599 先日JR東日本の株主優待券が送られてきました。従来は紙ベースの優待券でしたが、今年からスクラッチカード化されていました。コインでパスワードやQRコードの部分を削って使用する方式で、ANAなど航空会社の株主優待券はすでにそうなっています。今回の変更によるメリットは指定券券売機で株主優待券を利用できることです。新しい指定券券売機ではQRコードの読み取り装置が付いていて、ここに株主優待券をかざすことにより使用できます。窓口だと順番待ちになることも多いため、利便性は良さそうです。まだ使用していませんが、実際に利用した時の使い勝手も、外出自粛が緩和されたら、追ってお伝えしたいと思います。ただ航空会社のようにWEBサイトでは使用できないようです。ここも改善されるとさらに利便性が増すのですが。

2020年5月23日 (土)

今こそ聴きたい元気になれる歌

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 本日の日経土曜版に「今こそ聴きたい元気になれる歌」と題する特集がありました。コロナ禍での自粛や経済停滞で、落ち込み気味の中、こういう時に聴きたい元気になれる歌のアンケート結果が出ています。その中で第2位にランクされているのがZARDの「負けないで」でした。坂井泉水の張りのある歌声と歌詞がマッチした名曲で、各世代から幅広い支持を得ていて、特に50代、60代では1位にランクされています。「♪負けないで もう少し ゴールは近づいてる~」という部分は頑張りどころで励まされる歌詞です。今から27年前の曲ですが、いまだに色あせることのない名曲です。

 その他に注目されるのが、50代だけランクインしているサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」です。サザンオールスターズのデビュー曲で私が高校1年生の時に流行った歌で、ノリのいい曲で何もかも忘れてひと騒ぎしたくなるような曲です。「負けないで」が応援歌、励ましの歌であるとすれば、こちらは自分で元気になっちゃおうという歌で目指す方向が違います。50代の人の青春ソングでしょう。ランクインしている曲を見ても、「他人への応援歌、励ましの歌」と「自ら元気をだそう」という歌に大別されるようです。

 それにしても、ランクインしている曲名を見て、その歌がすぐに分かるのが半分くらいしかないのは年齢のせいでしょうか。皆様はどれくらい知っていますか。

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2020年5月12日 (火)

にっぽんの廃線100

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ゴールデンウイーク中にNHKで「にっぽんの廃線100」という番組が放送されました。戦後廃止された国鉄、私鉄の廃線約400路線のうち、100を紹介するものです。50分番組で100路線を紹介するので、1路線あたりの紹介時間はわずかで見ごたえは乏しい番組でしたが、それでもNHKの秘蔵映像がたくさん出てきて、私が存在を知らなかった鉄道も多く登場し興味深かったです。

番組のホームページには、放送で紹介されなかった動画もあるので、それらを見て楽しむこともできます。外出自粛が要請される今、こんな動画で昔を懐かしんではいかがでしょうか。

2020年5月11日 (月)

新幹線通園・通学グッズ

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 手芸用品の店「オカダヤ」の前をたまたま通りかかったら、手作りで新幹線柄の通園・通学グッズを製作するディスプレイが展示されていました。JR時刻表とのコラボのようで、JR各社の許諾も得ているようです。

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 ドクターイエローのリュックです。

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 手提げかばんやお弁当袋、クッションもあります。新幹線だけでなく特急列車もあります。手作りグッズで通園・通学が楽しくなるに違いありません。

2020年5月10日 (日)

1999年ケーブルカー完乗旅行(井原鉄道)

   山陽本線の上り普通電車で福山まで行き、福塩線に乗り換えて井原鉄道の始発駅神辺に着いたのが15時25分。次の発車は15時29分で接続は慌ただしすぎるほどだ。改札口で井原線乗り放題きっぷ(1000円)を購入。総社まで片道乗っても1070円だから、買わなきゃ損だ。

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   定刻に神辺発車。2両編成で乗車率は50%位。のどかな田園地帯を高架橋で進む。軌道状態も良いから特急車両を走らせたいような線だ。15時44分、この線の中心駅井原に着く。駅舎は鉄骨を半円系に組み立てたスタイルで山形新幹線の赤湯駅を小さくしたような駅舎だ。駅前では陶器市が開かれていたが、土曜日というのに閑散としていた。駅周辺を散策したが区画整理され道路も広く、今の時代になって鉄道は必要なのだろうかという気もする。

 16時29分発で総社へ向かう。この車両は単行だった。乗車率はやはり50%程度。開業後一ヶ月経つが、まだ初乗りに来る地元の人も多いようで皆窓外を一生懸命眺めている。

 途中、吉備真備という歴史上の人物に因んだものがある。以前は人名を駅名に使用する場合、比羅夫や安善など一部を使用したり短縮形としたものだが、最近は宮本武蔵駅などダイレクトなものが増えてきている。伯備線の下り線をオーバークロスすると清音駅でここでまでが第1種鉄道事業としての井原鉄道だが、ここから一駅先の総社までが第2種鉄道事業としての井原鉄道で、乗り放題きっぷも総社まで乗れることになっているから、井原鉄道全線を乗りとおすには総社まで乗らなければならない。総社到着には定刻17時09分総社着。

   2年ほど前にケーブルを乗りつぶしの対象に加えてから、ながらくタイトルを返上してきたが、これでまた、全線完乗タイトルを取り戻した。自分で言うのも何だが、乗り潰しは単純ではあるが奥が深く、一度はまると抜けられない麻薬のようだ。 

2020年5月 9日 (土)

1999年ケーブカー完乗旅行(スカイレール)

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  広島に12時18分に到着し、12時37分発の山陽本線上り電車で瀬野着12時56分着。瀬野駅到着前から左手にモノレールの桁が見えていたが、本当にあの斜面を登るれるのかというほど急勾配が見えている。

2_002_20200428101201 13時ちょうど発で出発。車内は座席が8人分。小型のゴンドラといった感じ。客は初乗りに来たと思われる親子連れ二人と私で合計3人。乗った感じは揺れないロープウェイといった印象。見晴らしは申し分なく良く、ひな段状に造成された分譲地の上を行く。斜面の下の方は、多くの家が完成しているが、上に上がるほど人家が減って行く。約6分で終点のみどり中央に到着。駅前に出るが、駅前にこれほど何もない駅は、はじめてだ。土地の区画整理は完全に終了しているが、建物は300メートルほど先に人家が1軒見えるだけ。それ以外は駅しかない。この駅を利用する人は現在のところ、スカイレールを乗りに来た人だけで、本当の地元のひとがほとんど利用しない変わった駅だ。

 帰りは13時18分、時刻表にない便で発車。乗客数に応じて臨機応変に運行できるシステムなのだろう。

 みどり口駅に戻り、記念のテレホンカードを買っていると中から職員が出てきて、「どちらから来ましたか。今日も4~5人お見えになりましたよ。井原線には乗りましたか」と、話し掛けてきた。この人は元西鉄の技術系の職員だそうで、このスカイレールは分譲地に人を呼び込む先行投資で、将来はここは数万人都市になると説明してくれた。

2020年5月 8日 (金)

1999年ケーブルカー完乗旅行(食堂車)

 ケーブル乗車の次は小倉11時12分発のひかり112号に乗り広島まで向かう。このひかりは食堂車が営業している。今や新幹線でも食堂車の営業は数えるほどになってしまい、あと数年で食堂車が全廃されるかもしれない時代になった。 小倉発車後10分ほどして食堂車営業開始の案内があり、さっそく足を運ぶ。アナウンスとともに行ったのに既に先客が2人いた。彼らも私以上に食堂車を楽しみしていたに違いない。

 注文はビールとハンバーグステーキセットにした。旅先だから昼間からのビールも悪くないだろう。

 ビールが運ばれ、ウエイトレスが一杯目を注いでくれた。しかし我々が飲み屋で注ぐようにグラスいっぱいには注がない。車両の揺れを考慮してか8分目くらいまでしかいれない。こういった伝統技法(?)もいずれ消え去ってしまうのだろう。 

 窓外はいつのまにかうっすらと雪化粧となった。暖房の効いた食堂車の2階席からの雪見ビールで旅に出ている実感が増してきた。

 食堂車も少しづつ混んできて私が食事を済ます頃には12卓あるうち8卓ほどがふさがった。

2020年5月 7日 (木)

1999年ケーブルカー完乗旅行(帆柱ケーブル)

   今日(2月20日)は3線区に初乗りして、新線で未乗だった線区にも乗り全線完乗タイトルを奪還する日だ。まず帆柱ケーブルに乗る。今までケーブルカーは対象としていなかったのだが2年前に方針を変更し、それらも加えることにしたのだ。ケーブルは辺鄙な所にあることが多く苦労した。

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 帆柱ケーブルの最寄り駅、八幡駅に着いたのが8時12分。日曜日ならばバス便があるのだが、今日は土曜日なので歩いて行こうかと思って早めに来たのだが、山の方を見ると相当急な勾配なのであきらめてタクシーにした。運賃はワンメーターを少し回って670円だった。途中ギアをローにしなければ上れない斜面があり、歩くにはとてもハードなところだった。タクシーにして正解だった。駅から5分ほどでケーブル山麓駅到着。

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 9時ちょうど発のケーブルの始発に乗る。乗客は私と中年の夫婦の合計3人。すこし雪もちらついている状況で非常に寒い。待合室にはストーブがあったがケーブルの車内に暖房はない。

 このケーブルは所用時間7分で標高差440メートルを一気に登る。樹木がうっそうと茂っているので上ってもそれほど視界は開けない。9時07分、山上駅到着。これで日本全国のケーブルカーを完乗した。

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 しかし余韻に浸る間もなく、この先にある皿倉山山上までリフトに乗る。私は今のところリフトまでは乗り潰しの対象にしていないが、せっかくだから乗っておく。吹きっさらしのリフトに乗ること3分で皿倉山頂上に到着。客はやはり先ほどのケーブルの中年夫婦だけ。夏には夜景を楽しむカップルでにぎわう山頂も今は凍えるほど寒い。

9時40分のケーブルで下る。先ほどの夫婦と一緒だ。お互いに山頂で寒い体験をした仲なのででいつのまにかうちとけあってきた。私のことを大学生だと思っていたようだ(注:この時点で38歳でした)が、神奈川県からやってきたことを告げるとそれにも驚いていた。

 ケーブル山麓駅からは、帰りは歩いて八幡の駅に向かう。往きと違い、帰りは歩きでもなんら問題無かった。20分で駅に到着。

2020年5月 6日 (水)

1999年ケーブルカー完乗旅行(小倉モノレール)

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 別府発15時09分のソニック20号に乗り、16時19分小倉に到着。小倉モノレールの延伸区間小倉駅から平和通0.4㎞が未乗区間である。JRの改札口を出るとその前がモノレールの乗り場でモノレールが完全に駅ビルの中に飲み込まれている。こんなダイナミックな駅に変身してしていたのだ。早く乗りたい気持ちを抑えて先にホテルにチェックインする。昨年竣工したステーションホテル小倉が今夜の宿で、駅の3階からホテルに直接入れるようになっている。ルームチャージ9000円の部屋を予約したが、びゅーカードの会員割引で8100円で泊まれる。こんな新しいホテルで、しかもベッドはセミダブル、バス・トイレも非常にゆったりしている部屋がこのねだんで泊まれるとはこれから小倉の宿はここで決まりだ。

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  小倉発16時50分のモノレールに乗る。わずか400メートルが未乗区間だ。小倉の駅に上がるともう隣の駅が見えている。発車するとわずか1分間でもう平和通駅に到着。つかの間の空中散歩だった。しかし、これだけの距離の延長でも利用者にとっての利便性は大きくアップしたに違いない。JRとの乗換は以前より10分は縮まっているはずだ。

 一駅では物足りないのでもう一駅先の旦過(たんが)で下車。それでも小倉駅から2分であった。帰りは旦過の商店街を抜け、小倉駅まで歩いた。

2020年5月 5日 (火)

1999年ケーブルカー完乗旅行(ラクテンチケーブル)

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 フェリーターミナルから7分程歩いて佐伯駅着。ここで宿毛のバスの営業所に電話をかけてみると、「カメラは上がっています」との返事。着払いで自宅へ送付してくれるよう依頼した。カメラが無事で感謝、感謝。

 駅構内にある立ち食いそばで昼食とする。佐伯名物のごまだしうどんというものが品書きにあったのでそれを食べる。出汁にペースト状にねったごまが入っていて「良くまぜてから召し上がってください」と言われた。あっさりとした出汁にごまの風味が良くマッチしていた。

 この駅で帰りの町田駅までの乗車券と別府までの自由席特急券を購入。この駅では一般のクレジットカードが使えた。JR東日本の駅では自社のびゅーカードしか使えないところがほとんどだがここは開放的だ。旅先では予期せぬ出費も多いから高額の支払をすることが多い駅で一般のクレジットカードが使えるのは大変便利だ。

 佐伯発12時09分発の特急にちりん12号に乗車。自由席でも20%程度の乗車率でがらがらだった。本来なら静かな車中となるはずだが、通路の反対側の席のおばさんたちが大声で話をしている。車中で自分の高校時代の担任の先生に30数年ぶりに再開し、その思い出話に花をさかせているようだ。話の内容から察すると先生はいまでは校長先生になっているようで、生徒としては大変うれしいことに違いない。しかし、その校長先生は自分の教え子がこのように車中で傍若無人に大声で話をするようではうれしさも半分と言ったところだろう。そのうち、おばさんの一人が携帯電話を取りだし、自分の友達に先生との再開の話を始めだした。車中の客が呆れ返っているうちに車掌がやってきて携帯電話の使用に注意を促していた。13時28分、別府着。あのうるさいおばさんたちもここで降りていった。

 

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 別府駅発13時40分の鉄輪(かんなわ)行きバスに乗る。別府市街を半周し、かなり遠回りのルートでラクテンチケーブル乗り場へ向かい、13時55分到着。ここのケーブルカーは遊園地の内部にあるので、ケーブルカーに乗るには入園券も一緒に購入しなければならない。

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 13時58分発のケーブル(臨時便のようだ)に乗る。天井までガラス張りになった車両で、展望に気を使った車両だ。勾配は非常に急で、今までにのったケーブルの中でも1、2の印象を受けた。およそ3分でラクテンチ上駅に到着。

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 せっかく遊園地に来たのだから園内で少し遊んでいこうかとも思っていたが、2月中旬の平日とあって園内にはほとんど客がいない。乗り物も全く動いていない。もちろん頼めば動かしてもらえるのだろうが気が引ける。

 園内の遊戯施設の古さからすると、ここは昭和40年代初頭にできた雰囲気で最新の乗り物は全くない。昔ながらの低速ジェットコースターやメリーゴーランド、スリラー館、動物園などが混在していて、いまはやりのテーマパークにはとてもかなわない。園内のリフトやその先のロープウェイが運休となっているのも肯ける。

 しかし、ここはつい数年前まで交通公社の時刻表の一般周遊券の見本ルートになっていた場所なので、時刻表ファンには地名としては非常に親しみのあるところだ。

 それにしても長居ができそうもないのですぐ引き返すことにした。14時20分発のケーブルでおりる。帰りはバスの時間に間があったので歩いて駅まで向かった。全体的に下り坂なので楽に歩けて、20分で別府駅着。

2020年5月 4日 (月)

1999年ケーブルカー完乗旅行(宿毛観光汽船)

2_004  宿毛駅8時07分発のバスで片島岸壁まで行く。このバスは中村を7時16分に出て、途中平田駅で私の乗った列車に追い越されたものだ。宿毛駅で3~4人の乗客を降ろし、乗客は私ひとりしかいない。中村と同様ここでも風が強い。船が欠航にならなければいいが。

 湾内なのにかなり波が立つ港に、白い船体でCOBALT LINEと青で書かれた船が見えてきて片島岸壁終点で8時15分着。バスを降り、とりあえずフェリーの写真を撮ろうとカメラを持っているはずの右手を見るとない。「しまった。今のバスに忘れてしまった」と心の中で叫んでも遅かった。20秒程前に降りたバスは既にどこかに走り去ってしまった。

 カメラの件は後でバスの営業所に電話をして探してもらうしかない。今までの長い旅を共にしてきたカメラと四国の最果てで別れたと思うと寂しさがつのる。しかしフェリーの出港時刻も迫っており、悲しんでばかりもいられない。中村で買った買わずもがなの写ルンですに登場いただきフェリーの写真を一枚撮る。

 フェリーの切符売り場に行くと観光汽船という気楽な社名に反して、乗船の都度、購入申込書に住所、氏名、乗船区間を記入して、乗船券を購入する仕組みになっていた。さすがは外洋を行く船だ。

 運賃は2等1670円であるところ、ここでもJAF会員割引が使えて1割引で1510円であった。

 8時30分、定刻に出港。乗客は30人くらいでがらがらだ。スーツ姿の男の人が一人いるほかは、ほとんどが中年以上の観光客だ。私も2等の座敷船室に横になる。

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 出港して1時間位して宿毛湾から出ると、にわかに波が高くなってきた。時折船首部分からドドーンという大きな音がして船体が激しくゆれる。立って歩くことは不可能に近い。乗客もみな不安げに船の揺れを受け止めている。こんな大揺れにもかかわらず、注意を呼びかけるアナウンスがないことからすると、この程度の揺れは日常茶飯事なのか。座っていても頭が揺さぶられ、気分が悪くなりそうなので座敷に完全に横になって船の揺れに耐えた。

   そうこうするうちに佐伯湾に入り、波もおさまり、11時15分ようやく佐伯港着。

 

2020年5月 3日 (日)

1999年ケーブルカー完乗旅行(土佐くろしお鉄道宿毛線)

 今日の予定は、宿毛線と別府のラクテンチケーブルの2線区の乗車だ。

 朝7時にチェックアウト。宿泊料はルームチャージ5500円とそのままでも安いが、JAFカードを持っているのでそこから10%引きで、4950円。しかも税・サービス料込みである(消費税248円は別途)。そのうえツインのシングルユースであった。すっかり得をした気分になってホテルを出るとものすごい風が吹いている。体が押し返されるほどだ。これから乗るフェリーのことが少し気になる。

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  中村の駅舎を撮ろうとカメラを出すと電池切れのランプ。ついていないと駅の近くのコンビニに入ったがカメラ用の電池はなく、しかたなく写ルンですを購入。ところが再び駅に戻り念のためカメラを点検すると、電池のセットが悪かったのか元どおり復旧して電池切れの跡形もない。余計な買い物をして損したと思ったが、この写ルンですが後で大きく役立つとはこの時点では思いもよらなかった。

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   7時26分発の列車で宿毛で向かう。単行ディーゼルカーで車内は転換クロスシートも備えられているワンマンカーだ。高架橋や盛土区間、トンネルを適度に組み合わせた線区で、路盤は特急の120キロ運転用に建設されているから単行ディーゼルカーにはもったいないほどだ。乗客のほとんどは高校生で、朝なので睡眠中の人が多く車内は非常に静かでこちらまで眠くなってしまう。

   駅毎に乗り降りはあるものの座席がほぼいっぱいとなるなる程度の乗車率で立ち客はいない。通勤通学時間帯でこれでは経営の先行きが案じられる。

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 快適な走りで7時58分宿毛着。硬券の入場券があったので買い求めると、宿毛の落日のイラスト入りであった。

2020年5月 2日 (土)

1999年ケーブルカー完乗旅行(中村)

 新横浜駅に入線してきたひかり117号は、自由席の乗車率75%といったところ。行列の前から2番目なので難なく座れた。しかし、窓側は無理で車両中央部のD席を見つけて座る。車内はビジネスマンがほとんどで一般の旅行客風は20%ぐらいだ。

   新横浜を出た時点ではくもりだったが、浜名湖のあたりから雨になってきた。このまま行くと関ヶ原付近では雪かもしれないと心配したがそれは大丈夫だった。

 新大阪で客の半数が下車し乗ってくる客がほとんどいないので乗車率は50%弱になった。東海道区間と山陽区間で輸送量がこれだけ差があるわけだ。

 新大阪を出て乗客が少なったので窓側の席に移ってシウマイ弁当を食べる。ご飯が弁当の容器にこびりついて食べにくいのはいつものことだが、やはりこのシウマイはうまい。冷めても味が落ちないような工夫がされていると何かで読んだがその通りだ。この駅弁は神奈川県では駅弁として食べるためだけでなく、普通の持ち帰り弁当と同じように自宅などで食べる人も多い。長距離旅行と無縁な大和や海老名といった相鉄線の駅にも売店があるのはそのためだろう。

 駅弁を食べると眠くなり一眠りすると岡山到着5分前であった。岡山には定刻15時00分着。   

 ここで南風に乗り換える。指定席が取れなかったので自由席の列に並ぶ。新横浜と同じくここでも前から2番目となり、これなら100%座れることが確実となった。ここでも荷物に留守番をさせてホームをぶらつく。

 15時45分、定刻に発車。自由席の乗車率は60%程度。雨に煙る瀬戸大橋を渡り、16時29分多度津着。ここで高松からの特急しまんと13号を後ろに増結するために10分停車する。増結のためとはいえ昼間の特急で10分も停車するのは珍しい。

 琴平、阿波池田と駅毎に乗客が降り、乗車率は20%くらいになった。岡山を発車したときに降っていた雨も止んだ。土佐山田間を過ぎるころには日も暮れた。

 振子を気持ちよく作動させながら進み、高知着18時20分。ここで多度津から増結してきたしまんと13号を切り離す。そのために14分も止まる。これもまた、いまどきの特急にはない長時間停車だ。

 これまで減る一方だった客が高知からはどっと乗ってきて90%位の乗車率になって定刻18時34分発車。

 佐川、土佐久礼では、「乗車券、特急券は車掌が回収します」というアナウンスがあった。特急停車駅でも時間帯によっては無人駅となるようだ。

 窪川から土佐くろしお鉄道に乗り入れ中村着20時14分定刻。中村までは国鉄時代の昭和57年と第3セクター化された平成3年に乗っている。ここから先宿毛までが未乗であるが、ここから先は明日に持ち越し。駅から徒歩5分ほどのホテルサンルート中村に泊まる。

2020年5月 1日 (金)

1999年ケーブルカー完乗旅行(旅立ち)

 新型コロナウイルス感染防止のため、外出を控えている今日この頃ですが、これからしばらく過去の旅行記をお送りしたいと思います。このブログを始める前に私はニフティが運営している鉄道フォーラムというパソコン通信のサイトに旅行記をアップしていた時期があります。今回はその中で、1999年2月の旅行記をお伝えします。その時は土佐くろしお鉄道宿毛線、ラクテンチケーブル、帆柱ケーブル、広島スカイレール、井原鉄道に乗車し、ケーブルカー全線完乗を果たしたのでした。当時はあまり写真も撮らず、画像でお見せできる部分は少ないのですが、20世紀の鉄道旅行をお楽しみいただければ幸いです。今とは時代環境も違うので適宜注釈を織り込みながらお送りします。

 

   突然明日から2日間(1999年2月18日、19日)の休みが取れることになった。土日とあわせると4連休となるので未乗線区乗車にはもってこいだ。こんなこともあろうかと3日間あれば乗り潰せるスケジュールを事前に練ってあった。それを実行に移せる機会が現れたのだ。

 それにしても休みが取れることが決まったのが遅かったうえに、明日休みだということで職場の上司や同僚に飲みに誘われて家に帰ったのが夜の11時頃。これでは予約も何もできない。明日は10時くらいに家を出ればよいので少しは余裕があるが、朝一番で予約を入れる必要や荷物の準備もあるので早く寝ることにしよう。お酒をだいぶ飲んだので風呂も入らず、目覚し時計を6時30分にセットしてすぐに眠りに就いた。

   朝6時30分に目覚しをセットしたのはサイバーステイションで空席照会をするためだ(注:当時はインターネット予約はなく、空席照会のみだった)。初日の予定はとりあえず中村まで行くことなので、新幹線と乗り継ぎの特急南風の指定券を取りたい。乗りたいのはひかり117号と南風11号である。117号は喫煙席は△、禁煙席は○となっていた。南風は×。南風は普通車指定席が半車しかないのでこれはキャンセル待ちを狙っても難しいだろう。しかし南風には自由席が2両付いており、岡山での乗り継ぎ時間が45分あるので早めにホームに並べば大丈夫だろう。

   宿泊地は中村と小倉を予定している。中村ではホテルサンルート中村、小倉ではステーションホテル小倉に泊まりたい。9時を待って電話をすると、両方ともすんなり取れた(注:当時はホテルもインターネット予約はなかった)。さすがに2月の中旬では旅行者も少ないのだろう。

 町田駅のみどりの窓口に10時30分くらいに着く(注:この当時は相模大野に住んでいた)。南風の指定券はあきらめていたが、ひかり117号の指定券も普通車はいつのまにかすべて満席になっていた。朝6時30分の時点では空席があったのに、もたもたしているうちにとられてしまったようだ。こうなれば仕方がない。自由席で我慢するしかない。指定席がすべて満席ということは自由席もかなりの混雑が予想される。なんだか先が思いやられる。

 新横浜に10時57分につき、小走りに2号車禁煙車の列に急ぐ。1号車も禁煙車だが座席数が少ないから並ぶのならば2号車だ。自由席はかなり行列しているのではと気をもんだが、先客は一人しかいなかった。これなら通路側かB席ならなんとか座れるだろう。かばんをおいて食糧調達に行く。新横浜駅定番のシウマイ弁当を買ってきた。

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