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2019年9月 8日 (日)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(石川啄木)

Img_3449_r        7月24日、北海道4日目を迎える。朝食前にホテルの周辺を散歩してみた。ホテル近くの建物には、北海道新幹線釧路延伸を切望する看板が掲げられていたが、実現の可能性は0だろう。

 幣舞橋を渡り3分ほど歩いたところにかつての釧路新聞社の建物を復元した港文館と言う建物がある。1908年、釧路に降り立った石川啄木はこの釧路新聞社に勤務していた。ただしその勤務期間は76日間と非常に短かった。 しかしそんな短期間にもかかわらず石川啄木が釧路で生活していたと言うことが釧路では大きく語り継がれている。句碑めぐりのコースもあるようだ。

Img_3453_r    こちらが石川啄木像で、その下には啄木の句碑が設置されていて、釧路駅に降り立ったときの感想を「さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」と詠んであった。1908年は旭川-釧路間が全通した翌年で、まだ根室方面の路線は開通していなかったので、釧路はまさにさいはての駅だった。  Img_3461_r    その弘文館の建物の脇あたりから、かつての釧路臨港鉄道の廃線跡が広がる。道路脇に中途半端な形で存在する空き地がおそらく廃線跡に違いない。釧路臨港鉄道はかつては貨物営業とともに旅客営業も行っていたが、旅客営業は1963年に廃止され、その後貨物営業は太平洋石炭販売輸送に引き継がれたが、その太平洋石炭販売輸送も本年3月をもって営業を休止(終了)した。

私は2年前の5月にその太平洋石炭販売輸送の春採駅を見学したことがあった。その当時は春採駅から知人駅まで貨物輸送が行われていた。私が訪問した日は土曜日で実際に貨物列車の運行は行われていなかったが、春採駅構内で貨物列車に実際に触ったりディーゼル機関車の運転台に乗せてもらったりした。その時の様子はブログの記事にしてあるのでご参照ください。

 

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