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2019年9月

2019年9月30日 (月)

東京モノレール昭和島車両基地入線ツアー(マルコ・ポーロ号)

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 我々が乗った船はマルコポーロという名前が付いていて、船の側面はオープンな構造になっている。見晴らしは良さそうだが、雨が吹き込みそうで心配だ。全員が乗り込むとほぼ満席となり、空いた席はなくなった。

 出港すると雨はさらに強くなり、サイドのビニール製カーテンが降ろされ視界が悪くなり残念だがやむを得ない。カーテンの小さな隙間からも雨が吹き込むので、隙間を埋めるシートまで取り付けられた。

 まず京浜運河を北上する。東京都では河川を災害時の輸送拠点として活用するため各所に桟橋を設置を進めていて、こういった桟橋を防災桟橋と呼んでいるようだ。我々が乗船した船着場も防災桟橋とのこと。

 Dsc00015_r  レインボーブリッジを左手に見ながら、南に進路を変える。

Dsc00023_r  レインボーブリッジは高さの関係で大型クルーズ船が通れないので、レインボーブリッジの手前に新たな客船ターミナルが建設中で東京オリンピック前の完成予定だ。画像左手の建築中の建物がそれで、「海の波」、「船の帆」、「日本の伝統的な屋根のそり」をイメージした建物となっている。

 お台場では東京オリンピックでトライアスロンが行われ、この付近の海を選手が泳ぐようだが、船から見る限りはここで泳ぐのかという感じがする。案内人の話では下水の処理能力を超える大雨が降った場合は海に直接流れる水量が増え、にごるらしいが、それ以外の時ははそれほどでもないとのこと。さらに進むとビーチバレーの会場となる場所も現れた。

2019年9月29日 (日)

東京モノレール昭和島車両基地入線ツアー(初めに)

 クラブツーリズムから、『世界に誇る交通インフラを楽しく学ぼう  東京モノレール&ZEAL湾岸航路・「一日学校」』というツアーが発売された。このツアーは、東京の交通インフラを学ぶ大人の社会科見学的ツアーとしても興味あるものだが、私にとっては東京モノレールの羽田空港第2ターミナル駅にある3番線臨時ホームから出発し、昭和島車両基地に入線する特別列車に乗れるので、普段乗れない線に乗れるとても貴重な機会だ。開催日は8月26日月曜日なので、会社の休暇を取って参加することにした。

Dsc00002  集合場所は東京モノレールの天王洲アイル駅で私はりんかい線経由で7時45分頃に到着した。集合時刻は8時30分なので天王洲アイル内のカフェで朝食を取りながら時間調整をする。事前の告知では130名ほど参加が予定されているから、かなり大人数のツアーだ。集合場所前の京浜運河には大型クルーザーが1隻横付けされている。

 集合場所で待っていると、乗り歩き仲間のSさんをお見かけした。前回お会いしたのは3社車庫めぐりの時なので1ヶ月ぶりだ。そのほかこういうツアーでお見かけする顔だけ知っている人が何名かいた。railwayさんも参加予定のはずで、1週間ほど前にはメールで連絡をいただいていたが姿が見えない。急に体調を崩されて今朝不参加を決めたようだ。集合時刻間際にはTさんも小走りにやってきていた。今回のツアーはクラブツーリズムで乗り鉄向け企画を行う大塚さんの姿が見えなかったので、別の部署の主催のようだ。

Dsc00008   先ほど見かけたクルーザーは別の船で、我々一行は2隻に分乗することになっていた。私は2組目だったので、1組目の船が出てからの乗船となったが、あいにく急に雨が降り出してきて、傘を差しながら待機する。

 

2019年9月28日 (土)

BEER&CAFE RAIL

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 恵比寿駅構内にある「BEER&CAFE RAIL」に行ってきました。その名の通り、鉄道感満載です。

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 入り口のドアノブがレールになっています。

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 店の天井には鉄道の駅で見かける時計がかかっています。

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 床にはレールが埋め込まれています。

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 昼はカフェになっていて、ホットドッグやカレーが食べられます。夜は恵比寿らしくビールのお店になるようです。

 

2019年9月27日 (金)

流線型の鉄道

Img_2511  10月14日までの予定で旧新橋停車場鉄道歴史展示室で「流線形の鉄道」展が開催されています。

 鉄道のスピードアップに伴い空気抵抗を減らすため車体が流線形になるのは最近の流れではなく、1930年代頃が最初のようです。

 アメリカでは鉄道のみならず、飛行機や乗用車でもそういった動きが高まり、当時のデザイン画や模型の車両などが展示されていて、今見ても美しいと感じられます。

 日本でも1934年に既存のC53蒸気機関車を改良し流線型の機関車を完成させました。その後それを発展させたC55蒸気機関車やEF55電気機関車などが誕生しました。

 しかし流線形にすることで車体の整備点検に手間がかかったり、第二次世界大戦の影響でデザイン面まで手が回らなくなったりして、その動きは途絶えました。

 今の流線形車体は、のぞみにしても、はやぶさにしても空力的には優れているのでしょうが、1930年代のような美しくかつ夢のある車両は少ないように思います。今から100年近く前にこんな夢のような乗り物が活躍していたなんて驚きです。皆様もぜひ一度訪問されてみてはいかがでしょうか。

2019年9月26日 (木)

懐かしの鉄道写真展


Img_2510  朝日新聞社で開催されている「懐かしの鉄道写真展」を見に行ってきました。本社2階の通路が展示場です。通路の壁の両側に写真が展示されている簡易な掲示スタイルでした。

 その名の通り昔懐かしい鉄道写真が展示されています。開業当初で運転本数の少ない東海道新幹線ホームやカートレインなど国内物だけでなく、日本占領下にあったシンガポールのトロリーバスなどもあり貴重でした。

 一方、古い鉄道写真とともに私の興味を引いたのが、鉄道の背景に写り込んでいる街並みです。浅草雷門前の都電の写真には、三菱銀行、三井銀行、神戸銀行、大生相互銀行など今は存在しない銀行の看板がたくさん見えました。こういった部分を見ることでも時代の流れを感じることができて経済の勉強にもなりました。

 開催は27日までです。お早目に。

2019年9月25日 (水)

ラッキードロップ 800系九州新幹線

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 海洋堂フィギュアの800系つばめです。博多の街を高架で走る九州新幹線という設定です。JRの駅などで見かけるラッキードロップというガチャガチャで手に入ります。1個400円という少しお高めなガチャガチャですが、新幹線や鉄道のシリーズがあるので皆様もお試しください。

2019年9月24日 (火)

京急踏切事故

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 9月5日に京浜急行神奈川新町駅近くの踏切で快速特急とトラックが衝突する事故が派生し、トラックの運転手が死亡し、乗客に多数のケガ人が出ました。お亡くなりになられた方のご冥福とともに被害にあわれた方の一日の早く回復をお祈りいたします。

 今回の踏切事故はまだ原因が解明されておりませんし、私自身が正確な情報を持ち合わせていないので、軽々しくコメントできないのですが、個人として不可解に感じる点がいくつかあります。

 まず1点目が踏切の支障検知装置が働きながら衝突事故が発生したこと。踏切にトラックが立ち往生し、踏切が閉まった時点で踏切支障検知装置が正常に作動したことは間違いないようです。運転士もその動作を確認し非常ブレーキをかけたようです。最高速度で走っている快速特急が停車するまでの制動距離は600m弱なので、その警報信号機がどこにあったのでしょうか。支障検知装置の動作を確認し、非常ブレーキをかけても踏切までに停車しないのであれば意味がありません。 

 2点目が現場に居あわせた2名の京急社員の対応がどうであったかという点。踏切手前で何度も切り返しを行い、路地から抜けようとしていたトラックを2名の京急社員が目撃していたようです。切り返しもままならないトラックがいるなら、一時的に踏切を停止させ、トラックを安全に進入させる方法はなかったのでしょうか。またその他にもこのトラックが何度も切り返しをしているのを多くの通行人が目撃していたようですが、警察を呼ぶなりの対応ができなかったのでしょうか。道を間違えたのはトラックの運転手の責任ですが、困っている人を助けられる人はいなかったのでしょうか。

 3点目が事故発生時の現場での誘導はどうであったかという点。運転士は気絶していたかもしれませんが、車掌の誘導はどうだったのでしょうか。非常用ドアコックの操作ではなく、連結部にできた隙間から車外に自力で脱出した人もいたようです。車内にとどまるように指示したのか、すぐに逃げるように指示したのか。

 いろいろ疑問は尽きないのですが、脱線した車両に対向車が突っ込まなかったことは不幸中の幸いだった思います。過去には脱線した列車に対向車が突っ込み多くの二次被害者を出した事故はいくつもあります。たまたま対向車が来なかったのか、踏切支障検知装置による緊急信号を目撃し停車したのか。この件に関する報道がないのも気になります。

 また京急伝統の先頭車電動車主義が踏切事故軽減に役立ったのか否かも気になります。

 疑問は尽きませんが、こういったことに的確にこたえられる記事がないことはどうしたことなのでしょうか。

2019年9月23日 (月)

緊急告知 第16回伊豆急全線ウォーク開催延期

Wlxal1kb  今年もまた伊豆急全線ウォークの季節がやってきた。当初は9月14日から来年の6月14日までの開催予定であったが、先日の台風15号の影響で10月12日スタートに変更になった。私はもう少し涼しくなってから参加しようと思っていたので問題はないが、近年の自然災害はかなり強力になっているようだ。

 基本的なルールに変更はなく、無人駅の立ち寄りルールや窓口休止時間帯など昨年と同様のようだ。コースのルートも概ね前年通りとなっている。

 

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  今回は2回完歩賞では令和の台紙が収められたコレクションボックスがもらえるので貴重だ。私も2回完歩賞を目指すかもしれない。

 

2019年9月22日 (日)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(終わりに)

Img_2123_r  昨年太平洋フェリーに乗ったときは台風の影響でかなり揺れたが今回は快適なクルージングだった。朝早くに目が覚めたので、5時前に朝風呂に入りにいった。昨夜と違って大浴場は空いていて、2つある浴槽の1つを占領しゆったりつかる。少しぬるめの湯加減が私には適度で、今回の旅行で入った風呂の中で一番私の体に合っていた。船の揺れでお湯が体にあたる感覚も気持ちよかった。

 Img_3835_r     朝食もバイキング形式で大人1,000円となっている。これから運転をするので朝酒とはいかない。

Img_3848_r    仙台港には10時に入港した。太平洋フェリーでは着岸まで車両甲板に降りられず、合図があるまで部屋で待機する仕組みになっている。放送に従い車両甲板に下りる。タイヤには車止めがかましてあり、これも新日本海フェリーとは異なっている。  Img_2124_r    仙台港インターから仙台東道路、東北自動車道を経由し、途中のサービスエリアで休憩しながら帰路に着いた。

   今回の旅は7泊8日という長い期間だったが、天候に恵まれ北海道の大自然を満喫することができ大満足だった。各地にある鉄道遺産も全体的に良い状態で保存されていて、道民の鉄道に対する意識の高さを感じた。まだ訪れていない鉄道遺産も多いので、今後も楽しみだ。

 これで「2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅」を終わります。

2019年9月21日 (土)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(太平洋フェリー)

   道の駅あびらD51ステーションを後に苫小牧フェリーターミナルへと向かい、ターミナル近くのガソリンスタンドで給油をする。道内での走行距離は5日間で1620km、平均燃費はリッター12.6kmだった。以前の北海道旅行では15km近くも出ることがあったが、車両が老朽化したせいか前ほどは伸びなくなった。それにしても1日平均の走行距離は320kmとなり、ほとんど一般道路の走行だからずいぶん走ったものだ。

Img_3794_r    フェリーターミナルに到着する前後から雨が降り始めてきたが、道内ではほとんど降られることがなかったのは幸運だった。

Img_3795_r    ターミナルビルで乗船手続きを済ませ、乗船まで車で待機する。ライダーの人はこの雨でずぶ濡れになっていてかわいそうだ。船体後部から乗り込む。

Img_3804_r    今回乗る船はきたかみで今年デビューしたばかりの新造船である。スペーストラベルをコンセプトにした船内とのことだが、そのコンセプトはあまり感じられない。しかしどの設備も真新しくてきれいで、やはり新造船に乗る価値はある。

Img_3808_r    本船の出港は19時だが、その15分前に大洗行きのさんふらあが一足先に出港していった。

 レストランや大浴場は出港前から営業している。さっそく大浴場に行ってみたが満員で、あきらめて部屋にあるシャワーで済ませた。部屋のシャワーとは別に大浴場そばにシャワールームもあるので、そちらも利用可能だ。

Img_3819_r    レストランはバイキング形式で夜は大人2,000円で、ビールは別料金で500円になっている。北海道の旅の思い出に浸りながら最後の夜を楽しんだ。

2019年9月20日 (金)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(道の駅あびらD51ステーション2)

  Img_3755_r  キハ183系の屋外展示を見た後、道の駅の建物の中に入る。ここの道の駅のメインはこのD51で、道の駅の建物の中で展示されている。

Img_3758_r    建物の中での静態保存とは、さすが機関区の町、力の入れようが違う。このD51は基本的には建物の中に展示されているのだが、月に何日かは屋外で展示される。

Img_3765_r  その時はD51の後ろに連結されている入換用の小型機関車で移動させるようだ。今日はそのタイミングでないのは残念だ。機会があればその様子も見てみたい。

Img_2119_r   道の駅では地元の生鮮食料品などの販売とともにD51に因んだおみやげも販売されていて、私は会社用にD51クッキーを、自分用にD51Tシャツを買った。このTシャツは伊豆急全線ウォークに着ていこうと思う。

2019年9月19日 (木)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(道の駅あびらD51ステーション1)

Img_2115_r_20190916054101    三菱鉱業美唄鉄道の見学を終えて、道の駅あびらD51ステーションへと向かった。この道の駅は、かつて機関区があり栄えた室蘭本線追分駅近くにあり、今年開業したばかりだ。その名の通りD51が静態保存されているのだが、それとともにディーゼル特急キハ183系も静態保存されている。キハ183系は静態保存にあたり、クラウドファンディングで資金を調達し、車体の整備を行うとともに国鉄色に塗り直されたのでぜひ見ておきたかった。

  Img_2114_r   その道の駅に向かう途中、ロードサイドでにぎわっているアイスクリーム屋があったので反射的に立ち寄った。アイスの家という店で、ミルクたっぷりのソフトクリームでコーンからあふれんばかりだ。ミルク分が多いせいか、食べているうちにどんどん溶けてきた。

Img_3786_r    ソフトクリームを食べ終え、さらに車を進め、道の駅あびらD51ステーションに到着した。道の駅の一角にキハ183系が止まっている。スラントノーズと呼ばれる独特の先頭形状が特徴的だ。私は1983年2月の北海道旅行の時、初めてこの車両に乗った。釧路まで夜行急行まりもでやってきて、そのまま折り返しのおおぞら2号に乗った。力強いエンジン音でダイナミックな走りを楽しませてくれた。釧路、帯広付近では積雪も大したことはなかったが、石勝線の山岳区間では豪雪地帯に変わった。しかし、それをものともしない走りだった。当時の北海道の特急は老朽化したキハ82系が中心だったので、新型車両は力の差を見せつけていた。その車両も登場から35年、すべて引退し今やこのように静態保存される時代になった。

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 車内のシートはデビュー当時は茶色だった記憶があるが、今はワインレッド色になっている。網棚が鉄パイプ式なのは時代を感じさせる。

2019年9月18日 (水)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(三菱鉱業美唄鉄道)

  三井芦別鉄道の保存車両を見学した後、今度は三菱鉱業美唄鉄道の保存車両を見に行った。芦別からは1時間半ほどかかる。今回の旅行では毎日天候に恵まれたが、美唄に向かう途中で集中豪雨に見舞われた。ワイパーをハイスピードにしても追いつかない降りだった。スマホで雨雲を動きを調べるとかなり局地的な雨で、すぐに止んだ。

  三菱鉱業美唄鉄道は函館本線の美唄駅から常盤台駅までの10.6kmを結ぶ鉄道で、1914年に開業し、旅客と貨物の営業を行っていたが美唄炭鉱の閉山に伴い1972年に廃止された。

Img_3715_r   同鉄道の清明駅が保存されている。廃線から50年近く経つとは思えないほどキレイな状態が保たれている駅舎だ。

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  駅舎裏手にはSLが静態保存されているがこれも状態がいい。

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 ドイツから輸入された車両をモデルに作られ、質実剛健といった感じだ。

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 ホーム跡もかろうじて残っていて、廃線跡はサイクリングロードになっている。

 

2019年9月17日 (火)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(三井芦別鉄道)

   三菱石炭鉱業の見学を終えて、今度は三井芦別鉄道の保存車両を見に行った。夕張からは1時間半ほどかかる。先ほど手に入れた廃線マップでは道路沿いに三菱石炭鉱業の廃線や廃駅があるようだったが、車窓からは確認することができなかった。 

 三井芦別鉄道は1940年に開業し、根室本線芦別駅から頼城駅まで9.1kmを結び、旅客と貨物の営業を行っていたが、1972年に旅客営業が、1989年には貨物営業が終了した。 

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 まずこちらが緑泉(ろくせん)駅跡。廃線後長らく民家として利用されていたが、現在は誰も住んでいないようだ。 

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   こちらが三井芦別鉄道の保存車両。一般に鉄道の保存車両は公園や広場などスペースのあるところに設置されているのだが、ここは炭山川に架かる鉄橋上にある。こんな展示のされ方は見たことがない。鉄橋上にあるのですぐ近くまで寄って見ることができない。並行する道路から撮影した。 

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 樹木が生い茂ってよく見えないがディーゼル機関車の後部にはセキ(石炭用貨車)が連結されている。冬季には車両を鉄橋から移動させるようだ。廃線から40年以上経過しているが、鉄橋ともども展示に耐えられる状態で、メンテナンスに相当な労力が要すると察せられ、いつまでこの展示方法が継続するかは心配だ。 

   なおこの展示をドローンで撮影した人がいるので合わせてお楽しみください。

2019年9月16日 (月)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(三菱石炭鉱業大夕張鉄道線)

Img_3670_r  今日がとうとう北海道最終日になってしまった。北海道で5泊もしたのだが、長いようであっという間に終わってしまった。

  ホテルマウントレースイを出て、まず向かったのが三菱石炭鉱業南大夕張駅だ。三菱石炭鉱業大夕張鉄道線は1911年の開業で、夕張線の清水沢から大夕張炭山までの17.2kmを結んでいたが、1973年に南大夕張・大夕張炭山間が廃止された。私が乗ったのは廃線を免れた清水沢・大夕張間7.6kmで1985年3月に乗車した。冬の時期なので客車列車ではダルマストーブが燃えていた。

Img_3673_r   その後1987年に廃止され、現在は大夕張鉄道保存会の手により機関車や客車の静態保存がされている。車体にはしっかりと三菱のマークが残っている。

Img_3685_r   保存客車は2両あり、中に入れるようになっている。木製の床にボックスシートで、私が乗った車両に違いない。

Img_3689_r    車内にはかつての車両の写真や同鉄道の歴史などが展示されている。また、夕張廃線マップというパンフレットも置いてあり、もらってきた。

   廃線マップによれば夕張にはこの三菱石炭鉱業、今年廃線になった夕張支線、夕張鉄道などの他にも森林鉄道や北炭の貨物線用鉄道などもあり、時間をかければいろいろな廃線を楽しめそうだ。

Img_3679_r    鉄道車両のほかにバスも1台展示されていた。保存車両は野ざらしだが、その割りに保存状態は悪くなく、30年以上も経過して、この状態を保っているのは関係者の努力のたまものだ。

 私がここに着いたときには既に先客が1名いたし、私が見学している間に神戸ナンバーのセルシオの旅行者が来たので意外と人気スポットのようだ。

2019年9月15日 (日)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(夕張支線グッズ)

 Img_2113_r  ホテルは夕張駅前にあったこともあり、夕張支線に関する資料やグッズの販売が行われていた。

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 品数も豊富だ。

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  そんな中で、ガチャガチャでJR北海道の硬券乗車券も売られていた。ガチャガチャで硬券乗車券が入っているのは初めて見た。

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 試しに回してみたところ、糸井から苫小牧行きの乗車券が出てきた。この区間の切符が出てきたのは因縁めいたものを感じる。今から10年ほど前に北海道旅行をしていた際、私の旅行カバンが一人旅をした区間と一致するのだ。その時の様子はコチラです。

Img_3663_r    翌朝、ホテルの周辺を散策すると夕張支線の廃線跡を歩く鹿と遭遇した。人間は廃線跡に入ることは禁じられているが鹿はおとがめないので、ゆうゆうと歩いていた。うらやましい。

2019年9月14日 (土)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(ホテルマウントレースイ夕張)

Img_3648_r    今夜の宿は旧夕張駅前にあるホテルマウントレースイ夕張だ。右は旧夕張駅舎。

Img_3639_r  ホテルの裏手はスキー場で連絡ブリッジで直結しているリゾートホテルだ。今回の旅行で泊まったホテルでは必ず車寄せで従業員のお出迎えがあったが、ここはそれがなく、荷物も自分で運ぶようになっていた。駐車場係もおらず、空いているスペースに適当に車を止めた。

Img_3628_r    このホテルのウリはディナーバイキングでの夕張メロン食べ放題だ。会場の中央に夕張メロンタワーがそびえている。量が少なくなるとすぐに補充されて、食べ放題に偽りはない。

Img_3629_r    バイキング会場を見渡すとほぼ9割が中国人の団体観光客だった。その中には夕張メロンしか食べていない人もいた。夕張メロンは8分の1にカットされていて、私は食事も食べたので、メロンは4カットほどしか食べなかったが、中国人の中には1人で10カット以上食べている人もいた。

   このホテルはかつては夕張市の外郭団体が運営していたが、その後民間に譲渡され、さらに2017年には中国資本に売却されていた。そういう関係もあり、中国人観光客が多いのだろう。彼らのパワーに圧倒されながら夕食をとった。

2019年9月13日 (金)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(夕張支線)

Img_3605_r    六花亭の本店に立ち寄った後、道東自動車道経由で夕張へと向かう。市内で見かけた帯広駅の方向を示す道路看板には781系交流特急電車が描かれていた。帯広駅は非電化だから、このタイプの車両は入線することはないし、そもそも781系自体がすべて廃車されているので標識として不正確だ。

 帯広音更インターから道東自動車道に乗り、今夜の宿泊地夕張を目指す。新夕張から夕張までは石勝線の夕張支線があったが今年の5月で廃線となった。今夜宿泊するホテルは旧夕張駅の駅前にあるので、そこに行くまでの間夕張支線の廃駅を順番に見て行こうと思う。

Img_2459-1_r    ところで現在ホクレンでは50リットル以上給油すると北海道のロードマップをプレゼントしている。これをゲットするため道東自動車道を夕張インターで降りた後、ホクレンの沼ノ沢給油所で給油をした。ガイドマップは昨年の夏に旅行した時にももらったが、去年は7月と8月でマップが分かれていたが、今回は1冊に統合されていた。大きさは前回より一回り大きいB4サイズになっていて、車の中で広げて地図を見るには少し不便になった。

Img_3606_r   ホクレン沼ノ沢給油所の目の前が夕張支線の沼ノ沢駅だった。駅舎を利用したレストランがあったが、この日は休業のようだ。すでに駅自体は閉鎖され、中には入れないようになっている。

Img_3610_r  続いて南清水沢駅。踏切はすでに撤去されていた。

Img_3614_r  清水沢駅。ここはかつて三菱石炭鉱業大夕張線の起点駅でもあった。 

Img_3624_r   続いて鹿ノ谷駅。

2019年9月12日 (木)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(十勝鉄道)

Img_3582_r     阿寒湖のホテルに宿泊した翌7月25日、足寄経由で帯広まで向かった。ふるさと銀河線足寄駅はすでに廃止され道の駅になっているが、その前の交差点はいまだに「足寄駅」となっていた。

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 帯広では十勝鉄道の車両が保存されている場所まで行ってみた。十勝鉄道は甜菜の輸送を目的として1920年に開業し、1923年からは旅客輸送も開始した。最盛期には帯広市および周辺市町村に最大100km以上の路線を有する鉄道だったが、1959年には早くも旅客営業を終了、貨物輸送も2012年に終了した。

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   こちらは十勝鉄道第4号蒸気機関車とコハ23号客車。屋根がついているので保存状態が非常に良い。

Img_3588_r    この保存車両の前後の空き地はおそらく鉄道の廃線跡と思われる。思い出の小径と言う名前がついていた。

Img_2100_r_20190901183201    十勝鉄道の後を見た後に六花亭の帯広本店に行ってみた。ここは今までの北海道旅行で何度か訪れている場所である。清楚な建物で外観を見る限りここが六花亭の本店と気づく人は少ないだろう。

Img_2104_r    奥にはイートインスペースがあってそこで無料のホットコーヒーが飲める。私はマルセイアイスサンドを買ってそこでしばし休憩を取った。

2019年9月11日 (水)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(阿寒湖温泉)

Img_3566_r  900草原の大パノラマを楽しんだ後、今日の宿へと向かう。昨年も宿泊したあかん湖畔にある鶴雅リゾート雛の里だ。阿寒湖畔に立地し、眺めがよく温泉が充実したホテルだ。

Img_2082_r   チェックインはカウンターではなく専用ラウンジで行われ、抹茶のおもてなしで迎えられた。一緒についているのはまりも団子であっさりとした甘さでおいしかった。

Img_3532_r    部屋からは阿寒湖が一望できる。小ぶりだが展望風呂も付いている。

Img_2086_r    こちらは夕食の様子。2階のレストランでの食事となる。

Img_3559_r    翌朝朝食前の時間阿寒湖を散策してみた。雌阿寒岳が湖面に映って綺麗だ。

Img_3573_r   こちらは朝食の様子。バイキング形式となっている。

 

2019年9月10日 (火)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(標茶簡易軌道)

  Img_3505_r   太平洋石炭販売輸送の廃線跡などを見学した後、標茶へと向かった。釧路からは大体1時間位の距離にある。標茶を訪れたのは、ここにかつての標茶簡易軌道の遺構が残っているのだ。標茶簡易軌道は1955年の開業で最盛期には約30kmもの路線を有し、旅客、貨物の営業を行っていたが1974年に運行を終了した。 こちらがその当時の建物。この建物周辺が標茶簡易軌道の開運町駅周辺なのだ。

Img_3511_r  壁面に町営車両整工場と言う文字がうっすらと見える。ここで簡易軌道の車両の保守点検を行っていたのだろう。

 標茶簡易軌道の駅跡を見た後、標茶の町を北上し、北海道標茶高校前を通過する。この高校は日本で一番敷地の広い高校らしい。北海道ならではだ。それとは別に気になる点として、この高校は「北海道立」標茶高校ではなく、北海道標茶高校となっていることだ。ここに限らず今回の旅で見かけた高校はすべて「北海道」となっていた。内地では埼玉県立浦和高校や神奈川県立湘南高校となるのだが、なぜか北海道立という呼び方はしないようだ。

 続いて900(きゅうまるまる)草原に行ってみた。ここは広さ900ヘクタールある草原なのでそう呼ばれている。計算ではおよそ3キロ四方が草原になっていることになる。

Img_2078_r    その1番高いところにやってきた。ここには駐車場がありそこから展望台に登ることができ360度のパノラマ展開する。この日は平日だったので観光客も少なくこの景色を独り占めすることができた。

2019年9月 9日 (月)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(太平洋石炭販売輸送)

Img_2390    ホテルで朝食を済ませ10時少し前に出発した。まず向かったのが釧路市立博物館である。私は2年前に釧路に訪れた際に「釧路・根室の簡易軌道」と言う書籍を購入したが、その増補改定版が出版され、それを買い求めるためだ。道東の簡易軌道は北海道遺産登録によりここ1、 2年で急速に認知度が高まった。その功績として大きいのがこの著作だ。増補改定版でページ数が40ページも増加したのに、定価は1,000円で据え置きと言ううれしいことになっている。私は前回分も購入したのだが、今回も購入してみた。まだ前回分との読み比べができていないが、早く読み進めてどこが新しく加わった部分なのかしっかり把握しておきたい。

Img_3476_r    釧路市立博物館で「釧路・根室の簡易軌道」を購入した後、太平洋石炭輸送販売の知人駅跡に行ってみた。かつてはここで石炭列車が石炭を放出し、それをベルトコンベヤーで釧路港の貨物船に積み込んでいたが、今年3月で運行休止(実質的には廃止)され、今は跡地が広がるばかりである。

Img_3478_r    そこから春採駅に向かったが、既に踏切が撤去され、車が一時停止せずに通行できるようになっていた。

Img_3485_r  しかしさらに進んで春採駅近くの踏切に来たところ、そこにはまだ踏み切りが残っていて車が一時停止しなければならなかった。廃止されたのは3月だから工事が進行中で場所によって扱いが異なっているのかもしれない。

Img_3492_r    その踏切近くにある春採駅では機関車や貨車が今にも動き出しそうな感じで駅構内に停留されていた。こういった産業遺産を何らかの形で保存できる方法があればいいと思う。

Img_3471_r  春採湖畔の景色のいいところなので、線路をトロッコ用に改造して走れせてもらいたい。

2019年9月 8日 (日)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(石川啄木)

Img_3449_r        7月24日、北海道4日目を迎える。朝食前にホテルの周辺を散歩してみた。ホテル近くの建物には、北海道新幹線釧路延伸を切望する看板が掲げられていたが、実現の可能性は0だろう。

 幣舞橋を渡り3分ほど歩いたところにかつての釧路新聞社の建物を復元した港文館と言う建物がある。1908年、釧路に降り立った石川啄木はこの釧路新聞社に勤務していた。ただしその勤務期間は76日間と非常に短かった。 しかしそんな短期間にもかかわらず石川啄木が釧路で生活していたと言うことが釧路では大きく語り継がれている。句碑めぐりのコースもあるようだ。

Img_3453_r    こちらが石川啄木像で、その下には啄木の句碑が設置されていて、釧路駅に降り立ったときの感想を「さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」と詠んであった。1908年は旭川-釧路間が全通した翌年で、まだ根室方面の路線は開通していなかったので、釧路はまさにさいはての駅だった。  Img_3461_r    その弘文館の建物の脇あたりから、かつての釧路臨港鉄道の廃線跡が広がる。道路脇に中途半端な形で存在する空き地がおそらく廃線跡に違いない。釧路臨港鉄道はかつては貨物営業とともに旅客営業も行っていたが、旅客営業は1963年に廃止され、その後貨物営業は太平洋石炭販売輸送に引き継がれたが、その太平洋石炭販売輸送も本年3月をもって営業を休止(終了)した。

私は2年前の5月にその太平洋石炭販売輸送の春採駅を見学したことがあった。その当時は春採駅から知人駅まで貨物輸送が行われていた。私が訪問した日は土曜日で実際に貨物列車の運行は行われていなかったが、春採駅構内で貨物列車に実際に触ったりディーゼル機関車の運転台に乗せてもらったりした。その時の様子はブログの記事にしてあるのでご参照ください。

 

2019年9月 7日 (土)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(ANAクラウンプラザホテル釧路)

  北海道3泊目の宿は釧路にあるANAクラウンプラザホテルだ。このホテルにはここ何年か連続して宿泊している。

Img_2068_r    今回も昨年と同様夕食はホテルの近くにある岸壁炉端焼きでとることにした。ここは自分で食材を買ってそれを自分で炭火で焼いて食べるスタイルの店で、入り口で食券を買い、その後席に誘導される。食券は1,000円単位で販売されていて、使い切りが原則で余った分は買い取ってくれないのでその点は注意が必要だがそれを除けば現金と同じように使える。

Img_2065_r    まずサッポロクラシックの中ジョッキを550円で購入した。

  Img_2066_r1  それから焼き鳥や鮭のチャンチャン焼きを選んだ。それを自分で炭火で焼いて食べるのだ。

   観光客も多いのだが、地元の人が居酒屋代わりに利用しているケースもある。建物は屋根はあるが壁はなく吹きっさらしで季節によっては寒いかもしれないが今の時期はちょうど良い感じだ。

Img_3467_r    翌朝はホテルのレストランでバイキングの朝食をとった。北海道らしい食材が多くそれを少しずつとって食べていると朝から食べ過ぎの状態になってしまう。

2019年9月 6日 (金)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(コープはまなか)

Img_2058_r    川北駅の保存車両を見学した後、中標津の街を経由して茶内へと向かった。

Img_2061_r 昨年来た時に茶内駅近くのコープで食べたソフトクリームの味が忘れられず、また行きたくなったのだ。 客が絶えず出入りし、観光客だけでなく、地元の人も買っているから、おいしさは折り紙付きだ。ミルクの味が濃厚でコーンの奥までソフトクリームが詰まっているのもうれしい。

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Img_2062_r_20190825233501    この町はルパン三世の作者モンキーパンチ氏の生まれ故郷で、残念ながら氏は今年4月に他界されてしまったが、コープでは店内にルパン三世のポスターやグッズがあり、周辺の駅ではルパンのイラストや看板があり、地元の英雄だ。

2019年9月 5日 (木)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(川北駅跡)

Img_3427_r  ウトロで1泊し、北海道3日目はまず知床峠を経由して太平洋側に出た。ウトロ側からは羅臼岳がハッキリと見えていたが、上るに従って雲が出てきて、知床峠に来ると全く何も見えなくなってしまった。晴れていれば岩肌がむき出しになった羅臼岳が間近に見えるので残念だ。

Img_3429_r  知床峠からは下りになり、羅臼の町を通り、太平洋側に出る。左手の海には国後島がかすかに見える。日本から見える外国だ。領土交渉は難航しているが、関係者の努力に期待したい。

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 ウトロから2時間ほど走り、川北という集落に入る。ここにはかつて標津線の川北駅があり、その跡地に当時の車両が保存されているので見学にやってきたのだ。標津線は標茶から根室標津までと厚床から中標津までの線の2本で構成され、私は国鉄時代の1986年3月に乗車したが、民営化後の1989年に廃止された。

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 プラットホームや駅名票は新たに作られたもののようだ。

Img_3440_r  キハ221両展示してあり、車両も手入れも行き届いていて、関係者の努力が感じられる。このキハ22は昭和37年製で私と同じ年だ。

 

2019年9月 4日 (水)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(ウトロ温泉)

Img_3401_r 今日の宿はウトロにある「北こぶし」というホテルだ。昨年も宿泊したが、従業員の出迎えや見送り、レストランでの応対など水準の高いホテルで、今年もまた泊まることにした。ロビーも広々している。

Img_3399_r 部屋には露天風呂も付いていて、ぜいたくな造りになっている。

 

Img_2048_r 食事は朝夜ともバイキング形式だが、和洋中種類も豊富でどれもおいしい。

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Img_3402_r 翌朝はホテル周辺を散策してみた。ウミネコの鳴き声が大きい。

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 ホテルの近くには道の駅「うとろ・シリエトク」があり、早朝にもかかわらず駐車している車両が多い。大半が車中泊したのだろう。この道の駅は道内道の駅ランキングで1位になったこともある人気の道の駅で、売店や併設されている知床世界遺産センターは営業開始前だっだが、いつか利用してみたいと思う。シリエトクはアイヌ語で陸地の先端という意味で、知床の語源となっている。建物は知床番屋をイメージしたもので、番屋とは漁師が寝泊まりしたり作業したりする小屋のこと。

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 ホテルの駐車場には大型バイクも駐車している。いずれもハーレーで、オーナーの人が早朝から時間をかけて丁寧に磨き上げていた。

2019年9月 3日 (火)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(屈斜路湖)

   北見駅付近の鉄道遺産を見学した後、美幌峠に行ってみた。北見市内からは1時間ほどの距離だ。昨年も美幌峠に来たが、その時は曇っていて屈斜路湖がよく見えなかった。今日はよく晴れているので絶景が広がっているだろう。

Img_3391_r  美幌峠が近づくにつれて風が強くなり、峠の駐車場に車を止めた時は体が揺さぶられるほどだった。このあたりは元から風が強い地域なのか高い樹木は全くない。

Img_3382_r  今日は中の島もよく見える。絶景だ。やはりこういう雄大な景色は北海道ならではだ。

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 美幌峠には道の駅があり、そこで「JR北海道駅名票キャラメル」が売っていたのでお土産に購入してみた。昔サイコロキャラメルというのがあったが、その駅名票バージョンでJR北海道の駅名が各面に印刷してある。隣駅の駅名はもとより駅のナンバリングまで忠実に再現されている。またサイコロとしても利用できるよう下部に小さくサイコロも描かれている。5個1セットで200円だった。

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 こちらは一緒に販売されていた北海道市町村名キャラメル。各面に市町村名が表示されている。北海道150周年記念の図柄も描かれている。

2019年9月 2日 (月)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(ふるさと銀河線廃線跡)

  ふるさと銀河線の車両を見学した後、今度はふるさと銀河線廃線跡に来た。私の車のカーナビは古いので、まだふるさと銀河線の線路があるものとして表示されている。廃線跡巡りには好都合だ。 

Img_2019_r    ここは北見駅から1キロほど離れた場所で、道路の脇に不自然に広がる空き地があり、カーナビ上は線路として表示されている。 

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Img_2027_r    そしてその廃線跡の反対側の私有地には古い車両が静態保存されている。こちらはラッセル車やディーゼル機関車など、全部で4両展示されていた。こちらも案内板など何もないのでなぜここにあるのか不明だ。かなり老朽化しており、崩落して人に危害が及ばないか心配される。 

Img_2025_r    このすぐ近くには北見ハッカ記念館がある。北海道の開拓時代を思わせる瀟洒な建物だ。この日は月曜日で休館日にあたるので見学はできなかったが、北見はハッカの名産で知られる。

Img_2024_r  その敷地の片隅にふるさと銀河線の古レールを利用した街灯が設置されていた。シンプルなデザインでよく見ないとレールを利用しているか分からないが、いい記念碑だ。

2019年9月 1日 (日)

2019年北海道鉄道遺産めぐりの旅(北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線)

   層雲峡のホテルに泊まった翌日、北海道2日目はまず北見に向かった。石北峠を超え、ホテルから約2時間ほどで北見の街中にやってきた。

Img_2129_r    清月というお店で販売されている赤いサイロというお菓子を買ってみた。カーリングの女子日本代表チームが休憩の時に食べていたお菓子だ。店の入り口には、朝8時45分から整理券を配り、1人10個の制限付きで販売すると張り紙がある。もう12時頃なのでダメもとで立ち寄ったが、まだ80個ほど残っているとのことで無事ゲットできた。月曜日のせいもあるだろう。

Yjimage_20190825141301    赤いサイロはチーズケーキのお菓子で、130円という値段の割にはボリュームが少なめで、食べごたえにはとぼしい。カーリングの休憩の時に食べるくらいならばちょうどいいのだろう。ただ食べてみてもなぜ「赤いサイロ」なのかは分からない普通のチーズケーキだった。

   赤いサイロを購入した後、北見市内にある北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の跡を訪ねてみた。同線は国鉄池北線を前身とし、1989年に第三セクター化された。私は国鉄時代の1980年と第三セクター化された後の1990年に乗車し、廃線が決まった2006年にも乗りに来た。北海道の国鉄赤字ローカル線でバス転換されず第3セクター化されたのはこの線のみで、その意味で貴重な存在だっだが、沿線人口の少なさと観光地に恵まれない地域を走る路線だったので結局廃線になってしまった。

Img_2018_r_20190825141301    清月から10分ほど走ったところにある車両。事務所の駐車場のようなところに1台ポツンと置かれている。台車は外され、車体のみが置いてある。こういう保存方法は珍しい。

Img_3362_r    ドアには鍵がかかっているので中には入れない。案内板などもなく、なぜここに車両が置かれているのか不明だが、地元の愛好家が設置したのだろうか。屋根がないのでかなり腐食も進んでいる。鉄道の保存車両は全国各地にあるが、メンテナンスにかなりの労力、資金力を要するので、貴重な鉄道遺産を残すためには何らかの支援を検討する時代に来ているのではないだろうか。

 

 

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