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2018年12月

2018年12月31日 (月)

2018年を振り返って

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 今年2018年は新線の開業はなかったものの、車庫線や渡り線などに乗れる企画が多く、乗り歩きに忙しい年でした。

 普段は乗れない線に乗ったものは、順に横浜シーサイドライン車庫線、阿武隈急行梁川車両基地車庫線、秋田港線、横須賀駅側線、仙台臨海鉄道、阪堺電気軌道我孫子道車庫線、札幌市営地下鉄車庫線、大井川鐵道大代側線、福知山電車区車庫線、東鷲宮連絡線、岡崎駅構内渡り線、水島臨海鉄道倉敷貨物ターミナル、長岡車両センター、ニュートラム車庫線など近年にない収穫です。これ以外でも会社の休みが取れず見送ったものや情報に気が付かず後から知って悔しい思いをしたものなどもあります。鉄道各社や旅行会社が我々のような存在に対して目を向けてくれるようになった表れだと思います。

 一方、ローカル線を巡る状況は厳しく、三江線の廃止や札沼線の末端区間の廃止決定などがあり、今後もそういった動きが加速してくるのでないかと思います。

 また自然災害の影響も大きく、集中豪雨被害による山陽本線の不通、台風の強風で流されたタンカーが関西空港連絡橋に衝突し不通になったり、北海道の大地震による運休など、鉄道インフラへの影響も大きかったです。

 いろいろあった1年ではありますが、本ブログも10周年を迎えることができ、乗り鉄的には充実した1年でした。来年もまたよろしくお願いいたします。

2018年12月30日 (日)

トレインビューカフェ

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 秋葉原駅総武線千葉方面行きホームに隣接してスターバックスコーヒーがあります。カウンター席に座ると行きかう電車や利用者が間近に見えるトレインビューカフェです。

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 やってくる電車は総武線だけですが、時間帯によっては特急車両も入るので、眺めていても飽きません。お時間があるときにはぜひお立ち寄りください。

2018年12月29日 (土)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(帰路)

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 引山バス停はロータリー式の大きなバスターミナルだった。帰りは一番前の席に席に座るべく、1台見送っての乗車にした。傘を持って来なかったが、雨が大降りになってきた。屋根付きのバス停がありがたい。

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 バスレーンは朝夕はバス専用だが、その他の時間帯は優先レーンで一般車の走行も多い。右折禁止の交差点で右折しようとしていた車があり、運転手が盛大にクラクションを鳴らしている。

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 するとそれをたまたま対向車線にいたパトカーが見つけ、緊急走行で運転手を捕まえていた。三河ナンバーの車で、この辺の交通規制に不案内だったかもしれない。

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 引山から乗ったバスは栄が終点となる。栄の地下街を歩いてみたが、日曜日の午後にもかかわらず、人通りは少なめだ。名古屋駅周辺に人が取られているのだろうか。

 帰りの新幹線は17時42分発でまだ時間がある。ワンデイ名古屋行っとくかクーポン利用なので、変更は効かない。市営交通の一日乗車券があるので、上飯田線や鶴舞線に乗り、時間をつぶしてから名古屋駅に戻った。

これで「愛知環状鉄道通り抜けの旅」を終わります。

2018年12月28日 (金)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(基幹バス乗車)

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 名古屋バスターミナルを出発。しばらくは一般道路を走り、大津通りバス停から基幹バスレーンのある区間を進む。道路に黄色の塗装が施されている。バス停の間隔が長いのでスピードも速い。

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 バス停はご覧のようなスタイルで路面電車と同じだ。

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 上りと下りでバス停の位置が交差点に対して互い違いの位置に配置され、それぞれバス停は信号の手前に配置されている。

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 交差点では特殊なレーンになっているところが多い。直進の場合、通常の道路で右から右折、直進の順になるが、基幹バスレーン区間では直進、右折の順番になり、右折車は緑の矢印信号が出るまで待機する形になる。一般の感覚では一番右が右折レーンになるから、慣れないと戸惑いが大きい。導入当初は事故が多かったに違いない。​

 名古屋駅から出発したバスは途中の茶屋ヶ坂バス停で右折し、基幹バスレーンから外れる。この先バスレーンを直進したい人は引山方面行きに乗り換える必要がある。

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 後続の引山行きバスに乗り換えたところ、そのバスは名古屋市営バスではなく名鉄バスだった。ここは名古屋市営バスと名鉄バスの重複区間なのだ。私は名古屋市営交通の一日乗車券を持っているが、これでは名鉄バスは乗れないので運賃が別払いになる。

 名鉄バスの運賃箱は投入した硬貨を瞬時に計算し、投入金額が合っていればチャイムが鳴るという優れたシステムだ。運賃不足の客がいて、すぐさま運転手に呼び止められていた。

2018年12月27日 (木)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(名古屋基幹バス)

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 今回の旅でも「ワンデイ名古屋行っとくか」クーポンを利用しているので、名古屋駅構内で食事ができる。お昼ではあるがせっかくなので、お酒をが飲める店でエビスバーにした。クーポン利用で食べられるメニューは決まっていて、エビスビールと手羽先、土手煮、串カツのセットだ。土手煮、串カツは八丁味噌の濃厚な味だ。

 食事を済ませて、これから名古屋基幹バスに乗る。基幹バスとは、バスの走行路が優先レーンや専用レーンとなっていて渋滞の影響が少なく運行でき、また停留所が路面電車のように道路中央部に設けられていて、その間隔も平均で800m程度と長めで高速運転ができるようになっているバスのことで、地下鉄を建設するほど旅客の流動はないが、比較的長距離の移動が発生する地区の交通手段を提供する目的で設置されている。

 道路の中央部にバスレーンを設ける関係で、道路の幅が3車線くらいは必要になるので、どの都市でも運行できるわけではない。

 名古屋の基幹バスは2系統あり、昭和57年から運行が開始された1号系統は栄から星崎・鳴尾車庫・笠寺駅の区間を走り、2号系統は昭和60年に運行が開始され、栄から引山・四軒家と名古屋駅から猪高車庫の区間を運行しており、私は2号系統に乗る予定だ。

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 名古屋市営バスの乗り場は昨年JRゲートタワー及びJPタワー名古屋の1階に新築された。

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 ホームドアが設けられ、バスが到着すると開くようになっている。こんな充実したバスターミナルは見たことがない。

2018年12月26日 (水)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(名古屋まで)

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 北野桝塚に停車し後続の列車に先を譲る。ここでおもてなし隊、JR東海社員、愛知環状鉄道社員一同による記念撮影会が開催された。

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 列車はさらに進み、瀬戸駅に停車する。ここでも瀬戸市観光協会による物販が行われた。お昼には少し早いが、瀬戸市名物しょうゆ焼きそばを買ってみた。450円でボリュームたっぷりだ。

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 高蔵寺に停車し、JRの運転士に交代する。ここでも渡り線を通る。この区間も通ったことがなかった。先ほどの岡崎駅とは違ってここを眺めている人は少なかった。

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 中央線を進む中、最後は豊臣秀吉(後列左)他と記念撮影。秀吉から「どちらから参ったか」と問われ、まじめに○○市と答えてしまったが、こういう時は「武蔵の国」と答えるのが大人だろう。

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 乗車証明書と昔懐かしいクッピーラムネ

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 11時33分、名古屋に到着し、これで愛知環状鉄道通り抜けは終了した。

2018年12月25日 (火)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(岡崎駅構内渡り線)

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 そんなおもてなしが続く中、岡崎駅ではまず下り本線を横断し、9時31分、4番線に入る。ここで方向転換して愛知環状鉄道に入る。愛知環状鉄道は元は国鉄岡多線で岡崎から新豊田までの路線だったが、1988年に高蔵寺まで延伸されるとともに愛知県や沿線市町村、トヨタ自動車などが出資する第3セクター化された。私は国鉄時代の1983年に初乗りし、愛知環状鉄道になってからは1989年に乗車し、その後愛知万博開催の2005年にもう一度乗った。

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 ここで愛知環状鉄道の運転士に交代すし、下り列車をやり過ごした後、9時30分に出発する。

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 ここから先は運転席後部のポジションは競争率が高く撮影はままならなかったので、ウキペディアか拝借した構内配線図をご参照いただく。

 東海道線下り本線を少し走った後、上り線と下り線の間の中線に入り、上り線の下を抜ける。開業当時の岡多線は北野桝塚からのトヨタの貨物輸送を担っていたので立体交差にしたと思われる。しかもこういう場合通常は、後からできた岡多線が高架や築堤で東海道線をまたぐのだが、ここでは東海道線を築堤にするというダイナミックな配線になっている。

 東海道線の下を抜けると今度は右側から愛知環状鉄道の本線が近づいて来る。これは2004年に新設された路線で現在はこの新設線経由で運行されているがそれまでは東海道線をくぐるルートで岡崎駅に発着していた。六名駅に到着し、これで岡崎駅構内渡り線の乗車が完了した。

2018年12月24日 (月)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(岡崎まで)

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(武将と美女に囲まれてご満悦のミスターK。キリンビール名古屋工場副工場長にシャッターを押してもらう)

 犬山市に続いて清須市によるおもてなしが始まる。織田信長に扮した若者が現れ、清須市のPRをしている。それと共にキリンビール名古屋工場の担当者も来ている。同工場は清須市にあり、上り新幹線の運転士は同工場を目安に名古屋駅停車のブレーキをかけ始めるらしい。また同工場は東京起点350kmの位置にあり缶ビールの350mlサイズと同じ数字であることも強調していた。「三、二、一番搾り」と言いながら記念撮影をしてもらう。

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 記念にトートバッグ、ドリンク、飴などをいただく。ビールでないのは残念だが、未成年の参加者もいるから仕方ない。

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 そのおもてなしの間に安城駅4番線待避線に入るのをTさんが目配せで教えてくれた。Tさんはいつもビデオカメラを持っていて動画派のようだ。この4番線は現在は定期列車の入線がない。

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 清須市が終わると今度は名古屋市によるおもてなしだ。名古屋市のような大都市でも地域おこしに取り組んでいて、コスプレの街を目指しているようだ。「イカのミソスープ」という変わった名前のコスプレーヤーが現れた。私はコスプレには興味がないが、日本旅行が最近募集した貨物線の旅ではコスプレーヤーの参加を歓迎していたので、意外と人気があるのかもしれない。

2018年12月23日 (日)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(名古屋出発)

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 列車は3両編成で、席は指定されており、私は先頭車になった。転換クロスシート2名分を1人で使用できるのでゆったりしているし、隣が空いているから移動しての撮影もしやすい。

 8時22分、駅員に見送られながら名古屋駅を出発。発車するとクラブツーリズムの担当者から本日の行程の案内があり、それに続き、各車両で沿線各地の担当者からのおもてなしが始まった。

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 右端の男性はクラブツーリズムで貨物線の旅をいくつも手掛ける大塚さん。

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 まず犬山市の担当者による案内。パンフレットや犬山城クリアファイルなどとともに犬山名物のげんこつ飴が配られた。昔ながらの水飴をベースにきな粉をまぶしてある飴でなかなかおいしかった。

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 それが終わると列車は共和駅の下りホーム2番線に入り、後続の新快速を待避する。臨時列車はこういうあまり利用されない側線、待避線、中線に入ることも多く、予め告知がないことが多いので気が抜けない。この2番線は1日に何本かだけ入線がある。

2018年12月22日 (土)

愛知環状鉄道通り抜けの旅(初めに)

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 JR東海の「快速未来クリエイター☆秀吉号」という車両が、名古屋を出発し、愛知環状鉄道を経由して、名古屋に戻るルートで運行されることになった。この列車は岡崎駅にあるJRと愛知環状鉄道の渡り線を経由するのでぜひとも乗っておきたい。クラブツーリズムの主催で、乗車時間は3時間ほどにもかかわらず代金は9,000円もして、お弁当も付かないかなりお高いツアーであるものの普段は乗れない区間に乗れるのだからありがたい話で、乗り鉄には見逃せない列車だ。

 11月3日(土)、4日(日)の2回開催されるが、私は4日を予約した。名古屋まで日帰り旅になるので今回もJR東海ツアーズの「ワンデイ名古屋行っとくかクーポン」を利用した。名古屋新幹線往復に3,000円分のクーポンが付いて15,000円ほどで行けるからお得だ。そういう次第で日帰りで名古屋まで往復することになった。

 ツアーの集合は名古屋駅7時50分なので、新横浜6時11分ののぞみ99号で出かけた。日曜日の早朝の列車だが、80%程度の乗車で、私はE席だが隣のD席も埋まっていた。

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 名古屋には7時28分に到着。今後の予定の関係で名古屋市営地下鉄バス乗り放題のドニチエコきっぷ600円を購入してから集合場所に向かった。ここでTさんと一緒になる。Tさんは数日前にこのツアーの予約を行ったらしく、その時点でまだ空きがあったようだ。

2018年12月21日 (金)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(帰路)

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 14時40分、福知山電車区でのイベントを終えて行きと同じ車両で新大阪まで戻る。帰りは洗車機通過体験があり、窓ガラスの水滴にピントが合ってしまい、ピンぼけ写真になる。

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 行きは福知山駅ではドアの開閉がなかったのだが、帰りは飲み物購入に時間を取るためとアナウンスがあり、ドアが開閉された。この時間を利用してホームで撮影タイムとなった。

 15時14分、福知山駅を発車し、福知山線を南下していく。新大阪には18時22分に到着し、18時43分発のひかり480号のグリーン車に乗る。3日前までの予約で、のぞみの普通車料金に1,0000円程度の上乗せでグリーン車に乗れる。のぞみよりは30分ほど余計に時間がかかるが、翌日は休みだし、急ぐ旅でもないので、問題はない。

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 車内販売では愛知フェアをやっていて、コメダ珈琲店監修のブレンドコーヒー味のアイスクリームを販売していた。苦いような甘いようなアイスクリームでカチカチの触感がたまらない。

 これで「福知山なるほど発見電車まつりの旅」を終わります。

2018年12月20日 (木)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(福知山電車区内)

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 10時54分、車両基地の一番奥で停車し、最後部の車両から順次下車となる。車両基地内での見学時間は3時間半ほどある。

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 まずは軌道自転車乗車体験に行ってみた。行列は10人ほどで大したことはない。この福知山電車区公開イベントは福知山駅から運転される抽選制の3本の臨時列車か、私が乗ってきた新大阪からの臨時列車かどちらかでしか来られない。参加者の合計はおそらく500名程度で、しかも時間差でやって来るから会場内は閑散としていて、他のイベントも含めて待ち時間はほとんどなかった。9月に訪れたJR東海浜松工場の混雑ぶりとは雲泥の差だ。

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 軌道自転車には3人乗れるので私は子どもを連れたお母さんと一緒に体験した。距離は50mほどだが、これも普段は乗れない線であるから貴重な体験だ。ヘルメットを着用しての乗車は珍しい。

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 続いて踏切安全体験に行ってみた。これは軌道自転車とは10分ほど歩いたところにある。
踏切の仕組みや非常通報設備などの説明をしてくれる。

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 マルタイの実演。オーストリア製の車両とのこと。

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 除雪車

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 2階建てJRバス

 スタンプラリーなども行われていたが、それをやっても全部で1時間ちょっとで電車区内の見学は終わり、残りの時間を持て余す。287系特急電車が休憩所として利用できたのでそこで待機する。

2018年12月19日 (水)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(福知山電車区入線)

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 福知山で乗務員が交代し、10時41分いよいよ福知山電車区に乗り入れる。駅を出ると右手にそれぞれ単線で京都丹後鉄道、山陰本線の線路があり、その隣が福知山電車区に通じる線となっている。本線は単線なのに電車区に通じる線は複線となっている。

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 緩やかな勾配をゆっくりと上って行く。途中にはトンネルが2本もあり、豪華版の車庫線だ。

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 トンネルを抜け福知山電車区に入ると線路がいくつも分岐し、甲子園球場18個分の広さがあるという電車区の奥まで進む。

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 福知山駅からの距離は少なくとも2kmはあったと思われる。車両基地は駅に隣接するタイプが大半だが、ここはかなり離れたところにあり、前泊してまではるばる乗りに来た甲斐があった。

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 電車区の一番奥まったピット線まで進み停車した。職員の歓迎を受けながら下車する。

2018年12月18日 (火)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(福知山駅まで)

 117系の空気バネ台車の走りは安定していて、登場から40年近くになるのにまだ現役で活躍していて頭が下がる思いだ。JR西日本ではこの117系を改造して新しいタイプのカジュアル列車として運行する計画があるようだが、そんな老体に鞭を打つようなことをしなくてもという気もする。

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 この列車は117系を使用した団体臨時列車で福知山電車区に直行する意義あるものなのだが、JTBの担当者からのアナウンスは通り一遍のもので力の入れ具合はゆるい。参加者用の案内やお弁当、お茶なども1人の担当者で配っていて見ていて大変そうだ。集客が悪かったから、経費が削られているのかもしれない。お弁当は本来昼食用なのだが、多くの客が配布と同時に食べ始めた。

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 丹波路を快走し、途中で適宜運転停車を行いながら、しかし特急には追い越されることはなく、10時32分に福知山駅4番線に到着した。

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2018年12月17日 (月)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(117系)

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 JTBから送られてきた団体乗車券を示して新大阪駅の有人改札を通る。「9番線になります」と女性駅員に告げられる。この臨時列車の件が駅員によく周知されているようだ。9番線ホーム上で特に集合場所はなく各自がそのまま列車に乗り込む形式になっている。それらしき人はいるが意外と参加者は少なめだ。この先大阪と尼崎でも乗れるが新大阪から乗る人が大半だろうから、JTBにとっては失敗ツアーかもしれない。

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 臨時列車はサンダーバード2号大阪行きの後に入線してきた。6両編成の117系でオリジナルカラーではなく緑色の塗装でちょっと興ざめだ。しかし車番を見るとトップナンバーでその点はうれしい。

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 各車両20名程度しか乗っていない。席は自由席なので好きなところに座る。117系は2人がけの転換クロスシートだが、1人で4人がけを占領できた。大半の客がそうしている。家族連れは少なく、大半が私と同業と思われた。大阪、尼崎で乗ってくる客は少なかった。

 117系は国鉄時代の1979年登場で、当時急行型ボックス車両で運転されていた新快速電車の置き換え用として京阪神間に投入された。京阪間で阪急、京阪は転換クロスシートの特急車両を運行しており、いっぽう国鉄は運賃も高く車両も古く、競争になっていなかった。それに対抗すべく投入されたのが117系で、先頭部分は流線型を意識したスタイルで、デビュー当時はクリーム色に茶色のラインでスピード感のある車体だった。私は1982年に西日本方面を青春18きっぷで旅したが、その時のコース選定でこの117系に乗ることも目的の一つにしていた。当時国鉄で特別料金無しでクロスシートの車両に乗れるのは珍しかったのだ。

2018年12月16日 (日)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(東横イン)

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 新幹線では途中名古屋あたりでは雨が降っていたが、新大阪に着くとすでに止んでいた。今夜の宿は駅から5分ほど歩いたところにある東横インだ。フロントの隣のフリースペースでは酔った客が3人ほど大声で談笑している。

  このホテルは東海道線に沿って建てられているが、私の部屋は残念ながら線路沿いではなかった。トレインビューホテルではないのだが、列車の走行音はよく聞こえるからトレインサウンドホテルだ。深夜帯は貨物列車の重厚な音が聞こえ、マニアにはオススメだ。 朝食はフロントの隣のフリースペースで食べられる。

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 朝食は東横インおなじみのおにぎりと簡単な惣菜だが、私にはこの程度で十分だ。8時前にチェックアウトし、新大阪駅まで歩く。

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 宮原車両基地への回送線の下をくぐる。いつかここを通る臨時列車を走らせてもらいたいものだ。

2018年12月15日 (土)

福知山なるほど発見電車まつりの旅(出発)

 10月26日にJR西日本福知山電車区で「JR福知山なるほど発見電車まつり」というイベントが開催され、その際福知山駅から電車区に直通する列車が無料で運行されることになった。その列車は抽選制なのだが残念ながらハズレてしまった。しかし、JTBから有料のツアーが販売されることになり、それには申込できた。

  ツアーは新大阪発で福知山線経由で福知山電車区まで往復し、再び新大阪まで戻ってくる行程で、新大阪駅午前8時集合となっている。東京からだと始発の新幹線でも間に合わない時間なので新大阪に前泊することにした。

  その後送られてきたツアー案内によると、集合場所はなく8時20分に来る列車に直接乗り込めば良いことになっていた。それならば新横浜始発6時ちょうどの新幹線が新大阪着8時12分なのでギリギリ間に合う。

 このところ各地に頻繁に旅行しており前泊だと宿泊代もかさむので、早朝の新幹線で日帰りしようかとも考えかけたが、新幹線が少しでも遅延するとせっかくの車庫線に乗れなくなってしまうので、やはりそれはやめにした。最近は人身事故などでダイヤが乱れることも多いのでリスクヘッジは必要だ。

  そういうわけで10月25日金曜日、東京駅発19時47分ののぞみ号で新大阪に向かうことにした。職場が御徒町になったので会社帰りに東京駅から新幹線に乗るのには便利になった。

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 会社を19時過ぎに出て、その足で東京駅に向かう。東京駅の駅弁屋祭りでチキン弁当と缶ビールを買って新幹線に乗り込む。金曜日の夜なので車内はほぼ満席の状態だ。

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 発車とともにビールを開ける。この瞬間がたまらない。1週間の疲れも癒えるというものだ。チキン弁当はボンカレーとコラボした商品が販売されていた。ボンカレーは今年で発売開始から50年らしい。ドライカレーとカレー味の唐揚げの組み合わせで、残念ながらボンカレーは入っていなかった。

2018年12月14日 (金)

マクドナルドハッピーセット プラレールコンプリート

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 マクドナルドのハッピーセットでおまけについてくるプラレールがコンプリートしました。全8種類とシークレット1種類の9種類がそろいました。シークレットはとれいゆつばさでした。13回買ってのコンプリートなので、ダブりは4種類なのでかなり効率的だったと思います。これで今年の運を使い果たしたかもしれません。総投資額は5,000円を超え、ここのところ食事はほとんどマックでした。

2018年12月13日 (木)

高輪ゲートウェイ駅と虎ノ門ヒルズ駅

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 JR東日本と東京メトロでそれぞれ新駅名の発表がありました。どちらもカタカタが含まれた駅名で、これも時代の流れでしょうか。
JRのほうは高輪ゲートウェイという名前で公募では130位の駅名だそうで、何のための公募だったのでしょうか。ネット上では駅名撤回運動も起こっているようです。世間では駅の住所が高輪でないとか、ゲートウェイというカタカタ語に不満があるようですが、それでもかつては最寄り駅に東西南北、新、本を付したり、岐阜羽島や上野御徒町のような複合駅名よりはマシかもしれません。

 一方虎ノ門ヒルズのほうは順当との見方が多いようですが、一民間企業のオフィスビルの名前を拝借するやり方はいただけません。地域のブランドになっているのでしょうか。その昔は三越前や京橋(明治屋前)なども許されたでしょうが、公共交通機関が採用する名前にはふさわしくないと思います。せいぜい虎ノ門ヒルズ「前」とするのが許容範囲でないでしょうか。

 それはともかく、今回のネーミングの成否は、これから駅と街がどう発展し、どう利用者に愛されていくかにかかっているのではないでしょうか。

2018年12月12日 (水)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(大井川鐵道)

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 大代側線を乗り終え、再び10分ほど歩いてイベント会場に戻る。鉄道カメラマンの中井精也さんとホリプロの南田マネージャーの対談も開催されていて満員の盛況だったが、席もないのですぐに会場を後にした。

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 新金谷発13時52分の列車で東海道線の金谷駅に向かう。新金谷駅には自動券売機はなく硬券が発売されていた。

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 やってきた列車は元近鉄の特急車両だった。大井川鐵道は各私鉄で廃車になった車両を引き取り運行しているので懐かしさを感じる人もいるだろう。

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 私が乗った車両は特急車であるもののシートピッチは狭く、シートもへたっていて、窓は汚れて、外板がはがれているところもあり、これで人を乗せるのかという感じがする車両であったが、わずか4分の乗車なので我慢はできた。

 大井川鉄道の金谷駅改札口では頼みもしないのに切符は記念にお持ち帰りくださいと皆に声を掛けていて無効印も押さないおおらかさだ。おかげで硬券を記念にすることができた。

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 東海道線で静岡に出て、こだまに乗り換え帰ってきた。

 今回の旅は1泊2日で北海道と静岡を旅するという乗り鉄ならではの旅で、普段は乗れない札幌市営地下鉄の車庫線や大井川鐵道の側線に乗れ、また電気バスやリフトカーなど珍しい乗り物にも乗れて満足だった。

 これで「札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅」を終わります。

2018年12月11日 (火)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(大井川鐵道大代側線)

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 大井川鉄道では昨日と今日、鉄道の日関連のイベントを開催している。その中で私が注目しているのはアプトライン体験乗車だ。新金谷駅には大井川の河原に向かう大代側線という引き込み線があり、このイベントの時だけ乗れるようになっている。その際使われる車両は普段は井川線で走っているアプトライン用の車両である。井川線は急こう配を走るので、ラックレールと車輪に付いた歯車を噛み合わせて斜面を上るアプト式が採用されていて、それでアプトラインという名前が付いている。その車両が新金谷まで遠征してきているのだ。

 乗り場は新金谷駅の外れに位置していて、いったん会場外に出て一般道路を10分ほど歩いたところにある。画像で4番の位置にあたる。

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 受付で200円の料金は払う。運行は30分間隔だが混雑時は15分間隔になり、私は13時15分の列車に乗れた。

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 先頭は電気機関車で客車は2両つないでいる。後部の車両には運転台が付いているので、機回しせずに運転できる。車両は昭和37年製造とあり私と同じ歳で親近感がわく。汽笛とともにゆっくりと走行する。

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 距離は目測で200mほどと短いが、途中に踏切もあり、普段は列車が通らない区間なので警備員が配置されていた。

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 踏切を渡ると終点だが、その先に旧型の車両が留置されていた。廃車待ちなのだろうか。これがなければさらに奥まで行けそうだ。往復で10分たらずに時間だが、めったに乗れない区間なので貴重な体験ができた。

2018年12月10日 (月)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(静岡空港)

 静岡空港には定刻12時20分より5分ほど早着した。この飛行機はこれから那覇行きになるとのアナウンスがあり、日本をまたにかけて飛行するようだ。

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 こちらは展望デッキ。晴れていて富士山がよく見える。外国人観光客は大喜びして写真を撮りまくっていたが、日本人でもうれしいものだ。東京から見るよりもずっと大きく見える。

 今日はここから大井川鐵道の新金谷駅に向かうのだが、直通する公共交通機関がないのでタクシーに乗る。ところがタクシー乗り場には1台も待機しておらず、利用者は空港の案内所に申し出るよう貼り紙がしてある。仕方なく案内所に出向くとタクシーを呼び出してくれて、タクシー乗り場まで私を誘導してくれた。乗り場は先ほど見ているので誘導してくれなくてもいいのだが、キレイな女の人だったので、お言葉に甘えて着いていく。

 タクシーは茶畑の中を進んでいく。この日の静岡地方は24度くらいまでま気温が上がり、北海道に備えてダウンジャケットで来た私は大汗をかいている。今朝の小樽が寒かったことを伝えると運転手は私が北海道在住の人間だと誤解し、私も今回も旅程を説明するのも面倒なので、北海道から大井川鉄道に乗りに来た観光客を演じた。

 飛行機から富士山がキレイに見えたことを伝えると、運転手は富士山のふもとにある朝霧高原に今年の夏に孫と行ったことを楽しそうに話してくれた。

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 高台から金谷の町を見下ろせるところに来ると、函館の夜景には劣るでしょうが、ここからの夜景も素晴らしいですよと教えてくれた。

 新金谷駅が近づくと道幅が狭くなり、北海道から来た人はみなこの狭さに驚くのですよと説明してくれた。

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 新金谷駅までは約15分、2,850円の距離だった。昔の小学校か町役場のような建物だ。

2018年12月 9日 (日)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(ANA1262便)

 10時30分発のANA1262便静岡空港行きに乗る。ボーイング737-300機で、通路をはさんで3人がけが並ぶ飛行機だ。運良く私の隣は2席とも空いていて1人で3人分を占領する。

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 定刻に離陸し、苫小牧から海上に出て、室蘭、函館、下北半島を見下ろしながら進んでいく。

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 ANAでは最近機内でWi-Fiが使えるようになり、スマホでANAのコンテンツが見られるようになり、現在位置も分かるようになり便利だ。

 秋田市付近から日本海上に出、佐渡ヶ島を右手に見て再び陸上を進むようになる。機長アナウンスでは高度28,000フィート、対地速度810kmとのこと。私は進行右側に座っていて、御岳山などが見えるが、左側には富士山が見えているようだ。機長アナウンスでは駿河湾上で反転するので右側の人も後ほど富士山が見えるようになるのでご安心くださいと告げている。

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 大井川の上を進み、これから訪れる新金谷駅も見えるほど高度が下がり、

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 駿河湾の上に出ると左旋回し、富士山を右手に見ながら着陸した。

2018年12月 8日 (土)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(新千歳空港)

 札幌でディーゼルカーを降り、快速エアポートで新千歳空港に向かう。新札幌に8時44分に停車する。昨日と同じ時間に同じ場所に着いた。あっちこっちを見て歩いたので、何日も前のことと錯覚する。 新千歳空港駅に9時12分に到着。これから乗る飛行機は10時30分発なので1時間ちょっと余裕がある。

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 まず展望デッキで飛行機の離着陸を眺める。北海道の大自然をバックに雄大な写真が撮れそうだ。

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 続いて展望デッキの隣にあるカードラウンジでひと休みする。

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 このラウンジには通常のフリードリンクのほかに、岩内町にある倉島牛乳や

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 キリンガラナ

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 トマトジュースなどが置いてあり、このラウンジの名物になっている。それぞれ少量ずついただく。

 それと出発ロビーにあるカルビーショップ買っておいた、ぽてりこというポテトスナックをを食べる。揚げたてでほくほくしていてこれもおいしかった。

 北海道滞在は27時間ほどだったが、私が訪れた場所は先日の大地震の影響は全く感じられなかった。建物やインフラの耐震基準が上がり、震源の直下以外では被害は少ないのかもしれない。

2018年12月 7日 (金)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(ディーゼルカー+電車)

 小樽7時33分発の列車で札幌に向かう。これから乗るのは全国でもここしかないディーゼルカーと電車の混血編成なのだ。かつて東北本線で客車とディーゼルカーの混血編成はあったが、動力装置が違う車両が1本で運転されているのは今はここだけだ。 一般的に電車とディーゼルカーとでは連結器の形式が違いそもそも連結できないのだが、電車のモーターとディーゼルカーのエンジンを同時に制御する技術や設備が必要なこと、ディーゼルカーの加速を電車並みにする必要があることなど技術的に克服することが多い割りに、活用の場が少なく、JR北海道でも朝の1本だけそういった運行を行なっているという非効率さなのだ。

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まず倶知安始発のディーゼルカーが余市方から7時22分に入線する。

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 作業員が2人待機しており、いったんディーゼルカーのドアを閉めた後、続いて回送電車が札幌方からやってきて連結を行う。

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連結にあたり特殊なジャンパ線を使用していた。これがないと総括制御できないのだろう。

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 連結作業を見届けて、後部に連結されているディーゼルカーに乗り込む。発車の加速は電車並みで、エンジン音はなかなかであった。

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 この日は日曜の朝で客は少ないが、平日は連結が必要なだけの需要があるのだろうか。海岸線を眺めながら進む。

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 列車自体は苫小牧まで行くが、ディーゼルカーの部分は札幌で切り離しとなる。



2018年12月 6日 (木)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(小樽駅)

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 ホテルを朝6時半頃出発。手宮線廃線跡を歩いた後、小樽駅に向かう。

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この駅の1番線には小樽で幼少期を過ごした石原裕次郎の等身大パネルがある。

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 裕次郎記念館はすでに閉館となっているが、商店街のアーケードには裕次郎の映画やテレビドラマの写真が展示されていた。

 私が中学、高校の頃は刑事ドラマの「太陽にほえろ」が全盛で、その主役七曲署捜査一係長藤堂警部(ボス)が石原裕次郎で、毎週楽しみに見ていた。強いリーダーシップと的確な指示でメンバーをまとめ、犯人を追い詰める役柄に感動したものだ。単なる刑事ドラマではなく、人間の内面にも迫るヒューマンドラマで高視聴率を稼いでいた。

 しかし最近再放送を見る機会があったが、取調室で犯人を締め上げたりする人権軽視はもとより、ボスが一言指示を出すとメンバーはすぐに街に散って、いつの間にか犯人につながる情報が集まり逮捕に至ったりと不自然なところも多く、古き良き昭和の時代のドラマだったのだと思いがした。

2018年12月 5日 (水)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(オーセントホテル)

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今夜の宿は小樽の中心部にあるオーセントホテルだ。ここは北海道旅行でお世話になっている新日本海フェリーの運営で、歴史ある建物が小樽の街によく合っている。

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 部屋の内部はこんな感じで、セミダブルのベッドでゆったりできる。小樽は観光客でにぎわう街の割りにホテルが少なく、札幌市営地下鉄のイベントに当選した直後にホテルに探してみたが、シェアハウスのようなところしかなく、その後ようやく空きが出たのがこのホテルだった。シングル素泊まり1泊19,200円もするのだが、先日の大地震の復興支援クーポンが急きょ設定され、3,000円引きで泊まれた。

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 すでに日は暮れているがまだ18時過ぎなので街を散策してみた。歴史的建造物が多く、そのうちいくつかはライトアップされていた。

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 小樽運河も外国人観光客を中心ににぎわっている。

 ホテルに戻り、コンビニで買ったビールとおつまみで軽く済ませ、あっという間に眠りに着いた。今朝は4時起きで、ほとんど休む間もなかったので無理もない。

2018年12月 4日 (火)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(朝里駅にある通り抜けできない自動改札)

 豊平峡ダムの見物を終えて再び電気バスに乗り、駐車場に戻る。電気バスは何台かあり、ほとんどピストン運転をしていた。 レンタカーに乗り込み、今日の宿泊地小樽へと向かう。 定山渓温泉付近では渋滞していたものの、紅葉の中順調に進んでいく。時刻は午後4時を過ぎかなり薄暗くなってきた。

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 道すがら函館本線の朝里駅に立ち寄った。ここに変わった自動改札があるのだ。小樽方面ホームにご覧のような形で設置されていて、待合室の壁が立ちはだかり通り抜けができない構造なのだ。

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 この駅は無人駅で、通常こういう場合、簡易型のICカードタッチ機があるのだが、JR北海道ではそれがないのか、あるいは何か特別な事情があるのか分からないが、こんな形態で設置されている。

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 しばらく様子を観察していたが、地元の人は違和感なくタッチしては列車に乗り込んでいた。

2018年12月 3日 (月)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(豊平峡ダムリフトカー)

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 電気バスの終点、豊平峡ダムに到着。ここにはケーブルカーもどきのリフトカーがあり、ダム湖を展望できるところまで運んでくれる。乗り場には30人ほどの行列ができている。展望台まで徒歩でも5分ほどなので行きは歩いて上ることにした。​紅葉がきれいだ。

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 少しきつめの斜面ではあるものの伊豆急全線ウォークに比べればどうということもない。実際、歩いて上る人のほうが多かった。約5分で頂上に到着。ここには「だむみえーる」という変わった名前のレストハウスがあり、そこから豊平峡ダムを見下ろすことができる。ダムは観光放流をしていた。水量は毎秒1立方メートルとのこと。

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 帰りはリフトカーで下ろうとするとこの時期は上り専用で運転されていて乗ることができなかった。仕方なくまた徒歩で下り、乗り場に並び直した。10分ほど待って乗ることができた。こんなスタイルの小ぶりなケーブルカーでHIGUMA号という名前らしい。定員は立ち客も含め15人くらいで、満員になるとすぐ発車した。運転手が1人いて、スイッチを押すと上り始める。特に観光案内をするでもなく、愛想のない運転手である。上るにつれてダムの全体が見えて、そこそこ眺めの良いリフトカーではあった。頂上に着くと客を下ろし回送で下って行ったが、ハンディキャップのある人は下りも乗れるとのこと。

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 リフトカーの乗車を楽しんで、再び歩いて下り、今度はダムの堰堤を歩いてみる。放流を真上からも眺められるが、柵が胸の高さまでしかないのでしっかり腰を引いて見下ろす。

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2018年12月 2日 (日)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(豊平峡電気バス)

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 札幌市営地下鉄の防災イベントが終了し、次の目的は札幌市郊外の豊平峡(ほうへいきょう)ダムにある電気バスおよびリフトカーの乗車となる。レンタカーを利用して移動するが、レンタカーの営業所がひばりが丘駅から歩いて10分ほどのところにあるので好都合だ。トヨタレンタカーでは割引キャンペーンをやっていて通常5,400円かかるところ3割引きで利用できた。時間があれば定山渓鉄道の跡なども探してみたいが、それは次回に託し豊平峡ダムへと向かう。道路は全体的に混んでいて北海道らしい快適な走りはできない。定山渓温泉の手前からは渋滞が続いたがそこを過ぎると順調に進み、紅葉も見頃となる中、2時間ほどかかって豊平峡ダム手前の電気バス乗り場に着いた。​

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 ここから電気バスに乗り換える。この先は一般車両の通行が禁止され、徒歩か電気バスでしかダムに行けないことになっている。

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 電気バスはバッテリーで動き、マイクロバスほどの大きさで中はロングシートになっている。ハイブリットではないので、マフラーは見当たらない。

 紅葉シーズンは随時運行で見た感じでは5分間隔くらいで運行されていて立ち客も含め満席になると発車する形である。窓はなく寒さ避けでビニールシートで覆われており、夏場はオープンになるのだろう。

 発車するとすぐにトンネルに入る。トンネルは車1台が通れる幅で途中にすれ違いができる場所が設けられていた。バスに乗らずに徒歩の人もおり、トンネル内の歩行者スペースを歩いている。1つ目のトンネルを抜けると左手に「九段の滝」が見え、案内アナウンスがあり、少し停車する。

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 もう1つトンネルを抜けると豊平峡ダムに到着した。

2018年12月 1日 (土)

札幌市営地下鉄と大井川鉄道の旅(防災訓練2)

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 車両基地内での防災諸設備体験が終わり、次は火災が発生したとの想定で訓練となる。車両基地の出入り口にはシャッターが設けられ、外界と隔離された空間になっているのも珍しい。​列車は車両基地を出て、行きにいったん停車したひばりが丘駅裏手の位置に移動し停車する。ここには相対式の簡易ホームがある。

 ここで火災が発生したとの想定で車両の外に避難する訓練となる。railwayさんと私は負傷者役を演じることになり、「負傷者」と大きく書かれたチョッキを着ることになった。railwayさんはさらに三角巾をさせられ腕を骨折した役を演じている。列車指令の指示に基づき、乗客が避難梯子を設置し、そこから順番に下車する。私は負傷者なので介護役の乗客に抱えられたフリをしながら降りる。

 列車を降りた位置で一同が待機していると、消防、警察、交通局からなる応援隊が現れ、我々を誘導し、簡易ホームから通じているひばりが丘駅ホームに出て訓練は終了した。

 コンコースに参加者全員と消防、警察、交通局の関係者が集合し、交通局の責任者のあいさつや市議会議員の紹介などを経て散会となった。

 避難梯子の設置方法で疑問を感じたり、また実際に煙や炎が見えたりすると我先に行動する人が出て、全員がどれだけ冷静な対応ができるか疑問の部分もあるが、訓練であっても一連の流れを知っているかいないかでは、有事の際の冷静さに差があるはずだから、一度参加してみる価値はあるだろう。

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