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2018年10月

2018年10月31日 (水)

東奔西走乗り鉄の旅(浜松工場)

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 浜松工場に到着し順次下車する。先頭車と最後尾の車両のそれぞれから下車しているようだ。下車したのは9時40分で、浜松工場のイベント開始は10時なのでまだ少し時間があり、浜工新幹線の客と言えども入ることはできない。

 私はこのイベントで特段見るべきものもないので、ツアー参加者用のお弁当が配られる11時まで待って、ここを出る予定にしている。

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 10時になるとトラバーサーの乗車体験が始まったのでこれには乗ってみた。トラバーサーは鉄道車両を乗せたままスライドして横に移動させる装置で、鉄のレールと車輪で構成されているから鉄道系乗り物の一種だ。まだ行列は短く一番最初に乗車できた。移動距離は50mほどだ。

 整理券が必要なイベントにはすでに多くの行列ができている。後で聞くと開門と同時に整理券を求める人たちが猛ダッシュし転んだりしてケガをする人もあったようだから、事前抽選制にするなどして参加者数に応じた対応が必要なのだろう。

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 浜松工場は最近多くの建物が建て直されたようでどれも新しくきれいだったが、台車やパンタグラフの仕組みなどを見せてくれる展示や物販などで特段見るべきものはない。気温も上がって歩き回るのもいやになったので社員食堂に涼みに入るとrailwayさんにお声がけいただき、おととい仙台でお会いしたばかりだがしばし歓談した。

2018年10月30日 (火)

東奔西走乗り鉄の旅(浜工新幹線)

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 今日9月16日の目的はJR東海浜松工場に入線する列車(浜工新幹線)の乗車だ。パソコンでハマコウと入力するとまず浜幸と出る。今の若い人は知らないだろうが、我々以上の世代は政界の暴れん坊浜田幸一国会議員(愛称浜幸)を思い出す。今の時代ではこういった人は議員になれないだろうがそんな時代もあった。

 それはともかくこれから浜工新幹線で浜松工場に行く。今から3年前にも浜工新幹線が運行され、私はそれに乗車したが、その時は大阪方からやってきたのだが、今回は東京方からの乗車となる。この場合は浜松の先で上り本線を横断する形で浜松工場に入る。新幹線で本線を横断できるのは珍しい。

 新横浜発車後、車内アナウンスによる当列車の案内などが行われた後、子ども向けクイズ大会が始まり、各号車の優勝者1名により車内アナウンス体験が行われた。車内アナウンス体験は、たどたどしく読み上げる子どもの声がほほえましい反面、10何人分を延々と聞かされるので苦痛でもあった。

 出発時は曇り空だったが、大井川を渡る頃には晴れてきた。掛川では待避線に入り運転停車したが後続車には抜かれず何のための停車だったのだろうか。続いて浜松にも運転停車した。

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(上り線に合流)
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(車庫線に合流)

 浜松駅を発車し、いよいよ浜松工場入線となる。まず下り本線を思いの外加速した後、上下線の間にある渡り線を通過する。ここが今回の醍醐味だ。東海道新幹線はダイヤが過密だから、下り線から上り線を抜けるダイヤを設定するのは苦労があったのだろう。渡り線を渡るとすぐに再び分岐し、本線北側にある浜松駅上り2番線(ふたばんせん)と呼ばれる待避線に入った。

 ここで進行方向が変わる。残りの乗車時間が短いので座席の転換は行わないだろうと思っていたが、車内アナウンスで誘導があり転換することになった。

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(本線から分岐するポイント)

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(本線を横断する渡り線)

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 再びスタートし、浜松工場への連絡線に入る。ここから先は3年前にも乗った区間である。東海道本線からの狭軌の車庫線をまたぎ、新幹線唯一の踏切を渡り、工場内へ静々と入線する。関係者の盛大な歓迎を受ける。

2018年10月29日 (月)

東奔西走乗り鉄の旅(トレインホステル北斗星)

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 今夜の宿は馬喰町駅4番出口のすぐ隣にある「トレインホステル北斗星」だ。ここは2年ほど前にできたホテルで、北斗星で使われていた寝台を利用したホテルで、昔のブルートレインの旅を再現できるようになっている。

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 フロントにはいろいろな北斗星グッズが散りばめられている。私は今回、バスタオル、部屋着、スリッパ、歯ブラシが付いた手ぶらセットプランで予約してある。通常のプランだとこういったものが付かないので自分で持参しないといけない。料金4,600円は現金で支払う。ここは電子マネーはおろか、クレジットカードすら使えないのだ。北斗星の設備を再利用しているが、JRとは全く別の一般の会社が運営しているのである。

 バスタオルなどのセットは北斗星ヘッドマークの専用手提げ袋に入れてあり、この手提げ袋は持ち帰り可能となっていたからいいおみやげになる。

 フロントで利用方法について諸注意を受け、自分の部屋に向かう。エレベーターはかなり年季が入っている。老朽化した空きビルをホテルに転用したようだ。

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 寝台はこのようになっていて、このフロアーには2段式寝台が10人分ある。まだ夜9時前だがすでに多くの寝台のカーテンが閉められていて就寝中の人も多いようだ。

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 私の寝台は一番入り口に近い下段で、ここにはデスクもあった。かつてロイヤルツイン(2人用A個室寝台)で使われていたものだろう。

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 現役時代の薄っぺらな毛布だけではなく、マットレスと布団が備わっている。ただし寝具類を自分でセットしないといけないところは昔と変わらない。荷物は棚ではなく鍵付きの専用ロッカーが割り当てられているのはありがたい。

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 シャワールームは6階にあり男女別々になっている。シャンプー、コンディショナー、ボディソープが備え付けてある。シャワールームは誰かが使った後、特に清掃などもされずに次の人が使うので気にする人には気になるだろう。

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 私の部屋は2階で、2階には寝台の他にフリースペースもある。北斗星の食堂車グランシャリオをイメージしてある。一通り見学をし、することもないので、少しフリースペースでくつろいだ後、自分の寝台に戻る。まだ夜9時半頃だ。

 一晩利用しての印象は、通常の列車寝台ならば走行音にかき消されて聞こえない近隣の寝台の音(寝返りや荷物の出し入れの音)がよく聞こえてしまうこと、また2階の部屋特有かもしれないがフリースペースの話し声がしっかり聞こえたり前面道路の騒音がうるさいこと、トイレが男女共用なこと、カーテンを閉めてしまうので空調の効きが今ひとつなこと、北斗星の古い設備を利用しているので当然といえば当然なのだが、全体的に設備が古いこと、運営に携わる社員(アルバイト?)が若かったり、外国人であったりして防災面の対応がどうかなと思われることなど、いろいろ気になった。わざわざ利用するまでもないかなという感じで、北斗星に強い思い入れがある人は却ってその思いに悪影響だろう。

 料金的には素泊まり4,000円くらいで泊まれるので若い人にはいいが、この設備ならばカプセルホテルの方がずっと快適だ。ここは話の種に一回泊まる程度にするのが無難だろう。各地にある列車ホテルも似たり寄ったりかもしれない。

 翌朝は6時半頃にチェックアウトしたが、この時間帯はフロントは無人になるようだ。

2018年10月28日 (日)

東奔西走乗り鉄の旅(馬喰町駅まで)

 阪堺電車のイベントを終えて、これから東京に向かう。戻るのではなく向かうのである。馬喰町にある「トレインホステル北斗星」という北斗星の寝台を利用した列車ホテルに泊まるからだ。 新今宮駅前で地下鉄に乗り換え、御堂筋線で新大阪に着いた。

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 これから乗るのは17時10分発のぞみ246号のグリーン車でJR東海のエクスプレスカードのポイントが貯まりグリーン車に追加料金なしで乗れるのだ。

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 串カツで昼飲みしたせいか、夕方であるがお酒を飲みたい気分でもなく、甘めのドリンクとスイーツで済ます。

 この列車は新大阪始発で京都、名古屋と客は乗ってきたものの、グリーン車は5割程度の乗車でゆったりしている。私の隣の席も空いている。混んでいないこともグリーン車のサービスの一つだろう。

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 品川で下車し、総武快速線で馬喰町駅に向かった。改札を出ると、この駅が野辺山駅と姉妹駅であることを知らせるオブジェがあった。馬喰町駅はかつて国鉄で一番地下深くにある駅だった時代があり、最高所駅の野辺山駅と姉妹駅の関係を締結したのだが、その後京葉線東京駅がJRで一番地下深くにある駅になってもそれを解消せず現在に至っているらしい。

2018年10月27日 (土)

東奔西走乗り鉄の旅(撮影会)

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 車庫線に入り私の目的は終了したが、他の参加者はここからがメインのイベントになる。専用の撮影テントが設けられ暑さ対策も万全だ。参加者にはペットボトルの緑茶も配られている。

 撮影時間は1時間用意されていて、3両の電車をいろいろなカットで撮れるよう15分ごとに車両の位置を移動してくれるようだ。

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 私は3分もあれば十分ですぐに解散してほしいのだが、途中出場は認められていない。ようやく1時間が経ち撮影終了となったが参加者の中にはまだ撮り足らない人もいて残念な様子だった。このイベントは今日3回開催されているのだが、前のイベントにも参加していた人もいるようだ。私なども職場では相当な筋金入りの鉄道マニアとして知られているが上には上がいるものだ。

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 撮影会が終わり事務所で記念品をいただき解散となった。今回のイベントは参加費が4,000円もするのだが、記念品は売価1,500円の阪堺電車のおもちゃの車両だけだったので、コストパフォーマンスが悪い。私としては車庫線に入れただけでも収穫なのでコスパを論じるつもりもないのだが、帰りの電車賃も自己負担となっていた。ただ他の参加者は皆とても満足しており、口々に良かったと言っていたから、私が撮った写真も将来お宝になるかもしれない。

2018年10月26日 (金)

東奔西走乗り鉄の旅(車庫入線)

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 通天閣で串カツを堪能し、恵美須町駅に向かう。通天閣からは5分ほどのところにある。集合場所に行くが受付も何もなく、参加者と思われる人がチラホラ立っているだけである。この駅自体は無人駅なので阪堺電車の社員らしき人はもとからいない。そのうち回送電車がやってきて、そこから案内人が降りてきて受付を始めた。事前に送付された参加案内などを提示することなく、名前を名乗るだけで受付は終了するというゆるさだ。

 電車に乗り込み発車を待っていると昨日仙台港クルーズ列車でお見かけしたマッチョな撮り鉄の方がこのイベントにも参加していた。筋肉質な撮り鉄の人は珍しいのでよく覚えていた。全く離れたイベントに2日続けて一緒になるとは稀有なことだ。

 14時20分に恵美須町を発車。定員30名のところ20名ほどの参加で、三脚や一眼レフカメラを携えている人が多い。私は車庫線に入れることをメインの目的として参加しているのだが、このイベントは金太郎・青雲塗装と呼ばれる旧式の電車3両の撮影会が本来の目的なのだ。
電車は貸切扱いで途中停留所での乗降はできないのだが、踏切の保安装置の関係で必ず停留所で停車する仕組みになっている。

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 先行電車に追いつきゆっくり走り、恵美須町から約20分で我孫子道電停に着いた。

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 ポイントが車庫線側に切り替わり、いよいよ入線となる。この様子をカメラに収めているのは私だけだった。

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 本線から100m程走り、ピット線の手前で停車した。これで私の目的は達成である。

2018年10月25日 (木)

東奔西走乗り鉄の旅(串カツ)

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 大阪駅に12時23分に到着。次のイベントの集合場所は阪堺電車恵美須町駅で14時10分となっているので少し余裕がある。この時間を利用し、食事を済まそうと思っている。恵美須町駅は通天閣の近くにあり、串カツ発祥の地として知られているので本場の串カツを食べたい。

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 梅田から御堂筋線に乗り、動物園前駅で下車し、歩いて5分ほどのところが通天閣である。串カツの店のオンパレードで、有名店の「だるま」は行列が長くとても入れる状況ではない。周辺を回ってみて、「横綱」という店を選んでみた。

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 カウンター席に案内されると、まずキャベツが提供される。これは無料で食べ放題だ。休日でもあるのでお酒も注文する。メニューの一番最初にハイボールがあったので、それにした。

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 注文したのは、土手煮、牛串カツ、ウインナー、豚バラ、ホタテなどでどれもおいしい。もっと飲んで食べたいが、これから電車ツアーがあるわけで軽めにしておいた。

2018年10月24日 (水)

東奔西走乗り鉄の旅(福知山線)

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 福知山駅の渡り線を乗り終え次の目的は阪堺電車我孫子道車庫に入る列車への乗車となる。福知山で下車したはしだて2号の隣ホームにこれから乗るこうのとり12号新大阪行きが入線する。同一ホーム上で「はしだて」と「こうのとり」が相互に接続し乗り換えられるようになっているとともに、列車を乗り換えてもJR同士の乗り換えの場合は特急料金が通算されるようになっているのもありがたい。ホームはそれぞれの乗換え客が交錯するが、階段の上り下りがないのでスムーズだ。橋立観光に行く外国人観光客も多い。

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 列車は小雨の降る福知山線を南下していく。のどかな山あいを走るローカル特急だ。

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 武田尾駅を通過し、武庫川を渡る。

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 宝塚駅の手前では旧線跡が近づいて来る。

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 列車は塚口を通過すると減速を始め、福知山線列車脱線事故の現場の脇を抜ける。ちょうど昨日、事故の慰霊施設「祈りの杜」が完成し遺族らの関係者に公開されたことが今朝の新聞に載っていた。あれから13年が経過したが、この事故が風化せず、将来にしっかりと語り継がれ、安全を誓う場となることを期待する。

2018年10月23日 (火)

東奔西走乗り鉄の旅(福知山駅構内渡り線)

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 豊岡駅の渡り線を乗り終え、次の目的の福知山駅渡り線である。現在最後部の車両が宮津でスイッチバックして先頭車両になるのであらかじめ移動しておく。水戸岡鋭治デザインの車両で運転席後部がフリースペースになっている。

 最初の停車駅久美浜からは特急として運転される。5分ほど停車時間があったので降りてみる。黒い瓦屋根の重厚な駅舎だった。

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 与謝野駅手前では、遊歩道になった加悦鉄道の廃線跡が近づいてくる。加悦鉄道は種村直樹さんが日本の鉄道全線を完乗した線として知られ、私は1984年に乗車したが翌1985年に廃止された。

 その与謝野駅は国鉄時代は丹後山田と名乗っていたが、北近畿タンゴ鉄道になってから野田川駅と名前を変え、その後ウィラートラベルの傘下に入り京都丹後鉄道となった時に現在の駅名になり、鉄道会社が変わるたびに駅名が変わるという珍しい駅だ。

 与謝野駅を発車すると車掌が血相を変えて業務用携帯電話で列車司令と通話を始めた。この車両の車掌室はオープンな構造になっていて通話がそのまま聞こえる。どうやら与謝野駅の丹後大宮方の踏切に老女がいて今にも飛び込みそうな思い詰めた顔色だったので後続の列車に注意を呼びかける内容だった。乗務員はこういうことにも気を配っているようだ。

 宮津で方向転換するとともに乗務員も交代した。接続列車の遅れにより3分遅れで発車したが福知山の到着は定時予定と放送している。宮津から福知山までの区間は1988年の開業でトンネルが多い。トンネル内でも霧が発生しており視界がかなり悪かったのには驚いた。

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 福知山が近づくとJRの線路が寄り添ってきて、ポイントを渡るとJRの1番線に入った。これで今日2つ目の目的をクリアした。

2018年10月22日 (月)

東奔西走乗り鉄の旅(豊岡駅構内渡り線)

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 今日は京都丹後鉄道の豊岡と福知山にそれぞれあるJRとの渡り線の乗車するのが第一の目的である。豊岡発8時51分のはしだて2号に乗ると1本の列車で2つの渡り線に乗れるので効率的だ。

 8時20分、小雨の中、ホテルを出発。私にしてはかなり遅いチェックアウトとなるが、そのためだ。豊岡はかばんの町で、路線バスもかばんにラッピングされていた。

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 今回の乗車に当たって私は「家族お出かけきっぷ」を予約してある。京都丹後鉄道に親子で1日乗り放題で1,500円というきっぷで、子ども無しで大人単独でも同額になっている。豊岡から福知山まで大人片道の運賃だけでも1,800円だから、このきっぷを利用しない手はない。ただし当日発売は行われず前日までにインターネットで予約しておく必要がある。

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 京都丹後鉄道の豊岡駅はJRとは別のホームなのだが、はしだて2号だけはJR豊岡駅の1番線から発車するようになっている。はしだて2号は4両編成で、豊岡発車時点では快速扱いなのだが、次の停車駅の久美浜から特急となる。

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 渡り線をしっかり確認するため先頭の4号車に乗車する。車内はガラガラだ。JR1番線はかなり長いホームでその末端にポイントがあり、そこで京都丹後鉄道に合流する。乗ってしまえば大したことはないが、ここに乗れるのは1日1往復しかない。まず一つ目の目的はクリアした。

2018年10月21日 (日)

東奔西走乗り鉄の旅(豊岡)

 千里川土手で着陸を1時間ほど楽しんだ後、徒歩で阪急曽根駅に向かい、雲雀丘花屋敷駅乗り換えで宝塚駅に着いた。ここからJRで豊岡まで行く。宝塚駅の阪急百貨店で食事を買い込み、18時36分発のこうのとり19号に乗る。

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 今日1日の行程を思い出しながら、中華のおつまみセットを肴にビールで乾杯する。あたりはすでに日も暮れて、闇の中を走り、客は駅ごとに下車していき、20時57分に豊岡に着いた。小雨が降り出している。

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 今日の宿は駅からは3分ほど歩いた豊岡グリーンホテルモーリスで、オリエンタルな感じのモダンな造りだ。フリースペースも充実している。

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 部屋はセミダブルベッドでゆとりもある。大浴場もあるのでそちらに行ってみたが、ビジネスホテルにしてはゆったりとした風呂で旅の疲れも癒えるというものだ。

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 翌朝は出発まで余裕があったので朝風呂に入ってから朝食を食べた。バイキング形式で宿泊料に600円ほどの上乗せで利用できるからリーズナブルだ。種類も豊富だった。

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 建物は新しくてきれいで、サービスも良かったので何かの機会にはまた宿泊してみたいホテルだ。

2018年10月20日 (土)

東奔西走乗り鉄の旅(千里川土手)

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 伊丹空港に着いた後、千里川土手に行ってみた。千里川土手は伊丹空港の敷地の南端に位置し、着陸する飛行機が本当に間近に見える人気スポットなのだ。YouTubeの動画を見ても手が届きそうに近いところを着陸していくのでいつか行ってみたいと思っていた。

 「千里川土手まで」と言ってタクシーに乗り込むと「飛行機がよく見えるところね」と言われる。空港からはタクシーで15分、1,500円の距離だった。空港に着いた時には小雨が降っていたが、ここに来ると運良く雨が止んできた。

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 本当に間近に見えて、こんなところに人が立ち入っていいのだろうかと思うほどだが、ここは空港の敷地ではなく豊中市かどこかの公有地だから立ち入り禁止にはなっていない。この日は平日なのでそれほど人は多くないがそれでも入れ替わり立ち替わりやってきて、着陸の様子を楽しんでいる。

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 伊丹空港は基本的に離陸は北に向かい、着陸は南からとなるので、千里川土手では着陸オンリーとなる。

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 着陸寸前なのでエンジンの出力がかなり絞られているので、直下でも耳栓が必要なほどの騒音ではない。

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 皆さんもお時間があればぜひここに立ち寄っていただきたい場所だ。

 空港から来る場合はタクシーとなるが阪急の曽根駅からは徒歩で15分くらいで来られる。帰りは曽根駅まで歩いた。

2018年10月19日 (金)

東奔西走乗り鉄の旅(ANA736便)

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 仙台空港発13時45分のANA機で伊丹空港行に向かう。機種はプロペラ機のDHC-Q400で伊丹までの飛行時間は1時間30分となっている。東京・伊丹間はジェット機で1時間だから、プロペラ機の割りに速い。

 搭乗はボーディングブリッジではなく、バスで飛行機に向かい、自分でタラップを上って飛行機に入る方式になっている。機内は満席で、運行はANAウイングスの機材と乗務員で行われるとのこと。定刻より10分ほど遅れて離陸した。

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 阿武隈川を見下ろしながら高度を上げ、猪苗代湖を右下に見て南下していく。その先は雲の上を進み、下界は見えなくなった。この日は仙台はよく晴れていたが、関東や西日本は曇りの予報だ。機長アナウンスでは高度は2万フィート、この先は秋雨前線の影響を受けるものの気流は概ね安定しているとのこと。

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 約1時間ほど雲の上を進み、着陸態勢に入る。雲の切れ間から生駒山地が見えたと思うと花園ラグビー場、新大阪駅と展開し、15時25分小雨が降る伊丹空港に着陸した。

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 ここでもボーディングブリッジではなくタラップを降りて空港敷地内を歩き、ターミナルビルに向かった。

2018年10月18日 (木)

東奔西走乗り鉄の旅(仙台空港)

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 松島駅11時35分の列車を仙台で乗り換え、仙台空港駅に向かう。仙台空港アクセス線は開業年の2007年に乗車して以来だから11年ぶりだ。

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 わずが2両編成なので座席はほとんど埋まっていた。名取までは東北本線を進み、そこから高架単線で仙台空港に至る。途中駅の乗り降りもそこそこあったから、空港利用者だけでなく、地元客の利用も多いようだ。

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 仙台空港駅に12時32分に到着。飛行機の出発まで1時間ちょっとあるので展望デッキを見学する。滑走路と反対側には海が見える。東日本大震災の時にはこの空港に津波が押し寄せ、車や飛行機が押し流される映像を何度も見たが、今はその面影はない。関係者の努力のたまものだろう。ターミナルビルの1階には津波の最高到達点が示されていて、1階がほぼ水没する高さだ。

2018年10月17日 (水)

東奔西走乗り鉄の旅(陸前山王-松島)

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 陸前山王で進行方向が変わり、松島駅に向かう。ここで40分ほど停車するが、この間に今度は松尾芭蕉が現れ、再びおもてなしが始まる。

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 松島町観光協会の方による抹茶とタルトの振る舞いもあり、乗り鉄相手におもてなしをしていただき恐縮である。

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 車内販売も回ってきて、記念グッズなども販売している。私は最近はこういうものに興味がなくなり、ワゴンにチラッと目を向けただけだっだが、同行のrailwayさんはなにがしか買っていた。その後に、領収書をくださいと言っている。車内販売でレシートが出るのは知っているが領収書が出るとは知らなかった。しかも列車番号が入るのだ。それを目当てで買っている人もいた。私も列車番号入りの領収書が欲しくなり、記念グッズの中で一番安かったリゾートみのり号のクリアファイルを買い領収書をもらった。9537Dという下り列車の番号になっていて、いい記念になる。他の列車でも必ず領収書は用意してあるそうだ。

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 おもてなしも終わり、11時03分陸前山王駅を発車する。いったん上り本線を少し逆走し、下り本線に合流した。この列車に乗っている乗り鉄でも、この合流に関心を示したのはわずかだったが、この渡り線も貴重なのだ。

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 その後は東北本線を快走し、松島駅に11時20分到着した。松島駅では下り2番線線に停車した。この線もあまり利用されていないはずだから貴重な体験だ。

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 松島駅の改札口でも盛大な出迎えを受けツアーは終了となる。

 railwayさんは松島周辺を観光するらしく、ここでお別れとなるが、明後日浜工新幹線で再びお会いする予定である。

2018年10月16日 (火)

東奔西走乗り鉄の旅(仙台埠頭-陸前山王)

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 仙台臨海鉄道は民間の路線だが、この車両はJRの運転士が担当している。ディーゼルカーなので仙台臨海鉄道では運転できる人はいないのだろう。いっぽうJRの運転士はこの区間を走行したことがないはずだから今日に備え何度か習熟訓練を行っているのだろう。列車は左カーブを描くようにして進行する。途中の各踏切には警備の職員と多くの撮り鉄がいる。その他に運行に関するスタッフも多く、これではとても採算は合わないだろう。

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 10時08分仙台港駅でいったん停車し、タブレット交換が行われる。上空にはヘリコプターが飛んでいたから、この列車に対する地元での注目度は相当なものだ。

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 10時13分、仙台港駅発車。運転席後部は私も含めた撮影隊で混んでいるが、適宜場所を譲り合って撮影していて、いざこざなどが起きないのはうれしいことだ。国道をまたぐ跨線橋ではバラストの色が途中から変わっていたから、この辺りまで津波の被害を受けたのかもしれない。

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 かつて仙台ゆめ交流博時に設けられた臨時駅はどのあたりか全く見当がつかないまま列車は進んで、仙石線をくぐり、10時23分陸前山王駅に合流した。

2018年10月15日 (月)

東奔西走乗り鉄の旅(みのり号)

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 今回乗車するみのり号は小牛田気動車区所属で、普段は東北本線や陸羽東線などを運行しているリゾート列車で、沿線のガイドマップなどが備え付けてある。

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 運転席の後ろには乗車記念のスタンプや鳴子温泉名物のこけしなども置かれている。その隣にはタブレットもあった。

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 乗客には「仙台港クルーズ船アクセス列車」の日付入り乗車証明と記念ボールペンが配られた。

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 私の席は1号車1番C席で隣が偶然にもrailwayさんだった。予約時間がほとんど同じだったのだろう。運転席の直後はフリースペースになっている。伊達政宗に扮した男性が現れ、いろろなポーズを取ったり、仙台の話題でおもてなしをしてくれるが、この号車が乗り鉄車両と知るとおもてなしのレベルを控えてくれた。我々は写真撮影や車内の探検で忙しくそれどころではないのだ。

 9時40分頃、飛鳥IIの客を乗せたバスが到着した。船からバスでここに来て列車に乗り換えて目的地に向かうくらいなら直接目的地に向かったほうが早くて便利だと思うが、そういう効率一辺倒の時代ではないのだろう。

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 発車を待っていると10時ころ太平洋フェリーの「きそ」が仙台港に入港してきた。きその仙台港入港は10時30分だから少し早めのようだ。

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 大勢の見物客やJRの職員に見送られながら、10時03分、仙台埠頭駅を出発する。

2018年10月14日 (日)

東奔西走乗り鉄の旅(仙台埠頭駅)

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 今回の参加者は30名で女性は1名だけで、いかにも乗り鉄の中の乗り鉄といった感じの男性がほとんどだ。秋田港でご一緒したTさんもいらっしゃった。バスは短時間の乗車にもかかわらずわざわざ席割りが決まっていて、私の隣はマッチョな体型の撮り鉄の人だった。鉄道好きの人でこういった筋肉質の人は珍しい。

 楽天スタジアムの脇を通り、仙台貨物ターミナルを超えて臨海部へと向かう。先日北海道に行った時に通った道を走り、ちょっと懐かしくなるのもつかの間、これから乗る予定の仙台港駅の脇を通り、9時前に仙台埠頭駅に着いた。臨時列車の発車は10時なのでまだ1時間ほどある。この時間帯を利用して撮影タイムとなる。

 列車はすでに入線していて、みのりというリゾート列車で3両編成だ。前にさえぎるものがなく順光なのでいい写真が撮れそうだ。

 この貨物駅では鉄道レールの積み込みが行われるらしくチキというレール運搬用貨車が留置してあり、その脇にはレールが野ざらしになっていた。

 列車には我々乗り鉄の他に、クルーズ船飛鳥IIの客も乗るのだがそれらしき客はまだ来ていない。そもそもこの貨物駅の近くに飛鳥IIが停泊している気配すらない。

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 写真撮影タイムが終わり、9時20分列車へ乗り込む。ホームは秋田港の時とは異なり仮設だ。添乗員に続いてホームを進んでいくと報道陣と法被を着た観光協会らしき人が待ち受けていて、カメラの放列や拍手と歓声の突然の大歓迎を受け、困惑しながら、しかし私もしっかりと手を振り返し笑顔で列車に乗り込んだ。テレビカメラも回っていたから、この日の仙台ローカルのニュースでは私が放映されていたに違いない。大歓迎の理由は、この列車が仙台港に立ち寄るクルーズ船の客をおもてなしするためにわざわざ貨物線を使ってまで運行された特別な列車で、しかも今日が運行初日だからだ。せっかくならクルーズ船の客を先に乗せた方が絵になったと思うが、我々乗り鉄軍団を撮影していた。

2018年10月13日 (土)

東奔西走乗り鉄の旅(仙台まで)

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 今回の旅は仙台港クルーズ列車の乗車が最初の目的となる。予約を完了し、1週間ほど前に案内が届いた。それによると集合時刻が仙台駅東口8時となっていた。東京始発の新幹線でも間に合わない時刻なのだ。仙台駅に8時に集合して8時20分にバスで仙台埠頭駅に向かうスケジュールになっている。これに間に合わせるには仙台に前泊するか、夜行バスで仙台に行くしかない。集合があと10分遅ければ始発の新幹線で間に合うので主催者に連絡すると、すぐに応諾いただきホッとした。

 そういうわけでまず仙台までこまち1号で行くことにした。盛岡まではやぶさを併結しているが、はやぶさよりこまちの方が座席がいいので、私は併結区間ではこまちを選ぶことにしている。こまちでは同じ号車にrailwayさんが乗っており、しばし歓談する。

 白石蔵王の先で先行のやまびこに追いついたらしく、かなり減速したので仙台には2分遅れで到着した。階段を小走りで駆け下り、乗り場へと急ぐ。東口の観光バス乗り場に着くとJRバス東北の赤いバスが待機していて、添乗員に名乗るとチケットの確認などもなく、私が着席すると間髪をいれずに発車した。

2018年10月12日 (金)

東奔西走乗り鉄の旅(初めに)

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 9月14日に仙台臨海鉄道に乗れるイベント、9月15日に阪堺電車の我孫子道車庫に入れるイベント、9月16日に新幹線浜松工場に入れるイベントがあり、この3つをひとまとめにして、乗り回ってこようと思っている。日本の東西を移動して旅する形になり、東奔西走する感じで、2泊3日で行ってくることにした。

 まず仙台港アクセスクルーズ列車は、仙台港に入港するクルーズ船の利用者向けに、貨物駅の仙台埠頭駅から運行される臨時列車なのだが、一般客も利用できる枠が特別に設けられた。貨物線に乗れるまたとない機会でまことにありがたい情報で、その情報は乗り歩き仲間のrailwayさんから発売日当日にメールで教えていただいた。昼休みに食事に出た時の気付きすぐ予約した。運行日は平日で休暇が取れるかどうかも分からないまま取り急ぎ予約を入れたのであった。

  阪堺電車は臨時電車が我孫子道車庫に乗り入れて、そこで星雲塗装、金太郎塗装の車両の撮影会が行われるもので、これは先着順で予約が可能だった。

  最後の浜松工場行き新幹線は3年前にも乗ったのだが、その時は大阪方の入線だったが、今回は東京方からの入線で、東京方からだと本線を横断する形で入線するので、本線上にある渡り線を通る貴重な体験ができる。これはいくつかの旅行会社でツアー形式で先着順で予約可能だった。

  そんなこんなで普段は乗れない線に乗るべく2泊3日で文字通り東奔西走してくることになった。 ​

2018年10月11日 (木)

東府中駅構内渡り線

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 京王線の東府中・府中競馬正門前駅間は通常は短い編成の電車が往復するだけですが、競馬開催日には府中競馬正門前から新宿行きの直通列車が何本か運行されます。10月7日に乗車してみました。競馬場線は短いながらも複線で、通常はこのポイントを右に曲がり、東府中駅の1番線か2番線に入ります。

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 臨時の新宿行きはポイントを直進し、下り本線をダイヤモンドクロスで横断し、上り本線に合流します。

 かつては新宿方面から競馬場線に直通する列車もありましたが、今は上り列車だけ直通列車が運行されています。競馬場開催日にだけ経験できる貴重な体験でした。

2018年10月10日 (水)

発見!てくてくきっぷ旅

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 東京駅周辺で「発見!てくてくきっぷ旅」というイベントが11月4日まで開催されています。東京駅周辺、京橋周辺、日本橋周辺を巡り、硬券のレプリカ乗車券を集めてまわるイベントで、無料で硬券がもらえます。今年で5回目となるようです。

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 台紙ももらえて、集めたきっぷを差し込めるようになっています。また硬券を示すと協賛しているお店で割引が受けられたりします。

 硬券配布場所は東京駅、大丸、キッテ、高島屋、三越など10か所で、私は東京駅から始めて三越まで約1時間半で巡りました。

 適度な運動にもなるので、秋の一日、皆様も参加されてみてはいかかでしょうか。


2018年10月 9日 (火)

五島産業汽船

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 ある朝公共交通機関を利用しようとして乗り場に行ったら、営業停止のお知らせが貼られていた。そんなウソのような話が実際に九州の五島産業汽船で起こりました。資金繰りの悪化で倒産したようですが、これでは公共交通機関としての責任感は全くありません。公共交通機関といえども一民間企業ですから倒産することはあり得ますが、どんな事態に陥っても運行は守るというのが事業者の心意気ではないでしょうか。そうなる前に第三者に事業を譲渡するなり、所定の期間を経て廃止とするなり、手立てはあったように思います。あるいは報道には現れないものの万策尽きてこういう事態に陥ったのかもしれませんが、どの企業にもそれぞれ社会的責任はあり、それを全うするのが事業者の務めではないでしょうか。
​京都鉄道博物館に国鉄からJRへの引継書が残されていますが、「昭和62年3月31日24時現在事故の報告はない」で締めくくられていて、最後の最後まで安全な運輸サービスを提供しようとする事業者の使命感を感じましたが、今回の事態にはそういったものは全く感じられません。

2018年10月 8日 (月)

小田急ロマンスカーGSEナナコ

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 10月1日小田急新宿駅にセブンイレブン小田急マルシェ新宿店がオープンしました。小田急の駅売店は今後セブンイレブンに置き換わって行くようですがその第1陣です。

 そのセブンイレブンで新型ロマンスカーGSE図柄の電子マネーナナコが販売されています。発行手数料が300円かかりますが300ポイント付いているので、実質的に無料です。皆さまもコレクションにいかがでしょうか。

2018年10月 7日 (日)

ミスターKの吞み鉄旅日記

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 9月24日午後、両国駅で飲み会がありました。参加者はrailwayさん、takehopeさん、Sさん、そして私ミスターKの4人です。railwayさん、takehopeさんは両国駅に15時36分に到着する、クラブツーリズム主催の貨物線ツアーの臨時列車「宴」で現れました。

 railwayさんは乗り歩きでよくご一緒させていただく方で、takehopeさんは今から5年前に大阪でお会いさせていただいた方で、Sさんは先日の秋田港クルーズ列車でrailwayさんからご紹介いただいた方で、それぞれ熱心な鉄道ファンの方々です。

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 両国駅構内には江戸NORENという江戸時代の町屋を意識した吹き抜けの施設があり、土俵も再現されています。飲食店や観光案内所などもあり、観光客でにぎわっています、

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 我々はその2階にある「築地食堂源ちゃん」という店に入り、「宴」から下車した人を交え「宴」が始まりました。この位置はかつての両国駅の駅長室があったところで、railwayさんは小学校のころ、クラブ活動で駅長室を訪れたことがあるので感慨深げでした。

 皆さん相当に年季の入った鉄道ファンで、私ですら着いていけない話題も多く、まだまだ勉強不足だと感じました。特に昭和40年代ころの蒸気機関車、中小私鉄の話題は、ただただ感心して聞くだけでした。

 午後4時前から飲み始め、時間を忘れて飲み続け、お店を出たのは午後7時を回っていました。

 楽しい時が過ごせ、また機会があればご一緒させていただきたいと思いました。皆様、お世話になりました。

 

2018年10月 6日 (土)

2018年北海道ドライブ紀行(終わりに)

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 8月31日、フェリーの新潟着岸は9時30分の予定で船は定刻で運航中だ。山形県内では大雨警報が出ているが航行には影響はないようだ。

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 朝食はレストランで食べることは可能だが、船内の売店で買ったパンとコーヒーでダイエットメニューで済ます。

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 新潟港着岸直前に進行左手に武蔵野線205系電車が見えた。JR東日本からインドネシアに譲渡される車両が船積みで待機していたようだ。新潟まで回送された時、行き先票をインドネシアとしてあり、ネット上で話題になっていた。

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 いよいよ下船。雨は強い。新潟亀田インターから高速に入る。新潟県内は大雨で慎重に運転していく。

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 関越トンネルを抜けると晴れになり、赤城高原SAで休憩する。

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 立て直されたようで新しく気持ちがいい。 

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 塩ホルモン定食。上州名物らしい。野菜もたっぷりで意外とヘルシーだ。

 今回の旅行では台風の影響でフェリーの変更があったものの、その他はほぼ予定通りに進んだ。予想外に雨の日が多く、景色は十分には楽しめなかったが、それでも北海道の雄大な景色に触れることができ、心身ともにリフレッシュした。事故や違反もなく帰って来られたのでそれが何よりだ。ただ、体重が3㎏も増えてしまい、それが回復しないのが現在の悩みの種だ。

(これで2018年北海道ドライブ紀行を終わります)

2018年10月 5日 (金)

2018年北海道ドライブ紀行(フェリーあざれあ)

 小樽港には16時に到着した。新日本海フェリーではeチケットという仕組みがあり、プリンターで印刷した乗船券を持っていれば窓口に立ち寄る必要はないのだが、フェリーターミナルの誘導員は窓口でルームカードを受け取ってほしいとの案内。指示に従い窓口でルームカードを受け取ると、窓口係の人は船内でも大丈夫ですとの話。大した手間ではないがちぐはぐな対応ではある。

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 出航は17時30分だが乗船はすでに始まっていて、窓口での手続きを済ませ、すぐ乗船となる。北海道もこれで終わりとなる寂しさがこみ上げてくる。

 入船する際、新日本海フェリーの場合は太平洋フェリーと異なり、高いスロープを上って船内に入るようになっている。

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 小樽の街を後にする。

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 新日本海フェリーのレストランは太平洋フェリーのバイキング形式ではなく、好きなものをとって後で精算する社員食堂方式になっている。そこを利用してもよいのだが、道内では食べすぎるくらい食べたので、今回は船室でカップ焼きそばやビールで軽く済ませた。

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 新日本海フェリーでは恒例のビンゴ大会がされている。食後に行ってみたが100人以上が参加していた。本日の乗船は350名とのこと。賞品は15名くらいに渡ったが私はリーチまで行ったが、結局外れてしまった。

2018年10月 4日 (木)

2018年北海道ドライブ紀行(道の駅おびら鰊番屋)

 8月30日、本日が北海道最後になる。あっという間に5日目の朝となってしまい、憂鬱になる。この日は雨で気分は優れない。ホテルの駐車場には昨日ウトロのホテルに止まっていた高崎ナンバーの車を見かけた。オレンジ色の車体で珍しかったのでよく覚えていた。私と2日続けて同じ宿に泊まっていたようだ。

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 今日は日本海側にある道の駅おびら鰊番屋に向かう。3年前にもここに立ち寄ったのだが、とても景色がよくまた来てみたいと思っていたところだ。旭川紋別自動車道、道央自動車道、留萌自動車道と乗り継ぎ、12時頃到着した。途中ほとんど雨だったのだが、運よく晴れてきた。

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 前に来た時はもっと晴れていたので、その時ほどの感動はないが、日本海が大きく広がるおすすめスポットであることは変わらない。​

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 ちょうどお昼時だったので、ここでホタテフライカレー1000円をいただく。セルフサービス方式のレストランだが、フライは注文を受けてから揚げるのでアツアツだ。

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 昼食を済ませ、小樽港へと向かう。いよいよ北海道の最後の最後が近づいてきた。留萌自動車道、道央自動車道、札樽自動車道と進み、16時小樽港に着いた。ここまでの道中はほとんど雨だったが、港に着いて雨は止んだ。

2018年10月 3日 (水)

2018年北海道ドライブ紀行(ホテル大雪)

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 層雲峡の宿はホテル大雪で、かつて高倉健がロケで泊まったこともあり、その時の写真が飾られていた。

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 歴史あるホテルであるが建物はそれなりに老朽化している。

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 この日は展望風呂付きの部屋で、食事は専用のレストランで行うようになっている。

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 ホテル名の入ったお酒もあったのでいただいた。

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 朝食も豪華版。



2018年10月 2日 (火)

2018年北海道ドライブ紀行(層雲峡まで)

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 浜小清水駅に隣接するセイコーマートでお昼を食べて、午後のドライブをスタート。まず北浜駅に立ち寄る。前にデュアルモードビークルに乗ったときの帰りにもこの駅に立ち寄った。この駅も無人駅だが駅舎がレストランとして利用されている。

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 オホーツク海岸に一番近い駅と宣伝されていて、駅には展望台が設置されている。

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 前回自分の名刺を張り付けて来たので残っているか探して見たが、ご覧のような状況で見つけることはできなかった。

 そんな感慨にふけっていると中国人観光客が団体でやってきて急ににぎやかになった。こんなローカルな無人駅にも外国人が来る時代になったようだ。​

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 続いて網走刑務所にも寄ってみた。古いれんが造りの建物で時代を感じさせる。

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 受刑者の製作物が販売されている。木工製品が多く、値段は安めだ。

 網走刑務所を後に、一路層雲峡温泉に向かう。途中ホクレンで給油すると北海道のガイドブックを1冊くれた。ホクレンでは7月、8月に30リッター以上給油するとガイドブックがもらえるキャンペーンをやっている。ガイドブックは2種類あり月によりもらえるガイドブックが異なっている。

 それからホクレンではホクレンフラッグというのが販売されている。ライダーが給油すると有料でもらえ、4色あって地区によって色違いになっているのでコンプリートを目指すには結構走らないとダメだ。残念ながら自動車の運転者には売ってもらえない。

 層雲峡に向かう道では鉄道コンテナを積んだトラックと頻繁にすれ違う。ちょうど旭川に貨物列車が着いた頃合いだろうか。コンテナは1台のトラックに3個積まれていて、すれ違うと迫力がある。内地では2個積みしか見かけない。

2018年10月 1日 (月)

2018年北海道ドライブ紀行(浜小清水まで)

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 天に続く道を出発し、今見た道を実際に走る。距離は28kmほどある一直線の道だ。実際に走っていると視界が開けないせいか、天に続く道と感じるのは走り始めのころだけである。

 釧網本線沿いを走り、まず止別(やむべつ)駅に着いた。ここは無人駅だが、駅舎がラーメン屋として利用されていて、結構にぎわっていた。

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 駅待合室には鉄道車両の座席と思われるものが設置されていた。

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 続いて浜小清水駅。ここも無人駅だが道の駅が併設されていてそちらの利用者が多い。

 今から10年ほど前にJR北海道でデュアルモードビークルの実証実験が行われ、この駅がスタート地点だったので来たことがある。デュアルモードビークルとは鉄道の線路と道路と両方を走れるようにした乗り物で、浜小清水駅隣に鉄道線路に乗り入れるインターチェンジと呼ばれる設備が設けられ、そこから乗車した。

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 車両後部からの眺め。

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 途中駅の通過の様子。

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 藻琴駅で一般道路に降りる。

 車両はマイクロバスを改造したもので、線路上を走るときは鉄車輪を出し、道路上は鉄車輪を引っ込めゴムタイヤで走る。都市部では渋滞に影響されず、郊外に出ると線路が無くてもどこでも走れるいいとこ取りの乗り物のように宣伝されていたが、結局JR北海道では実用化しなかった。

 マイクロバスに鉄道用の車輪や保安装置を付けるだけでも相当な重量になること、一般道路から鉄道線路に乗り入れる場合は信号の確認などでかなり手間と時間がかかること、マイクロバスなので立ち客は乗せられず鉄道車両としては定員が少ないことなどで実用化に至らなかったのだろう。

 現在四国の阿佐海岸鉄道で同様の取り組みが進んでいるが、二の舞いを演じそうな気がする。

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