秋田港クルーズ列車の旅(夕張支線復路)
夕張駅を8時28分に発車する。帰りは緩やかな勾配を下っていくのでエンジンの音も軽やかだ。ところで先ほどから車内に蜂が1匹飛んでいて、乗客たちが遠目に眺めている。刺されるのも嫌だけれど殺虫剤の持ち合わせなどあるわけもないので、身を固くしてハチの動きを見守っていた。そのうちに年配の女性が私のところへやって来て、これを使ってくださいと新聞紙を渡そうとする。私にそれで退治してくれということだろう。他にも男客がいるのになぜ私なのだろうと思いながらも、仕方なくをその新聞紙を受け取り蜂と格闘した。網棚や扇風機や蛍光灯のあたりを行ったり来たりしていたが、格闘すること10分ほどでようやく仕留めた。叩き落としたその蜂を新聞紙で包んで捨てようとすると、新聞紙をくれた女性は新聞紙の上から足で踏みつけトドメを刺した。
そんな騒ぎが終わって気が付くと列車は清水沢駅に到着していた。ここからはかつて三菱石炭鉱業という路線が分岐していて、私は1985年3月に乗ったことがある。駅構内の広さに、分岐駅だった時代を感じさせる。その時は再びここに来て蜂と格闘することになろうとは想像だにしなかった。夕張支線を乗り終え新夕張に到着した。
新夕張に停車した列車はここで25分ほど停車する。駅前には紅葉山の駅名標があった。この新夕張駅は石勝線が開業するまでは夕張線の紅葉山駅だったところなのだ。
駅は小高い丘の上にあり、そこを下りていくと道の駅があった。9時前なのでお店は開いていないが、夕張メロンなどの販売準備で忙しそうだった。
駅に戻り改札を入ろうとすると男性旅行者が切符売り場で「硬券入場券はありますか」と尋ねていて「あります」との返事だった。JR北海道ではまだ硬券入場券を売っている駅があるようだ。さっそく私も便乗し1枚買った。日付を入れるダッチングマシーンも健在でうれしくなる。最近は硬券はあっても日付は市販のデイト判で捺されることも多いからだ。しかし、残念なことに日付が右端に捺されている。本来は左端に捺すのだが、慣れていないのだろう。
列車に戻り石勝線を西に進む。古い橋脚が見えたから、追分・紅葉山間の旧夕張線の廃線かもしれない。
川端駅には駅に隣接してパークゴルフ場があり、そこに旧型客車が2両保存されている。ゴルフ場の休憩施設と思われるが相当に老朽化しており利用実態は分からない。
牧場の脇を抜ける北海道らしい光景が展開し、追分、南千歳と経由し、千歳には10時13分に到着した。
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