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2018年8月

2018年8月31日 (金)

秋田港クルーズ列車の旅(追分まで)

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 弘前で1泊し、6時24分発の秋田行き普通列車でスタートする。昨日に続き今日も早朝出発となり、東横インの無料朝食を食べることができず残念な思いだ。

 秋田行き普通列車は701系の2両編成で、ロングシートがほぼ埋まる状態だ。日曜の早朝にしては意外と利用が多い。練習試合に行く感じの高校生も多い。

 東能代あたりからは立ち客も出るようになり追分着8時27分。ここで男鹿線に乗り換える。

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 ホームに降りると隣のホームにリゾート列車のしらかみが入線してきた。

 男鹿線の発車まで少し時間があるので改札を出て見る。

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 駅舎は建て直され新しくなっている。シンプルな駅舎だ。秋田県産の木材を使用しているのだろうか、木の香りのする待合室だった。

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 ところでこの駅は追分駅だが、昨日室蘭本線から乗り換えたのも追分駅で、どちらの駅もその名の通り、分岐駅になっている。

2018年8月30日 (木)

秋田港クルーズ列車の旅(新函館北斗駅)

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 新函館北斗駅に到着し、みどりの窓口に急ぐ。私と同じ考えの客が多いのか、みどりの窓口にはあっという間に20人くらいの行列ができていた。外国人の利用者もいる。これでは特急券の変更が間に合いそうもない。私は新幹線を1本遅らせることにした。今日は弘前に泊まるのだが、到着が1時間遅れるだけだから大きな影響は出ない。次の列車は指定席の予約率は4割程度なので立ち席特急券でも問題ないだろう。

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 おみやげでも買おうと駅前に出てみると夏祭りのようなイベントが行われていて、そこで飲食ができそうだ。新幹線の中で駅弁でも食べようかと思っていたが、ここで食事を済ますことにした。

 大沼ビール、焼き鳥、シウマイでひとり乾杯する。大沼ビールは少し甘口でフルーティなビールだった。なかなかおいしい。​

  新函館北斗駅前での簡単な夕食を終えて、新幹線に乗り込む。立ち席特急券なので空いている席に腰を下ろす。事前にえきねっとで空いている席を見つけそこに座ったのだが、指定券を持った客が現れ席を譲る。私が照会した後に購入した客のようだ。 その後移った席には誰も現れず新青森までゆったりと過ごしたが、立ち席特急券の場合自由席特急券と違って指定券を持った客が現れる可能性も相応にあるので特に上り列車の場合には利用しにくい印象を受けた。新青森で奥羽本線の普通列車に乗り換え21時29分に弘前に着いた。 ​

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 この晩は駅前にある東横インに宿泊した。翌朝窓を開けて外を見るとかろうじてトレインビューが楽しめた。 ​

2018年8月29日 (水)

秋田港クルーズ列車の旅(スーパー北斗16号)

 小幌駅の見学を終えて室蘭本線下り列車で洞爺駅に戻り、ここで上りのスーパー北斗16号を捕まえて新函館北斗へと進む予定になっている。ここまでは青春18きっぷ利用だったが、ここからは大人の休日倶楽部割引を利用して新青森までの乗車券、特急券を用意してある。大人の休日倶楽部会員はJR東日本と北海道の路線を5%引きで買える。ところがスーパー北斗の特急券だけは割引になっていないのだ。会員規約に具体的な記述はないが、新幹線乗継割引が適用される場合には大人の休日倶楽部割引は適用されないらしい。

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 洞爺駅は北海道洞爺湖サミットの最寄り駅でそれを示す国旗が掲げられていた。

 洞爺発16時39分のスーパー北斗16号は満席でやってきた。指定席の通路にも立ち客がいる状態だ。私が1週間ほど前にこの列車の指定券を押さえた時には1両で10人ほどの予約しかなかったのに、この混雑ぶりは想定外だ。スーパー北斗の事前の空き具合から予想して新函館北斗から新青森まで北海道新幹線は立ち席特急券の用意なので心配になる。

 さっそくスマホからえきねっとにアクセスしてみると新函館北斗・新青森間は9割方予約で席が埋まっているではないか。夏休み期間中とはいえ、土曜日の夜の上り列車だからそんなに混んでいないだろうと予想していたのに意外だ。どうやらこの列車が今日中に東京へ戻れる最終列車のせいらしい。新函館北斗での乗り換え時間が20分ほどあるので、そこで立ち席特急券から通常の指定券に変更しようと思う。

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 内浦湾沿いを快走し、駒ヶ岳を眺め、大沼を短い鉄橋で渡り、18時09分新函館北斗に到着した。

2018年8月28日 (火)

秋田港クルーズ列車の旅(小幌駅)

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 15時14分、小幌駅に到着した。小幌駅は秘境駅ナンバーワンの駅と言われていて秘境駅中の秘境駅だ。

 この駅には下り列車が1日2本、上り列車が1日4本しか止まらず、私はこの駅に約30分ほど滞在して15時45分発の下り列車に乗るのだが、このパターンが一番効率的に秘境駅巡りができる。

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 国鉄時代は仮乗降場扱いだったが、民営化後駅に昇格したので元から利用者はほとんどいなかった。そもそもこの駅には駅に至る道路がなく、一応踏み分け道のようなものはあるが、車ではたどり着けない。

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 同じ列車からは15人ほどが下車した。見るからに秘境駅巡りの客だけだ。こんなに下車客が多いと秘境駅感は全くない。

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 ここは複線区間で駅の構造は相対式2面2線でその他に上下線の間に保線車両が入るような引き込み線がある。

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 上りホームと下りホームは構内踏切で行き来できるようになっている。

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 ホームから少し離れたところに保線作業員用の小屋がある以外には何もない。

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 踏み分け道を進んでみるが、マムシ注意の看板があったり、道自体もぬかっていたりして、散策に適した環境ではないので少し歩いて引き返した。

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 ここは北海道の大動脈室蘭本線だから特急列車や貨物列車が頻繁に行き交っている。列車接近前にまずトンネル内で警報音が鳴り、それに続いて構内踏切の警報音が鳴る仕組みになっているから、かなりの間警報音が鳴り響いている訳で、秘境駅に求められる静寂感は乏しい。この駅に停車する列車の本数は少なく、また駅周辺の秘境駅度は飯田線の小和田駅といい勝負であることは間違いないが、複線電化路線で列車の往来自体は多いので、個人的には秘境駅度は小和田に劣る印象を受けた。

2018年8月27日 (月)

秋田港クルーズ列車の旅(小幌駅まで)

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 サッポロビール工場をチラ見した後、サッポロビール庭園駅から秘境駅ナンバーワンの小幌駅へと向かう。サッポロビール庭園駅11時38分発の苫小牧行きで12時08分苫小牧着。乗り換え時間が20分ほどあるのでいったん改札を出る。改札の右手には株式会社まるい弁当の軽食兼駅弁販売店があり、ここで苫小牧駅名物のサーモン寿司800円を買う。かつて種村直樹さんが日本の駅弁ベスト5の中に入ると絶賛した駅弁で、私も学生時代北海道に行くと必ず食べた駅弁だが、それ以降はご無沙汰していた。その絶賛の経緯はこちらのブログにも詳しいので参考にしてください。

 苫小牧発12時29分の室蘭行きは2両編成のDCで3割程度の乗りだ。先発の特急すずらんの遅れにより、こちらも3分遅れで発車した。

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 発車とともにサーモン寿司を久しぶりに賞味する。昔食べた時はもっと大ぶりな寿司がビッシリ入っていた印象があるが、今回は随分と貧弱な駅弁に見える。それでもスモークサーモンの押し寿司で風味も良くおいしい駅弁だ。

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 列車は各駅に停車しながらノンビリと進む。登別で後続のすずらんに抜かれるため9分ほど停車するのでいったん改札を出てみた。リニューアルされたようだ。

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 ここでも硬券入場券を売っていた。

 東室蘭で長万部行きに乗り換える。今度は単行のDCで立ち客も出る混み具合で、土曜日のせいか下校の学生が多い。

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 居眠りをして眼が覚めると北舟岡駅に停車していた。この駅は室蘭本線で海に一番近い駅らしい。ホームの下がすぐ海のようだ。時間があれば列車を1本遅らせてノンビリ散策をしたいような駅だった。

2018年8月26日 (日)

秋田港クルーズ列車の旅(サッポロビール庭園駅)

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 千歳駅は今まで降りたことがなかったので下車してみた。夕張支線からの列車がなぜわざわざ千歳発着なのだろうか。道幅は広く区間の整った碁盤の目のような街で航空関連の税収が多いのだろうか、裕福そうな街に見える。駅前の観光案内板を見ると支笏湖も千歳市に属していることを知った。

 街はそこそこ立派だが、駅周辺に特に見所があるわけではないので駅に戻る。千歳駅は2面4線の高架駅で新幹線の駅をコンパクトにした雰囲気で、それもそのはず東北・上越新幹線の駅舎建設に先立ち試作された駅らしい。

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 ホームは1、2番線が南千歳方面、3、4番線が札幌方面となつているが、当駅始発の札幌方面行きは2番線から発車する。たまたま乗った11時02分発の列車が始発列車で2番線から発車した。

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 2駅でサッポロビール庭園駅に着く。ここも2面4線の駅だが高架ではなく地平駅だ。ここで下りたのは特段目的があるわけではない。このあたりはふるさと納税で私が寄付している恵庭市に属し同市の特産品ではあるサッポロクラシックをお礼の品としていただいているのでどんなところか見てみたいと思っただけだ。2面4線の駅にもかかわらず無人駅だ。

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 駅前がすでにビール工場だが入り口は5分ほど敷地の脇を進んでいく。

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 工場見学者用の入り口がありそこから工場敷地内に入る。ここがサッポロクラシックも造っている工場かと感慨も深かったが、それ以外に格別のこともなく駅へ引き返す。

2018年8月25日 (土)

秋田港クルーズ列車の旅(夕張支線復路)

 夕張駅を8時28分に発車する。帰りは緩やかな勾配を下っていくのでエンジンの音も軽やかだ。ところで先ほどから車内に蜂が1匹飛んでいて、乗客たちが遠目に眺めている。刺されるのも嫌だけれど殺虫剤の持ち合わせなどあるわけもないので、身を固くしてハチの動きを見守っていた。そのうちに年配の女性が私のところへやって来て、これを使ってくださいと新聞紙を渡そうとする。私にそれで退治してくれということだろう。他にも男客がいるのになぜ私なのだろうと思いながらも、仕方なくをその新聞紙を受け取り蜂と格闘した。網棚や扇風機や蛍光灯のあたりを行ったり来たりしていたが、格闘すること10分ほどでようやく仕留めた。叩き落としたその蜂を新聞紙で包んで捨てようとすると、新聞紙をくれた女性は新聞紙の上から足で踏みつけトドメを刺した。

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 そんな騒ぎが終わって気が付くと列車は清水沢駅に到着していた。ここからはかつて三菱石炭鉱業という路線が分岐していて、私は1985年3月に乗ったことがある。駅構内の広さに、分岐駅だった時代を感じさせる。その時は再びここに来て蜂と格闘することになろうとは想像だにしなかった。夕張支線を乗り終え新夕張に到着した。​

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 新夕張に停車した列車はここで25分ほど停車する。駅前には紅葉山の駅名標があった。この新夕張駅は石勝線が開業するまでは夕張線の紅葉山駅だったところなのだ。

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 駅は小高い丘の上にあり、そこを下りていくと道の駅があった。9時前なのでお店は開いていないが、夕張メロンなどの販売準備で忙しそうだった。

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 駅に戻り改札を入ろうとすると男性旅行者が切符売り場で「硬券入場券はありますか」と尋ねていて「あります」との返事だった。JR北海道ではまだ硬券入場券を売っている駅があるようだ。さっそく私も便乗し1枚買った。日付を入れるダッチングマシーンも健在でうれしくなる。最近は硬券はあっても日付は市販のデイト判で捺されることも多いからだ。しかし、残念なことに日付が右端に捺されている。本来は左端に捺すのだが、慣れていないのだろう。

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 列車に戻り石勝線を西に進む。古い橋脚が見えたから、追分・紅葉山間の旧夕張線の廃線かもしれない。

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 川端駅には駅に隣接してパークゴルフ場があり、そこに旧型客車が2両保存されている。ゴルフ場の休憩施設と思われるが相当に老朽化しており利用実態は分からない。

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 牧場の脇を抜ける北海道らしい光景が展開し、追分、南千歳と経由し、千歳には10時13分に到着した。



2018年8月24日 (金)

秋田港クルーズ列車の旅(夕張支線往路)

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 新夕張に着き、ここから先の区間がいわゆる夕張支線となり来年3月で廃止される区間になる。三江線には廃止の7ヶ月ほど前に乗ったが、車両を増結するほどの混雑ぶりだったが、夕張行きはほとんどガラガラだ。同じ廃止予定線でもこうも違うものなのだろうか。廃線を惜しむファンなどでかなり混んでいるのではないかと予想してきた私は拍子抜けした。

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 新夕張を発車して、左に分岐し、夕張支線に入る。東京は台風の接近で雨模様のはずだがこちらは爽やかな天気だ。沿線はのどかで、宮脇さんが乗った時に感じられた衰退感や斜陽感はない。

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 列車は緩やかな上り勾配を進み、途中駅ではわずかながら地元客が乗ってきて、終点夕張には8時17分に到着した。

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 夕張駅はホーム1面のみで駅舎はあるが無人駅となっている。途中駅から乗ってきた地元の人は皆、駅前で待機していたワゴン車に乗ってどこかへ行ってしまった。どこかの作業所にでも行く感じの人たちだ。

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 駅舎の中には廃止までの日数を示した手製のボードがある。

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 待合室の床には線路が描かれていた。

 この列車は8分の停車で折り返す。もう少し滞在時間が欲しい気持ちもあるが、駅自体は昨年の北海道旅行の時にも車で訪れているので雰囲気は分かっている。

 帰りは5人ほどの客を乗せて出発した。地元の客はおらず夕張支線に乗りに来た人が折り返しただけだった。

2018年8月23日 (木)

秋田港クルーズ列車の旅(新夕張まで)

 本日の目的はまず来年3月で廃止される夕張支線の乗車だ。夕張支線は新夕張・夕張間16.1kmの線で正確には石勝線の一部となっていて独立の線名を持たないが、夕張支線あるいは夕張線と通称されている。

 私は国鉄時代の1985年に初乗りし、その後JRになってから2008年に再び乗った。宮脇俊三さんは時刻表2万キロの中で「清水沢から終点の夕張にかけては石炭産業の現況がどの炭鉱線よりも大規模かつ直截に迫ってくる」「何かと不満の多い人間は一度夕張線に乗るとよいと思う。いくらかおとなしくなるにちがいない」と述べているほど今から40年ほど前の当時から斜陽や衰退が感じられた線のようだ。

 なお、夕張支線は私が最初に乗った直後に夕張駅が移転し、その後1990年にも再び夕張駅が移転したので、最初乗った時の営業キロ18.2kmと現在の営業キロは異なっている。

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 苫小牧発6時10分の岩見沢行きでスタートする。2両編成のキハ40で客は合わせて10人程度だ。昨日機内で食べ損ねたもう一つの空弁を食べる。松阪牛、梅ちりめん、赤飯の3個のおこわでしっかりとした味付けでおいしい。

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 追分には6時46分に着き、ここで夕張行きに乗り換える。20分ほど待ち時間があるのでいったん改札を出る。追分はかつては機関区もあった室蘭本線の主要駅で、駅前には動輪が展示されている。

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 動輪の乗っているレールについても紹介されていて、左側がアメリカイリノイ社製、右がアメリカカーネギー社製でそれぞれ100年以上前のものらしい。 

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 駅前の橋には動輪がかたどられていた。

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 駅の待合室には追分駅の歴史や蒸気機関車の写真が何枚も展示されていた。こちらは昭和27年当時の追分駅内勤室班の集合写真。60名くらいの駅員が写っている。現在は平日のみ駅員が配置される寂しい駅だ。

 追分発7時08分の夕張行きは切り欠きホームの4番線から発車した。客はこれも10人ほどだ。

2018年8月22日 (水)

日本鉄道写真家協会写真展「&」

(秋田港クルーズ列車の旅は1回休みます)

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 8月21日から27日まで新宿ニコンプラザで開催されている写真展「&」に行ってきました。今年で発足30周年になる日本鉄道写真家協会に所属する30人の写真家の作品が展示されています。

 『「現在過去」「喜怒哀楽」「春夏秋冬」など、いろいろな思いをフレーム1枚に込めて表現します。フレーム1枚に写真2枚で物語を構成し表現する展示です。会員一人一人の物語が紡ぐ鉄道写真の世界をお楽しみください。(日本鉄道写真作家協会)』というのが宣伝文句になっていて、どの作品も2枚で構成されています。

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 2枚の構成は、同じ場所で季節を変えて撮ったもの、同じ車両を時代を変えて撮ったもの、同じ場所で新旧車両を撮ったものなど様々です。

 1番インパクトがあったのは中井精也さんの作品で、右がラッピング車両、左がそれを見て驚く中井精也さん自身の顔写真でした。自分自身の顔写真を作品にするとは禁じ手かもしれません。

 会場は作品を個別に撮影しなければ写真撮影可ということでした。SNSにアップしてくださいともありました。開催は27日までなのでお早めに。

2018年8月21日 (火)

秋田港クルーズ列車の旅(東横イン苫小牧)

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 新千歳空港には20時35分に到着した。気温は19度でとても寒い。用意しておいたジャケットを一枚羽織る。ここからJRで苫小牧に向かう。苫小牧まではICカード利用エリアなので普段使っているスイカで自動改札機にタッチする。新千歳空港駅から札幌方面へはこの時間帯でも15分間隔で快速が運行されている。21時01分発の列車は指定席のuシートが満席と放送しているのに驚かされる。普通車には立ち客も出ていた。

 私が乗るのはその1本後の21時16分発の札幌行きで、これもほぼ満席で発車した。新千歳空港駅は発車ベルを使用していないのか車掌の笛だけで静かに発車した。次の南千歳で乗り換えで苫小牧には21時49分に到着した。

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 今夜の宿は駅前にある東横インで、シングルが空いていなかったのでツインの部屋になっている。部屋の中はご覧の通りでいつもながらだ。

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 翌朝は6時10分発の岩見沢行きに乗るので6時にチェックアウトした。ここの東横インは6時半から朝食が開始するので、この時間だと残念ながら無料の朝食にはありつけない。大した朝食ではないのだが、それを食べられないと損をした気分になる。

 ただコーヒーとパンだけは6時から取れるとのことコーヒーを少しだけ飲んで苫小牧駅へと向かった。

2018年8月20日 (月)

秋田港クルーズ列車の旅(ANA077便)

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 今回の旅は7月27日から29日の3日間を予定しており、初日は苫小牧への移動、2日目は来年3月で廃止が決まっている夕張支線の乗車、秘境駅小幌駅訪問、3日目がメインイベントの秋田港クルーズ列車の乗車を予定にしている。初日は会社を半日ほどで退社しいったん家に帰ってから羽田空港に向かった。

 空港には17時20分に到着。乗るのは19時ちょうど発のANA077便新千歳空港行きなので少し時間がある。ターミナルビル内で空弁(そらべん)を購入。駅で売っているのが駅弁で、空港で売っているのが空弁で、空弁のほうが駅弁より小ぶりなものが多い。私は焼き鯖寿司とひとくちおこわの二つを購入した。鉄道の駅弁で一人で2個買うのはあまりないことだが、空弁は小ぶりなので2個でも平気そうだ。

 搭乗手続きを済ませ、保安検査場を抜けゴールドカード会員用のラウンジでしばらく休憩する。前回もラウンジ利用の際に疑問に思ったのだがゴールドカードの提示を求められるのは当然として、飛行機の搭乗券の提示まで求めるのはなぜだろう。保安検査場を抜けた人で搭乗券を持たない人がいるのだろうか。

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 それはともかくゴールドカード会員用のラウンジは2つあり、今回は北海道便なので北ウイングにあるラウンジが便利なのだが、前に利用したことがあるので南ウイングにあるラウンジを利用してみた。窓に向かって座る席、大きなテーブル席、ソファー席などがあり、8割方埋まっており盛況だ。出発の30分ほど前にラウンジを出て搭乗口に向かった。​

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 機種はボーイング777で、通路が2本あり、横に10人が並んで座れる大型機だ。私は後ろから2列目の窓側の席を予約してある。夏休み中ということもあり観光客の利用が多い。日没を過ぎ、日も暮れた空港をC滑走路から離陸し、ディズニーリゾートを下に見ながら高度を上げていく。西の空にはかすかに夕焼けが見える。

 この日は台風が接近してきていて、その影響で機体が小刻みにかなり揺れる。私が今まで乗った飛行機の中でも揺れが大きい部類に属すると思う。そういう揺れにもかかわらず、ベルト着用サインが消え、ドリンクサービスが始まった。

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 私は空港で買い求めた空弁で夕食とする。まず福井の焼き鯖寿司617円だ。飛行機で弁当を食べるのは初めてだ。それとビールも一緒だ。気圧の影響かプルタブを押し込んでも缶がへこむだけでスムーズに開かない。ビールが吹き出さないようにハンカチで押さえながら慎重に開缶した。

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 飛行機のシートはかなり狭く、鉄道のようにゆったりとはいかないので、隣の人に肘がぶつからないように体を縮めながら食べる。お弁当自体は脂の乗ったサバでおいしかったが、空弁は意外に食べにくいもので、もう1個用意してあった空弁は遠慮した。

2018年8月19日 (日)

秋田港クルーズ列車の旅(予約)

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 昨年から秋田港への貨物線に臨時旅客列車が走るようになった。秋田港に寄港するクルーズ船の乗客専用の臨時列車だ。したがってこの列車に乗るにはクルーズ船に乗って秋田港に降り立つしかなかった。ところがうれしいことに今年の7月に一般の人も乗車できる臨時列車が運行されることになった。秋田港海の祭典「マリンフェスティバル」の開催に合わせて7月28日、7月29日の2日間だけの臨時運行だ。普段はれない区間だから何としても乗りたい。

  予約開始は6月22日金曜日14時から仙台にあるビュー予約センターで電話のみで行われる。私は予約開始の時間に合わせて昼休みを取り、開始時間と同時にコールした。 ところが電話は全くつながらない。結局その日は何度かけても通話中でつながらなかった。

 翌日再びリベンジしてみた。10時の開始とともに再び電話をかけたが、ようやく10時半頃に通じた。若干空きがあり、めでたく予約できた。しかし事前のホームページ等の告知にはなかったのだが、この列車は最低2人からの乗車となっていた。仕方なく2人分で予約を入れた。

  電話をかけ終えると乗り歩き仲間のrailwayさんからのメールが入っていた。railwayさんも2人で予約したようで私に1人分譲ってくれるという知らせ。私はそれをありがたくお受けし、自分の予約はキャンセルした。

 今回の予約は電話受付のみで、仙台のビュー予約センターでしか受け付けないので電話は塞がりっぱなしだった。この電話は今回のイベントの予約だけでなく、一般のツアーも受ける電話だから、多方面に影響を及ぼしたと思われる。この時代に電話予約のみというのはいかにも時代遅れと感じた。 ​

2018年8月18日 (土)

油壷マリンパーク50周年

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 油壺マリンパークが今年で50周年だそうです。京急が運営する三浦市油壺にある水族館です。それを記念してのイベントや臨時列車なども走るようです。

 その油壺マリンパークに私は1回だけ行ったことがあります。小学校5年生の時、三浦移動教室という社会科見学兼郊外体験学習のような1泊2日の学校行事の中で油壺マリンパークに行きました。

 当時は油壺マリンパークのテレビCMもよく放映されていたと思います。記憶違いかもしれませんが、魚が算数の計算をして正解の紐を引くようなCMだったと思います。

 水族館自体はこれと言って印象に残ってはいないのですが、平日のせいか意外と空いていたのと記念スタンプを押した記憶だけは残っています。

 それにしても最近は◯◯何十周年と言った話題をお送りし昔の思い出などを語るようになってしまい自分の年齢に驚くばかりです。

2018年8月17日 (金)

はとバス70周年

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 今年ははとバスができてから70周年になるそうです。戦後の復興が始まりかけた1948年に新日本観光という社名で、わずか5人のバスガイドでスタートしたようです。

 東京オリンピックの頃に年間120万人の利用者を記録しピークを迎え、その後は長く低迷が続きましたが、また最近2度目のオリンピックが近づき復調しているようです。

 私ははとバスに限らず定期観光バスはほとんど利用したことがないのですが、利用した人の話を聞くと、特にはとバスは他の定期観光バスに抜きん出たスキル、サービスを有しているとのことで、ぜひ一度乗ってみたいと感じています。よく分かっていると思っている東京の街を別の視点で見てみたいです。

2018年8月16日 (木)

ブログ開設10周年

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 本日8月16日でブログ開設からちょうど10年となりました。第1回目が2008年8月16日なのです。その時の記事はコチラ。我ながらよく10年も続いたものと思っています。これもひとえに皆様のご支援の賜物と感謝しております。

  実はこのブログ開設の以前には「さいたま鉄道博物館へようこそ!」というタイトルのホームページで私の鉄道コレクションを中心に紹介し、時々旅行記なども公開していました。しかしホームページの場合、文章や画像の配置、ページごとのリンクの設定などいろいろ複雑なことが多く、結果として更新頻度は低く長続きせずその後閉鎖してしまいました。

  そんな中でブログというものを知りました。ブログの場合は基本的には文章を作成し写真をアップロードするだけで完結し、面倒な設定が少ないので、それがここまで続いてきた要因だと思っております。

  それとともに多くの方にコメントを寄せていただくようになったこともとても励みになりました。更新が遅い時には体調でも悪いのかと心配してくれる人もありました。ブログを通じて旧友と再会を果たしたり、ブログにコメントを寄せていただく方と実際にお会いしたりすることもあり、ますます気合が入りました。

  ブログの内容自体は極めて阿呆らしいものですが「継続は力なり」これからも休まず続けていきたいと思っています。 ​

2018年8月15日 (水)

山田線 宮古~釜石間 DL点検列車 運転

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 先日の「2018年大人の休日倶楽部パスの旅PARTⅡ」でも少しご紹介した山田線の復旧工事ですが、ほぼ完了し、今月からディーゼル機関車による強度確認試験等が実施されるようです。 点検列車の運行はJR東日本により行われますが、最終的に来年3月23日に同線は三陸鉄道に移管されます。

  これにより三陸鉄道は盛から釜石、宮古を経由して久慈に至る163kmの路線となり、第三セクターでは一番長い路線を有する鉄道会社になるようです。営業キロがこれより短い大手民鉄はいくらでもあるので、鉄道会社としてもかなりの大会社になります。

  ただし、同社のホームページから決算内容を見てみると年間売り上げが3億円程度で、3億円超の各種補助金を得ても赤字決算となっており、経営状況はかなり厳しいようです。地方の交通インフラを維持するには我々も税金等を通じて相応の対価を支払う必要があるようです。 ​

2018年8月14日 (火)

野辺山SLランド閉園

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 日本の鉄道の最高所を走るのは小海線で、一番標高の高い駅は野辺山駅ですが、それよりさらに高いところを走る鉄道があります。野辺山駅から15分ほど歩いたところにある「野辺山SLランド」の鉄道です。正規の鉄道ではなく、遊園地などで走るいわゆる遊戯鉄道です。

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 私は2007年に乗りに行きました。軌間762㎜のナローゲージで1周350mほどの円周軌道をゆっくりと走ります。ところが残念なことに今月いっぱいで営業を終了することとなりました。残りわずかですが、機会があれば皆様も訪問されてはいかかでしょうか。

2018年8月13日 (月)

仙台港クルーズ船列車

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 JR東日本で仙台港に入るクルーズ船向けに臨時列車を運行することになりました。仙台埠頭駅から仙台港駅、陸前山王駅を経由して仙台駅まで運行されます。仙台埠頭駅から陸前山王駅までは仙台臨海鉄道という貨物線を走り、陸前山王から東北本線に乗り入れ仙台駅まで至ります。仙台埠頭駅から陸前山王駅までは約5.8kmです。仙台港に入港する飛鳥IIの乗客専用の列車となるので一般の人は乗れません。

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 私はこの仙台臨海鉄道に一度だけ乗ったことがあります。1997年7月のことで、当時仙台で開催されていたゆめ交流博会場へのシャトル列車で、その時は陸前山王駅から2.2kmのところまで運行だったので、今回のほうが乗りでがあります。その時の記事はコチラ。そして本来はクルーズ船利用者しか乗れないこの区間ですが、臨時ツアーが開催されることになり、応募したところ乗れることになりました。

  最近はクルーズ船の利用者も増えているので秋田港でも同様にクルーズ船乗客専用の臨時列車が運行されています。このような動きが広がり他のクルーズ船が入る港で同様の取り組みが広がればいいと思います。秋田港でも先日一般客も利用できる臨時列車が運行されて、それに乗ってきました(後日ブログにします)。 ​

2018年8月12日 (日)

海老名サービスエリア

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 海老名と言えば誰でも真っ先に思い浮かべるのが海老名サービスエリアでしょう。私は今から20年ほど前に海老名で働いていたことがあり、海老名に転勤になったと言うと皆から「サービスエリアの海老名ね」と言われるほど、海老名とサービスエリアは切っても切れない関係でしょう。

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 その海老名サービスエリアには高速道路に乗らないと行けないと思っている人も多いですが、地元の人が入れる裏口があります。最近のサービスエリアは店舗が充実していて地元の人のニーズも強いので、いつくかのサービスエリアは裏口からも入れるようになっています。

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 こちらがその入り口。一般車が駐車できるスペースやバスの発着所もあります。中に入ってしまえばおなじみのサービスエリアですが、こんな秘密の入り口から入れるのはワクワクします。

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 ここで名物の海老名カレーパンを買って食べました。先日お伝えした東名高速道路版人生ゲームもここから入って手に入れました。

2018年8月11日 (土)

西日本豪雨

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 7月の西日本豪雨から1ヶ月が経ちましたが、山陽本線が未だに不通で貨物輸送を中心に大きな影響が出ています。JR西日本では山陽本線の復旧を10月中と見ているようでまだしばらく時間がかかりそうです。山口線、山陰本線、伯備線経由で貨物輸送を行うという話があり、現在訓練中のようですが、所用時間が長くなったり、編成が短くなったりとスムーズにはいかないようです。

 それにしても近年は地球温暖化の影響で集中豪雨による鉄橋や路盤の流出が頻繁に発生しています。古い路線だと今から100年以上も前に建設された線もあり、メンテナンスが行われているとしても、施設自体はかなり老朽化しているはずで、抜本的な災害対策が求められています。

2018年8月10日 (金)

東名高速道路版人生ゲーム

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 先日人生ゲーム、東名高速道路がそれぞれ50年という話をしましたが、両者のコラボ企画で、東名高速道路版人生ゲームが無料で配布されています。

 東京からスタートし、愛知県小牧市に至るルートです。途中で新東名に分岐するルートもあります。コマやルーレットを自分で用意すれば実際に遊べます。裏面には東名高速道路の年表も記されています。

 中日本高速のアプリをダウンロードするかラインで友だちになると所定のサービスエリアでもらえます。もう品切れになっているかもしれませんが、機会があれば手に入れてみてはどうでしょうか。

2018年8月 9日 (木)

台風接近

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台風の接近に備えてホテルに宿泊しています。会社まで歩いて10分ほどのところなので何があっても出勤できます。皆様もお気を付けて出勤してください。

2018年8月 8日 (水)

東名高速道路開通50年

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 今年で東名高速道路が部分開通から50年になります。関東地方では1968年に東京・厚木間が一番最初に開通しました。

 私が東名高速道路に一番最初に通ったのは開業から3年目で小学校2年の冬です。父の勤め先の家族レクリエーションで、父の会社の人たちと車に分乗し箱根方面にアイススケートに行った時です。

 その道すがら父は「この道は日本で一番いい道なんだよ」と教えてくれたことを今でも覚えています。日本一いい道路を走れたことがうれしくて学校で作文まで書いたことも覚えています。開業から3年しか経っていないので道路もまだきれいだったと思います。よく晴れた日で白く輝く中央分離帯のガードレールが印象に残っています。

2018年8月 7日 (火)

人生ゲーム50年

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 野球盤が60年でしたが、人生ゲームは今年で発売開始から50年だそうです。スマホやDSのゲームが主流になった今ですが、まだ生きながらえていたとは驚きです。

 「人生は山あり谷あり」「億万長者になるか貧乏農場に行くか」というCMのキャッチフレーズは今でもよく覚えています。

 私の人生ゲームデビューは小学校1年か2年の時で、友だちの家でやりました。ルーレットを回して出た目の数だけ進みゴールに到着した時の所持金で勝敗が決まる単純なゲームですが、アメリカから輸入されたゲームらしくお金の単位がドルで子どもの私には何のことかよく分かりませんでした。友だちに言われるままお金のやり取りをしたことを覚えています。駒はクルマで、最初は1人でスタートし、結婚し、子どもが生まれ、人間に見立てたピンが増えていくのも楽しかったです。

 その後小学校6年の時、お小遣いを貯めてとうとう人生ゲームを買いました。大宮高島屋のおもちゃ売り場で当時2500円くらいしたと思います。1ヶ月のお小遣いが600円だったのでお年玉なども合わせて買ったと思います。さっそく家族で楽しみました。

 その後いろいろなバージョンが出てきたみたいですが、基本スタイルは変わっていないようです。昭和のアナログゲームですが、みんなでワイワイできる楽しいゲームでした。画像は我が家から発掘された人生ゲームです。

2018年8月 6日 (月)

野球盤60周年

Img_6799_1_2 鉄道とは関連のない話題ですが、今年が野球盤が発売開始から60年だそうです。日経新聞の広告に出ていました。おもちゃの広告が日経新聞に出ることは珍しいですが、読者は野球盤世代なのでしょう。1958年の登場ですから私が生まれる前からあるようです。私は小学校2年の時に野球盤を買ってもらいました。ピッチャーがパチンコ玉のようなボールを投げ、それをゴムの力で回転するバットで打ち、入った穴の位置でヒット、ホームラン、アウトなどが決まります。

 盤の下にはマグネットが仕掛けてあってピッチャーはそれを操作することによりストレート、カーブ、シュートなどを投げ分けます。カーブはホームベースを外れるのでスイングすると当たりませんが見送ればボールになります。シュートも見送ればボール、振れば詰まったアタリになります。ピッチャーの球種を予想しながら打つ必要がありました。

 その後消える魔球装置が付いた野球盤が登場しました。当時はやっていた野球マンガの主人公星飛雄馬が投げる大リーグボール2号「消える魔球」が野球盤に取り入れられたのです。テレビCMでは投げた球が本当に消えるように演出されていましたが、実際にはホームベース手前でボールが盤の下を通ってキャッチャーが捕球する仕組みになっていて、今思えば明らかに誇大広告でしたが、そんなことも問題にならない時代でした。

 その後も野球盤は進化をとげ、昔は平面上でしたが今では3Dになりボールが空中を飛び、それをバットで打つようになっているみたいです。

 昭和のアナログゲームですが、今も変わらぬ人気があるようです。

2018年8月 5日 (日)

川崎駅ホーム拡幅に伴う運転変更について

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 まだ先の話ですが、11月3日に東海道線川崎駅のホーム拡幅工事が行われ、それに伴い東海道線で列車の運行形態が変わります。私の興味を引く点は以下の3つです。

①東海道線上りが横浜駅で小田原方の渡り線を利用して折り返し運転が行うこと

②上野方から来る上野東京ラインが東京駅で折り返し運転を行うこと(従来工事等で途中折り返しになる場合、上野折り返しだった)

③一部の東京始発下り東海道線が品川・横浜間を横須賀線を走ること(品川駅、横浜駅で東海道線・横須賀線の転線が発生する)

 以上のような見どころがあり、いずれも乗ったことがないのでぜひ押さえておきたいと思います。

2018年8月 4日 (土)

日本列島まるわかり名産品すごろく

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 アサヒ飲料のドリンクを買うともらえるおまけです。近くのスーパーで見つけてカルピスを2本買ってゲットしました。すごろくシートには新幹線の図柄が入っています。プラレールとのコラボ商品のようです。

2018年8月 3日 (金)

京浜東北線南行線路移設

 京浜東北線南行きの田町・品川間の線路が移設されたので遅ればせながら先日見に行ってきました。従来よりも東側になり東海道線寄りになりました。

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 線路別複線から方向別複線に切り替わる高架橋もできつつあります。 ​

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 途中には建設中の品川新駅もありました。

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 現在は京浜東北線の南行きだけですが、今後京浜東北線の北行きと山手線も移設される予定です。 新線開業ではありませんが、新しい線路を走るので早く乗りたいものです。

2018年8月 2日 (木)

日本縦断客室鈍行の旅

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 田中正恭さんという方の「日本縦断客室鈍行の旅」という本を読みました。 ​昭和51年の夏に稚内から長崎まで旧型客室鈍行だけを乗り継いで旅をした紀行文です。ルートは旧型客室鈍行だけを乗り継いで行ける最長片道切符になっています。

 ユースホステルを泊まり歩き、ヒッチハイクをし、硬券入場券を買い集め、列車や宿で多くの人の親切に巡り会えた旅の記録です。決して乗り心地の良くない旧型客室ですが、それも楽しさに感じさせてくれる著作です。

 私自身は旧型客室で旅をした経験はほとんどありませんが、それでも背もたれが板張りの座席、黒々とした床、スチーム暖房の暖かさ、タレ流し式トイレ、遅い加速、そんな記憶が本書から蘇ってきました。

 スマホもインターネットもコンビニもない不便な昭和の懐かしい旅を思い出させる著作です。クラッセから今年6月に出版されました。皆様も是非お読みになってはいかがでしょうか。

2018年8月 1日 (水)

宮脇俊三と旅した鉄道風景

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   鉄道写真家の櫻井寛さんが1992年から99年にかけて宮脇俊三さんと同行した海外旅行の思い出を写真とともに記した著作「宮脇俊三と旅した鉄道風景」が今から5年ほど前にダイヤモンド社から刊行されました。この著作の存在は知ってはいましたが、写真集だと思って興味がなかったのですが、先日書泉グランデで手に取ってみると、櫻井さんによる宮脇さんの思い出がいろいろ記されていたので買い求めました。

旅先はヨーロッパやアメリカが中心で、高速列車、豪華列車、登山鉄道、蒸気機関車、寝台車、食堂車などバラエティに飛んでいます。 その中での宮脇俊三さんとのやり取りを通して宮脇俊三さんの人柄が伝わってきてほほえましくなりました。

 本書の後半ではだんだんに宮脇俊三さんの体調が悪くなっていく様子がうかがわれ、最後の旅は鉄道発祥の国イギリスで締めくくりたいと言葉を残され、1999年にそれを実現されましたが、その後は海外旅行には行けなくなりました。宮脇俊三さんが他界されたのはその4年後でした。

 ​宮脇さんの著作では写真はほとんど掲載されていないのですが、この写真集により当時の旅が厚みを持って甦ってきました。

 

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