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2018年3月

2018年3月31日 (土)

石勝線夕張支線廃線決定

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 JR北海道の石勝線の新夕張・夕張間(通称夕張支線)16.1kmが来年3月で廃止になることが決定しました。年間の収入が10百万円に対して支出が176百万円という赤字線で、利用者も1日あたり80人という少なさなのでやむを得ないと思います。今回の廃止は地元夕張市の方が前向きで、廃止と引き換えに転換交付金7億5000万円や土地の無償譲渡を受けるようです。

 私はこの夕張支線に国鉄時代の1985年とJRになってからの2008年にそれぞれ乗っています。画像は1985年3月の夕張駅舎です。その時はこの夕張支線と合わせて三菱石炭鉱業大夕張線という当時北海道に唯一残る私鉄にも乗りました。夕張支線の途中駅清水沢から分岐して南大夕張に至る7.6kmの線でDL牽引の客車列車で車内にだるまストーブがあるローカルな列車で夕張支線よりこちらの印象のほうが強かっったです。こちらは1987年に廃止になりました。

 夕張支線の国鉄時代は石勝線の支線扱いで廃線を免れましたが、当時から夕張の衰退とともに運命は決まっていたようでよくここまで生き長らえてきたものだと思います。1978年出版の宮脇俊三さんの時刻表2万キロでも「何かと不満の多い人間は一度夕張線に乗るとよいと思う。いくらかおとなしくなるにちがいない」と書かれていて、その衰退の程度が尋常でないことを記しています。

 廃止が決まると急に人気が出るのが世の常で、半年前に乗って今日廃止になる三江線も相当な人出でしたが、この夕張支線はどうなるのでしょうか。私ももう一度は乗っておきたいと思っています。

2018年3月30日 (金)

駅案内ロボット「ekibo」登場

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 都営地下鉄都庁前駅に3月29日までの予定で、『駅案内ロボット ekibo』が登場していました。駅案内所で行なっている業務をこのロボットに置き換えようとするもので、人間が話しかけるとこのロボットが答えてくれます。隣にはプリンタもあって、答えを印刷して持ち帰ることも可能です。

 胴体から上の部分しかありませんが、質問した人に顔を向けて話をします。日本語だけでなく英語にも対応するようですが、まだ実証実験中で精度がどれくらいかは分かりません。

 このロボットの隣には人間が対応する案内所があり、少し見ていましたがこのロボットに質問しているのは子供だけで大人は案内所の人に聞いていました。

 東京オリンピックに向けて活躍の場を広げようとする取り組みのようですが、どこまで活躍できるか興味があります。

2018年3月29日 (木)

金正恩氏、列車で中国訪問

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 詳細は不明ですが、北朝鮮の金正恩氏が列車で訪中したようです。一国の最高指導者が長距離を列車で移動することは珍しいです。平壌と北京は直線距離でも1000km以上離れているので、列車での所要時間は一昼夜はかかるでしょう。

 ディーゼル機関車に牽かれた20両を超える長大な編成のようで、機関車は2両固定のようですから、日本で言うEH500のディーゼル版みたいです。どのような車両を牽引しているのかも興味があります。寝台車、食堂車、執務室、救護車、護衛の人が乗り込む車両など様々なタイプがあると思われます。

 父親の金正日氏も列車で移動することが多く、列車内で死亡したと伝えられていますから、乗り鉄親子かもしれません。

 

2018年3月28日 (水)

ロマンスカーGSE缶ビール

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 先日デビューした小田急ロマンスカーGSEの缶ビールが発売されました。会社の帰りに新宿駅で買って来ました。オレンジの新型車両が描かれていますが、Gの文字にデザインされています。

 私が立ち寄った売店では残り1缶しかありませんでしたので、早めに買い求めたほうがいいかもしれません。

2018年3月27日 (火)

小学館の学習雑誌

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 昨日ソノシートの話をしましたが、小学生の頃私が読んでいた小学館の学習雑誌には付録でソノシートが時々付いてきました。今となってはどんな曲が入っていたかも記憶がないのですが、当時はやっていたTV番組の主題歌や童謡などだったと思われます。

 付録はその他に怪獣図鑑などや紙製の組み立て式のおもちゃのようなものが毎回付いていました。私は毎号発売日が待ち遠しくて指折り数えて待ったものです。そして最新号が来ると付録を作るのが楽しみでした。今も記憶に残っているのが、小学2年生の時に付いてきた万博の会場の模型で、いろいろな国のパビリオンが興味深かったです。

 付録とともに漫画も楽しかったです。その中でも一番の楽しみはドラえもんです。私が小1の1月から連載が始まったのをよく覚えています。こういった雑誌は町の書店が配達してくれました。

 この小学館の学習雑誌とともに当時人気があったのが学研の科学と学習でした。こちらは私は購読していなかったのですが、実験などに重点を置いた付録が付いて内容的にもレベルが高いもので、値段も小学館よりも高かった記憶があります。

 しかし少子化の影響や興味の多様化などで、子供向けの学習雑誌は「小学1年生」をのぞいて、小学館も学研も全て廃止になってしまったようです。時代の流れといえ寂しいものがあります。

2018年3月26日 (月)

ソノシート

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 東北・上越新幹線が昭和60年3月14日大宮・上野間を延長開業した時に発売された記念入場券です。私は前日まで北海道にいて、その開業当日に盛岡から上野まで新幹線で乗り通し、開業でにぎわう上野までやって来て、これを記念に買いました。

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 当時の東北・上越新幹線は駅に到着する前の車内放送で、その駅にちなんだ民謡などの音楽をかけていました。その曲が収録されたソノシートが付属していました。

 ソノシートとは通常のレコード盤のように固くなくてペラペラのプラスチックのレコードで、子供向けの雑誌の付録などに付いてくることがありました。今ならばCDやDVDがおまけで付く感覚でしょう。

 昭和の時代、音楽を聞くにはレコードプレーヤーが必要で、お小遣いをためて買ったLPレコードを指紋がつかないようにていねいにジャケットから取り出し、レコード盤の側面を手のひらで支えながらターンテーブルに乗せ、息を止めてレコード針を落としたのも懐かしい思い出です。

 私が持っていたレコードプレーヤーもいつのまにか壊れてしまい、今も捨てずに取ってある昔のレコードも聞けなくなってしまいましたが、最近はそういった昔のレコードもCDや音楽配信で聞けるようになり便利になったものです。

 

 

 

2018年3月25日 (日)

第14回伊豆急全線ウォーク(伊豆クレイル)

  河津桜を見てから帰途に着く。今日は観光列車の「伊豆クレイル」に乗ることになっている。前回の伊豆急全線ウォークの帰りに熱海駅で見かけた車両だが、その時は外からしか眺めなかったので、単に681系のリニューアル車両としか見えず、わざわざ乗るほどのこともないと感じたが、今回乗ってみてその印象はくつがえされた。

  列車は15時32分、定刻に4両編成でやってきた。伊豆急下田始発なのですでに半分以上は乗っている。全車グリーン車指定席で1号車、3号車は旅行商品としての発売で、​2号車はバーカウンター&ラウンジカー、4号車は通常のグリーン車となっている。私はえきねっとで4号車を予約しておいた。

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 車内の様子はご覧の通り。1号車は二人利用を想定していて、窓に向かって並んで座る席と向かい合わせに座る席になっている。山側が向かい合わせの席だが、床が高いので海側もよく眺められる。

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 3号車は4人ボックスの半個室の席でボックスの入り口にはのれんがかかっている。 1号車、3号車の客には食事が付く。食事は河津で積み込まれていた。

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 2号車はバーカウンター&ラウンジカーになっていて、ここでアルコールやソフトドリンク、おつまみやお土産などが買える。小田原冷凍みかんサワーというのがあり、珍しかそうだったのでそれにした。

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 16時05分からは演奏会も始まった。洋楽を何曲か生演奏で聴かせてくれる。

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 小田原冷凍みかんサワーを自分の席に持ち帰っていただく。シャーベット状の冷凍みかんがおいしい。私の4号車は通路をはさんで2列2列のグリーン席でシートが柔らかく座り心地がいい。

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 伊東駅では12分ほど停車時間があり、伊東駅の駅員が写真撮影をしてくれる。 この列車は小田原発着で乗車時間も全部乗っても2時間弱で少しあわただしいところもあるが、プチぜいたくを楽しめるいい列車だった。

伊豆急では水戸岡鋭治さんプロデュースのザ・ロイヤルエクスプレスというのが昨年運行を開始したが、それは食事代込みで何万円もするので気軽には利用しにくい。こちらは快速列車だから乗車券の他にグリーン料金1280円だから手頃だ。また機会があれば乗ってみたいと思う。

2018年3月24日 (土)

第14回伊豆急全線ウォーク(河津まで)

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 今日は次の河津駅まで行く予定だ。河津へのルートは今年は海岸を歩かず、高台をショートカットするルートになっている。今日1日の歩行距離は合計25.6kmになる。

 ところが、駅の階段を降りようとすると再び右足の膝の裏側に筋肉痛が走った。右足がうまく曲がらない。手すりにつかまりながらケンケンをするように下りていく。しかし、平坦な道になると痛みもなにもない。不思議だ。

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 そんな状態ではあるものの河津までは1.7kmほどと短いので何とか歩ききった。

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 駅近くでは今日までの日程で河津桜まつりが開催されている。見頃はかなり過ぎていたが、それでも多くの観光客でにぎわっていた。

2018年3月23日 (金)

第14回伊豆急全線ウォーク(今井浜海岸まで)

​ 伊豆稲取駅の待合室で簡単に昼食を済ませ、今井浜海岸に向かう。この区間は距離9.0km、勾配がきつい難区間である。駅を出ていきなり上りが30分も続く。

 この周辺は江戸城の石垣の産地なので、普通の民家でも立派な石垣があるところが多い。 コカコーラの自動販売機のある角でいったん上り坂が終了するが、そこから先もアップタウンが続くので体力を消耗する。

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 桜もきれいで里山風の景色が続く。

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 上りが終わり、あとは今井浜海岸に向けて下り一方になる。国道135号に出てすぐのところにオレンヂセンターという土産物屋兼ドライブインがある。今までは通り過ぎるだけだったが、ウルトラ生ジュースというのが販売されていて前から気になっていたので、今回初めて立ち寄ってみた。

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 みかんの生搾りジュースでこれを飲むと3年長生きできるらしい。1杯400円だ。さっそく飲んでみるとみかんの甘さがよく出ていて本当においしい。果汁100%のおいしさで、先日エアドゥの機内で飲んだいちごソーダとは雲泥の差だ。ウォーキングの疲れをいやすにはもってこいだ。

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 今井浜海岸を左手に見ながら進み、2時間ほどかかって今井浜海岸駅に到着する。駅への階段を上ろうとするとなぜか急に右足の膝の裏側に痛みが走り、足が曲がらなくなった。手すりにつかまって手の力で階段を上っていく。何とか上り終え、平坦になると痛みもなくなった。今までのウォーキングではこんなことは経験したことがなかった。

2018年3月22日 (木)

第14回伊豆急全線ウォーク(伊豆稲取まで)

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 片瀬白田から伊豆稲取までの区間は距離は6.5kmと適度だが、コース区間中の最高地点の標高290mまで上るので難関区間になっている。

 国道から離れるといきなり急勾配になる。柑橘系果実が栽培されている畑があったかと思うと、墓地が現れたりして、変化に富んでいるが、あまり周囲に気を配れない。途中で3回ほど休憩して息を整えながら上っていく。

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 新白田トンネルが見えてくると上り坂も終り近づくのでホッとしてくる。

 トンネルを出たところがコース最高地点になり、ここから先は下る一方なので足取りも軽くなるが、かなり急な下り勾配なので調子に乗ってスピードを出していると膝に負担が大きい。

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 稲取高校の桜は見頃だった。河津桜なのだろうか。

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 伊豆稲取には11時50分に到着。

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 稲取名物の雛のつるし飾り。ひな祭りは過ぎたのにまだ展示されていた。

2018年3月21日 (水)

第14回伊豆急全線ウォーク(片瀬白田まで)

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 伊豆熱川の駅を出ると再び雨が降ってきた。小雨だが傘があったほうがいいくらいの降りで、降水確率10%を過信し傘を持ってこなかったことを後悔する。

 ここから次の片瀬白田までは海岸沿いを行く眺めのいいコースだが、あいにくの曇り空で波も荒い。しかしコース自体は平坦なので歩きやすい。

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 片瀬白田には10時15分に到着。雨は止んできた。

 ところで片瀬白田駅では4月1日から窓口の営業時間が変更になり、昼休み時間帯には45分間窓口が閉まる旨の掲示がされていた。伊豆急全線ウォークの参加者には影響が大きい。閉鎖時間帯にあたるとバッジの引き換えや入場券の購入ができなくなってしまう。

 労働基準法では6時間超8時間までの勤務時間の場合、使用者は労働者に対して最低45分間の休憩を与えなくてはいけないことになっているから、45分の窓口閉鎖時間はそれと関連しているのだろう。従来は交代要員がいてそれがクリアされていたのだろうが、今回の措置で交代要員なしの一人勤務が可能になる計算で、伊豆急の合理化策の一貫なのだろう。

 私が伊豆急全線ウォークを始めた10年ほど前は全駅有人駅で窓口の営業時間の制約もなかったが、だんだんに無人駅が増えたり、今回の措置などもあって不便さは増してきた。閉鎖時間帯にあたった時は、後で伊豆高原駅か伊豆急下田駅で引き換えることも可能になるらしいが不便であることに変わりはない。

 伊豆急の業績が気になったのでホームページに掲載されている決算書を見ると、この10年間で鉄道事業の営業収益(売上)が51億円から40億円に減少していた。厳しい状況なのだろう。

2018年3月20日 (火)

第14回伊豆急全線ウォーク(伊豆熱川まで)

​  無人駅の伊豆北川ではバッジの引き換えはなく、駅に設置されている乗車駅証明を次の伊豆熱川駅で示すことによって引き換えが可能になっている。

 駅を出るといきなり急坂になる。この勾配は伊豆急全線ウォーク中で最もきついだろう。息を切らして坂を上る。

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 駅を出はずれると勾配は緩やかになり、呼吸も落ち着いて来る。曇っていて日差しはなく、気温も高くないのでウォーキング日和だ。

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 通り抜けを禁止する掲示があるので本当は入っていけないのだが、エリゼ熱川というリゾートマンションの中を抜けていく。ここを通ると少し近道になるのだ。中学校の国語の教科書に出ていた「通り抜け 禁止で通り抜けが知れ」という川柳が思い出される。

 その先のファミマで食料を調達し、伊豆熱川に10時15分に到着した。

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 この駅で伊豆大川、伊豆北川のバッジも合わせてもらった。

2018年3月19日 (月)

第14回伊豆急全線ウォーク(伊豆北川まで)

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 3月10日土曜日、伊豆急全線ウォークの2回目を実行した。伊豆急全線ウォークのいいところは事件の予約が不要だということで、今回も前の晩に急に思い立って行くことにしたのだ。

 前回の続きで伊豆大川から河津まで歩く予定にしている。まず熱海7時22分発の電車に乗り込む。先頭車には伊東市市政施行70周年のヘッドマークが付いている。

 私が乗った車両にはサイクリストが10人ほど乗っていて、年齢層は私と似たり寄ったりで50代くらいの男性グループだ。今日は伊豆急下田まで行って伊豆の西海岸を走るようだ。

 伊豆大川に8時15分に到着し、いよいよ第2回目をスタートする。ところが駅に着くと小雨が降ってきた。今日の降水確率は10%だったので傘は持って来なかったのだが、運悪くその10%にあったようだ。スマホで雨雲の動きを確認するとすぐに止みそうだったので、伊豆北川に向けて3.3kmの道のりをそのまま歩き出した。

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 アップダウンが比較的緩やかな道を進んでいき、喫茶店「ライムライト」の前で毎回恒例、犬に吠えられる。おそらく伊豆急全線ウォークの参加者は全員この犬に吠えられているだろう。

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 歩いているうちにいつの間にか雨は止んで、伊豆北川駅前の急坂を上り、8時55分伊豆北川駅に到着した。この駅は無人駅なのでバッジは伊豆熱川駅でもらうことになっている。

2018年3月18日 (日)

小田急GSE初乗車

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 昨日から運行が始まった小田急新型ロマンスカーGSEにさっそく乗ってきました。

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 車体はオレンジ一色という特急車両では珍しいカラーリングです。運転席が2階にあるのはロマンスカーの伝統です。展望席の窓ガラスが少し大きくなったようです。しかし車体は連接台車でなく、7両の固定編成になりました。

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 座席はこんなカラーリングです。センスがあるようなないような。シートは薄くて座り心地はよくはありません。

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 シートポケットはこんな感じで、ペットボトルホルダーと傘のホルダーが付いた珍しい形です。

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 Wi-Fi装備で専用チャンネルからは自分のスマホで運転席の展望映像が見られます。これは新しい趣向です。展望席が取れなくても雰囲気が楽しめます。画像は東北沢駅を通過するところです。

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 乗車記念カードです。いい思い出になります。

 なお、今回の複々線化完成のダイヤ改正で最速のロマンスカーは新宿・小田原間をノンストップで59分で走破することになったので、これにも乗ってみたいものです。

2018年3月17日 (土)

GSEカフェ出現

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 小田急の新型ロマンスカー70000形GSEは本日から営業運転を開始しますが、GSEの外観をしたカフェが新宿駅に期間限定でオープンしています。「GSEカフェ」という名前です。店の窓が列車風です。店の中には実際のGSEのシートもあり、GSEの前面展望の様子も見られるようなので、GSEに乗らなくても雰囲気を楽しめます。

2018年3月16日 (金)

小田急線複々線化完成

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 小田急線の登戸から代々木上原までの区間の複々線化がようやく完成し、3月3日の土曜日から運行が始まりました。ダイヤ改正が3月17日なので複々線を活かしての運転はそれからとなりますが、通勤ラッシュに悩む利用者には朗報です。

 最後まで工事の時間を要したのが東北沢-世田谷代田の1.6kmで、それ以外の区間は工事が完了し利用されていました。

 上は東北沢駅です。島式ホームの外側に急行線が走ります。

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 こちらは下北沢駅。急行線は地下3階で、緩行線は地下2階という構造です。こちらは今回完成した緩行線です。

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 こちらは世田谷代田駅。緩行線は島式ホームで急行線はこのホームの下にありますが、急行線にはホームがなく入れません。世田谷代田の先で急行線は緩行線の間から地上に出ます。

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 ホームドアがすぐに施工できるようそれらしきスペースがありますが、それくらいなら最初から設置すればいいのにと思います。

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 複々線区間の末端、登戸駅1番線です。従来はこの駅で手前で合流していましたが、登戸駅ホームの先で合流するようになりました。

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 こちらがその様子。この合流にもしっかり乗車しました。

2018年3月15日 (木)

​2018年3月ダイヤ改正時刻表

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 3月17日のダイヤ改正号の時刻表です。表紙にもある通り、今年が青函トンネルと瀬戸大橋開業30周年となります。もうあれから30年も経ったのかという気がします。国鉄分割民営化の直後に、日本列島の線路が一本につながった訳で皮肉でもあります。

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 こちらは青函トンネル開業初日の札幌行き北斗星1号の上野駅の様子です。札幌の方向幕や北斗星のエンブレムに感動しました。

 今回の時刻表では索引地図が大幅にリニューアルされ、今までよりもデフォルメ感が増し路線の位置関係が把握しづらくなりましたが、文字のフォントが変わり、老眼には少し見やすくなりました。

 いっぽう新幹線や在来線特急のページがブルーの二色刷りから黒の単色の印刷に変わり、こちらは少し見にくくなりました。

 インターネットの普及で最近は時刻表を買う頻度も低くなりましたが、やはり紙ベースの時刻表がないと旅の計画は立てにくいものです。これから1年この時刻表と付き合っていく予定です。

2018年3月14日 (水)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(番外編)

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 釧路市立博物館を訪れた際、釧路市内の郵便局で鉄道関連の風景印を取り扱っている郵便局の一覧表があり、それをもらってきました。

 風景印は郵便局の消印で地元の名所、旧跡、歴史、文化などがデザインされたもので、昨年北海道を訪れた際、釧路の2ヶ所の郵便局で押印してもらいました。

 今回釧路を訪れたのが土日だったので押印できなかったのですが、風景印は郵送でも依頼できるのでそれでやってみました。

 今回押印してもらったのが左から順に、雄別炭鉱鉄道の図柄の布不伏内郵便局、SL動輪の図柄の釧路駅前郵便局、同じく雄別炭鉱鉄道の図柄の釧路愛国郵便局です。

 担当者の押印の仕方によってインクが擦れたりしているのもありますが、それはそれでいい思い出となります。

 

 

2018年3月13日 (火)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(帰路)

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 空港には18時16分に到着。気温はプラス0.1℃となっているから、この時期の釧路としては温かいほうだろう。

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 前回「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」に参加した時、1階ロビーで販売されているあっけしソフトクリームがおいしいと聞いていたので今回食べてみた。森高牧場というところのミルクの風味が豊かな柔らかいソフトクリームだった。

 これから乗る飛行機は前回のツアーで乗ったのと同じエアドゥの74便で、ANAとのコードシェア便になっているのでANAの株主優待が利用できる。​

 定刻の前に搭乗が完了し、19時02分バーセットとなる。機種はボーイング737-700で通路をはさんでそれぞれ3人がけの席が並ぶ。機内は満席で私は3人がけの通路側の席になる。

 機長は龍神、チーフパーサーは天沼との紹介があり、離陸する。

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 ベルト着用サインが消え、ドリンクのサービスが始まる。機内誌にCAおススメとあった北海道いちごソーダを選んでみたが、中途半端に甘く、ソーダともマッチせず、とてもまずいドリンクだった。これは皆さまにおススメできない。

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 飛行機は宮古市上空を34,000フィートで運行し、21時05分羽田空港に到着した。沖止めとなり、タラップで下りて、連絡バスで空港ターミナルに向かった。

 これで「釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅」を終ります。

2018年3月12日 (月)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(釧路空港まで)

​  展示を見終えて会場を出ようとすると、釧路臨港鉄道の会の面々が展示を見ながら意見交換をしている。昨年のツアーでお見かけした方々だ。

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 博物館を出ると西の空にきれいな夕日が見えている。釧路は夕日のきれいなところとして知られ、過去の旅行でも見たことがあるが以前は夏で今ひとつだったが、今回は空気も澄んできれいに見えた。

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 市立病院前からバスに乗り、幣舞橋のたもとで降り、釧路フィッシャーマンズワーフMOOまで行く。

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 ここはお土産や飲食ができる釧路有数の観光施設で、ここでおみやげを買っておく。

 またここは釧路空港行きのバスの始発が出るところなので便利だ。17時25分発の空港行に乗る。途中釧路駅に停車し、その後もいくつかの停留所に停車するが、空港行きなので途中での下車は認められていない。

 ところがある停留所に停まったとき、運転手が釧路空港行きですよと注意を促したのに間違えて乗った客がいた。途中で誤乗に気づき運転手に申告したが下ろしてもらえず一悶着があって結局、空港までの運賃940円を支払うことを条件に下車が認められた。

2018年3月11日 (日)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(釧路市立博物館2)

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 今回の映像は6種類あり、「子牛誕生(1967年)」「レンズの記録(2003年)」「現代の記録 原野(1963年)」「日本の素顔 D階層(1962年)」「わが思い出の鉄路(1987年)」「新日本紀行 根室(1964年)」の順に行われる。NHK釧路放送局所蔵の映像だ。この中で一番気になるのは「わが思い出の鉄路」だ。これだけが鉄道に内容を絞ってあるから、道東の鉄道や簡易軌道の貴重な映像を見られるかもしれない。

 まず10時に始まる「子牛誕生」を見る。昭和42年の芸州祭参加作品だ。道東の酪農家の1年を取材したもので、夫に先立たれ、女手一つで3頭の乳牛の飼育と子育てに取り組む女性が紹介されている。乳牛となるメスの子牛が生まれることを願うのだが、産まれるのはいつもオス牛で、いっこうに生活が楽にならず、必至に開拓に取り組む様子が描かれていた。生まれたばかりのオス牛を屠殺場に連れていくシーンは胸が詰まる思いがした。

 「現代の記録 原野」「日本の姿 D階層」も道東開拓の過酷さを伝えていた。新天地での生活を夢見て入植して来たが、泥炭地で滋味に乏しい道東は農業には向かず、酪農に転身するのだが、それも厳しく借金だけが増えていく人々(D階層)が描かれていて、最終的には酪農さえあきらめる人も多くいたようだ。開拓がこんなに過酷とは恥ずかしながら知らなかった。多くの人が夢破れて、入植を途中であきらめたようだ。北海道を旅して広大な大地を見ては感動しているし、牧場を見かけたりするとうらやましく思ったりするが、申し訳ない気がした。映像の時代から50年ほど経過したが、今はどんな状況だろうか。

 一方、期待外れだったのが、「わが思い出の鉄路」だ。内容的には釧路鉄道、浜中村営簡易軌道、鶴居町営簡易軌道、丸瀬布森林鉄道、十勝鉄道、雄別鉄道などを取り上げていたて古い貴重な映像もあるが単なる紹介の域を出ておらず内容も軽い感じだ。私はタイトルから判断してこれが一番面白いのではないかと期待していたが、見なかったとしても後悔はない番組だった。

 それはともかく、開拓の厳しさを知ることができる「子牛誕生」「現代の記録 原野」「日本の素顔 D階層」は一度機会があればご覧になることをおすすめしたいし、はるばる釧路までやって来てこの展示や映像を見られたことは大いに意義があった。

2018年3月10日 (土)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(釧路市立博物館1)

​  廃線跡の見学を終えて、いよいよ今回の旅行のメインイベント、釧路市立博物館へと向かう。釧路駅前からくしろバスで市立病院まで乗る。所要時間は15分ほどで、そのバス停から5分ほど歩いたところに釧路市立博物館はある。

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 今回のイベントは道東の簡易軌道企画展第2弾という位置付けで主に2つの構成になっている。一つはNHKの映像資料の放映で、もう一つは浜中、別海、標茶、鶴居の各軌道の数々の資料の展示だ。NHKの映像は釧路放送局開局90周年を兼ねているので、簡易軌道に限らず道東の開拓の歴史を伝えるものになっている。見学は無料で入り口で、この企画展の小冊子と簡易軌道のペーパークラフトをいただく。小冊子は全12ページで、簡易軌道の歴史についてコンパクトに伝えている。

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 NHKの映像は全部で6種類あり、それぞれ30分から60分程度の番組になっていて、その全てを見るつもりだ。映像の合間には展示品を見ていこうと思っている。

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 模型のレイアウトもある。北海道の牧場を走る簡易軌道をイメージしていて牧歌的だ。

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 こちらは集乳缶。持ってみたがとても重い。10センチくらい持ち上げるのがやっとだ。27リットルほど入るのだが、缶そのものの重さもあるから、いっぱいになると重さは30キロ以上だろう。後から見た映像ではこれを背負って腰までもぐる雪道を歩く中学生がいたから、当時の苦労がしのばれる。。

 各簡易軌道の資料展示ブースは撮影禁止なので画像は紹介できないが資料と映像で簡易軌道を伝えている。映像は音声抜きで10分から30分程度で、当時の状況を伝えている。1960年代なのにカラー映像もあり、見応えがある。映像を見ていた見学者は「これはどこそこの誰それさんじゃない」などと話し合っていて、自分の知り合いが出ているものもあったようだ。

2018年3月 9日 (金)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(旧釧路駅跡)

​  今日は釧路市立博物館に見学に行く予定だが、その前に初代釧路駅跡に行ってみることにした。 ホテルからは歩いて3分ほどのところにある。車道はほぼ除雪されているが歩道はまちまちで積雪が固まってツルツルしているところもあるから要注意だ。

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  駅跡には釧路市交流プラザという建物が立っていて、その一角に記念碑が設置されている。釧路に鉄道が開業したのが1901年でその当時は白糠と釧路を結んでいたが、その後厚岸方面への延長に伴い、釧路駅は1917年現在の地に移転し、旧駅は浜釧路と名前を変えて貨物営業が行われていた。しかしその貨物も1989年に廃止された。

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 ここから根室本線に向かって廃線跡が続いている。昨年釧路に来た時にもその一部歩いている。

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 こちらは幸町公園にある昨年見た蒸気機関車。

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 この先を進んでいくと、廃線跡らしい緩やかなカーブが続いている。駐車場になっているところもあるがJR北海道の運営になっている。

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 ここが本線との合流地点。

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 廃線跡を見学し、釧路駅に向かう。近道をすると今は使われなくなったホームを歩けた。貨物用のホームだったのだろうか。

2018年3月 8日 (木)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(東横イン釧路十字街)

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 今夜の宿は東横イン釧路十字街で駅から10分ほど歩いたところにあるが、無料送迎バスがあるので便利だ。送迎バスは20分間隔で運行され、私は19時ちょうどの便に乗った。客は私を含め3人で残りの2人は韓国人のカップルだった。ホテルには5分ほどで到着した。

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 フロントでチェックイン手続きをすると、18時30分から19時30分まで無料でカレーライスが食べられるとのこと。東横インは朝食が無料だが、一部ホテルで無料の夕食を出している。終了まであまり時間がないので部屋に直行せず、フロント脇にあるスペースでさっそくいただいた。少し甘口のカレーでご飯が少し柔らかいがまずまずだ。

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 食事を済ませ部屋に入る。冬季料金でシングル1泊税込み3,591円という安さだ。あまりの安さにどんな部屋かと不安になったが特段問題なかった。

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 朝食は6時半から始まるが、この日は時間に余裕があったので8時ころ行ってみた。盛り付けのセンスの無さが露呈しているが、鮭のフレークがおいしかった。

2018年3月 7日 (水)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(スーパーおおぞら7号)

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 南千歳でスーパー北斗9号からスーパーおおぞら7号に乗り換える。南千歳駅3、4番線ホーム上にある石勝線開業記念0キロポスト。石勝線は1981年10月の開業だから、私が浪人していたときで、その頃を懐かしく思い出す。

 スーパーおおぞら7号は白石駅付近の踏切非常ボタンが作動した影響で到着が7分遅れとなり、さらに客が多くて乗降に手間取り、10分遅れの14時58分に発車となった。ここでも私はグリーン車に乗車した。先ほどの263系スーパー北斗は青を基調としたすっきりした印象だったが、283系スーパーおおぞらは茶色を基調とした重厚な落ち着いた印象だ。普通席もグリーン車もほぼ満席の状態だ。

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 南千歳を出てから信号所にはいくつか止まったものの駅としての停車はトマムが最初だ。石勝線開業時は石勝高原という駅名だったが、近くのリゾートホテルに合わせて改名した。駅には外国人観光客も多い。

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 このあたりは北海道中央部の山岳地帯を行き、木々には雪が付着していい雰囲気になっている。

 狩勝峠ではほとんど日が暮れたので、十勝平野を見下ろす雄大な車窓は眺められなかった。帯広で半分くらいの客が下車し、一方乗ってくる客はほとんどいないので車内は空いてきた。

 ところでこのスーパーおおぞら号は車内販売がないようだ。JR北海道では車内販売がない列車があるのは知っていたが、スーパーおおぞらのような長距離を走る列車でもそうなのだ。

 厚内では行き違いの貨物列車が鹿と衝突し遅れているとの放送でしばらく停車する。貨物列車は乗務員が1人だから、はねた鹿が線路上に横たわっているとすると、ひとりでその撤去ができるのだろうか。

 18時07分運転を再開。白糠に停車し、釧路には定刻より10分遅れの18時49分に着いた。約12時間かけて大宮から釧路まで乗りっぱなしで到着したわけだが疲れはほとんどなかつた。

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 釧路駅3番線で発車を待つ根室行普通列車。ルパン三世のラッピング車両が出迎えてくれた。作者のモンキー・パンチさんがこの先の浜中町の出身なのでその関係だ。昨年茶内駅でそのことを知った。

2018年3月 6日 (火)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(スーパー北斗9号)

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 新函館北斗に10時57分定刻に到着し、スーパー北斗9号に乗り換える。ところがほぼ満席の新幹線からの乗り換え客で改札口付近はごった返している。乗り換え客数とキャパが見合っていない。

 乗換時間は12分あるが私がホームに下りると同時にスーパー北斗が入線してきた。こういう慌ただしさなのでスーパー北斗は定刻の11時09分より少し遅れて発車した。

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 このスーパー北斗は263系で、スーパー北斗は全て281系で運行されていると思っていたが、半分くらいが263系で運行されているようだ。かつて281系のスーパー北斗は最高時速130kmで運行され、最速のスーパー北斗は函館・札幌間を2時間59分で走破し、在来線特急一の俊足を誇ったが、線路や車両への負担が大きく事故も多発したことから現在は最高時速120kmに抑えられている。

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 今回私はグリーン車を予約してある。普通車でも予約は可能だったが、赤字に苦しむJR北海道への増収協力だ。通路をはさんで1列と2列の座席配置でシートは革張りで豪華だ。青いシートと青い天井で統一されている。フットレスト、コンセントも装備されている。コンセントにはなぜかパソコン専用の表示があったが、当然のことながらスマホの充電も可能だった。

 新函館北斗を発車するとすぐに車内販売員がやってきた。長万部でかにめしを積み込むらしいのでそれを予約しておいた。

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 新函館北斗付近は雪が降っているが運転に支障が出るほどではない。大沼公園、森と過ぎ、海岸線に出る。晴れていれば噴火湾が見渡せるが、今日は灰色の海が広がり、海と空の境目は分からない。

 ところで車内放送では自由席が混雑しているので普通車指定席のデッキや通路も利用して良いとアナウンスしている。さっぽろ雪まつりの開催期間中なのでそういった客が多いのだろう。ただしグリーン車には立ち入らないよう呼びかけている。

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 長万部でキハ183系とすれ違う。石勝線開業と同時にデビューした国鉄時代の車両で、当時は赤とクリーム色の国鉄色に塗り分けられ、先頭車はスラントノーズと呼ばれる独特の形状をしていた。既に廃車が決まっているが、クラウドファンディングを活用し、この車両を静態保存する動きがある。

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 長万部でかにめしが積み込まれ、お昼とする。私が初めて北海道にきた時も食べた駅弁で、それ以来だからこれを食べるのは35年ぶりかもしれない。なお私はかにめしを選んだが長万部にはもりそばの駅弁もあり、それを注文している客もいた。駅弁のそばは珍しく次回はそれにしたいと思った。

 

2018年3月 5日 (月)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(はやぶさ1号)

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 盛岡に8時45分に着き、ここでこまちとはやぶさは分割され、それぞれの行き先に向かう。分割作業を見学してから後方に連結されているはやぶさ1号に乗り換える。はやぶさはデッキが大混雑していて、人をかき分けながら車内に入った。

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 こまちからはやぶさに乗り換えると座席の快適性が明らかに違う。こまちのほうが断然いいのだ。こまちはシートが柔らかなのにホールド性が高くしっかり体をサポートしてくれる。ヘッドレストもこまちのほうが大きいのでプライベートが保たれている。東北新幹線区間でもこまちに乗ることをオススメする。

 ところでJR東日本の特急車内にはトランベールという無料誌が置いてあり、自由に持ち帰れるようになっている。伊能忠敬の記事があり面白そうだったので持ち帰ってみた。55歳で日本地図作成の旅に出たというから私と同じ歳だ。

 新青森に着いて、同じ車両の中でさらに席を移動する。このように乗り換えることで新函館北斗まで直通だと予約できなかったものが、全て座席を確保できたわけで、デッキで立ちん坊している人に教えてあげたい。

 新青森でJR北海道の乗務員に代わり、「これから青函トンネルを通り冬の北海道にご案内いたします」というアナウンスが行われ、旅の感じが増して行く。車内は相変わらず満席だ。

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 奥津軽いまべつ駅に停車した後、10時11分青函トンネルに入り、最高時速140キロのゆっくりした速度でトンネル内を進行して行く。

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 10時36分、青函トンネルを抜け北海道に上陸し、10時57分新函館北斗に到着した。

2018年3月 4日 (日)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(こまち1号)

​  結局釧路行きの飛行機は予約できなかったので、今日は陸路で北海道まで行くことになった。冬の北海道に陸路で行くのは2009年2月以来なので9年ぶりだ。私が飛行機をよく利用するようになったのはここ10数年ほどで、それまでは北海道でも九州でも陸路で行くのが原則だった。その時ははやて、特急つがる、急行はまなすと乗り継いで12時間かけて札幌に着いた。

 今回はまず大宮発6時58分のこまち1号でスタートする。こまち1号ははやぶさ1号を併結しているが、はやぶさの席は予約できなかったので盛岡まではこまちで行く。

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 大宮駅はスキー場に向かう客などもいて混んでいる。こちらは越後湯沢までノンストップのガーラ湯沢行きの列だが、レンタルを利用する人が多いのかスキーをかついでいる人は少ない。

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 こまちの車内。

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 車内で朝食を済ます。ニューデイズでおにぎりを2個買うと30円引きになるキャンペーン中だった。カルボナーラというおにぎりがあったのでどんな味かと買ってみたが、ベーコンの入ったクリームソースのおにぎりでご飯はピラフだった。朝食を食べ一眠りするともう仙台で、仙台では降りた客と同じ数の客が乗ってきて満席が続く。仙台を発車して10分ほど行くと一面銀世界となってきた。北国へ向かっている実感が湧いてきた。

2018年3月 3日 (土)

釧路市立博物館簡易軌道展訪問の旅(初めに)

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 2月上旬に釧路に行ってくることにした。釧路市立博物館で開催される簡易軌道企画展第2弾NHK釧路放送局開局80周年記念企画展「映像でよみがえる簡易軌道と道東開拓のあゆみ」を見るためだ。

  釧路にはこの1年で2回行っている。昨年5月に『新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間』に参加したのと同じく8月に『新型フェリーで往復する北海道鉄道遺産巡りの旅』で北海道ドライブをした際である。その際に道東地区の簡易軌道に興味を持ったのだか、今回NHK釧路放送局開局80周年に合わせて映像で簡易軌道の歴史を伝える催しが開かれることになったのだ。 ちょうど2月上旬に会社の休みが取れそうなので1泊2日の強行日程ではあるが入ってくることにした。

 この展示が行われるのを知ったのが1月下旬で、すぐに釧路行きの航空券の予約を入れたのだが、すでに満席でキャンセル待ちとなった。ちょうどさっぽろ雪まつりの開催期間中ということもあるのか、なかなかキャンセル待ちが解消しなかった。

 結局飛行機の予約が取れなかったので鉄道で釧路まで行くことにして新幹線の予約を入れた。新函館北斗まで通しでの予約ができなかったので分割購入した。新幹線の場合、改札口を出なければ列車を乗り継いでも特急料金が通算される仕組みを利用し、盛岡までこまちに乗り、盛岡ではやぶさに乗り換える案だ。 えきねっとで指定券を押さえ、2月10日から出かけてくることにした。

2018年3月 2日 (金)

よみうりランドモノレールとよみうりランドホテル

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 よみうりランドにはかつて園内を一周する3.1kmのモノレールがあったことをご存知でしょうか。1964年に開業して1978年には廃止になってしまった短命の路線でしたが、私は小学生の頃に乗ったことがあります。よみうりランドには当時流れるプールがあって人気があり、よくそこに行きました。よみうりランドは丘の上にあり、そこに行くには京王よみうりランド駅から斜面を登るスカイロードという長いベルトコンベアのような乗り物に乗り、終点から徒歩で10分ほど歩くのですが、モノレールに乗ると一駅の距離でした。モノレールを待つくらいなら歩いたほうが早いのですが、私は父にせがんで乗せてもらいました。プール入り口にある遊園地駅まで乗りました。帰りも乗った記憶があるので1周したはずです。

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(姫路モノレール大将軍駅跡)

 その遊園地駅はホテルの建物の中にホームがあるという珍しい構造で、以前訪れた姫路モノレールの大将軍駅と同じ構造です。よみうりランドモノレールは1978年に廃止になりましたが、その軌道の一部はゴーカートコースに転用され、私は1990年に乗りました。軌道桁の両側にフェンスが設けられいるので転落の危険はありませんが、そこをゴーカートで突っ走るのでスリル満点です。

 一般の鉄道の廃線跡ならば遊歩道やサイクリングロードになったりするのですが、モノレールの廃線跡は基本的には転用のしようがないので、このような形で再利用されることは極めて珍しいことです。ゴーカートの乗り場はモノレールの遊園地駅があったところでした。

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 ところでその駅があるホテルはよみうりランドホテルというホテルで、私は日本生産性本部という組織の研修でそのホテルに3ヶ月ほど泊まりこんでいました。そんなに長期間泊まりこんでいたならば、乗り鉄の私ですから写真を撮りまくっていたと皆さまは思われるでしょうが、その当時の私は国鉄全線完乗は果たしていたものの民鉄はまだで、そちらの乗車に忙しく、廃線にはまったく興味が無かったのです。今思えばもったいないことをしたものです。上の画像は研修資料で、ゴーカートコースになった軌道桁が写っています。そのよみうりランドホテルもゴーカートコースもすでに取り壊されてしまったようで残念です。

2018年3月 1日 (木)

シーサイドライン車両基地&司令区見学とファンケル総合研究所見学バスツアー(車両基地見学)

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 ここで車両を降りて車両基地内を見学するのだが、いったん車内灯が消えて、パンタグラフ集電から電源コードによる集電に変わった。車両から下車する関係だろう。先頭部の非常用出口から下車する貴重な体験となる。

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 こちらは敷地内に展示されている引退した1000型車両。

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 こちらは検修庫内に停車中の新車の2000型車両。

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 ミスターK登場。記念撮影をしてもらう。

 最後に列車の運行を司る指令区の見学となる。写真撮影は可能だがホームページなどにはアップしないよう指示がありお見せできないがご容赦願いたい。大型の列車運行表示盤や監視モニターを前に常時2名から3名の指令員が24時間勤務で列車の運行を見守っていて、案内人(写真右側の人)からは指令区内にある機器ひとつひとつについて丁寧な説明があった。

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 こちらが指令区などが入っている本社棟。テレビドラマのロケなどによく利用されているとのことで、警察署の看板などが取り付けられて撮影が行われているらしい。館内にはロケに来た俳優のサインが4〜50枚展示されていた。

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 こちらは元チェッカーズの藤井フミヤさんのサイン。藤井フミヤさんは国鉄職員で国鉄末期に採用されたが、すぐに芸能界デビューを果たしたから鉄道員としての経験は少ない。しかし父親も国鉄職員で鉄道一家であるようだ。

 そんなこんなで車両基地内を一渡り見学し、再びバスに乗り込み、横浜駅西口へと戻った。これで「シーサイドライン車両基地&司令区見学とファンケル総合研究所見学バスツアー」を終ります。

 

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