ただいまの時間

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

『ミスターKの乗り鉄日記』の過去の記事はここから調べられます

ミスターKの乗り鉄旅日記ランキング

アクセス情報

無料ブログはココログ

« 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​白糠駅まで) | トップページ | 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​縫別トンネル) »

2017年6月 3日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(縫別トンネルまで)

Dsc00283_r

Dsc00293_r

Dsc00300_r

 白糠駅を出発し根室本線をまたぎ進路を北に取る。すると右窓に白糠線の築堤やトンネル、橋梁などが続々と見えてきた。白糠線は昭和39年開業なので基本的には踏切はほとんどなく道路と立体交差になっている。コンクリート橋も多く見え、まだ国鉄が黒字だった時代に計画された線のためか意外とぜいたくな構造になっている。

 白糠線はまず上茶路まで開業したが、その当時は上茶路炭鉱からの石炭輸送が大きな役割だった。昨日紹介した白糠線の開業ポスターにも「開発の動脈」というフレーズが見える。

 この白糠はあまり知られてはいないが石炭の産地として歴史が古く、石炭岬という地名もある。1854年に日米和親条約が締結され下田、函館の2港が開港し、そこで米国船へ薪水、食料、石炭などの供給が始まったが、函館において提供された石炭がこの白糠の石炭だったのだ。ここから海路で函館まで運んだらしい。一方下田港で提供された石炭はどこのものなのかネット上を調べてもヒットする情報はなかった。

Dsc00303_r

 道東自動車道の白糠インター入り口に除雪ステーションがあり、そこが簡易パーキングエリアになっていて廃線ウォーキング前のトイレ休憩となった。新しくてとてもきれいなトイレで、ドライブでの利用価値も高そうだ。

Dsc00304_r

 今回のツアーでは釧路臨港鉄道の会の星さんが案内人になっているが、もうひとり同会のメンバーで、バスには乗らず自分の車で同行しているSさんという方がいる。今回のツアーはバスの運転手も知らないような道を行ったり路上に駐車したりするので、観光バスの誘導などを行うためにサポートをしてくれているのである。

 そのSさんの車には北進のサボが飾ってあった。国鉄末期の増収策で販売されたレプリカとのこと。このSさんも星さんと同じく国鉄OBで昭和62年4月の分割民営化で釧路からJR東日本に移り、中央線の乗務員を経て八高線電化時のダイヤ作成に関わったのちJRを退職し地元に戻り郵便局で働いているとのこと。話の内容からするとどうも私と同じ年のようだ。ボランティアで今回のツアーを支えてくれている人で感謝申し上げたい。

« 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​白糠駅まで) | トップページ | 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​縫別トンネル) »

旅日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521408/65335619

この記事へのトラックバック一覧です: 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(縫別トンネルまで):

« 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​白糠駅まで) | トップページ | 「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​縫別トンネル) »