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2017年5月

2017年5月31日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(レストラン泉屋本店)

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 ホテルで小休止した後、夕食を食べに出かけた。行った先は幣舞橋の近くにある釧路の老舗洋食店「レストラン泉屋本店」だ。日も傾き、気温も下がり人通りも少ない道を歩くこと15分ほどで到着。

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 ここに来たのは釧路名物の「スパカツ」が食べられるからだ。スパカツはミートソースのスパゲティの上にとんかつが乗っている料理で釧路発祥の料理らしい。夜6時頃だが地元客を中心ににぎわっている。店の入口にご覧のようにメニューのサンプルがびっしりと並んでいる。

 スパカツはバリエーションも豊富で、カレーソースが乗ったものやとんかつの代わりにハンバーグが乗ったものもある。私は少し迷ったがこういう場合は基本に忠実に行くのがいい。一番ノーマルのスパカツ961円にしてみた。

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 鉄板の上にスパゲティが乗って、その上にとんかつ、さらにその上にミートソースという構成でいかにも昭和っぽい。スプーンがなくてフォークだけで食べるのも昭和だ。ボリュームも半端ではなく、東京あたりで食べるスパゲティの3倍くらいはありそうだ。

 麺がくっついてまとまっているので意外と食べにくく、フォーク1本で麺を引っ張り出しながら食べて行く。下が鉄板なので最後の方は麺が鉄板に焦げ付いてカリカリになってきた。フォークだけなので適量を口に運ぶのが難しく、口のまわりをミートソースだらけにして、何とか完食した。複数で行く人は取り分けて食べたほうがいいかもしれない。釧路名物で満腹になり、満足してホテルに戻った。

2017年5月30日 (火)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(知人貯炭場)

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 釧路コールマインの見学を終えて知人貯炭場に向かう。道路の左手に貨物線が並行し、さらに千代ノ浦海岸沿いを走る区間になっている。今年の冬は釧路まで流氷が来たとのことで、ここも流氷で埋め尽くされたらしい。釧路まで流氷が来るのは9年ぶりとのことでとても珍しい。

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 地図上の中央部を東西に走る細い線が貨物線。

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 こちらが知人貯炭場。2本の荷役線があり、ここに入った貨車から石炭が下に放出される。

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 放出された石炭はブルドーザーでかき集められ、地下の貯蔵施設に入り、さらにベルトコンベアを通じて隣の釧路港に停泊している貨物船に乗せられ、磯子などの発電所用の石炭として利用されている。

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 知人貯炭場の見学を終えると、これで今日一日の行程は終了しホテルへと向かう。釧路臨港鉄道はかつては城山駅から東釧路、春採を経て入舟町まで11.3kmの路線を有し、釧路市内を4分の3周するほどの路線を有していた。この花壇のあたりも釧路臨港鉄道の廃線跡だ。市内を1周する計画もあったらしいが、幣舞橋の上か下を通るルートとなり、建設費も膨大になるので実現には至らなかった。

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 こちらは釧路港文館。このあたりがかつての終点入舟町付近。

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 ツアー参加者の方が昭和37年ころの時刻表のコピーを用意していて全員に配ってくれた。それには釧路臨港鉄道の時刻も乗っていて、区間運転も含めて1日7往復程度の旅客列車が運行されていた。星さんも小さい頃に乗ったことがあるそうだ。その時刻表には雄別鉄道や鶴居村営軌道のダイヤも掲載されていてとても興味深い。

 宿泊するホテルは2ヶ所に分かれていて、まずANAクラウンプラザホテルで半分くらいの客が下車する。このホテルに泊まるには3500円の割増料金が必要になる。ここには何度か泊まったことがあるので今回はパスし、ホテルクラウンヒルズ釧路に宿泊することにしている。午後5時にホテル到着、盛りだくさんな一日が終わった。

2017年5月29日 (月)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(釧路コールマイン2)

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 抗口の様子などを見学した後、今度は敷地内にある資材運搬用のナローゲージの線路を見学に来た。かつては架線集電方式だったが、今はバッテリーロコによる運行となっているので架線柱がなくかなりスッキリした印象になっている。

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 何本にも線が分岐している。

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 人車が地底から上がってきた。先ほど見た番方の交代で坑道内に入っていた作業員と入れ違いに勤務を終えた作業員が乗ってきた車両だ。人車の乗り場自体は地下にあるが、作業員の乗降を終えた車両だけが地上まで上がって来たようだ。坑道内では車両はケーブルで上下する仕組みなので、バテロコは地上だけで使われて坑道内まで入るわけではない。資材運搬用の貨車はバテロコによってこの奥まで押し込まれ、そこでケーブルにつながれ地底へ下っていく。

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 かつての架線集電式の名残の車両。高い位置にパンタグラフが付いている。

 ところで今回のツアーに同行しているANA総研の方は参加者がどのような経緯でこのツアーを知ったのかについて興味を持っていて見学の合間に聴いてきた。私は鉄道コムの鉄道イベント情報というサイトで知ったことを伝える。

 鉄道コムがどのような経緯で今回のツアーを掲載したかは知らないが、そういったサイトに載るかどうかで集客も変わってくるだろう。それと今回は東京発着のツアーしかなかったので、出発地を増やすかあるいはANAとしては儲けが少なくてやりたくないのだろうが釧路発着とするのがいいのではと伝えておいた。

2017年5月28日 (日)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(釧路コールマイン1)

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 運炭列車の見学を終えた後、釧路コールマインを訪れた。ここが前述した通り、太平洋炭鉱から事業を引き継いで日本で唯一石炭の採掘を行っている会社となっている。

 まずは会議室に通され会社の概要のレクチャーを受けた後、ちょうど番方の交代があるとのことで抗口まで案内された。こちらの会社は三直三交代制となっていて、2番方と3番方の交代が15時15分にあるそうだ。これから炭鉱に入る作業員が待機している。総勢50人くらいだろうか。

 作業員の方はヘルメット、キャップランプ、一酸化炭素中毒防止用の装置、無線機(管理監督者のみ)、安全靴などを装備している。いったん入坑すると休憩で外に出るわけにいかないので皆お弁当も持参していて、個人のリュックに入っているらしい。

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 こちらが入坑者心得。自己捜検という言葉があり、自分で自分の装備をチェックするルールのようだ。

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 坑道に入る作業員は抗口の入り口でカードを読み取らせて中に入る仕組みになっている。炭鉱では炭鉱の中に誰がいるのかを正確に把握しておくことが重要だからだ。

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 作業員はここから人車に乗って実際の作業場まで行くのだが、その乗車時間を含めて勤務時間とみなされている。労働基準法の勉強で炭鉱作業員の勤務時間は抗口を入ってから抗口を出るまでと教わったが、ここがまさにその抗口かと懐かしい思いで見る。

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 人車はかろうじて見える。もっと近くで見せてもらいたいが、我々は人車の見学に来ているのではなく、炭鉱の知識を深めるための見学に来ているというタテマエになっているのでやむを得ない。

 再び事務室に戻り、DVDを見せていただく。これは会社製作のものではなく、数年前にNHKの探検バクモンで爆笑問題の2人がここに見学に来た時のものだが、会社の様子がユーモラスに描かれていて面白かった。

2017年5月27日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​太平洋石炭販売輸送春採駅2)

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 我々一行は先頭の機関車の運転台に乗せてもらえることになり、順番に上っていく。ステップを上がり、中央部の扉から中に乗り込む。

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 運転台は正面ではなく横を向いて座る形になっている。石炭を放出する際のボタンが並んでいる。電気式DLは行きは力行するが、帰りはニュートラルで引っ張られるだけになっている。

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 こちらは石炭を積み込む場所。こちらでも12両ずつに分かれて積み込みが行われる。

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 ラッセル車。目玉が描かれて人相が悪い。

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 整備工場でメンテナンス中の車両。

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 使用されている車両はどれも1960年代から70年代に製造されたものが中心で、故障しても修理の部品がないので保守が大変であるとともに、従業員も高齢化して後継者の育成が課題になっているらしい。

2017年5月26日 (金)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(​​​太平洋石炭販売輸送春採駅1)

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 炭鉱展示館で炭鉱に関する基礎知識を習得した我々は続いて運炭列車の見学を行うために太平洋石炭販売輸送の春採駅に向かった。同社はかつては釧路臨港鉄道と呼ばれ、釧路コールマイン(太平洋炭鉱)が採掘した石炭を春採(はるとり)駅から釧路港に近い知人(しりと)貯炭場まで貨車輸送する会社である。以前は旅客輸送も行なっていたが現在は石炭輸送のみである。

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 駅構内で星さんから説明を受ける。

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 石炭輸送専用貨車は1編成24両(積載数量720t)で、編成の前後に機関車を配置するプッシュプル方式を採用し、連結器の操作や荷卸は運転室からリモートコントロールで行っている。

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 残念ながら5月は石炭の産出が減少する時期でこの日の運行はなかった。春採駅を発車した列車は知人駅の手前で走行中に12両ずつに分割され、前の12両と後ろの12両がそれぞれ別の荷降ろし線に入り、高架橋の上から石炭を下に放出する仕組みになっている。ここが中間部で自動的に分割される。その様子は多くの人がYouTubeの動画にアップしているので興味のある方は探してみてください。荷降ろしが終わり、春採駅に戻るときにも自動で連結される仕組みになっている。意外と人手がかからないシステマティックな運行になっている。

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 知人貯炭場に向かって先頭になる機関車は電気式DLで、後部は通常のDLになっている。電気式DLとはディーゼルエンジンで発電し、その電気でモーターを回す方式の機関車でJRでも最近DF200型で採用されているが、ここでは1970年から採用されている。その技術はアメリカのGE(ゼネラルエレクトリック社)によるものらしく、それを示すプレートが付いている。

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 貨車は2両で1ユニットになっていて中間の台車は連接台車になっている。

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 石炭を下ろすときは貨車の下が開くようになっている。真冬の時は石炭が凍結して落ちないこともあり、そういう時は機関車で車両を前後に揺すって振動を与えて石炭を落とすこともあるらしい。

2017年5月25日 (木)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(炭鉱展示館)

​ 和商市場での昼食を堪能した後、再びバスで移動する。案内人の星さんの母校釧路湖陵高校前を通過し、太平洋炭鉱の炭鉱展示館に向かう。太平洋炭鉱は大正時代から釧路で炭鉱を運営していたが、太平洋というくらいで釧路沖の海底炭鉱だった。その後エネルギー革命やそれに伴う国の石炭政策の変更などで業績が低迷し、2002年には閉山となった。現在は釧路コールマインという会社が事業をそのまま引き継ぎ、国内で唯一採炭しているとともに、外国人研修生の受け入れを行っているらしい。

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 この展示館は高台の丘にあり外見はこじんまりとしているが、地下にも展示施設があり、中は意外と広い。釧路の炭鉱の歴史や採掘の方法、坑道の様子や坑道で使用されたドリルカッターやトロッコなどが展示され、かつて太平洋炭礦で働いていて人がガイドをしていて当時の様子を教えてくれる。

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 坑道は7〜8km先まで続いているが、今はあまり深いところまで掘り進めておらず、手前の上部層が中心らしい。

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 ドリルカッターで掘り進めて、その後を1メートル間隔でシールド枠をはめている。この炭鉱は採炭できる層は厚さ10m前後はあるらしいが、機械の関係で2.8mの高さで掘っていき、その上や下は掘らないらしい。もったいないようだが、機械やシールドの設置の関係でそうなっているらしい。またせっかく掘り出した石炭もそれが全て石炭として利用できるのではなく、この炭鉱の場合55%くらいで残りは捨てられてボタ山行きとなるらしい。

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 展示館の人によると、炭鉱マンはかつては身入りのいい仕事で、住宅、水道、石炭はタダで福利厚生も充実していたとのこと。ただし炭鉱事故が起きると命の保障はなく、また自分は命を落とさなくても大規模な事故が起きた炭鉱は閉山になってしまうことが多いので、突然路頭に迷うことになる。そういった場合、雇用保険の給付などは通常の失業よりはかなり手厚くなっているとのこと。

 ところで私は今まで日本全国を旅行し、旅先で博物館や展示館を見ることも多かったが、たいていは誰の解説も受けずにひとりでざっと見て、何だか古いものが展示してあるなあといった感じで分かったような分からないような感想を持つことが大半だったが、今回は元炭鉱マンの解説付きでとても分かりやすく良かった。今後はそういった人たちの力を借りて見聞を広めたいと思った。

2017年5月24日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(幸町公園)

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 和商市場での食事を終えて、その裏手にある幸町公園に行ってみた。星さんやバスガイドさんの話で、そこに蒸気機関車が静態保存されているとのこと。昭和天皇の行幸の際にお召し列車を牽引した由緒ある車両らしい。星さんは国鉄OBの仲間とボランティアでこの蒸気機関車の清掃作業を行っていて、その仲間の中にはそのお召し列車の機関士もいるとのこと。こちらも釧路製作所と同様屋根付きなので状態はいい。

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 その蒸気機関車を見学していると、そばにまくらぎが無造作に置かれている不思議な空間がある。

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 あたりを見回すといかにも廃線跡らしい雰囲気を醸し出している。

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 周辺を少し歩いてみると国鉄釧路工場跡地の碑があった。今は釧路地方合同庁舎があるあたり一帯が工場だったらしい。ここから本線まで引き込み線があって現在の地図を見てもそれらしき弧を描いている道路がある。引き込み線は釧路駅に直通する線形ではなく、新富士駅方面から釧路駅手前で分岐してここまで続いていたようだ。

2017年5月23日 (火)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(和商市場)

​  和商市場は1954年にその当時の露天商などが集まってつくった市場で、釧路駅からも近く信号待ちの時間も含めて歩いても5分もかからないところにある。ここは市場なのでいろいろな海産物やみやげ物が買えるのだが、その他に勝手丼と言って、お店でご飯を購入し、その上にいろいろな食材を乗せてもらいマイチョイスの海鮮丼を作ることできて、それが人気になっている。

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 市場の中の店が全て勝手丼をやっているのではなく、海産物の販売しかやっていない店も多い感じだ。どこの店にしようかと何となく眺めていると「日本の方ですか?」とお店の人から声がかかる。海外でもないのに日本の方ですかでもないだろうが、最近は中国や韓国からの旅行者も多いのだろう。「えっ、日本人です」と答える。その人から勝手丼のやり方について教えてもらう。ここではご飯は売っていないので、あそこにある店でご飯を買ってからここに来てほしいとのこと。指示に従いご飯を買う。サイズは4種類あり、私は普通サイズ200円にした。

 そして先ほどの店に戻って来てネタを乗せてもらう。ホッケ、タラの刺身をまず乗せてもらう。これがこの店のおすすめ品とのこと。ホッケの刺身は珍しい。そのほかにイクラ、甘エビ、アジ、サーモン、マグロなども乗せてもらう。売り子は「お兄さん、これもどうですか」といろいろ薦めてくる。カモと見られたようだ。結局あれこれススメられて乗せたので刺身だけで軽く1000円を超えてしまった。市場だから素朴で安く食べられると期待していたが意外と観光地価格になっている。その昔は北海道を旅するライダーが安くておいしい海鮮丼を食べるためにできたシステムらしいのだが、今では観光地仕様に変わってしまったようだ。

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 市場の一角にテーブル席があり、他の観光客とともに食べる。

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 ご覧のようなビジュアルで意外とボリューム感がない割に値段は1300円くらいになっている。これならば新宿にある「タカマル鮮魚店」のランチのほうがボリューム、値段とも上を行っているし、この市場の中にも食堂があり、同じくらいの値段でもっとボリュームのある海鮮丼が食べられるから、お得感だけを考えるとおススメはできないが、釧路に来たからには一度はやってみたいものであることは変わらない。皆さまも釧路を訪れた時にやってみることをおススメしたい。

2017年5月22日 (月)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(和商市場まで)

​ 釧路製作所で1時間ほど見学した後、和商市場に向かう。バス車中では案内人の星さんが、釧路の街や鉄道についていろいろと解説してくれる。落ち着いた語り口で、鉄道に対する愛情が溢れ出ている。

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 バスは釧路駅前を通過する。星さんの話によると釧路駅舎は1961年開業で道内に残る唯一の民衆駅らしい。民衆駅とはかつて国鉄が地元資本を利用して建設した駅ビルで、内部にはステーションデパートなどの物販の店舗が入る施設だ。札幌、旭川、函館なども民衆駅だったが、すでに建て替えられている。

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 今は昭和レトロ感が漂う寂しげな施設だが、完成当時は最新の近代建築で、おそらく相当なにぎわいを見せていたのだろう。

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 そういったお店の中にはコイン商もあり、古い記念きっぷなども販売されていた。

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 自動券売機は1台しか設置されていない。過去にはもう1台あったようだが、撤去されたようだ。JR北海道釧路支社も併設される道東の代表駅だが、この程度の機器で間に合う旅客需要のようだ。

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 バスは和商市場の裏手で止まる。バスを降りたちょうどその路上には「官設鉄道釧路線」のプレートが埋め込まれていた。かつてはこのあたりに線路があったのあろうか。

2017年5月21日 (日)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(釧路製作所)

​ 今回のツアーの最初の訪問地は、株式会社釧路製作所に静態保存されている蒸気機関車の見学だ。

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 本社前でバスを降りるとすぐそこに1台の蒸気機関車が屋根付きで保存されている。写真を撮りたくなるが、まずは会社の中に入りレクチャーを受けることになっている。

 ツアーの案内人である星さんもここで合流した。星さんは昭和62年3月に国鉄分割民営化で国鉄を退職した後、JTBを経て釧路新聞社に移られた方で、釧路臨港鉄道の会の代表をされている。地元釧路や北海道の鉄道に大変造詣の深い方である。

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  星さんと釧路製作所のO様(画像左端の方)により、ここの蒸気機関車の説明を受ける。この車両は雄別炭鉱鉄道で石炭輸送に従事していた車両で、元は明治44年に英国ノースブリティッシュ社から輸入された車両を参考に、汽車製造会社で翌年に追加製造された18両のうちの1両の8722号機で、8700形として唯一現存する車両となっている。

 蒸気機関車のナンバーは頭にCとかDとかのアルファベットが付いていて、それが動輪の数を表しているが、そうなる前の時代は最初の数字が動輪の数を示していて8ならば3つ、9ならば4つとなっているので、ここのは動輪が3つとなる。

 この車両が走っていた雄別炭礦鉄道はその後雄別鉄道と名前を改めるが、釧路駅と雄別炭山駅との間44.1kmを結ぶ鉄道だった。石炭輸送と共に旅客輸送も行っていたが、1969年に発生した炭鉱事故を契機に翌年炭鉱が閉山になると鉄道自体も廃止されてしまった。

 この8722号機は戦後国鉄から北海道拓殖鉄道に譲渡された後、1957年に雄別炭鉱鉄道に再び譲渡され、同鉄道の廃止に伴い、同社の関連会社の釧路製作所に引き取られた。その歴史的価値の高さから2007年には近代化産業遺産に指定され、現在に至っている。

 昭和38年頃の雄別炭鉱鉄道のカラー映像なども見せていただき、その中には雄別炭鉱鉄道と鶴居村村営軌道が釧路湿原の中で立体交差している貴重なものもあった。

 釧路製作所はかつては道内の炭鉱鉄道の車両整備などを手がけていたが、現在は橋梁の施工が中心で、瀬戸大橋にも携わるなど高い技術力を有する釧路を代表する企業のようだ。

 釧路製作所の担当者O様は説明がかなり詳しく、自己紹介でも自分のことを「テツ」と呼んでいたが、後から知ったことだが、夕張の出身の方で宮脇俊三さんとも親交があり、宮脇さんから著作物の献本を受けたり、道内鉄道の廃線跡などを宮脇さんと同行取材するなどの間柄だったようだ。

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 30分ほどでレクチャーが終わると記念グッズの販売が始まる。社員の方が3人ほど待機している。参加者のうちの1名の方は、「ここにあるものを全部ひとつづつください」と言って、1万数千円を支払っていた。

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 私は新釧路駅の模擬入場券を購入した。全部買った人の100分の1くらいの出費だ。その後、外に出て撮影タイムとなる。

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 炭水車が後ろに付いた大型の車両で、屋根付きなので保存状態も良く、製造から100年以上も経っているとは思えない。釧路製作所の方の苦労がしのばれるととともに、我々のような見学者に仕事の時間を割いて対応に当たってくれたO様他の担当者にも感謝申し上げたい。

 写真を撮っていると添乗員の方が近づいてきて「SLに興味があるんですか」と聞いてくる。私は蒸気機関車自体に特段の思い入れがあるわけではないのだが、相手の気持ちを”忖度”して、「えー、そうですね、鉄道全般が好きですが、SLも好きです」と答えてしまった。

 

2017年5月20日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(合流)

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 釧路空港ターミナルビルに到着すると、ツアーの主催者であるANAセールスの担当者が待ち受けていた。このツアーは最少催行人員が20名で最大32名の募集だが、実際の参加者は11名で想定外の少なさだ。これでは赤字だろうが、催行していただき私にとってはありがたい。。

  私の見立てでは参加者の年齢は若い人は30代後半くらい、最高齢は70代くらいで、平均すると50代半ばといったところだろうか。そのうち女性が2名で、1人はご夫婦、もう1人はおひとりでの参加だ。こういう鉄道系ツアーも女性参加者が増えてきている。

  我々はまず空港ターミナルの駐車場に用意されたバスに乗り込む。空港の気温は7度となっていて冷え込んでいる。今回のツアーは1泊2日なので私はリュック1つでやって来たが、大半の客がキャリーバッグを持ってきて、バスの下に収納してもらっている。カメラなどの機材が多いからだろうか。

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 バスは真っ赤な色をした阿寒バスで、大型観光バスなので座席には余裕があり過ぎて、1人で横1列を占領する感じだ。私は後ろから3列目に座った。この列だけが他の列よりシートピッチが広くなっているから狙い目だ。

 バスは9時35分に空港をスタート。ツアーの添乗員さんは落語家の桂南光さん似の男性で、バスガイドさんはピンクの電話のみやちゃん(太っている方、失礼)似の女性だった。お笑い風の引率者2人で楽しいツアーになりそうだ。その他に白糠町の活性化に取り組んでいるANA総研の担当者Mさんも同行している。このツアーの案内人の星さんはこの先の釧路製作所で合流するとのこと。

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 バス車内でこれからの行程の案内を受けながら、釧路湿原を左手に見て釧路環状道路を進んで行く。バスガイドの方の話では釧路市の人口はかつては23万人ほどだったが現在は市町村合併をしたにもかかわらず17万人ほどに減少しているが、それでも札幌、旭川、函館に次いで道内4番目の規模で、水産、製紙、石炭が主要産業となっていると教えられる。

2017年5月19日 (金)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(エア・ドゥ71便)

​ 今日5月13日にはブログ仲間のrailwayさんが利尻・礼文の旅で北海道に出かける予定になっている。railwayさんは8時ちょうどのANAで札幌に向かうので、あいさつをしようと出発の61番搭乗口に行ってみたが残念ながらお会いできず諦めて引き返した。すると動く歩道上で反対方向から来るrailwayさんとすれ違った。お互い動く歩道を降りた後少し引き返して手短かにあいさつを交わした。どうやらお互いがそれぞれの搭乗口に探しに行っていたようだ。これでは見つからない。

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 釧路行きが出発する55番搭乗口に戻るとすでに搭乗できる時間になっていた。飛行機はボーイング737-300で、北海道に向かう飛行機にしては小ぶりで、これで本当に北海道に行けるのか心配になる。機内は通路をはさんで3人掛けが両方に並ぶ配置で私の席は23番Aでほとんど最後尾に近かった。座席はほぼ満席の状態だ。

 定刻の5分前の7時40分には「バーセット」というCAの素っ気ないアナウンスとともに早くもドアが閉まり、定刻の1分前にはゲートを離れた。55番搭乗口はほとんど空港の北のはずれにあるので、離陸の時には誘導路を少し進んだだけですぐにC滑走路から離陸した。外は雨模様で窓の水滴が真横に流れる。

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 B滑走路を離陸するとD滑走路の上空を通過し、左に旋回し、ディズニーリゾートを見下ろしながら高度を上げていく。この日は雨模様なので、その後雨雲の中に突入し外は見えなくなった。   

 以前エア・ドゥに乗った時には機長はロシア人で、日本人の副操縦士が機内アナウンスを担当したが、今回は日本人機長で、釧路の天候は曇り、気温は4度と放送してくれ、ちょっと安心する。

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 エア・ドゥはLCCではないので、無料のドリンクサービスがあり、私はじゃがバタースープを選んだ。コクがありおいしい。クマの顔のイラストもかわいらしい。

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 ウイングレットにもクマのイラストがあったので、これがキャラクターのようだ。

 ほとんど雲の上を飛んで下界は見えなかった。釧路空港が近づくとようやく陸地が見え、庶路ダムなどを見下ろしながら、空港北側から着陸した。飛行時間は1時間15分ほどで、気流の影響で定刻より10分早着となった。

2017年5月18日 (木)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(羽田空港)

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 今回のツアーは羽田空港出発だが集合場所は釧路空港なので参加者は各自で飛行機に乗り込むことになっている。私は5時45分ころリムジンバスで羽田空港第2ターミナルに到着した。この時間帯であれば渋滞を心配せずにバスを利用できる。

 ゴールデンウイークの翌週のせいなのか、それとも単に早朝のせいなのか、空港内はまだ閑散としている。出発までまだ2時間もあるのでゴールドカード会員用ラウンジを利用してみることにした。羽田空港第2ターミナルビルにはゴールドカード会員用に3ヶ所のラウンジがあり、2つは保安検査場内、もう一つは保安検査場外にある。

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 私は保安検査場外にあるラウンジを利用してみた。朝6時からの営業で少し早めに来てしまったが、すでに行列している。6時の開店とともに中には入る。ゴールドカードと飛行機の搭乗券を示して中に入る。カードはリーダーを通され有効無効の判定をしているようだ。

 内部は喫煙専用ブースもあり、全部で6〜70人は入れそうだ。

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 アルコールはないがドリンクはひととおりそろっている。パンはひとり2つまで無料なので朝食にはちょうど良い。注意書きをよそに3つも4つも取っている人もいた。私はここで15分ほどくつろいでいたが、窓から見える保安検査場の行列が長くなって来たので早めに出ることにした。

 航空券は宅配で送られてきていて、往復利用にもかかわらず行きと帰りが1枚の用紙になっていて、QRコードも1ヶ所だけだ。これで往復利用できるのだろうか。

 長く見えた保安検査場の行列は実際にはまだ短く、5分ほどで抜けられた。

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 保安検査場を抜けると出発までまだ1時間以上あるのでビル3階にあるカード会員専用ラウンジ「Power Lounge North」を利用してみた。ここでもカードリーダーを通される。先ほども利用したので2度目はダメと言われるか心配だったが無事入れた。

 ところで疑問に思ったのが、先ほど利用したラウンジは保安検査場外にあるので搭乗券を示すように言われ、それは当然だと思うが、この保安検査場内にあるラウンジでも搭乗券を示すように言われた。搭乗券のない人がこのエリアに入れるのだろうか。

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 それはともかくここはとても広い。データによると140人収容となっている。

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 滑走路や飛行機もよく見えて眺めが良い。

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 ここもドリンクはひととおりあって、しかもパンは個数制限なく食べ放題なのはうれしい。ここでも2度目の朝食を軽く済ませた。

 このラウンジは空港のアナウンスが入らないので静かなのはいいが、乗り遅れる恐れもあるのでその点は注意が必要だ。


2017年5月17日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(初めに)

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 5月13日、14日の土日を利用して北海道の道東を巡ってくることになった。ANAのツアーで「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」というのがあり、国鉄白糠線の廃線跡を歩けるツアーになっているのだ。白糠線は私が乗れなかった唯一の国鉄線でかねてから廃線でも良いから何とかして歩いてみたいと思っていた。このツアーは昨年10月にも催行されたのだが、その時は休暇が取れずに見送った。

 白糠線が私にとってはメインとなるが、その他に太平洋石炭輸送販売が運行する運炭列車の見学などもあり鉄分の濃いツアーであるとともに炭礦展示館や釧路コールマインの見学などもあるから炭礦マニアにも楽しい内容になっている。

 費用は往復の航空券、ホテル代、現地での交通費、3食分の食事を含めて61,800円となっている。土曜日の朝7時45分の飛行機で羽田を発ち、日曜日の夜20時55分に羽田に戻ってくるという2日間の弾丸ツアーではあるが、新緑の道東を楽しめる良い旅行になるだろう。

 というわけで、これからしばらくその時の様子について連載していく予定ですのでお楽しみいただければ幸いです。

2017年5月16日 (火)

エビスビールエル特急ヘッドマークチャーム

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 今エビスビールを買うとエル特急のヘッドマークチャームが付いています。全部で18種類ありますが、コンビニチェーンごとに付いているものが異なるので、1ヶ所では全部は集まりません。

 ラインナップは「ライラック・しおさい・つばさ・ひたち・あさま・しなの・しらさぎ・くろしお・雷鳥・しおかぜ・いしづち・有明・ホワイトアロー・はつかり・白山・やくも・南風・にちりん」となっていて、今は走っていないものもあり懐かしいです。

 それにしてもエル特急という呼称は国鉄時代の1972年のダイヤ改正から使用が開始されましたが、国鉄分割民営化を経て、今では「ひだ・しらさぎ・しなの」だけに使用されているようです。もはや死語と言っていいかもしれません。昭和も遠くなりました。

2017年5月15日 (月)

第13回伊豆急全線ウォーク(帰路)

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 伊豆急下田駅で完歩の手続きを終え、駅構内でお土産や食料を調達し、16時36分の普通列車伊東行きに乗車する。

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 今回もミスターAN氏はビール用のグラスを持参してくれていて、列車の発車とともに乾杯する。グラスで飲むと味わいも最高だ。ただし列車の中でグラス持参でビールを飲んでいる人はめったにいないから周囲の目が気にならないでもない。

 駅で買った金目鯛のみりん干しやわさび豆などをつまみに杯を重ねる。揺れる車内でグラスが落ちないように気を遣いながら飲む酒は格別で、そのあたりの居酒屋で飲むよりもずっとおいしい。

  ところでビール缶にはプレゼント応募用のシールが付いていて彼はそのシールを集めているらしく缶からはがしてしっかりとしまっていた。酔っているようだが、押さえるえるべきところは押さえている。

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 伊東では1分の待ち合わせで同じホームの反対側に停車している17時44分発の上野東京ライン経由宇都宮行きに乗車する。グリーン車に乗車し、宴会の続きを始める。我々は先ほどの車中ですでにビールを空けてしまったのだが、グリーンアテンダントはなかなかやって来ない。伊東からは乗務していないようだ。我々は待ち遠しい思いでアテンダントの来るのを待つのだが、熱海を過ぎてようやくやって来た。
 
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 追加のビールを買い求めようとすると、車内販売ではスーパードライが1缶しかなくもう1本は別の銘柄を買ったので、シールを集めている彼は残念そうだ。

 グリーン車もだんだんに客が増えてきて新橋で満席になり、大宮まではその状態がキープされ、20時36分大宮に到着した。

 ミスターAN氏の同行をいただき、完歩の瞬間を祝福いただき感謝します。

2017年5月14日 (日)

第13回伊豆急全線ウォーク(蓮台寺→伊豆急下田)

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 富戸まで歩き切り、残すは蓮台寺から伊豆急下田までの区間となる。14時30分の電車で蓮台寺まで移動する。発車まで30分ほど時間があるので駅の待合室で休憩する。ミスターAN氏が東急ストアで買った柏餅のおすそ分けをいただく。

 駅舎の写真でも撮ろうと待合室を出ると、川奈駅で見かけた女性のウオーカーにシャッター押しを頼まれる。彼女は川奈駅でも誰かに頼んでいたのだ。

 15時16分に蓮台寺駅に到着し、ウォークを再開する。最後の一駅間は距離は3.5kmでほとんど平坦で歩きやすい。

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 16時前には伊豆急下田駅に到着した。今回もトラブルなく無事歩き切った。私は第3回の時初めて参加し、その後第4回の時は行かなかったが、第5回以降は皆勤賞を果たしているので今回は10回目にあたるとともに、初めて歩いてからもちょうど10年目になるわけで、よくぞここまで歩いたものだ。

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 917番目の完歩者となった私はメッセージボードに記録を残した。745番から747番には京葉ラインさんのメッセージもあり拝見させていただいた。

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 こちらは完歩グッズ一式。

2017年5月13日 (土)

第13回伊豆急全線ウォーク(川奈→富戸)

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 ちょうどお昼時になったので、駅に隣接する東急ストアで食料を調達し、改札口前のベンチで食べる。その間に何人かの伊豆急全線ウォーク参加者が現れ、中には女性の一人参加者もいて珍しい。彼女は駅の近くにいた人に声をかけて写真を撮ってもらっていた。

 川奈から富戸までのルートも例年と異なっている。過去に逆コースからは歩いたことがあるが、川奈から行くのは初めてだ。ゴールデンウイークで渋滞する国道135号線沿いをしばらく進みココスの先を右折し八重桜がまだ咲き残る道を一碧湖方面に向かう。このあたりから上り坂になり、このコースに慣れていないのでいつまで坂道が続くのか分からず肉体的にも精神的にもこたえてくる。

 そんなところをしばらく進むと一碧湖が現れ、その先には大室山も見えてくる。ZARDに「お・も・い・で」という曲があり、大室山の夕暮れを歌った歌詞が出てくるのを思い出す。

 この先国道135号から脇道にそれる個所があるのだがそのポイントを見落とし、歩道のない国道をこわごわと進んでいく。京葉ラインさんからも見落としやすい場所としてアドバイスを受けていたのだが。

 この辺りからは風が強くなり、帽子が飛ばされるハプニングがあったが、今回は無事取り戻した。第7回の時は川に帽子を落としてすハプニングもあった。

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 国道135号を離れ「里山を体感する道」に入る。伊豆急全線ウォークにしては珍しく舗装されていない道で竹林や雑木林の中を下っていく。枯れ葉が積み重なってできた道で土もやわらかく、足に負担がかからないし、木陰なので涼しい風が吹いているのもありがたい。

 この季節は冬眠から目覚めたヘビが現れる時期なので注意するようにミスターAN氏から指示を受けたが、幸いヘビは現れずその代わりにいたるところにタケノコが芽を出していた。氏によると今頃の時期のタケノコがあまり大きくないのでおいしいらしい。

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 「里山を体感する道」が終わると大島が見えて来た。

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 踏切を渡り、14時ちょうど富戸駅に到着した。7.8kmを1時間45分で到着した。松本伊代は線路内に立ち入って記念写真を撮り鉄道営業法違反で書類送検されたが、この写真は踏切内で撮ったので違反ではありません^_^

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2017年5月12日 (金)

第13回伊豆急全線ウォーク(南伊東→川奈)

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 南伊東から川奈までのルートは昨年までとは異なり海沿いを行くようになっている。このルートは私は過去1度しか歩いたことがないのでマップを見ながら慎重に歩く。まず伊東駅に戻るような感じでホテルニュー岡部のところまで戻る。ここで先ほど歩いてきたルートに接する。 

 葛見神社前を左に曲がり、少し行くと右に曲がるのだが、京葉ラインさんから間違えやすいポイントだとアドバイスをいただいていたにもかかわらず曲がる角を一つ間違えてしまったようだ。しかし大勢に影響はなく、すぐに伊東市役所に向かう歩道橋に出た。

 高層で立派な伊東市役所の前を通り、佛現寺の脇の急坂を下る。運動部の学生が反対方向から来て急坂を駆け上がっていくのには驚いた。

 海沿いに出てしばらく135号沿いを進む。振り返ると富士山が見えていてお互いのカメラを取り替えて記念撮影をする。

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 その後、国道から分岐し県道を進んで行く。スポーツタイプの自転車に追い抜かれる。しまなみ海道をサイクリングした時、サドルにお尻をやられたことを思い出す。歩道もない狭いトンネルが現れ不安になると、ミスターAN氏はリュックから懐中電灯を取り出した。伊豆急全線ウォークのコースマップには懐中電灯を持ち歩きましょうと注意が書かれているのだが私は一度も持参したことがないのに彼は忠実に指示を守っている。実際歩いてみるとこのトンネルは持っていたほうが間違いなくいいだろう。彼は普段はその懐中電灯を早朝の犬の散歩のときなどに持ち歩いているそうだ。私も次回から見習うことにした。

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 トンネルの内部はコンクリートで簡単に巻いただけで凹凸が激しい。こういうトンネルは珍しい。

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 海女の小屋という人気の海鮮丼の店の脇を過ぎ、川奈の漁港を眺めながら急坂を上り、11時45分川奈駅に到着した。8.5kmを約2時間で歩いた。

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2017年5月11日 (木)

第13回伊豆急全線ウォーク(伊東→南伊東)

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 午前9時ちょうど伊東駅をスタートする。今日は午後雷雨も予想されているが、今のところ快晴でいいウォーク日和になりそうだ。

 従来は南伊東までは内陸を直行するルートだが今年はいったん海沿いに出るルートになっている。

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 海は穏やかで海水は透き通っていてきれいだ。

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 海から離れると松川沿いの遊歩道を行く。川の水量は多くなく、河原で釣りに興じている子供もいる。鯉が泳いでいるのも見える。

 松川沿いの遊歩道を進んでいくとニュー三浜館という相当に老朽化した3階建ての温泉旅館が右手に見える。こんなボロ旅館なのに「ニュー」と名乗っている。窓枠のみがアルミサッシに取り換えられていて、それがかえってわびしく感じられ、あまり泊まりたい気分にはならない。

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 一方、その少し先には東海館という旅館がある。こちらも同じく木造3階建てだが相当に風格がある。3階の部屋には外国人旅行客が浴衣を着て窓外を眺めている。今は旅館ではなく日帰り温泉として利用されているようだ。

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 そんなところを進み、9時45分南伊東に到着した。3.6kmの平坦な道で疲れはない。

 

2017年5月10日 (水)

第13回伊豆急全線ウォーク(伊東まで)

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 大宮ではほぼ満席だったグリーン車も上野、東京、新橋とだんだんに客が降りていく。去年ミスターAN氏と伊豆急全線ウォークに行った時には583系で運転されたニコニコ超会議号の運転日だったので各駅に多くの撮り鉄がいたが今年は静かだ。その583系も残念ながら先月で引退してしまった。583系は私にとってもミスターAN氏にとっても思いで深い列車で、私は583系に乗りたくて高校生の時九州一人旅の帰りに寝台特急なはに乗車したし、彼は青函トンネル開業直前の北海道への一人旅の時に583系はくつるに乗っている。

 窓外は静かだが一方北朝鮮がミサイル発射に失敗したとの情報が入ってきて騒がしい時代だ。

 小田原で5分の待ち合わせで先行する熱海行き普通列車に追いつき、階段を渡って乗り換える。この乗り継ぎの間に後続の貨物列車がその熱海行を追い抜いて行く。芸の細かいダイヤ設定になっている。

 根府川付近では高台から相模湾を眺める絶景ポイントを通過する。毎年のことだが彼はここから一生懸命写真を撮っている。

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 熱海で伊東線に乗り換える。列車は4番線に到着し、地下道を小走りで進んでいく。ミスターAN氏は今朝犬の散歩で家の近所をひとっ走りしてきたとのことで足取りも軽やかに1番線へと駆け上がっていく。

 これから乗るのはリゾート21車両だが今年から車体が赤く塗られて金目鯛電車として運行されている。今年も運よく展望席が空いていたのでその最前列に2人並んで座る。毎回この展望車に座れるのは運のいいことだ。

 ところで運転士が運転席のドアを開けようとしているがなぜか鍵が開かない。いろいろ操作しても開かないようだ。そばで見ていた我々も不安になってくる。運転士は客室に回り込んでそこから乗車して事なきを得た。

 運転席に入る鍵は実はほとんどすべての車両で共通になっている。セキュリティのレベルは相当に低いことになるが、自動車のようにすべて異なる鍵にすると逆に運転士は乗務する車両の台数分鍵を持ち歩かなければならなくなるし、鉄道の乗務の交代は複雑で、バスやタクシーのように必ずしも営業所で交代するとも限らないのでそんな仕組みになっている。

 運転士になった気分で前方を眺めているうちに8時47分定刻に伊東駅に到着した。

2017年5月 9日 (火)

第13回伊豆急全線ウォーク(ミスターAN氏登場)

 4月29日土曜日、3回目の第13回伊豆急全線ウォークに行ってきた。今回はミスターAN氏が同行してくれて完歩に立ち会ってくれることになっている。

 大宮発5時50分の小田原行きでスタートする。ミスターAN氏はすでにこの列車に熊谷から乗車している。ゴールデンウイーク初日なのでこの時間でも普通車は立ち客も出る混雑ぶりでグリーン車も8割がた埋まっている。

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 グリーン車2階席に座り、さっそく朝食タイムとなる。私は自分の朝食を用意してきたのだが、ミスターAN氏は私の分の朝食も用意してくれていた。ありがたくそれをいただくことになった。彼は去年も私の分を用意してくれていた。それを食べ終え、今度は自分用に用意していたセブンイレブンのハムサンドを半分彼に分けようとすると、実は彼は同じものをすでに先ほど食べていたとのこと。食べ物の好みが一致している。

 朝食を食べ終え、彼は食後のコーヒーをグリーンアテンダントから買っている。知らなかったがグリーンアテンダントへの支払いにはスイカが利用できないのだ。新幹線の車内販売では利用できるのに同じJR東日本の列車なのにこれは不便だ。

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 彼と歩くのも今回で6回目となる。彼は古いものを大切に保管していて、過去5回分の散策シートを持参していた。歩くコースがそのたびに異なるので入場券が貼ってある位置は回ごとにばらばらだが、今回歩くとだいたい2回完歩した計算になる。

 また彼の自宅からは新入社員研修の時の部屋割り表が見つかったとのことで、彼と私は同室だったことを思い出した。まだワープロも普及し始めの時代で手書きの表だった。

 

 





2017年5月 8日 (月)

Suica履歴印字100件まで

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 Suicaの履歴印字が100件まで可能になりました。また従来は1回印字してしまうと再び印字することができなかったのですが、直前の100件であれば何回でも印字が可能になりました。

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 ということで100件印字をしてみました。私の場合、ほとんどが物販での利用ですが、印西牧の原に行った時の履歴などもしっかり残っていました。後から行動記録を振り返ることも可能ですが、実際問題としては私は後から内容を確認することはしないのでメリットは少ないかもしれません。

2017年5月 7日 (日)

JRバス展

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 旧新橋停車場鉄道歴史展示室で開催されている「JRバス」展に行ってきました。JRバスはその昔は国鉄バスで、さらにその昔は鉄道省による省営自動車でした。昭和5年に運行が開始されて以来、鉄道網を補完し、交通ネットワークの一翼を担ってきました。

 私が国鉄バスに初めて乗ったのは1979年3月の「九州一人旅」の時で桜島観光に利用しました。そのバスは観光バスなのに九州ワイド周遊券で追加料金なしで乗れるというお値打ちバスでした。

 その後、1984年10月に東京-大阪間の夜行バスドリーム号に乗車しました。そのときは九州旅行への行きに利用したのですが、周遊券目的地へのルートで鉄道以外にハイウェイバスにも乗車することができました。夜行便の場合は座席指定券を別途購入する必要はあったが確か500円くらいだった記憶があります。バス指定券はみどりの窓口で購入できました。

 当時は国鉄の鉄道と国鉄バスの通しの乗車券も発売され運賃が通算されたので、種村直樹さんがその仕組みを生かして、国鉄の鉄道と国鉄バス、国鉄航路を利用した最長片道きっぷを作り、「さよなら国鉄最長片道きっぷの旅」を著しました。今はJRバスとなり、民間のバス会社と変わらない運営を行っていますが、当時は鉄道の一部門という役割だったのでしょうか。

 そのほかにこの展示で興味があったのが、貨物自動車の運行でした。新聞輸送用の列車の確保が困難な場合、トラック輸送も行われたようです。

 展示は6月25日まで行われていますので、皆様もぜひ足を運ばれてはどうでしょうか。

 

2017年5月 6日 (土)

足利藤まつり号

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 昨日ご紹介したのは「足利大藤まつり号」ですが、本日は「足利藤まつり号」で、上野・大船方面に行く臨時列車です。この列車は両毛線から宇都宮線に乗り入れます。その際小山駅9番線から下り線を少し逆走してから宇都宮線の上り線に入ります。それにも乗ってみました。

 結城駅で足利大藤まつり号を降りて水戸線をすぐ引き返すと、小山駅発18時13分の足利藤まつり4号に間に合います。大船行なのですが発車案内板には行き先が表示されていません。列車名の後ろの9は発着番線を示していると思います。

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 車両は185系6両編成です。ヘッドマークは「臨時快速」となっていました。小山から乗る人も意外といて満席です。列車は両毛線思川方からやって来て、両毛線ホームには入らずに宇都宮線下りホーム9番線(島式ホームの待避側」に入線します。

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 発車するとまず宇都宮線下り本線に合流します。

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 下り本線に合流した後、駅南側の踏切先まで下り線を逆走します。

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 踏切を過ぎると上り線に合流しました。

 小山駅には数多く渡り線がありますが、この時と合わせてこれでひととおり完乗できたと思います。

2017年5月 5日 (金)

足利大藤まつり号

​  ゴールデンウイーク期間中、足利フラワーパークの利用者の便を図って臨時列車が数多く運転されます。その中で足利大藤まつり号に乗ってきました。これはいわき発着で小山駅構内で宇都宮線を通り越して水戸線から両毛線に乗り入れる列車で渡り線マニアにはたまらない列車です。 私は以前水戸線から両毛線に乗り入れる側の列車には乗ったことがあるのですが、行きと帰りでは小山駅の通る線が違うことに最近気づき、今回は両毛線から水戸線に乗り入れる側に乗ったのです。

 651系4両編成ですが、附属編成を使用しているため先頭が11号車になっています。ヘッドマークは「臨時」です。私は足利駅から乗車しましたが始発は桐生です。足利の隣の富田駅で足利フラワーパーク見学客が乗ってきて、その次の佐野でも結構乗ってきます。富田よりは佐野のほうが多く乗ってきました。車内アナウンスでは本日は満席とのことですが、実際の乗車は7割くらいでした。この先からも乗ってくる人がいるのでしょうか。

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 まず両毛線から宇都宮線を横断するところです。

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 横断すると乗務員の交代があります。乗務員用の昇降台もないところでの交代です。乗務員の交代が終わると、「点検のため照明と空調が消えます」とのアナウンスがあります。ここでいったん電源を切らないといけない事情があるのでしょうか。

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 発車すると水戸線と宇都宮線の間にある線に入ります。こちらが水戸線ホーム。

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 こちらが宇都宮線上りホーム。

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 左手から水戸線が合流し、渡り線の乗車完了です。水戸線から両毛線に入る列車は小山駅16番線に入るので乗降は可能ですが、相方の列車に合わせて小山駅で運転停車します。

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 次の停車駅は結城で私はここで下車しました。私の他に結城で下車した人は2人いました。渡り線マニアだったのでしょうか。

2017年5月 4日 (木)

♪渡良瀬橋@足利駅

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 両毛線の足利駅の発車メロディーが2年ほど前に森高千里の「渡良瀬橋」になったので、遅ればせながら行ってみました。この駅の近くにある渡良瀬橋については以前このブログで紹介したことがあります。

 発車メロディーは1番線と2番線で異なります。2番線が「♪渡良瀬橋で見る夕日をあなたはとても好きだったわ」で、1番線は「♪八雲神社へお参りするとあなたのこと祈るわ」の部分です。東武鉄道の足利市駅でもこのメロディーが使われています。

 動画も作ってみました。

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 待合室には森高千里さんのサイン入り色紙と渡良瀬橋に寄せる思いがつづられています。いくつかの駅の発車メロディーでは地元にちなんだ曲が採用されていて、そういった駅を巡るのも楽しいものです。このブログでもZARDの坂井泉水さんの最寄駅「渋沢駅」について紹介しました。

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 足利駅の駅前にはEF60型の電気機関車が静態保存されていました。両毛線の貨物輸送に活躍し、平坦線での運用が中心の機関車だったようです。

2017年5月 3日 (水)

東武鉄道新型特急リバティ

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 先月から運行を開始した東武鉄道の新型特急リバティに乗ってみました。基本編成は3両ですが、連結されて6両で運転することもできます。途中で分割されたり、併結されたりして様々な行き先の列車として運行できるようになっています。先頭車のイメージは精悍で、分割併合ができる車両には見えません。

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 Revatyの名前の由来は自由で(リバティ)バラエティな列車という造語のようです。そのおかげで会津田島などへも運行されることになりました。

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 従来のスペーシアにあったようなヘッドレストに組み込まれたスピーカーや読書灯などはなくなりました。また従来のどっしりしたシートのイメージもありません。個室もなくなりました。

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 ごく普通のノーマルの特急に成り下がってしまった感じで、旅へいざなう魅力的な特急というイメージは全くありませんでした。ただし列車の走りは快適で、浅草から栃木までの1時間08分はあっという間でした。

2017年5月 2日 (火)

京急デハ230形里帰り

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 以前このブログで紹介したことがある川口市青木町公園に静態保存されている京急230形が今回京急に引き取られることになりました。かなり老朽化していて引き取る人がいるのだろうかと思っていましたが、本家が引き取り、現在建設中の本社に展示されるようです。

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 今回これを記念して川口市立科学館で「ありがとう京急デハ230形236号~また 会う日まで~」が開催され、現役当時の映像や資料などが展示されています。

 それとともに京急の駅で配られているリーフレットを川口市立科学館に持参すると毎日先着30名に京急オリジナルのデハ230形のペンケースがもらえます。なかなか気の利いたグッズです。

 私はたまたま平日に休みが取れたので行ってみて無事ゲットできましたが、休日は競争率が高そうです。興味のある方はお早めに。

2017年5月 1日 (月)

鉄道の町・盆栽の町大宮

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 昨日で終わってしまったのですが、大宮では「第8回世界盆栽大会」が開催されていました。

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 大宮駅のコンコースにもたくさんの盆栽が展示されていました。こちらは金賞です。

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 それと合わせるように大宮高島屋でも「盆ラマ」というのが開催されています。

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 盆ラマとは盆栽風の鉄道ジオラマの略のようで、盆栽の中に鉄道模型のレイアウトを配するアートです。丸い盆栽のレイアウトで、まさに鉄道と盆栽の融合で、大宮にふさわしいアートです。

 値段は大きいものは一つ4~5万円はするようですが、ローカルな風景と鉄道車両がマッチしていて、心が安らぐ感じがします。

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