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2017年5月25日 (木)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(炭鉱展示館)

​ 和商市場での昼食を堪能した後、再びバスで移動する。案内人の星さんの母校釧路湖陵高校前を通過し、太平洋炭鉱の炭鉱展示館に向かう。太平洋炭鉱は大正時代から釧路で炭鉱を運営していたが、太平洋というくらいで釧路沖の海底炭鉱だった。その後エネルギー革命やそれに伴う国の石炭政策の変更などで業績が低迷し、2002年には閉山となった。現在は釧路コールマインという会社が事業をそのまま引き継ぎ、国内で唯一採炭しているとともに、外国人研修生の受け入れを行っているらしい。

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 この展示館は高台の丘にあり外見はこじんまりとしているが、地下にも展示施設があり、中は意外と広い。釧路の炭鉱の歴史や採掘の方法、坑道の様子や坑道で使用されたドリルカッターやトロッコなどが展示され、かつて太平洋炭礦で働いていて人がガイドをしていて当時の様子を教えてくれる。

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 坑道は7〜8km先まで続いているが、今はあまり深いところまで掘り進めておらず、手前の上部層が中心らしい。

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 ドリルカッターで掘り進めて、その後を1メートル間隔でシールド枠をはめている。この炭鉱は採炭できる層は厚さ10m前後はあるらしいが、機械の関係で2.8mの高さで掘っていき、その上や下は掘らないらしい。もったいないようだが、機械やシールドの設置の関係でそうなっているらしい。またせっかく掘り出した石炭もそれが全て石炭として利用できるのではなく、この炭鉱の場合55%くらいで残りは捨てられてボタ山行きとなるらしい。

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 展示館の人によると、炭鉱マンはかつては身入りのいい仕事で、住宅、水道、石炭はタダで福利厚生も充実していたとのこと。ただし炭鉱事故が起きると命の保障はなく、また自分は命を落とさなくても大規模な事故が起きた炭鉱は閉山になってしまうことが多いので、突然路頭に迷うことになる。そういった場合、雇用保険の給付などは通常の失業よりはかなり手厚くなっているとのこと。

 ところで私は今まで日本全国を旅行し、旅先で博物館や展示館を見ることも多かったが、たいていは誰の解説も受けずにひとりでざっと見て、何だか古いものが展示してあるなあといった感じで分かったような分からないような感想を持つことが大半だったが、今回は元炭鉱マンの解説付きでとても分かりやすく良かった。今後はそういった人たちの力を借りて見聞を広めたいと思った。

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