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2016年12月

2016年12月31日 (土)

2016年を振り返って

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(12月30日午後6時20分、年末客でにぎわう大宮駅)

 今年は日帰りも含めかなりあちこちに出かけた。旅日記の数はこれからアップするものも含め15本になる。最大のイベントは北海道新幹線の開業で、5月と8月にそれぞれ上りと下りに乗車した。大宮から道南へのアクセスが大幅に向上したのがうれしい。

 新線開業は新幹線だけだったが、震災で不通となっていた常磐線が一部区間が復旧し、少し内陸寄りに移設されたから、これは実質的に新線と言って良いだろう(この旅日記は年明けにアップします)。新線開業を全て押さえて、全線完乗のタイトルは維持できた。

 想定外に収穫が大きかったのが、車両基地等への連絡線乗車だ。新幹線の鳥飼を筆頭に、京成の宗吾参道、東武の森林公園、JR西日本の津山、南海の小原田、泉北高速鉄道の光明池、横浜市営地下鉄の新羽、関東鉄道の水海道、東葉高速鉄道の八千代などだ。そのほかにもあったが日程の都合で乗れないものも多かった。抽選式のもの、先着順のもの、ツアー形式のものなどいろいろあったが、何れにしても鉄道各社が鉄道ファンの細かなニーズに目を向け始めたということだろう。

 それと京都鉄道博物館の開業もうれしい話題だ。500系や583系など私が好きな車両が勢ぞろいだ。自分がリアルタイムで知っている車両が博物館入りとは寂しい思いもあるが、鉄道の魅力を多くの人に示した。

 一方、ここのところしばらくなかったJRの廃線が加速する動きもあった。その先陣が留萌本線の留萌・増毛間の廃線だ。実際に乗ってみると地元の人は1人も乗っておらず、鉄道ファンだけという状況だったから廃線も致し方ないが、今後もそういった動きは続くだろう。

 それはともかく、今年は1日も休まずブログを続けられたことが何よりだった。継続は力なり、来年も毎日更新を目指して頑張っていきます。

2016年12月30日 (金)

第13回伊豆急全線ウォーク(伊豆稲取からの帰路)

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 伊豆稲取発16時35分の電車で伊東まで戻る。伊東駅では26分ほど待ち時間があるので、この時間を利用し駅弁や食料を調達する。

 17時44分伊東始発の宇都宮行に乗車する。グリーン車は1両に数人しか乗っていない。

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 発車とともにビールで乾杯だ。この瞬間が伊豆急全線ウォークの最高の楽しみだ。左が伊東駅の名物駅弁の稲荷ずし。ジューシーな油揚げが特徴だ。

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 こちらは伊豆稲取駅で買った金目鯛せんべい。塩気があってサクサクしてお酒が進む。

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 食事を終えてウトウトするうちに品川駅に近づいた。品川駅構内は先週線路移設工事が行われ、東海道線の上り線路は海側に移設された。暗くてはっきりは見えないが、従来は京浜東北線寄りを走っていたものが、車両基地寄りを走るようになった。これも新線開業の一種で乗っておきたいものだった。そのまま上野東京ライン経由で大宮に着いた。

2016年12月29日 (木)

第13回伊豆急全線ウォーク(片瀬白田→伊豆稲取)

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 片瀬白田駅からは今日最後の区間となる。既に25kmほど歩いてきたが、さらに8.5km歩くことになっている。この区間は全線ウォーク中最高所の標高290mまで登るハードな区間だ。

 まず国道を渡り、東京理科大のセミナーハウスの脇を抜けていく。沿線はみかん畑が広がるのどかな地域だが、勾配は急なので途中で小休止をして呼吸を整え、水分を補給しないと登れない。以前は1回くらいの小休止で登れたが、今回は3回休んだ。

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 ここも毎回写真を撮っている場所で、先ほど歩いてきた伊豆熱川から片瀬白田までの海沿いルートが一望できる。

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 全長300mの白田トンネルでは1台の車とも出会わなかった。コースマップでは懐中電灯を持って歩こうと書かれているが、それがなくても十分歩行可能な明るさである。

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 トンネルを抜けると標高290m地点に到達し、ここからは下り勾配となり、伊豆稲取駅まで楽勝区間となる。気温も下がってきて汗もかかなくなってきたので上着を着て手袋をする。

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 稲取の漁港を高台から眺める。だいぶ日も傾いてきた。

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 すると突然、猿の鳴き声が響き出した。どうやら餌を巡って猿同士の喧嘩が始まったようだ。全部で10数匹いて、何匹かが路上にも飛び出してきた。私は猿と目を合わせないようにして足早にその脇を抜けていった。

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 16時15分、伊豆稲取駅着。江戸城の石垣はこの地方の石が使われたとのことで、駅前にも築城石という巨岩が置かれている。

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 今日はかなりアップダウンのある道を33kmほど歩いて来たが、平坦なつくばりんりんロードを40km歩いたときより疲れは少なかった。景色が変化に富んでいて飽きないことが大きな要因だろう。

2016年12月28日 (水)

第13回伊豆急全線ウォーク(伊豆熱川→片瀬白田)

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 伊豆熱川駅をスタートし、急坂を下って海岸沿いに出る。防潮堤の一部が開いていたので砂浜に降りてみた。やはりこういうところを歩くと爽快な気分になってくる。

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 海岸沿いを20分ほど歩き、白田川にかかる伊豆急の橋りょうの脇を進む。本当に線路が間近に見えるところで、電車が来たらものすごい迫力だろう。

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 14時05分片瀬白田駅着。まだ14時だが日が傾いてきた。

2016年12月27日 (火)

第13回伊豆急全線ウォーク(伊豆大川→伊豆熱川)

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 無人の伊豆大川駅で10分ほど休憩し、伊豆熱川駅へと向かう。気温も適度で比較的快適なウォーキングだ。

 いつも犬に吠えられる喫茶店「ライムライト」では、犬はいたが今回は吠えられることはなかった。今年は少し大きな犬だったから去年とは違う犬かもしれない。

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 伊豆北川駅は無人駅で、立ち寄らずに通過するルールとなっている。昨年までは駅前を通らずバイパスするルートだったのだが、今年は駅前を通ることになっている。この駅前にはご覧のような急坂があり、疲れた体にはとてもこたえる。全線ウォーク中でも斜度は最大だろう。

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 駅前でいったん平坦になったのも束の間、再び急坂になる。

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 その後は緩やかなアップダウンが続く。エリゼ熱川というリゾートマンションの脇を通る。平成3年完成のまさにバブル仕様だが、メンテナンスもよく老朽化は感じられない。

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 もうもうと湯気を上げている国民宿舎の前を過ぎ、13時20分伊豆熱川駅前に着いた。

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 この駅で伊豆高原→伊豆大川間のバッジと伊豆大川→伊豆熱川間のバッジと、合計2個もらうことになっている。

2016年12月26日 (月)

第13回伊豆急全線ウォーク(伊豆高原→伊豆大川)

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 10時ちょうど、伊豆大川駅に向けてスタートする。距離は8.9km、難易度はBとなっている。駅を出て踏切を渡り、対島川沿いを下っていく。このルートは以前逆から上ってきたことはあるが、下るコースは初めてだ。川の流れが非常に早い。

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 対島川が滝となって海に流れ出る手前から踏み分け道を進むようになる。伊豆急全線ウォークで舗装路でないところを行くのは珍しい。すると吊橋が現れる。

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 橋立吊橋と呼ばれる吊橋だ。先日渡った明石海峡大橋も同じ吊橋だが、あれはまったく揺れなかったが、ここは上下動が激しく、しっかり手すりにつかまりながら歩いていく。下は断崖絶壁でサスペンス劇場で自殺に見せかけた死体が見つかる雰囲気のところだ。

 吊橋を渡り終えた後も未舗装の道路が続き、しかも標識が十分でないので自分が進んでいる道が正しいのかどうか不安になる。こころどころ石段があるが角度も急で、足場も覚束ないところで、次の駅までは難易度がBとなっているが、これは間違いなくCだ。

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 20分ほど続いた来舗装路が終り、漁港周辺から上り坂を進み、国道135号線に出る。いつもお目にかかる八幡野観音の脇を過ぎる。伊豆高原の駅から真っ直ぐくればここまで10分で着くから、30分も遠回りさせられたわけだ。

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 騒々しい国道135号線沿いを進み、神社の脇から急坂を登る。その後、国道135号の旧道に合流し、高台を進んでいく。眺めのよいところのフェンスには、誰が開けたのかレンズを出せる穴が開けられていた。

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 伊豆大川駅には12時ちょうどに到着した。未舗装路があったことから距離の割りには時間がかかった。

 この駅は去年から無人駅になったが、伊豆北川や稲梓駅とは違って通過せず駅に立ち寄って乗車証明書を受け取ることになっている。

2016年12月25日 (日)

第13回伊豆急全線ウォーク(城ヶ崎海岸→伊豆高原)

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 一駅歩いて汗もかいてきたので上着を1枚脱ぐ。次の伊豆高原駅までは距離3.7km、難易度はAとなっている。来た道を少し引き返してから再び別荘地内を進んでいく。難易度Aの割りには結構アップダウンが多く、疲労してきた。

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 しかし距離が短いので、伊豆高原駅には9時50分に到着した。

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 伊豆高原駅では駅内のやまもプラザ内で一定金額以上の買い物をした人に特製の電車ピンバッジを全線ウォーク参加者向けに配布している。ところがその金額がショッピングでは2000円以上、飲食店では1000円以上と使わないと行けない。まだウォーキングの途中でお土産を買い込んだり、食事をしたりするわけにもいかないので、残念な思いであきらめることにした。

2016年12月24日 (土)

第13回伊豆急全線ウォーク(富戸→城ヶ崎海岸)

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 城ヶ崎海岸駅までは4.5km、難易度はBとなっている。朝一番のコースとしてはウオーミングアップのような区間である。

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 例年は駅を出て左に進むが、今年は右に出て踏切を渡り、線路際を進み急坂を下って海沿いに出るようになっている。

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 富戸漁港の手前から富戸駅方面を振り返ったところ。まだ気温は低く、風も冷たく、私は手袋をしたまま歩く。

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 富戸漁港周辺はダイバーの拠点にもなっていて、温泉丸と書かれた船が二隻、陸に用意されている。使わなくなった漁船を仕切ってお湯を引き入れ、お風呂にしているもので、ダイバーが冷えた体を温められるようになっている。裸ではなくダイビングスーツのまま入るようだ。

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 伊豆急の別荘地内を進む。桜並木の通りでシーズンはきれいだろう。ただ、桜の根が歩道を盛り上げるほど成長していて路面がデコボコして非常に歩きにくいので私は車道側を歩く。

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 9時ちょうど城ヶ崎海岸駅に到着。城ヶ崎海岸駅のウォーク受付時刻は9時からなのでちょうどよかった。駅員がおはようございますと声をかけながら駅舎の中から出てきた。

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2016年12月23日 (金)

第13回伊豆急全線ウォーク(富戸駅まで)

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 11月26日土曜日、2回目の伊豆急全線ウォークを行うことにした。あらかじめ予定をしていたわけではなく、前日の会社帰りに急に思い立っていくことにした。伊豆急全線ウォークのいいところは予約不要なことだ。急に思い立ってもいつでも行くことができる。今回は富戸駅から伊豆稲取駅までの33kmを歩く予定にしている。

 大宮発5時50分の上野東京ライン小田原行きでスタートする。こんな早朝でも普通車は立ち客も出る混雑で、私は14号車にようやく空席を見つけた。通常であれば終点まで乗り通すところだが、今日は長距離を歩くので、その時間を確保するため東京駅から新幹線に乗り換えることにしている。

 ところが日暮里駅付近を走行中緊急発報信号を受信し緊急停車した。上野駅1番線での「公衆立ち入り」が原因と判明し、当線には影響がないことが分かり5分ほどで発車した。東京駅での乗り換え時間が11分しかなかったので遅延が気がかりだったがギリギリ間に合った。

 東京駅6時33分のこだまの始発に乗車する。こだまの始発はかつては6時04分だったが、ずいぶんと遅くなったものだ。車中で軽く朝食を取り富士山を眺めつつ、7時16分熱海駅に到着した。

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 熱海では7時23分発の伊豆急下田行きに乗り換える。車両は東急8000系だ。海側がボックスシートで山側がロングシートという独特の座席配置だ。

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 富戸駅には8時01分に到着した。富戸駅はこの時間帯は無人で入場券を買うことができないのだが、私は既に全駅入場券セットを買ってあるので窓口が無人でも心配はいらない。

 

2016年12月22日 (木)

京浜急行、また車掌を置き去り

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 先日京浜急行花月園前駅で車掌をホームに置き去りにしたまま発車し、次の駅で生麦駅で運転士がドアが開かないことで、それに気付きました。たまたま生麦駅に車掌の資格を持った駅員がいたため、その人がそのまま乗務することになり、2分遅れで運行を再開したようです。

 京急の場合、車掌がドアが閉まったことを確認し、ブザーを鳴らし、運転士が運転を始めることになっていますが、運転士はブザーが聞こえたと錯覚したようです。

 京急では1年ほど前にも車掌置き去り事件が発生し、その時は乗り遅れた車掌が次の駅まで走って、その列車に乗り込んだようです。この時は5分遅れで運行を再開したようです。

 こういう事件、事故が起きるのは基本動作が徹底できていないことに原因があり、その再発防止が求められることは言うまでもありませんが、それにしても両方の場合も、わずか数分で運行再開できたとは、現場での素早い対応に驚きます。こういう現場力が今の時代に求められていると思います。

2016年12月21日 (水)

つくばりんりんロード全線ウォーク5

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 藤沢休憩所を出発し、終点までは残り8kmとなった。ここから先も基本的は田園地帯の中を道がひたすら真っすぐ続く。歩きやすいのだが退屈な区間でもある。ローラースケートで気持ちよく進んでいる人がいて羨ましくなる。

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 再び現れる工事による通行止めの看板。しかし看板だけでこの日は工事は行われていなかったので無視して歩く。舗装をし直したり、一般道路との交差地点の整備を行ったりしていて、これからもこのサイクリングロードを存続させていこうという動きで、地元の人の利用も多いのだろう。実際に歩いていると散歩をしている人が多い。

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 最後の虫掛休憩所では休まずに通過する。

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 このあたりからはようやく沿線に民家も現れてきた。

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 新土浦駅跡。ホームだけが残っている。

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 39kmのキロポスト。残り1kmだ。

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 常磐線脇のルートになる。

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 15時30分、終点に到着。40kmを歩き切った。休憩時間も含め約8時間で歩いたわけだ。平坦な道で楽なウォーキングのはずだったが、後半は景色の変化に乏しく、精神的にかなり疲労した。それにしてもフルマラソンと同じ距離を歩き通したわけだが、それを走り抜くマラソンランナーの体力には驚かされる。

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 今回のウォーキングでは鉄道の遺構は駅のホーム以外全く無く、そういったものを探そうとする向きにはもの足りないだろうが、鉄道の雰囲気を味わいながら足腰の鍛錬をするにはいいだろう。

 土浦駅から柏駅乗り換えで東武大宮駅に着いた。帰りの電車では疲労からほとんど眠って過ごした。

2016年12月20日 (火)

つくばりんりんロード全線ウォーク4

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 11時25分、筑波休憩所をスタート。途中にご覧のような小屋もあって休めるようになっている。気温も上がってきたので上着を脱いでウオーキングする。

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 常陸北条駅跡。

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 このあたりは桜並木の中を進む。シーズンには見どころとなるだろう。筑波鉄道時代には当然桜の木はなく、サイクリングロード整備とともに植えられたもので、木の根元には寄付をした人の名前が記されていた。

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 小田城跡で道はいったん迂回する。

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 大きな堀もある。このあたりで仰向けになって乗るリカンベントという自転車とすれ違った。

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 この付近からは田園地帯の中をひたすらまっすぐ進む道になる。景色の移り変わりに乏しいので歩いていても精神的に疲れる。平坦な道だから伊豆急全線ウォークよりずっと楽だろうと思っていたが大違いだった。

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 突然現れる通行止めの看板。この先サイクリングロード整備のための工事が行われているようだ。こんな田んぼの真ん中で打ち切られたら今まで歩いて来たものはどうなるのだろうか。

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 しかし日曜日のせいか工事の気配もなく、そのままあるき続ける。道は相変わらず真っ直ぐだ。

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 工事区間が現れたが、その隣の農道が通行可能だったのでホッとした。

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 14時ちょうど、ようやく藤沢休憩所が現れた。

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 周辺は黄葉がきれいだった。

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2016年12月19日 (月)

つくばりんりんロード全線ウォーク3

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   9時20分、9.9km先の筑波休憩所に向けてスタート。ここからは長丁場となる。

 道路との交差部分にレールが埋め込まれているところが数ヶ所ある。しかし、よく見るとレールではなく、鉄板をレール風に加工したものだった。

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 道は基本的に平坦なのだが、ところどころわざとアップダウンさせているところがあった。サイクリングロードの沿線の景色は基本的には農地で変化が乏しいから、こういったもので変化を付けているのだろう。

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 筑波山の方角を眺めるが、霧のせいで見えない。

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 ここもわざとアップダウンさせている。

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 途中2kmほど一般道路に完全に吸収された区間となった。

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 セブンイレブンのある交差点から再びサイクリングロードが始まる。

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 このあたりからようやく霧が晴れ、筑波山が姿を現した。

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 道路との交差部分。筑波鉄道が廃止になっても跨線橋はそのまま残っている。

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 11時10分、筑波休憩所に到着した。9.9kmを2時間弱で歩いたことになる。かつての筑波駅があったところで、今はバスターミナルやレンタサイクルステーションとして利用されている。

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 こちらは筑波駅の硬券入場券。この半月後に廃線になった。私は1983年に筑波鉄道に乗ったが、その後廃線間近の筑波駅に車でやって来てこの入場券を記念に買い求めた。

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 ここで昼食を取ることにした。伊豆急全線ウォークの場合はどこで食料を調達できるかは長年の経験でわかっているが、こちらは初めてなのであらかじめ用意してきた。最終的に分かったのは、先ほど見かけたセブンイレブンと、雨引・真壁間にあるファミリーマート、それから筑波休憩所の先にあるスーパーの3ヶ所しか沿線で食料調達ができる場所がなかったから、これから歩こうと思っている人はなるべく持参したほうがいい。それとドリンクの自販機も沿線にはほとんど見かけないのでこれも用意しておいたほうがいい。私もペットボトルを2本持ってきた。

 それと伊豆急全線ウォークの場合、駅に着くと駅員が応対し、ピンバッジなどをくれる際に「お疲れさま」などと声をかけられ励みになるのだが、このサイクリングロードは休憩所についても誰もいないので少し張り合いがないという部分もある。

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 次の藤沢休憩所までは12.4kmでコース中最長になっている。

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 駅の外れにはこのような石碑もあった。このあたりからは土浦市の管轄になるらしく、整備も行き届いている。

2016年12月18日 (日)

つくばりんりんロード全線ウォーク2

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 雨引休憩所ではほとんど休まず、次の真壁休憩所まで向かう。サイクリングロード沿いには駅以外の部分にはほとんど鉄道の遺構はないが、雨引休憩所を出てすぐのところにはまくら木と犬釘らしきものがあった。

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 こちらは東飯田駅跡と思われる。廃駅のうち主要駅は休憩所として整備されているが、そのほかの駅はホームだけ残っているようだ。

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 9時10分、真壁休憩所に到着。5.3kmを約1時間で歩いた。

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 休憩所周辺はご覧のように整備され、トイレも備えてある。

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 ここで小休止する。ベンチが昨日の雨で濡れていて、持参の日経新聞を敷いて、腰を掛ける。

2016年12月17日 (土)

つくばりんりんロード全線ウォーク1

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 11月20日、日曜日、筑波鉄道の廃線跡「つくばりんりんロード」を歩いてきた。筑波鉄道は常磐線の土浦から筑波を経由し、水戸線の岩瀬に至る40.1kmの路線で、今から30年ほど前の1987年に廃線になった。その跡がほぼ全てサイクリングロードとして再生されている。サイクリングロードとして残っているのだからレンタサイクルを利用して走ってみるのが本来かもしれないが、この周辺のレンタサイクルは乗り捨てができないようで、往復80kmも走らなければならない。私はかつて片上鉄道廃線跡しまなみ海道を自転車で走破したことがあったが、どちらの悲惨な目にあったので、自転車は鬼門のようだ。それで、今回は徒歩でたどってみようと思っている。距離が40kmにもなるが、伊豆急全線ウォークでは過去に1日で35kmくらい歩いたこともあり、かつこちらはほぼ平坦な道を行くので徒歩でも可能だろうと判断した。

 大宮駅発5時36分の宇都宮線でスタートする。発車の直前に3番線と4番線に2本の貨物貨物列車が同時進入するダイナミックな光景に出くわした。宇都宮線は下り始発電車だが飲み明かした客が多く、15両編成の車内はほぼ満席という状態だ。

 昨日の雨と気温が比較的高かったせいで宇都宮線内は霧が発生し、最高速度を60km程度に落として運行している。小山での水戸線乗り継ぎ時間が2分しかないので接続が気がかりだったが、水戸線は接続待ちをしてくれた。岩瀬駅には約5分遅れで到着した。

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 7時20分、岩瀬駅駅裏手からスタートする。大きなロードマップがある。

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 駅名標に似せた看板もある。次の雨引休憩所までは4.6kmとなっている。今回岩瀬から歩くことにしたのは、土浦と岩瀬では岩瀬のほうが約45mほど標高が高いので岩瀬からスタートしたほうがいくらかでも負担が少なくなるようにしたからだが、勾配にすると1000分の1だからほぼ平坦だ。

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 こちらがスタート地点。

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 昨日の雨で路面はまだ濡れている。濡れ落ち葉状態になっていて結構滑りやい。徒歩の人はまだいいが、サイクリストは要注意だ。霧もまだ残っている。

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 道のかたわらには距離標がある。これは鉄道のものではなく、サイクリングロードができたときに作られたものだ。まず1km歩いた。これが最終的には40kmになる予定だ。

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 これはアスレチック施設。こういうものが何ヶ所かある。

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 時おり散歩している地元の人や早起きのサイクリストとすれ違うが、それ以外はほとんど無人だ。緩やかなカーブがいかにも廃線跡らしい。

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 8時10分、雨引休憩所に到着した。ここにかつての雨引駅があり、今もホームが残されている。

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 岩瀬からの4.6kmを50分で歩いた。気温も低く、まだ疲れは感じない。

 

2016年12月16日 (金)

Suica現金チャージ専用機

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 大宮駅にもSuica現金チャージ専用機が設置されました。赤い機械で目立ちます。

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 右下の青く光る部分にSuicaを置くとチャージができます。従来の機械のようにいちいちカードを差し込む必要がないので、ケータイやスマホのSuicaにもチャージができます。技術的には難しくないはずなので、なぜ今までなかったのかという気もします。

2016年12月15日 (木)

バスタ新宿近くのイルミネーション

バスタ新宿近くのイルミネーション
クリスマスが近くなりバスタ新宿近くの通路がイルミネーションで飾られていました。

2016年12月14日 (水)

小田急4000形、大宮駅に現る

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12月10日夕方、大宮駅の留置線に小田急の4000形と思われる車両が3両待機していました。私鉄の車両がこんなところにいるなんて珍しいです。廃車にされるのでここまで回送されて来たのでしょうか。まだ廃車になるような車齢ではないと思いますが。それとも大宮工場で改造されるのでしょうか。わざわざ大宮に来なくても、小田急の工場で対応できないのでしょうか。

またどのような経路でここまで来たのかも気になります。千代田線、常磐線、武蔵野線と経由したのでしょうか。

疑問は尽きないのですが、いずれにしても今後の運命が気になります。

2016年12月13日 (火)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(帰路)

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 帰りは西明石からひかり号で東京まで帰る。少し時間があったので明石駅北口にある明石城公園に行ってみた。ちょうど菊の品評会が開催されていた。

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 高い石垣の間を抜けて天守に行ってみた。

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 眺めがよく、明石海峡大橋も見えた。

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 明石駅のベンチは列車の進行方向に対して直角になっている。こうすると酔っぱらいが線路に転落しにくいらしい。

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 明石から一駅で西明石に着き、ひかり号に乗り換える。

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 新幹線に乗れば何は無くともビールだ。先ほど昼食を済ませたばかりだし、まだ昼なのでレギュラー缶にしておく。

 このひかり号は名古屋まで各駅に停まるので最初のうちはそれほど混んでいなかったが、浜松、静岡と停車し、満席になった。

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 東京駅の乗り換え改札で3枚の乗車券類をまとめて投入する。

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 東京駅から再び新幹線に乗り換え、大宮には19時13分に到着した。今回は明石海峡大橋海上ウォーク、兵庫県内の廃線跡ウォークとウォーキング三昧だった。足腰が鍛えられたかどうかは別にして、いろいろ経験できて収穫の多い旅だった。

(これで明石海峡大橋海上ウォークの旅を終ります)

2016年12月12日 (月)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(明石焼き)

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 明石港で船を下りて3分ほど歩くとアーケード商店街になる。日曜日でお昼時で観光客や地元の客でにぎわっている。私はここで明石焼きを食べようと思っている。

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 下調べはしなかったが、行列をしている店が3つあり、その中で行列が1番短かった「かねひで」という店にしてみた。10分ほど待って入店。私は一人だったので見知らぬ人と相席になった。

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 明石焼き15個とたこ飯のセットで850円だ。最初はとてもあつあつだ。ひとつ食べたが、少し待ったほうがよさそうだ。その間にたこ飯をいただく。あっさりした味付けで、たこが柔らかい。そうこうするうちに明石焼きもようやく食べられる熱さになった。ふわふわとろりとした味わいだ。だし汁に付けるのではなく、ソースを塗って食べてもいい。

2016年12月11日 (日)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(明石まで)

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 明石海峡大橋海上ウォークを終え解散となる。橋から出たところは道の駅あわじになっている。道の駅でおみやげを物色したりしてから、11時30分発のウォーク参加者専用バスに乗り込む。

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 バスで岩屋ポートまで行く。5分ほどの距離だ。

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 ここから12時ちょうど発の高速艇で明石まで渡る。運賃は500円だ。フェリーではないが自転車やバイクも乗れる構造になっている。この船のほうが明石海峡大橋を走るより安いのだろう。船は二階建てになっていて、私は二階後部のデッキから橋を眺める。

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 先ほど渡ってきた橋なので感慨深い。今も後続の班が歩いているはずだが全く見えない。

2016年12月10日 (土)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(ウォーク2)

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 しかし不思議なものでしばらく歩いているとだんだん恐怖心が薄らいできた。他の参加者も同じようで歩くスピードも速くなってきた。舞子の街並みが遠くなり、1本目の支柱部分に到達し、ここで小休止となる。担当者の説明では橋の長さが約4キロで総工費が5000億円なので1メートルあたり約1億円ちょっとの計算になるとのこと。その重みを味わって歩くことにする。日本の人口は約1億2000万人なので国民一人当たりで計算すると4000円ということになり、意外と安い気もしてくる。

 小休止の後再び歩き出す。風もなく勾配も緩やかなので歩きやすい。吊橋とはいっても揺れは全くない。

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 橋の中央部に着き、対岸の淡路島も近づいてきた。

 このあたりから先は漁船も多く見えている。淡路島寄りのほうが良い漁場なのだろうか。

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 2本目の支柱部分でも小休止となる。

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 さらに淡路島が近づいてきて、11時05分に淡路島に到着した。途中の小休止も含め、約1時間20分で約4kmの海上部分を歩いた。これで本州から淡路島まで歩いて渡ることができた。私はかつて青函トンネル、関門人道トンネル、しまなみ海道をそれぞれ徒歩や自転車で渡ったことがあり、これで4つ目となった。大鳴門橋でもウォーキングイベントがあるようなのでいつか参加してみたいと思う。

2016年12月 9日 (金)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(ウォーク1)

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 まずアンカレイジのたもとに集合し、ここでヘルメットを着用して、階段で7階部分まで上がる。これが結構きつかった。伊豆急全線ウォークで鍛えているはずなのだが・・・。 7階に着き諸注意を受ける。

 このウォーキングは3倍の倍率だそうで、第1班は結局104名の参加となった。我々が歩く部分は4トントラックが通っても安全なところだが左右の手すりにはつかまらず真ん中を歩いてほしいこと、橋の上では荷物の出し入れは行わないこと、最初は怖いが慣れると速足になるのでゆっくり歩いてほしいことなどの注意が行われる。

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 7階部分のシャッターが開いて、いよいよスタートする。

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 格子状の鉄板の下は素通しで地面が見える。

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 足がすくみ、キン◯◯が縮み上がる感じになる。

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 すぐに海上部分になり、重心を落としてさらに恐る恐る歩いていく。

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 歩行部分の鉄板は頑丈なはずだが、その下は本当に何もないから万が一鉄板が腐食したりしていて踏み抜いたら、そのまま転落してしまうだろう。また両脇の手すりはすきまが大きいから、もし転んだら場合によってはそのすき間から海に落ちてしまう可能性もある。結構危険なウォーキングだ。

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 今日はほとんど無風だが、少しでも風が吹いていたら下から煽られる恐れもあり、これはなかなか怖いウォーキングで高所恐怖症の人は絶対無理だ。

2016年12月 8日 (木)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(ウォーク受付)

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 翌朝は姫路発7時44分の快速電車で舞子駅に向かった。姫路駅の姫新線と播但線の乗り場には中間改札を経て乗り換える構造になっていた。ICカードの関係だろうか。

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 明石海峡大橋海上ウォークの受付は舞子駅近くの「橋の科学館」で行われる。本ウォークは昨日と本日の2日に渡って行われ、各日それぞれ600名、5班に分けられている。私はこの日の第1班に当てられていて、8時45分から9時10分の間に受付を済ませるように連絡を受けている。8時35分頃現地に着いたが既に行列はあるが、まだ受付は始まっていないようだ。この時間を利用して周辺を散策してみる。

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 橋の様子。これからここを渡って対岸の淡路島までいくわけだ。近くの護岸では多くの釣り人がいる。

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 こちらは孫文記念館。日本最古のコンクリート造りの建築物でもあるらしい。

 8時45分定刻に受付が始まる。まず参加誓約書を渡し、次の人が代金2500円を受け取り、その次の人が諸注意の注意書を渡し、さらに次の人が記念のストラップを渡し、最後の人がスマホホルダーを貸与してくれる。スマホホルダーはスマホが橋から落下して船舶の航行に影響を与えないようにするために無料で貸与される。流れ作業で非常に効率がいい。ところで明石海峡大橋は車で渡るとETC割引で900円なので、自動車より歩行者のほうが高い料金になっている。

 受付を済ませるといったん解散となる。橋の科学館の無料入場券をもらったので中を見学する。総工費は5000億円、工期は10年、延べ210万人が工事に携わったとのこと。工事による死亡者はゼロだったそうだ。

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 館内を見学していると津波警報の訓練エリアメールが流れてきた。訓練のエリアメールは初めてで、緊急地震速報のような警告音ではなく、駅の列車接近メロディーのような音楽がスマホから流れた。周辺の人も同様なので結構大きな音量になった。

2016年12月 7日 (水)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(姫路駅前ユニバーサルホテル南口)

​ 今日は姫路に泊まる。明日は明石海峡大橋を渡るので、集合場所近くの明石か舞子に泊まるのが便利だが、この日の兵庫県はどのホテルもほとんど満室で、私は辛うじて姫路にこのホテルを見つけた。このホテルはまだ開業して1週間しか経っていない真新しいホテルだ。 今日は廃線跡を4か所もウォーキングしたりして万歩計の歩数は41000歩に達していた。 ホテルは姫路駅南口徒歩2分ほどの便利なところにあり、客室数は300を超える大規模なものだ。東横インなどは大きく ても100室くらいだろうから、ビジネスホテルとしては大規模なものだ。山陽電鉄の姫路駅からJR姫路駅の構内を抜け、17時少し過ぎにホテルに入った。

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 入り口には胡蝶蘭がずらりと並んでいて、開業直後であることをうかがわせる。

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 ところが中に入るとチェックインの客がずらりと行列しているのだ。目の子で数えて20人くらいはいるだろうか。待つのはイヤだが、チェックインしなければ中に入れないのだから仕方なく最後尾に並ぶ。チェックイン手続きに1人2分かかるとして20人だからのべ40分かかるわけで、それを4人のフロント係でさばいているから、私の待ち時間は10分と計算した。ところがオートロックのキーを閉じ込めた客やら、面倒な注文をしている客やらがいて、列が一向に進まない。結局20分以上待ってようやく自分の番になった。

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  私の部屋は最上階の15階だった。このホテルの構造は変わっていて、円柱形の造りで中央部に廊下があるのだが、その廊下は手すりだけで壁がなく、上まで吹き抜けになっているのだ。したがってエレベーターを降りるとマンションのような廊下が広がり、吹きっさらしで冷たい風が吹き込んでいるのだ。これなら建築費が相当抑え込まれるだろうし、廊下部分の空調もいらない。

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 下を覗くのが怖い。

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 ホテルの部屋はご覧の通りで、シングルルームなのに長いソファーがあるので便利だ。

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 ベッドがあるおかげで冷蔵庫のドアが完全には開かないのは設計ミスだ。

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 このホテルは夕食と朝食が無料になっている。朝食無料というのはよくあるが夕食無料は珍しい。食堂は1階のフロント脇にある。チェックインの行列はさらに伸びていて、ホテルの外にはみ出していた。

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 夕食は日替わり定食とカレーの2種類で、チェックイン時に決めることになっている。私はカレーにした。サラダバー、ドリンクバー付きだから、正規料金1泊5980円のホテルにしてはよくやっている。

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 食堂にはビールの自販機もあることに気付いたが、私はあらかじめ姫路駅で買ったビールで、食後に部屋呑みした。

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 こちらは朝食。朝6時半から食べられる。野菜は漬物だけで栄養のバランスがなっていないがお許し下さい。

2016年12月 6日 (火)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(山陽電鉄飾磨駅)

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 飾磨港駅跡から30分ほど歩いて、山陽電鉄の飾磨駅に着いた。

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 ここにはエキナカ商店街のようなものがあったが、ほとんど閉鎖されていてシャッター通りになっていた。エキナカでシャッター通りも珍しい。

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 山陽電鉄の飾磨駅は本線と網干線の分岐駅なのだが、その構造はなかなか面白い。2面3線のホーム構成で、中線には網干線が入るようになっていて、飾磨駅に着いた網干線の車両は両側のドアが開いて本線への乗り換えの利便を図っている。ここまではよくあるパターンだ。しかし網干線のホームは行き止まり式になっているのだ。こういう場合本線への乗り入れも考慮して、先へ抜けられる構造とするのが一般的なので珍しい。他の線にあるのだろうか。

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(行き止まりになっている中線。本線のホームがつながっているから、厳密に言うと2面3線ではなく1面3線ということか)

 飾磨からは直通特急でノンストップで山陽電鉄の姫路駅に向かう。こちらは頭端式の私鉄ターミナルらしい造りになっている。

2016年12月 5日 (月)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(国鉄飾磨港線)

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 手柄山交流ステーションの見学を終えて、山陽電鉄の手柄駅に戻る。手柄駅前から国鉄飾磨港線の廃線跡が始まっている。国鉄飾磨港線は正確には播但線の一部なのだが、姫路を境に運行形態が別だったため、姫路-和田山間の播但線と区別するため、飾磨港線と呼ばれていた。姫路駅から飾磨港までの5.6kmを結んでいて、私は1984年に乗ったが、1986年に廃止された。1日2本しか旅客列車が運行されない路線だった。飾磨港線廃線跡のうち、姫路駅から手柄駅付近までは一部が山陽電鉄に吸収されたりして面影がないらしい。

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 手柄駅前には看板があり、こここら廃線跡が始まることが記されている。

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 道路の幅やカーブの曲がり具合に廃線跡らしさを感じるが、それ以外の遺構は見当たらない。

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 かつての亀山駅跡。駅前の工務店の看板には未だに「国鉄亀山駅前」と書かれていた

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 またまた山陽電鉄をくぐる。今日の廃線跡ウォーキングは全て山陽電鉄をくぐった。

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 山陽電鉄をくぐるとイオンのショッピングモールが現れる。この辺りが飾磨駅のあったところ。

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 ここから先は遊歩道もなくなり、一般道路に飲み込まれていて、ほとんど廃線跡の雰囲気は感じられない。

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 こちらがみなとドームと呼ばれるところで、ここが終点の飾磨港駅跡になる。

2016年12月 4日 (日)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(手柄山交流ステーション)

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 国鉄高砂線の廃線跡を歩いた後、次に向かったのは姫路モノレールの車両が展示されている手柄山交流ステーションだ。 国鉄高砂北口駅跡は山陽電鉄の高砂駅に隣接していていて、そこから山陽電鉄に乗る。 以前山陽電鉄に乗った時はスイカが使えなかったが、今回は大丈夫だった。 山陽電鉄に30分ほど乗り、手柄山交流ステーションの最寄り駅手柄駅から10分ほど歩く。

 姫路モノレールの廃線跡は今から3年ほど前に歩いたことがある。その時の様子はこちら。 姫路モノレールは1966年開催の姫路博覧会の観客輸送を目的に運行が開始されたが、博覧会終了後は利用客が伸びず、1974年に廃止になってしまった。

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 その当時の車両が残されていて、数年前から無料で一般公開されている。

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 中の人形は昭和レトロな感じ。昭和の人々は外出時に着飾って出かけたものだ。

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 地元の老人介護施設の人々が見学に訪れていた。この施設はバリアフリーになっているようだ。

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 一般のモノレールはコンクリートの軌道をゴムタイヤで走る仕組みだが、姫路モノレールはロッキード式という鉄車輪と鉄のレールで走行する仕組みで最高時速は120kmを出すことも可能らしい。上部に走行用レールが1本、左右にそれぞれ走行安定用レールが1本ずつ、それから集電用のサードレール(4thレール?)が1本という構成になっている。

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 モノレールの模型。姫路駅を出発した車両がマンション内部にある大将軍駅に進入するところ。このマンションは取り壊されることが決まっている。

2016年12月 3日 (土)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(国鉄高砂線)

​  国鉄高砂線は山陽本線の加古川駅から野口駅を経て高砂駅までの6.3kmを結ぶ線で、私は1982年11月に乗ったが、1984年に廃線になった。 加古川駅から野口駅までの区間は一般道路に吸収されほとんど面影がないらしいので、私はこの野口駅から高砂駅までを歩くことにしたが、野口駅からしばらくは同様に一般道路に吸収されている。

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 野口駅の次が鶴林寺駅で近くにその名の寺がある。寺の近くには蒸気機関車が保存されていた。

 鶴林寺駅からも一般道路に吸収されていて廃線らしさはない。途中から歩道がなくなり歩きにくい上に、またツーデーマーチの人たちが前からやってきて、その人たちをよけあいながら進んでいく。

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 三たび山陽電鉄の下をくぐる。

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 そのすぐ先が尾上駅跡になる。

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 その後、しばらく山陽電鉄に沿って歩く。

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 このような鉄橋もどきがあり、鉄板がペコペコしていて、踏み抜きそうでコワイ。

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 加古川の堤防に来ると廃線跡は途切れる。川には橋台も見当たらない。500mほど下流の橋を渡り、反対岸に向かう。

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 反対岸からは整備された遊歩道が続く。かつての高砂北口駅跡。自転車置き場になっている。

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 高砂北口駅を過ぎると、突然転轍機が現れ、廃線跡ウォーク感が増してくる。

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 右に行くと高砂北口駅跡、左に行くと国鉄高砂工場への引き込み線になる分岐場所。廃線跡自体が分岐しているのは珍しい。

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 これが高砂駅跡。車輪が駅跡を示している。野口駅側はほとんど廃線らしさは感じられなかったが、高砂寄りは遊歩道が整備され、手軽に廃線ウォークを楽しめるようになっていた。

2016年12月 2日 (金)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道野口線)

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 別府鉄道には先ほど歩いて来た土山線とは別にもう一つ野口線3.7kmというのがある。ここ別府港から国鉄高砂線の野口駅まで至る線でこれも1982年1月に乗った。

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 別府港駅から今来た道を少し戻ると山陽電鉄別府駅近くから松風こみちという遊歩道が始まる。これが野口線の廃線跡だ。

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 道路が民家やマンションの間に不自然に存在しているのでいかにも廃線跡らしい。

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 ここは道路との交差部分にレールが埋め込まれたままになっている。レールの本数が多すぎる。

 その後再び国道250号線が現れ、ここも片側の車線だけが高架になっていた。

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 国道をくぐると大勢のウォーキング集団とすれ違うようになった。どうやら今日と明日は加古川ツーデーマーチというのが開催されていて、ここがルートになっているようだ。この集団は約30分間に渡って向こう側からやってきた。遊歩道いっぱいに広がって歩くので非常に歩きにくい。多勢に無勢で私は前からやって来る人たちとぶつかりながら歩いていった。

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 途中の公園で別府鉄道のキハ2号が展示されていた。窓ガラスは破れてベニヤ板でふさがれ、色もピンクに塗られて現役時代の面影はなく、惨めな姿をさらしていた。

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 ようやくウォーキング参加者とすれ違わなくなり、終点の野口駅に着いた。

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 これがかつての野口駅。別府鉄道の野口駅は国鉄高砂線の野口駅のホームを間借りするように存在し、1面のホームの片側が高砂線、もう片側を野口線が使用していた。無人駅だったが、私鉄のターミナル駅で無人駅とは珍しい。

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 駅跡にはディーゼルカーの台車が野ざらしで展示されていた。車輪や車両の展示はよくあるが、台車の展示とはマニアックだ。すっかり錆び付いていたのは残念だ。

2016年12月 1日 (木)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道土山線2)

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 播磨町郷土資料館を後にして歩を進める。ここから先は一般道路に飲み込まれて廃線の雰囲気が全くなくなる。

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 道路の傍らに突然現れる別府鉄道の貨車。農業用倉庫として利用されているのだろうか。

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 国道250号線の立体交差。この高架橋は橋台は上下線分あるのだが、上り車線だけが高架になっている。片側の立体交差が完成した後、別府鉄道が廃線になったので、残りを高架にする必要がなくなったためらしい。このあたりにかつての中野駅があったようだが面影はない。

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 新幹線(真上)と山陽電鉄(奥)の下をくぐる。新幹線のほうは痕跡がないが、山陽電鉄のほうは車が1台通れるだけの幅しかないのでいかにも廃線跡らしい。この交差の具合からして山陽電鉄より別府鉄道の方が開業が古いのが分かる。鉄道では後から開業した方が高架や築堤でまたぐのがしきたりだからだ。

 山陽電鉄をくぐった後、廃線跡は緩いカーブが続くが、その後は大通りに吸収され、痕跡も雰囲気もなくなる。

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 こちらが別府鉄道の別府港駅があったと思われるところ。今はずいぶん開けたところだが、32年前に来た時は何もなかった印象がある。

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 こちらが1984年1月に訪れたときの写真。

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 こんな乗車券を購入した。1月1日に来たのであった。乗り鉄は元日も忙しい。

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