ただいまの時間

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

『ミスターKの乗り鉄日記』の過去の記事はここから調べられます

ミスターKの乗り鉄旅日記ランキング

アクセス情報

無料ブログはココログ

« 明石海峡大橋海上ウォークの旅(西明石まで) | トップページ | 明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道土山線2) »

2016年11月30日 (水)

明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道土山線1)

​ 今日は4つの廃線跡を歩く予定になっている。まず別府(べふ)鉄道土山線から始める。別府鉄道土山線は山陽本線の土山駅から分岐し別府港に至る4.1kmの路線で、私は1984年1月に乗車したが同月末に廃止になった。別府鉄道は親会社の多木化学の薬品輸送のために設立された鉄道だが、国鉄土山駅が貨物の取り扱いを止めることになったため、廃止せざるを得なくなった。その廃線跡が整備され遊歩道になっている。ここ数日はかなり気温が低い日が続いたが、今日は小春日和でウォーキングにはちょうど良い。

Dsc00496_r

 こちらが駅前の駐輪場。このあたりに別府鉄道の駅があったと思われる。

Dsc00501_r

 駅から200mほど行ったところにマンションがあり、その前から遊歩道が始まる。入り口のアーチには蒸気機関車が描かれている。

Dsc00507_r

 適度な幅で緩やかなカーブを描くのが廃線跡の特徴だ。

Dsc00504_r

 遊歩道の植え込みに多くの歴史上の出来事が記してある。その板を支える棒ががレールになっていた。

Dsc00513_r

 遊歩道を進んでいくと喜瀬川に至る。この橋は吊り橋だから後年架け替えられたものと思われる。古い橋台は残っていなかった。

 この橋を渡ると大中遺跡公園に入る。大中(おおなか)遺跡は1962年に地元の中学生によって発見された弥生時代後期の遺跡で、竪穴式住居なども復元されている。

Dsc00519_r

Dsc00522_r

3

 その一角に別府鉄道の車両が展示してあった。屋根が付いているので保存状態は悪くない。3枚目の写真は私が1984年に乗ったときのもの。

Dsc00531_r

 展示車両の隣には播磨町郷土資料館があり、遺跡の出土品とともに、別府鉄道の資料も展示されていた。

« 明石海峡大橋海上ウォークの旅(西明石まで) | トップページ | 明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道土山線2) »

旅日記」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、別府鉄道ですか、私も1980年前後に2回ほど訪問したことがあります。
2輌あった客車のうち、公園に保存されていたのはハフ5ですね。
私は2回とも古典的客車で知られたハフ7でした。車掌が冗談半分に「古いので、いつ壊れても不思議で無いから、いつでも逃げ出せる体勢で乗務している」と語っていたのを思い出します。

京葉ラインさん、こんにちは。

1両の客車を1両のDLが牽引するのどかな列車でしたね。スピードも遅かったはずでづから、飛び降りても怪我もなかったかもしれませんね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521408/64549495

この記事へのトラックバック一覧です: 明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道土山線1):

« 明石海峡大橋海上ウォークの旅(西明石まで) | トップページ | 明石海峡大橋海上ウォークの旅(別府鉄道土山線2) »