ただいまの時間

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

『ミスターKの乗り鉄日記』の過去の記事はここから調べられます

ミスターKの乗り鉄旅日記ランキング

アクセス情報

無料ブログはココログ

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

2016年6月30日 (木)

森林公園検修区ツアー(車庫線)

Dsc05067_r

 10時12分、森林公園につき、いよいよ車庫線に入る。本線から分岐していく。

Dsc05076_r

 いったん建屋の中に入る。

Dsc05081_r

 ピットも設けられている。この時は気が付かなかったが、この中に先日脱線事故を起こした車両が待機していたらしい。

Dsc05097_r

 そこを出ると洗浄線の通過になる。railwayさんの話によれば東武の車両はドアのゴムの部分が鉤の手にかみ合うようになっているので、水が浸入しにくい構造になっているとのこと。

Dsc05111_r

 車庫線が広がる。

Dsc05112_r

 右手に再び本線が近づいてくる。

Dsc05114_r

 電車はゆっくりと走り、森林公園駅から約10分で乗降用ホームに着いた。これで車庫線乗車という目的は達成された。

2016年6月29日 (水)

森林公園検修区ツアー(車中)

Dsc05033_r

 ホームに入線してきた車両はフライング東上号と呼ばれるもので、車内は有料列車として運行される時はクロスシート、それ以外はロングシートになる車両だった。

Dsc05034_r

 6号車の客は全部で30人弱くらいで余裕がある。私はrailwayと並んで座る。

 9時15分定刻に発車。沿線には撮り鉄の姿が多い。いつも思うことなのだが、撮るより乗る方がずっと楽しいと思うのだが…。撮り鉄の人は本当に一瞬に掛けるわけで、その苦労は素晴らしい。

 車内放送では女性のアシスタントが東武マメ知識のようなものを適宜放送してくれる。

Img_1369

 車内では後ろの車両からグッズ販売が始まる。私は最近はこういうものに興味がなくなったが、フライング東上号のマグネットクリップがあったのでそれを買った。300円だ。

Dsc05047_r

 その後、9時40分駅弁が配られる。森林公園着は10時20分だから結構慌ただしいとともに昼食にしては早過ぎる時間だ。私はこの駅弁のため朝食抜きでやって来た。

 駅弁の容器にかかっている掛紙とは別に、折られていないサラの掛け紙も配られた。

Dsc05048_r

 駅弁の中身はチキンライスにとんかつ、エビフライなどで、こういうタイプの駅弁は私の好みだ。チキンライスは東京駅のチキン弁当よりしっとりしていておいしかった。

2016年6月28日 (火)

森林公園検修区ツアー(出発まで)

Osirase_160513

  東武鉄道の森林公園検修区に乗り入れる列車が6月12日に運行されることになった。渡り線、連絡線マニアにはたまらない列車だ。その情報を得るやさっそくインターネットで予約した。

 この列車は午前、午後それぞれ1本ずつ運行される。午後の便には東武博物館の名誉館長や鉄道アイドル渡部史絵さんも乗車するらしいが、私としては少しでも早く乗りたい気持ちがあるので午前の便にした。乗り歩き仲間のrailwayさんも午前便を予約したようだ。

 このツアーの代金は大人ひとり7000円となっている。お弁当や記念のレプリカヘッドマークなどが付くからだが、池袋・森林公園間の運賃が720円だから相当に高い。そんなものはいらないのでもう少し安くしてほしいというのが正直なところだ。年少者のファンも多いだろうから、手軽に利用できるツアーを考えてほしい。しかも、せっかく出る駅弁も森林公園検修区内には食べるスペースがないとはどういうことだろう。

Dsc05025_r

 列車の発車は9時15分なのだが集合は8時00分となっている。ずいぶんと余裕を持った集合だ。私はほぼ定刻に到着したが、既に5〜60人行列していた。名前の50音で「あ行からさ行まで」とそれ以降に分かれて並ぶのだが、なぜか「あ行からさ行まで」の列のほうが倍くらい長い。私はKなので長い方の列に並ぶ。

 首からぶら下げる名札や資料をいただく。私は6号車だった。8時45分に改札前に集合とのことでいったんフリーになる。

 集合時刻になり、改札前で列に並んでいると、私の数人後ろにrailwayさんがいるのに気付き挨拶をする。ブログやメールでは絶えず連絡を取り合っているが、お会いするのは1年半ぶりくらいだ。

2016年6月27日 (月)

松原団地駅改称される

松原団地駅改称される
東武スカイツリーラインの松原団地駅の駅名が今度「獨協大学前(草加松原)」と改称されることになりました。松原団地は今から50年以上も前にできた大規模団地のハシリで総戸数は6000戸を数えます。しかし最近は老朽化に伴い建替えも始まったことから、大学名と国の名勝に指定されている草加松原を併用することでイメージアップを図るようです。獨協大学でイメージアップが図れるのかというギモンはさておいて、松原団地の名前が消えるのは寂しさがあります。

というのも私は1歳から4歳にかけて3年ほど松原団地に住んでいたのです。当時は団地に住むことがステイタスで、父はいろいろな団地に10回くらい申し込んでようやくここの抽選に当たったようです。間取りは3K、ステンレスのキッチンや風呂、トイレが付き、ベランダもある文化生活でした。それまで六畳一間の借家に住んでいた我が家は一挙に3倍の広さの家に引っ越したのです。しかし、家賃は相当高かったみたいです。

まだ物心が付く前なのでほとんど記憶はありませんが、4階建ての4階に住んでいたこと、土地が低いため大雨が降ると道路が冠水したことなどは覚えています。買ってもらった三輪車で団地の中を駆け回っては迷子になっていたらしいです。

そんな思い出の団地も完成から50年以上経つので、私と同様に老朽化が進んだようです。名前を変えてイメージアップするのもいいかもしれません。

2016年6月26日 (日)

新幹線鉄道開業50周年記念百円クラッド貨幣セット

Img_1222_r

Img_1223_r

こちらは造幣局の通信販売で購入した「新幹線鉄道開業50周年記念百円クラッド貨幣セット」です。右上が北海道新幹線で、秋田、山形、九州と記念の百円硬貨が並びます。昨年発売されたものの第2弾で、ケースに入って1400円です。北海道新幹線はコインを見る限りはH5系なのかE5系なのか分かりませんが、説明書きではH5系となっています。

2016年6月25日 (土)

北海道新幹線初乗り紀行(グランクラス)

Dsc04913_r

 今回はグランクラスに乗車している。グランクラスの最大の楽しみは食事とお酒だ。まず最初におしぼりのサービスがあり、その後順次食事のサービスが始まる。アテンダントは2人体制になっている。私は前から3列目に座っているが、食事サービスが最前列と前から3列目から始まったので、一番最初にやって来た。前に北陸新幹線のグランクラスに乗った時は後ろのほうの席だったのでやってくるのが遅くイライラしたものだ。

Dsc04933_r

 食事は和洋選べるが、私は和食をチョイスした。函館の駅弁業者みかどの製造だ。それとスパークリングワインをいただく。食事といってもボリュームは少ないので私は自分でおつまみも用意してきた。

Dsc04968_r

 次はワイン、そして最後に日本酒をいただく。日本酒は新十津川の金滴酒造の「金滴」という銘柄だった。今回のダイヤ改正で新十津川への列車は1日1本に減らされたのに、新十津川はグランクラスの日本酒としては返り咲いたようだ。

Dsc05020_r

 食後にはコーヒーもいただき、列車は早くも盛岡に着いた。ここで後ろにこまちを連結するのでその様子を眺めに行く。グランクラスのすぐ後ろで連結するのだ。

 盛岡を発車するとお酒と3日間の疲れで睡魔に襲われ、北上を過ぎてから郡山を通過するまで居眠りをして仙台も気付かなかった。グランクラスは寝心地もよい。新函館北斗から3時間49分で大宮に到着し、3日間の旅は終わった。

 今回の旅では新規開業区間である北海道新幹線と札幌市電に乗車でき、日本の鉄道全線完乗のタイトルを奪還できたことが大きいが、トロッコ系も2ヶ所で乗車できたり、北海道の雄大な景色を飛行機から堪能できたりと、とても有意義な旅だった。

 これでは北海道新幹線初乗り紀行を終了します。

2016年6月24日 (金)

 北海道新幹線初乗り紀行(北海道新幹線)

Dsc04915_r

 いよいよ今回の旅のメインイベント北海道新幹線の初乗車になった。11番線で到着を待つ。入線は発車の5分前だった。このあたりはもう少し余裕を持てないのだろうか。車両はJR東日本のE5系だった。私はグランクラスを予約してあるので最後部から乗り込む。警備員にシャッターをお願いする。

 車内は8割がたの乗車でみなわざわざグランクラス乗りたくてやってきた人たちばかりだろう。私は進行方向左側の1人席を予約済みだ。

Dsc04922_r

 16時17分定刻に発車した。列車はあっという間に加速する。もう少しゆっくり走って北海道の自然を堪能させてくれないかという気持ちだ。それと防音壁が高いのも少し残念で意外と景色が楽しめない。

 JR北海道車掌によるていねいな放送が始まり、北海道新幹線の開業を実感を強くする。北海道民にとってはこの新幹線の開業は待ちにまったものだろうし、JR北海道社員にとってもそうだろう。

Dsc04951_r

 私が初めて北海道に行ったのは1983年でその時は青函トンネルもなく、夜行列車と青函連絡船を乗り継いで18時間くらいかけて行った。それが今は最速4時間2分で行けるのだ。4時間もかかると批判的な論調もあるが昔を思えばなんでもない。

Dsc04959_r

 今朝来た木古内駅にはわずか12分で到着した。この先在来線と合流するのだがスピードが速すぎてその様子はわかりづらかった。2本待避線が見えたからここから貨物線と合流し、青函トンネルに入るのだろう。

 青函トンネル内は最高時速が140kmに抑えられているのでずいぶんとゆっくり走っている印象だ。私は進行方向左側に座っているのでトンネル内で貨物列車とすれ違ったかどうかは分からなかった。

Dsc04977_r

 青函トンネルを抜け、本州に上陸した。貨物線の分岐が見える。

Dsc05002_r

 しばらくすると陸奥湾が見えている。かつてはここを青函連絡船で渡ったのだ。

 17時20分新青森着。ここで乗務員がJR北海道からJR東日本に変わる。ここからのアナウンスは感情のかけらもないそっけないもので鉄道会社が変わったことを実感する。

2016年6月23日 (木)

北海道新幹線初乗り紀行(新函館北斗駅)

​  新函館北斗駅には14時33分に到着し、すぐにはやぶさ26号が接続する。乗り換えは階段の昇り降りがなく平面で行われる。これは便利だ。ということは新函館北斗駅は新幹線の駅には珍しく地平駅になるわけだ。 私は駅の観察をしたいので接続便には乗らずいったん改札を出る。

Dsc04879_r

 まず裏口に出てみた。木古内駅も閑散としていたがそれ以上だ。

Dsc04878_r

 駅前には牧場があり、馬が放牧されているのだ。こんな新幹線駅は初めてだ。

Dsc04884_r

 こちらはメインの出口。コンコースからは絶景が広がる。

Dsc04882_r

 駅の中は観光案内所や土産物屋があるが、函館駅に比べると規模がずっと小さい。おみやげを買う人はここより函館駅で買ったほうが品ぞろえも多い。

 私は駅1階にあった北斗市のアンテナショップでおみやげを買った。一般にアンテナショップというと地方自治体が情報収集を兼ねて大都市に設置するのが通例で、北斗市が北斗市にアンテナショップを設置してどういう意味があるのだろう。

Dsc04888_r 

 駅前には三橋美智也の碑があった。北斗市の出身らしい。

Dsc04895_r

 乗る列車にはまだ時間があるが行くところもないので私は改札内に入った。小さな待合室があるだけでゆったりくつろげるスペースはなかった。

 駅の構造は発車は11番線、到着は12番線が利用されている。したがって下り新幹線で到着した客は在来線との乗り換え時に階段の昇り降りが生じる。どうせ運行本数が少ないのだから到着列車も11番線を使用し、必ず平面での乗り換えができるようにはならないのだろうか。

Dsc04902_r

 こちらは札幌方を眺めたところ。早く札幌まで延長してもらいたい。私が生きているうちに実現されるのだろうか。

2016年6月22日 (水)

北海道新幹線初乗り紀行(新函館北斗駅まで)

Dsc04836_r

 函館駅からは14時14分発の函館ライナーで新函館北斗駅に向かう。車両は3両で3ドアロングシートの電車だ。すでにホームには行列ができている。これでは座れそうにない。私は運転席後部に立ってかぶりつきを楽しむことにした。

 発車間際には通路までいっぱいになった。日曜日の午後なので一番混むのだろう。運転台はツーハンドル車で最近の電車では珍しい。

 車内アナウンスではこの電車の行き先を「新函館」と放送している。北斗市民が聞いたら激怒するだろう。新函館北斗駅は函館市になく北斗市にあるので「北斗」をぜひ入れて欲しいと強い要望があったからだが、そもそもそれ以前の問題として自社の駅名は正確に放送して欲しい。

Dsc04856_r

 五稜郭を出ると新函館北斗まで止まらない。北海道新幹線開業に伴い、新函館北斗駅と函館駅の間に快速のシャトル列車が運行されることになり電化されることになったわけだが、わざわざこの区間を電化する必要があったのだろうか。この先将来的に東室蘭まで電化する計画があるならいざ知らず、新幹線が札幌まで延伸されたら、ここも平行在来線として切り捨てられるのだろう。しかも貨物列車の電気機関車付け替えも五稜郭のままだし、新型の電車まで投入する意味はないだろう。また仮に電化するとしても、新車を投入するのではなく、余剰になった789系を活用する余地はなかったのだろうか。

Dsc04861_r

Dsc04863_r

 そんなことを考えながら、列車は定刻に進んでいき、左手から北海道新幹線が近づいてくると、快速列車は新函館北斗駅に新設された行き止まりの切り欠き線に入線した。

Dsc04870_r

 車内はこんな感じのロングシート。

2016年6月21日 (火)

北海道新幹線初乗り紀行(函館駅まで)

Dsc04818_r

 トロッコを乗り終え、約40分ほど歩いて木古内駅まで戻る。これから乗る道南いさりび鉄道の発車まで40分ほどあるので、駅前の道の駅で時間を過ごす。

Dsc04810_r

 中はとてもにぎわっている。BGMでは北海道新幹線のイメージソング、GLAYの「Supernova Express 2016」がかかりまくっている。

Dsc04816_r

 この道の駅で人気ナンバーワンの「北海道北の豆あんぱん」を買って食べてみた。1個200円だ。小豆が表面にびっしり張り付いていてごろごろとした食感が珍しい。

Dsc04817_r

 道の駅にレンタサイクルがあった。これを知っていれば楽だった。

6446_r

 木古内発12時33分の道南いさりび鉄道で函館に戻る。かつての改札口に新しい券売機が設置されている。私の前でおばあさんが切符を買おうとしているが、うまく操作できていない。函館までの切符を買おうとしているのだが紙幣が戻ってきてしまうのだ。私も手伝ってみたがうまくいかない。機械は最新式のタッチパネル型なのだが、どうやらお札が2枚入らないようだ。函館までの運賃は1110円なのでこれでは不便だ。五千円札と一万円札も使えないのも困りものだ。結局お札と硬貨を入れてようやく購入できたが、そのおばあさんは「こんなに分かりづらいのでは鉄道は乗れない、これからはバスにする」と言っていたがとその通りだろう。高齢化が進む世の中で、高齢者が利用しにくい公共交通機関では存続が危うい。

 切符の購入を手伝ってあげたおかげで、このおばあさんは私にあれこれ話しかけてきた。東京の孫が修学旅行で函館に来ているのでこれから会いに行くと言っていたが、さらに息子の話やらなにやらで話が止まらなくなってきた。困ったなと思っているとホームで知り合いを見つけてそちらに合流してくれた。

 帰りは1両編成だが、駅ごとに客が乗っててまずまずの乗りだ。日曜日だから函館に遊びに行く若い人が多い。

2016年6月20日 (月)

北海道新幹線初乗り紀行(道南トロッコ鉄道3)

Dsc04763_r

 強風やトロッコの修理といった想定外の事象があり、ようやく11時頃に乗れるようになった。

Dsc04765_r

 コースはここから北方向に500メートルほどの北鶴岡までの往復になる。右手に見えるのがかつての渡島鶴岡駅ホーム。この周辺は山形県の鶴岡藩から入植した人が多かったので、鶴岡の地名が使われているようだ。

 車両は足こぎ式の自転車だ。担当者からブレーキ操作などを教わってスタートする。こういうトロッコの場合たいてい係員が折り返し地点にいて転車の操作をしてくれるのだが、ここではトロッコの後部座席に担当者が乗り込み、その人が向こうで転車操作して再び乗って帰ってくるようになっている。したがって、ずいぶん重たいトロッコになる。線路は緩い上り勾配になっている。

Dsc04772_r

Dsc04779_r 

 ゴロゴロと進み、折り返し地点の北鶴岡駅に着く。ここでいったん下車し、担当者が無人になったトロッコを転車台で回転させる。

 再び乗り込みスタートする。今度は向かい風の影響で進みが悪い。後ろの人が重い影響もあるだろう。

Dsc04782_r
こちらは帰りの様子

Dsc04789_r

Dsc04791_r
スタート地点に戻ってきたミスターK。いい年をしてVサインとは工夫が足りない。

Dsc04795_r
次の便は子供二人だ

Dsc04803_r
後ろに乗っているのがスタッフの男性

Dsc04806_r
 姉妹で楽しそうだ

 トロッコの故障で全線に乗れなかったのは残念だが、江差線の廃線跡を活かそうと取り組んでいる人たちを知り、清々しい気持ちになれた。次の機会には全線に乗ってみたい。

2016年6月19日 (日)

北海道新幹線初乗り紀行(道南トロッコ鉄道2)

Dsc04762_r_2

 いかりん館の見学を終えて再びトロッコ乗り場に向かう。30分で乗れるようになるはずだったが、まだ何か作業を行っている。どうやら昨日の運行でトロッコが壊れて、その修理作業を行っているようだ。

 しばらくその様子を眺めていると女性のスタッフが声をかけてきて、中でお待ちくださいと言われる。切符売り場があり、その中で待たせてもらうことになった。

 このトロッコの運行は天の川プロジェクトというメンバーの人たちが行っていて、そのメンバーはかつて江差線活性化のため「天の川駅」という施設を設け、江差線存続に向けた取り組みを行っていたとのこと。そういえば8年ほど前に江差線に乗った時、どこかの駅の近くにそんな建物を見かけた記憶がある。ところがその苦労も虚しく江差線は廃線になり、そのメンバーたちが廃線になった江差線の線路だけでも残す方法はないかと考え、このトロッコの運行を始めたとのこと。したがってトロッコの運行経験はなく手探りの状態らしい。

  発注したトロッコには不具合があり、開業に間に合わせるために美深や狩勝高原のトロッコを借りて運行を行っている。その借り物のトロッコも昨日壊れてしまい、残る1台を修理して運行を行うようだ。そのため今日は電動アシスト車両が運転できず軌道自転車のみの運行なので全線の半分の区間しか乗れない。ちょっと残念だがまた来る楽しみができたということでもある。 私のように乗ったらおしまいという自分勝手な人間とは違い、このように地域の発展のために尽くしている人たちがいることに感動した。

Dsc04830_r

Dsc04832_r

 トロッコの乗車料金は500円だがそれだけでは申し訳ないので、私は記念切符、絵葉書、缶バッジなどを買って活動に協力することにした。

2016年6月18日 (土)

北海道新幹線初乗り紀行(いかりん館)

Dsc04761_r

  トロッコのスタッフの指示で時間調整でいかりん館に行ってみた。見学は無料のようだ。入り口で名簿に名前を書いていると、「どちらからいらっしゃいましたか」と担当者から声をかけられる。「もしよろしければ中を案内します」と言われるが、特に興味があってきたわけでないので、「自分で見学します」と返事をする。

Dsc04757_r

 入口には大きなイカリがある。この近くでは沈没した船のいかりらしい。すでにすっかり錆び付いている。これがいかりん館の名前の由来だろう。

Dsc04744_r

Dsc04750_r

 その奥へと進むと江差線コーナーというのがあり、江差線の車両のヘッドマークや数々のグッズ類が展示されている。資料も豊富で意外と充実している。

Img_1153_r

 またまた先ほどの係員がやってきて、「今、入鋏体験をやっています」と声をかけて来た。昔ながらのパンチで自分でD型入場券に入鋏できるのだ。

Dsc04756_r

 そんなこんなでいかりん館の見学を終えようとして、もう一度例のイカリを見る。説明文を読むとはなしに読んでみると、なんとこのイカリは勝海舟や福沢諭吉、ジョン万次郎などを乗せて太平洋を渡ったあの咸臨(かんりん)丸のイカリだったのだ。その由緒ある咸臨丸は晩年は貨物輸送に従事し、江戸から小樽に向かう途中、操船ミスで木古内のサラキ岬沖で座礁し、その後沈没したのだ。昭和59年に海底からイカリが引き上げられ、最近の研究の結果、このイカリが咸臨丸のものである可能性が高いと判明した。

 たまたま訪れた郷土資料館でそんな由緒のあるものにお目にかかれるとは想像だにしていなかった。強風のおかげに感謝だ。

2016年6月17日 (金)

北海道新幹線初乗り紀行(道南トロッコ鉄道1)

​   木古内では道南トロッコ鉄道に乗ることになっている。 道南トロッコ鉄道は江差線の廃線跡を利用したトロッコで今年の3月に開業した。railwayさんから教えてもらうまではその存在を知らなかったので当初は木古内ですぐ引き返す予定だった。

 乗り場はかつての江差線渡島鶴岡駅のところにありバスでも行けるが、バスの時間まで1時間以上もあるので歩いて行くことにした。風が非常に強く寒い。

Dsc04724_r

 こちらは津軽海峡線の踏切からの写真。ここで江差線が分岐していた。

Dsc04730_r

 こちらはこれから乗るトロッコの終点。ここは折り返しだけで乗降は取り扱っていない。

Dsc04728_r

 ここからは北海道新幹線も見える。木古内に8時50分に着くはやて93号がちょうど通過したが、屋根しか見えない。

Dsc04738_r

 9時頃にトロッコ乗り場の前に着いた。トロッコの運行は10時からだがすでに順番待ちの人たちでごった返しているのではなかろうかと勝手に想像していたが順番待ちはおろか、スタッフすら来ていなかった。

Dsc04740_r

 乗り場の近くに東屋があったのでそこで待機する。9時15分頃、ワゴン車が一台やってきた。スタッフだろう。そのあと別のトラックもやってきた。これも関係者に違いない。準備が始まったようだ。その様子を眺めていると、先ほどの道南いさりび鉄道で写真を撮りまくっていたカップルが自転車でやってきた。どこかでレンタサイクルを借りたのだろう。彼らもトロッコに乗りに来たのかと思ったら、何枚か写真を撮った後にどこかへ行ってしまった。同じ鉄道ファンでも趣味の対象が違うのだ。

 9時55分になり、乗り場に行ってみる。すると乗り場の前に「強風につき運転を見合わせています」という張り紙がしてある。私は思いもかけない状況にがく然とした。確かに風は強く吹いているがトロッコの運転に差し支えるほどではないと思うのだが。しかも車庫から出した車両をトラックの荷台に積み込んだりしていてどうも様子がおかしい。トロッコの修理作業なども始まっている。

「あの~、今日は乗れないんですか」
「あと30分くらいしたら乗れると思います。絶対にやりますから、それまでいかりん館を見学していてください」
いかりん館はすぐ近くにある木古内町の郷土資料館だ。仕方ないのでそこで時間調整をすることにした。

2016年6月16日 (木)

北海道新幹線初乗り紀行(木古内駅)

 道南いさりび鉄道の終点は木古内で、北海道新幹線の駅も併設されている。道南いさりび鉄道は無人駅で、運賃は車内で支払って降りる形になっている。

Dsc04715_r

 まずは新幹線口に出る。駅前には広い駐車場はあるが、それ以外には何もない。

Dsc04720_r

 こちらは反対側のメインの出口。

Dsc04719_r

 駅前には「道の駅みそぎの郷木古内」があるが、まだ朝早いので入り口は閉まったままだ。駅前通りはきれいに整備されていて昔の面影はない。

10_034

 こちらは1997年に来た時の写真。駅舎もこじんまりとしている。写真の右側に「急行」という名前の飲食店が見える。この時は「海峡3号」で竜飛海底駅を見学し、そこからケーブルカーで地上に出て青函トンネル記念館を見学し、再び竜飛海底駅に戻った後、木古内に至ったのだ。その時は新幹線ができるとは想像だにしなかった。あれから20年近く経つわけで、時代は変わるものだ。

2016年6月15日 (水)

北海道新幹線初乗り紀行(道南いさりび鉄道)

​   今日はまず道南いさりび鉄道に乗る。この鉄道は以前はJR江差線だったが、北海道新幹線開業に伴い、並行在来線としてJRから切り離されたのだ。 起点は五稜郭だが、列車は全て函館から発車する。

Dsc04688_r

 私は7時04分の列車に乗り込んだ。3両編成でやってきて、後部1両を函館駅で切り離す。切り離し作業はJR北海道の職員が行っていた。日曜の朝なので客は少ないが、鉄道ファンらしき人が数人乗っている。私の隣のボックスには夫婦そろって撮り鉄の人がいて、写真を撮りまくっている。車両は国鉄型のキハ40だ。

Dsc04690_r

 函館を発車すると左手に車両基地が広がるが、スーパー白鳥として活躍した789系車両が役目を終えて待機している。まだまだ使える車両だからもったいない話だ。

Dsc04695_r

 五稜郭で本線から離れ、いよいよ正式に道南いさりび鉄道に入る。七重浜で「ながまれ号」とすれ違う。第三セクター化に際し、塗装や内装を変更した改造車だ。

Dsc04700_r

 左手に函館山を眺め、時折貨物列車とすれ違う。

Dsc04708_r

Dsc04709_r

 駅ごとの乗降は少なく静かな車内で、いつの間にか居眠りをしていて、目が覚めると、8時04分終点の木古内に到着していた。函館からちょうど1時間だった、第三セクター化されたとはいえ、まだ1ヶ月少々なので、駅名標以外はJR時代とほとんど変化はなかった。

2016年6月14日 (火)

北海道新幹線初乗り紀行(東横イン函館駅前朝市)

Dsc04673_r

 今夜の宿は函館朝市近くにある東横インだ。この日は土曜日で、函館周辺のホテルの禁煙シングルはここしか空いていなかった。

6425_r

 部屋の中は他の東横インと全く同じだ。

Dsc04671_r

 東横インの朝食は通常朝7時から始まるのだが、ここは6時半から始まる。この30分は私にとっては貴重だ。乗り鉄の旅は朝早く、今回も函館発7時04分の列車に乗るので、朝食は食べられないと思っていたからだ。東横インの朝食は無料なので食べないで出ると損をした気になる(←セコイ)。私は6時20分に朝食会場に降りて行ったら既に行列していた。

Dsc04672_r

 盛り付けのセンスがないのはいつもどおりだ。函館らしくイカの塩辛があり、これがとてもおいしかった。

Dsc04674_r

 朝食を終えるとすぐにチェックアウトし、朝市の前を通って駅に向かった。

2016年6月13日 (月)

北海道新幹線初乗り紀行(ラッキーピエロ)

​   ホテルニューオーテを過ぎ、今日の宿東横インに荷物を置いて、ラッキーピエロに行ってみた。ラッキーピエロは函館発祥のハンバーガーレストランで近年人気が増している。 私はあらかじめ調べておいたこのチェーンの創業店であるベイエリア本店に行ってみた。

6441_r

 ホテルからは煉瓦倉庫街を抜けて15分ほど歩いたところにある。

6435_r

 店の入り口で注文し、料理は席に持ってきてくれる仕組みになっている。レジでは甲高い声が特長の年配の女性が、一人で悪戦苦闘している。

6436_r

 メニューはハンバーガー系、カレー系、とんかつ系などがあるが、私はこのチェーンで人気2番目とあったラッキーエッグバーガーとラキポテ、バドワイザーを選んで1145円だった。

 料理が出てくるまで20分ほど時間がかかる。様子を観察していると、電話で予約しテイクアウトする人も多いようだ。ビールは先に持ってきてほしいと思うのだが、結局料理と一緒に出てきた。

6438_r

 画像では今ひとつボリューム感が伝わらないがビッグマックより大きいサイズだ。東京で同じサイズのものを頼んだら600円くらいの値段はするだろうがここでは390円だ。

  袋に入れたまま中身がこぼれないようにして食べるが、ミートソースのようなソースがたっぷりかかっていて、いくらていねいに食べても手や口のまわりについてしまう。

 隣の女性もハンバーガーを食べているのだが、ハンバーガーがプレートに乗って出てきていて、それをナイフとフォークで食べている。特別にお願いしたのだろうか。こうでもしないときれいに食べられない。私は手と口の周りをベタベタにしながらハンバーガーと格闘するように食べた。

 カップに入っているのはラキポテと呼ばれるフライドポテトで、濃厚なチーズがたっぷりかかっている。これをフォークで刺しながら食べる。

 全体的にボリュームがあり、味は濃厚だ。こってり系が好きな私でもしつこく感じるほどだったが、満腹になりすっかり満足して店を出た。

2016年6月12日 (日)

北海道新幹線初乗り紀行(函館市内まで)

Dsc04665_r

Dsc04662_r

 札幌から飛行機であっという間に着いたというのに、函館空港から市内に行くバスは私の乗った便には接続しておらず、空港で40分ほど待たされた。

6415_r

 17時40分発の帝産バスに乗る。空港から乗ったのは私だけだった。

6420_r

 湯の川温泉バス停でカップルが乗ってきただけで、結局乗客は3人だけだった。函館駅までは約20分で到着した。

6423_r

 今夜の宿は函館朝市近くにある東横インなのだが、その手前にホテルニューオーテというホテルがあり、とても懐かしかった。昭和58年2月に初めて北海道に来て最初に泊まったのが、このホテルニューオーテなのだ。駅から近く安く泊まれたのでこのホテルにしたのだ。フロントが2階にあって、階段を上ってフロントに行く構造は昔のままだ。リニューアルされた感じだが、その当時ですらだいぶ古めかしい印象があったが、あれから30年以上も経て、なお現役で営業しているとは恐れ入る。

2016年6月11日 (土)

北海道新幹線初乗り紀行(HAC241便)

Dsc04605_r_2

 乗ったのは北海道エアシステム241便で、SAAB340Bという36人乗りくらいのプロペラ機だ。このサイズの飛行機に乗るのは、前に五島空港から福岡空港まで乗った時以来なので、7年ぶりくらいだ。

Dsc04606_r

 通路を挟んで一人掛けと二人掛けが並ぶ座席配置で、私は窓側の席になった。客室乗務員は一人で操縦士は2人のようだ。天井も低くバスのような感じだ。座席はほぼ満席で、16時20分、プロペラをうならせて離陸した。低い高度を飛ぶので地上がよく見える。石狩川がこんなに蛇行しているとは知らなかった。

Dsc04615_r
(羊蹄山)

Dsc04622_r
(洞爺湖)

Dsc04639_r
(函館空港上空)

Dsc04646_r

Dsc04647_r

 羊蹄山、洞爺湖、室蘭と過ぎ、内浦湾を横切り、函館空港の上空をいったん通過した後、右旋回で着陸体制に入る。湯の川温泉のホテルの看板が見えるくらいの低空になり、17時01分、わずか40分ほどで函館に着いた。

2016年6月10日 (金)

北海道新幹線初乗り紀行(丘珠空港)

6410_r

 大通り公園から今夜の宿泊地函館に向かう。通常ならば函館本線で向かうところだが、私は丘珠空港から飛行機で行くことにしている。

Dsc04587_r

 丘珠空港は札幌市内にあり、札幌駅からはバスでも行けるが、私は地下鉄東豊線の終点栄町から徒歩で向かおうと思っている。駅からは徒歩15分ほどの距離にある。地上に出て片側二車線の道路に沿って歩き、自衛隊丘珠駐屯地を過ぎるとその隣が丘珠空港だった。14時35分に到着した。

Dsc04589_r

 丘珠空港は道内各地を中心に運行しているローカル空港だが、札幌市内から近いから便利だ。しかし滑走路が短くジェット機が発着できないし、また住宅地の中にあるのでこれ以上の増便も難しいので、こじんまりとした空港になっている。

Dsc04591_r

 空港のターミナルビルに入るとすぐに発券カウンターになっている。これから乗るのは北海道エアシステムの便だが、私はコードシェア便のJALで予約してある。カウンターにいたのは北海道エアシステムの職員だったので、窓口嬢は裏口に行ってJALの職員を呼び出し、その人に発券処理をさせていた。コードシェア便ではあるもののJALの発券操作は北海道エアシステムではできないようだ。

 出発まで2時間近くあるのでターミナルビルの2階で休む。テーブルや充電用のコンセントがあり便利だ。また、札幌市の発展の歴史を資料を交えて解説してあるコーナーもあり、内容が充実していた。

2016年6月 9日 (木)

北海道新幹線初乗り紀行(大通公園)

Dsc04580_r

 地下鉄博物館を見学した後、大通駅に戻った。地下街で食事をしようと考えていたのだが、全国チェーンの店ばかりであまり気が進まない。

Dsc04581_r

 地上の大通公園に出てみると、芝生やベンチで大勢の市民や観光客が憩っている。とうもろこしやビールを販売していたので、ここでお昼にした。大都会の真ん中でこんなにゆったりした公園があるのがうらやましい。

Dsc04582_r

 私も芝生の上でくつろいで、昼から一杯始めた。

Dsc04583_r

 こんな目線から街を眺めた。気候もさわやかで、ここに永住したいと思うほどだ。




2016年6月 8日 (水)

北海道新幹線初乗り紀行(交通資料館)

Dsc04549_r

 市電の新線区間を乗り終え、次に向かったのは地下鉄の自衛隊前駅にある交通資料館の見学だ。無料で入れる。

Dsc04534_r

Dsc04535_r

Dsc04536_r

 ここにはかつての札幌市電の車両やゴムタイヤ式地下鉄の試験車両、路線バスの車両などが展示されている。

Dsc04542_r

Dsc04541_r

Dsc04552_r

 高架下にあるので全くの雨ざらしというわけではないが、外気にさらされているので車両の老朽化は進んでいる。

2016年6月 7日 (火)

北海道新幹線初乗り紀行(札幌市電)

​ 札幌市電は昨年12月に路線を少し延長することにより環状運転を開始した。路面電車の環状運転はかつては京都や福岡などでも行われていたが、ここのところ久しくなくなっており、最近富山で行われるようになった。今回札幌でも始まったというより、42年ぶりに復活したらしい。

Dsc04443_r

 従来の路面電車は道路の中央部分を走るものが多かったが、ここはサイドリザベーションと言って道路の一番端を走る。このほうが客は乗り降りがしやすい。こういう光景は従来は日本では見られなかった。

Dsc04576_r
(交差点スレスレを通過していく)
 
Dsc04448_r

 こちらは新設された狸小路電停。ガラスに覆われていて、雪や雨の時は道路のしぶき対策に効果を発揮するだろう。

Dsc04481_r

 電停には電車の位置情報を示すディスプレイがあり便利だ。それとそのディスプレイに表示されていたのだが、札幌市電はメインストリートでイベントが行われる場合は環状運転を取りやめるとあり、それが月に2回ほどあるので要注意だ。これから初乗りに行く人はせっかく来たのに乗れないこともあり得るので気をつけないといけない。

Dsc04465_r
(内回り線、すすきの電停を出て左折するところ)

Dsc04570_r
(内回り線、狸小路電停手前)

Dsc04474_r
(内回り線、西4丁目電停を出て左折するところ)

Dsc04488_r
(外回り線、西4丁目電停を出て右折するところ)

Dsc04496_r
(外回り線、狸小路電停を出たところ)

Dsc04500_r
(外回り線、すすきの電停に入るところ)

Dsc04453_r
(すすきの電停折り返し線、電停西寄りにある)

6405_r
(折り返し線を逆から眺めたもの、簡易ホームがあり、貸し切り電車専用との表示あり。ここから乗りたい人は貸し切り電車を仕立てれば乗れます。15,740円で貸し切り可能なので払えない金額ではありません)

2016年6月 6日 (月)

北海道新幹線初乗り紀行(特急はぼろ号)

​ 増毛までのお別れ乗車を終えて、次は札幌まで向かうことになっている。ここから札幌までは、留萌本線をそのまま引き返して深川経由で行く方法と、沿岸バスの特急はぼろ号で雄冬を経由し一般道で行く方法とがある。 どちらも所要時間はほぼ同じだが、運賃はバスの方が1000円以上安い。雄冬は去年の夏のドライブで通った街で荒々しい海岸が印象に残っている。私は雄冬経由で札幌に出ることにしている。

 増毛のバスターミナルは駅前ではなく、駅から15分ほど歩いたところにある。増毛駅の見物は昨年済ませたので、10分ほど見学した後に徒歩でバスターミナルに向かって歩き始めた。
増毛の街は古い商家が残る風情のある街だ。かつての繁栄を偲ばせる。

Dsc04373_r
(旅館増毛館)

Dsc04374_r
(重要文化財旧商家丸一本間家)

Dsc04380_r
(日本最北の酒蔵國稀(くにまれ)酒造)

Dsc04386_r
(増毛バスターミナル)

Dsc04417_r

 バスターミナルから7時48分発の沿岸バスに乗る。バスは40人乗りくらいの観光バスタイプで、札幌に出る客で半分くらいの混み具合だった。

 昨年走った道を逆方向から進む。雄冬の周辺はトンネルが多く、なおかつ補修工事中のところが多い。断崖がそのまま海に落ち込んでおり、陸路で至るには困難な陸の孤島だった。

Dsc04431_r

Dsc04432_r

 厚田からは内陸となり、10時10分札幌駅前のバスターミナルに到着した。

2016年6月 5日 (日)

北海道新幹線初乗り紀行(増毛まで)

 まず旭川駅発5時19分のスーパーカムイ2号に乗る。さすがにこの時間なので客は少ない。旭川をこんなに早く出るのは廃止予定の留萌ー増毛間のダイヤのせいで、この時間に乗らないと次が5時間後になってしまうからだ。

Dsc04275_r

 最初の停車駅深川で5時44分発の増毛行に乗り換える。1両編成で、私と同業者が他に2人いる。そのうち一人は先ほど旭川駅で見かけた鉄子さんだ。留萌本線の留萌ー増毛間は今年の12月で廃止されるので、皆お別れ乗車に来ているのだ。

Dsc04280_r

 ところで「増毛」の行き先票を記念に収めようと思ったのだが、この列車には「普通」や「ワンマン」の表示はあるものの、肝心の行き先が表示されていないのだ。これでは記念撮影以前の問題として、一利用者としても不便だ。詳しい決まりは知らないが、列車には必ず行き先を表示する義務があるのではなかろうか。しかたがないので私は車内の運賃表示器で「増毛」の表示を収めた。

 6時40分留萌着。ここで15分停車するので駅前に出てみた。昨年8月にも立ち寄ったので懐かしい。

Dsc04309_r

 いよいよ6時55分、留萌発。閉塞方式が変わり、運転士は助役からタブレットを受け取っている。ここからが廃止予定区間だが、結局ここからは一般の客は誰も乗って来ず、3人の鉄道ファンだけを乗せて1両のディーゼルカーは発車した。発車するとすぐに橋梁が2つ見える。右側は昭和62年に廃止になった羽幌線の橋梁だろう。

Dsc04331_r

Dsc04320_r

 右手には海も見えたり、行く手には暑寒別岳と思われる山も見えたりする。雄大な自然の楽しめる線でもう少し人気が出てもいい気がする。仮乗降場のような駅も多く、そんな駅でも撮り鉄が待ち構えていたりする。

Dsc04341_r

Dsc04366_r

Dsc04369_r

 7時20分増毛着。この駅は昨年の夏、ドライブの途中で立ち寄った。その時見かけた列車が今私が乗ってきた列車で親近感を覚える。

2016年6月 4日 (土)

北海道新幹線初乗り紀行(旭川駅)

Dsc04233_r

 翌5月14日(土)朝4時45分ホテルをチェックアウトする。これから向かう増毛への列車の関係で、この時間に出ないとダメなのだ。気温は7度と寒い。

 旭川駅は4年ほど前に高架化されるとともに駅舎が建て替えられた。かつて側線などがあった位置に建て直されたので、新しくできた駅舎は従来より奥まった位置にある。そのため逆に駅前には広いスペースができて、そこがバスやタクシーの乗り場になっている。JRのホテルやイオンのショッピングセンターもできている。 かつての旭川駅は地平駅で、2階建てのいかにも国鉄風の駅舎だったが、その跡形が全く無くなってしまったのはちょっと寂しい。

Dsc04242_r

Dsc04254_r

 せっかく早起きをしたのに早すぎて旭川駅は開いていなかった。朝5時から営業開始のようだ。

Dsc04245_r

 従来はなかった駅の反対口もできたが、駅前がすぐに川になっていて人家もないのでこれでは反対口を設ける意味はない。しかし、緑地などが整備されているので、こちらの方が見映えがいい。

Dsc04267_r

 函館本線から離れた位置にあった富良野線は駅舎建て替えに伴い、本線のすぐ隣になったので、本線から富良野線への乗り入れも可能になった。一番右が富良野線。架線は張られていない。

Dsc04263_r

 ホームでは早起きの鉄子さんがホームを行ったり来たりして写真を撮っていた。

2016年6月 3日 (金)

北海道新幹線初乗り紀行(藤田観光ワシントンホテル旭川)

6393_r

 今夜は旭川駅前にある「藤田観光ワシントンホテル旭川」に泊まる。ワシントンホテルチェーンのホテルだが、わざわざ藤田観光と名乗っているのは、かつて旭川には地元ホテルで「旭川ワシントンホテル」を名乗る別のホテルがあったからだ。そのホテルは今は「スマイルホテル旭川」と名前を変えたので紛らわしくなくなったのだが、藤田観光のほうはそのまま前の名前を使っている。

 ホテルの入り口脇に温度計があり、ただいまの気温は11度となっていて、結構冷え込んできた。 このホテルには今から20年くらい前、初めて車で北海道旅行をした際にも泊まったことがある。ホテルは全体的に古めかしいが、明日の朝5時には出発するので、眠れさえすれば特段問題ない。ただ、昭和の時代の設計なので、コンセントが入り口のドア付近と洗面台にしかなく、それぞれ差込口が一つしかないので充電には不便だった。

6394_r

 食事は駅の中にあったセブンイレブンで買ったお弁当で簡単に済ます。今日は羽田空港のラウンジと根室中標津行きの飛行機の中でお酒を飲み過ぎたので夜は飲まなかった。

2016年6月 2日 (木)

北海道新幹線初乗り紀行(旭川まで)

6384_r

 新千歳空港からはJRを乗り継いで旭川まで向かう。まず19時15分発のエアポート快速で札幌に向かう。6両編成で途中駅からの乗車もあり、ほぼ満席の状態だ。

 ロングレール上を快走し、揺れも少ない。通過駅で鳴らすホイッスルがもの悲しい。19時52分札幌着。

 札幌駅では8分の待ち合わせで20時ちょうど発のスーパーカムイに乗る。とっくに入線していると思っていたら発車5分前にホームに入ってきた。ビジネス特急とはいえ、もう少し余裕を持った入線をしてほしい。私は最後部車両の入り口脇に辛うじて空席を見つけた。

6392_r

 スーパーカムイはかつては最速列車が札幌・旭川間を1時間20分で結んでいたが、今は若干スピードダウンして1時間25分で結んでいる。駅ごとに下車していき、旭川まで行く客は全体の半数くらいだった。列車内のアナウンスでは、「終点、旭川」ではなく「終着、旭川」という言い方をしていた。

2016年6月 1日 (水)

北海道新幹線初乗り紀行(ANA4886便)

Dsc04203_r

 根室中標津空港からは17時55分発のANA4886便で新千歳空港に向かう。先ほど羽田からこの空港に着いたときにはボーディングブリッジを使ったが、今度は小さな機体なので空港ビルから歩いて乗り込む。

Dsc04202_r

 機種はボンバルディアのプロペラ機DHC8-Q400で、通路を隔てて2列2列の座席配置になっていて定員は80人くらいだ。ほぼ満席で意外とビジネスマン風の人が多い。私の席は後ろから3列目の右側で目の前に後輪が見える。

 定刻より5分前にドアが閉まる。滑走路の端まで自力で進み、そこでUターンし、離陸していく。プロペラ機であるが加速はジェット機とあまり変わらない。

Dsc04209_r

 離陸すると右手に湖が2つ見えてきた。左の湖は中に島が見えるから屈斜路湖に違いない。すると右の湖は摩周湖だ。

Dsc04214_r

 続いて阿寒湖が見えてきた。右の小さな湖はパンケトー、その間の山は雄阿寒岳だ。

Dsc04217_r

 こちらは糠平湖。かつての士幌線の終点付近だ。

Dsc04218_r

 こちらは十勝平野。北海道の地図の上を飛んでいる感じでとても楽しい。

1

 新千歳空港近くではJRの列車も見えた。時刻表通りとすれば南千歳発18時37分の2825Mだ。

 新千歳空港には定刻より5分早く到着した。飛行時間は約1時間で、先日乗った羽田発能登空港行きの飛行機と同じ所要時間だ。さすがに北海道は広い。

 ここもボーディングブリッジなしだが、ターミナルビルまでは距離があるので徒歩ではなくバスで向かった。

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »