2022年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

『ミスターKの乗り鉄日記』の過去の記事はここから調べられます

無料ブログはココログ

« 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(高崎線跨線橋) | トップページ | 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(妻沼まで) »

2016年3月20日 (日)

東武熊谷線廃線跡ウォーキング(大幡駅まで)

Dsc03099_r

 高崎線を渡り越して、引き続きかめのみちは続く。ところどころにかめの置き物があるが、風雪にさらされること30年ですっかり色あせている。

Dsc03100_r

 この廃線跡はほとんど鉄道の遺構は残っていないが、このあたりの柵は鉄道用のものらしい雰囲気だ。

Dsc03101_r

 ここでかめのみちは終了し、廃線跡は一般道に吸収されている。

Dsc03102_r

Dsc03105_r

Dsc03107_r

 途中から砂利道となり、一般車の通行が制限されている。予算が付けば、ここを舗装して道路となるのだろう。

Dsc03109_r

 国道17号の熊谷バイパスをくぐる。

Dsc03110_r

 バイパス付近がかつての大幡駅の跡らしいが、駅舎やホームらしいものはまったく残っていない。東武熊谷線は単線だったが廃線跡は十分広く、複線以上の幅が用意されている。

 ここから先は上の写真とまったく同じ光景がしばらく続き、退屈してくる。

« 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(高崎線跨線橋) | トップページ | 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(妻沼まで) »

廃線跡」カテゴリの記事

コメント

 おはようございます。私も10年以上前に廃線跡をたどったことがありますが、砂利道などは今でもそのままなのですね。当時は造成したばかりだからと思っていましたが、全く手付かずということは私道なのか。妻沼にはキハが保存してあると聞いていますが、訪問時には塗替え中とのことで公開されていませんでした。

railwayさん、こんにちは。

砂利道はそのままでした。道路の新しさからすると予算が付くと工事が進んでいくような状態ではないかと推察します。

妻沼に保存されているキハは以前訪問したことがあり、その時は中に入れたような記憶があります。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(大幡駅まで):

« 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(高崎線跨線橋) | トップページ | 東武熊谷線廃線跡ウォーキング(妻沼まで) »