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2016年1月

2016年1月31日 (日)

受験の思い出3

 中学受験を失敗した私は地元の公立中学に通いました。中学2年からは大宮にあった山田義塾という塾に通い、高校受験に備えます。

 まず受けたのは海城高校です。同じ中学から受験することになった数人とともに学校に向かいました。当時は埼京線も湘南新宿ラインもなく、京浜東北線、赤羽線、山手線と乗り継いで新大久保に至りました。新大久保駅から学校までの間にロッテの工場があり、ガムやチョコのいい香りがしてきました。午前中が学科試験で、午後が面接試験で、昼休みに一緒に受験した数人と新大久保駅近くの喫茶店「トゥモロー」でコーヒーを飲みました。その時新大久保駅と大久保駅がすぐ近くにあるのを知りました。

 次に受けたのが慶應志木高校です。受験会場は志木高ではなく、三田の慶応大学でした。父が田町に勤めていたので試験場まで一緒に来てくれました。少し早めに着いたので、父とともに田町の駅前にあった森永ラブというハンバーガーチェーンでコーヒーを飲んで時間調整しました。森永ラブは森永製菓が運営していたハンバーガーチェーンで今はありません。

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 最後は第一志望の浦和高校です。自宅からバスで北浦和駅に出て、北浦和からは徒歩で10分ほどです。一人で試験場に向かいました。ここでの記憶はなぜかほとんどありません。翌日の新聞に入試問題の解答が出ていましたが、自己採点では満点でした。

 結局、浦高と海城高校に合格、慶應志木高校は不合格でした。これで世田谷の団地を売って浦和に引っ越してきた両親の期待に応えられたのでした。そのご褒美で、私は高価なステレオセットを買ってもらいました。

2016年1月30日 (土)

受験の思い出2

 幼稚園に無事潜り込んだ私は、小学校は地元の世田谷区立の小学校に入学したので、小学校受験の経験はありませんでした。昭和40年代の東京都は学校群制度の影響で、公立高校のレベル低下が顕著で、私の両親はこのまま都内に住んでいては子供をまともな公立高校に通わすことができないと考え、公立高校のレベルが比較的高かった埼玉県に引っ越し、私を浦和高校に私を入れようと画策しました。

 そのため私が小学校6年の時、世田谷の団地を売って、浦和市に引っ越しました。330万円で買った団地を850万円で売り、それを頭金にして1000万円のローンを組んで1700万円の一戸建てを買いました。わずか8年で団地の価値は2.5倍に膨れ上がり、父は今度は35年ローンではなく10年ローンで新しい家を買いました。当時はオイルショック直後でしたが、まだまだ景気が良い時代だったのです。

 ここまでは良かったのですが、引っ越したのは浦和と言っても田舎でまわりは田んぼだらけ、転校した小学校には古ぼけた二宮金次郎の銅像があり、地元の中学校からは浦高に進学した人は誰もいないというありさまで、両親は取り返しの付かないことをしたと後悔したようです。

 そんなこともあってか私は父の勧めで中学受験をすることになりました。受験したのは埼玉大学附属中と開成中学です。

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 埼玉大学付属中の受験の時はバスで浦和駅に向かいました。校舎は鉄筋コンクリートの低層で落ち着いた雰囲気でした。数日前に雪が降り、正門から校舎に至る通路で、その雪で私は滑って尻もちを突いてしまいました。試験は午前中に4教科、午後は体育でしたが、受験会場で滑るという失態を演じたので当然のことながら不合格となりました。今振り返ると、受験生が「滑る」という縁起の悪い事態にならないように学校関係者はしっかりと雪かきをすべきだったと思うのですが、そういう時代でもなかったようです。

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 その1週間位あとに今度は開成中学を受けました。まだ開業して3年ほどの西日暮里駅近くに学校はありました。それまでは田端か日暮里から歩くしかなかったはずですが、千代田線の開業とともに駅ができ、開成の利便性は増しました。試験は2日間で初日は学科試験、翌日は面接試験でした。行きは父親が同行し、帰りは一人で帰ってきました。京浜東北線は当時103系電車で、私は席に座らず、ドアの脇に立ってずっと景色を見ながら帰ってきました。

 私は一応クラスではかなり勉強ができる部類でしたが、それでも塾にも通ったこともなく、父親から与えられた問題集を各科目1冊やった程度では、開成中に合格するわけもなく、こちらも不合格となりました。父も私が合格するとは思っていなかったようで、世の中には自分より頭のいいやつが大勢いることを知ってもらいたかったというようなことを言っていました。この不合格は私に取っては、上には上がいるということを実感でき、いい経験となりました。

2016年1月29日 (金)

受験の思い出1

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 今、世間はちょうど受験シーズンで、このブログの読者やご家族に受験生を抱えている人もいるかもしれません。これから何回か、私の受験の思い出をなるべく乗り物にからませてお伝えしたいと思います。

 第1回めは幼稚園の受験の話です。私が幼稚園に入園したのは昭和42年4月で、その前年の12月に世田谷区北烏山(当時は烏山町)の団地に引っ越してきました。この団地は東京都住宅供給公社の分譲住宅で、抽選の補欠で購入することになったのです。分譲価格は3DKで330万円、私の父は親からも借金したりして自己資金を用意し、35年ローンで購入したそうです。当時の団地は国民の憧れの的で抽選に当たらないと買えなかったようです。この団地の周辺の一戸建ては500万円くらいしたので割安だったのでしょう。

 補欠で当選するとは思っていなかったので前に住んでいたところで幼稚園の入園手続きを済ませ、入学金まで納めてあったようです。12月に引っ越してきて引越し荷物もほどかないまま、母は新天地で幼稚園探しを始めたのですが、どこも既に入園を締め切っていて、ようやく人づてに見つけたのが国学院大学附属幼稚園でした。この幼稚園も既に入園手続きが終わっていたのですが、幼稚園に頼み込んで試験を受けさせてもらうことになりました。私は同じような境遇の子5人とともに試験を受けました。

 当時は「お受験」という言葉もなく、入園試験といってもおそらく名前を言ったり、きちんと受け答えができるかどうかという程度の簡単な試験だったようです。試験中はお利口にしていた私ですが、試験が終わって会場を出ると緊張の糸が切れたのか、とたんにぐずりだし、そういう様子を先生に見られては大変と、母は私を引きずるように連れ出して幼稚園を後にしたらしいです。後日連絡があり、一緒に受けた5人は全員「合格」しました。5人全員が合格したのは、誰かを落とすのは忍びないという幼稚園の配慮だそうです。入園手続きが終わった後に特別に頼み込んだ人を入園させてくれるとは随分温情的な計らいですが、まだ昭和の時代でいろいろと融通が利く時代だったのしょう。これが私の人生初の受験経験だったのです。

 親がそんな苦労をして入園させたという事情はその当時は知る由もありませんでした。その幼稚園での一番の思い出はバス通園です。大人の足で徒歩20分ほどのところにあったのでバスでの通園となりました。私の住んでいた20号棟にちょうどバスが停まり、そこから私の他にEちゃん、Mちゃん、Hちゃんが一緒に乗りました。幼稚園の子がレディーファーストなどいう言葉を知っているはずもなく、バスが来ると私は女の子を差し置いてまっさきに乗り込み、一番前の席に座りました。バスの構造は通路を挟んで左側が二人がけ、右側が三人がけで、私はいつも三人がけの通路側に座りました。既に最前列の二人がけはO君、T君が座っていて、三人がけの窓際は双子のH兄弟が座っていました。誰がどこに座るかは暗黙のうちに決まっていたようです。

 ハンドルをぐるぐる回す腕さばきや、他のバスをすれ違うときに運転手同士が軽くあいさつするしぐさなど、一番前に座ってバスの運転手の様子を観察するのが楽しみでした。所要時間10分ほどのバス通園は私の楽しみでした。今でもバスや電車で最前列に座りたがるのは、その時の体験が大きく響いているでしょう。

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(当時は釣りズボンをはいている子が多かったみたいです)

 

2016年1月28日 (木)

北海道新幹線試乗会開催される

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本日、報道関係者向けの北海道新幹線試乗会が開催されました。開業まであと2ヶ月を切り、いよいよ秒読み段階に入りました。積雪のため最高時速を210キロに落としての運転とのことで、営業運転は大丈夫なのという気がしますが、雪煙を上げて走る新幹線を見ると余裕を感じるので心配はいらないのでしょう。

 あわせて函館出身のロックバンドGLAYの北海道新幹線開業テーマソング「Supernova Express 2016」も公開されています。スピード感あふれる曲調で、北の街の新幹線を祝福しています。気持ちも高まってきました。

2016年1月27日 (水)

やっと来た「東京駅開業100周年記念Suica」払込票

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 本日、「東京駅開業100周年記念Suica」の専用払込票が郵送されてきました。私はほとんど最後の方の組に分類されていたので、あの騒動から1年以上経ってようやくやって来ました。

 この払込票で2月14日までにコンビニで払い込むようになっています。したがって実際に現物を手にするのはまだ1ヶ月以上も先になります。

 私の職場でも既に何人かの人がこのSuicaを手に入れていて、実際に現物を見せてもらったりしているのですが、遅ればせながら自分の順番になったわけです。

 今さらという気がしないでもないですが、私のコレクションの重要な位置を占めるカードになることは間違いないでしょう。

2016年1月26日 (火)

欧風客車 伊豆を行く

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 こちらの記念乗車券も家庭教師の教え子からもらったものです。昭和58年10月発売のものです。当時、国鉄でサロンエクスプレス東京という14系客車を改造した、今で言うジョイフルトレインの運行を開始したのですが、その車両が伊豆急に入線した時の記念乗車券です。

 その際には、サロンエクスプレス踊り子号として運転されました。牽引機はお召し列車を引くロイヤルエンジンEF58の61号機で、東京駅から伊豆下田まで走りました。最後尾の車両はパノラマラウンジカーと呼ばれ、展望車になっていました。また中間車両はコンパートメント車両です。お座敷列車の洋風版として、欧風客車とも呼ばれました。

 国鉄末期の車両で、その後長く団体列車の運用に付いていましたが、晩年は尾久車両基地に長らく留置されていました。

2016年1月25日 (月)

伊豆国立公園指定30周年記念乗車券

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 伊豆国立公園指定30周年記念の乗車券です。昭和60年3月に伊豆急から発売されました。沿線の名所の写真とともに、伊豆急の車両が小さく印刷されています。

 この記念乗車券は私が家庭教師で教えていた子からもらいました。その子は親戚が伊豆急に勤めていて、その人からもらったようです。

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 しかも裏側のナンバリングを見ると1番になっていて、私の乗り鉄ぶりはその職員にも伝わっていたのでしょう。その職員の配慮でナンバー・ワンの記念乗車券を譲ってくれたようです。

 今なら一番最初に買った人が1番の乗車券でないと大騒ぎになるでしょうが、昭和ののどかな時代でした。

2016年1月24日 (日)

京成AE100形引退記念ツアー

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 京成スカイライナーAE100形の引退記念ツアーが開催されます。それだけであれば私はあまり興味がないのですが、宗吾車両基地まで直接乗り入れるようです。普段は乗れない線に乗れるので食指が動きます。

 しかも、所要時間から推定するといきなり車両基地に乗り入れるのではなく、遠回りをして入場するようです。とすると、どこかで普段は使用しない渡り線を通過するかもしれません。千葉線あたりに入線するかもしれません。ぜひとも乗ってみたいです。

 予約は明日から電話のみで受け付けるようです。私は昼休みに予約するしかなさそうです。それまで売り切れにならないことを望みます。

 しかし、お弁当や記念品が付くとはいえ、一人1万円とは随分高い価格設定です。しかも現地解散です。どうでもよい幕の内弁当に記念の掛け紙を付けたり、レプリカのヘッドマークもどきをもらっても私にとってはあまり意味がないのですが、今回はどうなるでしょうか。

 とにかく明日、予約の電話を入れてみます。

2016年1月23日 (土)

横浜シーサイドラインの思い出

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 横浜シーサイドラインの車庫線に乗車できず残念な思いをしましたが、古い写真が出てきたのでご紹介いたします。こちらは1989年7月9日に初乗車したときのものです。開業が7月5日ですから、開業後最初の日曜日に行ったようです。新交通システムタイプの車両ですが、開業直後なので有人運転を行っていました。

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 こちらは1999年5月に八景島駅に行った時の写真です。私はこの線に一度しか乗っていないと思い込んでいたのですが、記録を調べてみると、この時二度目の乗車をしていたことが分かりました。

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 八景島駅が関東の駅百選に選ばれ、そのスタンプを押しに行ったのでした。

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 関東の駅百選スタンプラリーは関東地方の特色のある駅が100駅選定され、1998年から4年に渡り、その駅を巡るスタンプラリーが開催されたのでした。私はその全部の駅を訪問し、100のスタンプを集めました。


2016年1月22日 (金)

ウルトラマンスタンプラリー

ウルトラマンスタンプラリー
今日1月22日はウルトラマンスタンプラリーの第2回目のピンバッジ配布日です。すでに10駅訪問済みなので、今回は新たに押印する必要はなく、ニューデイズでスタンプ帳を示して、スイカで500円以上買い物をすればピンバッジがもらえます。

朝7時20分頃に新宿駅に着きました。いつもより20分ほど早いです。埼京線ホームを小走りに進み、すぐさまニューデイズに向かいます。すでに店内を一回りするほど買い物客が並んでいます。その3分の1くらいの客がスタンプ帳を手にしています。私くらいの年齢の男性が多いです。同じウルトラマン世代のようです。エビスビール2本を手に取って急いで列に加わりました。たいていの人はドリンクやパンなどを買っていて、私のように朝からビールを買っている人は皆無でした。

そのような人気ではあるものの、さすがに早朝なのでピンバッジは無事ゲットできました。ウルトラセブンのウルトラ警備隊が付けていたバッジです。胸に付けたくなる感じのいいバッジです。

その後、買った缶ビール2本をカバンの中にしまい込み、会社へと向かいました。誰も私が仕事前にそんなひと仕事を済ませていたとは気づかないでしょう。

2016年1月21日 (木)

横浜シーサイドライン車両基地入出庫線乗車ツアー

横浜シーサイドライン車両基地入出庫線乗車ツアー
明日、横浜シーサイドラインの車両基地入出庫線に乗れるツアーが開催されます。そのツアーでは併せて桜餅つくり体験も楽しめるという珍しい取り合わせになっています。参加者は乗り鉄が多いのか、スイーツ女子が多いのかということも気になります。私は桜餅つくり体験には興味はないのですが、当然のことながら入出庫線には目がありません。railwayさんに教えられて、昨年のうちに申し込みを済ませました。横浜シーサイドラインにはまだ1回しか乗ったことがなく、再び乗れるのも楽しみです。

ところが急用が発生し、明日仕事が休めなくなり、止む無く本日キャンセルしました。入出庫線に乗れないだけでもくやしいのに、前日なのでキャンセル料は40パーセントもとられて、二重にくやしいです。仕事最優先なので仕方ありませんが、またいつか機会があれば参加してみたいと思います。

2016年1月20日 (水)

使えないJR東日本アプリ

使えないJR東日本アプリ
昨日は大雪で迂回ルートで出勤した話をしましたが、その際運行情報を確認したのがJR東日本アプリです。列車の位置情報が分かるので、列車遅延時に役に立ちます。ところが、この時はアクセスが集中し過ぎて、いつまで経っても通信中です。ようやくつながったど思ったら、この画面で何が何だか分かりません。こういう肝心な時に役に立たないアプリでは困りものです。無料アプリだから投資に限界があるのでしょうが、改善を求めたいです。

2016年1月19日 (火)

大雪の朝の出勤

 皆さまは昨日の出勤は無事でしたでしょうか? 私は大雪による列車の遅延を見込んで、通常よりも30分早く家を出ました。積雪は5センチくらいですが、まだ新雪で踏み固められていないので歩くのに難儀します。雪もまだ降りしきっています。

  6時10分頃に大宮駅に着きました。埼京線はすでに遅れていて、5時38分発の池袋行きがこれから来るとのことです。その次が6時28分発の新宿行きとなっています。まだ時間があるので、私は6時28分発で座って行こうと思いました。すでに列車は入線しています。

  しかし発車時刻が過ぎても発車する気配がありません。車掌のアナウンスでは信号が変わり次第発車するとのことですが、いつ信号が変わるのかは分かりません。 そのうち、ホームのアナウンスで「埼京線は大雪で運転を見合わせています」と言っています。と思ったのも束の間、今度は運転を再開しましたとのアナウンス。コロコロと状況が変わり、何を信じたらいいのか分かりません。

  この時点で6時40分です。これから運転を再開しても、通常の各駅停車でも新宿まで40分かかります。この状況では駅ごとに遅れが増幅するのは必至です。いつ着くか分からない埼京線で行くより、新幹線で東京駅まで行き、丸ノ内線で新宿に行こうと思いました。 新幹線は雪に強いですし、丸ノ内線はほとんど地下を走っているので雪の影響はなさそうです。

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 まず大宮発6時51分発のたにがわ470号に乗ります。ほぼ満席ですが、何とか着席できる乗車率です。雪の降りしきるなか、平行する埼京線の電車をごぼう抜きにして走ります。頼もしい走りです。いつ走り出すが分らない埼京線で神経をすり減らすより、精神衛生上もよほどいいです。

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 東京駅には7時15分に到着し、地下の丸ノ内線までは5分ほどで着きました。丸ノ内線はガラガラで座れました。四谷付近では少し地上に出ます。小降りですがまだ少し雪が降っています。東京駅からは約20分で西新宿駅に着きました。

 回り道をしましたが、時間が確実に読めるルートで、まさに「急がば回れ」を実感しました。これからも埼京線が遅延するときは使えるルートで、いい経験になりました。

2016年1月18日 (月)

トレインビューオフィス

トレインビューオフィス
先日所用で品川のイベントスペース「グランドホール」に行った際、その会場から素晴らしいトレインビューが楽しめました。

一番奥の京急線から手前の新幹線までずらりと眺められます。ここは3階ですが高層階のオフィスならもっと素晴らしいトレインビューが楽しめるでしょう。

向こう側には東横インが見えますが、このホテルもきっと素晴らしいトレインビューでしょう。

2016年1月17日 (日)

大行列ウルトラマンスタンプラリー

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 昨日、所用で東京駅に行ったので、その帰りにウルトラマンスタンプラリーの東京駅の分を押してこようと思い、立ち寄ってみたところ大行列で、押すのを諦めました。40人位は並んでいて誘導の係員も出ていました。ポケモンスタンプラリーの時にはこんな行列は見たことがありません。さすがウルトラマン、大人気です。私は初日の早朝に回って正解でした。この調子だと土日利用で全駅押印を目指すのは待ち時間との勝負かもしれません。

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 ところで我が家の押し入れから、ウルトラマンの主題歌のLPレコードが発掘されました。ウルトラQからウルトラマンレオまでの曲が収められています。今はレコードプレーヤーがないので聴くことはできないのですが、歌詞カードを見ていると自然と歌が出てきます。

 スタンプラリーを見ていると、我々の子ども時代のヒーローが色褪せることもなく、今の子どもたちにも受けいれられていて、うれしくなります。

2016年1月16日 (土)

相次ぐバス事故

 昨日未明に長野県の軽井沢でバスが山林に突っ込み、多くの死傷者を出しました。この事故で亡くなられた方々にはご冥福をお祈りします。

 数ヶ月前に「高速夜行バス事故多発」ということで感想を述べたことがありましたが、また同じ事故が起きてしまいました。事故のたびに原因の究明が行われ、規制が強化され、もう同じ事故を起こさないと皆気持ちを新たにしたはずなのですが、また同じ惨事です。

 今回の原因はまだ判明していませんが、運転手の健康管理を怠っていたバス会社、大型車の運転に不慣れだった運転手、ツアーを主催した業者、行政の監督、それぞれにどういう問題があったのか、なかったのか、しっかり検証し、本当の再発防止策を見極めてもらいたいと思います。

 特に行政の監督は一番大事だと思います。ルールを守らない業者が野放しにされて、ルールを守っている業者がそれにより仕事を得られないということがあってはならないからです。ルールを守らない業者は業界から締め出さ、淘汰されてしかるべきだと思います。我々はどの業者がしっかりとした業者なのかは知るすべがありません。ルール無視の業者は市場から排除してもらわないと困ります。そのためにも行政の役割は大きいと思います。

 私は乗り物大好きで、バスも大好きで、バスの旅についてもこのブログの中でもたびたび取り上げています。しかし、こうも事故が多いと乗るのを躊躇せざるを得ないのも事実です。バス業界を巡る競争の激化の中で安全がないがしろにされないことを切に望みます。

2016年1月15日 (金)

朝日新聞天声人語

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 昨日の朝日新聞天声人語に、鉄道に関する記事がありました。天声人語にしては論旨不明解で何が言いたいのかはっきりしないですが、鉄道ファンの中には「呑み鉄」と呼ばれるジャンルの人がいて、その代表が内田百閒と吉田健一で、彼らの食堂車での楽しみを記し、食堂車は減ったが、最近はグルメ列車も増えてきて、本当に有り難いことだと結んでいます。

 内容はともかく、食堂車での食事は本当においしく感じるものです。それにお酒が加われば言うことなしです。私も新幹線や寝台特急で何度か食堂車を利用したことがありますが、なんでもない料理でもおいしく感じたものです。窓の景色が流れ、ゆったりと食事が楽しめる食堂車は旅に欠かせないものです。

 いくつかの観光列車で食堂車が復活していますが料金も高いので、もっと気軽に利用できる食堂車が復活できればいいと思います。


2016年1月14日 (木)

ウルトラマンスタンプラリーコレクション

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 これがウルトラマンスタンプラリーのスタンプ10個を集め、なおかつNEWDAYSで500円以上電子マネーを使って買い物するともらえる科学特捜隊のピンバッジです。♪胸に付けてるマークは流星~という歌詞が懐かしく思い出されます。これでトランシーバーのように通信ができるすぐれものでした。

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 こちらは10個スタンプを集めると無料でもらえるステッカー。3種類ありますが、どれがもらえるかは開封しないと分かりません。よく見ると103系低運転台の山手線と京浜東北線の写真もあります。

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 これはNEWDAYSで販売しているウルトラマンチョコスナック240円。これを買うとレシートにID番号が印字され、サイトにアクセスすると下のオリジナル待受画像がゲットできます。

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2016年1月13日 (水)

ウルトラマンスタンプラリー注意点

 昨日ウルトラマンスタンプラリーのスタンプ10駅分を押したわけですが、初心者には注意点があります。

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 それは十条駅のことでした。改札口を出ると目の前にスタンプコーナーがあったので、急いで押印したところ、それはウルトラマンスタンプラリーのスタンプではなく、一般のJRの駅スタンプでした。押してから気づきました。あわてて見回すと右手10mくらいのところにウルトラマンスタンプがありました。仕方なく駅スタンプの上からウルトラマンスタンプを押しました。そのせいでスタンプが二重押しになっています。皆さんもあせって別のスタンプを押さないようにご注意ください。

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 それともう一つ注意してほしいのが、スタンプを押すページを間違えないようにすることです。スタンプの配列は駅順ではなく、ウルトラマンヒーローの順なのです。従って、スタンプの怪獣がどのシリーズに出ているかを把握していないと、どこのページに押して良いか、すぐには分からないのです。この時あわてて別の場所に押さないように、やはり注意が必要です。

2016年1月12日 (火)

ウルトラマンスタンプラリー10駅達成

ウルトラマンスタンプラリー10駅達成
今日からウルトラマンスタンプラリーが開催されています。私は初日の早朝から参加して来ました。当初は今日の会社の帰りにやろうと思っていたのですが、夜だと賞品がなくなるかもしれないという危機感に襲われ、前の晩に今朝の始発でスタートすることにしました。

4時55分、赤羽駅から始めました。その段階でスタンプコーナーでは4人くらい並んでいます。

その後、どの駅のスタンプコーナーにも順番待ちができています。この時間にして、この人気です。しかもスタンプ帳は一人一冊のはずですが、何冊も持って押している人が結構いました。

最後のスタンプは新宿駅で6時45分に到着です。約2時間で10駅達成しました。ニューデイズで特製ピンバッジをゲットできました。仕事の前にひと仕事終えて満足です。

出勤にはまだ少し早いので、地下街のロッテリアで朝食を取っているところです。

2016年1月11日 (月)

京王百貨店駅弁大会

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 毎年恒例の京王百貨店駅弁大会が19日までの予定で開催されています。本日の昼間に様子を見て来ました。相変わらずすごい混雑でまっすぐ歩けません。行列の最後尾を示すプラカードもあちこちに出ています。今回は台湾の駅弁も販売されいて、国際色豊かです。

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 また今年は北海道新幹線が開業するので、そのパネルコーナーもありました。飲食スペースも一応あるのですが、満席で落ち着いて食べられる雰囲気ではないので、何も買わずに帰って来ました。やっぱり駅弁は車内で食べたいものです。

2016年1月10日 (日)

「帰ってきた」ウルトラマンスタンプラリー

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 昨年も行われていたのですが、今年も1月12日からJR東日本で「ウルトラマンスタンプラリー」が開催されます。ウルトラマンシリーズのヒーローや怪獣たちのスタンプが65駅に設置されます。私はいい歳をしてウルトラマンでもないので昨年は参加しなかったのですが、今年のチラシを見ると10駅達成で、オリジナルピンバッジがもらえるとの告知があり、それが欲しくなり参加しようと思っています。それもただのピンバッジではなく、科学特捜隊やウルトラ警備隊の隊員たちが胸に付けていたバッジなのです。ピンバッジは数量限定なので競争必至です。

 さっさく昨日新宿駅でスタンプ帳をゲットしてきました。これは無料でもらえます。開催初日の1月12日は仕事の日ですが、会社の帰りにとりあえず10駅ゲットしようと思います。

 それから、このスタンプ帳の図柄には気になる点が2点あります。一つは、暗くて見づらいのですが、下の231系電車の運転士がバルタン星人であること、もう一つは上部の「スタンプ」と「ラリー」の文字間の電車が103系の低運転台車両であることです。1981年の山手線ATC化後は103系の低運転台車両が先頭車になることはなかったはずですから、イラストとは言え、レアな図柄です。JRの指南役のマニア度が相当高いと見ました。

 全65駅をゲットするかどうかは微妙ですが、10駅ゲットでのオリジナルピンバッジは絶対にゲットしたいと思います。

2016年1月 9日 (土)

仙台市営地下鉄日帰り行(はやて370号)

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 仙台駅に戻った来たのが15時30分ころで、先ほど地下鉄の中でインターネットで15時51分発のはやて370号を予約してある。便利な時代になったものだ。

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 みやげ物屋で萩の月とこのルックチョコレートのずんだ味を購入。萩の月は自宅用だ。

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 こちらは新幹線ホームの売店で見かけた牛たんドックと牛たんライスバーガー。どれも190円で、売り場には電子レンジがあったので、今度時間があるときに食べて見たいと思った。

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 はやて370号は臨時便で、仙台発の時点で約5割の乗車率、私は3人がけのA席を予約したが、隣のB席、C席は誰も乗ってこなかった。E2系なので最高時速は270kmではやぶさよりは遅いが、それでも大宮までノンストップで1時間14分、特急料金は300円安いから悪くはない。

 この週末は伊豆急全線ウォークと仙台日帰り旅行に、この週末パスをフルに活用させてもらい、いい旅ができた。

2016年1月 8日 (金)

仙台市営地下鉄日帰り行(南北線)

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 利久で牛たんを楽しんだ後、せっかく1日乗車券があるので、南北線も乗ってみた。南北線は昭和63年8月に八乙女-富沢間に乗車し、八乙女-泉中央の延伸に伴い、平成4年9月に再び乗車した。その後短区間の乗車はあったが、全線通しての乗車はなかった。

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 こちらは北の終点泉中央駅。駅前は大きなショッピングセンターがあって、とてもにぎわっている印象だ。

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 こちらは南の終点富沢で、こちらの方は開発も進まず、閑散としている。この駅の先には車両基地があり、今年の夏、北海道旅行の帰りに車でその脇を通りかかった。


2016年1月 7日 (木)

仙台市営地下鉄日帰り行(利久サンモール一番町店)

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 八木山動物公園駅を後に、東西線で青葉通一番町駅まで戻る。私は東日本大震災直後の2011年4月後半に、勤務先の仙台支店の応援で2週間ほど仙台に滞在していたことがあり、その時、この青葉通一番町駅は工事中だった。

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 ちょうど午後1時半ころなので、サンモールというアーケード商店街で食事をすることにした。当時行ったことがある牛たんの店「利久」に再び行ってみた。

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 店内はほぼ満席で3分ほど待たされる。

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私はカウンター席で、ちょうど目の前で牛たんを焼いているいいポジションに座った。牛たんを焼いている人は、炭火でただひたすら焼いている。左にいる男性が焼き上がった肉をカットし、皿に盛り付けている。

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 こちらが牛たん定食1404円。牛たんが3枚分で、それぞれ半分にカットしてある。肉厚で炭火のいい香りがする。テールスープと麦飯付きだ。ボリュームもあり、すっかり満足して店を出た。

2016年1月 6日 (水)

仙台市営地下鉄日帰り行(八木山動物公園駅まで)

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 殺風景な荒井駅を後に、東西線の反対側の終点八木山動物公園駅に向かう。仙台駅を通り、大町西公園駅を出ると広瀬川を渡るので、いったん地上に出る。「青葉城恋唄」を懐かしく思い出す。あの歌が流行っていたのは今から37年も前になるのだが、いい歌は時代を超えて人々の心に残っている。

 川内駅を出ると勾配が急になっているのがよく分かる。後で調べると1000分の57という急勾配だった。

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 荒井駅から約25分で終点の八木山動物公園駅に到着した。荒井駅の場合は到着した列車が引き上げ線に入っていったが、ここは引き上げ線がないため、そのまま折り返し運転を行うようになっていた。

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 こちらは八木山動物公園駅の入口の様子。前を片側2車線の広い道路が通っている。

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 さらにエレベーターで5階に上がると、そこが動物園の入り口になっている。私は動物園には興味がないが、ここは展望デッキを兼ねていて、遠く太平洋まで眺められるようになっている。

 そのフェンスには「日本一標高の高い地下鉄駅」の表示があり、その高さは136.4mとなっている。駅の高さの定義については知らないが、フェンスの表示では「軌条面」となっていたから、他の駅でもそこを基準に計測されているのだろう。

 ただ駅の中やホームに「日本一高い地下鉄駅」の表示がなかったことは残念なことだった。

2016年1月 5日 (火)

仙台市営地下鉄日帰り行(荒井駅まで)

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 ようやく仙台駅に戻ってきて、いよいよ主目的の東西線乗車となった。仙台駅前の地下が乗り場になっている。1日乗車券を券売機で買い求める。休日料金で620円となっている。私の利用した改札には券売機が2台しか設置されておらず、利用者が5人位づつ並んでいた。

 駅の自動改札脇には、スイカ、パスモが使用できない旨の張り紙がしてある。仙台市営地下鉄はイクスカという地元専用のICカードしか利用できないようだ。交通系ICカードの全国共通利用が進んでいるこの時代に、新規開業路線がこの状態とはどういうことだろう。利用者に分からない特別な事情があるのだろうが。

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それはともかく、さっそく荒井駅まで乗車してみる。4両編成の鉄車輪支持式のリニアモーター式地下鉄だ。運転席の後ろで前面展望を楽しむ。仙台市営地下鉄は南北線も含め、運転席が右側にあるので、運転席左後ろからの展望となる。

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 急カーブやアップダウンが多く、リニア式のミニ地下鉄の特性を発揮しやすい線路となっている。駅はどの駅もホームドア式の島式で、駅毎の特色はない。おそらく駅のカラーリングなどは趣向を凝らしているはずだが、運転席後方でかぶりつきを楽しんでいる私には分からない。

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 荒井駅には約15分で到着。駅舎は立派だが、駅前は閑散としていて開発はこれからといった感じだ。

2016年1月 4日 (月)

仙台市営地下鉄日帰り行(仙台駅まで)

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 新地駅に9時30分に到着し、折り返し9時36分発のバスで亘理駅に戻る。折り返し乗るバスはすぐにやって来た。ところが、このバスは9時32分発の快速だった。時刻表をよく調べていなかったのだが、9時36分発は各駅停車で、その前に快速便があったのだ。快速は新地駅を出るとノンストップで亘理駅に向かう。新地からは私を含め3名乗車したが、先客と合わせて10名ほどだ。4分間隔で雁行させるほどの利用者があるのだろうか。しかも、この快速で行こうが、あとの普通便で行こうが、結局亘理駅で接続する列車は同じなのだ。

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 亘理駅は本来中線がある相対式2面3線の駅だが、駅舎側の1番線ホームを中線まで拡幅して2面2線の駅として使用していた。なるべく跨線橋を使用せずに出入りできるようにするためだろう。おそらく従来の形態だと仙台方から1番線に入場できないのだろう。震災の影響で常磐線の本数が減っているから、このような取り組みもできたのだろう。

 ホームは拡幅したが、屋根はそのままなので、利用者は吹きさらしのホームで列車を待つことになっている。

 10時31分の列車で仙台に戻る。客は多く、亘理駅発車時点で4両編成で8割方埋まっていた。日曜の午前中なので仙台に出かける人が多いのだろう。仙台駅には11時03分に到着した。

2016年1月 3日 (日)

仙台市営地下鉄日帰り行(新地駅まで)

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 亘理駅前から9時55分発の常磐線代行バスに乗車する。私は週末パスを持っているので、このバスにも乗れる。観光バスタイプで誘導の係員が付いている。乗客は全部で10人程度でスタート。駅を出外れると、国道6号線を南下していく。そしてかつて駅があった付近にバス停が設けられ、そこに停車していく。ただ代行バスなので乗降客の有無にかかわらず必ずバス停に停車し、またバス内には降車ボタンも設置されていない。

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 かつての坂元駅付近では常磐線の復旧工事が行われていて、看板によると浜吉田-相馬間は来年の12月に復旧予定となっている。車窓から見る限りは実質的に新線建設工事のように見える。この付近も津波で跡形もなく流されてしまったのだろう。

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 坂元駅を過ぎると、福島県に入る。スマホを操作し、相馬地域を獲得する。これで600国中586国を獲得した。

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 相馬地域を獲得したので次のバス停で下車する。

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 このプレハブ小屋が新地駅扱いになっている。実際の新地駅はここから海よりにあったが、震災の時は駅に列車が停車中で、たまたま乗りあわせていた警察官の誘導で乗客40人は難を逃れたが、列車自体は大破し、駅舎も跨線橋を残して流されてしまったらしい。

2016年1月 2日 (土)

仙台市営地下鉄日帰り行(亘理まで)

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 仙台駅に到着したが、すぐには仙台市営地下鉄東西線に乗らない。まず「ケータイ国盗り合戦」の相馬の領地を獲得するため、福島県の相馬地方に向かう。相馬付近の常磐線は東日本大震災の影響で寸断されていて鉄道だけでは行けず亘理駅からJR代行バスになっている。

 仙台発8時13分発の常磐線浜吉田行きに乗る。4両編成の新型車両で3ドアクロスシートだ。シートピッチも広い。次の長町で貨物線が近づいてくる。貨物線なので乗りようがないが、いつかこの区間を走る列車があれば乗ってみたい。東北新幹線の仙台駅工事中は寝台特急が貨物線を経由して運転されていたこともある。

 岩沼で東北本線から分岐し、常磐線に入る。このあたりの常磐線は単線だ。

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 この列車の終点は浜吉田だが、相馬方面への代行バスはその一つ手前の亘理から出るので、8時44分亘理駅で下車する。

2016年1月 1日 (金)

仙台市営地下鉄日帰り行(こまち1号)

 皆様、あけましておめでとうございます。本年も「ミスターKの乗り鉄旅日記」をよろしくお願いします。新年最初のお届けは、昨年12月20日に訪れた仙台市営地下鉄東西線の初乗りのご紹介です。

仙台市営地下鉄は従来南北線のみでしたが、昨年12月6日に東西線が開業しました。八木山動物園駅から荒井駅までの13.9kmです。当初は年内に乗りに行く予定がなかったのですが、急遽日程の都合がつき、行ってきました。これから数回に渡ってその時の様子をお伝えします。

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 12月20日、大宮駅発6時58分のこまち1号でスタート。前日に伊豆急全線ウォークに参加し、足にマメを作ってしまい、まだ痛みが残っているのだが、それよりも仙台に行きたい気力のほうが優っている。昨日は週末パスを利用し、今日もそのきっぷが使えることも大きい。痛い足を引きずりながら新幹線ホームに上る。

 こまち1号ははやぶさ1号と併結されているが、E6系の普通車にまだ乗ったことがなかったので、仙台までこまちに乗ってみた。日曜の早朝の列車なので空席が多く、3分の1程度の乗車率だ。

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 大宮を出てすぐに左手に富士山が見えている。少し空気が濁っている感じがするが、やはり車窓から富士山が見えると清々しい気持ちになる。

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 こまちはミニ新幹線なので、普通車の座席配置は通路を挟んで2列-2列になっている。はやぶさだと2列-3列で、どちらでも一人あたりの座席幅は同じはずだが、こまちのほうがゆったりした感じだ。シートもしっかりしていて座り心地がいい。同じ乗るなら盛岡までの区間でもこまちに乗ったほうがいいような気がする。

 左手に日光男体山が見えて、宇都宮駅を通過してからは最高時速320kmを出す。乗車しているとそれほどのスピード感は感じないが、スマホのアプリで時速320kmを確認する。

 大宮から仙台まではノンストップで1時間6分で走破する。順調に走ってきたが仙台駅構内の手前で一時停止したので、定刻より1分遅れで到着した。

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