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2015年12月

2015年12月31日 (木)

2015年を振り返って

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 今年2015年もいよいよ残すところ1日となりました。今年は乗り鉄にとっては、思いの外忙しい1年でした。北陸新幹線の開業、並行在来線のJRからの分離、富山地鉄市内線の富山駅乗り入れ、仙石東北ライン、仙台市営地下鉄、札幌市電環状運転開始などが新規開業になります。札幌市電は乗りに行けず、越年となりました。

 そのほかにも新線開業ではありませんが、上野東京ライン、東海道新幹線浜松工場回送線、大分車両所回送線、川和車両基地回送線、鷹ノ巣駅構内の渡り線、鹿児島市電・とさでんのデルタ線乗車、埼玉高速鉄道浦和美園車両基地への回送線、ゆりかもめ車両基地回送線などにも乗りました。

 また、大館のレールバイク、小坂町のトロッコ、日田天領水軌道などディープな車両にも乗りました。

 来年は北海道新幹線開業が最大のイベントになりますが、それ以外に大きなイベントがなく、渡り線、回送線のイベントに引き続き注目していきたいと思っています。

 1年間当ブログにお付き合いいただきましてありがとうございます。来年もよろしくお願いします。

2015年12月30日 (水)

鉄道カレンダー

毎年、年末になると来年のカレンダーのことが気になります。 私のような趣味を持っていると、各方面から鉄道カレンダーを頂戴することがよくあります。

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 こちらはrailwayさんからいただいたJR東日本のカレンダーです。

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 こちらは別の方からいただいた、りんかい線と鉄道運輸機構、多摩都市モノレールのカレンダーです。部屋に張り切れないほどたくさんいただいて嬉しい悲鳴です。

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 こちらはANAの株主優待のカレンダーです。

 どれも選りすぐりのベストショットで、切り取って捨ててしまうのがもったいないです。

2015年12月29日 (火)

秘境駅に行こう

秘境駅に行こう
鉄道の趣味のジャンルは非常に多岐に渡っています。私は乗り鉄に分類されますが、その他に撮り鉄や模型、廃線探訪、各種コレクター、時刻表派など諸々あります。そんな中、秘境駅派というのがあります。駅だけポツンと存在し、周りには何もない駅を秘境駅と言います。飯田線の小和田駅や函館本線の小幌などが有名です。

今まで知らなかったのですが、会社の近くの席の人が、親子共々秘境駅派であることを私にカミングアウトしました。牛山隆信さんの「秘境駅に行こう」の本に刺激され、親子で秘境駅を巡っているそうです。

この本はその人から貸していただいたものです。私もこの本にとりつかれ、そのうち秘境駅派になるかもしれません。

2015年12月28日 (月)

新橋SL広場

新橋SL広場
先日、新橋SL広場に行ったら、SLにイルミネーションが施されていました。クリスマス時期限定なのか、そうでないのか分かりませんが、大勢の人でごった返していました。日の光の下で見ると老朽化著しいこのSLですが、夜ならば目立ちません。待ち合わせの合間に写真を撮る人も多かったです。

2015年12月27日 (日)

空旅・船旅・汽車の旅

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 阿川弘之さんの乗り物エッセイ「空旅・船旅・汽車の旅」です。1年くらい前に文庫として刊行されましたが、単行本としては1960年4月に中央公論社から発売されました。おそらく宮脇俊三さんが編集者としてたずさわったものと思われます。昭和20年代から30年代にかけての日本の交通事情がよく分かります。まだ鉄道が花形の時代で、親子三代国鉄の機関士として働く家族の独白調のエッセイがある一方、道路事情は最悪で未舗装道路が多い中、車で東北一周旅行に出る話、スチュワーデスの奮闘記、アメリカ大陸自動車横断、ホノルル航路乗船記など、幅広い分野に渡っていて、当時の日本を含めた世界の交通事情がよくわかります。文章も読みやすく軽妙でいて、記述は正確です。文章の勉強にもなります。みなさまもぜひご一読いただければと思います。

2015年12月26日 (土)

日経新聞春秋

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 昨日の日経新聞の一面コラム「春秋」に宮脇俊三さんの著作が引用されていました。「7つの廃線跡」という著作のまえがきからの引用です。ひと昔前の鉄道の時刻表の巻頭地図には、中小私鉄の路線が各地に路線を延ばしていたことを懐かしむくだりが引用されています。

 時刻表は旅心をくすぐる存在で、スマホやインターネットで列車を検索できる時代になっても、それは変わらず、この先の時代にも残ってほしい気がすると筆者は結んでいます。

 まさにその通りで、目的が1ヶ所に決まっている旅行ではインタネット検索も重宝しますが、アイデアが煮詰まる前の段階では時刻表は欠かせません。時刻表は実際に旅行するときに必要になるのはもちろんのこと、実際に旅行せず机上旅行も楽しめるのは時刻表ならではの特性でしょう。あてもなくページをパラパラとめくり、旅の計画を練るのは楽しいものです。もし無人島に行くことになり1冊だけ本を持っていけるとしたら、まよわず「時刻表」を持っていくでしょう。

  最近は私も年に1冊程度しか時刻表を買わなくなりましたが、それでも旅の起点はいつでも時刻表です。これからも長い付き合いをしていきたいと思います。

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2015年12月25日 (金)

第12回伊豆急全線ウォーク(帰り)

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 蓮台寺駅発15時45分の電車で帰途に着く。黒船電車で展望席に座る。先ほど歩いた区間が車窓に展開していく。

 座席に座っている限りは足の痛みは感じない。せっかくの展望席なのにほとんど居眠りをしてもったいないことをしたと思いながら、伊東駅に着く。この電車は直通で熱海まで進む。

 熱海からは17時41分発の上野東京ライン経由小金井行きに乗り換える。ここから大宮まで乗り換えなしで行けるのはありがたい。ホームを歩き始めると足の裏の痛みが急激に増した。ウォーキング時以上の痛みだ。足の裏のマメがだいぶ大きくなっているようだ。足を引きずりながらホームを歩いていく。ホームのニューデイズでお酒と食料を調達して、グリーン車に転がり込む。

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 発車とともに一人宴会を開催する。伊豆急全線ウォークの楽しみは何と言っても帰りの電車で飲むビールだ。サントリーの期間限定の日本ピルスというのがあって買ってみたが、麦芽の香ばしさがなく今ひとつだったが、もう一つ買ったニッカハイボールジンジャーレモンはさわやかな味わいでおいしかった。

2015年12月24日 (木)

第12回伊豆急全線ウォーク(蓮台寺まで)

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 次の区間は全線中でも最も長い距離で16.3kmもある。河津駅前にはセブンイレブンがあり、ちょうどお昼時なので、ここで食料を調達しておく。

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 まずは河津川沿いを歩く。ここは河津桜の見頃の場所であと2ヶ月もすると観光客でにぎわうだろうが、今日は散歩の人が時折現れるだけだ。先ほどセブンイレブンで買ったパンを食べながら進む。

 河津川を離れると上りが30分以上に渡って続く難所になる。息も荒くなり、汗も噴き出してくる。そんな上りも峰山トンネルで終わりとなる。ここからは蓮台寺駅まで下り一方になる。

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 昨年までは小川に沿った未舗装の道路を進んだが、伊豆縦貫道の工事の関係で、途中から国道沿いを歩くようになった。このあたりは歩道がないのでクルマに気をつかいながら歩いていく。

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 このあたりから左足の裏に痛みを感じるようになってきた。マメができたようだ。新しい靴の影響だ。蓮台寺駅までの区間は、休めるところがないのでバス停のベンチで一休みする。午後2時頃だが、冬至に近い季節なので、日も傾きかけて寒くなってきて、ジャケットを羽織る。

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 稲梓駅の入り口付近からは左足の痛みも増してきて、そこをかばうように歩いていたら、右足にも負担がかかって、歩行に困難を来してきた。あと3kmほどなのでなんとか歩き切りたい。最後の力を振り絞りながらビッコを引いて歩いていく。

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 15時40分、ようやく蓮台寺駅に到着した。

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 バッジは伊豆急8000系だ。


2015年12月23日 (水)

第12回伊豆急全線ウォーク(河津まで)

 次の河津までは正規のルートでは山の中を行くのだが、私は海寄りのコースを歩くことにした。その方が景色が格段に良いのだ。ただし、最も海寄りを歩くと砂浜を行くことになり、シューズに砂が入ったりするので、国道沿いを進むことにする。

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 断崖から海を眺められる区間で、コース中でも屈指のビューポイントだ。

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 こちらは河津海岸。ここから街中に入っていく。駅周辺は区画の整った街並みになっている。

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 河津駅前に足湯ならぬ手湯があり、手を浸してみるとかなり熱いお湯だった。

 12時ちょうど河津駅に着いた。先ほど今井浜海岸駅で私より先に出で行った人は正規のルートを歩いているはずで、まだここに着いていないだろう。

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 バッジはリゾート21だ。

2015年12月22日 (火)

第12回伊豆急全線ウォーク(今井浜海岸まで)

 今井浜海岸までの距離9.4kmは、難易度はCとなっている。マップでは駅を出て左に進むようになっているのだが、私は近道をして右に進む。何回も歩いていて周囲の道も分かっているので近道することもある。ただし、近道だと上りが急になるというデメリットはある。

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 駅を出るといきなり上りですぐに汗をかいてきたので、ジャケットを脱いでリュックにしまう。

 30分ほど上りが続き、いつもの自動販売機が現れると、左に曲がる地点となる。ここから先もアップダウンがしばらく続く。

 ようやく、最後のサミットを超えて、ここから先は今井浜海岸まで下り一方となる。苦労して上ってきたエネルギーを放出しながら下りていく。

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 今日は伊豆諸島がくっきりと見えている。曇っていると大島も見えないのだが、利島、新島もはっきり見える。三角形にとがっている山が利島、平べったい島が新島だ。

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 ところで先ほどから足の人差し指にマメができて、こすれて痛い。オレンヂセンター前というバス停にベンチがあったので、そこに腰を下ろし、絆創膏を貼っておく。新しいシューズにまだ慣れていないようだ。

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 海岸沿いになり今井浜の漁港を過ぎ、11時30分今井浜海岸駅に到着。記念のバッジは伊豆急200系だった。

 私が着いてすぐその後に別のウォーカーもやってきた。その人はバッジをもらうと一休みもせずにすぐ次の駅に向けてスタートしていった。

2015年12月21日 (月)

第12回伊豆急全線ウォーク(スタート)

  今回が第12回の伊豆急全線ウォークのスタートにもかかわらず、伊東駅からではなく、伊豆稲取駅なのは、後日ミスターAN氏と一緒に歩くコースを残しているからだ。

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 伊豆稲取駅で全線ウォーク用の入場券セットを購入する。2210円だ。硬券入場券のセットだが、昨年まではB型だったが、今回はA型硬券だった。セットで買うと各駅でいちいち小銭を出す必要がなくて便利だ。ただし、まとめて買っても割引きはない。

 それから次の駅までのマップと入場券を貼り付けていく「散策シート」もゲットする。今までは各駅間でクイズがあり、それに答えて、全問正解だと抽選で賞品がもらえる仕組みだったが、今回からそれがなくなった。行けば誰でも答えられるクイズを出しても意味がないからだろう。

 なお、第5回のウォークからずっと履いてきたシューズが古くなってきたので、今回から別のにした。だいぶ以前に買って、家の下駄箱にずっとしまいっ放しになっていたアシックスのシューズだ。いつ買ったかの記憶はないが、10年くらい経っているかもしれない。先日試しに履いてみたが、ほとんど新品のままだった。

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 今回のウォークの距離は77.7kmと縁起がいい数字になっている。今日は天気も良く、風もないので絶好のウォーキング日和になるだろう。9時45分、今井浜海岸に向けてスタートした。

2015年12月20日 (日)

第12回伊豆急全線ウォーク(伊豆稲取まで

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 12月19日(土)に伊豆急全線ウォークに行ってきた。今年で第12回になる伊豆急全線ウォークには、私は過去8回参加している。毎回体力のなさを痛感し、今回限りにしようと思うのだが、なぜか毎回参加している。

 大宮駅5時50分の上野東京ライン経由小田原行でスタート。大宮駅周辺は年末近くの土曜日の朝のせいか、飲み明かした若者たちが多数たむろしていた。

 グリーン車に乗車したが、土曜日の早朝にもかかわらず、大宮駅発車時点で5割ほどの乗車率で結構混んでいる。

 まだ日の出前だが、荒川鉄橋を渡る頃には朝焼けを背景に、スカイツリーのシルエットが浮かび上がっていた。

 東京駅を過ぎるとグリーン車も空いてくる。この列車は小田原止まりだが、1分の接続で先行の東海道線に乗り換えられる。

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 伊東で伊豆急下田行きに乗り換える。リゾート21に「にゃらん」というよくわからないヘッドマークを付けている。今回も展望席に座ることができた。

 片瀬白田の先では、大島、利島、新島がくっきり見えている。9時33分、伊豆稲取に到着した。


2015年12月19日 (土)

119番通報

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 昨日、さいたま市内を車で走行中に交通事故の瞬間を目撃し、119番通報するという事態に遭遇しました。

 前を走っていたスポーツタイプの自転車が、路肩に停車していたミキサー車に気付かず、そのままノーブレーキで突っ込んだのです。私はその自転車のすぐ後方を走っていて、前の自転車は当然ミキサー車を避けて、右側に出てくると思い徐行していたところ、そのまま突っ込んでしまったのです。

 私はあわてて車を停めて、自転車に乗っていた男性の様子を確認しましたが、突っ込んだままの姿勢で全く動きません。声を掛けても反応がありません。かなりのスピードで突っ込んだので、私は即死したものと思い、気が動転しました。その直後、ミキサー車の運転手が衝撃音に気付いて降りてきました。

 とりあえず、携帯から119番通報です。
「救急車をお願いしたいのですが」
「今の場所は分かりますか」
「自治医大病院の前です。(前って漠然と言っても相手はわからないな、もっと詳しく言わなきゃ)。第二東中の前です。(この電話、どこにつながっているのだろう。第二東中じゃわからないかもしれない)さいたま市立第二東中の前です」
「T字路のところですか」
「T字路ですか?(確かに100m東にT字路があり、後から考えるとそこの交差点のことを言われていたのだが、その時点ではどこのことを言われているのかまったく分からなかった) とにかく第二東中の正門の前なんです」
「その人の状態はどうですか。」
「自転車で走っていた人が、停まっていたタンクローリー(ミキサー車の誤り)に突っ込んで動かないのです。(振り返るとその男性はいつのまにか路肩のブロックに腰をかけて自分で顔の血をぬぐっているではないか) あっ、すごい血が出ています」
「その人は意識はありますか」
「あります。(この時点では男性は意識が戻っていて必死に血をぬぐっていた)」
「何歳くらいの人ですか」
「20代から30代くらいです」
「そちらの携帯番号を言えますか」
「(着信出てないの? あれ自分の携帯番号がすぐ思い出せないや)えーっと090-1234-5678です。(あれ、あってたかな) 090-1234-5678です」
「分かりました。これから別の場所から急行しますので、近づいて来たら誘導をお願いします」
(別の場所ってどこだ、ここから見えるところに消防署があるのだが、そこから来ないということなのか?)

 救急車が来るまでの間、自分のハンカチを貸したりして、出血を止める手助けをします。路面には直径15cmほどの血だまりができていて、まだポタポタと血が落ちています。

 約5分ほどで救急車が到着し、処置が施され、幸い命に別状はなさそうな感じがします。突っ込んだ直後は気を失っていたのかもしれません。

 その後、消防車が来て現場付近の交通整理を開始し、それに続いて警察も到着し、私に事故の状況を確認しました。この間、30分ほど現場に立ち会いました。

 今回の事故は自分が起こしたものではないのにもかかわらず、私は相当に動転していました。これが仮に自分が起こした交通事故なら、119番に正確な情報を伝えられたかどうか分かりません。

 今回の反省
①まず救護を行うこと・・・私は1秒でも早く119番通報をしなければいけないと思い、あせっていたのですが、まずは状況をよく確認し、止血の手段を取ったり、安全な場所に移動させたりということをしてからでも遅くないと感じました。これをやっても1分とはと違わないでしょう。まずは救護です。

②場所を正確に伝えるのは難しいということ・・・現場は自宅から500mほどのところで、よく知っているところにもかかわらず、随分と漠然とした伝え方しかできませんでした。これが見ず知らずの土地だったら、どうなっただろうと思います。

③もっと周囲の人の援助を頼むこと、また逆に周囲の人も状況に気付いたら援助の手を差し延べること・・・私は事故を真後ろで見ていたので反射的に車を停めて救助に向かったのですが、私の後続車は誰ひとり手伝わず皆走り去ってしまいました。私が電話している間に誰かが介抱してくれていたら、もっと良い処置ができたかもしれないと思います。そのためにも大勢で対応することが必要だと思いました。

 それはそれとして、私もたまに路肩に駐車することがありますが、このような大きな事故に繋がることがあるので、厳に慎みたいと思いました。

2015年12月18日 (金)

北海道新幹線開業カウントダウンボード設置

北海道新幹線開業カウントダウンボード設置
昨日、大宮駅みどりの窓口前に北海道新幹線開業カウントダウンボードが設置されました。昨日が開業日3月26日の100日前なのです。北陸新幹線の時にも同じものが設置されました。

これから毎日、日数が減っていくわけで、開業の日が待ち遠しいです。

2015年12月17日 (木)

新しくなったKiosk

新しくなったKiosk


新しくなったKiosk

大宮店埼京線コンコースにあるKioskがリニューアルされました。緑色の看板が明るい印象を与えています。

従来サイドにあることが多かったドリンク類が正面に来て、菓子類がサイドになりました。

サイドのお菓子はご覧のように所狭しと吊り下げられています。スペースが有効に活用されています。

今後、このタイプのKioskが増えていくのでしょうか。

2015年12月16日 (水)

185系トップナンバー車

185系初号車


185系初号車

昨日乗ったスワローあかぎは185系のトップナンバー車でした。モハ185-1です。昭和56年製造なので、もうすぐ35年目を迎えます。乗用車やバスで、これくらいの年月使われているのは珍しいですが、鉄道車両は結構長持ちするので、同じ頃デビューした小田急LSEもまだ現役です。

185系は当時の急行伊豆を格上げする形で特急踊り子号としてデビューしました。窓が開く特急で、間合い運用で普通列車になるなど、当時の特急のイメージを覆すものでした。

そんな歴史あるこの車両のトップナンバーの車両に乗れて光栄です。

2015年12月15日 (火)

スワローあかぎ

スワローあかぎ
12月15日会社の帰りにスワローあかぎに乗りました。この列車に乗る時は仕事が遅くなるときです。そのため、これに乗るにはビールが欠かせません。特急券が650円と飲食代が900円くらいかかっているので、ずいぶんと割高な列車ですが、とてもリラックスできる列車です。これに乗りたくて用もなく残業しているかもしれません。

2015年12月14日 (月)

カラー写真

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 昨日「電車の遠足」でご紹介した写真は白黒でしたが、ほぼ同じ時期のこちらの写真はカラーです。1970年ころの話ですが、だいたいこの時期くらいから、フィルムが白黒からカラーに移行しつつあったのだと思います。カラーフィルムも庶民の手の届く時代になったのでしょう。

 また我が家でも1970年にテレビが、白黒からカラーになりました。当時は各家庭のドアや門のところにNHKの放送受信料契約者シールが貼られていて、そのシールの色が白黒かカラーで異なり、白黒の家は肩身の狭い思いをしたものです。また新聞のテレビ番組欄も、その番組が白黒かカラーか分かるように示されていました。まだ全ての番組がカラー放送されていたわけではなかったのです。

 この写真は私の住んでいた団地の前庭で撮ったもので、右下の女の子の誕生日会です。男は私一人で、そのせいか浮かない顔をしています。芝生内は本来は立ち入り禁止でしたが、実質的には自由に出入りできました。世田谷区の外れの団地は自然が豊富でした。

2015年12月13日 (日)

電車の遠足

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 京王線続きでもう一枚。私の通っていた小学校では遠足の時、電車で行くことが多かったです。これは小学校1年か2年ころ(1970年ころ)の写真で、おそらく千歳烏山駅の下り線ホームだと思われます。電車が来るまでの間、ホームで待機している様子です。遠足前にクラス全員で、短い停車時間に電車にスムーズに乗る練習をしたのを覚えています。

 1編成まるごとではなく、そのうちの何両かを貸し切りにして、乗った記憶があります。今では大手私鉄ではそういう運用は珍しいでしょう。

 調布を過ぎると沿線の景色も寂しくなり、聞いたことのない駅名が展開し、遠足に行った気分を実感しました。この時にそうしたかどうか記憶はありませんが、当時の子供はロングシートの電車に乗ると、ちゃんと自分で靴を脱いで、座席に膝をついて窓側を向いて乗り、景色を眺めたものでした。今でもそうする子供を時々見かけますが、靴を脱がない子あるいは靴を脱がせない親が多く、苦々しく思っています。

 それはともかく、この当時から電車が大好きなミスターKなのでした。

2015年12月12日 (土)

京王線全通50周年記念乗車券 第2集

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  昨日に引き続き、京王線全通50周年記念乗車券です。

  私の京王線の思い出といえば、上から2枚目と3枚目の5000系です。私が千歳烏山に住んでいた頃は主に特急と急行の運用についていました。5000系は通勤電車で初めて冷房を搭載したことで知られています。屋根の上にポコポコと乗った冷房装置が印象的でした。

1番下の6000系は20m4扉地下鉄乗り入れ対応で、丸っこい5000系とは対象的のカチカチの角張った車両で、まだ当時は車両も少なく、たまに乗れるとうれしかったものです。

2015年12月11日 (金)

京王線全通50周年記念乗車券

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 私が最初に買った記念乗車券です。この記念乗車券自体は昭和50年の発売ですが、私は昭和53年に買いました。たまたま新宿にでかけた時、京王百貨店の記念切符販売店で買いました。私は小学校の時まで京王線沿線に住んでおり、その懐かしさで買ったのでした。

 京王線は大正14年3月24日に新宿から八王子まで開通したのですが、当時は府中で軌間が異なり、直通運転はできませんでした。直通運転が始まったのは昭和3年でした。ほとんど路面電車のような京王線だったようです。

2015年12月10日 (木)

西武新宿駅

西武新宿駅
西武新宿線の始発駅「西武新宿駅」です。ホームが頭端式になっていて、私鉄のターミナル駅らしいです。しかし、午後2時頃というのに閑散とした雰囲気です。

かつては国鉄新宿駅に乗り入れる計画もあり、新宿ルミネにはそれを想定した構造になっているところがあるらしいです。しかし、今となってはその実現性はゼロでしょう。

2015年12月 9日 (水)

西武安比奈線(終点)

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 西武安比奈線の終点付近です。だんだんに樹木がうっそうと茂ってきます。落ち葉も増えていますが、線路はしっかりと見えます。

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 再び鉄橋が現れます。

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 ここを渡っていいのか分かりませんが、自己責任で渡ります。一応、遊歩道のような感じにはなっています。

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 大きな樹木が線路上に覆いかぶさっていて、年月を感じさせます。

 このあたりで沿線散策は終了です。休止から50年近いというのに、状態良く保存されています。廃線跡がこんなにいい状態で残っているのは珍しいでしょう。都心からも近いので、みなさまも散歩を兼ねて一度訪問されてはいかがでしょう。詳しい地図はこちらになります。

2015年12月 8日 (火)

西武安比奈線(国道16号から先)

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 国道16号を渡り、線路はしばらく住宅地の間を進みます。このあたりは架線が張られたままになっています。

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 線路が少しずれています。このままだと脱線します。

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 一般道路と交差する付近。道路上にも架線があるので、車高のある車は要注意です。

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 一部区間は線路が畑となっています。沿線住民が勝手に利用しているのでしょうか。所有の意思をもって平穏かつ公然に他人の物を20年間占有することによって所有権を時効取得できる民法の規定が気になりました。

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 このあたりからは人家も少なくなります。遠くに秩父の峰も見えます。

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 鉄橋が残っています。

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 危険なので鉄橋上は歩けません。

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一般道路と何度も交差します。

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 こちらのお宅は線路を渡らないと自宅に入れないようです。

2015年12月 7日 (月)

西武安比奈線(国道16号まで)

 埼玉県の川越に「西武安比奈線」という線があります。西武新宿線の南大塚駅から分岐し、安比奈に至る貨物線です。入間川の砂利採取を目的に1925年に開業しましたが、川砂利の採取が禁止されたことから、1967年に休止になりました。休止と言っても50年近く休止のままで、実質的には廃線同様なのですが、建前上は休止のため、鉄道の構造物がかなり残っています。その休止線沿線を先日歩いて来ました。

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 南大塚駅の所沢方にある踏切から南大塚駅方向を眺めた写真です。踏切上には本線の複線の線路とは別にもう1本線路があります。これが安比奈線の線路と思われます。

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 こちらは南大塚駅下り線ホーム脇にある安比奈線の0キロポストです。ここが起点の位置になるようです。

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 こちらは南大塚駅の本川越方です。線路の分岐が始まっています。

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 一般道路と交差する付近です。踏切はもうありません。

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 その「踏切」上から眺めた様子です。線路、架線柱とも残っています。50年以上前の構造物が、風雪に耐え、崩壊もせず、よく残っているものです。線路内は西武鉄道の敷地になっているので勝手に立ち入ることはできません。

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 沿線のマンションの駐車場からの様子です。このあたりは複線分の用地があります。貨物列車の待機スペースだったのでしょうか。

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 雑草も少ないので、草刈りも適宜行われていると思われます。

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 国道16号と交差するところです。国道上にはレールはありませんが、今から20年くらい前まではレールが残っていたのを覚えています。

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 中央分離帯は撤去可能なもので構成されていました。

2015年12月 6日 (日)

圏央道桶川北本IC~白岡菖蒲IC間開通

 10月31日に圏央道の桶川北本ICから白岡菖蒲ICまで10.8kmが開通し、東北道と関越道が結ばれることとなりました。先日、その開通区間を走ってきました。

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 開通区間は概ね高架橋ですが、JR高崎線とクロスする付近は地下になっています。

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 開通からまだ1ヶ月なので交通量は少なめです。最高速度は100km/hです。

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 途中に菖蒲PAが開業しています。外回り、内回りどちらの利用者も利用できる構造になっています。かつての高速道路のSAは通行券の不正利用を防ぐため、上りと下りの利用者が接触できないようになっているところが多かったですが、ETCの時代になったせいなのでしょうか。

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 PA内には埼玉県の有名ラーメン店「GANJA RAMEN」 と埼玉県の地域食材を利用した食事が楽しめるお店「菖蒲のごはん屋さん」が入っていて、午後3時という中途半端な時間帯の割に混んでいました。

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 土産物コーナーには、なぜか新幹線のブリキのおもちゃが販売されていました。

 この区間の開通で、混雑時の迂回ルートが増え、首都圏の渋滞緩和に一役買うとされていますが、その効果を期待します。道路も施設も新しくきれいなので、みなさまも早いうちに一走りされてはどうでしょうか。

2015年12月 5日 (土)

ゆりかもめ開業20週年記念乗車券セット

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 ゆりかもめの開業20週年記念乗車券セットです。知人からのいただきものです。2枚のカードが一日乗車券になっていますが、右上に「優待」と書かれています。関係者に配られたものでしょうか。

 D型硬券も一枚付いていますが、裏面を見ると使用できませんとなっています。一般に記念乗車券は一応は使用することができるのですが、これは珍しいです。

2015年12月 4日 (金)

アトレ浦和

アトレ浦和
アトレ浦和
浦和駅に商業施設「アトレ」がオープンしました。北館には蔦屋書店が入っていて改札口を出ると、そこがすぐ蔦屋書店です。

この改札口はSuica専用で、紙の切符では出入りできないようになっています。

スターバックスコーヒーも蔦屋書店に同居していて、コーヒーを飲みながら本を読め、いい雰囲気になっています。

2015年12月 3日 (木)

エキュート大宮

エキュート大宮
大宮駅構内にある「エキュート大宮」が先月、一部リニューアルされました。

飲食店のスペースに新しいお店がいくつもオープンしました。牛タンの店や立ち食い寿司の店などです。

まだオープンしたばかりなので、どの店も混んでいるので、一段落したら全部の店に行ってみたいと思います。

2015年12月 2日 (水)

ある日の埼京線運転状況

ある日の埼京線運転状況

こちらはある日の私の携帯に送信された埼京線の運転状況です。人身事故、線路点検、荷物挟まりなどで、1日に4件も送信されてきます。これがこの日だけの特別な事情ではなく、ほとんど毎日のように送信されてきます。安定輸送とはほど遠い状況です。こういった事態を少しでも減らす取り組みが行われているのでしょうか?

2015年12月 1日 (火)

不思議な位置にある降車ボタン

不思議な位置にある降車ボタン
先日、国際興業バスに乗った時のことです。降車ボタンが座席の下に付いているのに気づきました。こんなところに付いていても誰も気づかないと思います。この座席の窓付近にはちゃんと降車ボタンが付いていました。

確かにこの位置にあれば手を伸ばさずに押せるので、便利と言えば便利ですが・・・

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