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2015年4月

2015年4月30日 (木)

北陸新幹線と並行在来線の旅(えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン)

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 妙高高原駅から先はえちごトキめき鉄道になる。ここが県境の駅で、そのために運営主体が新潟県に変わるのだ。

 えちごトキめき鉄道は旧信越本線部分が妙高はねうまライン、旧北陸本線部分が日本海ひすいラインという線名がついている。

 乗換時間は2分しかない。同じホームの反対側前方にステンレス車両が停まっているのが見える。E126系でJR時代の車両をそのまま使用しているようだ。駅名標だけは新会社のものに取り替えてあるのはしなの鉄道と同じだ。駅名票は山並みをデザインしたものだった。

 乗り込むと同時に発車した。2両編成で客は少なく全員で20名はいないだろう。私は先頭車で前面展望を楽しむ。

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(バックでスイッチバック線に入るところ)

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(スイッチバックから出て本線に進入するところ)

 二本木駅ではスイッチバックがあるのでしっかり眺める。下り列車の場合、先に駅に入り、出る時にバックでスイッチバック線に入る。その際運転士は後部運転台に入らずに先頭車の運転台から首を出してバックのまま進行する。ワンマン運転なのでちょっと危険な感じもする。他のスイッチバックではこのようなことをしていただろうか?

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 上越妙高駅に入る手前でえちごトキめき鉄道の線路は新幹線開業に伴う駅舎移転で西側に移設された。運転席から眺めていると右に分岐していく廃線跡が見える。すでに路盤もほとんど撤去されていた。

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 11時53分、上越妙高駅着。えちごトキめき鉄道では全線フリー切符を発売している。本来ならば妙高高原駅で購入すべきところだったが、乗り換え時間が短く買う余裕がなかったことを駅員に告げると、本当はダメなんだけどそこで買ってくださいと出札窓口を示される。料金は全線フリーで2日間有効で1000円と、とてもお得だ。感謝します。

2015年4月29日 (水)

北陸新幹線と並行在来線の旅(豊野→妙高高原)

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 豊野に10時30分に到着。これから乗る北しなの線は10時51分発で少し時間があるのでいったん改札を出る。この駅はしなの鉄道の管轄のはずだが、駅舎の看板はJRのままだ。

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 一方、改札口の上の表示は、しなの鉄道となっている。

 定刻にやってきた北しなの線の車両は正面が赤い塗装の115系3両編成で、しなの鉄道で以前から使用されていた車両だろう。

 車内の客は少なく、私はボックス席を一人で占領する。豊野を出るといきなり上り勾配が始まる。

 古馬駅では左手に雪を頂いた山が二つ見える。グーグルマップで調べると黒姫山と妙高山であることが分かる。

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 沿線の河川は雪解け水で豪快な流れを形成していた。

 トンネルに入り、分水嶺を越え、11時19分妙高高原駅に到着した。これでしなの鉄道北しなの線37.3kmに完乗したのだが、代わり映えがないので取り立てて感動のようなものはないのは仕方ないだろう。

2015年4月28日 (火)

北陸新幹線と並行在来線の旅(おいこっと)

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 北陸新幹線飯山駅の見学を終えて豊野に戻る。飯山駅在来線ホームでは間も無く観光列車の「おいこっと」が入線するようで、駅員や観光案内所の人たちが歓迎の準備をしている。おいこっとは「走る農家レストラン」というキャッチフレーズで、車内で地元の食材を生かした食事ができるようになっている。

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 「おいこっと」が着くとホームでその乗客向けにリンゴジュースとお菓子の振る舞いが行われる。私は「おいこっと」の客でもないのに、それに紛れておこぼれにあずかる。お菓子は砂糖をまぶした豆菓子で、運が付く粉と書いて、運粉(うんこ)と呼ばれていた。地元の放送局も取材していて、運粉を大げさにおいしがっていた。

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 車内はこのような感じで、水戸岡風になっている。なお、「おいこっと」とは「TOKYO」を逆から読んだもので、東京の反対、つまり田舎ということらしい。

 飯山からは9時59分の長野行きで豊野に戻る。車両はポカポカでついウトウトしてしまう。駅ごとに客が乗ってきて、定刻10時30分豊野着。

2015年4月27日 (月)

北陸新幹線と並行在来線の旅(飯山駅)

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 飯山駅の在来線ホームは新幹線開業に伴い200mほど長野寄りに移設されていた。新幹線への乗り換えはいったん在来線改札を出る仕組みになっている。ポイントの先にかつての駅があった模様。

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(展望デッキから眺めた駅前の様子)

 新幹線の駅舎はガラス張りでモダンな建物になっていた。しかし、駅前の整備はこれからで、駅左手にスーパーが建築中であること以外はまだ目新しいものは何もない。

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 駅構内には、ニューデイズ、観光案内所、カフェなどがあり、新しくてきれいなので、いい雰囲気になっている。

 駅前広場には観光バスも停車していて、新幹線効果が少しずつ表れているようだ。東京からも近いので今後の発展に期待したい。

2015年4月26日 (日)

北陸新幹線と並行在来線の旅(飯山まで)


北陸新幹線と並行在来線の旅(飯山まで)


 長野からは今回新しく開業したしなの鉄道北しなの線に乗って飯山に向かう。飯山は飯山線の途中駅だが今回新幹線の駅ができたので、まずそこを見学するためだ。

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 私は4つの第三セクター鉄道を乗り継いで金沢に向かうので、金沢までの通し切符を買えるか窓口で聞いてみたところ、直江津までしか販売していないとのこと。なぜ直江津なのかはよくわからないが、そうなっている。仕方がないのでその窓口で北しなの線フリーきっぷを購入。1000円だ。私は片道しか乗らないがこれでも元は取れる。

 8時35分発の戸狩野沢温泉行きに乗る。飯山線に乗り入れるからキハ110系のディーゼルカーでJRの車両だから、北しなの線の雰囲気は感じられない。運転士もJRだ。しかし、ホームの駅名標だけはしなの鉄道仕様に取り替えられていてる。

 わずかな乗客を乗せて2両のディーゼルカーは長野を定刻に発車。豊野までが北しなの線区間だが、駅名標が変えられたくらいで大きな変化はなかった。豊野で北しなの線と別れ、千曲川沿いをゆっくりと進む。よく晴れていて暖房の車内は暑すぎるくらいだ。9時23分飯山駅着。

2015年4月25日 (土)

北陸新幹線と並行在来線の旅(はくたか551号)

北陸新幹線と並行在来線の旅(はくたか551号)
今回の旅は大宮駅6時54分の北陸新幹線はくたか551号金沢行きでスタートする、と言ってもいきなり金沢に行くのではなく、まずは長野まで行き、そこから並行在来線を乗り継いで行くことにしている。北陸新幹線の開業と引き換えに長野から金沢までの信越本線、北陸本線はJRから分離され、地元が出資する第三セクターに移管されたのだ。まずそれに乗ってみる予定なのだ。

大宮駅18番線に上がり、ホームで列車の到着を待つ。私は10号車を予約してある。12両編成で前から3両目だ。定刻に入線してきた。ゴールドのラインが印象的だ。

6時54分定刻に発車。いつも通勤で利用している埼京線は6時55分発なのでほぼ同じ時間だ。

このはくたか551号はJR西日本の編成だった。北陸新幹線は上越妙高までがJR東日本で、その先がJR西日本の路線で、車両もJR東日本とJR西日本がそれぞれ保有している。

いい日旅立ちのメロディーでアナウンスが始まる。旅の気分も高まってくる。座席シートはエンジで、今までの新幹線のシートでは見たことのない色合いで、古都金沢に向かう列車らしい。床も同色だ。

一方、天井の照明は最新式のLEDになっている。また、ミラーが貼り付けてあり、網棚の忘れ物を見つけやすいように工夫されている。

シートには各座席にコンセントが付いていてありがたい。AC100V 60Hzとなっている。これから西に向かう列車らしい。

座席のヘッドレストは手動で上下できるようになっているのも目新しい。

車内は9割以上の乗車率で私は通路側のC席しか取れなかったが、通路側のほうが隣の人に気兼ねなく、通路に出られるメリットもあるので、通勤用グリーン車では好んで通路側に座る人も多い。

通路の向かい側にはいかにも金沢に行くらしい女性四人組がいて、おしゃべりに余念がなく、かなりうるさい。

左手に秩父の峰を眺めながら、熊谷、本庄早稲田と通過し、関越自動車道を一またぎし、あっという間に高崎に到着。以前前橋に住んでいたことがあり、時々利用していた駅なので懐かしい。

通路の向こうの女性四人組は、「高崎で東北に行く線と別れるんだっけ?」と語り合っている。誤りを訂正したいが、会話に割り込むわけにもいかない。

高崎で満席となり、進路を西に取る。碓氷峠をトンネルで駆け上がり、軽井沢には7時37分着。いつも通勤で利用している埼京線の新宿着は7時40分なのでほぼ同じだ。新幹線を利用するとは言え、大宮から新宿に行くのと軽井沢に行くのとが、ほぼ同じ時間とは驚きだ。

佐久平、上田と停車し、長野には8時08分着。ここで降りてしまうのはちょっともったいない感じで、後ろ髪を引かれる思いだ。

2015年4月24日 (金)

北陸新幹線と並行在来線の旅(始めに)

北陸新幹線と並行在来線の旅(始めに)
北陸新幹線開業から1ヶ月以上経過しましたが、この間忙しくなかなか乗りに行く機会に恵まれませんでした。しかしようやく時間が確保できたので、今度の土日を利用して行ってくることにしました。

私のように乗り鉄と知れ渡っている人間は、人と会うと必ず北陸新幹線に乗ったかと聞かれ、まだと答えるのがカッコ悪かったのですが、これで胸を張れるようになります。

往路はJRから分離された並行在来線4社を乗り進めながら、その行程で新規開業した新幹線各駅の様子も見て富山に一泊し、復路はグランクラスで金沢から大宮まで一気に帰ってきます。

それでは明日から行ってきます。

2015年4月23日 (木)

第11回伊豆急全線ウォーク(終りに)

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 今回のワッペンシールを記念ケースに収めたものがこれだ。ワッペンシールは薄っぺらで物足りないと思っていたが、こうしてケースに収めるとなかなかいい感じだ。バッジよりあたたかみがある気がする。

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こちらは散策シートで、各駅の入場券を貼付してある。硬券の入場券を貼付してあるので、ずしりと重みがある。

(これで第11回伊豆急全線ウォークを終ります)

2015年4月22日 (水)

第11回伊豆急全線ウォーク(帰路)

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 完歩の手続きを終えて、駅前にある足湯でくつろぐ。温度は少し低めで、ヌルヌルとした泉質だ。最初一人で入っていると、地元に人らしき人が来た。私は珍しく長湯をして、結局20分位も浸かっていたが、その男性は私以上に入っていた。

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 伊豆急下田発14時49分の電車で帰る。本来はリゾート21による運行だが、この日はダイヤ乱れの影響で一般車両だった。ちょっと残念だがボックシートで窓側にテーブルもあるので食事をするのに問題はない。

 まだ一杯やる時間ではないが、半日歩いて完歩したわけで、電車の発車と同時に一人祝賀会となった。こんな時間にお酒を飲んでいる客は他にいない。肉料理が多く、関係各位からご指摘を受けそうだが、そんなことは気にしない。

河津駅の発車メロディーは天城越えだった。川奈ではゴルフ場帰りの客が乗ってきて賑やかになり、ほぼ満席になった。

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 伊豆急下田から乗った電車は熱海行きで、私は熱海で上野東京ライン経由小金井行きに乗り換える。ここからは大宮まで乗り換えなしで帰れる。行きと同様グリーン車に乗る。熱海発車時点ではガラガラだ。

 小田原では後続の踊り子号を待避する時間を利用して、駅の売店で追加の食料を調達する。

 横浜、川崎、品川、新橋と停車するうちに、退社時間と重なり、だんだんと混んできて、東京駅発車時点でグリーン車も満席になった。

 東京駅から私の隣に乗ってきた男性は、缶チューハイ、おつまみ、駅弁を抱えていて、長期戦のようだ。私が大宮で下車する際も飲食中で、私のほうが遠慮しながら通路に出る。

2015年4月21日 (火)

第11回伊豆急全線ウォーク(蓮台寺→伊豆急下田)

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 河津からの3時間を歩き続けていたので少し休むのが普通だが、先が見えたきたので、私は5分の休憩で伊豆急下田へとスタートした。ここからは3.5km、平坦な土地を行くので楽勝だ。

 この区間のクイズはコースに平行して流れている川の名前を答えるもので簡単だ。寝姿山が見えるとゴールは近い。35分ほどで伊豆急下田着。今回で8回目の完歩となる。まだ14時位で日が高い。今までの完歩の中で時間が一番早いだろう。

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 さっそく駅事務室を訪れ、完歩の手続きを行う。私は561番目の完歩者だった。画像が562番めとなっているのは、駅員の人が番号を更新した後に記念撮影をしたからだ。

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 駅構内には完歩者のメッセージボードが用意されている。私も自分のメッセージを561番に記入した。「ウォーキングの後のビールはうまい」というようなことを書いてきたので、皆様も実際に行って見てきてください。

 

2015年4月20日 (月)

第11回伊豆急全線ウォーク(河津→稲梓→蓮台寺)

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 河津から蓮台寺までの区間は距離が16.3kmもあり、全線中最も長い区間で難易度はCとなっている。駅前にセブンイレブンが新しく開店していたので、ここでドリンクと食料を調達しておく。この先は買えるところがないので要注意だ。

 まず川沿いの堤防の上を歩く。河津桜の並木が続く区間で、1ヶ月ころ前ならば見頃だったはずだ。風が強いので前傾姿勢で歩く。

 宝泉橋を渡ると上り坂が始まる。ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように歩いて行く。汗をかき始めたので、服を1枚脱ぐ。そんな急坂の途中に河津町の学校給食センターがあり、いつもながらこんな山中ではなく、平地にいくらでも土地があるだろうにと不思議に感じる。

 無人のみかん販売所を過ぎ、いくつかのカーブを抜けると、警察官が交通違反の取り締まりを行っている。私はその脇を抜けようとすると、「お疲れさま」と声がかかり、ちょっと緊張する。

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 河津駅から約1時間で峰山トンネルを抜けると上り坂は終り、ここから先は距離は長いが、下り一方なので意外と楽な区間になる。里山の風景が展開し、気分ものんびりしてくる。ちょうどお昼時になったので、河津駅前のセブンイレブンで買ったおにぎりを歩きながら食べる。

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 ここは稲梓駅への入り口。無人駅になったのでここには寄らず、次の蓮台寺駅へと歩を進める。この区間のクイズは蓮台寺駅手前にある鉄塔に表示されている名称を答えるものだ。

 13時20分、蓮台寺駅着。河津から3時間で歩いたから、時速5.3kmで歩いた計算だ。そんなに速く歩いたつもりはなかったし、上り坂もあったから、これは想定外の速歩だった。

2015年4月19日 (日)

第11回伊豆急全線ウォーク(今井浜海岸→河津)

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 今井浜海岸駅に9時38分に到着。今回使用している切符は南伊豆フリー乗車券で、伊東以南の伊豆急全線と周辺の路線バス乗り放題で都区内発が6160円なのでとてもお得だ。往路の切符を改札口で渡す。その時はうっかりしていたが、私は大宮駅の改札で通勤で使用しているSuicaで入場したので、ここでSuicaの入場記録をリセットしてもらう必要があったのだ。翌日大宮駅で入場する際エラーが出たのだ。

 それはともかく、いよいよウォーキングのスタートだ。風が少し強いがウォーキング日和だ。

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 今井浜の東急ホテルを抜けると、海岸沿いの砂浜の上を歩く。靴に砂が入りそうなのが難点ではあるが、眺めの良い区間で、潮の香りも感じられ、ウォーキング区間でも屈指の光景が展開する区間である。

 海岸から離れ、河津の街中に入り、10時10分、河津駅着。この区間のクイズは河津駅前にある塔に書かれている文言を答えるもので一目瞭然だ。

2015年4月18日 (土)

第11回伊豆急全線ウォーク(今井浜海岸まで)

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熱海で8時24分発の伊豆急下田行きに乗り換える。この時間の車両は黒船電車が使用されることが多かったが、今日はアルファリゾート21だ。しかし先頭車が展望席になっているのは変わりない。私は前から2列目に座る。

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  伊東線内の各駅は駅名票が更新されていて、伊豆の山々と海をデザインしたイラスト式になっていた。リゾート路線はこのほうが感じが出る。また発車メロディーも「🎶ミカンの花が咲いている〜」という曲で伊豆らしい。

  伊東で伊豆急の運転士に交代する。帽子に赤線が入っているので助役なのだろう。今まで伊豆急で助役運転士に出くわすことはなかった。喚呼の声がよく聞こえる。

  いつもは対向車との行き違いで待避線に入る南伊東では本線に停車した。伊豆急は観光路線なので、平日と休日では特急の本数が違うので、こういうこともあるわけだ。

  今日は晴れてはいるが、快晴ではないので大島は見えない。片瀬白田からは左手に東伊豆海岸線の波打ち際を眺めながら、9時38分今井浜海岸に到着した。

2015年4月17日 (金)

第11回伊豆急全線ウォーク(熱海まで)

第11回伊豆急全線ウォーク(熱海まで)
グリーン車も横浜付近からは乗ってくる客も多くなった。下りでもゆったりと通勤したいニーズはあるのだろう。グリーン車は静かで落ち着くから、余計にお金を払ってもそのほうがいい人も多いだろう。

ところでグリーン車のアテンダントは女性限定かと思っていたが、この電車は若い男性だった。学生アルバイトなのだろうか。

私の電車は小田原止まりなのだが、小田原で先行の電車に追いつくのでありがたい。しかし、乗り換え時間はわずか1分だ。

小田原からは高い位置から相模灘を見下ろして走る。いつもながら眺めの良い区間だ。

熱海には8時12分に到着した。

2015年4月16日 (木)

第11回伊豆急全線ウォーク(上野東京ライン)

第11回伊豆急全線ウォーク(上野東京ライン)
4月16日、会社の休みが取れたので伊豆急全線ウォークに行くことにした。今回で完歩する予定だ。

まず大宮駅発5時50分の上野東京ラインでスタートする。先月のダイヤ改正で登場したルートをさっそく活用するわけだ。もちろんグリーン車に乗る。

時間帯から言ってガラガラだと思っていたら、大宮発車時点で50%の乗車率でびっくりする。私は階下席にようやく2人並んだ空席を見つけた。

大宮駅前のマクドナルドで買ったソーセージマフィンと大宮駅のニューデイズで買ったブレンドコーヒーで朝食とする。ブレンドコーヒーは今はやりの100円テイクアウト方式のコーヒーで、ニューデイズらしく電車の図柄になっている。

グリーン車の客は上野でほとんど乗り降りがないまま、上野から上野東京ラインに入る。グリーン車階下席ならではの低いアングルで線路を観察する。

東京、新橋、品川と下車客が増え、品川発車時点で2割ほどの乗車率になった。

2015年4月15日 (水)

1972年世田谷区立烏山北小学校

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 数日前に京王プラザホテル の話をした時に、まだ自分の学校は4階建てだったとお伝えしましたが、その当時の学校の写真が出てきました。1972年に創立20周年記念で撮影した航空写真です。校庭に生徒が集まって人文字を作りました。

 奥が鉄筋校舎で右側が3階建て、その後増築された左側が4階建てです。木造校舎やプレハブの校舎もまだありました。世田谷区の西の外れにある学校で、周辺の建物は木造2階建てが中心で、まだ空き地も目立ちます。

 小学校3年生の時はプールの隣にある木造校舎でした。給食室が鉄筋3階建て校舎の裏に併設されていたので、給食当番は延々と重い荷物を台車も無しに教室まで運んでくるので随分大変だったです。

2015年4月14日 (火)

浦和駅東口の様子

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 浦和駅東口の工事現場のフェンスに昔の浦和の写真が掲示されていました。これは昭和58年ころの浦和駅東口の写真です。狭い駅前広場に客待ちのタクシーが待機している構図で、確かにこんなふうだったなあという記憶が蘇ってきました。浦和駅は西口が栄えていましたが、いくらその反対口とはいえ県庁所在地の駅前がこれでいいのかという気がしていました。

  その浦和駅も今は駅も高架になり、面目を一新しました。当時は西口から東口に抜ける自由通路は駅の南北の少し離れたところにある一般道を利用するしかなかったので、入場券を買って駅を抜ける人もいたでしょう。

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2015年4月13日 (月)

湘南新宿ライングリーン車

湘南新宿ライングリーン車
4月13日帰りの電車は湘南新宿ラインのグリーン車に乗りました。新宿からグリーン車で帰るのは初めてです。平日なのでグリーン料金が770円と高めです。普通車では飲めませんが、グリーン車ならば気兼ねは入りません。さっそく一人で一杯やりました。

2015年4月12日 (日)

安倍首相、北陸新幹線に初乗車

安部首相、北陸新幹線に初乗車
4月11日の首相動静です。東京駅7時20分のかがやき503号で金沢に向かいました。グランクラスに乗車したようです。森元首相も同行しました。私はまだ乗車していないので、首相に先を越された格好です。

福井延伸を望む支援者の意見にも声を傾けたようで、それも早く実現させてもらいたいものです。

2015年4月11日 (土)

新宿通勤6ヶ月

新宿通勤6ヶ月
新宿に通勤するようになり、ちょうど6ヶ月になりました。定期券も継続しました。朝は埼京線で座っての通勤で楽ですが、そのために15分ほど早く家を出ています。帰りは新宿始発の電車も若干ありますが、基本的には一番先に発車する電車に乗ります。
乗る車種は233系か231系であまり代わり映えはしませんが、そこそこ快適に過ごせる車両です。

最近はスワローあかぎ号に味をしめていますが、まだ湘南新宿ラインのグリーン車には乗っていないので、これにも乗りたいと思っています。

せっかく新宿通勤になったのにまだあまり新宿の話題がないので、これからはいろいろ探していこうと思います。

2015年4月10日 (金)

京王プラザホテル

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 新宿西口にある京王プラザホテルです。超高層ビルの草分けで47階建てです。私が小学生の時に完成しました。

 当時世田谷区の京王線沿線の団地に住んでいた私は、ベランダからこのビルを眺めました。私の住んでいた団地は5階建てで、ミスターK一家はその最上階に住んでいましたが、5階ですらとても高い建物の時代でした。私の小学校は4階建てでしたし、家の近くの別の団地も4階建てでした。木造の建物は平屋の家もありました。そういう時代の47階建てですから、その驚きは相当のものがあったでしょう。

 今見ると随分と薄っぺらな建物ですが、古さは感じられません。スタイリッシュさと気品を兼ね備えています。

 その後、新宿西口には高層ビルがいくつも建ち並び、私もそのビル街で働くようになりましたが、このビルを見るとそんな小学生時代を思い出します。

2015年4月 9日 (木)

参宮橋駅の不思議な軌道

参宮橋駅の不思議な軌道

参宮橋駅で見かけた軌道です。スラブ軌道とバラスト軌道の中間のようです。レールは細長い縦長の軌道にしっかりと固定されています。その間には細かいバラストが敷き詰められています。あまり見かけない軌道です。

2015年4月 8日 (水)

4回目のスワローあかぎ号

4回目のスワローあかぎ号
4月6日夜、4回目のスワローあかぎ号乗車です。今回は各方面の指導に従い、野菜中心のメニューにしました。ビールのロング缶はやめたほうがいいですね。

2015年4月 7日 (火)

東京駅開業100周年記念Suica

東京駅開業100周年記念Suica
東京駅開業100周年記念のSuicaの購入時期を知らせるメールが来ました。何と来年2月に払い込み用紙が送られて来る予定のようです。しかも散々待たせた割りに払い込み用紙が届いたら一ヶ月以内に振り込めという身勝手なメールです。

それはともかく、開業102年目の年にようやく手に入れることができる貴重なSuicaとなりました。

2015年4月 6日 (月)

青函トンネルウォーク

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 昨日青函トンネル竜飛海底駅のケーブルカーの話をしましたが、その関連です。2006年8月に青函トンネルを歩けるイベントがあり、参加してきました。といっても、青函トンネル本体ではなく、工事用のデータ収集などを目的とした先進導坑と呼ばれるトンネルで、本体のトンネルの脇を通っています。

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 口径はこれくらいで、単線トンネルほどです。吉岡海底駅から竜飛海底駅の間、約24kmを歩きます。ちょうど海底部分を歩くわけです。気温は年間を通じ、ほぼ20度で暑くもなく、寒くもなく、ちょうどよいです。湿度は90%と高いですが、気になることはありませんでした。最大斜度は1000分の10なので、上り勾配でも苦になることはありませんでした。

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 こちらが先進導坑の貫通地点。

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 このウオーキングの時は、竜飛海底駅から地上までは1316段の階段を登りました。

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 ビルの30階以上の高さを登る計算になりました。このときはその後3日間筋肉痛に苦しみました。




2015年4月 5日 (日)

竜飛海底駅ケーブルカー

 4月3日午後、青函トンネルを走行中のスーパー白鳥から出火し、竜飛定点付近で緊急停車し、乗客がケーブルカーで地上まで避難したという事故がありました。度重なるJR北海道の列車事故に「またか」という思いがします。安全の根幹がどうなっているのでしょうか。非常に不安です。幸い今回は死傷者は出ませんでしたが、一歩間違えが大惨事になっていたはずです。避難誘導は、少ない乗務員での対応を思えば概ね適切だったかと思いますが、今後北海道新幹線の開業を控え、対策と再発防止策をしっかりとしてもらいたいと思います。

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 ところで、今回乗客が地上に出るために使われたのが、竜飛定点駅と地上とを結ぶケーブルカーです。ここは営業運転も行われており、私は1997年10月に乗りました。当時青函トンネルの竜飛海底駅を見学するツアーがあり、それに参加した際に地上との往復で乗りました。運行は地上にある青函トンネル記念館で、距離は0.8kmとなっていました。ケーブルカーは2両の車両が行ったり来たりするタイプと1両の車両が行ったり来たりするタイプの2通りありますが、ここのは後者でした。当然輸送量は小さいです。地上駅、地下駅の乗り場付近には空気の流れを遮断する鉄の扉があり、ケーブルカーが動くときだけ開く仕組みになっていました。これがないと地上とトンネル内の気圧差で強風が吹くらしいです。

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 こちらは地下にある竜飛定点の待避所です。長いベンチがあります。今回の乗客たちもここで待機していたはずです。よく見ると中央部付近にレールが埋められた跡があり、工事中に使われたトロッコ用の軌道でした。

 それにしても、ケーブルカーも定点も無事使えて良かったですが、こんな形でここを利用することにならないことを切に希望します。

2015年4月 4日 (土)

三日続きのスワローあかぎ号

三日続きのスワローあかぎ号
三日続きのスワローあかぎ号
今日で三日連続のスワローあかぎ号乗車です。病みつきになったみたいです。この日は昔懐かしい斜めストライプの踊り子号でした。

夜9時まで仕事をして帰るとちょうどこの列車の時間になります。期初なのでいろいろ仕事があってこれくらいの時間になってしまうので、ちょうどいい時間帯の列車です。今日も真にやむを得ない事情があったので、発車前からロング缶で一杯始めました。

2015年4月 3日 (金)

二日続きのスワローあかぎ号

二日続きのスワローあかぎ号
二日続きのスワローあかぎ号
昨日に続いて、再びスワローあかぎ号に乗りました。満員の埼京線を横目にゆったりと帰れます。病みつきになりそうです。しかし特急料金は安いのにビールとおつまみ代が高く付きます。

なお、私の流儀では列車が動き出すまでは飲んだり食べたりしないのですが、真にやむを得ない事情がある場合は例外として飲食が認められます。この日はその特例に該当しました^_^

2015年4月 2日 (木)

スワローあかぎ号

スワローあかぎ号
スワローあかぎ号
会社の帰り、新宿始発のスワローあかぎ号に乗りました。新宿発は1日1本で21時29分発です。現在チケットレスサービスで割引キャンペーンをやっていて、450円の特急料金で乗れるのでグリーン車で帰るより割安です。

車両は185系でかなり老朽化していますが、ガラガラなので気になりません。新宿発の時点で私が乗った3号車は5人しか乗っていません。

ビールを飲みながら、優雅な帰宅となりました。

2015年4月 1日 (水)

鈍行最終気まぐれ列車

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 昨年亡くなられたレイルウェイライター種村直樹さんの初期の傑作選「鈍行最終気まぐれ列車」が先日刊行されたのでさっそく読んでみた。まだ昭和の時代、国鉄の時代の汽車旅エッセイが中心で、全て発表済みの作品である。本書を読み進むと過去に読んだ記憶が蘇ってくる。ちょうどそのころ鉄道に興味を持ち始めた私は種村作品を大いに参考にさせていただき、各地に乗りつぶしの旅に出た。

 種村作品の特徴は、新聞記者出身らしく固有名詞と数字が正確なことだ。列車の時刻や地名はもとより、文中に出てくる同行した読者の勤務先や年齢までもが正確に表示されている。それとともに文体も独特で、「僕」「ヤング」「◯◯クン」などの言葉がキーフレーズだ。旅の仕方は一人旅は少なく、読者とのグループ旅行が中心で、目当ては温泉と郵便局だ。本書でも一人旅の記事はほとんどない。したがって、宮脇俊三さんとは対局にある感じだ。宮脇さんは基本的に一人旅で、時に出版社の編集者と同行することもあるが、多くても二人旅だ。文体もシンプルで、同じ言葉も繰り返しては使わない。

 それはともかく、こうして昔の作品を改めて読み返して見ると、この間の鉄道の移り変わりがよく分かる。国鉄はJRになったし、ローカル線の廃止も進んだ。周遊券もなくなったし、硬券入場券はほとんどなくなった。夜行列車も数えるほどになった一方、新幹線網は充実し、来年には北海道まで達することになった。

 旅の楽しさを教えてくれた種村作品に再び触れることができ、氏の鉄道著作が今も私の中に息づいていることを再認識させてくれた。皆様もぜひご一読くださればと思います。

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