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2014年8月15日 (金)

夏が来れば思い出す6

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 夏が来れば思い出すシリーズの6回目です。これは志賀高原の画像です。前回浪人時代の話をしましたが、その翌年、首尾よく大学に合格し、アルバイトで志賀高原にやって来たのです。と言っても旅館の住み込みのアルバイトではありません。塾講師の夏合宿のアルバイトです。志賀高原のホテルに1週間泊まりこみ、小学生高学年向けに主に社会科と国語を教えていました。去年までは夏季講習を受ける立場の人間が、1年経つと一転して教壇に立っていたわけです。

 私の受け持ちの授業は午前中2時間、午後2時間、夜は生徒の自習のフォローです。授業のない時間帯は基本的にフリーでしたが、山奥で出歩くところもないので、授業中の生徒や先輩の先生を横目にゆったりと温泉につかっていました。こう書くと結構楽なアルバイトと思われるかもしれませんが、合宿の現場でいきなり教材を渡されて、すぐ授業なのです。ずいぶんといい加減な塾ですが、埼玉県下ではトップクラスの実績を誇る塾で、私も中学生の時に通っていたのです。

 また、夜の自習のフォローは10時過ぎまで及び、それが終わっても、夏合宿を成功させようと諸先生がたが熱い議論を交わす職員会議が深夜12時ころまで繰り広げられ、アルバイトの私もそれに参加させられました。私は何の発言もせず黙っていましたが、合宿で一緒になった私より1年上の先輩アルバイトの人は教師志望で、その議論に積極的に参加していました。

 しかし、そんな苦労とは裏腹に、合宿期間中のアルバイト代は、3食付いて1日1万円くらいもらえました。この合宿以外でも夏季講習でも1ヶ月ほど教えていたので、夏休みの間に15~6万円くらい稼ぎました。アルバイト代が現金支給だったので、今までに手にしたこともない分厚い封筒を抱え、用心しながら家に帰りました。

 ただ、この合宿の鉄分は全くなく、往復ともバスでした。バスは川中島バスという長野県の会社でした。バスガイドがつかず、男性の運転士2名による運行なのが残念でしたが、それでもアルバイトとはいえ私は一応「先生」なので一番前の席に座らせてもらい、特等席からの景色を十分堪能しました。そんな思い出の志賀高原でした。

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ところで、こんな写真が出てきました。中学校2年時の志賀高原の林間学校です。上述の夏合宿の6年前になります。ミスターKは中列左端です。この時はまだ背も低く可愛らしい少年でした。ちょうどコマネチが活躍していた時期です。

 

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