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2014年3月12日 (水)

下河原線跡

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 かつて国鉄下河原線というのが国分寺駅から分岐していました。武蔵野線開業に伴って廃止されましたが、その跡が遊歩道として利用されています。

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 コースの途中にあるモニュメント。電車ごっこの像とあります。昔の子供は縄跳びのひもを結んだりして、こんな感じで遊んだものです。私もそうでした。

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 枕木を利用した柵です。遊歩道のところどころに、鉄道の線路を偲ばせるものがある。

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 線路が埋め込まれている場所もあります。

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 まっすぐ進んでいるのが本線で多摩川に向かっています。左に分岐するのが東京競馬場行きの線路です。

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 廃止から40年以上も経つので、線路跡を示すものは少ないですが、ゆるやかなカーブがその跡をしっかり示しています。

 ところで、この下河原線は途中で京王線と交差するのですが、立体交差していたのでしょうか。橋脚を示すようなものはありませんでした。

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廃線跡」カテゴリの記事

コメント

 素敵な廃線跡を歩かれましたね。国分寺から東京競馬場駅までは現役時代に乗ったことがあるのですが、終点の東京競馬場駅だけの印象しか思い浮かびません。京王線は当時は高架ではなく地平を走っていましたので、下川原線はアンダーパスかオーバーパスかのどちらだったのでしょう。国道20号(甲州街道)との交差も気になります。踏切だったのでしょうねえ。昼間は単行電車ですが、朝夕は中央線から101系10連で東京から直通運転が行われていたので、それなりに安全対策はしていたと思います。まだ「生き証人」はたくさんおられハズですので、書き込みを期待したいです。

railwayさん、こんにちは。

交差部分をよく見たのですが、痕跡は発見できませんでした。どこかのブログに出ているかもしれませんね。

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