ただいまの時間

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2013年6月

2013年6月26日 (水)

東急多摩田園都市開発50周年記念パスネット

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 東急の「東急多摩田園都市開発50周年」記念パスネットです。旧5000系が懐かしいです。田園都市線に5000系が走っていた時代もあったのでしょうか。

 親戚が田園都市線沿線に住んでいたので昭和40年代には何度も乗りました。当時は運転本数が少なく、しかも途中の梶ヶ谷止まりの電車もあり、非常に不便だった記憶があります。「たまプラーザ」という駅名は特に印象に残っていて、子供心になぜ「プラザでなくプラーザなのか」疑問に思っていました。

 

2013年6月24日 (月)

東急ストア開業40周年記念缶ビール

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 このところ東急関連の入場券の紹介が続きましたが、今回は東急ストア開業40周年記念の缶ビールです。平成8年11月7日に買いました。この時で40周年ですから昭和30年代前半の開業ということになります。図柄の東急電鉄最初のステンレスカーも昭和33年製造ですから、同じ時代にデビューしたわけです。日本が高度経済成長へ向かうなかで生まれたスーパーマーケットとステンレスカー、ともに時代の先端をいっていたのでしょう。両者は今では日々の生活に不可欠のものとなりました。

2013年6月19日 (水)

こどもの国駅

Kouken_013
 こどもに国線こどもの国駅の入場券です。券面には東京急行電鉄とありますが、運行は東急で、路線の所有はこどもの国協会でした。運行時間帯も、こどもの国の営業時間に合わせたもので、始発は遅く、終電は早かったのです。

 この当時は運行本数も少なかったのですが、その後みなとみらい線を運行することになる横浜高速鉄道に譲渡され、飛躍的に本数が増えました。

2013年6月18日 (火)

桜木町駅

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 東横線桜木町駅の硬券入場券です。この駅はみなとみらい線の開業により、平成16年に廃止になりました。図柄に描かれているランドマークタワーもかつては日本一の高さでしたが、大阪の阿倍野にできた「あべのハルカス」に日本一を譲りました。時代とともに、鉄道も街も移り変わっているようですが、その洗練された街並みは明治のころから変わりません。

2013年6月17日 (月)

代官山駅

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 代官山駅のD型硬券入場券です。同潤会アパートの図柄です。代官山の同潤会アパートは現在は取り壊されて、代官山アドレスという複合ビルに生まれ変わっています。

 私が小学生のころ、祐天寺にある祖父の家に行くときは、必ずこの代官山駅を通りましたが、ほとんど乗り降りがなく、この駅の存在価値を疑いました。しかし、今ではおしゃれな街の代名詞になりました。その変貌ぶりには驚きます。

2013年6月16日 (日)

渋谷駅

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 東急渋谷駅のD型硬券入場券です。3月に地下駅に移転し、乗り換えが不便になりました。これは平成8年のもので、まだ地上時代ですが、駅舎は描かれていません。

 サザエさん一家の銅像には課税されそうになっていますが、このハチ公はどうなのでしょうか。相当前からある銅像なので、いずれにしても償却期間が過ぎて課税されていないのでしょう。

2013年6月15日 (土)

桜新町駅

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 最近、桜新町にあるサザエさん一家の銅像が課税されるというニュースがありましたが、こちらはその桜新町駅のD型硬券入場券です。東急電鉄では以前はいくつかの駅で、観光記念でこういったタイプの入場券を販売していました。そういうものをわざわざ買いに行ったものでした。まだ昭和の名残のある時代でした。

 ところで銅像って各地にありますが、課税されているのでしょうか?

2013年6月14日 (金)

中央林間駅

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 中央林間駅の硬券入場券です。赤線入りのとても珍しいものです。東急でもこういった硬券の切符を販売していた時代があったのです。

 日付が平成8年9月10日となっていて、数字がステップアップしています。その日付を狙ってわざわざ買いに行ったようです。

2013年6月13日 (木)

大宮駅

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 埼玉新都市交通ニューシャトルの大宮駅の硬券入場券です。乗り場は大宮駅の外れのような場所にあります。この大宮駅はループ線になっていて、駅に進入した列車は進行方向のまま進み、折り返えさない特殊な構造になっています。

 この入場券は平成8年に購入しましたが、今はおそらく販売されていないと思います。「自動改札に入れないでください」と赤字で印刷されているのが特長的です。

2013年6月12日 (水)

北海道ワイド周遊券

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 ここのところ、昭和の時代の北海道の切符を紹介してきました。それらの切符は、この北海道ワイド周遊券を利用した旅の途中で買い求めたものでした。冬季にこの周遊券を購入すると2割引きになる特典もあり、学割と相まって、定価35,000円の6割くらいの値段で買えました。東京からの往復切符と北海道内は特急自由席を含めて乗り降り自由でこの値段ですから、大変お得な切符でした。

 有効期間は20日もあり十分すぎるほどですが、旅行者によっては、期限が近づくと別の旅行者に声をかけ、有効期間の残っている人と切符を取り替えて、さらに旅を続けている人もいました。乗車券の譲渡はもちろん違法ですが。

 当時の北海道は札幌から釧路、網走、稚内、函館行きの夜行列車が走っており、こういった列車を宿代わりにして旅を続けたものです。2晩連続の夜行列車は、今の私なら敬遠しますが、当時はそれが常識でした。風呂に入れなくても何でもありませんでした。

 今はこういった周遊券もなくなり寂しいものですが、私自身も北海道に行くときは往復とも飛行機だったりするので、これも時代の流れでしょうか。

2013年6月11日 (火)

雄武駅

Kouken_044興浜南線の終点「雄武駅」の入場券です。駅名は「おむ」と読みますが、地名は「おーむ」と読むため、「オーム真理教」の街と間違えられてイメージダウンになった時期もありました。興部~雄武間19.9kmをオホーツク海沿いに走る線ですが、私が乗った4か月後に廃止になりました。

2013年6月10日 (月)

北見滝ノ上駅

Kouken_049 渚滑線の終点「北見滝ノ上駅」の入場券です。渚滑線は名寄本線の渚滑駅から分岐し、北見滝ノ上駅に至る34.3kmのローカル線です。

 私の乗車から1か月もしないうちに廃止になりました。当時の北海道はローカル線が次々と廃止になっていた時期でした。

2013年6月 9日 (日)

根室標津駅

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 標津線の終点「根室標津駅」の入場券です。標津線は釧路と根室の中間の北側、中標津付近を走るローカル線です。標茶-中標津-根室標津を結ぶ線と中標津-厚床を結ぶ線の2線で構成されています。知床への入口となる駅ですが、冬でしたのでそういう客は誰も乗っていませんでした。

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 ウィキペディアで位置関係を示す地図があったので参考にしてください。だだっ広い原野を走るのんびりとした線でいたが、平成元年に廃止されました。

2013年6月 8日 (土)

幾春別駅

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幌内線の終点「幾春別駅」の入場券です。岩見沢から幾春別までの18.1kmを結ぶローカル線です。昨日ご紹介した万字線と同じく、岩見沢から出発する線です。この周辺は石炭の産地で、そのために敷設された線です。

また北海道で最初に開業した幌内-手宮間の路線の一部が、この幌内線になっています。この地方で産出される石炭を小樽港まで運び出すのが、この線の使命でしたが、その役割を終え、この翌年廃止されました。

2013年6月 7日 (金)

万字炭山駅

Kouken_043_2 万字線の終点「万字炭山」駅の乗車券です。万字線は岩見沢駅の隣の志文駅から南に伸びる23.8kmローカル線です。

 昨日の様似駅と同様、(ム)の表示があるので無人駅で、委託を受けた地元の人が短距離乗車券を販売していました。入場券を買おうとすると、老人の窓口氏は「この駅には入場券はないのです」と説明してくれました。

日付も、ダッチングマシーンという硬券の乗車券に日付を入れる機械ではなく、ゴム印で捺されています。

 当時の北海道のローカル線では、自分以外にも必ず乗り鉄(その当時は乗り鉄という用語は存在していなかった)の人がいましたが、この駅では鉄子の人がいました。当時は鉄子はとても珍しかったのです。

 そんな線もこの2年後に廃止になりました。

2013年6月 6日 (木)

様似駅

Kouken_039_2 日高本線の終点「様似駅」の乗車券です。昨日紹介した広尾駅から国鉄バスに乗って、えりも岬経由で様似に至りました。当時の北海道ワイド周遊券は国鉄線だけでなく、国鉄バスも乗れたのです。

 えりも岬に向かうバスの中では自然と「えりも岬」の歌を口ずさみます。3月ですが、まだ春にはほど遠い時期で、まさに「なにもない春」でした。

 この様似駅は国鉄職員が配置されていない無人駅で入場券はありませんでした。簡易委託という扱いで、地元の業者が短距離切符の販売を行っていたので、最短区間の切符を買いました。

 切符の券面の様似の文字の前に(ム)の表示があるのは無人駅の意味で、下段の様似駅発行の前に、(簡)とあるのは簡易委託の略です。

 この日高本線は今も廃止されずに残っています。

2013年6月 5日 (水)

広尾駅

Kouken_045 広尾線の終点「広尾駅」の入場券です。広尾線は帯広から南に伸びる84.0kmの線で、途中に幸福駅があったことで有名でした。宮脇俊三さんの「最長片道切符の旅」では、旅のスタート地点になる駅でした。

 私は帯広から乗車し、広尾からバスでえりも岬を経由し、日高本線の様似駅に至りました。北海道の南部なので3月とはいえ、雪は少なめでした。

 この線も私が乗った翌年に廃線になりました。


2013年6月 4日 (火)

興部駅

Kouken_007 名寄本線の途中駅「興部(おこっぺ)駅」の入場券です。私はこの駅でこの日に北海道の国鉄全線を完乗しました。全線に乗るまで3回北海道に行きました。それぞれ1週間ほど滞在しましたので、全部に乗るまで3週間を要したわけです。今ならば1週間あれば完乗できるはずですから、どれだけの線が廃止になったかわかると思います。

 この線もこの3年後に廃止になりました。全長140kmもある長大な路線ですが、廃止されました。

2013年6月 3日 (月)

日高町駅

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 富内線の終点「日高町駅」の入場券です。会社へ就職する直前に行った北海道旅行で買ったものです。富内線は日高本線の鵡川から分岐するローカル線で、鵜川~日高町間82.5kmという距離で、行き止まり式の盲腸線にしては長い距離です。

 苫小牧、鵡川と経由して日高町に至るルートだと同じ道を行って帰ってくることになるので、私は石勝線の占冠(しむかっぷ)からバスで日高町駅に向かいました。日高町営の小ぶりな路線バスで雪道を走ること30分で駅前に着きました。

 日高町駅は街の外れにあって、寂しいところでした。バスを降りてから列車の発車時刻まで2時間ほど待ち時間がありましたが、待合室にはストーブが焚かれていて、意外と快適に過ごせました。私が乗った年の11月には富内線が廃止になり、この駅も同じ運命をたどりました。

2013年6月 2日 (日)

岩内駅

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 岩内線の終着駅「岩内駅」の入場券です。岩内線は函館本線の小沢駅から分岐する14.9kmのローカル線で、私が乗った年の7月に廃線になりました。

 函館駅発の夜行普通列車で小沢駅に朝4時52分に着き、小沢発6時15分の始発列車で岩内へ向かいました。行きはまだ夜明け前だったので、帰りにしっかり車窓を眺めようと思っていたのですが、帰りの列車で居眠りをしてしまい、沿線の様子の記憶はありません。

2013年6月 1日 (土)

糠平駅

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 国鉄士幌線の実質的終着駅「糠平駅」の入場券です。士幌線は帯広駅から北へ伸びるローカル線で、終点は十勝三股駅なのですが、昭和53年から糠平~十勝三股間はバス代行に変更になったのです。

 路線が廃止になったのではなく、並行する道路をバスで運行するのです。実際に鉄道の車両に乗れないので私にとっては廃止同然ですが、扱いは災害時の代行輸送と同じで、鉄道の切符で乗れました。したがって、私は糠平駅で鉄道車両から下車し、マクロバスに乗り換え、十勝三股駅へと向かったのでした。一面の銀世界が印象的でした。

 私が乗り鉄の世界に入ってから、乗らずに廃止になった数少ない線の一つが、この糠平~十勝三股間でした。

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