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2013年4月

2013年4月30日 (火)

第9回伊豆急全線ウォーク(今井浜海岸→河津)

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 いよいよ今井浜海岸駅からウォーキングを再開する。前回この駅にたどり着いたのが今年の1月だから3か月以上経過した。季節は真冬から穏やかな春に変わった。

 このウォーキングは、出発駅の入場券を購入するところから始まる。前回ミスターAN氏は城ヶ崎海岸の駅で、せっかく買った入場券を紛失した前歴があるので、今回はしっかり格納している。

 駅前の国道を渡り、今井浜東急リゾートを過ぎる。ゴールデンウイーク中ランチビュッフェが2980円で開催されている。ランチでこの値段で二人でびっくりしながら通りすぎる。

東急リゾートのわきを抜けて海岸に出る。今井浜海岸だ。サーフィンを楽しんでいる人も見える。砂浜の上を進んでいく。

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 ミスターAN氏は写真を撮って家族に送信している。到着報告をしているようで、妻帯者は大変だ。

 海岸沿いのバンガローの脇を過ぎ、急階段を上る。標高差15mほどで大したことはないが、ミスターAN氏は「これに上るの」と聞いてくる。「この区間は難易度Aで一番楽な部類だよ」と答える。

 そうこうするうちに、今井浜海岸駅から約30分で河津駅着。駅の窓口でバッジの引換をしようとすると、団体旅行の添乗員が団体切符の購入手続きでもたもたしていているが、別の駅員が出てきてくれて、無事引換を完了。
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バッジは「ありがとう211系 急行伊豆」だ。211系の急行列車とは随分いい加減な急行だが、リバイバル運転の類だろう。

2013年4月29日 (月)

第9回伊豆急全線ウォーク(リゾート21)

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 熱海で新幹線を降りた我々は伊豆急下田行きに乗り換える。乗り換え時間は14分ある。車両はリゾート21で先頭車が展望室になっている。ミスターAN氏は昼食の準備をしてきていないので、この間に駅で調達する。一方私はリゾート21の展望席を取るため先を急ぐ。

 ホームに上がるとすでに入線していて展望室には先客も多かったが、運よく前から2列目をゲットできた。展望室は5列20人分の客席しかなく、この展望室がゲットできるかどうかで旅の楽しみも変わってくる。

 定刻8時25分スタート。皆楽しそうに写真を撮っている。この車両は1986年製で我々の入社年次と同じだ。お互い一つの会社でずっと働いているわけで親近感が湧いてくる。

 伊東で運転士がJRから伊豆急に変わり、伊豆急線に入る。南伊東の手前ではアパートのベランダから、我々の車両を眺めるともなく見ている老人がいる。日課になっているのだろうか。

 伊東から伊豆高原にかけては去年二人で歩いた区間で、車窓から歩いた道路も一部見える。去年の旅の思い出を話しながら、伊豆高原着。ここで伊東からの運転士はもう交代する。ミスターAN氏は運転士の体調管理を気にして、乗務前に変なものを食べて、お腹がおかしくなったりしないか心配している。

 線路は結構アップダウンがある。車窓から見かけた勾配は1000分の25が最大だったようだ。昭和36年開業の伊豆急線では蒸気機関車時代の勾配制限の名残を引きずっているようだ。

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 片瀬白田の先からは伊豆諸島が見えるようになってきた。ミスターAN氏は窓から見える大島の写真を撮っているが、私は伊豆高原から窓側に乗ってきた栗山千明似のきれいな人が気になっていた。

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今井浜海岸駅には9時38分着。乗ってきた車両をバックに記念撮影をする(この人がミスターAN氏です)。

2013年4月28日 (日)

第9回伊豆急全線ウォーク(こだま635号)

第9回伊豆急全線ウォーク(こだま635号)
  しばらくご無沙汰していた伊豆急全線ウォークの第三回目をを昨日再開した。今回はミスターAN氏が同行することになっている。彼は一年前にも参加し、私の全線完歩を祝ってくれた。

  4月27日、ゴールデンウイークの初日、東京駅で待ち合わせる。朝7時代なので駅の混み具合もまだそれほどでもないが、彼は急いでいて私に気づかず通り過ぎようとする。

  今回は帰りの電車の関係などで新幹線でスタートする。新幹線の自動改札は入口ゲートが少ないにもかかわらず、慣れない旅行者が多く、アラームがあちこちで鳴っていて渋滞している。

  駅構内の売店でお互いサンドイッチとホットコーヒーを買い求め、車内に入る。11号車は6割くらいの乗車率で連休中にしては空いている。

  発車とともに食事を始める。ミスターAN氏はフタがついたコーヒーの飲み方を知らないらしく、飲み口の開け方を私に聞いてくる。今どき珍しい人だ。彼はウオーキングに備え、かつサンドを食べている。

 今日は天気もよく新横浜を出ると富士山がよく見えてきた。彼はiPod touchを取り出し、写真を取りまくっている。スピードのせいか電柱が斜めに写っている。

 私はiPhoneのアプリでこの新幹線の速度を示してあげる。こだまでも時速270kmを示していた。

 小田原で後続ののぞみを待避し、熱海には東京駅から45分で到着した。こだまもスピードアップしているようた。

2013年4月27日 (土)

八木西口連絡線の旅(のぞみ254号)

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 のぞみ254号は新大阪始発なので、発車の10分前に入線し、すぐ乗車することができた。駅の売店でお酒やおつまみを買い込み、一人宴会の準備を始める。帰りの列車で飲むお酒は最高だ。

 列車が出発すると同時にビールの飲み始めた。列車が動き始める前から食事を始める人をしばしば見かけるが、動き始めるまえから食事を始めるのは列車に対して失礼だと思っている。私は列車が動き始めてから、食事を始めることにしている。これが列車に対する礼儀というものだ。

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 そんな難しい話はともかく、すでに日が暮れた街並みを肴に飲むお酒は最高だ。旅の余韻に浸りながら、一日の行程を思い出す。この柿の葉寿司は橿原神宮前駅での乗り換え時間を利用して買っておいたものだ。小ぶりで食べやすいサイズだ。

 八木西口連絡線、狭軌8番線に乗れたことが成果だが、見ごろを過ぎた吉野千本桜の人気にも驚いた。なかなか充実した日帰り行だった。

 

 

2013年4月26日 (金)

八木西口連絡線の旅(新大阪駅27番線)

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新大阪駅に19時に到着し、私がこれから乗る19時50分発ののぞみ254号までは少し時間がある。この間に、今年3月から運用を開始した27番線を見てきた。従来は20番線から26番線まで7本あったのだが、そこに今回1本加わったのだ。

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27番線は26番線の外側にあって、片面式ホーム1面のみだ。茶色の枕木が目新しい。コンクリート製なのか木製なのか見た限りはわからない。


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新大阪駅のホームは20番線と27番線が片面式ホーム、21番線から26番線までが島式ホームとなった。ダイヤ作成上のネックが緩和されたことだろう。

2013年4月25日 (木)

八木西口連絡線の旅(新大阪駅まで)

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 行きと同じく橿原神宮前で狭軌8番線に進入し、ここで列車を乗り換える。乗り換え時間が26分あるので駅構内を散策する。橿原線と南大阪線を結ぶ通路には売店やカフェ、コンビニなどがあり、ちょっとしたエキナカを形成していた。

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左が吉野から乗って来た列車、右がこれから乗る列車。1本のホームの左右で軌間が違うのは、かつての新八代駅を思い出す。

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 八木西口駅でいったん停止してから八木西口連絡線に進入する。行きとは逆の眺めだ。

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先の中継信号機も青を示している。


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 本線に合流し、上本町を目指す。行きと同じく五位堂で2本の列車を通過待ちした。夕方のラッシュ時間帯になり、ノロノロ運転で進む。下車前に添乗員さんがあいさつに来て、拍手で応える。鶴橋には3分遅れの18時30分着した。

 帰りは私は鶴橋で下車した。ホームに降り立つと焼肉のいい匂いがしてきた。さすがは鶴橋だ。 

 大阪環状線では関空行きの転換クロスシート車両に座れた。山手線では同様のことはありえないので、大阪の混雑度は東京とは比べものにならない。

大阪でのJR京都線に乗り換え、19時に新大阪に到着した。

2013年4月24日 (水)

八木西口連絡線の旅(吉野駅)

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 高城山展望台を出て、約1時間20分で吉野駅に戻ってきた。集合時刻まではまだ20分ほどある。この吉野駅に前回来たのは昭和62年の3月で25年以上も前のことだ。それほど前のことではあるものの、駅や駅周辺の記憶が全く残っていないのはさびしい。

 私が旅の記録を文章として書き残すようになったのは、このブログを始めたここ5~6年のことなのだ。このブログを始めてから分かったことだが、文章として記録を残すことは思いのほか大変なことで、例えばこの「吉野駅」の記事を書くにしても、たっぷり30分くらい時間がかかるのだ。結構労力がいる仕事だということをご理解いただきたい。宮脇俊三さんも「最長片道切符の旅」のあとがきのなかで、「1日の行程を書くのに2日かかる」と書いておられるが、実際に旅をしている時間よりも文章にするほうがずっと多くの時間がかかるのだ。

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 それはそれとして、少し時間があるので駅前の店で桜のソフトクリームを買ってみた。桜らしい甘酸っぱいソフトクリームだ。値段が250円というのも観光地にしては良心的だ。


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 時間がきて列車に乗り込む。発車は16時17分なのでまだ30分くらい時間があるが、山登りで疲れた体にはありがたい。運転席後ろの席は別の夫婦に先に占拠されてしまったので、先頭車の中ほどに陣取る。

 定刻に発車すると、添乗員さんがアンケート用紙を配ってきた。用紙だけ渡されて、筆記用具はないので持参のもので回答した。全般的には満足だったが、お弁当は少し物足りなさを感じたので、その旨を記した。

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 ご覧のような小ぶりなもので、コンビニならば500円はしないで買えるような簡素なものだった。以前、「水戸岡栄治の幸福な臨時列車」に乗ったときは相当に豪華なお弁当が出たが、それほどでなくてもよいけれども、もう一工夫ほしい。本来付いているはずだった桜餅が付かなくなったので100円返金された。

 それでも、バスの旅と違って鉄道はゆったりしていて、渋滞もないから疲れ知らずだ。やはり鉄道には鉄道の良さがある。


2013年4月23日 (火)

八木西口連絡線の旅(高城山展望台)

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 金峯山寺を出て、再び上り坂を進む。このあたりが観光客が一番多いところで、歩くのもままならない。こういった道を少しそれると山の景色が見えるが、この辺りでは桜の見ごろは過ぎている。かろうじてピンク色に染まった木々も見える。下の写真は中千本のあたりだ。

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 上に登れば、見頃のところもあるだろうという淡い期待を抱きながら歩みを進めていくが、登れど登れど見頃を過ぎた桜しか見えない。急坂を一歩一歩踏みしめながら登っていく。気温が低いのが幸いして、ほとんど汗をかかないで済むのはありがたい。

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上千本のあたりでも見頃は過ぎていた。

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 高城山展望台に到着。ここも見ごろを過ぎていた。ここでちょうど2時になったので、これから先はあきらめることにした。この先、奥千本まで行っても見られる保証はないし、帰りの集合時刻のこともある。

 吉野千本桜は、下千本、中千本、上千本、奥千本とあり、いつ行ってもどこかは見ごろのところがあるというのがふれこみのようだが、4月中旬になると吉野山でも相当上に行かないと桜は見られないようだ。

 後醍醐天皇は吉野に逃れ、ここでどんな思いで桜を眺めたのだろうかなどと思いながら、坂を下った。

 下り坂は思いのほか急で、よくこの坂を上ってきたものだと、我ながら感心した。

2013年4月22日 (月)

八木西口連絡線の旅(金峰山寺)

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 ケーブルを乗り終えて、一人お花見ツアーを始める。上り坂になった細い参道を進んでいく。道の両側は、土産物屋や食事処が林立している。平日というのに結構な人出だ。年配の人が多い。


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 このあたりは吉野千本桜の下千本のあたりだが、参道沿いには桜はほとんどない。しかも店が建て混んでいるので視界も効かない。

 ケーブルを降りてから約10分で金峰山寺の入口に到着する。由緒ありげな山門や本堂が続く。

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 この本堂は国宝らしい。

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 お炊き上げも行われていたが、折からの強風で炎がもうもうと上がっていて少し危険な状態だ。

2013年4月21日 (日)

船橋駅ビル解体

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船橋駅南口にあったビルが解体されています。以前は3階建ての老朽化したビルが建っていましたが、いつの間にかあっという間になくなっていました。

3年後に10階建てのビルが建ちあがります。ホテルとショッピングセンターになるようです。ちょっと狭い敷地ですが、どう変わってい行くのでしょう。

3年後には船橋から転勤しているはずですが、どんなビルができるか楽しみです。

2013年4月20日 (土)

マクドナルドハッピーセットプラレール

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 八木西口連絡線の旅は1回休みです。昨日からマクドナルのハッピーセットのおもちゃがプラレールに変わりました。従来プラレールが付くのは毎年10月の鉄道の日前後でしたが、今年は春もやるようです。さっそく金曜日のお昼に買ってみました。

 車両は全部で8種類ありますが、自分で選べぶことはできません。袋を開ける瞬間のドキドキ感がたまりません。今回出てきたのは「さくら・みずほ」でした。ラインナップを見ると、165形東海型急行電車、ゆふいんの森、成田エクスプレスなどがあり、気になります。

 前回は会社の人も協力もあり、コンプリートできたので、今回もがんばってみようと思います。

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2013年4月19日 (金)

八木西口連絡線の旅(吉野大峯ケーブル)

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 橿原神宮駅の狭軌8番線を出て、50分ほどで吉野駅着。私の旅はここで終わったも同然なのだが、ほかの客はここからツアーの本番の吉野千本桜巡りとなる。

 千本桜を見るには、吉野駅から急坂の七曲り坂を歩いて登っていく方法と、ケーブルで途中まで登る方法とがあるが、私は迷わず後者にした。歩きに自信がないのではなく、このケーブルに乗りたいのだ。

 このケーブルは日本最古のケーブルとして、機械遺産にも指定された由緒ある乗り物なのだ。ケーブルとは言いながら、実はロープウェイなのだが、ケーブルにぶら下がって進んでいくので、あながち誤りでもないだろう。

 私の鉄道の乗りつぶしの対象は、いわゆる一般の鉄道のほか、軌道(路面電車)、無軌条電車(トロリーバス)、跨座式鉄道・懸垂式鉄道(モノレール)、案内軌条式鉄道(新交通システム)、鋼索鉄道(ケーブルカー)までとしており、索道(ロープウェイ)までは含まれていない。

 したがって、ここのケーブルもどきのロープウェイにも乗る義務はないのだが、せっかく近くまで来て乗らない手もない。乗るのなら下りでもよいのだが、混雑で乗り遅れて、集合時刻に間に合わなくては元も子もない。何時間でも待つつもりで先にこのケーブルを制覇しておくことにしたのだ。だから上りに乗るわけだ。

 railwayさんのブログでは1時間待ちとあったので覚悟してきたが、見た感じではそれほどでもなさそうだ。添乗員さんは待つより登ったほうが早いと登りを薦めている。お年寄り以外は歩き組になったが、私は上述の通りじっと待つことにした。

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 ケーブルは2台の搬器が交互に運行されている。立ち客も含めて20人以上乗せていて、ピストン運行をしている。思いのほか早く順番が来て、20分待ちで乗車することができた。ケーブルの支柱には、昭和3年5月建築と書かれている。85年も前の開業で、日本最古のロープウェイのようだ。そういう観点から機械遺産に指定されたのだろう。

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 搬器の内部は座席が8人分くらいで、そのほかの客は立って乗る。そのためつり革も付いて いる。ベルが鳴り、出発。85年も前から運行されているとは思えない普通の乗り心地だ。 

 みるみる高度をかせぎ、先ほど降りた吉野駅が遠くに見える。このあたりは桜もほとんど散っているが、これから登っていくと見頃のところもあるだろう。約3分で山頂の吉野山駅に到着した。駅舎には、機械遺産認定のプレートも貼ってあった。

2013年4月18日 (木)

八木西口連絡線の旅(橿原神宮前駅狭軌8番線)

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橿原神宮前駅に着いた我々の列車は、ここが終点になる。ここまでは標準軌で、ここから先が狭軌になるので乗り換える必要があるのだ。この駅は、標準軌の橿原線と狭軌の南大阪線が合流する駅で、狭軌の南大阪線のホームはここから少し離れたところに位置しているので、橿原線を降りて南大阪線に乗り換える客は駅構内を少し歩くようになっている。

そういう構造になっているので、我々も本来であれば駅構内を歩くはずであるが、我々の乗った列車が着いた1番線の隣に番線表示のない線が一つあり、ここに列車が入ってくることになっている。これが狭軌8番線と通称されているもので、普段は使われていないのでホームにも番線表示がないのだ。さきほど普段乗ることのできない八木西口連絡線に乗ったわけだが、この狭軌8番線もそれと同様普段は乗れない線なのだ。

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 乗り換え待ちで20分弱を要したのち、10時54分に発車。今度は最後尾車両から走り去る線路を眺める。

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いくつかの線路が集約され、1本となり、南大阪線と合流する。

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 左に行くと、南大阪線になる。

2013年4月17日 (水)

八木西口連絡線の旅(八木西口連絡線)

 五位堂で運転停車をしたのち、いよいよ八木西口連絡線にやってきた。まず、左手から新ノ口連絡線が近づいてくる。これは伊勢方面と京都方面の特急が走る連絡線で以前乗ったことがある。

 その線を左手に見ながら、右側に転線し、さらに右に分岐する。これが八木西口連絡線だ。枕木が木になり、単線となる。線路も心なしか細いようだ。路地裏のようなところを行き、橿原線に合流する手前でいったん停車する。先行列車が見えている。

信号機が変わり、八木西口駅に進入する。この駅は今はJTBの時刻表に掲載されているが、かつては大和八木駅と同一駅扱いで時刻表に載っていなかった。 

 八木西口駅ホームの南端で下り線に転戦し、八木西口連絡線は終了した。以下に画像をまとめて紹介します。
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2013年4月16日 (火)

八木西口連絡線の旅(発車)

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 参加者がそろったところで、添乗員さんが今回の旅行の概略を肉声で伝える。今回は150名の参加のようだ。railwayさんの時は乗るべき車両が指定されていたようだが、今日は2号車を除き、どこでもよいとのこと。2号車は鶴橋から乗車する人に割り当てられている。

 添乗員さんの誘導のもと、ホームに上がる。すでに列車は入線していた。railwayさんの時は転換クロスシートのトイレ付の車両だったのだが、今回はロングシート車両だ。私は先頭車両を目指すが、悠々と運転席の右後ろの席をゲットできた。鉄道ファンはひとりもいないようだ。

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 1本置いた隣のホームには、車体に「クラブツーリズム」と書かれた2両編成の専用列車が止まっている。「かぎろひ」という名前も見える。旅行会社で専用車両を持っているようだ。この列車には別のツアー客が乗っている。特急車両のようなクロスシートになっている。

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 定刻に発車。先頭車両は10名くらいしか乗っていない。手ぶらでスポーツ新聞だけ持っていいる初老の男性がいて誤乗かと心配になる。鶴橋で60名ほど乗ってきて、一部が先頭車にも乗ってきて、ロングシートがさらっと埋まる乗車率になった。

 布施駅で奈良線と別れ、複々線から複線になる。おおさか東線の下をくぐり、途中、新型特急「しまなみ」とすれ違ったりする。久しぶりに乗る線なので、iPhoneのグーグルマップで位置関係を確認したりしながら過ごす。 

 途中、添乗員さんが吉野山散策マップとお弁当を配りながら、注意点などを伝える。帰りの集合時刻が15時40分と告げられると、参加者の1名が「集合場所は吉水神社か。マップの吉水神社の下に時間が書いてあるぞ」と大声で厳しいご指摘。確かにそう見えないこともないが・・・

 

 

2013年4月15日 (月)

八木西口連絡線の旅(大阪上本町駅)

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 なんばで御堂筋線から千日前線に乗り換える。乗り換え通路は御堂筋線の最後部にあったのでホームを結構歩かされた。乗り換えた千日前線は9時前というのにガラガラで、座って谷町九丁目駅まで進む。谷町の発音は、一番最初の「た」のところにアクセントを置く。知らなければこういう発音はできない。

 谷町九丁目駅から集合場所の大阪上本町駅までは歩いていく。駅名は別だが、ほとんど同じところにあり、3分ほどで着く。9時20分の集合のところ9時前には到着した。

 地下中央改札内で集合することになっているので、改札で旅行案内を示すことにより、そのまま駅構内に入れる。駅員に旅行案内を示すと、自動改札脇のラッチのところから通してくれると思ったら、自動改札を解除し、そこから駅構内に入るしくみになっていた。駅構内の立ち飲み屋の前が集合場所だ。駅構内に立ち飲み屋があるとは大阪らしい。東京では駅構内にあるのだろうか。

 すでに受付が始まっており、名前を告げて、引き換えにクラブツーリズムのバッジを頂く。それを上着に付ける。参加者を見渡すと、平均年齢が65歳後半から70代と思われ、50歳の私は若手の部類に属するようだ。railwayさんのブログにも鉄道ファンが一人もいないということが書かれていたが、今回もそのような感じだ。リタイアした夫婦ペアか女性同士のグループが主なメンバーのようだ。私はわざわざ会社の休みを取ってやってきたのだが、それほど今回の八木西口連絡線は価値のある区間だと思うのだが、鉄道ファンにはあまり知られていないようだ。

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 発車まではまだ時間があるので駅構内を散策する。この大阪上本町駅は、地上ホームと地下ホームに分かれていて、地上ホームは頭端式の行き止まり、地下ホームは難波方面に直する地下線となっていて、数年前からは阪神電鉄と直通運転するようになった。

 駅長室の前には、これもまたrailwayさんのブログで見た近鉄名物の駅長以下の名前の表札が掲げられていた。駅長のほか、首席助役2名、助役1名の表札だ。首席助役が2名もいるらしい。さすがは大駅だ。

 


2013年4月14日 (日)

八木西口連絡線の旅(御堂筋線)

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 8時19分、新幹線を下車する。ふだんなら会社に入る時間で、皆忙しく働き始めているだろう。私が今新大阪にいると知ったらびっくりするだろう。

 忙しそうなビジネスマンの間を抜けながら、地下鉄御堂筋線に乗り換える。先月からICカードが全国で利用できるようになったので便利だ。私もいつも通勤用に使っているスイカで改札機にタッチする。無事通過できて、当たり前とはいいながら、ホッとする。

 関東地方では改札機に「タッチ1秒」というシールが貼られているのだが、こちらでは「タッチ1秒以上」となっている。大阪の改札機の感度が悪いということはないはずだから、せっかちな大阪人がしっかりタッチするような意味合いがあるのだろう。しかも「先に」となっているところからすると、体だけ先に行って、後からカードをタッチする人もいるのだろう。いずれにしても大阪らしい。

 新大阪乗車時は立ち客も少ない状態だったが、梅田で満員になった。梅田では乗り切れない人が次の電車を待っていた。しかし、次の淀屋橋でドッと下車し、本町でもかなり降りたので、ガラガラになった。まだ9時前なのに、東京の地下鉄とは大違いだ。

2013年4月13日 (土)

八木西口連絡線の旅(のぞみ99号2)

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 品川駅発6時ちょうどののぞみ99号に乗車する。座席はA席にしてある。同じ窓側でも二人掛けのE席だと隣に人が座ってくる可能性が高いが、A席だと隣のB席に人が座ってくる可能性は低いので最近はA席にすることも多い。今回の場合も結局新大阪まで誰も座ってこなかったので3人掛けを一人で占領できた。E席だと半分くらいは隣に座っていた。

 朝食は品川駅でワンコインのコーヒーとサンドイッチセットを買ってきてある。品川駅の新幹線ホーム上には売店がないので、コンコース上の売店で購入した。コーヒーは缶コーヒーか入れたてのコーヒーのどちらかを選べるようになっている。

 朝食を食べ終え、品川駅での様子をブログにアップする(昨日の記事です)。いつの間にか眠りに落ちて、三河安城駅定時通過の放送で目が覚める。すると、そのブログを見た知人から、さっそく「いってらっしゃい」メールが2件も来ていた。うれしいことだ。

 定刻8時19分新大阪駅着。N700系ではドアの出口部分に防犯カメラが設置されているのに気が付いた。この位置ならば、ばっちり撮影されるだろう。悪いことはできない。

2013年4月12日 (金)

八木西口連絡線の旅(のぞみ99号)

八木西口連絡線の旅(のぞみ99号)

品川始発6時ちょうどののぞみ99号で出発しました。もうすぐ新横浜です。

八木西口連絡線に乗れるかと思うとワクワクします。

それでは行ってきます。

2013年4月11日 (木)

八木西口連絡線の旅2

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 4月11日、無事仕事を終えて自宅に戻る。明日1日休みをもらった。railwayさんからは、4月10日に乗車した時の様子が私のブログのコメントとして寄せられていた。桜は上のほうまで行かないと見られないようだが、それは主目的ではないので関係ない。

 鉄道ファンが少ないようで、たっぷりと連絡線が見られそうで、ありがたい。明日の吉野は雨の心配もなさそうなので安心する。4時起きになるので荷物の支度を整えて早めに寝ることにした。

2013年4月10日 (水)

八木西口連絡線の旅1

 railwayさんのブログで知った「渋滞の心配なし 吉野千本桜 らくらく近鉄お花見貸切列車の旅」に4月12日に行ってくることにした。

 私は花見や吉野に何の興味もない人間だが、この列車に乗ると八木西口駅にある近鉄大阪線から橿原線への連絡線に乗れるのだ。ここは普段は旅客列車が走らない区間で、こういう列車があると何としてでも乗らなければならない。

 4月10日と12日の2日だけ運行される極めてレアな列車だ。どちらも平日なので会社を休まなければならない。私の職場では4月は報告書や期初の諸々の処理事項があるので、なるべく遅いほうがいいだろうと、12日(金)のコースにしてみた。近鉄上本町から吉野まで往復運賃とお弁当がついて3900円だ。単に往復するだけなら1900円だからが、ちょっと高めな料金設定だが、背に腹は代えられない。

 3月下旬に予約すると何と最後の1人分が残っていて、ほっとした。定員が何人かは知らないが、かなりの人気のようだ。会社の休みも無事取れて、今度の金曜日に日帰りで、この列車に乗ってくることになった。

2013年4月 9日 (火)

廃線跡ウォーキング東日本

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 鉄道趣味のジャンルとして、廃線跡を巡るものがあります。従来からその類の書籍が数多く出版されていますが、廃線跡を考古学感覚で探訪するというものが主でした。つまり竹藪の中を分け行ったり、道なき道を進むといった感覚です。宮脇さんにも「失われた鉄道を求めて」などの著作があります。

 本書はそれとは若干視点が異なっていて、歩いて楽しめる廃線跡と紹介するという内容になっています。私のブログで紹介した廃線跡もいくつか出てきます。都内の廃線跡が7つも紹介されているので、遠くまで行かなくても楽しめそうです。都内にも廃線跡があるのかと驚かれる人もいると思いますが、意外とあるものです。

 皆様も本書を片手にウォーキングを楽しまれてはどうでしょうか。

2013年4月 8日 (月)

旅と鉄道増刊「宮脇俊三没後10周年」

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神保町にある「書泉グランデ」で購入した「旅と鉄道」の宮脇俊三さん没後10年記念の増刊号です。宮脇さんは「時刻表2万キロ」の著者で鉄道紀行文学の大家です。今までにもこのブログで何度となく紹介してきました。平成15年に亡くなられたので、今年でちょうど10年になります。

この写真は中央公論社時代の宮脇さんで、創刊500号の時刻表を手にしているところからすると、昭和42年10月頃のようです。

本書の中身は、宮脇さんの旅の跡をたどった追想録が中心で、宮脇さんの長女の寄稿もあります。

10年を経てもなお、鉄道ファンに影響を与える宮脇さんの功績に改めて驚かされます。

2013年4月 7日 (日)

都営地下鉄「春」のワンデーパス

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 都営地下鉄の一日乗車券です。4月7日に利用しました。都内に出る用事があったのですが、強風の影響で総武線が止まっていたので、京成稲毛から京成八幡経由で、都営新宿線に乗った時に買いました。

 一日500円なので、東京メトロの一日乗車券の710円より割安です。都営地下鉄のほうが路線網が小さいので単純には比較できませんが、本八幡からだと菊川あたりまで往復するだけで元が取れます。

  これとは別に、都電、都バス、日暮里舎人ライナーに乗れる一日乗車券もあり、それは700円なので相当にお得です。こういった乗車券で都内巡りをするのも悪くありません。

 ところで、こういう一日乗車券は紙ベースの切符なのですが、スイカにデータを入力して利用できる仕組みがあるともっと便利なのですが。


2013年4月 6日 (土)

気仙沼ホルモンコロッケドッグ

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ニューデイズで買った「気仙沼ホルモンコロッケドッグ」140円です。今、東北応援キャンペーンをやっています。

気仙沼ホルモンとは、「焼いた味噌にんにく味の豚ホルモンを千切りキャベツとウスターソースで食べる気仙沼のソウルフードです」ということらしいです。

コロッケには、特にホルモンが入っている感じはしません。マヨソースが濃厚でおいしかったです。

2013年4月 4日 (木)

ほたてそば

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 稲毛駅構内にある「湾岸そば」で、ほたてそばを食べてみました。スイカで買うと50円引きの430円になります。もちろんスイカで買いました。

 三陸産のワカメと青森県産ほたて入りです。店頭の写真ではほたてが4個でしたが、私のは5個入りで、ちょっと得した感じです。ほたて自体はかなり小さめですが、やわらかくおいしかったです。東北応援キャンペーンに一品でした。

2013年4月 3日 (水)

京成3700形ピンバッジ

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 京成3700形のピンバッジです。ペンケースに付けてみました。このピンバッジは先日のスカイライナーのピンバッジと一緒にもらったものです。

 このプレゼントをくれた人は3月末で退職し、そのお別れの品としていただいたのでした。私の好みをよく理解してくれている人でした。

2013年4月 2日 (火)

浦和駅硬券入場券

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 昨日、浦和駅の湘南新宿ラインホームのお話をしましたが、そのつながりで浦和駅の入場券です。国鉄時代のもので、かつては国電区間の駅でもこのような入場券が備えられていました。この当時は地平ホームだったので西口と東口が分断されていました。自由通路もなかったので、駅の南北にある通路を利用するか、入場券を買って近道するしかありませんでした。

2013年4月 1日 (月)

浦和駅湘南新宿ラインホーム開業

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 3月16日から開業した浦和駅の湘南新宿ライン用ホームです。湘南新宿ラインは大宮駅から池袋駅までの間はかつての貨物線を利用しているため、浦和駅にはホームがありませんでした。このホームのスペースを捻出するため京浜東北線から順次高架工事を行いながら、東側に移設させていきました。京浜東北線、宇都宮線用ホームより一段高いところにあります。
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 東西の自由通路も整備されました。西口と東口の高さが違うようで、通路の途中にエスカレーターが設置されている珍しい通路です。 

 浦和駅から新宿、渋谷方面に乗り換えなしで直通できるようになり、とても便利になりました。かつては、赤羽、池袋と乗り換えないと行けなかった時代を知っている身としては、隔世の感があります。それどころか日中は、東北線、高崎線の普通列車でさえ、通過していたのです。このホーム開業で文教都市浦和の発展を期待したいものです。

  

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