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2009年3月

2009年3月31日 (火)

さわやかきっぷとフーテンの寅さん

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 ほくそう春まつりのイベントに行くにあたって、「さわやかきっぷ」という北総鉄道の1日乗車券を使用した。1日乗り降り自由で1000円と大変お得な切符なのだ。何しろ北総鉄道は運賃が高く、京成高砂から印旛日本医大まで乗ると820円もするので、1往復するだけでももとが取れるのだ。

 こういった切符があると最大限活用しないと損する気がするので、北総鉄道の駅で乗り降りしたことのない駅を全部乗り降りしてきた。その最後の駅が新柴又で駅の案内板を見ると帝釈天まで10分ほどで歩けることが分かったので、お参りしてきた。

 帝釈天の帰りは京成の柴又駅が近いので、そちらから帰途に着いた。柴又駅前には、おなじみ「男はつらいよ」のフーテンの寅さんの像が立っていた。旅に出ては新しい恋に目覚め、柴又に戻っては一波乱あってまた旅に出る、そんなことが繰り返された駅前に、意外と寂しげな表情で立っていた。その視線は何を見つめていたのだろう。

2009年3月30日 (月)

北総鉄道開業30周年記念乗車券

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 前回ご紹介したように、千葉ニュータウン中央駅でのイベントで北総鉄道開業30周年の記念乗車券を購入しました。今では珍しい硬券の乗車券で、やはり記念乗車券はこのタイプでなければなりません。上から5枚目までが正規の乗車券としても使用できるものです(もちろん使用する人はいませんが)。一番下の1枚は、昭和54年3月9日付の乗車券でこれはおまけで使用できません。北総開発鉄道の開業の日付が入った切符です。小室から松戸までとなっていますが、当時は北初富・西白井間に新京成への乗り入れ線があり、松戸まで直通運転をしていたのです。運賃は310円となっていて、30年前にしては意外と安いです。

 3枚目の写真は、記念乗車券を買った人用のプレゼントで、D型硬券のほくそう春まつり2009の来場記念証明書で、千葉ニュータウン駅長発行となっています。写真の車両が、京成上野から運転されたCフライヤー「ほくそう春まつり号」です。

 

 

2009年3月29日 (日)

ほくそう春まつり

ほくそう春まつり
 北総鉄道が今年で開業30周年を迎え、その記念列車「ほくそう春まつり号」が3月28日に一本だけ運転されることになったので乗りに行ってきました。
 京成上野を始発とし、北総鉄道の千葉ニュータウン中央まで運行されます。車両は北総鉄道のCフライヤーが使用されています。この車両が京成上野駅に入線するのは初めてなので、上野駅や沿線は撮りテツでにぎわっていました。
 終点の千葉ニュータウン中央駅では駅前にイベント会場が設けられていて、北総鉄道をはじめとして鉄道各社がグッズ販売を行っています。
 私は北総鉄道の記念乗車券セット1000円を購入しました。北総鉄道の開業当初の駅、西白井、白井、小室の硬券乗車券がセットになっています。北総鉄道は開業当初は北総開発鉄道と名乗っていて、記念乗車券のうち一枚は北総開発鉄道名義でした。昔懐かしい切符です。
 北総鉄道は少しずつ延長されてきましたが、来年には成田空港まで延長され、ようやく全通する予定です。その時にはまたやってくることでしょう。

2009年3月28日 (土)

青春18きっぷ今昔

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 今回の阪神なんば線乗車の旅行にあたっては、青春18きっぷを利用しました。東海道線などは乗り継ぎも便利なので、普通列車だけでも東京から大阪まで10時間弱で行けるのです。明らかに長距離を移動している人も結構多かったです。春、夏、冬に発売されますが、私はたいてい1冊買ってどこかしらに出かけます。

 2番目の写真は、第1回に発売された「青春18のびのびきっぷ」です。昭和57年3月発売で5日有効で8000円でした。27年も前の話で、まだ国鉄の時代でした。当時のきっぷは、このきっぷのように表紙がついているものもありました。

 また、一番下の写真はきっぷについていたワッペンで、「このワッペンをつけて旅行してください」と書かれていますが、そんな人は見かけませんでした。

 それにしても、第1回の時から愛用しているとは、われながら感心します。

2009年3月27日 (金)

桜海老とじゃこの海物語

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 阪神なんば線を乗り終えた後、いろいろ寄り道しながら、青春18きっぷで東海道線普通列車で帰ってきました。その際、熱海駅での乗り換えの時に買った駅弁が、東華軒の「桜海老とじゃこの海物語」880円です。お店の人は「えびじゃこ」と言っていました。その名の通り、桜海老とじゃこをメインにした駅弁で、桜海老は本当に甘くみずみずしく、じゃこは醤油で味付けされて、こくがあり、とてもおいしかったです。そのほか桜海老のかきあげ、くるみ、べったら漬け、うめぼしなどが入っています。かきあげはちょっとしんなりしていて今ひとつでしたが、それを除くとおすすめの駅弁です。

2009年3月26日 (木)

阪急阪神1dayパス

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 今回の阪神なんば線の乗車にあたっては、阪急阪神1dayパスを使用した。阪急と阪神の電車線全線が一日乗り放題で1200円のきっぷだ。阪神なんば線は一駅で200円もするので、何回も乗り降りすることが予想されたので、この切符を使えば十分元を取れると踏んだわけだ。

 予定通りに阪神なんば線を乗り終え、阪急線に乗りに来た。今度はケータイ国盗り合戦で未制覇の「豊中」「箕面・池田」を獲得するためだ。この2国は阪急宝塚線で獲得できるのだ。これも予定通り獲得して、宝塚駅に到着。

 特にあてはなかったのだが、駅を降りると宝塚劇場を示す案内板があり、駅から5分くらいで行けそうだったので、私は宝塚とは何の関係もないテツではあるものの、せっかくなので行ってくることにした。

 駅から宝塚劇場に至る道は「花のみち」と名付けられ、その名の通り花壇の中を行くようになっている。桜の季節にはさらに美しい道になるだろう。

 また沿道には日本のマンションとは思えない地中海風の明るい色の建物がいくつも建っている。

 そんな中を行くと、劇場が現れた。垂れ幕やポスターもなく、意外と地味な建物だ。しかし、入り口付近にはファンの女性がたむろしており、男性は近づきがたい雰囲気がある。私もさっと写真を撮り、その場をあとにした。しかし、短時間ではあるものの宝塚の街のよさとタカラヅカの魅力の一端を感じたような気がした。予定もなく訪れた場所ではあるものの、たまにはこういった鉄道一点張りではない旅もいいものだ。

 

2009年3月25日 (水)

阪神なんば線 九条駅

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 阪神なんば線の駅紹介の3つ目は九条駅です。阪神なんば線は今年開業ですが、実は計画は40年くらい前からあったようです。この九条駅では、その当時この駅付近に建築中だった日本電信電話公社(この言葉を知る人も少なくなってきました。今のNTTで、国鉄、電々公社、日本専売公社の3つをあわせて三公社と呼んでいました)のビルに駅の出入り口を設ける計画があり、そのスペースも用意されていたのです。

 しかし、その後阪神なんば線の計画が中断してしまったのですが、まったく使われることがなかったのですが、こうして今回ようやく日の目を浴びることになりました。臥薪嘗胆、苦節40年、新しい駅にも古い歴史があるものです。

2009年3月24日 (火)

阪神なんば線 ドーム前駅

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  阪神なんば線の駅紹介の2回目はドーム前駅です。その名の通り、駅を出ると京セラドームが本当に目の前にあります。駅の出入り口は幾何学的な直線で構成されたガラス張りの構築物で明るい印象を与えます。

 もう一つの特長が、前々回も紹介した吹き抜け構造です。ホームに入って来る電車を高い位置から見下ろすことができます。地下鉄の場合、電車が近づいているのかどうかが、分からないのですが、これなら乗り遅れることがなさそうです(駆け込み乗車にご注意を)。

 御堂筋線の梅田駅や北大阪急行の千里中央駅を思い起こさせます。こういった駅があると、電車に乗ることだけでなく、駅に来ること自体が楽しみになります。駅に与える賞があるとすると今年はこの駅が優勝候補でしょう。

2009年3月23日 (月)

阪神なんば線 桜川駅

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 阪神なんば線の新駅は3つあり、そのすべてに乗降してきました。まずは桜川駅です。大阪難波駅から一つ目です。この駅の特長は、駅自体よりもそれに隣接する南海の汐見橋駅です。

 阪神の駅出口を出るとすぐ左手に南海の汐見橋駅が隣接しています。その建物は昭和レトロを感じさせるシンプルなコンクリート造りで、中に入ると高い吹き抜け、改札口上にある高野山観光案内図、それと階段もなく緩やかなスロープを持つホームが目に付きます。時が止まったかのような印象です。私は今から20年位前に乗ったはずですがまったく記憶がありません。

 こんな古めかしい駅と阪神なんば線の駅入り口がわずか5mほどの距離で隣接していました。平成から昭和へ瞬時にタイムスリップできる貴重な場所です。このアンバランスさにすっかりこころを奪われました。

2009年3月22日 (日)

阪神なんば線

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 平成21年3月20日に阪神なんば線が開業したので、その翌日さっそく乗りに行ってきました。阪神の西九条駅と近鉄の難波駅間3.8kmが結ばれ、相互直通運転が開始されたのです。途中駅は九条、ドーム前、桜川の3駅です。また今回の乗り入れに伴い、近鉄の難波駅は大阪難波駅と改称されました。
 私はまず阪神尼崎駅からの快速急行奈良行きに乗りました。尼崎から西九条までは快速急行はホーム長の関係で通過します。
 西九条からはいよいよ新線区間です。駅を出るとすぐ川を渡り、その後、急勾配でまず九条駅に入ります。ホームの壁面に丸い凹みを付けた変わった駅でした。続いてドーム前です。この駅はホームの天井が高い吹き抜け構造になっていて、御堂筋線の梅田駅のようなイメージの駅です。写真の駅がドーム前駅です。続いて桜川です。壁が金属性のパネルで近未来的な雰囲気の駅です。阪神と近鉄の乗務員の交替がこの駅で行われます。最後が大阪難波駅です。今までの駅はどの駅も真新しかったのですが、この駅は近鉄の駅をそのまま使用しているので、かなり古ぼけていました。しかし、特急アーバンライナーも停まっていて風格のある駅でもありました。
 今回の新線は阪神線の延長なのですが、なぜか来る列車はどれも相互乗り入れの相手方の近鉄の車両ばかりでしたが、乗ったことには変わりなく、これで全線完乗のタイトルが維持できました。

2009年3月21日 (土)

臨時列車快速ムーンライトながら

臨時列車快速ムーンライトながら
阪神なんば線に初乗りするため、ムーンライトながらを利用して大阪に向かった。ムーンライトながらは3月のダイヤ改正から臨時列車になり、多客期しか運行されなくなったのである。
ムーンライトながらにはその前身の大垣夜行時代から大変お世話になっており、利用率も低くないと思っていたから、その臨時列車化には驚いた。実際今日は満席である。
私が初めて大垣夜行に乗ったのは今から28年前の1981年3月で、名古屋の大学への受験旅行の帰りに、名古屋駅から東京駅まで利用したことに始まる。受験旅行の帰りにまっすぐ帰らず、大垣夜行を利用するとはその頃から相当な乗りテツだったわけである。当時は165系の急行型車両を使用し、グリーン車も2両連結していた。
それ以来何回利用したか分からないくらい利用している。まさに私の鉄道旅行の原点である。
そんな列車が臨時列車化されるとは、昭和は遠くなりにけりである。せめて臨時列車の間にしっかりと乗って廃止にならないように協力したい。

2009年3月20日 (金)

西大宮駅

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 平成21年3月のダイヤ改正で川越線の日進・指扇駅間に西大宮駅が開業したのでさっそく行ってきました。大宮駅からは二駅目で大宮バイパスを過ぎ、どちらかというと指扇よりに設置されています。
 ホームは相対式2面2線で、川越線は単線なのでここで列車交換ができるようになっています。
 駅舎はガラス張りのシンプルな橋上駅舎で、駅の北口はロータリーのある立派な駅前広場が設置されています。一方南口は駅前にいきなり民家が立ち並びアンバランスが面白いです。
 いずれにしても駅の周辺はまだ畑や空き地も多く見られます。しかし駅の北側3分くらいのところには、さいたま市西区役所もあるなど将来的には西区の中心となり発展が期待されているようです。
 また駅からは秩父連山も見え、景色のいい駅です。皆さんも是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。

2009年3月19日 (木)

海神奈川支線

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 横浜線は東神奈川駅を始発としていますが、実はそこからまだ少し線が延びていて、海神奈川駅という貨物駅まで至っていたのです。

 東神奈川駅周辺にはその痕跡が残っています。JRの東神奈川駅のすぐ南側には京急の仲木戸駅があり、そのホームの下をくりぬく形で道路が走っているのですが、それがかつての海神奈川支線の跡なのです。古めかしいレンガ造りがそれを示しています。ここをくぐって、貨物列車が横浜の港へと至り、海外に生糸などを輸出していたのです。

 戦時中に空襲で線路が破壊されてしまい、その後廃線となったようで、これ以外の痕跡は残っていません。しかし、ここから海側に向かうと、それ以外の貨物線の廃線跡も見られ、尾思いのほか楽しめます。

2009年3月18日 (水)

貨物時刻表

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 横浜駅西口ダイヤモンド地下街にある有隣堂書店をのぞくと、貨物時刻表が販売されているのが目に付きました。ダイヤ改正の都度発売されているのは知っていましたが、ここで売っているとは知りませんでした。神田の書泉グランまで行ってくるか、通信販売で買おうと思っていたので助かりました。

 旅客用の時刻表と違って貨物の時刻が分かったからと言って、列車に乗れるわけでもないのであまり役には立ちませんが、貨物列車は行き先票がないので、ホームを通過する貨物列車がどこから来てどこにいくかということを知るには、やはりこの時刻表がないと分からないので必要なのです。

 中を見ると最初に路線図があるのですが、貨物の運行がない地域は線路が描かれていないので、旅客の時刻表から比べると、随分あっさりした感じです。たとえば、山陰や紀伊半島、四国南部などは、空白になっています。

 また、貨物列車の場合、たいていの駅は通過するので、時刻表の本文もこれまたあっさりしています。

 しかし、列車には必ず最高速度が示されていて、これは旅客用時刻表にはないことです。東京貨物ターミナル~安治川口間のスーパーレールカーゴには130の表示があります。

 また本文以外にも、貨物の車両の種類や記号の案内、機関車の種類や配属機関区、読者が投稿した貨物列車の写真など、単に時刻表にとどまらず、貨物列車の総合案内のような構成になっています。

 値段は2400円と張りますが、やはり1冊手元にほしいものです。

2009年3月17日 (火)

日本国道最高地点

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ここは日本の国道の最高地点です。国道292号線、いわゆる志賀草津高原ルート上の群馬県と長野県の県境付近にあります。JRの最高地点より800mも高いところにあります。

3年前に行きましたが、当時は群馬県前橋市に住んでおり、自分の車でここまできました。車の運転も結構好きなのです。群馬県側からは草津温泉などを抜けていきます。温泉地の一角に、かつて草津温泉と軽井沢を結んでいた草軽電鉄の草津温泉駅の跡地などもありました。

2009年3月16日 (月)

JR線最高駅 野辺山駅

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JR線の中でもっとも高いところにある駅、野辺山駅です。高原列車で知られる小海線にあります。2年ほど前に行きましたが、ちょうどハイブリッドトレインが運行を開始したのにあわせて行きました。最高駅の標識の前で、皆代わる代わる写真を撮っています。標高は1345m67cmで数字の2だけ抜けているので、覚えやすい標高です。

2009年3月15日 (日)

日本最南端の駅 赤嶺駅

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日本最南端の駅「赤嶺駅」です。ここも、ゆいレールという沖縄モノレールの駅です。那覇空港駅の隣の駅で、わずか一駅行くだけで、日本最西端の駅と日本最南端の駅の両方を体験できるのです。駅前広場にりっぱな塔が立っています。他の最果ての駅ではこんなりっぱなものはありませんでした。

2009年3月14日 (土)

日本最西端の駅 那覇空港駅

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日本最西端の駅は、沖縄のモノレールの「那覇空港駅」です。那覇空港と道路を隔てたところにあり、モノレールの始発駅になっています。このモノレールができるまでは、松浦鉄道のたびら平戸口駅が日本最西端の駅でしたが、モノレール開業に伴い、最西端の駅を譲りました。しかし、モノレールとはいえ、跨座式鉄道といってりっぱな鉄道の一種なのです。そのため、はるばる本土から乗りに行ったわけです。一般に鉄道は、たいてい他の鉄道からの乗換えで至ることができるのですが、ここはまったく他の鉄道と独立しています。しかし、飛行機で行くため、稚内よりもずっと短い所要時間で到達することができます。

2009年3月13日 (金)

日本最東端の駅 東根室駅

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 日本最東端の駅、東根室駅です。ホーム1面の無人駅で、駅前商店街もないさびしい駅です。根室本線の終点の根室のひとつ前の駅になりますが、根室が最東端の駅を思っている人も結構います。東根室の手前から半円を描くようにカーブするので、東根室が最東端の駅になるのです。

 駅は待合室もなく、屋根もなく、ホームもコンクリートでなく板切れを張っただけの駅ですが、最東端の駅の表示だけはしっかり出ています。一度訪れてみる価値はあります。

2009年3月12日 (木)

日本最北端の駅 稚内駅

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皆さんもご存知の日本最北端の駅、稚内駅です。ホームも1面2線しかなく、跨線橋もない小ぶりの駅で、駅舎自体も鉄筋コンクリート2階建ての何の変哲もない駅です。しかし、この表示が、他の駅と違うことを雄弁に物語っています。最果ての駅ですが、東京駅を6時56分のはやてに乗れば、その日のうちに鉄道だけで到達することができます。私は実際にそのルートで稚内に至りました。

2009年3月11日 (水)

寝台特急明星8号

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 ご覧の寝台券は私が自分で初めて買った指定券です。昭和54年のことです。明星は大阪と九州を結ぶ寝台特急で、8号は583系電車寝台でした。そのほかにも、なはや金星といった寝台特急もありました。すでに国鉄斜陽の時代でしたが、結構寝台特急が走っていました。

 中段となっていますが、11番はパンタグラフの下部なので、中段といいながらその上に上段がない実質2段寝台でした。当時の指定券は大半の文字がカタカナなのが懐かしいです。

 このとき私は高校1年で春休みを利用して、九州へ一人旅をしました。お年玉やお小遣いを貯めて行きました。阿蘇、熊本城、博多、桜島、鹿児島などを観光しました。鉄道一点張りでなく、観光要素もかなりありました。

  当時は当然のことながら、乗る線はどれも初めて乗る線、訪れる観光地もどこも初めてで、見るもの聞くものすべて新鮮でした。全線完乗した今はこの感覚を味わうことができませんが、この切符を見ると当時の感覚がよみがえってきます。

2009年3月10日 (火)

鉄道旅行地図帳

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 新潮社から「鉄道旅行地図帳」というのもが発売されている。分冊形式になっていて、現在第10号の大阪まで発売されている。鉄道旅行に行くときは、旅行する地域により、この地図帳を持っていくことが多い。平成21年3月7日、青春18きっぷで飯田線を旅したときもこの地図帳を持って行った。時刻表の巻頭にも地図が載っているが、ご承知のようにかなりデフォルメされていて、実際に車窓を眺める際にはあまり役にたたない。ところがこの地図帳は正縮尺で、線路の曲がり具合なども正確に表現されているので、この先どうカーブするのかなどが一目で分かるようになっていて重宝する。また地図上には路線の景色の良いところや、急勾配の区間、名駅舎の表示などもあって、車窓と対比しながら乗っていると楽しい。また、現在の線だけでなく、廃止された線の路線なども記載されているので、昔の乗った線の思い出に浸ることもできる。巻末には各駅の開業年月日のデータもあるので、この駅が開業当時からあるのか、後から新設されたのかといったことも分かる。

 そういった特長のある地図帳を手にしながら、飯田線を車窓を楽しんでいたところ、通路を隔てた隣のボックスの50代くらいの男性が声をかけてきた。

「今ご覧になっていたのは何ですか」

「ああ、これですか。鉄道旅行地図帳というもので、毎月1冊ずつ出ているのです。今回の旅行にあわせて東海地方のを持ってきました」

「ちょっと見せてもらっていいですか」

「はい、どうぞ」と言うことで、その男性と会話が弾んだ。

 愛知県岡崎市に住んでいるその人は、青春18きっぷで奥様と旅行中で、中央西線経由で飯田線に入ったとのこと。この男性は高速道路で配られている地図を持っていたが、あわせてJTBの大判の時刻表2008年8月号も持っていた。鉄道ファンというほどではないが、鉄道旅行好きの人のようだ。私と同じように飯田線を辰野から豊橋まで6時間に渡って乗り通すらしい。先ほど駅弁とビールでしっかり腹ごしらえをしていた。私が横浜に住んでいるというと、来週はムーンライトながらで神奈川の方にちょっと顔を出すという話もしていた。奥様は、「私はいつも寝ているだけですよ」と謙遜していたが、仲のよさそうな夫婦であった。

 その男性は、学生時代大嵐駅付近の工事現場でアルバイトをしていたときの話や、湯谷温泉付近の景色の良いところにさしかかると私に声をかけてくれるなど、放し好きのいいおじさんだった。私は旅先で人と話をすることはほとんどないのだが、こういったことも悪くはないと感じた。

「横浜には何時に着くのですか」

「11時半頃です」

「まだ先は長いですね。我々はもう庭のようなものです」

豊橋まで乗り終え、お互いに挨拶をして分かれた。

2009年3月 9日 (月)

さよなら寝台特急「富士・はやぶさ」記念弁当

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 平成21年3月8日、都内に出た途中11時30分頃東京駅に立ち寄った。今週廃止される寝台特急「富士・はやぶさ」の記念駅弁を購入するためだ。3月14日まで期間限定で東京駅で販売されているのである。
 ところがその時間に東京駅に着くと、当日はダイヤが乱れていた関係か、富士・はやぶさがまだホームにいて回送の準備中だった。写真はちょうどその時のものだが、先頭の機関車部分は近付けないほどの混雑だった。先頭部分以外もみんな順番待ちで写真を撮っている。それにしても最近は、廃止が近づくとどこに行っても、人の多さに圧倒される。今日でこの状態なら廃止当日はどんな状態になるのだろう。そういうお前こそ、その一人だろうと言われればまさにそのとおりなので、あまり人のことは言えないのだが。
 ところで肝心の駅弁は行列することもなく、すぐ買えた。富士・はやぶさが走る沿線の名物を少しずつ取り入れている。横浜のシウマイ、名古屋の味噌カツ、大阪のたこやき、大分の椎茸、熊本の辛子レンコンなどである。お弁当の味自体は特段可もなく不可もなく、これを食べなかったからといって後悔することもないものだが、掛け紙は、富士・はやぶさそのもので、東京駅発最後のブルートレインとして貴重な記録になるだろう。
 それにしても、東京駅発着のブルートレインがなくなってしまうのは、時代の流れとは言え、寂しいものがある。私が初めて乗ったブルートレインも東京駅発紀伊勝浦行きの寝台特急「紀伊」で今から30年以上前の話だが、まだ昨日のように覚えている。この世界に入ったきっかけの一つだったのである。高校に入学する直前の春休みに家族で関西に旅行するさいに利用したのだ。3段寝台の上段で、うれしくてなかなか寝付けなかったのだが、その時から鉄道旅行の魅力にすっかりとりつかれてしまったのだ。
 あと数日しか運転されないが、みんなの気持ちを乗せて走り続けてもらいたい。

2009年3月 8日 (日)

急行つやま日帰り行4

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 姫新線を乗りついで15時07分津山着。ここから廃止予定の急行つやまにのる。急行つやまは、岡山駅と津山駅の間を1日1往復しているが、JR唯一の昼行急行なのである。昔は全国いたるところに急行が走っていたが、現在ではこのつやまが最後の昼行急行なのである。しかもこの急行の存在意義は以前から希薄で、たとえばこの区間には快速ことぶきというのが走っており、つやまと停車駅は1駅しか違わず、所要時間も数分しか違わず、快速ならいらない急行料金が、つやまなら730円もかかってしまい、運転本数も快速は上り、下りで13本もあり、なおかつ使用する車両は急行も快速も同じなのである。したがってわざわざこの急行に敢えて乗ろうとする人はほとんどいないのが実態なのである。そんな事情があり、廃止されるのもやむをえないものと思われるが、最後の昼行急行ということであればやはり乗っておきたいと思い、はるばる日帰りでやってきたのである。

 津山駅での乗り換え時間は約40分あったので、いったん改札を出たが、特に駅に急行つやまの廃止を知らせるお知らせはなかった。記念になるものも特になかったので、この駅で買った急行券を記念とすることにした。

 発車15分ほど前にホームに上がったが、15人ほどご同業の方をお見受けしたが、思ったほど多くない。列車は2両編成で入線したが、写真を撮るのに難儀することはなかった。急行つやまのサボをしっかり収める。

 車内のレイアウトは、ボックスシート7列に車端部がロングシートになっている。急行料金を取るのにロングシートもあるのである。普通列車用のキハ48を使用しているので、急行料金を払うのが馬鹿らしくなってくる。

 定員の30%くらいの客を乗せて発車。日曜日の午後の上りなのでもう少し混んでほしい気がする。一般客2にテツ1といった割合のようだ。駅ごとに少しずつ客が乗ってくるが、それでも最終的50%程度の乗車率で私のボックスには誰も乗ってこなかった。これでは廃止されるのもやむをえないだろう。しかしあと2週間、最後の踏ん張りを見せることだろう。

2009年3月 7日 (土)

急行つやま日帰り行3

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 明石海峡大橋を渡り終えた後、姫路駅に向かう。ちょうどお昼時なので、姫路駅名物駅そばを食べる。そばなのだが、ラーメンのように黄色い色をしている。食感はそばとうどんの中間のようなこしで、だしは薄い色で関西風なのだが、味は意外と濃い口だった。姫路にくると必ず食べたくなるそばだ。

 姫路駅は何年か前から少しずつ高架工事が進んでいたのだが、この度すべてのホームの高架化した。姫新線と播但線は車両の編成が短いので1本のホームを東方と西方に分けて使い、スペースを節約している。

 12時12分の姫新線で佐用まで向かう。1両編成のワンマンカーで7割方の乗車率だ。この線は途中で乗り換えて津山まで向かうので、急行つやまに乗りに行くと思われる同業の人が何人も目に付く。しかもそのうち一人は、この寒い季節にも関わらず、走行中に時折り窓をあけて景気のいいところで写真を撮っている。なんとも迷惑なテツだ。私も彼と同類と見られているかと思うとさびしい。

 13時24分佐用着。車内のアナウンスでは「さよう」と発音していたし、私も「さよう」だとずっと思っていたが、駅名票を見ると「さよ」となっていた。どちらが正しいのだろうか。

 佐用で乗り換え時間が40分ほどあったので、駅周辺を散策したが、日曜だと言うのにシャッターを下ろした商店ばかりで見るところもないので駅に戻った。

 14時06分発の姫新線の列車で津山着15時07分。いよいよ津山に着いた。

2009年3月 6日 (金)

急行つやま日帰り行2

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 新大阪で新幹線を降りた後、8時25分発の新快速で明石まで向かう。明石から船で淡路島に渡り、ケータイ国盗り合戦で洲本国を獲得しようというものだ。新快速は12両編成で日曜の朝というのに、座席はほぼ満席だった。須磨のあたりからは海が見えて きて、うれしくなる。

 明石着9時09分。淡路島行き高速船乗り場は駅から徒歩7分くらいのところにある。乗り場までの道すがら、「子午線の町あかし」と書かれたマンホールがいたるところにあった。

 9時40分発のジェノバライン岩屋港行き高速船にのる。定員235人乗りの船で、フェリーだと20分かかる区間を13分で走破する。運賃は450円だ。この区間は明石海峡大橋の真下をくぐるように進むので、橋を間近に眺められる非常に見ごたえのある区間だ。

 岩屋港に着き、携帯電話を操作し、洲本国をゲット。目的を達成。これで413国を獲得。帰りは明石海峡大橋を通る舞子行き高速バスに乗る。岩屋ポートから舞子まで400円だ。橋の上からは行き交う船や六甲の山々が眺められ、瀬戸大橋に匹敵する雄大さだ。

 13分で舞子バス停着。次の電車まで時間があったので、橋のたもとまで行った。端の直下から橋の大きさを感じることができる。

2009年3月 5日 (木)

急行つやま日帰り行1

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 平成21年3月14日のJRダイヤ改正で、津山線を走る急行つやまが廃止されることになった。この急行はJR唯一の昼行急行で、津山線を一日一往復している。これが廃止されるとJRの昼行急行はなくなってしまうのである。かつては全国いたるところに走っていた急行も、あるものは特急に格上げされ、あるものは快速となり、今残っているのは、昼行はこのつやまのみ、夜行は能登、きたぐに、はまなすの3本となってしまった。そのため廃止される前にぜひともこの貴重な急行を見届けようと、3月1日に日帰りで乗りに行ってきたわけである。また今回の旅行では、新横浜始発のひかり393号の乗車、ケータイ国盗り合戦の領地獲得で淡路島訪問、姫路駅高架完成の確認などもあわせて目的としている。

 平成20年のダイヤ改正で、新横浜駅始発のひかり号が運行を開始した。1日1本だけで朝6時始発のひかり393号広島行きがそれである。新横浜始発だけでも珍しいのに、ひかりにもかかわらずN700系の車両が使用され、東京や品川始発ののぞみに新大阪まで抜かれず、先行するのである。そんな魅力ある列車なので一度乗っておきたいとかねがね思っていた。

 朝6時10分前、新横浜駅に着く。まだ夜明け前で薄暗く、日曜日の朝なので利用客もそれほど多くない。新幹線用のEX-ICカードで改札機を抜ける。このカードがあるとあらかじめインターネットで予約した指定券を券売機で引き換えることなく、直接改札機をタッチするだけで新幹線が利用できる。改札機の乗車券の取り出し口には自分の席番が表示されたカードが出てくるので、それを見れば自分の座席番号が分かる仕組みになっている。

 早朝なのでまだお腹はすいていないが、駅弁を買っておく。新横浜から乗るときは、シウマイ弁当を買うことが多いのだが、今回は横濱オムライスにした。JR東海パッセンジャーズの発売で750円と値段も手ごろである。駅弁のオムライスというのも初めてだろう。

 ホームに上がるとすでにひかりはホームに据え付けられていた。昨日のうちから、ホームで停留していたのだろう。今までだと東京方から滑り込む列車に、発車ベルにせかされながらあわただしく乗り込むというのがパターンだったから、落ち着いてゆったりと車両に乗り込むことができる。始発駅ならではの感覚で初めてのものだ。

 定刻に発車。N700系のすばらしい加速を味わう。通勤電車にも引けをとらない加速感だ。しかし、この加速感を味わっているのは、この車両ではわずか4人だ。日曜の早朝とは言え、少しさびしい。

 15分で小田原に着き、少し乗り込んできた。まだそれほどお腹はすいていないのだが、駅弁を前にすると早く食べたくなってきた。横濱という旧字体を使い、パッケージには赤レンガ倉庫が描かれ、レトロ感を醸しだしている。左側にはオムレツに包まれたチキンライス、右側にはハンバーグ、ポテトフライ、シウマイ、サラダなどが入っている。デミグラスソースは別の袋に入っていて、食べる前に自分でかけるようになっている。

 駅弁なので、できたてのふわふわ感はないが、しっとりとした味わいでボリュームもある。横浜なのでシウマイが1個入っているのもうれしい。そのほか小さめのハンバーグやポテトもまずまずだ。こういった洋食風の駅弁はほとんどないので、これからも育っていってほしい。

 静岡、名古屋と乗客を増やしたが、それでも30%程度の乗車率で、3人がけの方はほとんど客はいない。朝早く起きたこともあって新大阪まで半分寝ながら過ごす。

 

2009年3月 4日 (水)

大鷹の湯

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 栃木県那須塩原にある温泉旅館「大鷹の湯」です。ここには、昔この地を走っていた塩原電車の復元車両があり、温泉利用者に限り乗せてもらえるのです。路面電車を小ぶりにしたもので、温泉前の敷地を200mほど走ります。動力は架線がないので、バッテリーで動くようです。私が行ったときは運転できる人がいなくて、1時間ほど待たされました。その間温泉で温まりました。

 私は5年ほど前に行きましたが、今回旅館のホームページを見ると運行している記述がないので、今は展示だけになっているかもしれません。

2009年3月 3日 (火)

常盤館

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 長野県小諸市にある温泉旅館「常盤館」です。ここにも自家用のケーブルカーがあります。やはり日帰り入浴で利用しました。旅館では登山電車と言っているようです。ケーブルカーは10人くらい乗れるちょっと大きめなもので、上り、下りの車両が中間点ですれ違う本格的なものです。

 ケーブルカーで登ったところに展望露天風呂があり、雲の助と名乗っています。露天風呂は二つあり、そのうちひとつは、木でできた大きな樽で、中に入るとお湯があふれ出て気持ちよかったです。

2009年3月 2日 (月)

景風流(ケーブル)の宿 かのうや

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 伊香保温泉の温泉旅館「景風流の宿 かのうや」です。2004年にやってきました。景風流と書いて「ケーブル」と読ませます。ここにも自家用ケーブルカーがあります。そのためにわざわざやってきたのです。ここも日帰り入浴で利用しました。ケーブルは距離も短く、所要時間は1分ほどであっと言うまですが、しっかりと乗りました。これで私の記録がひとつ増えました。温泉の様子は忘れてしまいましたが、ちょっとぬるぬるした泉質だったような気がします。

2009年3月 1日 (日)

大和屋ホテル晴遊閣

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 昨日紹介した対星館のとなりに大和屋ホテル晴遊閣という温泉ホテルがあります。ここには自家用のロープウェイがあり、今回は行きませんでしたが、10年くらい前に乗ったことがあります。ホテルの建物が谷底深くにあるのでロープウェイで5分ほど下っていきます。これも4人くらい乗ると満員になってしまう小ぶりな車体で、昔あった乗用車のスバル360を思わせるかわいらしいものでした。

 対星館と同様、宿泊客しか利用できないのですが、当時は日帰り入浴で1500円くらいで乗れました。看板に「ロープウェイ ゆめのゴンドラ」と書いてありますが、当時は「空中ケーブルカー」と書いてありました。おそらくどこかのテツに用語の不正確さを指摘されたのでしょう。また機会があればのってみたいロープウェイです。

 

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