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2009年2月

2009年2月28日 (土)

対星館

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 2005年12月、箱根登山鉄道の宮ノ下駅近くにある温泉旅館「対星館」にあるケーブルカーに乗りに来ました。全国的にもいくつかの旅館が自家用のケーブルカーやロープウェイを所有していますが、そういった旅館の一つがこの対星館です。現在は宿泊客以外は利用できないようになっていますが、私が訪れたときは足湯を利用する客もこのケーブルカーを利用できました。料金は足湯込みで1500円くらいで、結構値段がはります。

 宮ノ下駅から歩くこと5分ほどで、旅館の入り口に着きます。しかし、旅館はここから斜面を5分ほど降りたところにあります。そこまでケーブルカーで下るのです。ケーブルカーはご覧のような小ぶりのもので6人くらい乗るといっぱいになってしまいます。構造も簡単で、もし坂を転げ落ちたらひとたまりもありません。ごろごろとした乗り心地でゆっくり下っていきます。同じケーブルには明らかにテツの男性二人連れも乗っていました。

 写真は山下駅に到着した時のものです。この近くに足湯があり、先ほどのテツと一緒にそこで温まって帰りました。

2009年2月27日 (金)

上永谷車両基地

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 2004年12月、横浜市営地下鉄上永谷車両基地で行われたイベントに参加しました。車両基地が一般公開され、基地内部が見学できるようになったり、はまりんグッズの販売などがありました。

 しかし、私の目的はそれではなく、車両基地と上永谷駅の間を運行される臨時列車に乗ることです。乗りテツの私は普段の乗れない線に乗れるイベントがあるとどこへでも行くのです。当時は前橋に住んでいましたが、朝一番にマイカーを飛ばして横浜までやってきました。距離自体は1kmもありませんが、私にとってはコレクションが一つ増えたような気持ちです。それ以降こういうイベントがないのでいい機会に乗れたと思います。

2009年2月26日 (木)

阪和貨物線

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 2004年2月のことです。貨物専用線である阪和貨物線に乗れる特別な列車が運転されました。阪和貨物線は関西本線の八尾から阪和線の杉本町に至る11.3kmの単線で、近年は貨物列車の運行自体が行われておらず、実質廃線状態で、2009年3月で正式に廃線になることが決まっています。

 私が乗ったのは阪和線久米田駅の企画の特別なイベント列車で、新大阪駅を始発駅とし、京都、奈良を経て阪和貨物線に入り、阪和線日根野駅で折り返し、同じルートを戻り、京都で終着となるもので、エーデル鳥取の車両を使用していました。肝心の阪和貨物線に行き着くまで3時間もかかり、随分とじらされました。

 実際に走ってみると、沿線には住宅やマンションが結構立ち並んでいて、活用の仕方次第では旅客線としての活路があったかもしれませんし、実際その昔は名古屋と東和歌山を結ぶ特急あすかもこの線を経由して運行されていました。しかし、今となっては廃線も決まりもったいないことです。

2009年2月25日 (水)

私の好きな駅7 みなとみらい駅

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 私の好きな駅の7つ目です。地元横浜のみなとみらい線のみなとみらい駅です。駅は地下4階にあるのですが、駅上部のビル(クイーンズスクエア)まで巨大な吹き抜けになっていて、 地下鉄の駅にも関わらず上まで見通せるような構造になっています。逆に吹き抜けの上部まで行くと、地下ホームを行く電車が眼下に良く見えます。

 電車の見えるビルはいくらでもありますが、地下を走る電車が見えるのはここだけでしょう。ダイナミックな眺めが気に入っています。

2009年2月24日 (火)

米子空港駅

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2008年7月、羽田空港から全日空機で米子空港に来ました。テツの私が飛行機でここに来たのには訳があります。その1ヶ月ほど前、JR西日本の境港線米子空港駅が開業したからです。単に新駅開業であればこんなところまでわざわざ来ないのですが、この新駅開業と同時に境港線の線路が一部付け替えになり、従来の線路の東側に半円形に張り出し、実質的に新線ができたのと同じ状況になったからです。なぜ、張り出すことになったかと言えば、米子空港の滑走路延長が予定されていて、そのために線路が移設されることになったからです。

米子空港ターミナルから連絡通路を歩くこと約5分、4車線の道路を押しボタン式信号で渡って駅に着きます。駅の手前には線路移設で廃止になった旧線が残っています。すでにレールははがされていますが、バラストはそのまま残っています。飛行機からの乗り換え客は私のほかに、男性の4人グループしかいません。空港連絡駅というと華やかな印象がありますが、ここにはそんなもののかけらもありませんでした。今朝下車した京浜急行の羽田空港駅と比べると、同じ空港連絡駅ながら雲泥の差です。

駅は片側1面のホームで駅舎もない無人駅で、屋根やベンチも少ししかありません。朝9時と言うのに日差しが強く、冷房設備がないのがうらめしく思います。しかし、ホームの前のバラストは真っ白で新しく、新線らしいすがすがしさが感じられます。実際に乗ってみると新線区間はあっと言うまで、わざわざ乗りにくるまでもないと思われる人もいると思いますが、これはこれで私には一つのけじめです。半円形になったことによって、距離が伸びたはずですが、JR西日本では営業キロの変更は行いませんでした。

2009年2月23日 (月)

加悦鉄道 再現列車乗車会

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 2008年5月、京都府にある加悦SL広場に来ました。ここには、国鉄丹後山田駅〜加悦駅間5.7kmを結び、昭和60年に廃止になって私鉄加悦鉄道の車両が27両も展示保存されているのです。国の重要文化財に指定されている日本で2番目に古い蒸気機関車(123号蒸気機関車、1874年から大阪−神戸間を走っていたもの)なども展示されている貴重な鉄道博物館です。そして、そういった展示とは別に、年数回、再現列車試乗会として、保存されている車両に実際に人を乗せて運行することがあるのです。私が訪れたときは、写真のキハ101型気動車が運行されていました。1936年製造の車両で、片ボギー車3軸台車という非常に珍しいものです。車両前部にはバケットと呼ばれる荷台もついています。赤と白の派手な塗装ですが、車内は床も含めて木造で黄緑色のモケットシートが落ち着きを感じさせます。運転席を覗くと、クラッチペダルも付いている旧式の車両で、運転にはギアチェンジが必要です。左側の丸いハンドルは、実はハンドルではなく、ハンドブレーキです。

 発車時間になるとチェンジレバーを持った運転士が現れ、クラッチペダルの右脇に差し込み、スタートします。走る距離は120mほどなのでスピードはほとんど出ませんが、皆その時代を超越した乗り心地を楽しんでいます。展示車両の間を抜けるように走り、終端につくとバックして戻ります。わずか5分ほどの乗車時間ですが、新緑の加悦谷を走る姿にすがすがしさを感じます。

 運行期間は限られていますので、訪問する際はホームページのイベント情報をよくご確認ください。

2009年2月22日 (日)

犬山モノレール

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 2008年7月、名鉄7000系に乗り終えた後、犬山モノレールに乗りに来ました。このモノレールは、正式にはモンキーパークモノレール線と言い、犬山遊園駅・動物園駅間1.2kmで運行されていますが、2008年12月27日で運行を終了することになり、そのお別れ乗車に来たわけです。

 起点の犬山遊園駅は、名鉄犬山線の真上に設置されていますが、いったん犬山線の改札口を出て乗り換えるようになっています。赤、青、黄の派手な塗装の跨座式モノレール3両編成で、運転席からはパノラマカー同様前面展望が楽しめます。事前にインターネットで調べた時刻では日中は30分間隔のはずでしたが、駅の時刻表を見ると15分間隔でした。しかも発車時刻になっても運転士は現れず、定刻を遅れること2分位してからあわてるでもなく悠然とやってきて、やおら運転席に乗り込み、出発しました。ずいぶんラフな運行形態です。

 約2分で中間駅の成田山駅で左手に大聖寺という立派なお寺が見えます。成田山駅を出ると、モノレールらしからぬ山間の急勾配を登り始め、約2分で終点の動物園駅に着きました。ここは日本モンキーパークという動物園兼遊園地の玄関口になっているのですが、駅の出口とモンキーパークの入り口が一緒になっていて、駅を出た客はモンキーパークに入るしかなく、モンキーパークの入園券を持っていないと駅を出られないのです。私は特に遊園地に入るつもりもない一人旅の寂しいテツなので、駅の女性係員に「駅の写真だけ撮りたいのですが・・・」と恐る恐る申し出ると、「どうぞ、結構です」とあっさりと撮影許可が出ました。3枚目の写真がそれです。JR東日本鶴見線の海芝浦駅も駅の出口と東芝の工場の入り口が一緒になっていて、工場の社員でないと駅を出られないようになっていますが、それと同じ構造です。

 1962年開業で私と同じ年ですが施設老朽化のため残念ながら廃止されました。しかし、日立製のこのモノレールの技術が東京の羽田モノレールに活かされており、日本のモノレール技術の草分け的存在でもありました。

2009年2月21日 (土)

名鉄7000系

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 2008年7月、廃車予定の名鉄7000系に乗車に来ました。名鉄7000系は真っ赤なパノラマカーの元祖で、かつては名鉄の代名詞になっていました。運転席が2階になっていて、先頭車両の客は最前部からまさにパノラマを楽しめるようになっています。小田急のロマンスカーにも同様の車両がまだ残っていますが、こちらのほうが登場が早いのです。

 初代の車両は1961年に登場しましたが、私の乗ったのは1971年製でした。デビュー当時は特急に充当されていましたが、この日私が乗ったのは各駅停車の運行でした。しかし、特急らしいゆったりと走りで、貫禄たっぷりです。この車両は残念ながら、2008年12月26日で定期運行から外れましたが、私が乗った時点でも多くのファンが集まっていて、展望室に乗った客は皆カメラをしっかり握り締め、一生懸命写真を撮っていました。3枚目の写真は展望室から撮った東枇杷島分岐点です。

2009年2月20日 (金)

南部縦貫鉄道

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 2006年5月、かつて南部縦貫鉄道で活躍していたレールバスに乗るため、青森県七戸までやってきました。南部縦貫鉄道は1962年の開業で、東北本線の野辺地とここ七戸の間20.9kmで運行されていましたが、残念ながら1997年廃止になった私鉄です。しかし、年1回5月に南部縦貫レールバス愛好会により、体験乗車会が開かれており、それに乗りに行ったわけです。テツもたくさん来ていますが、地元の人もそれに劣らず大勢来ています。

 レールバスはご覧の通り丸っこい車両で大きさもバスと同じ、車軸も前に一つ、後ろに一つで、バスと同じようにクラッチ操作でギアチェンジを行う、マニュアル車です。バスと違うのは前後に運転席があることと停車ブザーがないことくらいでしょうか。かつての七戸駅構内がイベント会場になっており、そこを2往復します。現役時代もそうだったのですが、発車時にエンストするのではないかと思うほど、車体が大きく振動して出発します。駅構内の短い距離を行ったりきたりするだけなので、スピードはそれほどでないのですが、騒音、振動は車両の大きさに比較してなかなかのものがあります。2枚目の写真がぶれているのはそのためです。運転士は進行方向が変わる都度、チェンジレバーを抜き取って車内を前後に移動します。こどもたちだけでなく、大人もそれを珍しそうに見ています。

 この車両は、私と同じ年なので末永くがんばってもらいたいと思います。

2009年2月19日 (木)

ファミリーマート限定鉄道博物館収蔵車両コレクション

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 平成21年2月18日、会社の帰りにファミリーマートで夕食を購入しようと、ドリンクコーナーをを覗くともなく覗くと、ペットボトルのお茶にフィギュアのおまけが付いているのが目に付きました。そういうことはよくあることですが、私の目には瞬間的に鉄道博物館のロゴが飛び込んできました。こういうものにはよく目がつくのです。

 ファミリーマート限定で鉄道博物館の収蔵車両がミニジオラマになっているようです。全部で5種類あり、どの車両が入っているかは袋に書いてあります。さっそく全種類購入してきました。C57蒸気機関車、ブルートレイン「あさかぜ」、特急「ひばり」、101系電車、0系新幹線です。どれも昭和の国鉄を代表する車両たちです。

 海洋堂のフィギュアで、ミニブックには原型製作者の名前も記されています。細かい点を見ると作りが雑なような気もしますが、遠近感を強調しており、コンパクトでよくできていると思います。お求めの人は早めにファミリーマートへ。

2009年2月18日 (水)

横濱豚めし(みなとみらい線開通5周年記念)

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 みなとみらい線が開業してからちょうど5年になり、それを記念して崎陽軒から「横濱豚めし」という記念弁当が平成21年3月末までの期間限定で発売されています。最近の駅弁は箱自体に印刷が施されていることが多いのに、崎陽軒の駅弁は昔ながらの掛け紙が使用されているものが多いです。この駅弁もそうです。お弁当の湯気で掛け紙がしなってしまうので、コレクションとしては完璧な形で保存できない難点があるのですが、やはりこのタイプでないと集める価値はありません。

 駅弁の中身は、豚肉の味噌焼きとしょうが焼きのペアで、味噌焼きは肉が3枚、しょうが焼きは肉がそぼろ風に細かくなっています。お弁当のネーミングは「豚めし」と大胆ですが、味わいはシンプルです。値段も690円と良心的です。期間限定でなく定番の駅弁に育ってもらいたいと思います。

2009年2月17日 (火)

マクドナルドJR与野駅店

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 マクドナルドJR与野駅店に来ました。京浜東北線の与野駅西口にあります。ここのマクドナルドは普通のマクドナルドとちょっと違っていて、店内にSLの写真や特急のヘッドマークが飾られているのです。店長の趣味なのでしょうか、自分で撮ったと思われる写真が、2階にあがる階段の踊り場付近に7枚展示されています。SLが6枚、北斗星が1枚でした。ヘッドマークのレプリカも飾られていて、こちらは踊り場以外も含めて全部で10枚ありました。現在では走っていない、ゆうづる、あさま、はやぶさ(単独運行)、つばさ、さくらなどもあり、随分昔からのレールファンとお見受けしました。

 さらにうれしいのが、2階の客席の一部が線路に面していて、行き交う列車を間近に眺められるのです。この付近は、京浜東北線、東北本線、東北貨物線(湘南新宿ライン)、武蔵野貨物線に通じる貨物線、大宮駅に通じる引込み線の5路線、10本の線路が見られるのです。したがって本当にひっきりなしに列車が通過していきます。時の経つのも忘れて列車を楽しめます。皆様も是非一度訪問してみてはいかがでしょうか。

2009年2月16日 (月)

エスカロップ

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 今回の北海道旅行では時間がなくて行けませんでしたが、3年前根室に行ったとき「エスカロップ」という料理を食べてきました。たけのこが入ったバターライスの上にとんかつがのって、デミグラスソースがかかっています。根室名物になっていて、いわゆるB級グルメに属するものです。エスカロップは、フランス語のエスカロープ(肉の薄切り)に由来するようです。

 私は「ドリアン」という店に行きました。駅から10分くらい歩いたところにあり、大きなスーパーマーケットの隣にありました。一見喫茶店風でそんな料理を食べさせてくれる店には見えませんでしたが、中に入るとちゃんとメニューにありました。

 とんかつは薄切りですが食べやすく、ライスはたけのこの食感がこりこりして、おいしかったです。見た目よりボリュームがあり、すっかり満足しました。大人のお子様ランチ風で、私はこういった料理が好きです。

 根室に来たのは日本最東端の駅「東根室」を訪れるためでした。ホーム1面の無人駅ですが、日本最東端の駅の表示がホーム上と狭い駅前広場のそれぞれにありました。なお、徒歩で東根室駅から根室駅に戻る途中に見た根室の道路標識は、日本語とローマ字、それからロシア語で書かれており、驚きました。

2009年2月15日 (日)

北海道旅行決算

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 今回の北海道旅行で、旅費はいくらかかったでしょうか。車中1泊、ホテル3泊の4泊5日の旅行でした。

 まず、交通費関係は、ぐるり北海道フリーきっぷが35,700円、札幌市営地下鉄のドニチカきっぷ(土日休日乗り放題きっぷ)が500円、流氷観光砕氷船3,000円、流氷に乗りに行くバスが380円で、合計39,580円。

 ホテルが札幌5,500円、網走5,040円、釧路4,480円の合計15,020円。

 お土産が2,730円、SL冬の湿原号で買った缶バッジが500円。

 駅弁が3,830円、その他の食費が7日335円、8日3,266円、9日1,742円、10日757円、11日730円で5日間合計6,830円。

 総合計で68,490円でした。食費が5日間で1万円以上かかっていますが、これは旅行しなくてもかかるものですし、お土産は旅行に伴い必ず発生する必要経費ですから、これを除いた旅行本体の費用は54,600円でした。

 雪まつり見物、流氷観光、SL乗車をし、そのほか稚内と根室まで行き、特急指定席でほとんど道内を一周しました。ツアーでもこの料金で、これほど盛りだくさんな内容は無理でしょう。しかも今回の旅行の予約は実際に旅行する1日前に行いました。結構コストパフォーマンスに優れた旅行のような気がします。他人から見るとあわただしく、ゆとりのない旅行と思うでしょうが、こういう旅が私の旅行の特徴です。

 写真は木古内駅前で見かけた「急行食堂」という飲食店です。焼きそばやラーメンがメニューのようです。時間がなくて入りませんでしたが、時間があっても入る勇気はありませんでした。

2009年2月14日 (土)

駅弁の流儀

駅弁の流儀
 今回の旅行中に四つ駅弁を食べた。駅弁を食べるのに流儀も作法もないのだか、私が一つ守っていることがある。列車が発車するまでは食べ始めないということだ。
 始発駅などでは座席につくや否や、すぐに駅弁を食べ始める人をよく見かけるが、これでは何のための駅弁かわからない。そんなにお腹がすいているなら駅のベンチで食べたほうがよっぽどいいだろう。鉄道を利用した旅をし、駅弁を買ったのであれば、車窓を眺め、車両の揺れを感じてこそ、味わいが増すというものだ。
 だから私は駅弁に限らず、列車の中で飲食する場合は、列車が動きだすまでは決して口をつけないことにしている。それが列車に対する礼儀でもある。列車が動きだした瞬間を確認し、缶ビールを開ける、これでこそが私の旅の基本だ。

2009年2月13日 (金)

消えた旅行かばん

消えた旅行かばん
 今回の北海道旅行で危うく旅行かばんを紛失しそうになった。2月8日の日曜日の朝のこと。札幌発7時ちょうどのスーパー北斗2号で7時41分に苫小牧駅に着き、苫小牧発8時03分の日高本線の普通列車で富川駅まで往復してくることになっていた。スーパー北斗の車内での乗り換え案内では、日高本線の列車は降りたホームの反対側から発車するとのこと。ホームに降りると既に3両編成の普通列車が停まっている。日高本線で3両編成は長いなと思いながらも、行き先票も確かめずにその車両に乗り込んだ。車内には客はひとりもいなかった。

 車内に荷物を置いたが、発車まで20分以上もあるので、デジカメだけを持っていったん車両をあとにした。苫小牧駅の写真でも撮ってこようと思ったからだ。車内に荷物を置いて出かけることはよくやることだ。貴重品さえ置いておかなければもし盗まれても被害はないし、そもそも男ものの着替えの入ったかばんなんか持っていく人はいないだろう。

 ところが10分ほどで写真撮影を終えてホームに戻ると先ほどの列車がいないではないか。きつねにつままれたような気持ちになって、あわてて駅員に尋ねると、私が日高本線の様似行と思った列車は実は室蘭本線上り糸井行で既に発車していたのだ。列車とともにかばんも行ってしまったのだ。

 駅員によるとあの列車はワンマン運転なのですぐに連絡は取れないが、糸井駅は二つ先の駅で、糸井駅に着くとすぐ折り返して8時20分には苫小牧駅に戻ってくるから、その時車内を探してくださいとのこと。室蘭本線をどんどん先に行ってしまう訳ではないことが分かりほっとしたが、ほっとすると別の心配が出てきた。自分で荷物の到着を待っていると、ケータイ国盗り合戦の領土制覇のスケジュールに影響が出てしまうのだ。日高本線を一本遅らすと次の列車は2時間後なのだ。

 「これからすぐ所用があるので駅の人が荷物を探してもらえないか」と頼み込むと比較的スムーズに受け入れてくれ、見つかったら私の携帯に電話を入れてくれることになった。自分で探そうが、駅の人に探してもらおうが、見つからない場合には見つからないし、そもそもあんながら空きの室蘭本線なら誰かに盗まれるようなことはないだろうとの考えもあった。

 駅員に荷物を安否を託し予定通りの日高本線の列車に乗り込むが、だんだん不安になってきた。かばんの中には貴重品は入っていないもの、定期入れや名刺、運転免許証などがあり、そのほかにも時刻表や地図帳などもある。金銭的損失はほとんどないが、ないとなると不便なものが入っていたりするわけで、またそもそも、かばんごとなくなってしまうと、これから手ぶらで旅行を続けると言うわけにもいかず、どこかでかばんを買う必要も出てくるし、着替えも買わなければならないしと次々と気になることが出てきた。

 やっぱり人任せにせず自分で探したほうがよかったかと後悔してきた。ただ、そうこう考えを巡らしているうちに、苫小牧駅から連絡があり、荷物が無事に確保されたことが判明した。
 私は自分が旅慣れていることを自認しているが、こんな初歩的なミスをして、関係者に迷惑をかけてしまい、恥ずかしい限りだ。今回は日曜日の朝ということもあり、人も少なくだれにもいたずらされることもなかったが、次はこうはいかないだろう。しっかり反省し、同じミスをしないよう肝に銘じたい。
(写真は無事戻ってきた私の旅行かばんです)

2009年2月12日 (木)

座席の位置

座席の位置
今回の北海道旅行ではぐるり北海道フリーきっぷを使用した。このきっぷは、特急の指定席が無料で利用できるようになっている。JR東日本か北海道の駅でこのきっぷを提示すれば、どの駅でも指定券を手に入れることができる。従って横浜駅で購入した時に、乗車予定の列車の指定券もすべて発行してもらった。満席の列車はなく、どれも希望の列車が取れてよかった。
ところが、全部で14本予約したうち6本が車両の一番前の席、1本が前から2番目の席だった。
一番前の席は目の前に壁が迫っていて圧迫感があるうえ、景色も見づらく、かつ車両の端にあるので揺れも大きく最悪の席だ。できれば座りたくないのだが、そんな席を1回のみならず7回も手に入れるとはなんて運の悪いことだ。一般にこういった席は最後のほうで販売されることが多いので、逆にぎりぎりに手に入れることができたとも言える訳で運が良かったということになるかもしれない。
しかし、運のいい、悪いは別にして快適な旅行という観点からは避けたい席であることは間違いない。今回これだけ悪い席を手に入れるたのだから、次回はいい席をゲットしたいものだ。

2009年2月11日 (水)

SL冬の湿原号

SL冬の湿原号
流氷観光砕氷船オーロラ号に乗った後、釧網本線で標茶に移動しました。ここと釧路の間を一日一往復SLが運行されているのです。ちょうど釧路湿原の真ん中を走るので「冬の湿原号」と名付けられています。雪のため、湿原かどうかは車窓から見ただけではわかりませんが、とにかくそんなところを走ります。
牽引する蒸気機関車はC11で炭水車も一緒になったタイプで少し小振りな機関車です。しかし、小振りとは言え黒々としていて、雪の白とのコントラストが素敵です。本当は乗るより外から走りを見たほうがいいのかもしれません。
客は大半が観光バスでここまで来て、片道だけSLに乗る団体の人たちのようです。さすがにここでは日本人の客が多いですが、それでも3割くらいは中国、韓国の人のようでした。
 客車は5両つないでいて、そのうち1両は車号がスハシとなっていて売店や喫茶スペースがあります。車内は木目調ボックスシートですが、12系客車でなく、14系客車をベースにしているのでゆったりしています。だるまストーブなども設置されていてレトロ感をかもしだしています。団体のおばさまたちも子供の頃の石炭当番の話で盛り上がっています。
沿線には丹頂鶴やエゾシカが生息しており、車窓から本当に間近で見られます。ちょうど鶴が飛び立った時などは、先ほどの団体のおばさまたちは大騒ぎでした。
列車は、時折車掌の沿線案内を交えながら、白い煙を漂わせ、ゆっくりと進みます。乗車記念のポストカードなどももらえす。ファンならずとも訪れる価値は十分あります。

2009年2月10日 (火)

流氷観光砕氷船オーロラ号

流氷観光砕氷船オーロラ号
 平成21年2月10日、網走の流氷観光砕氷船オーロラ号に乗りに来た。流氷観光砕氷船とは、流氷を割って進む船で、いつか乗ってみたいと思っていた船だ。最近は地球温暖化の影響で流氷の接岸が遅くなっていて、今年の流氷初日も一週間ほど前だったようた。
船の乗り場は網走駅からバスで10分くらいのところにある。朝一番の便は連絡バスがないと思っていたので、駅からタクシーで行くつもりだったが、駅に着くとちょうど砕氷船乗り場行のバスが来て助かった。バスは約20人ほどの客を乗せて出発。韓国や中国からの旅行者が大半で日本人は私ひとりだったかもしれない。最近はどこに行ってもこういったグループが多い。
 砕氷船乗り場まではバス停で三つ目、約10分で到着。以前は駅からもっと遠いところにあったのだが、一ヵ月程前にここに移転してきたのだ。道の駅も併設されている。ひとり3000円も取るので結構儲かっているのだろう。案内所の女性は網走の人とは思えないほどとてもきれいな人だった。儲かっている会社だからいい人材を選りすぐって採用しているのだろう。
今朝、オーロラ号の携帯サイトを確認した時は流氷ありとなっていたが、乗り場に来ると流氷のかけらも見えず、ちょっと不安になる。
 定刻に出航。観光バスで乗り付けた団体などを含めて約100人くらいの客になった。やはり、韓国や中国からの人が多く、日本人は2割くらいしかいない。これが最近の観光地の実情かもしれない。中国人の家族連れはあたりをはばからず、大声ではしゃいでいた。そのうちひとりは、サングラスをかけていて金正男(キムジョンナム)のような風貌だった。
 出航から15分くらいは案内放送やら注意事項が日本語、中国語、英語の順で続き、いっこうに流氷が見えない。ますます不安になるのもつかの間、ようやく左手に流氷が見えてきた。皆いっせいにデッキに出て写真を撮りまくる。流氷の大きさは小さいものはたたみ2畳くらいから、大きいものは10畳くらいまで様々で本当に海を埋め尽くしている。氷の厚さは30cmくらいはあり、もし船から転落してもうまく氷に乗れば助かるかもしれない。
 後方のデッキに出てみると船の通ったところだけ、流氷がなくなっていて、船の軌跡がはっきり残っている。流氷の中を円を描くように航行していたのがよくわかる。
約20分ほど流氷の中を航行し、帰路に着いた。流氷の中と言っても特に大きな動揺もなく、意外と快適、楽しいクルージングだった。
 皆さんもぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

2009年2月 9日 (月)

さっぽろ雪まつり

さっぽろ雪まつり
 平成21年2月8日、北海道旅行の途中でさっぽろ雪まつりを見にいきました。あいにく吹雪いていて、見物する環境としては最悪ですが、これも北海道らしくていいでしょう。一日で26cmの積雪があったようです。そんな大雪にも係わらず、氷のようにさらさらしているので、傘をさしているひとはいません。
 大通り公園には、テレビで見るのと同じようにいくつもの雪像が並んでいます。大きいものは高さ10mはあろうかというお城から小さいものは1mほどのアニメのキャラクターまで様々なものがあります。
 そんな中、京浜急行の雪像を見かけました。雪像というより子供用のイベント施設で、滑り台になっています。上が羽田空港駅になっていて、そこからすべりおりて下の品川駅に到着する形になっています。羽田モノレールと競争が厳しいので、そのPRでしょう。壁面には1000系電車が雪で描かれていました。
 そのほか鉄道がらみでは、ミニSLの運行や鉄西(てっせい)トレインというC型蒸気機関車の雪像やなどがありました。
写真は翌朝もう一度会場を訪れた時のものです。この時は晴れていて人通りも少なく最高の状態でした。皆さんも訪れるときは朝のほうがいいかもしれません。ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

2009年2月 8日 (日)

急行はまなすカーペットカー

急行はまなすカーペットカー

 会社の休みが取れたので、北海道旅行に行ってくることにしました。今回はさっぽろ雪祭りと網走の流氷見物をメインに、ケータイ国盗り合戦の蝦夷地制覇をあわせて目指します。
 利用する切符は、JR東日本が発売する「ぐるり北海道フリーきっぷ」です。東京から北海道への往復切符とJR北海道全線特急乗り降り自由の切符がセットになっていて、東京発の場合35,700円と大変お得になっています。
 私は、平成21年2月7日の夕刻、東京駅を発ち、現在青森から札幌に向かう急行「はまなす」のカーペットカーの車内にいます。カーペットカーとは、寝台車ではないのですが、床にじゅうたんが敷かれていてごろりと横になれる車両で、ちゃんと一人ずつスペースが指定されています。まくらと毛布もついていて、足を伸ばして寝られるので、座席の夜行とは雲泥の差です。じゅうたんはホットカーペットになっています。この列車で札幌に朝到着し、ケータイ国盗り合戦のいくつかの地域を制覇し、その後雪祭りを見に行く予定です。

2009年2月 7日 (土)

さよなら5000系 お別れ撮影会

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 相鉄で走っている5000系車両が引退することになり、平成21年2月7日相模大塚駅構内で行われたお別れ撮影会に行ってきました。車両前面の貫通扉の部分が赤く塗られ、自動窓を最初に採用した車両です。相鉄のホームページを見ると、この車両は昭和30年に相鉄初の自社発注車両とのことで、意外と古い車両で驚きましたが、よく見ると昭和47年に車体を取り替え、昭和62年に台車を交換したので、結局今の車両は昭和30年登場の車両とはまったく別物のようです。

 10時40分頃相模大塚駅に着きました。まず、硬券の記念乗車券(相模大塚→二俣川、190円)を求めるべく、駅南口に特設された売り場に行きました。すでに6~70人の行列ができています。一人30秒で販売するとして、30分待ちかなと計算し、行列に加わりました。この程度であれば許容できる待ち時間です。ほぼ計算通りに順番が来ました。上から2枚目の切符がそれです。相鉄は今でも硬券の入場券を各駅備えているなど、ファンの心をつかんで放しません。私の購入した切符のシリアルナンバーは183番でした。左側のステッカーは同じ会場で100円で販売されていました。

 記念乗車券を購入し、次は駅北口の記念撮影の行列に加わります。こちらのほうがグッズ販売より列が長く、2~300人くらいいたでしょうか。ただ、こちらのほうが回転がよさそうなので、待ち時間は同じくらいだろうと予想して列に加わりました。およそ30分弱で順番になりました。今日は勘がさえています。右側のステッカーをプレゼントされ、会場に入ります。車両基地なので、当然のことながら、バラストや線路があって歩きにくいです。撮影しやすいように、10両編成の車両を5両ずつに分割し、二つ並べて展示してありました。通快の種別票を掲示しています。相鉄で通快の種別はあったのでしょうか。

 この会場とは別に二俣川駅でも記念グッズの販売が行われていたので、そちらも覗いてきました。こちらでも、硬券の記念乗車券のバージョン違いが発売されているので、それを手に入れようと思っていたのですが、あまりにも行列が長く、目測で2時間と思われたので並ぶのはやめました。Bトレインショーティーの限定品などが販売されていたので、そちらが主目的の人が相当いるようです。それにしてもこういったイベントに行って、いつも感心するのは、テツの多さと行動力のすばらしさです。私など足元にも及びません。

2009年2月 6日 (金)

ロマンスカーベイリゾート号

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2008年5月、ロマンスカーベイリゾート号が運行開始されたのでさっそく乗車してきました。この3月から、ロマンスカーは千代田線に乗り入れを開始済みなのですが、このベイリゾート号は、霞ヶ関・桜田門駅間にある千代田線、有楽町線連絡用の秘密のトンネルを通って、新木場駅に乗り入れるようになったのです。以前臨時列車で一度この区間を乗車したことがあったのですが、地下鉄乗り入れ用のブルーの車体のロマンスカーも未乗だったのでそれも兼ねて乗りに来ました。

私は新木場からの帰りの車両に乗りました。ディズニーランド帰りの客をたくさん乗せて発車しますが、一部私と同類もいます。霞ヶ関で方向転換するので、新木場駅発車時点では座席の向きが逆になっていて、後ろ向きで運転されます。有楽町線内の駅はすべて通過なので、駅の乗客が不思議そうにこのロマンンスカーを眺めています。桜田門駅からはいよいよ千代田線連絡用の半径の小さいトンネルに入ります。ゆっくりとした速度でレールの曲がり具合を確かめるしてようにして進み、霞ヶ関駅の手前でいったん停車します。3枚目の写真がそれです。シールド工法で造ったのが良く分かる円形のトンネルでした。右端に移りこんでいるのがミスターKです。

霞ヶ関駅に到着し、主目的は達成しました。ここからは進行方向を前向きに変えて、千代田線内を進んでいきます。私はビールを飲みながら、地下鉄線内のゆっくりした走りのロマンスカーを楽しみました。運行は週末限定で月数回しか運行されないので、乗る方は注意してください。

2009年2月 5日 (木)

余部鉄橋

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 2006年6月、余部鉄橋を見に行きました。餘部駅の隣にあるこの橋は1912年の完成で、老朽化のため、現在は架け替え工事が行われていますが、その前に見に行ってきたわけです。11本の橋げたが並ぶトレッスル橋と呼ばれる美しい橋で、高さも41mあります。ここからは日本海も眺められます。

 架け替えが決まってからは、観光バスのコースなどになって賑わいを見せています。観光客は手前の駅から乗って、餘部駅に至り、そこからこの橋を眺め、また観光バスに戻るようなルートになっています。私が行った時にもそのような客が大勢おり、お立ち台(撮影ポイント)はそんな人たちでごった返していました。残念ながら今では工事のため、この橋の様子も見られませんが、新しい橋ができたら再び訪れて見たいと思います。

 なお、この橋では1986年12月、鉄橋上を通りかかった回送列車が強風にあおられ転落。直下の水産物加工場の従業員5名と車掌1名が死亡する痛ましい事故がありました。あらためてご冥福をお祈りいたします。

2009年2月 4日 (水)

チキン弁当

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 平成21年2月1日、E331系に乗車するために東京駅に行った帰りに、チキン弁当800円を買って帰りました。この駅弁は東京オリンピックの1964年に発売を開始した東京駅の老舗弁当です。NRE(日本レストランエンタープライズ、旧日本食堂)からの発売です。数年前には販売を停止していたのですが、最近見かけるようになったので、今回買ってみました。

 鶏のから揚げとケチャップライスが基本の組み合わせで、スモークチーズとポテトサラダがついています。から揚げもケチャップライスもとくにおいしいとは感じないですし、これで800円も取るのかよと言う気もしますが、以前は東京駅で駅弁を買うときはたいていこれでした。ケチャップライスなんて、いい年した男が食べるようなものではないのですが、昔懐かしさがこみ上げるからか、から揚げがビールのおつまみにいいからか、男性に人気のある駅弁です。皆様も一度ご賞味を。

2009年2月 3日 (火)

E331系

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 平成21年2月1日、JR東日本の新形式車両E331系に乗りにいきました。この車両は2007年3月のデビューですが、車両の不具合により、一時営業運転を中止していたのですが、2008年12月から運転を再開したのです。東京駅15時46分の蘇我行き快速で往復してきました。

 外見は一見、通常のE231系、233系と同じように見えますが、連接台車を採用していて、一つの台車が二つの車両にまたがっています。また、1両の車両の長さが通常の車両の4分の3くらいしかなく、その結果1両のドアの数は3つになっています。また、ドア間の座席数も通常は7席なのが、これは6席となっているなどの特徴があります。

 実際の乗り心地は台車間の距離が短いせいか、しっかりと固めになっています。また、台車間の距離が等間隔なので、レールの継ぎ目を打つ音が、通常の車両の場合はダダン、ダダンとなるところ、これは、ダン、ダン、ダン、ダンとなります。

 この車両は1編成しかなく、予備の車両がないので土、日、祝日のみの限定運用(95運用)になっているので、車内の広告は一般の会社のものはなく、すべてJRの広告でした。

 絶滅危惧種かもしれませんので、お早めにご乗車ください。

2009年2月 2日 (月)

楓駅

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  2003年10月、石勝線楓駅に来ました。この駅は現在は廃止されていますが、現役当時は1日1本しか列車が発着しない駅として知られていました。しかも日曜は運休になるのです。私は廃止になる半年ほど前に訪れましたが、テツが10人ほど乗っていました。一般の客は下りは0、上りは2名でした。

この楓駅は石勝線の駅になりますが、駅の手前で本線から分岐し、専用の引込み線に入って終点となる珍しい構造になっています。4枚目の写真がそれで、右側の1線が楓駅に入る線、左側の2線が石勝線の本線になります。

かつて1日1本しか列車が発着しない駅は、この駅のほかには昔の国鉄清水港線の清水港駅でした。現在では石北本線の上白滝駅が1日1本しか列車が発着しない駅になっています。その駅もいずれ訪れてみたい駅です。

2009年2月 1日 (日)

リリートレイン

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  2003年10月、札幌市北部の百合が原公園にあるリリートレインに乗りに来ました。百合が原公園は、その名の通りユリをメインとした植物公園で、園内は芝生広場を中心に、世界の百合広場、世界の庭園、バラ花壇などがあります。

  しかし、私の目的はそれらではなく、園内を一周するように敷設されているリリートレインです。1.2kmの単線の路線を、ディーゼル機関車に牽かれた5両の客車が12分ほどかけて、ゆっくり走ります。線路の幅も1067mmあり、結構本格的です。ディーゼル機関車といっても、JRのような無骨なものでなく、ご覧のようにスピード感ある近未来的なデザインになっています。

  客車は窓のないオープンな構造で、園内の景色を存分に楽しめます。白樺林の区間もあり、北海道らしい公園です。家族連れでも、テツでも楽しめるすばらしい公園です。

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