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2008年12月

2008年12月31日 (水)

秩父鉄道グッズ

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 秩父鉄道の長瀞駅と和銅黒谷駅を訪問するにあたって、秩父鉄道の一日乗車券を使用した。全線乗り降り自由で1400円。せっかくなので羽生から三峰口まで全部乗ってみた。羽生付近は大きな農地と新興住宅が混在し、熊谷付近ではビルに囲まれ、長瀞付近では渓谷美、終点三峰口は雪の跡も残るような山岳地になるという変化に富んだ路線で、全線2時間ほどかかるが退屈しない路線だ。日曜日にも関わらず、貨物列車の運行も頻繁でうれしくなった。

 秩父鉄道では各駅で硬券入場券や記念入場券を販売しており、また記念グッズを販売も熱心だ。私はチケットホルダー200円を購入。私は以前は首からものをぶら下げるのは格好の悪いことだと思って、こういった類のものは使ったことがなかったが、最近は携帯電話やデジカメを首からぶら下げる人も多くなり、気にならなくなった。実際、チケットホルダーを使ってみると、切符を探すのにポケットやかばんをあっちこっち探したりすることもなくなり、便利さを実感している。

 図柄は国鉄101系だ。秩父鉄道では国鉄の旧型車両を購入して、自社カラーに塗装しなおしているのだが、最近国鉄色に塗りなおして人気を呼んでいる。この色以外に、ブルー、イエロー、カナリアに塗られて、本当に昔の国鉄線のようだ。

2008年12月30日 (火)

長瀞駅ライトアップと和銅黒谷駅

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 平成20年12月28日、秩父鉄道の長瀞駅に行ってきました。平成20年11月15日(土)~平成21年1月12日(月/祝)までライトアップされているという情報をキャッチしたため、見に行ってきました。この駅は明治44年開業で当初は宝登山駅という駅でしたが、大正12年に現在の駅名に改称されました。駅舎自体が関東の駅百選にも選ばれるほど、レトロ調の魅力ある駅舎ですが、ライトアップによりさらにメルヘンチックな駅になっています。ただし、秩父盆地の夕方の冷え込みはなかなかのものがありました。

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 この長瀞駅に行く前に和銅黒谷駅に行ってきました。この駅はかつては単に黒谷駅と名乗っていましたが、日本最初の貨幣、和同開珎に使われた銅の産出地がこの駅の近くにあるため、2008年4月1日和銅黒谷駅と改称されたのでした。私は秩父鉄道の全駅の硬券入場券を持っているのですが、改称後のこの駅の入場券を持っていなかったので、先の長瀞駅の訪問とあわせてここにやってきたのです。

 この駅から徒歩15分くらいのところに和同開珎の碑というのがあり、次の電車の待ち時間を利用して行ってきました。直径3mはあろうかという大きさです。日本史の時間に、武蔵国で銅が産出され、それが朝廷に献上され、和同開珎が鋳造されるとともに、年号が和同と改元されたことは習ったが、その武蔵国がこの秩父だったとは埼玉県の出身にもかかわらず、和銅黒谷駅ができるまで知らなかったのです。

 なお、元号、通貨は和同ですが、駅名は和銅です。なぜ違うかは調査中です。写真の男性は、なんとミスターKです。ブログ初登場です。でも顔は見えませんね。残念。

2008年12月29日 (月)

愛地球博 IMTS

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 前回、淡路島のイングランドの丘にあるIMTSを紹介しましたが、今回は愛地球博で運行されたIMTS(無人走行バス)を紹介します。2005年に愛知県で開催された愛地球博会場内の移動手段として、IMTS北ゲート駅からIMTS西ゲート駅を経由してIMTSEXSPOドーム駅までの間とIMTSメッセ駅とIMTS西ゲート駅の間、2路線が運行されていました。このうち後者は運行システムのトラブルの関係で私が訪れたときは運休していました。そのため私は前者しか乗れませんでしたが、これは私にとっては不幸中の幸いでした。というのも、法律上は前者が鉄道扱いで、後者がバス扱いなのです。なぜ、同じバスがあるときは鉄道に分類され、あるときはバスに分類されるのかは私にはわかりません。しかし、鉄道全線完乗者たるものとしては前者に乗らなければここに来た意味がないのです。

 それはともかく、入場とともにIMTS乗り場にやってきました。朝一番に乗りに来たので行列はなく、ほとんどすぐ乗れました。淡路島のIMTSは普通のバスでしたが、ここのは近未来的なスタイルをしています。さすがトヨタ自動車が運行しているだけはあります。運転席にはモリゾー、助手席にはキッコロが座っています。無人運転の証しです。

 運転は、スピードが出ていないためかスムーズで、へたなバスの運転手よりよほど快適です。カーブになるとハンドルがひとりでに、グッグッグッと回転してカーブを抜けていきます。また、ここのIMTSは隊列走行を行っています。前のバスとの距離やスピードを判断しながら、衝突しないように至近距離を一定間隔で走行するのです。これは鉄道にはできない芸当です。

 所要時間は途中駅(IMTS西ゲート駅)の停車時間も含め、10分弱だったと思いますが、これで私の鉄道乗車記録が一つ増えたわけです。当然ながら、このIMTSは愛地球博の閉幕とともに廃線になりました。

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(キッコロゴンドラからの車窓)

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(モリゾーゴンドラ)

また、会場には会場内の移動手段として、ロープウェイが2本運行されていました。ロープウェイも広い意味で鉄道に分類される乗り物(索道)なので、あわせて乗ってきました。モリゾーゴンドラとキッコロゴンドラです。モリゾーゴンドラの方は会場外を走行する区間があるので、窓ガラスが自動的に曇って外が見えなくなる装置が導入されていました。

2008年12月28日 (日)

イングランドの丘 IMTS

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 淡路島にある淡路ファームパーク・イングランドの丘にあるIMTSに乗りに来ました。淡路ファームパークは淡路島の自然を活かして、コアラ館や温室、イギリス風の湖、動物ふれあい広場などを設けた公園です。ただ私の目的はそれではなく、園内の2地点(グリーンヒルエリアとイングランドエリア)を結ぶIMTSに乗ることです。IMTSとは、Intelligent Multimode Transit Systemの略で、要するに無人走行バスのことです。2006年11月のことです。

 園内に入るとすぐ左手にIMTSの乗り場があります。ちょうど小学生の遠足の団体が来ていて、子供たちと一緒に乗ることになりました。乗り場にはホームドアがあり、バスが到着するとバスのドアに連動して、ホームドアが開き、バスに乗り込みます。バス自体は普通の路線バスと特段変わりはありませんが、運転士はおらず、その代わりにコアラのぬいぐるみが置かれています。子供たちも大喜びです。乗降が終わると、自動で運転が開始されます。カーブに来るとハンドルが自動的に回転してスムーズに抜けていきます。ガイドウェイバスのように縁石に支持されながら進むのではなく、路面に埋め込まれたマーカーを検知しながら、自動的にハンドルを切るようです。バスは2、3分で終点に到着します。距離にして500m前後です。このIMTSは自動運転のほかに、隊列走行というのもできます。2台以上のバスが電車のように連続して進行するものです。当日は乗客が少なかったせいか、残念ながら隊列走行は行われていませんでした。

 その後、このIMTSは2008年1月で運行を取りやめてしまいました。無人運転ということで人件費は節約できるのでしょうが、システムの運営経費のほうが高くついたのかもしれません。

2008年12月27日 (土)

カーレーター

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 2006年12月兵庫県須磨浦山上公園にあるカーレーターに乗りに来ました。山陽電鉄の須磨浦公園駅で下車し、ロープウェイに乗り、ロープウェイの終点にこのカーレーターの乗り場があります。カーレーターとは、ベルトコンベヤーに椅子が取り付けられたような乗り物で、おそらく日本でここにしかない乗り物だと思われます。乗り込むときにはベルトコンベアーのスピードにあわせる形でさっと飛び乗る感じです。乗り心地は最悪で、振動が半端ではありません。日本で一番乗り心地が悪い乗り物でしょう。全長は91m、斜度は25度でかなりの急勾配です。もちろん座席は水平になるように設置されているので、ひっくりかえることはありません。また、全区間屋根がついているので、リフトのように雨に濡れる心配もありません。

 このカーレーターを降りると回転展望閣というものがあり、要するにそごうの屋上などにある回転するレストランで、明石海峡や神戸空港などを望めるスポットで、眺めは最高です。ジュークボックスなども設置され、レトロ感も満載です。さらにここからリフトに乗り進むとサイクルモノレールなどがあるこれまたレトロな遊園地に到達します。

 一昔前の日本に戻れる貴重なスポットです。皆様もぜひ一度訪れてみてはどうでしょうか。

2008年12月26日 (金)

東京弁当

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 東京に出かけたついでに、東京駅で駅弁を買って帰りました。東京弁当という駅弁で1600円もします。東京の老舗、4店舗の料理が少しずつ盛り込まれています。食べての感想は、「いやー、本当にうまい」、今まで何百もの駅弁を食べてきましたが、最高ランクだと思います。どの食材もよく選ばれていて、手を抜かずに作られています。私はあまり和食風の駅弁は食べないのですが、これは選んで良かった思いました。

 「浅草今半の牛肉たけのこ」は一口で食べきってしまえるほど量は少ないですが、よく味がしみこんでいます。「魚久のキングサーモンの粕漬け」は脂ののった鮭が柔らかく仕上がっています。「青木の玉子焼き」は甘口でふんわりしています。「日本橋大増の野菜のうま煮」は里芋、南瓜、金平牛蒡、絹さやなど、どれも硬すぎずしっかりと味がついています。また、ご飯も契約農家栽培のあきたこまちで、ご飯だけでも味がありました。その上、ご飯に乗っている刻んだカリカリ梅もおいしかったです。しば漬けもこれまた最高でした。

 値段は高めですが、中身も伴っていますので、たまには奮発してみてもいいかもしれません。

2008年12月25日 (木)

書泉グランデ

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 神田神保町にある書泉グランデ6階の鉄道書コーナーです。6階のフロアーの4分の1程度は鉄道図書で埋め尽くされています。ここに来れば日本で発売されている鉄道書はたいてい手に入れることができます。私も1~2ヶ月に1回くらいはここに来て、何か目新しいものはないかと物色しています。

 今回は、雑喉謙氏の「近間の鉄道イベントを楽しむ-関心派の私録、08年の巻-」を求めるために来ました。毎年12月に刊行され、その年の新線乗車記、新駅訪問記、日々の鉄道雑感などが少し辛口の視点でつづられています。私のお気に入りの著者です。この書籍は自費出版のようで一般の書店ではまったく見かけないので、ここに買いに来ているわけです。

 そのほかにも、地方の鉄道写真集や大学鉄道研究会の発行の小冊子、雑誌のバックナンバーなどがあり、品揃えの豊富さはナンバー1です。客はほとんど男性で無口で黙々と立ち読みをしては、ごっそり買い込んでは帰っていきます。

 私はここで鉄道書をあさった後、三省堂などによってノーマルの本を見て帰るのがパターンです。

2008年12月24日 (水)

トレインマークの誕生

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 新橋にある「旧新橋停車場 鉄道歴史資料展示室」で、「トレインマークの誕生」という展示会が平成20年12月9日から平成21年3月29日まで開かれています。私は12月23日に見学に行ってきました。

 今から80年前の1929年(世界恐慌の時代)に、不況下の鉄道旅客誘致のため、鉄道省が列車に愛称をつけ、それにあわせたトレインマークを制定したのが始まりです。そのときは、「富士」と「桜」の愛称がつけられ、最後尾の車両に掲出されたのです。

 その後、戦時中に廃止されましたが戦後復活、各地の列車に広がっていきました。私の記憶に新しいのは、昭和53年10月ダイヤ改正で特急のトレインマークが文字だけからイラスト入りになったことです。トレインマーク入りの鉄道グッズが数多く発売、頒布されました。会場にも、安田信託銀行の財形信託の販促品のシールがありました。

 80周年の記念の年になるわけですが、残念ながらトレインマーク1号の「桜」はすでになく、「富士」も来年3月で廃止されてしまいます。これも時の流れでしょう。

2008年12月23日 (火)

JR四国バースデーきっぷの旅 その6

 高知で一泊した後、今日12月8日がきっぷの有効期限だ。朝6時30分にホテルを出る。私の旅行中の出発はたいてい朝7時前だ。特にこのような乗り放題きっぷを持っているとその気持ちが強くなる。

 7時00分発の南風4号で阿波池田まで向かう。土讃線一の絶景が続く大歩危峡、小歩危峡を眺めながら約1時間で到着。次の列車まで20分ほど時間があったので、いったん駅をでる。駅前がいきなりアーケード商店街になっている。朝の8時過ぎだというのに通勤通学客らしき姿はまったくなく、商店街にも活気が感じられない。

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 次の列車は8時33分発の「剣山4号」で、特急なのにわずか2両でグリーン車も連結されていない。指定券を用意してきたが、1両の車両を自由席と指定席に区分しており、指定席は端の5列分くらいの1画なので乗り心地が悪そうだ。私の他に客は1名もいないので、指定券は無視して車両の真ん中あたりに陣取る。

 発車を待っていると、勤務先から私の携帯に連絡が入った。本来列車内では通話は遠慮するルールだが、私のほかに誰も乗っていないので、堂々と通話する。朝の8時台の列車なのにだれもいないとはローカル線の旅らしい。

 次の駅の佃から徳島駅の一つ手前の佐古までが、JR化後の未乗区間で、吉野川に沿って走るのどかな線だ。阿波池田を発車したときは、私の車両は誰もいなかったが、駅ごとに乗客が増えてきた。といっても徳島駅の手前で50%程度の乗車率だった。

 この列車は牟岐線に乗りいれて、海部まで行く。私はこの区間は乗ったことがあるので、阿南で折り返し、11時35分徳島着。

 徳島駅12時24分発のうずしお14号で高松に向かう。途中の池谷から終点高松までがJR化後の未乗区間だ。うずしおは振り子を効かせながら、阿波と讃岐の国境を進む。讃岐相生付近からは右手にきれいな海が眺められた。高松に近づくと高架になり、13時31分自動改札も装備された高松着。これでJR四国全線完乗となった。

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 駅前の讃岐うどん屋で遅めの昼食を取る。ぶっかけうどんにちくわ天を添える。値段は450円くらいだった。麺はもちもちとしてボリューム感があった。

 高松発14時09分のマリンライナーで岡山経由新幹線N700系で新横浜まで帰った。いつもながらのあわただしい旅行ではあったが、20年ぶり以上で乗る線もあり、懐かしかった。

2008年12月22日 (月)

JR四国バースデーきっぷの旅 その5

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 四国鉄道文化館を見学した後、多度津経由で高知に向う。多度津でいったん下車すると駅前に、四国鉄道発祥の地の記念碑とともに、少林寺拳法発祥の地という記念碑もあった。

阿波池田、小歩危、大歩危と進んでいくと、一面雪景色になってきた。昨日来の寒波が山間部には雪をもたらしたようだ。私は、バースデーきっぷの特権で先頭車両のグリーン車に乗っているのだが、客席と運転席の仕切りがガラス張りなので、前が丸見えのパノラマグリーン車になっている。グリーン車には他に客はなく、私一人で独占しながら絶景を楽しむ。

 12時21分、南風5号は後免駅に到着。ここでいったん下車する。ごめんとは変わった駅名だが、かつて江戸時代の頃この地が商業の発展のため、税金が免除されていて御免と呼ばれていたことに由来するようだ。

 後免からは土佐くろしお鉄道で安芸まで向かう。バースデーきっぷは、JR四国の線だけでなく、土佐くろしお鉄道に限り、私鉄にも関わらず乗れるのだ。この線は2002年7月に開業した新線で高架区間が多く、太平洋の眺めがすばらしい。後免発12時40分の列車で安芸まで行ってみる。ワンマンカーのはずが女性車掌が2名も乗車していた。約50分で安芸着。大きな瓦屋根が特徴の駅舎だ。駅構内にはじばさん市場という地元物産の販売所が併設されている。ここでお土産を物色。土佐電鉄の「ごめん」せんべいというのがあったので、会社用のお土産とした。

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 安芸からは再び後免を経由して、高知駅まで来た。この駅は今年の2月、2面4線の高架駅になり、自動改札も設置された。駅の南側はかつての高知駅があったところで、現在は駅前広場などの造成工事中だ。土佐電鉄の高知駅前駅が工事の囲いの中にわずかに見えた。

 このままホテルのチェックインしても良いのだが、せっかく乗り放題のきっぷを持っているので、日暮れまでは乗っていたい。南風11号、18号で中村まで往復してきた。特急にも関わらず、無人駅にも停車し、車掌が集札している。行き、帰りともグリーン車は私を含めて3人しか乗っていなかった。19時26分、高知駅に戻る。今夜の宿は駅にほど近い「タウン駅前」というホテル。楽天トラベルで予約したが、日曜限定で1泊3500円という安さ。設備は古臭い感じはしたが、問題のある水準ではない。

2008年12月21日 (日)

JR四国バースデーきっぷの旅 その4

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 今治に宿泊した後、翌12月7日まず伊予西条に向かった。7時56分着。ここ伊予西条は元国鉄総裁で新幹線建設に尽力した十河信二の出身地なのだ。そのため、ここには四国鉄道文化館と十河信二記念館という施設が設けられている。伊予西条駅を出てすぐ右隣にあって交通至便なだけでなく、朝8時に開館するという非常に良心的な記念館だ。私は開館と同時に中に入り、当日一番乗りの見学者となった。入場券は硬券の切符を模したもので、「十河信二記念館→四国鉄道文化館」となっていて、それを係員がパンチで入鋏する。入場料は300円だ。また今の時期は入場すると記念品として0系新幹線絵はがきがもらえる。はがきの裏を見るとJR西日本とあった。先日の0系最終運転の日に乗客に配られたものと同じはがきのようだ。

 館内は床がフローリングになっていて、スリッパに履き替えて入場するしくみになっている。学校の体育館のようだ。暖房設備はないのか、あるいはまだ効いていないのか、昨日来の寒波の影響で底冷えする寒さで、久々に手がかじかむ感触になった。私はよく真冬の北海道を旅行することがあるが、体感的にはその時以上の寒さだ。男性職員もジャンパーを着込んで体を揺すぶりながら、ポケットに手をいれたままぶるぶる震えている。

 展示車両は0系新幹線とDF50ディーゼル機関車の2両しかないので、さいたま市の鉄道博物館の規模とは比べるべくもないが、車両はぴかぴかでよく手入れされていている。0系新幹線は半分の長さにカットされたものだが、かえってコンパクトで愛らしさがある。車内にもは入れる。座席はいわゆる集団離反型のシートで、開業当時の転換クロスシートではなかったが、これはこれで懐かしい。運転席にも入ることができる。ブレーキやマスコンハンドルは動かせないが、各種スイッチは動かせる。

 一方DF50は、四国の鉄道の無煙化に功績があった車両である。ディーゼルなので当然排気ガスが出るから完全な無煙化ではないが、SLに比べればという意味である。

 鉄道記念館の隣には十河信二記念館があって、十河信二の胸像や年表、各種勲章、賞状などが飾られ、書斎が再現されている。一角にはグッズ販売コーナーなどもあり、私はピンバッジや絵はがきなどを購入した。

2008年12月20日 (土)

JR四国バースデーきっぷの旅 その3

坊っちゃん列車に乗り終えた後、市電で松山駅に向かう。ここで、バースデーきっぷを購入する。松山駅のみどりの窓口は、カウンターに格子戸がしつらえてあり、明治時代のきっぷ売り場を模した窓口になっている。バースデーきっぷは誕生月を確認するため、本人確認資料の提示を求められ、きっぷに自分の名前を署名するようになっている。私は今回一人旅なのだが、誕生月の人と同行する場合、連れの人も3人まで誕生月でなくてもバースデーきっぷを購入できることになっている。

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松山駅からはまず宇和島に向かう。宇和島へは向井原駅から伊予長浜を経由する海沿いのルートと内子駅を経由する新線ルートの2経路がある。私はまず11時39分発の伊予長浜経由の普通列車に乗った。キハ185系の2両編成だ。キハ185系は特急車両だがここでは普通列車用に改造され、座席も4人向かい合わせに固定されているが、元は特急車両なので乗り心地は悪くない。

向井原から旧線ルートになるが、海沿いを行くので眺めはよい。今日の瀬戸内海は波が荒いようだ。曇り空なので海が灰色に見える。

伊予長浜からは海を離れ昿川沿いをいく。五郎の先で新線と合流。伊予大洲からは山越えとなる。いったん客は増えたものの、駅ごとに降りて、1両に10人も乗っていいない。

そんな状態が続いて、北宇和島につく。駅構内のポイントには凍結防止用カンテラに灯がともっていた。

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14時35分、宇和島駅到着。ここから先は線路が伸びていないのでホームは頭端式になっている。駅前には大正時代に宇和島鉄道という軽便鉄道のレプリカ車両が置かれている。

帰りは、14時56分発の特急宇和海16号で松山に戻る。内子ではお遍路さん姿の客も持ってきた。特急列車であることと内子回りの新線を行くので行きの半分以下の時間で16時15分松山到着。

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今日は今治に宿泊するのだが、まだ時間があるので、伊予鉄道高浜線と市内電車が平面交差する地点を見てこようと思う。一ヶ所は古町駅で、もう一ヶ所は大手町駅だ。古町駅は斜めにクロスするので、交差部分がダイヤモンド型になっていて、美しさがある。一方大手町駅は完全に90度にクロスしているので、通過する列車は独特のジョイント音を響かせている。平面交差はかつては阪急西宮北口駅でも見られたが、今はここだけだ。

2008年12月19日 (金)

JR四国バースデーきっぷの旅 その2

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伊予鉄松山市駅に9時30分に到着。JR四国の未乗線区に乗るのに松山市駅に来たのは、坊っちゃん列車に乗るためだ。松山市内電車では路面電車にも関わらず、蒸気機関車風の列車が運行されている。伊予鉄道の開業間もない頃に運行されていた車両を復元したもので、夏目漱石の小説「坊っちゃん」のなかにも出てくるので、坊っちゃん列車と呼ばれている。当時は燃料は当然石炭だったが、現在では軽油になっている。

この列車に乗るには、乗車券のほかに200円の別料金が必要になる。私は市内電車の一日乗車券をセットになったきっぷを伊予鉄道の松山市駅チケットセンターで購入。500円だ。そのほか坊っちゃん列車の時刻表などもゲット。

9時50分、坊っちゃん列車が到着。路面電車の線路に蒸気機関車が登場し、非常にユーモラスな感じだ。到着すると車両の折り返し作業に入る。先に蒸気機関車を切り離し、転車台部分に移動する。ジャッキが降りてきて、車体が持ち上がり、乗務員が人力で車体を回転させる。そして、また客車と連結させる。結構手間のかかる作業だが、3人の乗務員で担当する。人件費などを考えると200円の別料金をとっても、採算割れだろう。

10時01分松山市駅前発。これで道後温泉まで向かう。機関車牽引なので、前後にがっくんがっくんと衝撃が来てスタート。明治の乗り心地を味わう。客は私と2歳くらいの子供をつれたお母さんの3人だ。車内は木製の座席で暖房もないので非常に寒い。松山地方の今日の天気予報は雪で、今は降っていないが気温は5度前後だろう。この機関車には14という数字が着いているが、これは伊予(イヨ)を示している。

明治の車両なので車掌がマイクではなく、肉声で停車駅のアナウンスや名所案内を行う。結構大きな声を出さねばならないから重労働だ。今日は客が少ないから、聞いている私もかなり照れくさい。

道路を行く乗用車や観光バスの乗客の視線を浴びながら、松山市内を松山城や県庁を左手に見ながら進む。市の中心部にお城やお堀があり、自然にあふれる文化都市だ。

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約16分で道後温泉着。折り返しの列車を待つ客で駅はにぎわっていた。

2008年12月18日 (木)

JR四国バースデーきっぷの旅 その1

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 ミスターKは12月生まれなのです。大寒波が襲来していた昭和37年の12月、当時は皇太子誕生日、今は天皇誕生日にとなっている日に生まれました。JR四国では誕生月の人に限って「バースデーきっぷ」というものを発売していて、JR四国全線、特急グリーン車も含め3日間乗り放題で1万円というたいへんお値打ちなきっぷなのです。私は国鉄時代に国鉄全線を完乗していますが、JRになってから乗りなおしていない線もまだいくらか残っており、この際このきっぷを利用してJR四国の未乗線区を乗りなおしてみようと平成20年12月6日(土)から8日(月)にかけて四国に行ってきました。8日は会社の休みをいただきました。今回はその際の旅日記です。

 平成20年12月6日、羽田発7時25分の全日空機で松山空港に向う。最近は時間的制約もあって、遠出するときは飛行機を利用することが多くなってきた。テツとは言え、乗り物全般に興味があり、最近は飛行機も守備範囲になってきた。今回の機種はボーイング767-300(ハイフンはダッシュと読む)。通路が2本あり、横に7人座れるタイプだ。1週間前に予約を入れたので窓側は取れなかった。

 6時47分京浜急行羽田空港駅着。進行方向前よりに進むとANAのターミナルビルになる。エスカレーターをいくつも乗り継ぎ、2階の出発ロビーに向かう。自動発券機で航空券を購入。修学旅行の高校生がこれから保安検査場を通るので、一般の人は早めに保安検査を済ますように放送がある。放送に促され、私も早めに保安検査場に向かう。何人か前の外国人は何度通ってもアラームが鳴り、靴やベルトをとってようやく検査をクリアーしていた。周りの友達が冷やかしている。私は無事クリアー。

 7時10分頃から搭乗が始まる。最初はお年寄りなどの優先搭乗があるので、5分ほどしてから乗り込む。搭乗券を自動改札にタッチしてゲートを抜ける。搭乗券の表裏を間違えて、エラーになる。

 アテンダントに笑顔で迎えられ、機内に入る。私の席は33Cなので後方だ。C席というと窓から3番目の席のような気がするが、B席が欠番になっているので窓から2つ目の席だ。窓側の席は私と同じ世代の男性一人客。この男性に限らないのだが、今日は休日にも関わらず、スーツを着た人が多い。12月で仕事の人が多いのだろうか。

 7時30分、スポットを離れる。朝の出発ラッシュにも関わらずほとんど離陸順番待ちもなく、7時35分離陸。滑走路上での機体の挙動が若干不安定で左右にゆすらぶられ、少し不安になる。いったん東のほうに向かうが、大きくカーブして西に進路を向ける。

 今日は強い季節風が吹いていて、松山空港着は定刻より10分遅れの9時5分とのアナウンスあり。

 シートベルト着用サインが消え、飲み物のサービスが回ってくる。朝なので私はスープをお願いする。上空では揺れもなく、きわめて安定した飛行が続く。

 8時55分、左手に松山空港の滑走路が見えたかと思うと、大きく左旋回して、南側から着陸。予定より5分早着の9時ちょうど松山空港着。着陸後の滑走路上でも機体が左右にゆすぶられた。タイヤが悪いのだろうか。

 ガラス張りの明るいターミナルビル前から、伊予鉄バスで市内に向かう。JR松山駅前を経由して、伊予鉄の松山市駅には9時30分着。所要時間は約25分、運賃は400円だった。

2008年12月17日 (水)

JR九州スタンプラリー20 長崎

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佐世保駅のスタンプを捺し、佐世保バーガーを食べた後、島原鉄道に乗りに来た。この線は20年ほど前に乗りに来たが、先端部の島原外港~加津佐間が廃線の予定であるので、せっかく近くを通りかかったのでよってみた。諫早駅発13時54分の列車で、終点の加津佐まで向かう。車両は1両編成の黄色いディーゼルカーで、諫早発車時点では、座席がほぼいっぱいになる乗車率だ。
 
 吾妻駅から有明海沿いを行く。左手には諫早湾干拓事業の巨大な水門が見えている。島原駅前後で下車客が多く、車内は閑散としてきた。

雲仙普賢岳の火砕流で、線路が破壊された島原外港~深江間は線路が高架に切り替えられえいた。

 16時24分、終点加津佐着。諫早から2時間30分もかかった。加津佐駅は無人駅で写真のとおり、寒々としている。

 加津佐からはバスで諫早駅に戻り、長崎本線で長崎駅着19時23分。改札脇にあるスタンプを捺し、これで20駅完了。5日間に渡る鉄道の旅は終了した。改めてスタンプ帳を見ると、短い期間とはいえ、九州各地いろいろなところを回ってきたのだとの思いを新たにした。スタンプとあわせてJR化されてから乗っていなかった線も全て乗ることができ、これも自分としては意義あるものだった。

 翌日は、長崎市内の散策をしてみた。長崎市はご存知の通り、坂の町であるが、高齢者の移動を容易にする交通システムがあるのだ。ご覧のとおり、斜面に鉄柱が立ち、そこを電話ボックスのような物体がモノレールのように進んでいくのである。二人乗りだが、誰でも乗れるわけではなく、地元の一定の条件を満たした人しか乗れないようだ。したがって私は見るだけだ。

 この奇妙な乗り物を見物した後、めがね橋近くにあるレストラン「きっちんせいじ」にやってきた。長崎市電の先頭部をカットしたものが店の入り口になっている。店のドアも市電のドアを利用していた。ただし、これは手動で開ける仕組みになっていた。
  店内は鉄道関係の写真や模型などが飾られ、座席は市電のいすがそのまま使用され、網棚、つり革などもそのままだ。

 料理は、長崎名物トルコライスが食べられる。トルコライスとは、スパゲティ、ドライカレー、とんかつ、サラダなどが一つの皿に盛られ、大人のお子様ランチのような料理だ。私はこうしたご当地グルメの類が大好きだ。昨日の佐世保バーガーもそうだし、以前根室で食べたエスカロップや横手の焼きそばなど、鉄道の旅行を楽しくしてくれる。

 これで、JR九州スタンプラリーの巻は終了とします。

2008年12月16日 (火)

JR九州スタンプラリー20 中津、唐津、佐世保

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臼杵でスタンプを捺した後、次の目的地は中津になる。大分までは普通列車で向かい、大分からは特急ソニック48号に乗り、中津着19時00分。あたりは暗く、駅舎の様子はよく分からないが、ここは福沢諭吉の出生地として知られる。駅構内にも福沢先生の胸像が飾られている。スタンプの図柄も当然福沢諭吉だ。

 わずか35分の滞在で今夜の宿泊地佐賀に向かう。中津から博多まではソニック50号で約1時間半。20時58分博多着。わずか4分の待ち合わせで、かもめ47号に乗り換える。ところが到着が3分遅れたので、ホームを走って乗り換える。佐賀には40分ほどで到着。駅前のホテルに宿泊。
 
 翌日は朝6時36分の唐津線で唐津駅まで向かう。途中朝もやが結構激しい。唐津駅は筑肥線の電化に伴い、高架化された駅だが、もう電化から20年以上経つ。スタンプを捺すために改札を出ようとすると、駅長自らが改札に立ち、乗客に挨拶をしている。スタンプの図柄は地元のお祭りの「唐津くんち」。

 次の目的地は佐世保だ。唐津発8時24分の筑肥線の列車でまず伊万里まで向かう。伊万里着9時11分。この駅からは国鉄から民営化された松浦鉄道に乗る。伊万里駅はJRと松浦鉄道の駅が道路を隔てて離れている。おそらく国鉄時代は同じ位置にあったと思われる。松浦鉄道の駅は新しく建て直されていた。

 伊万里発9時44分の松浦鉄道の列車で有田まで向かう。1両編成のレールバスだ。有田着10時10分。ここでJRに乗換、早岐着10時39分。佐世保はあと13分ほど。米兵らしい男の人も乗っていて、基地の町佐世保へ向かう列車らしい。

 佐世保駅の手前では「ジャパネットたかた」の本社とおぼしき建物があった。この会社は佐世保発祥の会社なのだ。

 佐世保着10時54分。久しぶりに来た佐世保駅はすっかり建て替えられていて、3面6線のりっぱな高架駅に生まれ変わっていた。この駅のスタンプは佐世保バーガーだ。佐世保は日本のハンバーガー発祥の地なのだ。

 ちょうどお昼時なので私も佐世保バーガーを食べに行く。駅から15分くらい歩いた「Big Man」という店に向かう。この店が発祥の地らしい。事前にインターネットで調べておいた。ハンバーガーは、レタスや目玉焼き、ベーコンなどもたっぷり入っていて、大きな紙でくるまれて出てきた。まわりの紙から取り出して食べると、ハンバーガーが崩れ落ちそうになるので、モスバーガーを食べるような要領で、袋から少しだけ出しながら食べる。1個でおなかがいっぱいになる大型ハンバーガーだった。

2008年12月15日 (月)

JR九州スタンプラリー20 臼杵

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昨日、鹿児島中央駅近くのホテルに宿泊した私の今日の第一の目的地は、日南線の志布志である。日南線はスタンプラリーとは直接関係ないが、今までも述べてきたとおり、今回JR九州の全線完乗も達成するつもりなので、志布志に向かうわけである。
 
 鹿児島中央駅前のバスターミナルから、まず鴨池港に向かう。朝7時30分頃、駅前のターミナルに来たが、この駅前のバスターミナルの賑わいに頼もしさを感じた。ひっきりなしにバスがやってきて、どのバスも結構込んでいる。駅前の市電も同様だ。同じ県庁所在地で、今(2007年2月現在)私が住んでいる前橋市は、自動車大国でこれほどのバスの活躍を見ることはない。昨日の指宿枕崎線も込んでいたが、この地では公共交通機関を大事にしようという住民の意識が息づいているのかもしれない。

 私が乗り込んだバスも座席は全部埋まり、立っている人も多い。皆、ICカード式のバスカードを利用している。これも関東地方では見ることがない(同じく2月現在)。県庁前を通り、千葉ロッテマリーンズがキャンプを張っているホテルの前を通り、8時20分鴨池港に着いた。ここから、大隈半島の垂水港までフェリーが出ている。

 8時50分出航。今日もよく晴れていて、左手には桜島がよく見える。波もなく、快適な航海で9時25分、垂水港着。ここから、志布志まではバスにのる。かつては、国鉄の大隈線という線があり、日豊本線の国分からここ垂水を経由して志布志までを結んでいたが、昭和62年に廃止されたのである。

 志布志行きのバスは、フェリーの乗り場前に既に停まっていた。運営の主体は先ほどのフェリーと同じ大隈交通ネットワークという会社。したがって、先ほどのフェリー乗り場でも通しのきっぷを売っていた。バスは路線バスにもかかわらず、観光バスのような片側2人がけのシートだった。フェリーからの乗り継ぎ客が大半で、ビジネス風の人が多い。

 定刻9時40分出発。バスはしばらく錦江湾に沿って走るが、古江から内陸に入る。急な斜面を登り、錦江湾のきれいな眺めに別れを告げる。ところで、このバスは国鉄の大隈線が廃止されたことにより、運行を開始した代行バスであり、基本的に沿線の利用者はそれほど多くないはずであるが、どのバス停でもほとんど必ず乗り降りがある。地元に根付いているということでは非常に喜ばしいことなのだが、乗り降りする人はお年寄りが大半で、皆乗降に非常に時間がかかっていて、時刻が遅れがちである。インターネットで調べてきたバス停の通過時刻と比べて10分前後遅れている。志布志での乗り継ぎ時間は18分あるのだが、バス停と駅は3分くらい離れており、心配だ。志布志発の列車を1本遅らすと、次の列車は2時間も後になり、その後の予定が目茶目茶になってしまうのだ。
途中の鹿屋のバス停では7分ほど時間調整するので、なんとか取り戻せるかと思っていたら、乗客の一人が他の乗客の忘れ物を運転士に届けたりしたので、運転士が営業所にそれをもって行き、結局ここでも10分遅れで出発した。

 この先のバス停でも、ほとんどのバス停で老人たちの乗り降りがあり、しかも出入り口が前に1箇所しかないから、降りる人が降りてから、乗る人が乗るのでますます時間がかかる。両替に手間取ったり、運転士に難しい質問をする人などもいて、遅れはますます広がっていく。お年寄りの乗り降りを手伝ってあげたい気持ちになってきた。地図とバスの時刻表をいらいらしながら眺めていたが、結局志布志のバス停には11時42分に着いた。12分遅れだ。志布志駅まで小走りに進み、志布志線の発車5分前に駅に着いた。ほっと胸をなでおろす。

 11時50分発の列車で、南宮崎に向かう。2両編成の列車は、ほとんどがらがらで出発。広島東洋カープがキャンプをしている油津を過ぎ、城下町で有名な飫肥を通り、鬼の洗濯板と呼ばれる海岸を右手に見て、14時12分南宮崎着。

 昼食をまだとっていなかったので、この駅で「しいたけ弁当」という駅弁を購入。14時27分発のにちりんシーガイア18号に乗る。かつてはつばめタイプの車両で運転されていたが、今はハイパーサルーンで冷遇されている。
 
 駅弁を食べながら、日豊本線を北上する。しいたけ弁当といっても、しいたけメインの弁当ではなく、とりそぼろ弁当にしいたけが4切れほどのっている弁当だ。

 延岡着15時31分。ここでかなりの下車客があり、乗車率は25%ほどになる。ここから佐伯までの区間は宗太郎越えという大分県との県境を越える山深い地域を行く。九州の線区の中でも私がもっとも好きな区間だ。最近の特急は、10分か15分も走るとすぐ停車して、乗っていてもなんとなく落ち着かないのだが、この区間は1時間も無停車で走るので特急らしくこれまた良い。

 スタンプラリーの駅臼杵には17時02分着。これが今日最初のスタンプの駅で、随分遅い時間になった。臼杵は石仏で知られ、駅前にもそのミニチュア版がある。スタンプも石仏そのものだった。

2008年12月14日 (日)

JR九州スタンプラリー20 指宿、新水俣

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いさぶろう・しんぺいに乗り終えたあと、人吉始発13時05分発の九州横断特急で八代に向かう。この九州横断特急にも、スタンプラリー用のスタンプが設置されているが、昨日、熊本駅に停車中に既に押印しているので今日は捺さない。この列車は、日本三大急流のひとつ球磨川に沿って走るが、車窓から見る限りは特に急流とも感じられない。先ほど日本三大車窓を眺めたから、今日は三大づいている。

 新八代着14時11分。この駅は、九州新幹線と在来線の乗換駅で、特急「リレーつばめ号」は新幹線ホームの隣に横付けされるが、その他の列車は離れているホームに到着する。乗換時間が4分しかないので走って乗り換える。

 九州新幹線は、現在末端部の新八代~鹿児島中央間の運行で、早く全線完成を期待する。そのときには新大阪から直通列車が走るようだ。車内は木目調の日本風で、JR九州らしい。車内アナウンス時にかかるメロディーは、向谷実氏の作曲だ。本来、次のスタンプは、地理的順序に従って新水俣なのだが、その次の指宿枕崎線の列車ダイヤの関係もあり、新水俣はパスする。JR九州のフリーきっぷを持っているので、どう乗っても料金は変わらない。

 15時02分鹿児島中央駅着。次の指宿枕崎線は、15時37分なので少し時間がある。駅に近いホテルを予約しているので、先にチェックインして荷物を置いて身軽になった。

 指宿枕崎線の列車は、受験帰りらしい中学生などで混雑していた。宮脇俊三さんも「最長片道きっぷの旅」で最も混雑していた列車が指宿枕崎線の列車だったと書いていたが、偶然の一致だが私の今回の旅行でもこの列車が一番混んでいた。

 列車は錦江湾に沿って走る。このあたりは、台風の直撃を受けることが多いのか、沿線に屋根付きのお墓がよく見られる。こういうものは今まで見たことがない。ご先祖さまを守ろうとする信仰が強い地域かもしれない。また最近見かけないものをこの車中で見かけた。最近の高校生は、普通スポーツバッグやリュックサックで通学しているが、この地域の女子高校生は昔ながらの皮の学生かばんを使っている。こういうかばんを見るのは何年ぶりだろう。

 指宿着16時47分。この駅で列車は9分停車する。この間にスタンプが押印できる。列車を乗り換えないでスタンプを捺せるのはありがたい。図柄は砂風呂。

 次のスタンプは新水俣なのだが、JR九州の全線完乗も目指しているので、枕崎まで行く。次の山川で4分の乗り継ぎで、枕崎行きに乗り換える。JRで最南端の駅西大山をすぎると、開聞岳が左手の車窓を占領する。
 終点枕崎には、18時09分着。この駅に来るのは25年ぶりだ。当時は鹿児島交通の枕崎駅を借用していたが、その鹿児島交通も私が乗った直後台風の直撃を受けてそのまま廃線になってしまった。25年ぶりも枕崎駅ではあるが、当時と駅の場所が移転してしまい、駅前広場が工事中で、大きなスーパーマーケットなどもできていて当時の面影はない。

 8分の折り返しで鹿児島中央駅に戻る。山川で乗換、鹿児島中央駅には20時48分着。21時17分発のつばめ70号で新水俣着21時50分。図柄はクマエビ漁のうたせ船。22時02分発のつばめ63号で22時34分鹿児島中央駅に戻る。

2008年12月13日 (土)

JR九州スタンプラリー20 いさぶろう・しんぺい

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JR九州の観光列車「はやとの風」は吉松駅で終点になる。次のスタンプの目標は同じく観光列車の「いさぶろう・しんぺい」だ。ここ吉松駅から人吉駅まで運行されている。下り列車は「いさぶろう」で、上り列車が「しんぺい」を名乗る。上り、下りで列車の愛称が異なる珍しい例だ。「いさぶろう・しんぺい」とは明治42年にこの肥薩線が開業した当時の通信大臣だった山県伊三郎と鉄道院総裁の後藤新平にちなんで名づけられている。実在した人物が列車名になるのも非常に珍しい。アメリカの空母に「ジョージ・ワシントン」や「ロナルド・レーガン」というのがあるが、列車では珍しい。

 吉松11時40分、定刻に発車。ワインレッドのおしゃれな車体。車両は2両編成で木目調の落ち着いた車内。ボックス席主体で、座席は基本的に全車指定であるが、地元の人の便宜のために7席だけ自由席が設けられている。そう、この列車は特急ではなく、普通列車として運行されているのだ。それでも観光列車であるので、女性の乗務員も乗務しており、見どころでいろいろなアナウンスをしてくれる。東京では考えられないサービスの列車だ。

 今日はよく晴れているのだが、2月としては湿度が高いようで、視界は意外ときかないが、それでも遠く山々が連なる車窓は心が和む。ちょうどお昼時なので、皆お弁当を開き、車窓を眺めている。私も今朝隼人での乗換待ちの時、駅近くのコンビニで買ったお弁当を開きながら、ビールも飲む。鉄道旅行の魅力の一つは、昼からお酒が飲めることだ。車の旅ではこうはいかない。

 最初の停車駅は、真幸(まさき)。この列車は各駅で数分止まり、その間乗客は写真を撮ったり、ホームを散策できるようになっている。私もさっそく降りてみる。ホームには観光地でよく見かける「幸福の鐘」なるものがあり、鳴らすと幸せになると言われているとのこと。私は、いい年をしてみっともないので、周りで写真だけ撮っていたら、女性乗務員が近づいてきて、「写真をお撮りしますよ」と声をかけられる。仕方なく、鐘を鳴らしている写真を撮ってもらった(その画像は省略)。またこの駅では、地元の婦人会の人が、農産物など地場のみやげ物をホーム上で売っていた。それから駅構内の石が、龍安寺の石庭のように掃き清められているなど、いろいろ特徴が多い。真幸駅を出発すると、スイッチバックがあり、高度を稼いで行く。地元の婦人会の人が列車にむかって手を振ってくれる。

 次の矢岳では駅構内の人吉市SL展示館を見学できるよう時間が設けられている。ここでも先ほどの乗務員が近づいてきて、写真を撮ってくれる。私のように一人で全国を旅行していると、自分の写った写真はほとんどないのだが、今回は例外になりそうだ。

 矢岳駅を発車すると、この線のハイライト、ループ線に入る。このループ線から人吉盆地を見下ろす車窓が、日本3大車窓の一つだ。今日は先ほども述べたが、晴れてはいるが湿度が高く、意外と視界はきかないが、それでも雄大な景色が眺められる。線路脇にはループ線の表示もあり、これから到着する大畑駅付近の線路も下に見えている。
 
 次の大畑駅は無人駅ではあるが、駅舎内には全国からの旅行者が貼っていった名刺が壁一面を埋め尽くしている。乗務員のアナウンスではこの駅に名刺を貼ると「出世すると言われている」とのこと。私も自分の名刺を貼ってきた。



 

2008年12月12日 (金)

JR九州スタンプラリー20 日向市、霧島神宮、はやとの風

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   二日市駅を後にして、博多駅と向かう。博多からは夜行の宮崎空港行き「ドリームにちりん」で一夜を明かす。かつて、九州島内の夜行列車は、門司港駅を始発とし、鹿児島本線周りの西鹿児島行き急行「かいもん」、日豊本線周りの西鹿児島行き急行「日南」、早岐経由長崎行き普通列車「ながさき」の3本があったが、今はこの「ドリームにちりん」のみだ。かつての列車は、寝台車も連結していたのだが、いまはハイパーサルーン型の特急座席車という味気ない編成。

 22時51分定刻発車。今日は日曜日ということもあって客は少なく、博多発車時点で乗車率は、30%程度か。

 小倉で進行方向が変わるので、座席を反転させる。小倉では結構乗車があり、50%程度に改善。ただし、行橋、中津とたちまち下車してゆき、結局20%程度の乗車率になる。

 日付が変わって大分駅1時34分着。ここで3時30分まで停車する。1時間56分も停車する。おそらく日本の鉄道の中で最長停車時間の列車だろう。列車の性能がアップしたが、夜行列車の場合目的地にあまりはやく着きすぎても困るので時間調整しているわけだ。

 日向市着5時41分。今日最初のスタンプは、この駅から始まる。日向市駅は真新しい高架駅に生まれ変わっていた。完成は2ヶ月ほど前の2006年12月だ。ただし、2月の6時前のこと、まだ夜も明けておらず、駅舎もよく見えないのは残念だ。スタンプは改札の係員に申し出て出してもらう形態。図柄は、地元の「ひょっとこ祭り」にちなんだユーモラスなもの。

 次の目的地は、霧島神宮駅。日向市駅発6時04分発の普通列車で宮崎駅に向かう。この駅はしばらく前から高架駅になっている。宮崎駅で駅構内のベーカリーショップで朝食にサンドイッチを仕入れる。

 7時29分発「きりしま3号」鹿児島中央行きに乗車。乗車率は自由席で50%程度。出張に出かけるビジネスマン風の人が多い。霧島神宮着8時46分。霧島神宮駅は、その名の通り、霧島神宮への玄関口であるが、駅舎も神宮を模しているのか、柱、梁が赤く塗られ、入り口が鳥居になっていた。スタンプの図柄も当然霧島神宮だ。

 霧島神宮駅9時02分発の普通列車で隼人に向かう。隼人からは特急「はやとの風」に乗りかえる。この列車は、JR九州の観光列車で、2両編成のディーゼルカーで黒い車体が自慢だ。内部は木目調で、明るい印象を与えている。スタンプはこの車内のカウンターに設置されている。図柄は、桜島をバックに走るこの列車だ。車内アナウンスは、女性のアテンダントが担当。

 この列車は、肥薩線の吉松まで行くが、この線の途中駅、嘉例川(かれいがわ)は、明治36年の開業当時の駅舎が今も現役で、日本最古参の駅として知られる。

2008年12月11日 (木)

JR九州スタンプラリー20 九州横断特急、三角駅、二日市駅

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6.九州横断特急、三角駅、二日市駅
 熊本駅では、17時34分に到着する九州横断特急8号のデッキに設置してあるスタンプを狙う。熊本駅の停車時間が2分あるので、わざわざ乗車しなくてもスタンプを捺すことができるだろう。定刻に2両編成で到着。先頭車両の運転席脇に設置してあり、難なくゲット。それにしても九州横断特急というネーミングは普通名詞のようで親しみがもてない。確かに人吉から別府まで九州を横断するように走るから、その名の通りなのだが、もっと気の利いた名前が付けられないのか。

 次の目的地は、三角線の終点三角駅だ。かつての豊肥本線を走っていた急行「火の山」は、三角駅まで直通で乗り入れていた。今は豊肥本線から三角線へ乗り入れる列車はない。熊本駅18時02分の普通列車で三角に向かう。すでに日が暮れており、窓外はよく見えない。18時50分終点三角着。折り返し時間が5分しかないので、スタンプを捺せるか不安だったが、改札係員に申し出ると奥から持ってきてくれた。図柄は天草五橋。

 熊本駅に戻り、20時24分のリレーつばめ62号で二日市駅に向かう。二日市駅着21時37分。この駅は、駅自体は都市近郊のどこにでもある普通の駅なのだが、実は、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元内閣総理大臣が、若かりし頃駅長を勤めていた駅なのだ。佐藤元首相は、戦前の鉄道省のキャリア官僚で、現場修行の一環で25歳のときこの駅の駅長を4ヶ月ほど務めていた。その後、佐藤氏は運輸事務次官まで上り詰め、政界へ転身したのだ。駅構内には、記念碑もある。
 

2008年12月10日 (水)

JR九州スタンプラリー20 あそ1962、阿蘇駅

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5.あそ1962、阿蘇駅

 由布院駅でスタンプを捺したあと、11時41分発の列車でまず大分に向かう。2両編成の真っ赤なディーゼルカーでワンマン運転だ。由布院を発車したときはがら空きだったが、駅ごとに乗客が乗り込んできて、大分に着くころにはかなり込んできた、と言っても50%程度の乗車率。

 大分では豊肥本線の豊後竹田行きに乗換、これまた2両編成のワンマンディーゼルカーだった。大分駅で駅弁「ふるさと弁当 大分づくし」を購入、車中で食す。大分県の名産を少しづつ盛り込んだ弁当で、鶏肉のから揚げ、しいたけ、玉子焼きなどに、小ぶりなおにぎりが3つ。竹篭に入っており、見た目もきれいだ。

 豊後竹田駅では宮地行きに乗換。今度は1両編成のワンマンディーゼルカーで客は私を含めて6人しかいない。ホームには「荒城の月」の音楽がかかっている。

 九州の駅で最も標高が高い波野駅を過ぎると、長いトンネルに入り、それを抜けると阿蘇の雄大な景色が眼下に広がる。15時28分宮地着。

 次のスタンプは観光列車「あそ1962」だ。これは豊肥本線の熊本駅と宮地駅とを結ぶ列車で、おととしまではSLで運行されていたのだが、機関車に欠陥がみつかり、昨年からディーゼルカーをリニューアルして運行している。なぜ1962なのかというと、車両が1962年製造だからなのである。私と同じ年なので、親近感がわく。私が生まれた頃から走りづめで、今も現役とは頭が下がる思いだ。

 車両は黒塗りの2両編成で、非常にシックな趣き。内部は3分の1ほどのスペースがカウンター風の設備で、残りがボックスシートの座席。茶系統の装飾でウッディ感覚あふれる車内だ。カウンタースペースには自転車も持ち込んで固定できる設備もある。阿蘇の自然を自転車で満喫して、行き帰りにこの列車を利用してもらおうという魂胆らしいが、本日はそのような客はおらず、まったくのフリースペースとなっていた。

 スタンプはそのカウンターの一角にある。スタンプの図柄は、この列車そのものだった。カウンターにはこの列車の案内パンフレットもおいてあったので記念にもらってきた。発車前にスタンプを済ませ、定刻15時37分発車。約6分で阿蘇だ。この駅では列車行き違いで9分止まる。この時間を利用して、この駅のスタンプを捺す。私と同じようなねらいの客が3人ほどいた。スタンプの図柄は阿蘇山と阿蘇の高原風景だ。ついでに駅舎も眺める。駅名をローマ字表記した看板が正面にあり、三角屋根のコンパクトな駅舎だ。

 左手に阿蘇山を眺めながら、カルデラの中を行く。途中駅立野では、駅進入前にスイッチバックがあり、逆行しながらホームに入る。

 2両編成の短い列車であるが、車掌のほかに客室乗務員も乗っていて、車内販売も行なっている。車内は暖房が効きすぎるほど効いているので、アイスもなかを購入。終点熊本には17時21分定刻着。

2008年12月 9日 (火)

JR九州スタンプラリー20 ゆふいんの森1号、由布院駅

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2007年2月4日、日曜日。ホテルの無料朝食をいただく。オレンジジュース、バターロール、コーヒーなどが食べ放題。私の鉄道旅行は、朝早く出発することが多く、せっかく無料の朝食がセットされているホテルに泊まりながら、その恩恵によくせないことも多いのだが、このホテルは6時30分から食べられるようになっているのでありがたい。

  7時10分、博多駅の有人改札口で、今日から通用開始の「九州特急フリーきっぷ」に改札スタンプを捺してもらう。今日の最初の目的は、まずゆふいんの森1号車内に設置されているスタンプだ。しかし、この列車に始発駅からは乗らない。先述のように今回全スタンプ押印とあわせて、JR九州の未乗線区にも乗ろうと思っているので、まず日田彦山線の豊前川崎~夜明間に乗るのだ。

 博多駅7時30分発の篠栗線でまず新飯塚まで行く。篠栗線は博多駅の新幹線ホームに接するように設置されている9番線から発車する。ホームの放送は自動化されており、私が乗る列車は、ホーム右手側の2両が終点直方まで、左手2両が途中飯塚まで行くと放送している。

 7時24分、定刻に入線してきた。車両は815系で、ステンレス車体、3ドアの転換クロスシートで木製の座席に、体が接する部分だけ黒いクッションが貼られている。

 7時30分発車。日曜の朝にしては乗客が多く、各クロスシートにはひとりかふたりは座っている。次の吉塚から鹿児島本線から分かれる。この篠栗線は以前は非電化でディーゼルカーが走っていたが、電化後ホームのかさ上げが行なわれた。停車駅でホームを見てもその様子が分かる。しかし線路の枕木は木のままで、コンクリート化されていない。

 原町(はるまち)発7時39分。九州では「原」の字を、「はる」と読むことが多い。この原町駅もそうだし、鹿児島本線と筑豊本線の乗換駅原田もそうだ。最近、宮崎県知事になった東国原知事も「原」の字を「はる」と読む。

 篠栗から山の気配になってくる。車窓はローカル線の雰囲気だが、この列車は電車なのでかなりのスピードで突っ走っていく。城戸南蔵院前を過ぎると長いトンネルに入る。篠栗トンネルだ。トンネルを抜けると、九郎原(くろうばる)でこの駅の「原」の字も「はる」だ。

 桂川で筑豊本線に合流。8時20分定刻に新飯塚着。ここで後藤寺線に乗り換え。降りたホームの反対側に後藤寺線の車両が停まっている。1両編成のステンレス車両で、2+1の転換クロスシートでワンマン車両だ。

 8時25分定刻に発車。窓枠の建て付けが悪く、スピードが上がるにつれてガタガタとうるさい。船尾駅の隣接する大きなセメント工場を眺めたりしながら終点田川後藤寺8時46分着。ここで日田彦山線に乗換。

 田川後藤寺発9時18分の列車に乗る。2両編成のディーゼルカーで色は白にブルーのラインが入っているが、国鉄時代から使われている旧式のものだ。二駅目の豊前川崎から夜明までが未乗区間になる。車内はハイカーが多く、彦山駅で下車していって車内は閑散として来た。線路脇にすこしづつ雪が増えてきたなと思うと長いトンネルに入る。釈迦岳の下を抜けるトンネルだ。

 右から久大本線が合流してくると夜明駅着。ゆふいんの森号にはここから二駅先の日田から乗る。日田着10時28分。

 これから乗るゆふいんの森1号は日田駅発10時35分ですぐくる。ホームではすでに20名ほどの客が待っている。終点の由布院まで50分ほどであるが結構乗客が多い。温泉帰りのにぎやかなおばさんの団体が大半である。

 車体をゆっくり揺すりながら、メタリックグリーンの車両がやってきた。4両編成で私の車両は前から2両目、にぎやかなおば様たちも同じ車両だった。自分たちの座席を確認するのに、指定券と座席番号を大声で何度も確認している。

 ゆふいんの森1号は、木目調の車内に、ハットトラック式の荷物棚、フローリングの床というおしゃれな車両で、JR九州の人気列車だ。2月の閑散期にもかかわらず乗車率は70%くらいだ。

 発車してさっそくスタンプを捺しに行く。スタンプの設置されている車両は、私が乗っている車両の後ろの3号車だ。3号車には今では珍しいビュッフェがある車両だ。ビュッフェには3人ほどの客がいて、生ビールを傾け、談笑している。そのビュッフェのカウンターの端にスタンプは設置されていた。ゆれる車内でスペースで狭く、捺しにくいが狙いを定め、慎重に捺す。図柄は、由布岳を背景にしたゆふいんの森号だった。これで3つ目ゲット。

 ハイデッカー車両でゆれが大きいなか、通路を戻り、座席に帰る。このゆふいんの森号は観光列車で、車窓から見える名所で徐行して景色をゆっくり眺めさせてくれる。杉河内駅の先の慈恩の滝もそのひとつで、徐行して滝をゆっくり眺めさせてくれた。アナウンスも女性の客室乗務員が行なう。快適な車内で、50分の乗車時間はあっという間にすぎ、11時26分由布院着。

 4つ目のスタンプはこの由布院駅にある。スタンプはきっぷ売り場に置いてあった。窓口氏に申し出てスタンプを貸してもらい押印。図柄は辻馬車だった。この駅舎は黒板塀に高い吹き抜けがあり、ゆふいんの森号ともども人気がある。

2008年12月 8日 (月)

JR九州スタンプラリー20 西戸崎駅

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3.西戸崎
 下関駅前の大丸百貨店で寿司の昼食。醤油が関東地方と違い濃かった。

 次の目的地は西戸崎。下関駅発13時11分発の行橋行きに乗る。ふたたび関門海峡をくぐり、門司着13時18分。ここで13時32分発筑豊本線経由の博多行きに乗り換える。この列車は折尾駅の手前で鹿児島本線から筑豊本線に移る短絡線を走る。この短絡線は折尾駅前を通るのだが、国鉄時代には駅がなく、JRになってから駅が設けられるようになった。この短絡線上の駅も折尾駅で、一度この駅で下車してみたかったのである。

 折尾着14時04分。ホームは屋根もない簡単なコンクリート式の相対式で跨線橋もない。下り列車から降りた客は前よりに進み、構内の踏み切りをわたって駅舎に向かうようになっている。この駅舎は短絡線専用であるが、駅員もいて、鉄筋コンクリート造2階建てのりっぱなものだった。従来からの折尾駅はここから徒歩1分ほどの離れた場所にある。こちらの折尾駅は、大正5年築の木造2階建ての駅舎でうすいピンク色をして、ちょっとおしゃれだ。門司港駅を簡素にしたような駅である。

 ここから14時15分発の列車で赤間着14時32分。この列車はこの駅から快速になるのだが、次の乗換駅香椎にはやく着きすぎるので、赤間始発14時38分の各駅停車に乗り換え。香椎着15時03分。

 香椎発15時20分の西戸崎行き2両編成のディーゼルカーにのる。この線の沿線は博多への通勤圏になっているので、海の中道駅周辺などには大きなマンションがいくつも建っていた。西戸崎15時42分。スタンプは改札口をでてすぐ右手の小さな台の上にあった。図柄は、この駅の先にある志賀島で出土した金印だった。スタンプ自体は、金ではなく門司港と同様シャチハタだった(あたりまえ)。同じ列車で降りたらしい中年の夫婦もスタンプを捺していた。駅舎はあたらしく建て直されたようで、コンクリートの打ちっぱなしのこざっぱりした平屋建で、改札口の上あたりに半円形のドームがあって明かり採りになっていた。

 きょうのスケジュールはこれで終了。博多駅近くに泊まるので、このまま香椎線で博多に戻ってもよいのだが、この駅の近くから博多湾を横断する船があるのでそれに乗ってみることにしていた。この船は福岡市営の渡船で、志賀島発で大岳、西戸崎を経由して博多港へ向かう。乗り場は駅から徒歩3分のほどのところにある。次の出航は16時18分で少し時間があるが、外の風が強く寒いので待合室で過ごす。待っていると先ほど西戸崎駅で見かけた中年の夫婦もやってきた。同じことを考えるものである。

 時間になると、白い船体にブルーの太いラインが入った2階建てのスマートな船がやってきた。以前富山湾でのった渡船はずんぐりしていたがここのは違う。船内も、中央にサロン風のソファーコーナーがあり、両サイドが普通の座席だった。せっかくだからソファーに座ってみた。座席が少し高くなっていて見晴らしがよくなっていた。客は少なく、全部で20人弱か。約15分で博多港着。ここからバスで博多駅に向かう。

 今夜の宿泊地は、楽天トラベルで予約した博多駅前エスビーホテルで、駅からは徒歩3分ほど。前にも泊まったことがある。料金は税込み5565円とリーズナブル。朝食もつく。

 夜は博多駅地下のラーメン屋でとんこつラーメンとした。今日はわずか2つしかスタンプがゲットできなかったが、明日からは九州特急フリーきっぷを使い、縦横に乗りまくるつもりである。ホテルに戻り、早めの就寝。

2008年12月 7日 (日)

JR九州スタンプラリー20 門司港駅

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2.門司港駅
 小倉発10時47分の門司港駅行き各駅停車に乗る。門司港着は11時ちょうど。この駅からスタンプラリーの開始となる。スタンプ帳はあらかじめ事務局に依頼して郵送で取り寄せてある。専用のスタンプ帳でないとあとで記念品がもらえないのだ。スタンプの設置場所はスタンプ帳にかかれていて、みどりの窓口となっている。ただし、この門司港駅のみどりの窓口は「切符売場」と古風な書体で書かれている。門司港駅周辺はご存知の通りレトロ地区として知られており、この門司港駅自体も大正3年建築のネオ・ルネッサンス様式の建物で重要文化財になっている。駅構内もレトロな雰囲気につつまれているのだ。「切符売場」に入るとスタンプは右手の記帳台にすぐ見つかった。シャチハタ製で朱肉のいらないタイプだ。インクのむらがないようにていねいに押す。バナナの叩き売りの図柄のスタンプだ。当地がバナナの叩き売りの発祥の地だからだろう。まず1個目ゲット。インクがにじまないように紙を挟みこみスタンプ帳を閉じた。

 あわせてこの駅で「九州特急フリーきっぷ」も購入。私の購入したのは3日間用で25000円。通用開始日は明日から。他に2日間用のきっぷもあり、日程にあわせ選べるようになっている。私はクレジットカードで購入したが、JR東日本の場合だと切符にカード購入を示す「C制」の表記がされるのだが、JR九州ではこれがないようだ。これではすぐ払い戻して現金化することも可能だ。もちろんそんなことはしないが。

 次の目的地は西戸崎だが、その前にいってみたいところがあるので、ちょっと寄り道をする。関門海峡には海峡海面下を通る国道のトンネルがあるのだが、そこに人が通れる道路も併設されているのだ。門司港駅11時15分の西鉄バス「めかり行き」で約15分。関門トンネル人道口というバス停でおりる。運賃は220円。バス停の目の前には関門橋が大きくそびえ、あわせて関門海峡が広がる。貨物船が何隻も行きかっている。潮の流れも速いようだ。

 トンネルの入り口はその反対側の山側にある。鉄筋コンクリート造りの3階建ての建物で、看板がなければとても誰も海底トンネルの入り口とは思わないだろう。営業時間は午前6時から午後10時まで、歩行者は無料、自転車は20円となっている。通路はエレベーターで地下に降りるたところにある。ここから780mで下関側の陸地に到達できるのだ。人道の幅は4~5mほど、センターラインも引かれ、右側通行になっている。この門司側のスタート地点には関門海峡横断記念のスタンプが設置されているのだが、これが半円形のもので、反対側の下関のものと一体で一つの円をなすようになっている。図柄は海峡をいく船だ。

 それではスタート。最初は緩やかな下り勾配となっている。結構歩いている人が多い、観光客風の人もいるが、地元の人らしい人も多い。散歩やジョギング中の人だ。自転車の人もいるが、トンネル内では自転車を押してあるくようになっている。この歩道の上が自動車用のトンネルになっていて、自動車の走行音が響いてくる。中間地点で福岡県と山口県の県境があり、路面にもその表示がある。中間地点からは緩やかな上り勾配となり、ゆっくり歩いたが約12分ほどで下関側に到着。私は以前青函トンネルを歩いて走破したので、これで2海峡を徒歩で横断したことになる。そして同じくエレベーターで地上に出る。

 地上では門司側とおなじく関門橋がそびえている。そして出口がみもすそ川公園という公園になっていた。ちょうどその公園では、地元のボランティアの人が壇ノ浦の合戦の紙芝居を行なっていた。約10分ほどだが、源氏と平家の戦いをいきいきと語っていた。またその公園には、NHKの大河ドラマ「義経」の記念碑もあり、出演者で主役の滝沢秀明や松坂慶子の手形があったが、そんな中になぜか小泉孝太郎の手形もあった。彼はあのドラマで何の役を演じていたのだろう。

 公園の前がバス停になっていて、そこから下関駅に向かう。運賃は230円、サンデン交通の小型バスだった。

2008年12月 6日 (土)

JR九州スタンプラリー

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JR九州20周年記念「スタンプラリー20」参加の記・・・これは2007年に行われたJR九州のスタンプラリーに記録です。

2007年の4月1日でJR発足20周年となる。1987年の国鉄分割民営化から早いもので20年になるのである。それを記念して各JRではさまざまなイベントが企画されている。その中でJR九州は、イベントの一つとしてスタンプラリー20を開催している。JR九州内の15の駅と5つの観光列車にスタンプが設置され、集めたスタンプの数に応じて記念シールや記念キーホルダーなどがプレゼントされるのである。特にこのキーホルダーはミニチュアトレインになっていて、JR九州の主要列車がモチーフになっている。鉄道に関するものなら何でも欲しい私で、なおかつJR九州の個性的な列車たちがキーホルダーになっていると聞けば、是非参加し、これをゲットしようと心に決めた。今回の旅行記は、その「スタンプラリー20」旅行記である。

1.九州まで
 2月3日土曜日、午前5時40分東京駅。朝6時発の始発のぞみ1号博多行きに乗るために東京駅にいる。私は西日本方面に出かけるときは、この始発ののぞみに乗ることが多い。宮脇俊三さんは、金曜日の夜会社が終わったあと、夜行列車で旅行に出ることが多かったが、私の場合は、仕事の関係でなかなか金曜日に夜行に乗ることが難しいので、土曜日の始発の新幹線で出かけることが多い。この時間に東京駅に現れるためには、大宮の自宅を朝4時半に出る必要があり、そのために4時起きする必要があるが、早起きはまったく苦にならない。ふだん会社に行くときは1分でも遅くまで寝ていたいと思うのだが、旅行のときは目覚ましがなるとすぐに飛び起きる。

 今回の旅行の予定は5泊6日、このうちスタンプラリーには5日間を充てることにしている。またせっかく九州にいくので、あわせてJR九州の未乗線区6区間にも乗ってこようと思っている。私は国鉄時代に国鉄全線完乗を果たしているが、民営化後に必ずしも乗りなおすことはしていない。しかし、国鉄時代に乗って以来乗っていないということになると、20年以上もご無沙汰ということになるわけで、この機会に一気に乗ってしまいたいと思うようになっていた。実は今回のスタンプラリーにあわせて、JR九州では「九州特急フリーきっぷ」という九州内全線乗り降り自由、九州新幹線も含めた特急自由席も利用可というきっぷを発売しているので、このきっぷの存在も私の気持ちに拍車をかけた。

 駅構内のコンビニ「ニューデイズ」でスイカを使用し、朝食を仕入れる。この時間でも東京駅は早起きの旅行客で混雑しており、旅行気分がいやおうなく高まる。今回乗車するのは、先述のとおり、のぞみ1号博多行きであるが、乗車する車両はグリーン車である。JR東海の新幹線予約サービス「エクスプレス予約」で利用ポイントがたまったので、グリーン車が普通席と同じ料金で利用できるのである。ポイントの有効期限は2月いっぱい、また3日前までに予約すると本来のぞみのグリーン車は1000ポイント必要のところ、800ポイントで利用できるのである。私の獲得ポイントは950ポイントなので、3日前までに予約することでのぞみのグリーン車が利用でき、なおかつポイントを無駄にせずにすんだ。「エクスプレス予約」では、席番をリクエストすることもできるので、車両中央部進行方向右側のD席を予約した。これで九州まで快適な旅が期待できそうだ。

 発車10分前にホームに上がる。すでにのぞみ1号は入線しており、500系車両だ。鋭い先頭車両と円筒形の車体が特徴的。ゴールデンイエローのゆったりとした座席に腰を下ろし、シートを少しリクライニングするとセレブな気分になってくる。

 定刻に東京駅を発車。まだ、夜明け前の東京の街を進み、品川、新横浜と停車する。新横浜発車時点でグリーン車の乗車率は25%程度。少ないようだが、グリーン車はすいていることもサービスの一つだ。おしぼりのサービスなどもあり、普通車とは雲泥の差だ。車内販売でコーヒーを買い、東京駅で買ったサンドイッチで富士山を眺めながら朝食。

 いつしかうたたねをして、気づくと三河安城駅を通過中。鉄道旅行の楽しみの一つは車内での居眠りだ。適度なゆれと早起きをした寝不足とで心地よいときをすごすことができた。

 名古屋で若干の入れ替わりあり。岐阜羽島駅手前の名神高速道路との並行区間で、自動車をごぼう抜きする。関ヶ原近くから雪景色にかわる。昨日はこの区間で減速運転が行なわれ、10分程度の遅れが出たようだが、今日は積雪はあるものの雪は降っておらず、所定の速度で進行。米原-京都の中間くらいまで雪景色は続いた。新大阪に8時30分定刻到着。

新大阪からは乗務員もJR東海からJR西日本にかわり、2回目のおしぼりサービスがある。新大阪以西は最高時速が300kmになるとともに、トンネルが多くなるので、車両のゆれも大きくなる。新山口(旧小郡)駅付近でふたたび雪景色になる。

 500系車両は最高時速300kmを出す日本最速の列車であるが、以前は300kmに達すると運転士が「本日はご乗車ありがとうございます。私はのぞみ○号の運転士の○○です。ただいま列車は時速300kmで運転中です。新幹線での快適な旅をお楽しみください」と放送したものだが、最近はこれを自粛しているようで、そのかわり電光掲示板にその旨の表示が行なわれていた。

 定刻に2分おくれて10時40分小倉駅着。ここで新幹線を降りる。東京駅から4時間40分、グリーン車のおかげで疲れ知らず、快適な旅で九州到着。

2008年12月 5日 (金)

日暮里・舎人ライナー

S200803yokohama_044 2008年3月30日に開業した日暮里・舎人ライナーには、開業日の翌週、4月5日に乗りに来た。新交通システムは輸送量が小さいので、開業日に試乗客が押しかけると、混乱をきたすのではないかとの考えから、1週間訪問をずらしたのであった。
横浜の現自宅を朝6時過ぎに出発。東京駅までの東海道線は、土曜日のこの時間帯なのに混んでおり、東京駅まで座れなかった。東京駅で山手線に乗り換え、日暮里駅には、7時30分に到着。
JRの日暮里駅は改修が済み、見違えるようになっていた。エキナカも大宮駅とは数段劣るものの、横浜駅よりは充実していた。京成の駅は、北総線経由の成田空港直通特急の運行に備え、工事中。
日暮里・舎人ライナーの乗り場に小走りで向かう。今日も試乗客がごったがえしているかと思ったが、閑散としており、拍子抜けした。自動改札も4台しかなく、意外とこじんまりしている。券売機で一日乗車券を購入。発車時刻を確認しようとしたが、最近はどこの駅でも自動改札の上あたりに液晶表示の時刻表があるのに、ここにはそれがない。不親切だなあと思いながら、改札を抜けると乗り場の手前でようやく表示があった。まさに利用者の視点に立っていないのである。
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それはともかく、やはり早く乗りたい。車両は5両編成のステンレス車両。ホームドアが設置され、車両全体のイメージはつかみにくいものの、緑とピンクのラインに、東京都のシンボルマークいちょうのステッカーが貼ってある。
早速乗り込み、いちばん先頭の車両に行く。無人運転で運転士はいない。先頭部分はすでに孫をつれたおじいさんが座っているので、私はその後ろに立つ。
一般道路上を高架で進む。しかし、周りのビルはさらに高い。
乗りごこちはゴムタイヤ方式なのでいいと言う人も多いが(特にマスコミなどの報道では)、スピードの割りにぐらぐら揺れるので、私はいいとは思わない。もちろんバスの揺れからすれば数段いいが、やはり鉄道にはかなわない。
しかし、地元の人にとっては、乗り心地うんぬんより、時刻の正確性が格段に違うので、それがなによりだろう。乗客の会話の中でも、雨の日のバスの遅れをすでに懐かしむような声も聞かれた。

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約20分で終点、見沼代親水公園に到着。バスならばおそらく倍以上の時間がかかるだろう。

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駅名の由来になったと思われる公園で周辺は桜も見頃だった。

2008年12月 4日 (木)

横浜市営地下鉄グリーンライン

S200803yokohama_041 少し古い話題ですが、2008年3月30日、日吉-中山間13.0kmが開業しました。これはその時の写真です。横浜市の北部を東西に走り、最近の地下鉄に多いリニアモーター式でコンパクトな車体です。4両編成、自動運転(ATO)で、ホームドア設置のワンマン運行です。ホームは6両分設けられていますが、4両分しか屋根、ホームドアがありません。

S200803yokohama_016 中山駅停車中の車両。グリーンの帯が入っていて、まさにグリーンラインです(と言うか、グリーンラインと言う名称が決まったためにグリーンの帯があるのでしょう)。
朝6時台なのでまだ乗客は少なかったです(1両に7~8人)。乗客の8割は鉄でした。

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日吉駅の入り口の様子。慶應義塾大学の敷地の一角が入り口になっています。学校の前が駅だと言うケースがいくらでもあるでしょうが、学校の中に駅の入り口があるのは非常に珍しいです。日吉キャンパスの一部は東海道新幹線がトンネルで抜けていますので、鉄道に関係の深い大学のようです。

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運転席の様子。右側のモニターでドアの開閉を確認します。その下側の白ボタンを二つ同時に押すと自動的に運転を開始します。右手のマスコンは握っているだけで操作不要です。

2008年12月 3日 (水)

上山田トロッコフェスタ

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2007年10月、今月2回目の九州にやってきた。今回の目的は、旧国鉄上山田線の廃線跡を利用して運行されているトロッコに乗車することだ。このトロッコは年に1回だけ、毎年10月に運行されている。当日の10時から15時まで運行されるとのことで、一番乗車を目指し、前夜小倉に宿泊し、レンタカーでここまでやってきた。地域のコミュニティバスも運行されているようだが、時刻や路線が今ひとつはっきりせず、その後の行程も勘案し、レンタカーとした次第。

 会場近くの熊ヶ畑小学校に着いたのが、9時30分頃で、乗り場に行くと既に15名くらいが並んでいた。先頭の3人くらいはいかにもご同業といった感じの人たちだったが、それ以外は地元の家族連れが大半。

 チケットは大人200円と格安。チケットを見ると今年で12回目となっている。私がこのイベントを知ったのが、3~4年前だから、随分前からやっていたようだ。こういった地方のイベントはインターネットで検索してもなかなかヒットしなかったり、あるいはかなり直前にならないと分からないので苦労する。

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 先述のとおり、10時から運行開始だが、待ち客も増えてきたので実際には9時50分くらいから運行された。私は2便目の乗車となった。乗車を待ちながら、写真を撮ったり、駅名票などを楽しそうに眺めていると、ビデオカメラを手にした老人が話しかけてきた。「どちらから来ました?」「マニアの方ですか?」「よくトロッコを乗り歩いているのですか?」等々。こちらはそれどころではないので生返事で答えていると、乗り終わったらインタビューしますからよろしくと言って去っていった。老人が手にしていたカメラにはNHKのシールが貼ってあった。「インタビューしますから」とは随分思い上がったあいさつだ。普通なら「インタビューしますがよろしいでしょうか」だろう。天下のNHKだからインタビューに答えて当然といった態度で、これでは視聴者の信頼は勝ち取れない。

 それはそれとして、1便の乗客が帰ってきて私の順番になった。このトロッコは3週間前に乗った門司港のトロッコとまったく同じものだ。こちらが本家で、門司港はこちらのトロッコを借りて運行していたのだ。ところが、ヘッドマークは門司港トロッコのときの「しおかぜ」号のものがそのまま使われていた。前回と同じく動力車のすぐ次の車両に乗る。最初はバックで進むので最後尾の車両となる。

 駅名票の脇についている手製の鐘が打ち鳴らされ、出発。最初はゆるい下り勾配を行く。門司港の時よりもスピードも出ているようだ。風も気持ちよく、沿線にはコスモスも咲いている。築堤の上を進むので、沿線の道路より一段高いところを行き、見晴らしもいい。線路際の木々は手を伸ばせばとどきそうだ。宮脇俊三さんは「時刻表2万キロ」の中で、初めて上山田線に乗った時、既に日が暮れていたこともあって、「熊ヶ畑という駅名がこの線を象徴していた」と感想を綴っていたが、昼間にのるとのどかな農村地帯で、気持ちよい自然に囲まれている。

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 目測で800mほど進み、折り返し地点に到着。ビーとブザーがなり、今度は私の乗った車両が先頭になる。上山田線が廃線になってから、おそらく20年以上経つはずだが、線路の状態も悪くない。トロッコ車両用の専用の車庫も作られていて、車両の状態もよい。これからも末永く使用していくのだろう。

 乗車が終わって、トロッコを降りると、先ほどの老人が待ち構えていた。カメラを持ったままで、その人が自分で質問する。先ほどと同じ質問をされ、同じように答える。気がつくと私はなぜかカメラ目線で質問に答えていた。インタビューに答えると何か記念品でももらえるのかを思ったが何もなし。名前も聞かれなかった。老人の風体からすると、NHKの正規の職員ではなく、地元の通信員もしくは定年退職した元職員で、こういった地元のイベントがあるとその映像を撮影し、ローカルニュースに提供しているのだろう。実際には放映されたのかどうかもわからない。
 
 しかし、こういった形でも廃線が活用され、地元に欠かせない存在となっているのはいいことだ。11時頃には乗車待ちの人数は100人を越えていた。全国でこういった動きが広がっていくことを期待する。

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2008年12月 2日 (火)

門司港トロッコ

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赤村トロッコの乗り終えた後、門司港駅にやってきた。2007年10月6日から8日まで期間限定で門司港のめかり公園近くの貨物線跡で、海峡トロッコ「しおかぜ号」というのが運転されるのだ。以前は門司港駅近くの貨物線跡で運行されていたようだが、今回からこちらに場所を移して開催されている。こういった情報は地元以外ではほとんど情報が入らないが、たまたま別件で嘉麻市役所にトロッコフェスタのことを問い合わせたところ、こちらのイベントを教えてもらったのだ。

 めかり公園行きの西鉄バスは1時間に1本の運行なので少し時間がある。門司港の駅前では、ちょうどバナナフェアが行なわれていて、バナナの叩き売りの実演やバナナマンなるキャラクターが登場していた。ご存知の通り、門司港はバナナの叩き売りの発祥の地なのだ。

 しかし私はバナナではなく、門司港のもう一つの名物の「焼きカレー」を食べることにしていた。駅に一番近い店「ル・カフェ」という店にいった。ちょうどお昼時でほとんど満席だったが、一人なのですぐ席に通された。案内係は、アメリカ人の初老の男性で、カタコトの日本語で私のオーダーをとった。店内の会話の感じでは、厨房を切り盛りしている日本人女性のご主人といった感じ。

 「焼きカレー」とは、ご覧のとおり、カレーライスをドリア風にオーブンで焼き上げた料理だ。中央部には卵ものっている。あつあつで、あまり味が感じられないが、ワイン風味のカレーの味付けだった。

 昼食を済ませたあと、めかり公園に向かった。門司港駅からは、バスで15分ほどの距離。今年の2月に関門人道トンネルを歩いたが、そのとき乗った路線と同じ。前回は終点の一つ前で降りたが、今回は終点まで乗る。終点でバスを降りるとそこが会場だった。

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 受付できっぷを購入。運賃は100円。硬券の大型乗車券だった。次の次の便だといわれ、きっぷとともに乗車整理券を渡される。乗り場はそこから20mほど離れた場所。鉄骨を組んだ簡単なものだが、線路を見るとバラストを入れ替えており、力の入れようが分かる。車両は先頭がディーゼルエンジンがついた動力車、中間が3両の車両、最後尾はレールスター(軌道自転車)。前後の車両に係員が乗務しているのは、この線路上を往復運転するからだろう。

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 順番になり、乗車。車両の構造は、台車は当然鋼製であるが、乗車する部分は木造だった。1、2両目が屋根のないタイプ、3両目は屋根のあるタイプ。私は一番先頭の車両に乗る。全員の乗車が終わると、警笛を鳴らし、いったんバックで発車。ゴトゴトとした乗り心地で風を受けながら進む。100mほど行き、、ポイントがあり、線路が側線が何本か分かれる地点に到着し、停車。ここで進行方向を変える。今度は先ほど乗車したホームを行き過ぎ、200mほど行く。右手には関門橋が見えている。前方に山がせまり、トンネルに入る。トンネルに入るとすぐ内部で停車。ここで再び進行方向を変え、バックでホームまで戻る。所要時間5分ほど。運行距離は資料では800mとあった。

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 期間限定のイベントで次回いつ行なわれるかわからないが、廃線跡がもっとあるのだから、運行距離を長くしてもらうとよい。どうせなら、門司港駅近くまで行ってもらえればなおよいと思う(そう思っていたらどうも来年あたりそれが実現しそうです)。

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2008年12月 1日 (月)

赤村トロッコ

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耶馬溪鉄道の廃線跡サイクリングを楽しんだ翌日、福岡県の赤村トロッコに乗りに来た。2007年10月のことである。赤村トロッコは、工事はほぼ完了したものの開業に至らなかった油須原~豊前川崎駅間の国鉄油須原線の路盤を改良し、そこにトロッコを走らせているもので、地元ボランティアによる運行となっている。平成15年に「開業」した。

 国鉄の油須原線は、筑豊地方の石炭を田川線(現平成筑豊鉄道)経由で苅田港に運ぶために計画された線であるが、完成する頃にはエネルギー革命の進展で必要性が薄れていた。地元が特別運賃制を了承すれば開業する見込みがあったようだが、結局国鉄民営化の動きなどともからみ、日の目を見ることはなかった。しかし、現在では地元の人の協力もあり、こうやってトロッコ列車が走り、一部区間ではあるものの乗車できるようになっている。

 運行日は、基本的には毎月第2日曜日だが、年1回開催される平成筑豊鉄道の「へいちくフェスタ」というイベントにあわせて、今月に限り10月7日も運行されている。10時から運行開始となっているが、混雑が予想されるので、私は前夜、行橋に宿泊し、行橋駅発8時40分で現地に向かった。

  赤駅着9時11分。「へいちくフェスタ」開催される日に限って、全ての列車の運賃が距離にかかわらず100円となっている。本来なら450円の区間なので非常にお得だ。

  既に大勢の客が来ていて順番待ちになるかと心配していたが、同じ列車からは誰も降りず、心配は杞憂に終わった。まだボランティアの人がテントの設営の準備中だった。それでもスタッフの人に尋ねると、私は二人目だという。もうひとりはどこにいるのだろう。

 準備が整うまで、トロッコの車両や路線の様子などを観察しながら過ごす。車両はプッシュプル方式で、前後に1両ずつバッテリーカーがついていて、その間に2両の客車が連結されている。バッテリーカーには屋根もついていない。客車の方は10人も乗ればいっぱいになるほどの大きさで、ちょうちんの室内灯がついている。それでも車輪は前後に2軸づつあるボギー車でなかなか本格的だ。路盤は枕木方式ではなく、コンクリートの路盤に線路が埋め込まれているタイプで路面電車風だ。進行方向に向かって下り勾配になっている。

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 一方赤駅の東側を見渡すと、線路は単線であるものの路盤が広くなっていて、油須原線も実際には、油須原駅からすぐに分岐するのではなく、赤駅から分岐するようになっているのが分かる。もっとも国鉄時代にはこの赤駅は存在していなかった。

 10時に近くなると親子連れの客を中心に、だんだん乗客が増えてきた。しかし大半の客は車で来ているようだ。定刻10時になるとちょうど列車が満員になるだけ乗客が集まって出発。乗車券は画像の通りの硬券で、係員が入鋏してくれる。私は前がよく見えるよう先頭の客車の一番前に座る。なぜか乗客全員に無料でヤクルトが配られる。

 進行方向に向かって下り勾配になっているので、運転士は丸型の手ブレーキを緩めながら発車させる。ゴロゴロとしたトロッコらしいの乗り心地でスタート。路盤がしっかりしているので、音の割りに揺れは少ない。

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 3~4分走ると一つ目のトンネルに入る。トンネル内にはコウモリが生息していて、ボランティアの人がライトで照らしてくれる。子供たちは大喜びだ。トンネルを抜けるといったん停車。年配のボランティアの人が、このトロッコの経緯や周辺の施設のことをアナウンスしてくれる。この近くは、西川峰子の出身地でもあるそうだ。帰りに駅に、西川峰子の地元でのコンサートを知らせるポスターも貼られていた。

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 小休止のあと再スタート。また、トンネルに入る。ここでもコウモリが見られる。こちらのコウモリはトロッコといっしょに飛んでくれて、子供たちはますます大喜びだ。

 トンネルの中に金網が張られていて、ここが終点になるようだ。ここまでが赤村で、この先は隣村になるので、先には進めないとのこと。早く町村合併をしてもらって隣村まで行ってもらいたいものだ。

 ここで進行方向が変わって、赤駅に戻る。上り勾配になるが、バッテリーカーはパワーがあり、それを感じさせない走りだ。

 もっと乗っていたい気がするがあっという間に赤駅に戻り、乗車終了。駅前のテントでは、鉄道グッズなども売られていたので、協力の意味も込めて、トロッコ図柄のタオルを購入。200円という安さ。末永く活躍してもらいたいと思う。

 後日、赤村トロッコのホームページを見ると、当日は263名の人が来て、最大40分待ちだったそうだ。

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