ただいまの時間

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2008年8月

2008年8月31日 (日)

私の好きな駅4 東京駅

私の好きな駅の4番目は東京駅です。1914年開業、辰野金吾博士の設計で、荘厳な赤レンガ造りの駅舎として知られます。堂々たるその姿は、丸ビルや新丸ビルから眺めるとよく分かります。開業当初は3階建てでしたが、戦災で3階部分が焼失し、今は2階建てになっています。現在老朽化で建て替え計画が進行中で、その際には当時の面影を留める3階建てになるそうです。ホームは地下4面、地上10面で合計14面は日本の駅で最大で、端から端まで歩くとたっぷり15分はかかるでしょう。発着する列車も1日3000本以上でこれも日本一。列車の形式も様々です。エキナカも充実していて、食事からお土産まで、1日いても飽きることはありません。

私は東京駅の近くの職場に3年ほど勤めたことがあり、昼休みなどよく駅に行って食事をしたり、列車を眺めたりしました。有名人もよく見かけました。昼休みに駅構内で食事をして会社に戻ろうとすると、異様なほど警察官の姿が多いのでこれは何かあるなと思っていると、果たして皇太子殿下が現れました。まだ結婚する前の時期でしたので平成4年くらいだったと思います。護衛の人に囲まれてはいましたが、特に一般の人の通行を規制するでもなく、八重洲南口の駅構内で、わずか5mほどの距離で目撃しました。ニコニコしながら笑顔を振りまいて、人ごみの中に消えていきました。

このように規模と多様性を兼ね備えている点で他の駅の追随を許さないでしょう。

2008年8月30日 (土)

私の好きな駅3 鎌倉高校前駅

私の好きな駅の3回目は、江ノ電の鎌倉高校前駅です。鎌倉と藤沢のちょうど中間あたりに位置し、その名のとおり、鎌倉高校の最寄り駅です。駅舎自体は木造のこぶりな駅舎があるだけで、ホームは片側一面、単線の線路が一本というローカル線によくあるありふれた駅ですが、この駅の魅力は駅舎自体ではなく、この駅からの眺めです。駅のベンチに座ると、目の前には何もさえぎるものがなく、見えるのは相模湾のきらきら光る海だけ。駅のホームから180度の眺めで海が広がります。目の前には国道も一本走っていて、車の行き交っているのですが、一段低い位置なのでそんなことは気になりません。本当に海しか見えず、心まで広々としてきます。夏でもここちよい海風が吹いてきます。右手には江ノ島も見えます。時間に余裕があれば、この駅でぼんやり過ごすのも一考でしょう。写真がないので、言葉だけでお伝えするかたちですが、皆様もぜひ訪れていただければこの気持ちが分かると思います。

2008年8月29日 (金)

私の好きな駅2 門司港駅

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私の好きな駅の2回目です。今回は門司港駅です。

1914年築のこの駅はネオ・ルネッサンス様式の駅とされ、駅舎としては全国で初めて国の重要文化財に指定されました。まさに大正ロマンあふれる駅舎で、白い板張りの外壁に緑がかった屋根で、荘厳さも感じられます。この駅ができた当時は、この駅の周辺は九州の貿易の中心地で、他にも三井倶楽部や文門司税関といった当時の建物が現存していて、門司港レトロ地区を形成しています。来年には、休止中の貨物線を利用してトロッコ列車が運行される計画もあります。2枚目の写真は2007年10月にめかり公園の近くで運行されたトロッコです。これがもっと門司港駅の近くで長い距離を運行されるようです。

またこの地区は、バナナのたたき売りの発祥の地とされますが、今の名物はカレーライスをオーブンで焼き上げ、卵を落とした焼きカレーで、ドリアのような食べ物です。あつあつで、ふーふーいいながら食べたのを覚えています。

2008年8月28日 (木)

私の好きな駅1 国立駅

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これから数回に渡り、私の好きな駅を紹介して行きます。まず、第1回目は国立駅です。この写真の駅舎は、現在は中央線高架化工事のため取り壊されてしまいましたので、番外扱いになるかもしれませんが、三角形の屋根が印象的で、シンプルですが存在感のある駅舎です。

大正15年4月開業で、国分寺駅と立川駅の間にできたため、国立駅と命名されました。この一帯を開発するために箱根土地(現コクド)の堤康次郎が駅舎を設け、鉄道省に寄付したようです。現在でもメルヘンチックな駅ですが、武蔵野の原野の真っ只中に建築された駅を見て、大正時代の人はどんな思いを抱いたのでしょうか。

堤は学園都市構想の名の下に、ここ国立と小平、大泉の3学園都市を計画。国立には東京商科大学本科(現一橋大学)、小平には東京商科大学予科を誘致しましたが、大泉学園だけは大学誘致に失敗しました。しかし、国立も小平も大泉学園も、碁盤の目のように区画整理された町並みが共通の特徴になっています。その区画整理された国立駅の南をまっすぐに伸びるのが大学通りで、片側2車線の自動車道路を中心に、自転車専用道、緑地帯、歩道が設けられたぜいたくなつくりで、緑地帯は、春は桜、秋は紅葉の名所として、国立市民の憩いの場になっています。街並み全体が駅舎の魅力をさらに引き立てているようです。

2008年8月27日 (水)

三鉄赤字せんべい

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仙人秘水の工場見学の前に三陸鉄道南リアス線に乗車しました。その釜石駅で見かけたのが、この「三鉄赤字せんべい」です。せんべいの販売で少しでも赤字を減らそうという試みでしょう。銚子電鉄の濡れせんべいにあやかっているのでしょうか、二番煎じのような気がします。せんべいとなっているものの、中身は米を原料としたものでなく、ビスケット風の焼き菓子です。2種類入っていて値段は300円。ちょっと高いかなと思いましたが、赤字補填と思えば安いものです。銚子電鉄のように観光客が大挙して訪れることもなく、ひっそりと出札窓口で売らていました。

2008年8月26日 (火)

代行輸送2題

1日に2件の代行輸送にお世話になるという貴重な経験をしました。今日はその話です。

仙人秘水製造工場見学会に参加したあと、その晩は宮古に宿泊した。宮古発6:35の列車で茂市まで行き、岩泉行きの一番列車に乗るためだ。岩泉線は23年ほど前に乗ったきりご無沙汰なので、近くへ来たついでに再訪問しようと思ったからだ。

8月24日朝の天気予報では東北地方は午後は大雨とのことだが、ホテルから駅へ向かう道ではまだ小降り。宮古発6:35の山田線川内行き列車で発車を待つ。ところが定刻になっても発車する気配がなく、しばらくすると陸中川井~箱石間で落石があり、運転を見合わせているとの車掌のアナウンス。その後駅員がやってきて、「皆さん、どちらまでいかれますか」とひとりひとり聞いて回った、と言っても乗客は私を含めて4人しかいなかった。全員が岩泉まで行く客であった。すると「タクシーで茂市まで行ってください、そこから岩泉行きに乗り継いでください」とのこと。駅員に誘導され、タクシー乗り場で1台のタクシーに乗り込む。この間約10分ほどの話。ずいぶん手際がよい。日曜の朝で乗客が少なかったかもしれないが、東京ではこうは行かない。タクシー代はJR持ち。

6:48に宮古をタクシーでスタート。客は60代くらいの女性、同じく60代くらいのハイカー風の男性、私、30代くらいの男性でこの男性は明らかにテツだ。お互い会話はないが、特に文句をいう風でもない。タクシーの運転士は「よくあることだから」と慣れた感じ。タクシーはほぼ山田線と平行して国道を行く。渋滞もなく快調に進む。

タクシーの運転士も同じ疑問を持っていたのだが、山田線の落石区間は茂市より先なので、少なくとも茂市までは列車を運行すればよいのにと思う。それともう一つは、我々は宮古から乗車したからよかったものの、宮古・茂市間には3駅あり、いずれも無人駅で、これらの駅から乗車する予定の客はどうなったのだろうかという疑問。何らかの形でフォローがあったのだろうか。

タクシーは7:08分に茂市駅着。駅員の誘導を受けて、岩泉線に乗り込む。列車は7:09に発車。定刻より8分延発となったが、その後の予定には特段影響はなかった。ハイカーと思った男性はその後の行動からテツと判明した。

もう1件は、その日の午後、気仙沼線での話。岩泉線を乗り終えて、次の目標は気仙沼線である。この線も24年くらい前に乗ったきりなので、再訪しようと考えていた。気仙沼発15:50の快速南三陸で仙台までいくことになっていた。ところが発車時刻になると、対向列車が遅れているので到着しだい発車するとのアナウンス。松岩~大谷海岸で大雨による徐行を行っているらしい。定刻より7分遅れで出発。この列車も同区間を徐行したことにより途中駅の遅れは15分に拡大した。仙台での新幹線への乗り継ぎ時間は21分しかないので、これ以上遅れると困る。

そんな状態で停車駅ごとに遅れを気にしていたのだが、16:50、志津川~柳津間を走行中に、石巻線が大雨で運転を見合わせており、この列車も前谷地で運転を見合わせるとのアナウンス。こうなると予約してある新幹線へ乗換えができるか否かより、今日中に家まで帰れるかということが心配になってきた。柳津~陸前豊里間を走行中に「バスを手配することになったので、これから人数の確認に行く」とのアナウンス。そして、各車両ごとに車掌が回ってきて、前谷地から先、仙台方面に行く人と石巻方面に行く人を挙手により人数を確認した。皆、まさにバスに乗り遅れまいと大きく手を挙げている。なんだか小学生に戻ったような気分になってきた。バスの手配には1時間程度かかるとのこと。

前谷地には17:20に到着。本当にここで運転が休止になった。雨の状態はと言うと、確かに降りはちょっと強いかなといった程度で運転見合わせるような集中豪雨というわけではない。もちろんJRの雨量計が設置されているところでは規定の雨量を超えているのだろう。

バスは3台用意されることになり、17:40分には小型の30人乗り程度のバスが2台到着した。地元の小規模の観光バス会社であろうか。手配から約1時間でバスが到着するのは、あらかじめ災害対応で出動待機でも出ていたのだろうか。アナウンスでは3台全部が到着してからバスに誘導するとの話。来たバスから順次乗せるという方法もあるだろうが、早い者勝ちになって収集がつかなくなるから、賢明な選択だろう。災害時のマニュアルにそうあるのかもしれない。

しかし、ここから3台目が来るまで時間がかかった。結局18:10に全台そろい、バスへの乗換えが始まった。乗客は全部で80名くらいいた。3台目のバスはJRの大型観光バスで、客の多くはこのバスに乗ろうとしていた。たしかに見た目も立派で快適そうだったが、私は小型のバスに狙いを定めていた。小型のほうが小回りがきくだろうし、スピードもでそうな気がしたからだ。結果としてこの選択は正解だった。

18:20前谷地駅を出発。狭い駅前を左に曲がり、またすぐ右に曲がり、小型バスはてきぱきと走る。国道に出てからもその走りはすばらしかった。私はシートベルトをしっかり締め直した。雨の降りは少し強くなってきたようだがバスはお構いなしに快走する。もっと時間がかかるかと思っていたが、18:40小牛田着。20分で着いてしまった。バスの代行区間はここまで。小牛田駅は新築されたらしく真新しい駅舎だった。後続のJRバスは後ろにはいなかった。

ここからは東北本線に乗り換える。東北本線は通常通り運行されているとのこと。石巻線と陸羽東線が運休しているので駅はごった返していたが、私をそれを横目に東北本線上りホームへと急いだ。18:48発の仙台行きが私がホームに入るとともに入線した。ここまでくれば、家まで帰れる目処がついたが、JRバスに乗った連中は、この東北線には間に合わなかっただろう。

以上、1日に2回代行輸送にお世話になることになったが、宮古駅の手配の早さには驚いたし、気仙沼線の場合も、列車運行中に無線で連絡を取り、3台のバスを1時間程度で手配できるのは相当なものだ。乗客の中で、大きな不満をぶつける人もなく、きわめて平穏だったのは、そのあたりの手際よさもあった。タクシーやバスで代替できる人数だからよかったが、先ほどの書いたが東京ではこうは行かない。

それにしても、今後の旅行は大雨が予想される場合は、早め早めの行動が必要で場合によってはローカル線乗りはあきらめて、早く帰ることを選ぶ必要があるかもしれない。今回はJRの手配もよく何とか家にたどり着いたが、こんなスムーズにいくことは早々ないかもしれない。実際、小牛田駅ではこの駅から石巻線や陸羽東線に乗り換えようとする客が、運行再開を待って駅構内で駅員を取り囲んで騒然としていた。

2008年8月25日 (月)

仙人秘水製造工場見学会4

仙人秘水製造工場見学会4
水源を見学したあとは、トロッコで引き返しながら、鉄鉱石採掘現場跡、地下ダム、グラニットホール(花こう岩の音楽堂)などを見学します。それぞれの場所には本線からいったん分岐して支線に入線する形になるので運転士が自分でポイント切り替え作業を行っていました。
鉄鉱石採掘現場跡では実際の削岩機やショベルカー等を見ました。岩を発破する際の導火線の発火時間はここでは4分だそうです。内側から順次爆発させていくようです。また本物の石灰石や磁鉄鉱を記念にいただきました。
地下ダムでは坑道内に発生する湧き水が貯えられており、その水で水力発電を行っており、この鉱山で使用する電力はすべてまかなっており、余った分は東北電力に売っているそうです。
最後に花こう岩採掘跡にできた巨大空間グラニットホールを見学します。残響時間が7秒と長く低音が神々しく響きます。
このように見学し、所用時間は約二時間でした。最後に坑道入り口で記念撮影を行い、仙人秘水の1リットルのペットボトルを頂き解散となりました。
なかなか中身の濃い見学会でスタッフの方の説明、誘導も丁寧でよかったです。また機会があればぜひ参加したいと思っています。その時はもっと違う線にも乗りたいと思います。

2008年8月24日 (日)

仙人秘水製造工場見学会3

仙人秘水製造工場見学会3
トロッコの様子をもう少し詳しくお伝えします。1両あたり6人ワンボックスが二つ、車輪は1軸が前後に一つずつあります。ヘルメットをかぶって乗り込みます。もちろん車内で立ち上がることはできません。ドアの鍵をしっかり閉めるよう促されて出発しました。。内部に照明がないのですが車体外側にライトがついていて、それがトンネルに反射するので暗くはありません。ただし騒音で車内の会話はほとんど不可能です。仙人秘水の水源は入り口から3km約20分ほど揺すぶられて到着します。写真は水源に到着したところです。

2008年8月23日 (土)

仙人秘水製造工場見学会2

仙人秘水製造工場見学会2
いよいよ現地に到着しました。ご覧のようなトロッコで鉱山の内部に入ります。前後がバッテリーカーで間に3両のトロッコが連結されています。1両の定員は12名でコンパートメント風でもあります。私は2両目に乗りました。
参加者は約20名で男女比半々、年齢層もさまざまでいろいろな人から興味をもたれているようです。
この鉱山の軌道延長は140km、坑道の延長は1000kmに達するそうです。ごつごつとしたトロッコらしい乗り心地で鉱山内部にあるミネラルウオーターの工場に向かいます。軌道は網の目のように敷設され、途中で何ヶ所も分岐や合流があり、ダイヤモンドクロスになっているポイントもありました。信号が設けられておりドライバーは青信号の権利を取りながら進行していきます。岩盤を掘りぬいただけのトンネルで、ところどころ鉄骨で補強されていたりして、スリルが増していきます。
高低差はほとんどありませんが、路肩の水路の流れからすると若干の登り勾配になっています。約20分で工場に到着しました。

2008年8月22日 (金)

仙人秘水製造工場見学会1

仙人秘水製造工場見学会
私はこれから岩手県の釜石鉱山で開催される仙人秘水製造工場見学会に向かうところです。まず夜行高速バスで一関まで行き、その後大船渡線、三陸鉄道南リアス線、釜石線を経由して、遠野まで行く予定です。そこからバスで工場に向かいます。釜石鉱山の地底内部にはミネラルウオーター仙人秘水を産する工場があり、そこに見学に向かうのです。しかし目的はそれではなく、工場内に運行されているトロッコに乗車することなのです。見学者はそれに乗車することができるのです。本見学会は抽選なのですが、運良く当選したのでした。それではこれからバスで移動します。トロッコの様子についてはまたお伝えします。

2008年8月21日 (木)

国鉄の思い出

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国鉄の車両銘板です。車両の連結面に貼り付けられている所有会社を示すプレートで、木の板にボルトで留められています。昭和61年3月9日に旭川駅で購入しました。国鉄の分割民営化まであと1年という時期で、日本国有鉄道を示すものを何かコレクションに加えておきたいと思っていたところ、たまたま旅行中に見つけたのでした。かなりの重さで、なおかつ、まだその後3日ほど旅が続く予定でしたが、迷わず購入しました。その直前に名寄駅で名寄本線(現在は廃止)に乗り終えて、北海道内の国鉄全線を完乗したので、少し気が大きくなっていたかもしれません。

改札脇にコーナーが設けられ、中年の国鉄職員が販売していました。価格は2000円くらいだったと思います。現在では、JRによる関連事業への進出には目覚しいものがあり、特に流通・物販事業は花形ですが、当時は余剰人員となり本業を与えられていない職員が売店などで研修を積まされるなどされていたようです。私が買った職員もこういった人だったのでしょう。ひょっとすると彼自身がこのプレートを作成したのかもしれません。

どの車両についていたものかも分かりませんが、昔「日本国有鉄道」という組織があったことをいつまでも忘れさせない、私にとっては大切なコレクションです。無理をしてでも買っておいてよかったと思います。

2008年8月20日 (水)

元祖「青春18のびのびきっぷ」

Ticket_b015 昭和57年3月に発売開始された第1回目の「青春18のびのびきっぷ」です。当時は「のびのび」という言葉がついていました。私はこのきっぷで、小海線、身延線、東海道線、紀勢本線、山陽本線、伯備線、芸備線、鹿児島本線などを経由し、長崎まで行きました。大垣夜行、「南紀」、「ながさき」などの各駅停車の夜行列車に乗りつぎながらの移動でした。ちょうど浪人生活が終了見込みで、大学の合格発表を待つ間の旅行で、このきっぷの存在はたまたま父親から教えられたのでした。テツでありながら、受験生でしたので情報収集は一般人より遅れていました。

当時はまだ国鉄の時代で、国鉄全線の表示が懐かしくも、誇らしげです。5日間有効で8000円、1日有効のきっぷが3枚、2日間有効のきっぷが1枚という構成で、最終ページに青春18きっぷの特製イラストステッカーもついていました。ホーバーの表示がありますが、宇高連絡船では当時、ホーバークラフトが急行として運航されていました。また、自動車とあるのは国鉄バスのことです。

2008年8月19日 (火)

宮脇俊三と鉄道紀行展

Book_b002 私がこの世界に入ったきっかけは、私が高校1年の時に出版された宮脇俊三さんの「時刻表2万キロ」(河出書房新社刊)を読んだことに始まる。内容的には、いわゆる国鉄全線完乗記であるが、単なる鉄道旅行記にとどまらず、幅広い視点で日本国内を見つめる文化の香りあふれるノンフィクションだった。それとともに、渋いユーモアと簡潔な文章にもひかれ、いつ読んでも新鮮な感動に満たされた。何十回読み返したかわからないほどで、時刻表2万キロの出だしの文章は、いつの間にか1ページ分くらい暗記してしまった。この本の魅力は単に国鉄全線完乗の苦労話を伝えるだけでなく、それ以上に文章の面白さ、奥深さを学びとることができることにあると思う。その後も宮脇さんの新しい著作が発表されると必ず購入し熟読した。

そんな宮脇さんも5年前帰らぬ人となった。もう新しい宮脇さんの文章を読めなくなるかと思うと、とてもさびしかった。そんな折、今年の7月から9月まで、世田谷区の世田谷文学館で「宮脇俊三と鉄道紀行展」が開催されている。宮脇さんの執筆原稿や著作に挿入された手書きの地図、宮脇さんの年表、書斎の様子、数々の旅行記の紹介など、宮脇さんの魅力が余すことなく伝えられている。2階のフロアーをすべて使用する大規模なもので、全部見て回るのに1時間半ほどかかったが、機会があればまた訪れたいと思っている。

ご参考:「最長片道切符の旅」は原稿段階では「最長片道切符の物語」という題名だったようです。直筆原稿からわかりました。

2008年8月18日 (月)

小田原こどもの森公園「わんぱくランド」

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小田原市郊外の山間部にある小田原こどもの森公園「わんぱくランド」にやってきました。ここにはエントランス広場と冒険の丘間約300m(推定)を結ぶSL風列車が運行されています。実際にはディーゼルエンジンで動いているようですが、1両の機関車が2両の客車を引いて、SLのような効果音を出しながら走ります。途中急坂を登るため、ラックレール風の設備を設けた区間もあります。本物のラックレールのようなギザギザはありませんが、線路の間にもう一本レールが敷いてあり、おそらく機関車の下にあるタイヤがそこに接して勾配を登る推進力を得ているものと思われます。レイアウトはいわゆるドッグボーン型(犬の骨のように、基本的には単線だが、両端部だけ円形になっていて、折り返し時に機関車付け替えの手間を省いたレイアウト)です。機関車には「なかよし号」と書いてあり、本来子供が乗る車両ですが、乗るべき鉄道がなくなった今では、私はこういった遊戯鉄道の類も乗車しています、ちょっと勇気がいりますが。料金はおとな300円でした。

 

2008年8月17日 (日)

特濃ミルクフルーツ

特濃ミルクフルーツ
新幹線デザインの特濃ミルクフルーツです(UHA味覚糖の特濃シリーズの飴です)。豊橋駅で購入しました。写真の車両はN700系のようですが、他に4両あり、300系、500系、700系、ドクターイエローです。
特濃というだけあってさすがに濃いです。ただし飴自体が新幹線の形をしているわけではありません。
私はこういった鉄道の形をしたものを何でも集めています。

2008年8月16日 (土)

ブログ開設しました

Kouken_1180_2 みなさん、こんにちは。私は日本の鉄道全線を完乗したミスターKです。このページで鉄道旅行にかかわる様々な話題を提供していきたいと思っています。新線鉄道乗車記、各地の旅行記、鉄道コレクションのご紹介、日々の鉄道雑感などです。それでは、よろしくお願いいたします。 この写真は、昭和62年1月18日に私が可部線三段峡駅で国鉄全線を完乗したときのきっぷです。平成4年3月15日には民鉄も完乗し、それ以後記録を更新中です。

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