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2022年7月 2日 (土)

未成線長倉線の旅(大峯山トンネル)

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 ここまでのコースは一般の人でも散策可能だが、この大峯山トンネルは普段は閉鎖されていてツアー参加者だけが特別に歩ける区間になっている。入り口でヘルメットとライトを渡されトンネル内に進入する。路面はぬかっていて足を取られないように注意が必要だ。コウモリがいるので天井は照らさないようにと指示がある。今から80年も前のトンネルとは思えないほど状態がいい。一度も列車が通ることがなかったから煤けていることもない。内壁の最終仕上げは施されなかったのでコンクリート打設時の木枠の跡が残っている。

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トンネルは長さ180mと短いがS字にカーブしているので途中からかなり暗くなる。その暗さを利用して中間地点で動画視聴を行う。長倉線の計画、陳情から建設、築堤やガードの取り壊しに至る流れをスライドにしたもので、ノスタルジックな雰囲気にまとめられていた。

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 このトンネルは今は原則通行止めとなっているが、かつてはそんなに厳しくない時代もあり、地元の高校生が近道に使っていたらしい。県道だと遠回りになるからだ。

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トンネルを抜けると切り通し区間となり、緩やかにカーブしながら下っていく。路面にマンホールがあり、未成線下に後から水道管が通されたとのこと。

2022年7月 1日 (金)

未成線長倉線の旅(大峯山トンネル入り口まで)

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 こちらは小井戸切り通し。当時のことなのでノミと槌で人力で切り開いたものだ。当時の人々の苦労が偲ばれる。その先に県道との交差部分がある。もし開通していれば踏切が設置されていたところだろう。 

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 踏切があったはずの部分を渡り、緩やかな勾配を進んでいくと現れるのが小井戸川拱橋だ。拱橋とはアーチ橋のこと。サイズはミニだがアーチ橋には変わりない。 

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 さらに切り通しが続き、勾配を緩やかにするためにS字カーブの上りになる。

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 3キロポストが現れるとともに大峯山トンネル入り口に到着した。

2022年6月30日 (木)

未成線長倉線の旅(第一小井戸コンクリート管まで)

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 この川は坂井川でかつてはここに眼鏡橋があった。1986年の豪雨でこの橋脚で流木などが堰き止められたことにより被害が拡大し、町内一帯が人の背の丈以上に浸水する惨事となったことから、その後眼鏡橋は撤去された。それが残っていれば長倉線随一の見どころになったに違いない。1986年の豪雨は小貝川が決壊した時の豪雨で、私が就職した年でもあるので特に印象に残っている。ニュースでアナウンサーが小貝川を「おみがわ」と誤読していたことも今でも覚えている。原稿が悪筆で判読困難だったのだろう。

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 最初のうちは築堤を撤去してならされた路面を歩いていたが、そのうち実際に鉄道の路面だったところを歩くようになった。道の脇にはところどころに境界くいが現れる。旧工部省を示す工のマークが入ったくいである。長さ120cmのくいで地中には70cm埋まっているのが基本らしいが周囲に土砂が堆積し、ずっと短くなっているものが多い。

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 未成線跡が県道に合流し、道幅も広がった。ここは並松(なんまつ)切り通しと呼ばれる跡だが、Sさんの見立てでは鉄道の勾配にしては急ではないかとのご指摘。このあたりは本来は1000分の20の勾配であるが、確かにそれより急な感じがする。Sさんがガイドに確認すると鉄道跡は県道より低いところを走っていて当初は段違いだったものが県道拡幅により未成線跡が埋められたとのこと。

 並松切り通しを過ぎ、ここで1回目び休憩ポイントになる。簡易トイレも設置されている。ここがサミットになりその先は下り勾配となる。

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 周辺が棚田となり、農業用水の水路が未成線の下をくぐっている。このガードは第一小井戸コンクリート管と呼ばれ、今も残る当時の遺構として貴重なものだ。このあたりの棚田で取れる米が棚田米と名づけられ、茂木の特産品になっている。先ほど配られたおにぎりにもその棚田米が使われているとのこと。

2022年6月29日 (水)

未成線長倉線の旅(上横町ガード跡まで)

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 0キロポストからウォークがスタートする。まず真岡鐵道の引き上げ線脇を通る。レールをよく見ると40と1964の刻印がある。1964年製の40kgレールであることを示している。前の東京オリンピックの年だ。線路はここで途切れるが、ここから北に向かって1000分の20の上り勾配で建設されていた。

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 芝生になっている遊歩道部分は築堤を取り壊した跡で、道路との交差部分には寺町ガードが存在していた。

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 コース上には案内板が整備されていてツアー参加者でなくても概要を把握することが可能だ。

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 ここは上横町ガードがあったところ。ガード撤去工事の際はコンクリート製橋台をブレーカーという大型重機で粉砕したが、コンクリートがあまりに頑丈で、粉砕の振動で水道管にヒビが入り漏水するほどだったとのこと。

2022年6月28日 (火)

未成線長倉線の旅(スタート)

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 担当者によるあいさつや諸注意が終わり、まず駅裏にある貨物ホームの名残りを見にいく。茂木はタバコの産地で「西の広島、東の茂木」と並び称され、かつては専売公社の工場もあり貨物輸送がにぎわっていたようだ。

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 駅裏手の山中には戦時中に高射砲の砲身を作る東京芝浦電気の地下工場があり、そこに引き込み線が延びていたようだ。斜面の色が変わっているところは今はふさがれているがかつての工場の入り口だったとのこと。地下工場があり、そこへの引き込み線まであったとは驚きだが、こういうことはひとりで未成線ウォークをしたのでは絶対分からない。 ツアーに参加して良かったと思う。

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 続いて駅前にあるキロポストを見学する。長倉線は未成線なので本来キロポストは存在しないはずだが、未成線跡を整備した際にあわせて設置された。少し傾いて設置されているが本物のキロポストもななめに立っており、このほうが運転士の視認性がいいとのこと。その事情を知らない茂木町長が斜めに立っていることに対し文句を言ったとか言わないとか・・・。キロポストは未成線跡に500mごとに設置されていて歩く際の目安になっている。隣には勾配票も設置されててLを示しているから、ここからしばらくは水平に進むようだ。

2022年6月27日 (月)

未成線長倉線の旅(受付)

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 列車を降りて駅に隣接する茂木ききょう館前で受付を済ませた。すると車内で見かけたSさん似の人に出くわした。似ているのではなく本人だった。前から長倉線に興味を持っていてこのツアーに参加したとのこと。私はついこの間知ったばかりだが、Sさんは2ヶ月も前に予約を入れていたらしい。昨日の出張先からの参加なのでリュックにはノートパソコンなども入っていて大変そうだ。

 参加者は40人ほどで長倉線の人気の高さに驚かされる。人数が多いので2班に分かれて行動するようだ。皆マスクをしているので年齢層は分からないが全体的な雰囲気からして私より年齢が高い人が多そうだ。鉄道関連のツアーだと男性オンリーのことも多いが今回は半数は女性で、歩く距離が7km程度なので未成線ツアーとしてよりもウォーキングイベントとして参加している人が多いのかもしれない。列車から降りた参加者は数人だったが、駅前に参加者用の無料駐車場も用意されており車で来ている人が多そうだ。

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 参加者には長倉線ガイドマップや茂木町のパンフレット、お弁当、そしてイヤーモニターが渡される。参加者が身に着けるツアータグには鎌倉山の雲海と長倉線の未成線跡が描かれている。デザインは美大出身の茂木町職員によるもので、シンプルだがツアーの特長をよく押さえたデザインで、町役場を辞めて独立しても仕事になるのではないかと思われた。

 集合時刻となり茂木町観光協会の担当者によるあいさつが始まる。イヤーモニターを着けているので声がよく聞こえる。担当者の声が小さく説明が聞きづらいツアーもよくあるのでこれはありがたい。今日は天候も良く最高のウォーキング日和になりそうだ。

2022年6月26日 (日)

未成線長倉線の旅(茂木まで)

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 インターネット上でたまたま未成線の長倉線を歩けるツアーが販売されているのに気付いた。長倉線は真岡鐡道の終点茂木駅から茨城県常陸太田市長倉までを結ぶぼうと計画された12.2kmの鉄道で、茂木から下野中川までの6.2kmが昭和12年に着工された。しかし太平洋戦争の戦局悪化に伴い工事が中断し、戦後工事が再開されることがなかった未成線である。今から80年以上前に着工されたその長倉線の未成線跡が整備され、途中にある大峯山トンネル内も含めて歩けることが分かり、4月23日に参加してきた。ツアーの主催は茂木トラベルという地元の旅行会社で、ツアー運営にあたっては茂木町商工会もバックアップしているようだ。ツアーは出発地や歩く区間によりいくつか設定されているが、私は行きは歩き、帰りはバス送迎のコースを選んだ。最近のJRのツアーだと万単位のお金がかかるが、こちらは4,000円とリーズナブルだ。

 集合は茂木駅8時50分と早い。大宮発6時45分発のやまびこ347号に乗車小山で下車し、7時07分発の水戸線に乗り換え、下館で真岡鐡道に再び乗り換える。

 下館駅を定刻に発車しかけたと思ったら、直後に男子高校生がホームを猛ダッシュでかけて来て運転席の窓越しに運転士にアピールし乗車させてもらっていた。運転士は30秒延と声を出して再出発した。

 列車は1両のロングシートで地元高校生を中心に座席がほぼ埋まる混み具合だ。真岡で大半の客が降りて残ったのは7〜8人になった。長倉線のツアーに参加しそうな出立ちの客がチラホラ見える。その中には乗り歩き仲間のSさんによく似た人も座っている。似ているが別人の可能性もあるので声をかけないでおく。終点茂木には8時39分に着いた。

2022年6月25日 (土)

宮城野貨物線ツアー(帰り)

 長井駅での鉄印収集を終えて赤湯に戻り、米沢行きに乗り換え、さらに米沢で福島行き普通列車に乗り換える。峠駅では「ちから〜もち」と大きな声で叫ぶ売り子が、名物の力餅の販売を行っていた。まだ駅売りが行われているとは知らなかった。

 庭坂に18時22分に到着し、ここで臨時で14分停車した。山形新幹線は地震の影響で福島止まりで運転されていて新幹線ホームに入らず在来線ホームを使用しているのだが、ホームが空かないのでここで時間調整するようだ。福島に18時44分に到着。東北本線上りへの乗り換えがわずか1分しかないが接続待ちを取ってくれた。ところが列車に乗り込んでも発車しない。強風の影響で先行列車が遅れているためのようだ。この日は2つの低気圧の接近で北陸新幹線では6時間に渡って不通になっていたようだ。結局福島駅は4分遅れで出発し、郡山には2分遅れで到着した。

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 郡山からはすでに復旧している新幹線に乗り換えた。乗り換え改札機は新幹線デザインになっていた。

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 折り返し運転の関係で上り列車が下りホームの11、12番線から発車する変則運用になっていた。

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当駅始発20時05分発のなすの436号に乗車。ほとんどガラガラで発車した。宇都宮では後続列車が来ないのに6分間停車した。本来ならばここではやぶさを待避するのだろう。大宮には21時19分に到着し、日帰り仙台往復は終了した。

これで「宮城野貨物線ツアー」を終了します。

2022年6月24日 (金)

宮城野貨物線ツアー(山形鉄道鉄印)

 岩切駅で折り返し、仙台に戻る。東北本線は動物との衝突で遅れが発生していたが、ツアー列車には影響はなく、11時10分岩切を発車。またまた駅長などが出迎える中、11時20分仙台駅に到着した。最近のツアーはお弁当が付いたりして1日拘束されるのが多いので、昼前に終ってありがたい。次の列車まで50分ほどあり、ちょうどお昼時なので牛たんを食べようかと駅3階にある牛たんストリートに行ってみたが、この時間帯で既に各店で行列が始まっていたのであきらめた。

 これから山形鉄道で鉄印を収集するのでまず山形に向かう。山形行きは12時11分発だが、その1本前の11時38分発愛子(あやし)行きに乗車。客は半分も乗っていない。とりあえず愛子まできたが、駅周辺は区画はキチッと整理されているものの人の気配は少ない。駅前におにぎり屋があったので、そこでおにぎりを買って駅の中で食べた。

 愛子発12時38分の山形行きに乗車。奥新川のあたりからは積雪も増してきた。仙山トンネルの中で下り勾配となり、山寺では若干の乗り降りがあり、13時34分山形に到着。

 山形から赤湯までは距離は短いのだがちょうどいい普通列車がないので山形新幹線で行く。3月のダイヤ改正で山形新幹線は全車指定席となった。私はあらかじめ指定券を用意してきたが立席特急券でも利用できるようだ。山形新幹線は地震の影響で福島止まりで運行されていてガラガラだったから、わざわざ指定券を用意するまでもなかった。

 赤湯で山形鉄道に乗り換える。赤湯駅での山形鉄道への乗り換えはノーラッチであった。14時35分、3名の客を乗せて発車。雨が降り始めてきた。宮内では高校生が乗ってきて、ようやく半分程度の乗車となった。

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 今泉で上り列車と交換し、15時11分長井着。ここで鉄印をゲット。無料で鉄カードももらえた。

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 長井駅は最近建て替えられたようだ。地本産の木材を使用した駅舎で市役所が隣接していて横長の駅舎だ。市役所と一体になった駅舎は珍しい。

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 駅舎の中はご覧のようなフリースペースが設けられ、待ち時間を快適に過ごさせてもらった。

2022年6月23日 (木)

宮城野貨物線ツアー(宮城野貨物線)

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 ツアー列車は5番線に9時30分頃入線してきた。2両編成と短い。私は1号車6D席を指定されている。ボックスシートの車両だがワンボックスに2人で密にならないよう配慮されているのはありがたい。 

 駅長まで見送りに出てくれるなか、9時42分仙台駅を発車。車内では参加記念グッズが渡される。今回は貨物線を走行するので記念グッズはJR貨物からものが大半だった。岩沼駅下り5番線に入線。10時05分に到着し、ここで折り返して10時18分に発車した。 

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 長町を通過するといよいよ宮城野貨物線に入る。まず本線から平面交差で分岐した。こちらは後部運転台からの画像。分岐後しばらく本線に寄り添って走行したのち、広瀬川を渡ると右にカーブし本線から離れた。 

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 乗り鉄だけでなく地元の人も乗っていて、「ここを走っているのね」と驚きもひとしおのようだ。 

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 仙台貨物ターミナル駅ではJR貨物の職員が歓迎の横断幕を掲げている。 

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 今度は先頭車両からの画像。東仙台で東北本線上り線ホームの東側を通過し、

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 その先で本線に平面交差で合流し宮城野貨物線は終了した。東仙台貨物駅前を通過すると、ここでもJR貨物の職員が歓迎してくれていた。10時48分に岩切駅利府支線用ホームに入線しここで折り返しとなる。

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