ただいまの時間

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2017年5月24日 (水)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(幸町公園)

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 和商市場での食事を終えて、その裏手にある幸町公園に行ってみた。星さんやバスガイドさんの話で、そこに蒸気機関車が静態保存されているとのこと。昭和天皇の行幸の際にお召し列車を牽引した由緒ある車両らしい。星さんは国鉄OBの仲間とボランティアでこの蒸気機関車の清掃作業を行っていて、その仲間の中にはそのお召し列車の機関士もいるとのこと。こちらも釧路製作所と同様屋根付きなので状態はいい。

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 その蒸気機関車を見学していると、そばにまくらぎが無造作に置かれている不思議な空間がある。

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 あたりを見回すといかにも廃線跡らしい雰囲気を醸し出している。

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 周辺を少し歩いてみると国鉄釧路工場跡地の碑があった。今は釧路地方合同庁舎があるあたり一帯が工場だったらしい。ここから本線まで引き込み線があって現在の地図を見てもそれらしき弧を描いている道路がある。引き込み線は釧路駅に直通する線形ではなく、新富士駅方面から釧路駅手前で分岐してここまで続いていたようだ。

2017年5月23日 (火)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(和商市場)

​  和商市場は1954年にその当時の露天商などが集まってつくった市場で、釧路駅からも近く信号待ちの時間も含めて歩いても5分もかからないところにある。ここは市場なのでいろいろな海産物やみやげ物が買えるのだが、その他に勝手丼と言って、お店でご飯を購入し、その上にいろいろな食材を乗せてもらいマイチョイスの海鮮丼を作ることできて、それが人気になっている。

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 市場の中の店が全て勝手丼をやっているのではなく、海産物の販売しかやっていない店も多い感じだ。どこの店にしようかと何となく眺めていると「日本の方ですか?」とお店の人から声がかかる。海外でもないのに日本の方ですかでもないだろうが、最近は中国や韓国からの旅行者も多いのだろう。「えっ、日本人です」と答える。その人から勝手丼のやり方について教えてもらう。ここではご飯は売っていないので、あそこにある店でご飯を買ってからここに来てほしいとのこと。指示に従いご飯を買う。サイズは4種類あり、私は普通サイズ200円にした。

 そして先ほどの店に戻って来てネタを乗せてもらう。ホッケ、タラの刺身をまず乗せてもらう。これがこの店のおすすめ品とのこと。ホッケの刺身は珍しい。そのほかにイクラ、甘エビ、アジ、サーモン、マグロなども乗せてもらう。売り子は「お兄さん、これもどうですか」といろいろ薦めてくる。カモと見られたようだ。結局あれこれススメられて乗せたので刺身だけで軽く1000円を超えてしまった。市場だから素朴で安く食べられると期待していたが意外と観光地価格になっている。その昔は北海道を旅するライダーが安くておいしい海鮮丼を食べるためにできたシステムらしいのだが、今では観光地仕様に変わってしまったようだ。

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 市場の一角にテーブル席があり、他の観光客とともに食べる。

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 ご覧のようなビジュアルで意外とボリューム感がない割に値段は1300円くらいになっている。これならば新宿にある「タカマル鮮魚店」のランチのほうがボリューム、値段とも上を行っているし、この市場の中にも食堂があり、同じくらいの値段でもっとボリュームのある海鮮丼が食べられるから、お得感だけを考えるとおススメはできないが、釧路に来たからには一度はやってみたいものであることは変わらない。皆さまも釧路を訪れた時にやってみることをおススメしたい。

2017年5月22日 (月)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(和商市場まで)

​ 釧路製作所で1時間ほど見学した後、和商市場に向かう。バス車中では案内人の星さんが、釧路の街や鉄道についていろいろと解説してくれる。落ち着いた語り口で、鉄道に対する愛情が溢れ出ている。

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 バスは釧路駅前を通過する。星さんの話によると釧路駅舎は1961年開業で道内に残る唯一の民衆駅らしい。民衆駅とはかつて国鉄が地元資本を利用して建設した駅ビルで、内部にはステーションデパートなどの物販の店舗が入る施設だ。札幌、旭川、函館なども民衆駅だったが、すでに建て替えられている。

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 今は昭和レトロ感が漂う寂しげな施設だが、完成当時は最新の近代建築で、おそらく相当なにぎわいを見せていたのだろう。

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 そういったお店の中にはコイン商もあり、古い記念きっぷなども販売されていた。

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 自動券売機は1台しか設置されていない。過去にはもう1台あったようだが、撤去されたようだ。JR北海道釧路支社も併設される道東の代表駅だが、この程度の機器で間に合う旅客需要のようだ。

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 バスは和商市場の裏手で止まる。バスを降りたちょうどその路上には「官設鉄道釧路線」のプレートが埋め込まれていた。かつてはこのあたりに線路があったのあろうか。

2017年5月21日 (日)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(釧路製作所)

​ 今回のツアーの最初の訪問地は、株式会社釧路製作所に静態保存されている蒸気機関車の見学だ。

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 本社前でバスを降りるとすぐそこに1台の蒸気機関車が屋根付きで保存されている。写真を撮りたくなるが、まずは会社の中に入りレクチャーを受けることになっている。

 ツアーの案内人である星さんもここで合流した。星さんは昭和62年3月に国鉄分割民営化で国鉄を退職した後、JTBを経て釧路新聞社に移られた方で、釧路臨港鉄道の会の代表をされている。地元釧路や北海道の鉄道に大変造詣の深い方である。

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  星さんと釧路製作所のO様(画像左端の方)により、ここの蒸気機関車の説明を受ける。この車両は雄別炭鉱鉄道で石炭輸送に従事していた車両で、元は明治44年に英国ノースブリティッシュ社から輸入された車両を参考に、汽車製造会社で翌年に追加製造された18両のうちの1両の8722号機で、8700形として唯一現存する車両となっている。

 蒸気機関車のナンバーは頭にCとかDとかのアルファベットが付いていて、それが動輪の数を表しているが、そうなる前の時代は最初の数字が動輪の数を示していて8ならば3つ、9ならば4つとなっているので、ここのは動輪が3つとなる。

 この車両が走っていた雄別炭礦鉄道はその後雄別鉄道と名前を改めるが、釧路駅と雄別炭山駅との間44.1kmを結ぶ鉄道だった。石炭輸送と共に旅客輸送も行っていたが、1969年に発生した炭鉱事故を契機に翌年炭鉱が閉山になると鉄道自体も廃止されてしまった。

 この8722号機は戦後国鉄から北海道拓殖鉄道に譲渡された後、1957年に雄別炭鉱鉄道に再び譲渡され、同鉄道の廃止に伴い、同社の関連会社の釧路製作所に引き取られた。その歴史的価値の高さから2007年には近代化産業遺産に指定され、現在に至っている。

 昭和38年頃の雄別炭鉱鉄道のカラー映像なども見せていただき、その中には雄別炭鉱鉄道と鶴居村村営軌道が釧路湿原の中で立体交差している貴重なものもあった。

 釧路製作所はかつては道内の炭鉱鉄道の車両整備などを手がけていたが、現在は橋梁の施工が中心で、瀬戸大橋にも携わるなど高い技術力を有する釧路を代表する企業のようだ。

 釧路製作所の担当者O様は説明がかなり詳しく、自己紹介でも自分のことを「テツ」と呼んでいたが、後から知ったことだが、夕張の出身の方で宮脇俊三さんとも親交があり、宮脇さんから著作物の献本を受けたり、道内鉄道の廃線跡などを宮脇さんと同行取材するなどの間柄だったようだ。

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 30分ほどでレクチャーが終わると記念グッズの販売が始まる。社員の方が3人ほど待機している。参加者のうちの1名の方は、「ここにあるものを全部ひとつづつください」と言って、1万数千円を支払っていた。

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 私は新釧路駅の模擬入場券を購入した。全部買った人の100分の1くらいの出費だ。その後、外に出て撮影タイムとなる。

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 炭水車が後ろに付いた大型の車両で、屋根付きなので保存状態も良く、製造から100年以上も経っているとは思えない。釧路製作所の方の苦労がしのばれるととともに、我々のような見学者に仕事の時間を割いて対応に当たってくれたO様他の担当者にも感謝申し上げたい。

 写真を撮っていると添乗員の方が近づいてきて「SLに興味があるんですか」と聞いてくる。私は蒸気機関車自体に特段の思い入れがあるわけではないのだが、相手の気持ちを”忖度”して、「えー、そうですね、鉄道全般が好きですが、SLも好きです」と答えてしまった。

 

2017年5月20日 (土)

「新緑の道東鉄路 歴史探訪2日間」の旅(合流)

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 釧路空港ターミナルビルに到着すると、ツアーの主催者であるANAセールスの担当者が待ち受けていた。このツアーは最少催行人員が20名で最大32名の募集だが、実際の参加者は11名で想定外の少なさだ。これでは赤字だろうが、催行していただき私にとってはありがたい。。

  私の見立てでは参加者の年齢は若い人は30代後半くらい、最高齢は70代くらいで、平均すると50代半ばといったところだろうか。そのうち女性が2名で、1人はご夫婦、もう1人はおひとりでの参加だ。こういう鉄道系ツアーも女性参加者が増えてきている。

  我々はまず空港ターミナルの駐車場に用意されたバスに乗り込む。空港の気温は7度となっていて冷え込んでいる。今回のツアーは1泊2日なので私はリュック1つでやって来たが、大半の客がキャリーバッグを持ってきて、バスの下に収納してもらっている。カメラなどの機材が多いからだろうか。

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 バスは真っ赤な色をした阿寒バスで、大型観光バスなので座席には余裕があり過ぎて、1人で横1列を占領する感じだ。私は後ろから3列目に座った。この列だけが他の列よりシートピッチが広くなっているから狙い目だ。

 バスは9時35分に空港をスタート。ツアーの添乗員さんは落語家の桂南光さん似の男性で、バスガイドさんはピンクの電話のみやちゃん(太っている方、失礼)似の女性だった。お笑い系風の引率者2人で楽しいツアーになりそうだ。その他に白糠町の活性化に取り組んでいるANA総研の担当者も同行している。このツアーの案内人の星さんはこの先の釧路製作所で合流するとのこと。

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 バス車内でこれからの行程の案内を受けながら、釧路湿原を左手に見て釧路環状道路を進んで行く。バスガイドの方の話では釧路市の人口はかつては23万人ほどだったが現在は市町村合併をしたにもかかわらず17万人ほどに減少しているが、それでも札幌、旭川、函館に次いで道内4番目の規模で、水産、製紙、石炭が主要産業となっていると教えられる。

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