ただいまの時間

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2017年9月26日 (火)

新型フェリーで往復する北海道鉄道遺産巡りの旅(根北線越川橋梁)

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 8月24日北海道3日目のスタートとなる。今日はまず国鉄根北線の越川橋梁を見に行く。

 根北線は斜里(現知床斜里)から根室標津までを結ぼうと計画された線で1957年に斜里から越川まで12.8㎞が開業し、さらにその先の工事も進んだが、赤字83線に選定され1970年に廃止された線である。したがって私は乗ったことがない。

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 その越川から先の未成区間に越川橋梁というのがあり、それが現在も残っている。斜里の街を抜けて20分ほどで現地に到着した。駐車スペースもある。

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 国道の拡幅工事に伴い橋脚2本が撤去され完全なアーチ橋でないのは残念だが、道路の両側に昔ながらのコンクリート造りの橋が残っていて素晴らしい。登録有形文化財のプレートも付いている。

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 この橋は結局列車が走ることはなかったが、高いアーチ橋の上をディーゼルカーが走っている姿を想像するだけでも素晴らしい。

2017年9月25日 (月)

新型フェリーで往復する北海道鉄道遺産巡りの旅(知床斜里駅)

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 北海道3日目の朝を迎える。少し早起きをしたのでホテルの周辺を散歩してみた。朝の空気が清々しい。こちらはホテルの目の前にある知床斜里駅。平屋建ての洗練されたデザインで知床観光の拠点になる駅だ。中には観光センターも併設されている。

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 JR北海道では先月から「わがまちご当地入場券」を発売している。知床斜里駅でも発売していたので1枚買ってみた。170円だ。硬券ではないので物足りない部分もあるが、記念にはなる。

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 裏面を見るとナンバーが575となっているから、知床斜里駅では1ヶ月で10万円くらいは増収になったようだ。日付はゴム印で押印される。

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 こちらは道の駅しゃり。車中泊で利用している人もいた。

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 ホテルに戻りの無料朝食をいただく。朝6時半から食べられる。昨日の阿寒湖は若い家族連れや中国人が多かったが、こちらは年配の夫婦が多い。

 バイキング形式になっていてついつい食べすぎてしまう。私は普段の朝食は5分ほどで食べ終えてしまうが、この日は30分以上かけてあれこれいろいろ食べまくった。

2017年9月24日 (日)

新型フェリーで往復する北海道鉄道遺産巡りの旅(ルートイングランティア知床斜里駅前)

​  根室標津駅跡を見学した後、今夜の宿泊地知床斜里に向かう。根室標津の街を抜けると道が一直線に続く。ミルクロードと呼ばれる道だ。夕方の18時ころで道東はすでに日暮れが迫っている。 この先国鉄根北線の越川橋梁を見たいと考えていたが着くころには日が暮れてしまいそうだ。見学は翌日回しとした。日が暮れて街灯のない道を前の車に従って進んで行く。初めての道で夜走るのは不安がある。ドライブのスケジュールを組み立てる際にはそうならないように気をつけないといけない。

  知床斜里の街に入り、ホクレンのスタンドで給油する。昨日の足寄のスタンドからの燃費はリッター13.9km、今日の走行距離は336kmだった。

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 今夜のホテルは斜里斜里駅前にあるルートイングランティア知床斜里駅前で、19時頃に到着した(画像は翌朝撮影したもの)。

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 ルートインはビジネスホテルチェーンではあるがここはリゾートホテル扱いで部屋は全てツインルームになっている。ご覧のような様子でゆったりしている。私は鮭とばプラン9200円というもので予約してある。通常料金に300円ほど上乗せすると地元産の鮭とばが進呈されるのだ。鮭とばを普通に買えば300円くらいはするのでおつまみを買う手間も省ける。

 このホテルには温泉があるのでさっそく行ってみた。先客は誰もおらずひとりで独占だ。露天風呂もあったので入っていると踏切の音が聞こえてきて、その後知床斜里着19時38分の釧路行き最終列車が入線した。露天風呂で列車の音を聞けるとは乗り鉄の旅らしい。

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 部屋に戻り、先ほどもらった鮭とば(右)と近くのセイコーマートで買ったおつまみなどで部屋で一杯やり、早めに就寝した。

2017年9月23日 (土)

新型フェリーで往復する北海道鉄道遺産巡りの旅(根室標津駅跡)

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 奥行臼周辺を見学した後、標津線の終点根室標津駅跡に向う。道すがらキタキツネが道路上に現れカメラ目線でこちらを見つめてくれる。サービス精神旺盛だ。

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 途中立ち寄った道の駅「おだいとう」からは、画像では分からないが、肉眼ではかすかに国後島が見えている。

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 17時過ぎ、町役場のすぐ裏手にある根室標津駅跡に到着。この駅は標津線の終点で私は1986年3月に来た。その時は釧路から急行しれとこでやって来た。急行が走るほどの線ではあったが1989年に廃線になった。

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 駅跡には転車台の跡が残されている。
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 それとともに以前は別の場所に保存されていた蒸気機関車C11の224号機が2週間ほど前にここに移設されてきた。転車台につながるように新しい線路も敷かれ、そこに蒸気機関車が展示されている。この蒸気機関車を転車台の上で回転させるイベントも計画されているようでうれしい限りだ。

2017年9月22日 (金)

新型フェリーで往復する北海道鉄道遺産巡りの旅(奥行臼)

​  北太平洋シーサイドラインの快適な走りを終えて内陸に入り、奥行臼(おくゆきうす)にやって来た。この近辺も雄大な景色が広がり、北太平洋シーサイドラインに劣らない景色が展開する。 奥行臼には国鉄標津線の奥行臼駅跡、別海村簡易軌道のディーゼル機関車、駅逓所跡などがある。 別海村簡易軌道は1925年に厚床・中標津間で運行を開始し、その後標津線の開業により一部路線を廃止しながらも、戦後は新たな路線を開設したりディーゼル化するなどしたが道路網の発達などにより1971年に廃止された。なお私は別海を「べっかい」と発音していたが「べつかい」とが正しいようだ。ここに至る道の道路標識は「BETSUKAI」となっていた。

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 まず奥行臼交差点脇にある駐車場に車を止める。駐車場には大きな案内板があり、奥行臼駅逓所、別海村簡易軌道の展示車両、奥行臼駅跡などが表示されている。どれも隣り合って存在しているようだ。

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 まず一番近くにある奥行臼駅逓所に行ってみた。駅逓所とは北海道開拓時代の宿泊、人馬継立、郵便などの業務を取り扱う施設で、鉄道の駅ではなく今で言うと道の駅のようなものだが、その建物がまだ残っているらしい。観光バスから降りてきて見学に向かう客もいるから有名なスポットなのだろう。駐車場から3分ほど歩くと駅逓所跡に着いたのだが何と改修工事中で見ることができなかった。

 仕方なく次に国鉄標津線の奥行臼駅跡に向かう。私は1986年3月にこの線に乗ったが、1989年に廃止された。案内板によると奥行臼駅跡は駅逓所のすぐ隣にあるはずなのだが見当たらない。グーグルマップでもう一度検索すると案内板ではすぐ隣に表示されていたが実際には歩いて5分ほど離れたところにあるようだ。北海道らしいスケール感だ。歩いて行ってもよかったのだが、夕方とはいえ日差しも強いので私はいったん駐車場に戻って車で向かった。

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 これが奥行臼駅跡。駅舎や駅構内がしっかりと残っていた。駅舎の中は資料館になっているのだがこちらも改修工事中で見られなかった。

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 駅構内はレールも残っている。駅名標は少し倒れ掛かっている。この隣の駅は別海だが、駅名標では「BEKKAI」となっていた。国鉄と地元では発音が違うよくある事例だ。米原は駅名は「まいばら」で町の名前は「まいはら」だ。

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 最後に別海村簡易軌道の保存車両を見に行く。奥行臼駅跡からは100mほどだ。機関車は加藤製作所製で、集荷した牛乳を雪印の工場に運ぶ際に使われたミルクゴンドラと呼ばれる貨車も後ろにつながっている。

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 釧路製作所製の自走客車。前乗り前降りというスタイルだ。

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 転車台があったスペース。ここでDLを回転させたのだろう。

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 駅舎か詰め所と思われる建物も現存していた。

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